地獄合宿~東京合宿の歩き方

    作者:彩乃鳩

    ●地獄合宿開催
     今年もこの季節がやってきました。
     北海道、東京、名古屋、大阪、福岡。
     日本全国を巡る、ハード極まりない学園行事。
     皆が今か今かとお待ちかね。

     武蔵坂学園恒例の地獄合宿!
     
     例年、この厳しい合宿を乗り越えた者達は一皮も二皮もむけて、色々な意味で別人のように見違えるのです。一例として、ここに実際に地獄合宿を体験して幸せをつかんだ学生Aさんの声が届いています。
    『貧弱だったボクも、地獄合宿の後には一人前の灼滅者になれました。今では体も丈夫になって、ダークネスもガンガン灼滅しています! 成績もぐんぐん伸びて、彼女も出来ました!!(あくまでも個人の感想です)』
     あなたの地獄合宿、絶対に諦めないで!

    ●地獄合宿東京編のしおりより抜粋
    『皆さん、定期テストの結果はいかがでしたか?
     満足いく結果を得た人もいれば、残念な思いをした人もいることでしょう。あるいは、テストを受けていないなんて人もいるかもしれませんね。
     灼滅者としてダークネスと戦うのももちろん大事ですが、学園生活を思い切り楽しむのも同じくらい大切なことです。そして、学園生活の大きな部分を勉強が占めるのも、また事実であります。
     一度しかない学園生活を満喫するためにも、一度とことんやってみませんか。
     地獄合宿東京会場のテーマは『勉強』合宿です。
     毎年、東京会場の地獄合宿は、基礎学力(及び苦手教科)の克服を目的としております。 
     場所はお馴染み武蔵坂学園。
     72時間耐久の泊まり込みで、学年と教科ごとの教室に分かれて行います。
     勉強が得意な人、苦手な人、一生懸命な人、無関心な人、合宿を体験したことがある人、無い人……。
     どんな人でも大歓迎です。
     参加する理由は人それぞれ。
     これを機会にがっつり勉強してやるぜ、と闘志を燃やすも良し。
     話を聞いたことがあるから、ちょっと興味があるでも良し。
     以前からの合宿の経験者の皆さんは、もうこりごりだなんて言わず、合宿の先輩として色々教えてあげて下さい。
     人に自分の得意分野を教えてあげたり、苦手分野を教えてもらうのも東京地獄合宿の醍醐味です。色々な人と一緒に、学び合うことは皆さんの励みになることでしょう。
     もちろん、教師陣も一丸となってサポートします。補習の準備はばっちりです。これでもかというほど充分に食料、飲み物、勉強道具は各種揃えています。ありがたいことに優等生の皆さんから、ボランティアで差し入れ等もありです。環境面については、一切不自由はかけさせません。
     存分に血反吐を吐くまで徹底的にやれる機会って……貴重ですよね?
     更に今回は体育科目が苦手な人向けに体育の特訓もあります。
     苦手な跳び箱や逆立ち、球技、水泳、模擬戦、体力をつけたい、今からマラソン大会に備えたい、実は自転車に乗れない……などなど。自分の不得意な運動分野に挑戦するチャンスです。72時間、地獄の特訓を耐え抜いたとき、今までとは違う何かが見えてくるかもしれません。
     最終日の終盤には合宿の成果を確認するために模試を行います。
     自分の力を存分に試してみてください。
     尚、模試が終わったら、お疲れ様会です。参加した皆さん全員で、合宿を振り返りつつ盛大に飲んで食べて騒ぎましょう。
     ……まあ、そんな元気が残っているかは保証できませんが。

     東京地獄合宿の成功は皆さん一人一人にかかっています。
     それでは、共に地獄を生き残りましょう!!!』 


    ■リプレイ

    ●東京地獄合宿開始
     もうすぐ、東京地獄合宿が始まる。
    「千朝先輩、これ」
     大輔が千朝とガムを分け合っておく。
     次に会うときは72時間後。
     皆がこれからの地獄にそれぞれの想いを抱きながら席に着いた。
    『これより、東京地獄合宿を始めます』
     校内放送が流れる。
    「華宮・紅緋。これより勉強を開始します!」
     ペンを取り。
     ノートを開く音が重なる。
     合宿スタートだ。

    ●1時間経過。残り71時間
     はっはっはっ。英語、さっぱりわかんねえ。
     さっそく白旗を揚げているのは、行部だ。
    「まず、何が分からないのかが、わからねえんだよ!」
     魂の叫びが教室内に木霊する。
    「さー、ヴェーリャ。今年もしっかり勉強しますよー」
     ロジオンは妹のヴェロニーカに愛の鞭を振るう。
    「兄さーん、身内のよしみで加減をして……くれないわよね」
    「英語は言葉です。文法がしっかりしなくては伝わるものも伝わりませんからね」
    「うぅ、文法なんて気にしなくても言いたいことが伝わればいいのよ……」
     高校からのリスニング試験に向けて参加しているのは悠花だ。
     新は基礎の基礎から、中学、いや小学生の内容から徹底的に抑えるつもり。
    「私の英語力を高めるため、ぜひ生きた英語を聞かせてください!」
    「せっかくだし、英語圏の人に英語で挨拶くらいできたらいいと思うしね」
     ネイティブスピーカーのアリスは、基本に沿って丁寧に教えていく。
    「基本に忠実に……やはり私にはそれしかないという事なんだ、きっと」
    「疲れているなら、紅茶をどうぞ。知ってる? 人間の身体の60%は紅茶で出来ているのよ」
    「だ、大丈夫。まだ大丈夫だ……」
     友衛は目をグルグルさせながらも頑張っている。
     流希はドイツ語小説の翻訳をマイペースにこなしていた。
    「……ん? これって元々は英語の本では……? まぁ、時間はたっぷりありますし、翻訳をすすめていきましょう」
     同じく小説を使う勉強法を提案するのはシェリスと主従関係の夕陽だ。
    「折角72時間も有るのです、少し趣向を凝らしてみました」
    「探偵小説の英文原書読破、やり応えありそうじゃな」
     嘉哉はトイレ休憩のふりをして、人目を避けて逃亡を試みた。
    (「去年の経験上、校門は閉まっているだろうし、塀を乗り越えようとしたらブザーがなるんだろう……よし、旧校舎に隠れよう」)
     旧校舎に鍵がかかっている可能性は考えない、嘉哉だった。
     
    ●3時間経過。残り69時間
     七号、藍花、華流、雨の四人が勉強するのは理科。
     努力ハチマキを頭に巻いて気合は充分だ。
    「フレミング左手の法則……? この手の形で何が分かるんでしょうか……? これ、必殺技のポーズみたいですね」
     左手を見つめる七号に、藍花が胸元から栄養ドリンクを取り出して渡す。
    「……休憩も、大事……だよ?」
     雨と華流は今まで習ったことを復習しつつ、教えられるところを教えていく。
    「72時間、とても長いけど、せいいっぱい頑張ろうね」
    「うん。皆で寝食を共にしながら並んで勉強すると、連帯感があっていいな……楽しい」
     努力好きな華流はつやつや笑顔だ。
     他には菫やクーガーのように、心を白紙にして勉強する者もいれば。
    「高校に進学して、科目数も増えたので、今の内にテスト対策に勉強しておきましょう」
     コツコツと学ぶ紫桜里もような者もいる。
     知り合いから隠れて、頑張っているのは登だ。
     登を探す良太が教室を覗いてくる。
    「竹尾君は、ここにもいないかな?」
     良太の教え方はご褒美作戦の上位版。
     問題を正解すると食事ができる、水が飲める、トイレに行ける。
     ……出来ないと、飲まず食わず、トイレ禁止と同義だった。
    (「教えてくれるのはありがたいけど、意味不明な方法で教えられたりするからね」)
     息を潜める登だった。
      
    ●6時間経過。残り66時間
     エルメンガルトは、茶飲み友達の多岐にディスカッションについて教わっていた。
    「こうやってだらだら喋るのがダメなの? 色々喋ったほうが分り易いと思うんだけどなー」
    「あのなぁ、そもそも脇道に逸れすぎなんだ会話が。だらだら喋ってる自覚があんのかよ。良いわけねぇだろ」
    「タキ先生お手本見せてよ」
    「はい、じゃあ今から悉くお前の意見論破してくから、是非参考にしろ」
     大学生になっても苦労は多い。
    「数学? 英語? 何のことやら……っちょ、霊撃やめろ!」
     雷歌の後ろには、ビハインドがしっかり監督している。
    「んん……頑張れば、成果は、でる……はず」
     何冊も積まれたドリルを眺め、サズヤは書き込みだらけのノートを捲る。
     なかなか成果は出ない。
     それでも、皆に教えてもらったからか少しずつ早く解けるようになっている気がする。
    「……それにして……陽が当たって、眠く」
     うとうと。
     苦手な数学を勉強していたミリオタの星が落ちる。
    「わたし……頑張りましたよね、東郷様? むふふふふぅ」
     イケメンの海軍司令官が頭を撫で撫でしてくれる夢の中へと沈む。
     セレスにも眠気が襲ってくるが、ESPのインソムニアを使って足掻く。
    「高2最後のテストがいくらなんでも酷すぎたからね……流石のあたしも座学嫌いとか言ってられないよ」
     怒涛の一夜……いや、三夜漬けか。
     倒れるまで数学と戦う所存だ。
    「数学の理解の仕方は、まずは独特の用語を徹底的に詰め込むです!」
     文は皆の力になれるように、頑張ってびしばし教えている。
     用語さえ覚えられれば後は場数を踏むだけ。
     練習問題にチャレンジして体で覚えるしかない。
    「なにもやってなかったから、ヤバいんだウワア!!」
     理数系が苦手な羽和は、他の人にコツを教えてもらいながら例題を解いていった。
    「ええと、これは、どの公式をあてはめれば?」
     無表情に悩んでいるのは風花だ。
     グラフは得意なのだが、公式の応用はさっぱり分からない。
    「なるほど、風花さんはその辺りが分からないんですね」
     教師役のめぐみはテストを作り、最初にやってもらっていた。
     集中が切れそうになら、休憩がてら、知恵の輪をやる。
     直観力がつけば応用問題に詰まったとき、役に立つらしい。

    ●12時間経過。残り60時間
    「いいか? 跳び箱はリズム! 一連の動作を体に覚えさせるんだ」
     実技組の太一が意外と真面目に教えている。
    「えりな嬢、柔らかいのう」
    「あ、柔軟だけは自信があります」
    「え、えりなさん、ギブ、ギブアップですー」
     ダイエットを裏テーマにする紗里亜が早くもガク。
     星空芸能館の目標は体操。
     どうも運動が苦手な面子が多いようだ。
    「マサムネさんは運動も得意ですよね? 補助、お願いしても大丈夫です?」
     マサムネはいきなり一人じゃ大変だからと部長のえりなを補助する。
    「ふんふん。マット運動の倒立は、両手をついて片足で踏ん張って……」
     出来なかったことが出来るようになると達成感があって良い。
     ファルケも重りをつけて特訓と指導の二足の草鞋を履く。
    「ほれ、いきなりハードなことに挑戦するんじゃなく、出来ることから」
    (「柚澄ちゃん大丈夫かな……」)
     合宿がんばるもん!
     と意気込むくるみも運動は不得意。
     色々心配だ。
     雨のようにひたすら対人戦に意欲を燃やす集団もいる。
    「さあ! 死合おうじゃないか」
     景瞬は古武術について知識と実践を伝授する。
    「守りたい人のために、僕頑張ります! ……けど、つらい」
     総一は剣を振るう訓練を受けながらバテバテ。
     大事な恋人を守りたい。
     その想いだけで重い剣を握る。
    「やっぱり、走り込みなんだ……はあはあ」
     マラソン大会に向けて備える千歳は延々とグラウンドを走らされている。
     目指すは本レースでの完走。
     プールでは彩夏が海育として手取り足取り腰取りスパルタで泳ぎの訓練。
     今年の東京地獄合宿は屋外でも死角なし。

    ●24時間経過。残り48時間
     丸一日分が経過。
     そろそろ、精神的に追い詰められてくる者が出てくる時間帯である。
     眠気と過度のストレスから、和弥はエスケープを敢行した。
    「見付かったか! 相変わらず手際の良い事で。こうなれば強行突破を……」
     厳重な警備の中、ついに囲まれてしまった和弥は覚悟を決める。
     が、係の者達は名簿を見やると無言で去って行った。
    「……何だ? 連中、何で引き上げていくんだ……?」
     優等生枠であるため、堂々と出ていける立場だと認識していない和弥だった。
     一方、普通に脱走に命懸けの者達もいる。
    「さて、あとは脱出するだけですね。とはいえ相手は正体不明の怪物集団。心してまいりましょう……!」
    「ああ、もしものことがあれば任せろ!」
     望とクレンドが見取り図を手に意気込む。
     だが多勢に無勢。
    「ここは任せて先に行けー」
    「済まない! 君の死は無駄にしない!」
    「さあ、始めよう。睡眠の聖戦(ジハード)を」
     実は理堕は走るのが面倒くさかった、と知る者は誰もいない。
     ともあれ彼らは立派に奮戦した。
     その元気を普通に合宿にぶつけなさいよ、と突っ込みたくなるほどに。
    「この世に歴史があるから悪いのだっ!」
    「たとえ私達がお仕置きを受けようとも第二、第三の私たちが!」
     がしゃん。 
     特別室に押し込まれ扉が固く閉ざされる。
     この後、逃亡者達は地獄の補習を受けることになったとかなんとか。 
     
    ●30時間経過。残り42時間
     国語を教える久遠は作品の心情や作者の意図を一緒に読み解いていく。
    「書いてある事を理解するのは知る事への第一歩だ」
    「ラノベでも良いですか?」
    「構わんぞ」
     明はスペイン出身の知り合いに何を教えるか思案した。
    「サルバには……東京と江戸の歴史とか興味ないか?」
    「江戸ってトーキョーの昔の呼称なんダ?」
     根本から分かっていない発言丸出しのサルバドール。
     明は時折、マニア魂を発揮しつつ色々絡めて教えていく。
    「歴史自体は好きなんだケド、日本史は全然馴染みがなかったからナー」
     国外出身者は文系科目で苦労する者が多いようだ。
    「日本語自体が難しいというのに、このような呪文のような難解な文学を学ばねばならんとは」
    「確かに。ユージーンくんからしたら日本語だけでも、ややこしい、かも」
     イングランド出身のユージーンは古典に苦戦中。
     硝子が平安時代中頃の回想録を教材にして例題を出す。
    「古典には恋文や恋物語が多いと聞いたが」
    「昔は、好きな人に和歌を贈ることが多かった、らしいの。まず古典の文章を現代文に戻したら……どうかしら」
     硝子がユージーンに示したのは、夢の中に出てきた者に思いを馳せる歌。
     時代は変われど、人の心には変わらぬ想いがある。
    「何故だどうしてだ?」
     アルヴァンはうめく。
     GW中の合宿ってもっとこう、楽しいものじゃないの?
     もいか何でスパルタなの?
    「よそ見するんじゃないわよ!」
    「ちょ、もいか?! 今首から変な音した!」
    「他の女子を見ている場合じゃないでしょ!」
    「いやぁぁぁ!? 勉強の量増やさないでぇぇぇ!?」
     そこかしこでも絶叫の声が挙がっている。
     その中をアリスは黙々と勉強を続ける。
    「この公式ここで使う……なるほど、わかったの」
     周囲が大騒ぎしようが暴れようが、アリスには関係ない。
    「勉強……わかると……楽しい」
     疲れすら感じず満喫する姿がそこにはあった。
    「神田あっちゃん先生の、楽しい日本史講座を始めるぜ。
     わからないのは恥じゃない、わからないままが恥なんだ」

    ●36時間経過。残り36時間
     ちょうど半分。
     折り返し地点。
    「毎回毎回柚香さんに点数負けて罰ゲーム受けて。だから全教科を全強化します……あ、あれダジャレになっている?」
     眠気で困惑する蓮華の隣で、蔓はテストを作っては手渡す。
     百点を取るまでは次に進めない。
    「ね、義姉さん……テストですか? しょ、少々休みたいのですが」
    「ダメ。今夜は……いや、今夜も寝かせないよ?」 
     大輔もガムを噛んで眠気対策をしていたものの頭が重い。
     抗いきれない眠気とともに一緒に参加した先輩の顔がよぎった。
    (「寝てないといいけど……メールしてみようか」)
     倒れ伏していた千朝は、携帯が着信によって我に返る。
     大輔からの生存確認のメールを一読し、貰ったガムを噛む。
    (「初参加で心配だったけど、まだ頑張れそう」)
     周りに気付かれないように、そっとメールを返信した。
    「ヨーロッパ方面の歴史知識も深めてまいりましょうか」
    (「今は兄さんが自分の勉強をしているから意識がこっちに向いていないはず)」
     ヴェロニーカは兄が休憩に入ったタイミングでスマートフォンを取り出す。
     ゲームアプリを……あ。
     軽食をとるロジオンの獅子じみた視線は、ばっちりと獲物をロックしていた。
    「おサボりさん、こっそりメモしてますからね。後で報告しますからねー」
     智香のように先生方に協力する者もいるので、サボる方も気が気ではない。

    ●42時間経過。残り30時間
     教育学部1年の面々は、得意分野を教え合う。
    「理数系得意な人、マジで教えて下さい!」
     遊は綺麗な土下座で頼み込み。
    「教育学部たるものどっちも上手じゃないと」
     理数が得意な智優利は覚える順番を工夫して教えていく。
    (「教えていると自分の知識の確認にもなるんだよなァ」)
     治胡は不得意な理数系を教えてもらい。
     代わりに英語や地理を教える。
     交代制にしたことが上手く回っていた。
    「この勉強合宿、明らかに効率とかそういうのを無視しているよな……!」
     愚痴りながらも悠一は社会科を担当。
     72時間ぶっ続けとか、どう考えても集中が切れる。
     とはいえ、普段色々ゴタゴタして勉強できていないのも事実。
    「化学は暗記が大事。生物はイラストとセットで覚える!」
     教師を目指す者として信彦の指導にも気合が入っていた。
    「俺が教えられるのはここまで……ということで、他の分野は教えてください!」
    「オレが教えられそうなのは現代文、古典、日本史くらいかな」
     今度は時代劇好きな遊が、歴史に興味を持つきっかけになれば幸いと教える側に回る。
     将来、この中から先生になる者がでるのかもしれない。
    「当人で無い以上感情傾向の共有など不可能だ」
    「そうかなあ、わかんないときもあるけども。俺たちだってそれなりにセンダツの思ってることわかるよね?」
    「そだね、俺達も純也君の気持ちは結構分かるし、逆も然りと。それは友達だからもあるかな」
     現代文を真っ向否定する純也。
     颯音と壱は泣ける名作と罰ゲームの飴をぐいぐい押しつけた。
     そこへサンドイッチと山葵の差し入れをもった昭子が現れる。
    「捗っておりますか」
    「良く来た鈴木。全て引き取らないか」
    「あ、センダツずるすんな!」
    「清流で育つ奥多摩名物は予想外だったな」
     偏食家の純也はラムネと交換してもらう。
     颯音は昭子を拍手で迎え、壱は朗読会を提案した。
    「お任せください。皆様を轟沈させるよう、一肌脱がせて頂きます」
     袖縁のメンバーは、少女の声によって紡がれる名作にそっと耳を澄ませた。
     
    ●60時間経過。残り12時間
     睦は3日間かけて教室のドア近くに少しずつ席を移動させていた。
     今こそ、最大の好機と隙をみて逃げ出すが、汗で滑って盛大に転ぶ。
    「ぐあー、離せー!? お、お風呂に、せめてシャワーだけでもー」
     合宿開始から一度も入浴していないのだ。
     限界が近い者は他にも多い。
     飲まず食わずで集中していた蒼騎は、ナノナノの白豚がつまみ食いしている姿を見て。
    「色々な物を食ったナノナノだ。多少はいい味がしそうだよな」
     がぶり。
     白豚の尻尾に噛みついて、少しでも空腹とストレスを解消させようとする。
     ナノナノの悲鳴が校舎に響いた。
     ギィはマグネシウムの発火実験なんぞをやっていた。
    「何かもう。テンションが意味不明に上がってきてるっすよ!」

    ●69時間経過。残り3時間
    『これより模試を始めます』
     合宿の成果を試す模試が始まる。
     智香はこっそりとメモを先生方に渡した。
     実技テストも進んでいる。
    「柚澄ちゃん、がんばって~!」
    「ファイファイファイト、オー!」
     くるみと紗里亜が星空芸能館のメンバーを応援する。
    「跳び箱、と、跳べるもんっ!!」
    「ぐぐぐ、跳び箱め低くならないなんて傲慢!」
     数段の跳び箱がいまはひどく高く感じる。
     柚澄と結衣奈は果敢に自分の苦手なものと向き合っていた。
    「柚澄ちゃん、それを飛べば合格ですよ!」
     運動が大の苦手のえりなも固唾をのんで見守った。
    (「私も……精一杯、頑張ります!」)
     結果はさまざま。 
     けれど、ひたむきな姿は誰かの背を押す。
    「筋肉痛になってもできると嬉しいものなのじゃ」
     後転ができなかった心桜だが、その顔には笑顔が浮かんでいた。
     
    ●72時間経過。残り……
    『東京地獄合宿の全日程を終了します。お疲れ様でした』
     スピーカ―から流れる終了の合図。
     安堵の息をつく者。
     歓声をあげる者。
     新たなトラウマを刻まれた者。
    「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
     エンドレスに実は呟いていた。
     霊犬のクロ助はキュンキュン鼻を鳴らして心配している。
     お疲れ様会の会場には、各種飲み物と食べ物が用意されていた。
     紅緋が和菓子と麦茶でリフレッシュ。
     熱志はコーラで乾杯する。
    「ふいー、お疲れさん、っと」 
    「頭使った後は甘いモン欲しくなるよな」
     治胡はお疲れ様会の準備を手伝い。
     遊はお手製苺タルトを差し入れた。
    「ファルケお兄ちゃーん、おんぶしてー」
    「仕方ないなぁ」
     星空芸能館の面々は疲れを吹き飛ばす勢いで大騒ぎ。
    「乾杯! アキラ、お疲れ様」
    「ああ。こうして教えていたりすると再発見もあるな」
     サルバドールと明はお茶を飲んで、のんびりモード。
     糸括のメンバーの手には明莉が差し入れたのは青汁が握られている。
    「青汁は脳と体にいいんだぞー。さとーさんも教えてくれたお礼ー」
     理莉は覚えたことが全部抜け出そうな苦さに咽る。
    「口直しのお茶用意したけど興守くんも飲む?」
     渚緒がこっそり耳打ちした。
    「青汁って……鼻摘むと味覚は鈍る!」
     ぷはぁと司は何とか飲み込んだ。
    「正統派の作法はもう一杯と言うんだろ? あ、俺はカスピ海流ヨーグルトの師範代なので」
     青汁から話題が逸れたところで、合宿の報告をし合う。
    「三蔵も教師役だと!? すげぇ! 教師ってどんな感じ?」
    「大変でしたけど得る物もあったかな、なんて」
    「そいや興守は運動苦手だっけ」
     渚緒の答えに、すっかり教える気になった明莉はにんまり笑顔。
    「その笑顔は危険な予感しかしないのでお断りします」
     日本語に癒しを感じるほど疲弊していた理利は先手を打った。
    「……お嬢様?」
     夕陽はシェリスが小さな寝息を立てているのに気づく。
     周囲を確認してから隠すように寄り添う。
    「こうしていれば、少しはごまかせるでしょう」
     お目覚めには濃い目のカフェオレを淹れておきますね。
     アリスも隅で幸せそうに熟睡している。
     新は単語カードで、こんな時でも復習中。
    「……お疲れ様、千朝先輩」 
     大輔から頭を梳くように撫でられるのに、千朝はゆったりと身を任せた。
    「今回は助かった。教え方も、とても分かりやすかった」
     ユージーンは今度、改めて何か礼をしたい旨を伝える。
     硝子は微笑んで首を横に振った。
    「お礼なんて、いいの。硝子は今、とても楽しいから」
     熱血指導していた硝子の肖像の美樹も仲間を労っていた。
    「まぁみんな頑張った方じゃね? 司も薫も蓮花も偉い、偉い」
    「お疲れ様なの。司お姉ちゃん、どうだった?」
    「少しでも勉強に向き合う気があったんだ、進歩した方だ! 蓮花ちゃん、うち頑張ったよな!」
     蓮花は差し入れを持っていったり。
     逃げた司を縄で捕まえたり。
    「デキルとかちゃうねん。普段やってるかやってへんかの違いや」
     そんな司を薫が終始ハリセンでしばいた72時間だった。
     
     武蔵坂学園の教師達は模試の採点をしつつ生徒達を見守る。
     せめて今だけは学生らしい謳歌を。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月11日
    難度:簡単
    参加:84人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 10
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