蛍星

    作者:小藤みわ

     季節外れの蛍星。
     そう言ったら、お母さんは笑って言った。
     蛍はね、九月の初めでも見ることができる種類もあるの。
     そう言いながら、幸せそうに眼を緩めるお母さん。
     お母さんは蛍が大好きだった。

    「──お母さんが言ってたんだ、絶対にいる」
     星夜の口元からぽつりと独り言が零れ落ちた。
     独り言が零れるのは夜に怯える心を抑えようとする所為かもしれない。水辺の草むらは真っ暗闇。自分が草を踏み付ける度にがさりと鳴る葉の音に、思わず肩を竦めながら、それでも星夜は奥の方へ進んでいく。
    「お母さんに、ほたる」
     星夜のこめかみを汗が伝った。息は乱れ、微かに肩が上下している。肩から斜めにかけた虫籠が、歩く度に揺れていた。
    「……水の音?」
     ぴたり、星夜の足が止まる。耳を澄ませば微かではあるが、確かに水のせせらぎが聞こえた。星夜はぱっと表情を明るくすると、水音の方に向かって走り出す。
     深潭のような夜の中、黄緑の光がぼんやりと浮いた。
     小さな光は、掌を添えてみれば赤混じりの橙に見える。見る位置で色を変える灯火を見遣り、星夜はくしゃりと表情を歪めた。泣き出しそうな笑顔を浮かべながら、星夜は安堵の息を吐く。
     お母さんは喜んでくれるだろうか。
     笑わなくなったお母さんも、蛍を見たら涙を止めて笑ってくれるだろうか。
     星夜は母の笑みを脳裏に描いたのか、幸せそうに表情を緩めてみせた。
     しかし、その表情は決して長くは続かない。
     ふと、星夜は気付く。
     そういえば何でお母さんは笑わなくなったんだっけ。
     それは借金を残して消えたお父さんと毎日お母さんを責め立てる彼奴らのせいじゃないだろうか。
     そうだ、彼奴らだ。
     彼奴らが全部悪い。
     ──それなら、彼奴らをみんな殺してしまえばいい。その方がずっといい。
     彼はゆらりと身体を揺らめかせ、小さな蛍を両の掌で包み込む。彼の眼が妖しげに煌めいた刹那、彼の掌は蛍を握り潰した。
    「ごみくず」
     星夜は蛍だったものの欠片をぱらぱらと零し、嘲笑のような笑声を響かせる。
     

    「ある男の子が闇堕ちしてしまったの」
     そう語る、エクスブレインの少女は手許の鉢植えに眼を向けた。
     彼女の手許には黄色の花。
     カゲロウソウ、その別名を花ほたると呼ぶ。
    「闇堕ちして、六六六人衆になった男の子を倒して欲しいんだ」
     そう言いながら、少女は鉢植えを教室の机上に添え置いた。
     六六六人衆の六〇六番、その称号を得た男の子がいる場所は山奥の水辺にあたる。
     人間としての意識はある程度残しているようだが、言葉で説得するだけでは闇堕ちから解放することはできない。
    「戦うしかないの。でもこの子が倒した後、灼滅者になるのか、そのまま消滅するのかはわからない」
     だから、と少女は言い、そこで言葉を止めた。
     暫しの沈黙、その後に彼女は長い溜め息を吐く。
     そして彼女は覚悟を決めたように灼滅者を真っ直ぐに見返した。
    「だから、この子の生死は問わない」
     彼女の声は、あくまで凛とした声だった。
    「だってこの子、放っておいたらきっと人を殺しちゃう。たくさんたくさん殺してしまうかもしれない」
     だからそれでいいの。
     それがいいの。
     少女はそう言うと灼滅者に件の場所への地図と、彼の能力を綴った紙を渡した。
     その時に彼女の口元が、ごめんなさい、と動いたように見えたのは気のせいだろうか、それとも。
    「──いってらっしゃい」
     少女は笑う。
     それは、泣き出しそうな笑みだった。


    参加者
    国崎・るか(アンジュノワール・d00085)
    龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)
    華菱・恵(中学生ストリートファイター・d01487)
    那佐・大地(スコルダトゥーラ・d01937)
    禄此土・貫(ストレンジ・d02062)
    梓奥武・風花(雪舞う日の惨劇・d02697)
    八尋・虚(虚影蜂・d03063)
    百目鬼・はじめ(氷炎界を統べし魔王という設定・d06945)

    ■リプレイ

     塗り潰された漆黒にぼんやりとした灯火が浮いた。揺蕩う姿は流星と喩えるには心許ないほどではあるが、朧星のような優しい灯を称えている。
     禄此土・貫(ストレンジ・d02062)はその灯火が、水際に膝をつく少年の、小さな掌に握り潰される様を見た。ぱらりと彼の掌から零れる、元は蛍であったもの。貫の目元を覆う前髪がぬるい微風に揺れた。水辺のせいか、湿気を孕んだ空気が少し息苦しい。
     貫は少年から滲み始めた影を見た。不定形の影が足元の草を刈り、頭上の枝を刈り、その命達を散らせる。加えて解析結果によれば、あの影は彼が仇と見なした男達の命すら奪うという。
     それは、いけない。
     彼らの命を奪った所で次は少年が母親を泣かせてしまうだけだ。だから、止める。止める為に、貫の手元へ集った光達が漸う刃の形を成した。
    「ハローハロー、蛍狩りは順調かしら?」
     ともすれば胡散臭いとも取れるほど軽やかに告げた八尋・虚(虚影蜂・d03063)の頬を、幾らかの殺気が滑っていく。それは虚や那佐・大地(スコルダトゥーラ・d01937)、国崎・るか(アンジュノワール・d00085)、梓奥武・風花(雪舞う日の惨劇・d02697)なら或いは覚えがあるかもしれない、殺戮衝動の片鱗であった。
    「君が灯星夜くんかな?」
     龍堂・飛鳥(紅蓮の申し子・d01451)が平生の調子で問う。無論不意打ちには充分な警戒を伴いながら、飛鳥は星夜の虚ろな眼差しを見返した。
    「このまま僕らと一緒に来るか、それとも戦って助けられるか、どっちがいい?」
     暫しの無言が返る。その末に、返事代わりの無尽蔵な殺気が此処一帯に充満した。細枝が啼き、星夜の嘲笑が夜に響く。
     やはり言葉だけでは届かない。それを再確認した飛鳥は傍らの大地や貫と視線を交わした。
    「なら、助けてみせるよ!」
     ──灰は灰に、土は土に、炎をこの手に!
     解除コードを高らかに謡い、飛鳥が力を孕む霧を侍らせる。
    「雪は、全てを覆い隠す」
     ふわりと雪花を思わす真白の髪が夜に靡いた。梓奥武・風花(雪舞う日の惨劇・d02697)は影を手甲で受け止めると、星夜の足元に身体を滑らせて斬撃を繰る。途端彼の足裏から花のような紅が散り、彼の身体がぐらついた。
     その隙を逃さず地面を跳ねたのは、るかだった。くるりと宙を廻転をしながら舞い降りる日本刀を確りと掌中に収め、るかが繰り出すレーヴァテイン。元より疾さや霊力を基とする攻撃には強いが、闘志を基にした攻撃には弱い星夜のこと、少しでも助けられる可能性があるなら何とかしたい──その想いを乗せた、るかの焔は着実に星夜へ絡みつく。
    「さぁ、ゴングを鳴らそうか……!」
     華菱・恵(中学生ストリートファイター・d01487)は自らを鼓舞する一声を響かせて真っ向勝負。命懸けでうねる影に飛び込むと、恵は星夜の胴を掴み、思い切り地面に叩き付けた。
     しかし彼とて防戦一方では終わらない。焔の合間を縫い奔った鋭利な切先が百目鬼・はじめ(氷炎界を統べし魔王という設定・d06945)の肩口を抉った。はじめは痛烈な傷みに声を吃らせるも、俺様に一撃を喰らわせるとは、と口上を返して護符を構える。
    「ククク、右腕が疼く……!」
     その右腕から放たれたものは防護符であった。みるみる内に衝撃と穢れを癒す姿に肯うと、大地は衝動を排した双眸で星夜を見据える。靡く黒髪が描いた軌跡は眼にも止まらぬ、死角を取った大地の刀が星夜を裂いた。後を追うのは貫の光刃。殴るように撃ち放たれた光刃は、瞳に宿った鎖の力と飛鳥の霧の恩恵を乗せ、最大限の力を以て星夜を穿つ。
    「邪魔、するな!」
     星夜が再び影を尖らせたのを認め、虚はその切先の前に立ち塞がった。先から秘めた奔さの才に加え、虚の身を包む防具と陣の恩恵が合わされば、星夜の影は虚の身体を掠めるに終わる。
    「あたしを殺したいのなら、もぉーっと本気でかかってきなさい」
     虚は口端を緩め、これが手本だと言わんばかりに影を奔らせた。相手は同じ年の同じ殺人鬼、親近感すら覚える星夜と影で迎撃し合いながら、虚は強く拳を握る。
    (「まぁ、『命を掛けてでも助ける覚悟』で誠心誠意やってやるわよ」)
     堕ちる所まで堕ちたのなら容赦する謂れはないが、そうでないなら見殺しには出来ない。闇から解き放ってあげると一声を響かせ、虚は影で星夜の鳩尾を貫いた。

     百目鬼はじめは存外普通の中学生男子である。彼のペットのアイザワさんは鮮血の瞳──ブラッディアイズと読む──の称号を持つ辺り、少々その類いの病を拗らせてはいるが、結局のところ平凡な一般家庭育ちと考えて相違ない。
     だからこそ人殺しの業を思えば、はじめの掌には怯えが滲む。
     しかしそれ以上に、はじめは思う。相手は人間に違いないのに、何故殺す殺さないという話になるのか、と。
    (「 人の命を背負う事など出来るわけがないに決まってる!!」)
     自分達は軍学校の生徒でもない、ただの学生だ。
     飛鳥と共に、星夜を逃がさぬよう位置取るはじめの手元から、癒しの符が放たれた。
    「どちらか選ぶなら命を掛けてでも助ける覚悟、ですよねぇ」
     るかは独りごち、日本刀を振り翳す。纏わり付いたトラウマははじめの癒符の恩恵が払ってくれる。それならばと、るかは逸足、星夜の懐に飛び込んだ。るかの一閃が防御ごと星夜を切り裂いていく。
     ここで頑張れば今後の被害は無に帰せる。
     ここで負ければ──今後は想像するだにぞっとする。
     大地はるかの独白に頷いた。助けてやりたい、苦労する母親の為に何かしてあげたいなんて随分と殊勝だ。その為に彼の護りを破り、武器を封じ、大地が重ねてきた枷が、鮮血に似た気配を纏った風花の前に発動した。風花を呑み込もうとする影を撃ち払い、紅蓮斬を叩き込む。
     そして風花は、いいな、と心の内で独りごちた。
     星夜には母が居る。だから彼は自分と違い、決して天涯孤独ではない。それは少し羨ましいことだ。
     けれど星夜がこの世から消えてしまえば、彼の母は自分と同じ、孤独の身になってしまう。
     それは駄目だ。
     彼は、絶対死なせてはいけない。
     風花の想いに同調するように、貫はサイキックソードを地面に突き立てた。途端、見えない力が急速に熱を奪い取り、星夜の足元の草が枯れ落ちる。
     けれど星夜は熱を奪おうとする力を躱して咆哮、続け様にるかの一撃も躱し、恵の懐に飛び込んだ。星夜の影が恵を呑み、無数のトラウマが喰らいつく。恵は両足を踏み締めて影に耐え、眼前の星夜を見返した。
     見切られたのだと、飛鳥は紅の気を龍砕斧に纏わせながら考える。支援を優先していた飛鳥の一打はまだ星夜を掠めることが出来たが、完全に当らなくなるのも時間の問題だ。
     しかし、退くわけにはいかない。
     貫が本来多数戦に向くフリージングデスを唱えたのは、氷ならば星夜の命を奪い切ることはないだろうと考えたからだ。全ては貫なりに星夜を護る為に考えた最善に他ならない。
     貫は宙を跳ねた。闇空の中でもう一段、空を華麗に舞い跳ね、貫が前に踊り出る。同時に振り下ろされた貫のサイキックソードと星夜の影が重なり、鈍い衝撃を響かせた。
     虚の影が奔る。一方、虚の鋭い黒影は自身の影で呑み返し、星夜は彼女を見返した。けれどその足が動く前に、恵の掌が星夜の腕を捉える。
    「君は君の母の笑顔を取り戻したかった、それだけでは無いのか!?」
     恵が叫ぶ。トラウマに見舞われながらも彼の腕は決して離さない。強く掌で握り、思い出してくれ、と恵は続けた。どうか思い出してくれ、君が母親と過ごしたあの時の事を。
    「まだ取り戻せられる、今なら! まだ!!」
     恵の拳で電撃が爆ぜる。護りの電撃を身に纏いながら、決して諦めない意志を孕んだ漆黒の双眸は星夜を見据えた。

     飛鳥の眼に映る灯星夜という少年は歳よりも少し幼く見えた。声もまだ高い。丸みを帯びた双眸は今でこそ虚ろだれど、愛されて育ったものの片鱗が見て取れる。
    「お母さんはどんな人?」
     飛鳥は均整の取れた体躯を捻って影を躱すと、星夜の懐に飛び込んでいく。彼を間近で見つめ、飛鳥は笑んだ。
    「僕は自分の親の事、知らないんだ」
     飛鳥の双眸がゆるりと優しく緩んでいく。親は知らない、それでも暖かな祖父母に育てられた飛鳥は、大切なことが沢山あることを知っていた。お前には関係ないと一蹴する星夜の影が飛鳥を抉るも、飛鳥は星夜から視線を外さない。
    「すごく大切なんだよね、君を見てればわかるよ!」
     真っ直ぐに声を飛ばした飛鳥に、星夜の眼が微かに揺れた。
     彼はその大切さ故に無力さを覚えていたのかもしれない。そう思えば、平生通り明るく軽快な声を飛ばす虚の眼が緩む。平生明るく振る舞おうとも、奥底には弱気の性を抱える虚ならば恐らく、その気持ちは理解し得ぬものではない。
     けれど──だからこそ挑戦する心に憧憬し、自分もそうで在ることを望む虚は、精一杯の影を真っ直ぐに撃ち放った。
     それを添うように、はじめから、星夜を包む恩恵を砕く冷気の氷柱が放たれた。るかの小さな身体もまた一撃を叩き込むべく大きく跳ねる。
     大地の掌から日本刀が滑り落ちた。武器を手放した掌底が星夜の拳を叩き落として一転、大地の手甲が彼の顳かみを打ちつける。大地の双眸がすうと細まり、靡く黒髪の合間から、衝撃に瞠目する星夜を見下ろした。
    「自分の大切な人に誰かを殺して欲しいなんて思う奴がいる訳ないだろうが」
     星夜が振り向き様に返した拳は両の掌で受け止めて、大地は自分より小さな掌を強く握り返す。
    「お前自身が母親を泣かせるつもりか」
     大地の落ち着いた口調にも情が滲んだ。
     星夜の咆哮が響く。星夜は迷いを振り切るようにかぶりを振るけれど、はじめの言葉が逃がさない。はじめは妖の槍を振るいながら、そうだ、貴様がそうして全ての災厄を払った後は考えたか、と言葉を重ねる。
    「母親は貴様に人殺しをさせた事を悔み、さらに笑顔を無くすだろうな」
     今度は貴様が母親を苦しめる『災厄』となるのだと言い添え、はじめは紅に染めた双眸で星夜をねめつけた。
    「何とも滑稽な話か! まるでピエロだな!!」
     星夜の眼がぎろりと殺気を帯びる。紛れもない、心に響いているという証であった。
     彼の叫声と共に影が鋭く尖る。それを認めた風花は直ぐ様に地を蹴り、容赦なく放たれた影刃の前に立った。途端、肉が抉る耳障りな音が耳を打つ。ぽたりと血雫が肌を伝い、風花の足先を紅に染めた。
    「ねえ、あなたがここに来たのは、何のため?」
     雫を滴らせながら、それでも風花は星夜を見た。風花が間近で見る星夜の殺気に満ちた眼は、不思議と泣き出しそうにも見て取れる。
    「君の中に眠る、本当の君の声に耳を傾けろ」
     諭すように告げたのは恵だ。風花は恵の言葉に肯い、そっと両手を差し出した。
    「この蛍を捕まえて、大切な誰かに見せたかったんじゃないですか」
     包むように重ねられた風花の掌を開ければ、闇を揺蕩う蛍星。小さな灯火が一つ、二つ、周囲を彷徨いながら散っていく。
    「戻ってきてください」
     大丈夫だから。
     だって、私も、戻って来れたから。
     踊る灯火と似た穏やかさで言葉を重ね、風花は静かに表情を和ませた。
     星夜の眼が見開かれ、次第に潤み始めていく。やがて彼の柔らかな頬を大粒の涙が伝い落ちた。一粒、二粒、次第に雫の数を増す涙雨。掠れ声の哀哭が深潭の森に響き渡った。

     大地が繰った最期の一撃が星夜の鳩尾に叩き込まれる瞬間が、るかの大きな眼に映る。ふと、星夜の掌が寂しげに宙を彷徨うから、るかは反射的にその手を取り、自分の掌を重ね合わせた。奥底に秘めた寂しがりやの気質が、或いは呼応したのかもしれなかった。
     母の為に何かをすることは良いことだと思うけれど、人殺しになってしまえば今以上に悲しむことは、彼の母を知らないるかにもよく解る。だからこそ命を賭して得た結果に、るかは表情を緩めてみせた。
    「無事でよかったですよぉ……」
     星夜が、そして仲間の皆が無事でよかった。
     暫くして、星夜の眼が再び開かれた時、るかは笑顔のまま彼の顔を覗き込む。眼差しは朧げであったけれど、ゆっくりと起き上がる彼の姿に、貫もまた安堵の息を零した。
    「あの、僕は……」
     星夜は微かに呟いた後、視線を落としてかぶりを振る。彼の指先が草を握るも、力のない指から草は零れ落ちていく。
    「僕は、どうやってお母さんを助ければいいですか」
     星夜の声は震えていた。
     風花がその彼の顔を覗き込み、薄紅の眼差しを真っ直ぐに彼へ向ける。
    「そのままで良いんです。あなたの大切な人を笑顔にできるのは、あなただけでしょう?」
     彼女の優しい言葉がじんわりと星夜の耳に沁みる。彼の眼に再び浮かぶ水雫。嗚咽に咽せ返り、身体をぐらりと揺らした彼を抱き留めたのは飛鳥だった。飛鳥の腕がぎゅっと彼を抱き締める。それからそっと背を優しく撫でやった。
    「灯さん」
     るかは星夜が落ち着き始めた頃合いを見計らい、彼の名前を口にする。丸みを帯びた眼を懸命に拭い、彼はるかを見返した。何、と傾げる彼にるかは言う。
    「よければ灼滅者仲間として一緒に闇堕ちしてしまった人たちを助けに行ったり、楽しい学園生活を送りませんか?」
    「ナーイス! あたしもソレがいいと思うわよ」
    「ククク、俺に傷を負わせた男だ……特別に歓迎してやろう」
     軽快な口ぶりで同意する虚と、相変わらずの口調で告ぐはじめに星夜の眼がぱちんと瞬いた。しかし直ぐに彼は破顔する。それは彼が初めて見せた、心からの笑みだった。
    「君を灼滅者……いや、武蔵坂学園の仲間として迎えよう。これから、宜しく頼む」
     差し出された恵の掌に星夜の掌が重なった。じんと伝う温もりは護り切れたのだという事実を伝え、恵の表情も思わず緩む。
     大地は皆の様子を見遣り、漸くして星夜の傍に歩み寄った。ことりと、大地が彼の傍らに置いたものは地面に転がっていた虫籠だ。虫籠の中に揺蕩う蛍達を見つけ、星夜は弾かれたように大地を見た。捕まえてくれたのだと知り、嬉しさと戸惑いが混じった眼を向ける彼の頭に、大地の掌が触れる。
    「少しは誰かを頼れ」
     大地の落ち着いた声音も静閑な森の中ならよく響いた。やがて大地は星夜から手を放すと、続けて小指を差し出してみせる。
    「俺で良ければ力になる。約束だ」
     恐る恐るながら、星夜の小指が大地の指先に絡んだ。指先から伝う体温のように暖かな言葉が心を伝い、また、星夜の表情がくしゃりと歪む。
     頬を撫でる微風は相も変わらずぬるいまま、けれど周囲を揺蕩う蛍の灯火はあまりに綺麗で、泣きたくなるほど優しかった。

    作者:小藤みわ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 3
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