凶針ディストーション

    作者:

    ●狂気の餌巻き
     静かな高校の体育館に、1人の男の姿が在った。
    「武蔵坂の灼滅者、流石にここまでやる者達とは思いませんでしたね……」
     どこか上品な紳士然としたその男は、足を組んで腰掛けながら高級感あるグレースーツの襟元を調えると――穏やかな笑みを浮かべ、懐から鈍く光る何かを取り出した。
    「それにしても、どの辺りが斬新なのかは全くもって解りませんが……やはり愉しいゲームです! 標的が灼滅者という辺りが、特にね」
     ひゅん! 言うが早いか、男は外へ至る体育館の非常扉目掛けて取り出した何かを投げつけた。
     ボン! 頑丈な扉を跡形も無く粉砕したそれは、錐の様な、針の様な男の武器。
    「とはいえ……全く、退屈な殺しでした。私を愉しませられないのならせめて、餌として精々役に立ってくださいね」
     やれやれと立ち上がり、腰掛けていた何かを冷たい目で一瞥した男は、笑みを歪に深め――鼻で笑う様に言葉を括る。
    「理解には苦しみますが……狩るのが貴方方程度の命でも武蔵坂は駆けつけてくださるようですから」
     そこには――授業中だったのだろう、教師や20名ほどの学生の遺体が、あまりにも無残に積み上げられていた。

    ●歪み
    「報告はもう聞いていると思うわ。千布里・采(夜藍空・d00110)くんが掴んだ斬新・京一郎の足取りに関連して――札幌市内で事件が頻発してる件」
     教室に数人の灼滅者達を集めた唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)の口から語られたのは、斬新・京一郎の手引と思われる六六六人衆が起こす事件の予測だ。
    「札幌市営地下鉄南北線、幌平橋駅近くの高校よ。体育館で、既に20人ほどの生徒や教師を殺害した男が待ってる。……あなた達灼滅者を、闇堕ちさせるために」
     ――つまりそれは、『六六六人衆の闇堕ちゲーム』。
    「これまでとの決定的な違いは、もう既に虐殺は起こってしまったということ。救える命は無い……でも、そうだとしても放置は出来ない」
     言って姫凜は、予知を記す広げられたノートから紅の視線を上げた。
    「六六六人衆、名前は黒木(くろき)。……聞いた名前と思う人もいると思うわ。黒木は一度、あなた達武蔵坂学園の灼滅者と交戦してる」
     黒木が最初に姫凜の予知にかかったのは、もう1年半以上も前になる。
     その間に着実に力をつけ序列を五七九へ上げた男は、再びこのゲームへ名乗りを上げた。
    「黒木の居る体育館には、非常扉が8つと校舎へ繋がる扉が1つあるの。その内校舎へ繋がる扉から体育館へ突入すれば、黒木に奇襲を仕掛けることが出来るわ」
     8つの非常扉は、暇潰しだろうか、黒木によって全て破壊されてしまっているという。
     しかし、校舎へ続く唯一の扉だけは、黒木が背を向けているためか破壊されぬまま残っているのだ。そちらから体育館へ近付けば、灼滅者達の接近の気配が扉に遮られ、察知され難い利点がある。
     無論、その後普通にがらりと扉を開ければ音で気づかれてしまうだろうが、扉を破壊し一気突入すれば――黒木へ奇襲をかけることさえ可能となるのだ。
    「黒木の武器は、両手に構える針の様な投擲武器よ。至近距離にも遠距離にも対応した攻撃は侮れるものじゃ決して無いわ。くれぐれも気をつけて」
     対策は勿論練る。しかし、格上の相手に違いは無い故に油断は出来ない――厳しい戦いを予感すれば、灼滅者達の表情も自然険しくなっていく。
     しかし、姫凜はそこで敢えて微笑んだ。
    「1年半前は灼滅が叶わなかった黒木は、今だって到底侮れる相手じゃない。……でも、あなた達だって同じ時を経てる。あなた達だって、強くなったのよ」
     時は誰にも等しく、その間灼滅者達だって苦しい戦いに身を投じてきた。強くなった。
     だから姫凜の瞳は、灼滅者達の勝利を信じている。
    「そして今回、原因や手段は解らないけど、六六六人衆の力が弱められているようなの。これは絶好の機会よ。救えない命はあるけど……それでも」
     信じているから、以前黒木との戦いへ送る際は言えなかった言葉を、姫凜は敢えて口にした。
    「……ここで黒木を、灼滅して」


    参加者
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    月島・立夏(ヴァーミリオンキル・d05735)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)

    ■リプレイ

    ●嗤う男
     静寂の体育館。酷く退屈そうに、男はその場に立ち上がる。
     腰掛けていたのは骸だ。自ら殺めたそれを侮蔑する様に見下すと、男は革靴で踏みつけた。
    「……全く、役に立たない贄です」
     この男こそ六六六人衆・名を黒木。蹂躙の限りを尽くした筈の遺体へ、黒木は再び手に掴んだ鈍色の針を振り下ろして――。
    「――やァやァお待たせして申し訳ない!」
     ドン! 退屈を切り裂く声が、激しい破壊音と共に黒木のその手を遮った。レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)と霊犬ギン、彼らの最初の一撃は、唯一残る校舎側の扉を木っ端微塵に打ち砕き、黒木へ待望の存在の訪れを告げた。
    「あっは、流石だ相棒。ナイスコンビネーション!」
    「灼滅者……!」
     男が振り向くより早く、安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)は前へ跳び、遺体に伸びた足を軽い蹴りで払った。
     バシン! 鳴った直後に閃いたのもまた脚だ。体を捻り遠心力も上乗せた流星の煌き帯びた一蹴が、男の後頭部を前へ激しく打ち飛ばす。
    「……!」
    「灼滅者がお望みだったんだろう? 俺たちにとっての標的は貴方だよ」
     よろめいたその先には、宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)の槍。
     突き出されたそれを、黒木は体を捻って掠める程度に留める。しかし直後身を低くした冬人の後ろに立っていたのは、赤き標識を振り被った桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)。
    「お前を、ここで止める!」
     標識が、面で黒木の腹部を打った。
     打撃音が体育館中に反響する――しかし直前に展開された冬人の音立つ帳によって、それが外へ伝わることは無い。
    「……待ちぼうけも嫌だろうから来てやったぜ。感謝しな」
     皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)も捻り加えた槍の突きで男の左大腿を穿つと、直後に殺界を敷き、戦場から人の気配を遠ざけた。
     これ以上、無関係な誰かを戦闘へ巻き込むことは無い筈だ。
    「行くよクオリア。為すべき事を為す」
     空井・玉(野良猫・d03686)の声に、彼女のライドキャリバー・クオリアが排気音を上げ駆け出した。
     突撃する黒のボディを高い跳躍で超えた黒木に、迫った魔法弾は玉の制約の弾丸だ。回避の暇を与えず直撃した一撃に黒木がち、と舌打ちをすると――着地の瞬間、間髪入れずに槌屋・透流(トールハンマー・d06177)がガトリングガンを連射した。
     かわす黒木を追いかけて、無数の弾がドガガガガ! と豪快な銃撃音を体育館中に反響させる。
    「っはは、成る程。これは素晴らしい!」
     嗤う黒木に、刻のビハインド・黒鉄の処女が身に秘めたる霊力を解き放つ。壁面から蹴り上がりそれをかわした歪みの男は、ふわりと華麗に床面へ降り立った。
    「またお会いできて嬉しい限り。武蔵坂の灼滅者」
     芝居じみた声音と笑みでお辞儀をして見せた黒木に、月島・立夏(ヴァーミリオンキル・d05735)の頬を冷たい汗が滑り落ちる。
    (「ヤー、しでかしたこともそーッスけど……怖いヒトッスね」)
     これで、この男は弱体化されていると言う。
     サーヴァント含め12人の灼滅者。その一斉奇襲を受けて、この余裕。
    「……でも、もう終わりにしなきゃじゃん」
     いつもの軽薄な声音で呟いた立夏の手の交通標識は黄色。注意を喚起するイエローサインが前列の仲間へ耐性を与えれば、隣でライドキャリバー・ランスロットがドルルン! とエンジン音を鳴らし飛び出す。
    「必ず灼滅して犠牲者への鎮魂としますかネ!」
     黒木から、後列一体を包む黒き殺気が放たれる。灼滅者達も、2撃目へと今は動いた。
     立ち止まっては居られない――長い長い戦いの、これが幕開けだった。

    ●贄
     飲み込んだ者を傷付けるどす黒き殺気の渦に、レインはバイオレンスギターのネックを掴んだ。
    「失った命は救えないが……これからの為、ここで決着をつける! ギン!」
     強い言葉と共に奏でたのは、再生促す命の旋律、リバイブメロディ。そしてギンが立夏へ向けて繰り出したのは、悪しきを浄化する霊力の眼差し。
     今日のレインとギンの役目は、仲間への支え。鼓舞する力強い音色に応えてか、殺気の塊の1つから、ジャッと何かが黒木目掛けて飛び出した。
    「愉しむのは勝手だけど、俺の鬱憤も受け止めてよ」
     冬人の、レイザースラストだ。
     意志持つ帯達はまるで彼の得意とする鎖ナイフの影の様。しかし速度を増し迫る長き帯を、黒木はするりと右へ回避する。
    「……ゲーム感覚で殺すのなら、ゲーム感覚で大人しく殺されなよ」
     ――ジャキン! その先に待ち構えていた刻の蒼き異形の腕が、巨大な砲台を黒木のこめかみへ宛がった。
     ドン! 激しい音と煙を立てて爆ぜたのは――DPCキャノン。
    「危なくなっても闇堕ちを見ても逃げ得るなんて……本当に、質が悪い」
    「……ふふ。私を生かすも殺すも、貴方方次第でしょう?」
     爆煙に巻かれた戦場の中、先ほどまでとは異なる場所から響いた黒木の声に、クオリアとランスロットが体に秘めた機銃を一斉掃射する。
     煙が裂け、姿を現した黒木が居たのは……積み上がった無数の骸の山の上。
    「どうぞ本気でいらしてください、私を灼滅するほどに。でないと……また骸の山が出来ますよ?」
    「……!」
    「……胸クソ悪いぜ、まったく」
     薄気味悪いほどの穏やかな笑みで吐き出された黒木の挑発に、幸太郎は駆け出した。合わせ動いた南守は、怒り露にダイダロスベルトを解き放つ。
    「ここで必ずお前を倒してみせる!」
     意味無く狩られた20もの命。今も尚踏み躙られる、こんなに、こんなに沢山の命――どうあっても救えなかったと知っている。解っている。
     しかしこれがダークネス蔓延る世界の現実と、知っていても南守は諦めきれない。だから眼鏡の奥、あたたかな花色の瞳は悲しく揺らいだ。
     悲しい、悔しい――だからこそ、此処で終わらせる。
    「お前を倒す事で守れる命が、この先の未来にある!」
    「その程度で、私を灼滅など出来ない!!」
     笑み歪め、黒木が骸の山から飛び降りた。空を奔る意志持つ帯をかわし――直後動いた影は、この瞬間を待っていた。
    「手前勝手な論理で狩られる命なんて、知ったことじゃないってか」
     スパン! 着地した黒木の背後で、鈍色に輝くオウル・パイクが弧を描いた。
     ふくらはぎを切り裂いたそれは、幸太郎の黒死斬。噴き出した鮮血に後退した幸太郎を次いで、今度は玉が、間合いへ血にも構わず飛び込んだ。
     そっと床面の影に触れれば、凄まじい速度で影『Code:Empire』がずるりと空へ腕を伸ばす。
    「命には価値がある」
     勝手な都合で命を奪った、この男の命に価値は無い。ダークネスだからではない、外道だから、玉はこの男の命を狩ることを厭わない。
     影は黒木の手足を捕え、動きを封じる。その腹を――直後ズン! と黒い何かが貫いた。
    「……ぶち抜く」
     平時から愛想を知らぬ少女――透流の帯は、主の怒りと過去に由来する苛立ちを知ってか突き刺した後も黒木を抉る。
     やがて貫通した背中から、激しく紅蓮の飛沫が噴き出した。
    「……っははは! 実に愉しいですよ、灼滅者!!」
     しかし声を上げて嗤った黒木は、懐から両手で闇色の針を引き抜いた。
     笑みを歪ませ、投げ上げたその狙いは、後衛だ。
    「させねッス! ココはオレに任せて欲しいじゃん☆」
     後衛へとすかさずオーラの法陣を展開し、立夏は透流へ至る針の射線へ飛び出した。仲間へ天魔が宿った瞬間、ドドド! と降る針が立夏の体を重く蝕む。
     それはレインを守った刻や、狙い通りに攻撃受けた南守も同じ。毒帯びる黒木の技は――闇針。
    「……っ、コレは倍返しッスよ!」
     刺された左肩から広がっていく痛みに耐え、立夏は針を抜き捨てた。
     戦いは、長引くほどに激しさを増し――戦況は未だ、余談を許さない。

    ●激戦
    「四四五、四五六、五○二、五五六……キミ、何位だっけ?」
    「五七九です。……いずれ上がりますがね」
     玉の呪い帯びた指輪の光を軽やかな跳躍で回避し、黒木はにこりと笑みを返した。幸太郎がそこへ意志持つ帯『 Rattle Snake 』を射出すれば、蛇の如きうねりは中空の男の右腰を貫通し、ビッと鮮血が跳ね上がる。
    「……私が知る者達より格下。勝って当然の相手だ」
     後退し態勢を立て直す玉が言い聞かせる様に呟いたのは、黒木を強いと感じる自分を自覚しているからだ。
     強敵だから仕方なかった等と言い訳を並べる自分は要らない。傷の大きさも、攻撃の通り難さも、相手の余裕も。気にする感情全てを覆い隠し、ただただ機械的に――そう願って月色の瞳を細めれば、駆ける透流の背が映った。
     ジャッ! と音立て足元で駆動する車輪が、大気を吸い込み加速する。
     彼女の手には破邪の聖剣。正面からの接近に反応し針を構えた黒木に至る直前、音も無く透過した輝く刃は宙を舞った。
     黒木を飛び越える、軽やかな透流の跳躍。
    「ぶち抜いてやる、覚悟しろ!」
     くるりと体を返して、透流は真上から床面目掛けて聖剣を振り下ろした。
     非物質化した白刃は黒木の体に外傷は刻まない。しかし、目に見えぬ攻撃は黒木の内を、頭から真っ二つに切り裂く。
    「……はぁっ、はぁ……」
    「……おや。随分息が切れていますねぇ」
     ――ジャッ! 着地し滑走する透流の呼吸の荒さに、黒木は満足そうに微笑んだ。
     透流だけではない。南守も、幸太郎も――冬人がふと体育館の時計を見上げれば、既に戦闘開始から12分を刻んでいる。
     黒木灼滅を目指す、今日の灼滅者達の士気は非常に高い。防御重視の編成効果かここまで1人の戦闘離脱者も出ておらず、攻撃の命中精度への対応も功を奏して、攻撃の通りは開戦当初より格段に良くなっている。
    (「だけど……黒木は未だ倒れていない」)
     冬人は、穏やかな笑みの中に焦れる心を自覚していた。
     黒木の灼滅――それが全員で掲げた目標だからこそ、逃さないための観察と包囲陣の維持を彼らは徹底している。
     しかし、黒木は嗤っているのだ。12分もの時間を掛けたこの戦闘――攻撃を一身に受け体中を血に染めた今も。
    (「火力……」)
     戦況の分析を進め、レインはぎ、と手を握り締めた。
     そう。絶対灼滅という攻撃的な決意に対し、灼滅者側の組んだ編成は防御が厚く、クラッシャーは冬人ただ1人。
     無論、命中を配慮し射手を厚く置いた面もあっただろうが――黒木を灼滅するための一撃が齎す火力は、もっと重視されるべきではなかったか。
    (「矛盾していたかもしれない。結果、戦闘は長期化している……でも、間違ってたわけでもない」)
     何故なら、灼滅者達が未だ全員戦場に立っているからだ。
     エフェクトとエンチャントを重ね命中が安定し始めた今、灼滅者達が全員立っているということは、手数が増え短時間に与えるダメージが増加することを意味する。
     火力の要として前に立った冬人。
     仲間を癒し、支え続けたレインとギン。
     エフェクトを効率良く積み重ね、黒木の動きを疎外した玉。
     高い命中で黒木を攻め重ねた南守と幸太郎、透流。透流は唯一、黒木へブレイクも駆使した。
     そんな仲間達の防御を担ったのが刻と黒鉄の処女、クオリア。そしてランスロットと主の立夏。
     しかも立夏はディフェンダーでありながら、レインだけでは癒しきれない範囲へ回復を補い、しかも数少ないブレイクの力を、仲間達へと振り撒いた――。
    (「たぶん1つでも欠けちゃダメなギリギリのバランスだったッス……でもここまで来たら行けんじゃん?」)
     目の前の黒木を見れば、相変わらずの余裕の笑み。しかし、その姿は満身創痍だ。
     重ねた攻撃に全く動じていないと思えても、いずれ必ず限界は来る。
    「……こっからが正念場ッス!」
     口調は軽快に。ニッと笑った立夏の紅蓮の瞳にはしかし笑みは無く、真直ぐに黒木を射抜く。
     戦いは、最後の攻防を迎えようとしていた。

    ●消失
    「このゲーム、勝つのは俺達だ。最終的には、ね」
     再び襲い掛かった闇色の針は、執拗に後衛を狙う――恐らくは回復の分散を図っているのだろう、冷静に黒木の思考を読み、レインは笑むと獣の様に身を低く構えた。
    「さァ……最期まで、遊ぼうぜ?」
     呟けば、白き炎が舞い上がる――仲間と共にレインを包み癒すその炎が揺らめけば、蜃気楼に中てられたか、黒木が一瞬ふらりと傾いで動きを止めた。
     戦いは、既に開始から16分。積み重ねたエフェクトが遂に飽和したか、時折鈍る黒木の動きが、限界近いことを灼滅者達に教えてくれていた。
    「……っ、まだだ! 私は、まだ!!」
    「……行こう、母さん」
     初めて聞いた焦りの声に、動いた刻の、呟く先にはビハインド。棘だらけの黒いドレスを身に纏った美しき女性は微かに笑んで――しかし異形の腕から酸を飛ばした刻に合わせ、繰り出したのは霊力で体を蝕む波状攻撃。
    「ぐぁ……っ!」
     ますます鈍る黒木の動きに、南守はガシャン! と三七式歩兵銃『桜火』のボルトを引く。
     照準越しの視界に捉えた積まれた遺体に、ぐっと強く唇を噛んで。
    (「殺人鬼の俺も、黒木と同じ資質を持ってる。でも、俺は絶対同じにはならない」)
     『助けて』と、叫ぶことすらもう出来ない悲しき骸。彼らの悲痛が今この世界の総てであり、南守はそれを許せない。
    「……何の罪もない人間を殺す、そんな気持ち、理解したくねぇよ!!」
     『桜火』が放った光の軌道が、真っ直ぐに黒木の右胸を撃ち抜いた。その思いの一撃と叫びに――冬人は新緑の瞳を曇らせる。
     自由に殺人を犯す黒木と、それを否定する南守。両者のせめぎ合いは、まるで自分の心の内の様。
     殺人を嗜好し、黒木を羨ましくすら感じる自分。そして――冬人はそんな自分に自己嫌悪もしている。
     だからこの一撃はきっと、半分は八つ当たり。
    「命は戻らない。だからこそ、これ以上の人殺しは認めたくない……ここで、終わりにするよ」
     言葉と表情は穏やかに、冬人の赤き灯火が花と化して戦場へ舞い上がる。
     ごぅ、と黒木を包んだその灯火こそ、この戦いの最後の一撃。
    「……見事、です……」
     歪みの男が消えた時、顔を上げた玉は、その光景に目を見開く。
    「え……」
     何故か男が蹂躙した骸達もまた、跡形も無く消え去っていた。

    「……どういうことだ?」
     沈黙下りた体育館。玉の問いへの答えを、場の誰も持ち合わせてはいない。
     戦闘痕はそのままだ。惨劇は、決して幻などでは無かったのに――骸すら残せない命を思いダン! と壁を叩いた南守を見つめ、幸太郎は持参していた缶コーヒーに口を付ける。
     理不尽。不条理。ダークネスの支配する世界に、そんな運命は当たり前に転がっているが――これはどういうことなのか。
     遺体すら残らぬ結末を迎えねばならない様なことを、年若い骸達の誰がしたというのか?
    「……胸クソ悪いぜ、まったく」
     戦い最中にも呟いた一言を、幸太郎はもう一度吐き捨てた。


    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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