剣と獣のファンタジア

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     午前一時半。終電の時刻をとうに過ぎた地下鉄のトンネルは静寂に包まれ、一筋の光すらない。線路の軋む音も今は遠く、どこに繋がるかもわからない闇が、四方をくまなく埋めているばかりだ。
     ぱらり、と一粒の砂が、音もなく天井から零れ落ちる。
     それはほんの一滴にすぎなかった。ところが流水のように注がれ始めた砂は、瞬く間に線路を埋めた。黄色い砂煙の向こうで、闇が静かに変容を遂げていく。現れた自然の岩肌は、元のトンネルの壁ではない。
     
     地面にあいた噴砂口から、間欠泉のようにごぼりと砂が噴き出す。
     天上からは流砂が滝のように降りそそぎ、足元は大量の砂で埋め尽くされている。言うなれば砂漠の地下洞窟だ。
     迷宮はかわいた砂のにおいと、焼けるような熱気に満ちていた。
     剣を持つ屍と、飢えたハイエナのなれの果てのみが闊歩する死の荒野。
     その最奥には、眠りを知らぬ屍の騎士が待つ。訪れる者をただ待ち続けるかの如く、騎士は彫像のように佇んで、動かない。 
     
    ●warning
    「地下鉄にダンジョン、なんだかファンタジーですね。冒険の予感がします……!」
    「……お、おう。君は本当にこういったアレに目が無いな……」
     深夜、札幌の地下鉄がダンジョン化している事を錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)がつきとめてから暫く。鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)の元にも関連事件の情報が入ってきたらしい。そわそわしているイヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)をなだめつつ、鷹神は教室に集まった灼滅者へ概要を説明した。
    「とは言っても、終電から始発が出るまでの数時間程度だがな。場所も場所だしまだ被害は出ていないようだが、今後大事故が起きないとも限らん。早急に対処して頂きたい」
     
     今回ダンジョン化しているのは、札幌市営地下鉄東西線のひばりが丘駅から大谷地駅までの間だという。ひばりが丘駅から潜入し、大谷地方面へとトンネルを進むことになるだろう。
     中は岩肌に囲まれ、細かな砂に満たされた砂漠の洞窟風のダンジョンになっている。
     入ってすぐに道が左右に分かれ、最深部で再び合流する構造のようだ。
     広さや高さは十分だが内部はかなり暑く、乾燥している。足元も砂のため、対策なく進めばみるみる疲労が溜まっていくだろう。
    「左右どちらの道にも敵がいるようだな。雑魚敵は40体ほどいるようだが、そのぶん個々の力は弱い。二手に分かれて倒しながら進めば効率がいいだろう」
     致命的なものではないにせよ、どこかに罠が隠されている可能性はある。敵が思いもよらない所から襲ってくる事もあるかもしれないため、注意が必要だ。
     
     出現する敵は、短剣を手にした骸骨のアンデッドと、白骨化したハイエナのアンデッドが20体ずつ。そして、最深部には西洋風の豪華な鎧で武装した騎士のアンデッドが1体のみ待ち構えている。
    「左の道には骸骨、右の道にはハイエナのみが出現する。騎士は俗な言い方をすればボスキャラという所だな。見事こいつらを全て討ち果たし、帰還してほしい」
    「分かりました、王様! ここはイヴ達が頑張って魔物を退治してごらんにいれましょう」
    「檜の棒でも持たせてやろうか? まあやる気があるのは何よりだ、頼もしいではないか。……表面化したものがどれ程不条理な現象であろうと、相手がダークネスである限り、そこには必ず合理的な理由が存在する筈だ。早く究明したい所だな」
    「そうでしょうか? 実はノーライフキングさんが夜にこっそり遊んでるだけかもしれないなって、イヴは思いますけど……とにかく、街の皆さんに迷惑をかけてしまうのはいけませんよね。ですから一緒に頑張りましょうね、勇者様!」
     戯れるようにそう言って、魔法使いは仲間達に笑顔を向けるのだった。


    参加者
    琴月・立花(徒花・d00205)
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)

    ■リプレイ

    ●したてやLv51、いしゃLv46、ひーろーLv56、おうぞくLv62
    「心頭滅却! 播磨の涼風、龍冷弾!」
     乾いた砂地の空気を斬り裂いて、三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)の氷の弾丸が飛ぶ。不可視の魔力で急速冷凍された獣たちの体は、内部から爆破され水蒸気と共に消し飛んだ。湿った風は足下の砂を巻き上げ、訪れた灼滅者たちの間を吹き抜ける。
    「出るわ出るわ、ウヨウヨと。メンドくさいわねぇ~。ノーライフキングもマメっつーか」
     戦闘終了。明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)は砂で汚れた服をはたいた。キング・ミゼリア(ロイヤルソウルはうろたえない・d14144)がメモに現在の撃破数を記した時、瑞穂の無線機に呼び出しが入った。
    『森田だ』
    「元気~? こっちは今6体倒したとこ」
    『こちらはまだ2体です。急ぎますね。健闘を祈ります』
     左の道を進む森田・供助(月桂杖・d03292)と夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)の声だ。右の道を行く此方の五人とは、入口で別れてから暫く経過する。無事に再び合流することを約束し、各々敵を倒しながら進んでいた。
    「確かに暑いけど、乾燥している分ましね。これで湿度まで高かったら、確実に熱中症になっちゃうわ」
     ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)は温い栄養ドリンクを飲み干し、渋い顏をした。残りの4本はキングのアイテムポケットにしまい、代わりに冷えた氷水を出す。保冷剤を入れてきて大正解だ。
    「水ってこんなにおいしいのね」
    「勇者~♪ 勇者~♪ アタシは勇者~♪ イクわよ皆のども!」
    「はい、勇者様!」
     水分を補給した勇者一行は、キングと健を先頭にぞろぞろ進み始めた。級友いろはが用意した幕府御用達ゴーグルをかけ、イヴ・エルフィンストーン(高校生魔法使い・dn0012)も箒に乗って後をついていく。
    「おーイヴ姉ちゃん僕と一緒の装備だな!」
    「お揃いだと探検隊みたいですよね。ドリンクもどうぞ」
    「……甘っ。何これ紅茶味? しっかし地下鉄のトンネルに迷宮とは、まーた凝ってるわねぇ、ホント」
    「瑞穂さんの棒は檜の棒ですか?」
    「あークラブで地下迷宮行くって言ったら是非持ってく様言われたんだけど、ホントに役に立つのかしらねぇ、コレ」
     出た、10フィートの棒。
     先に進んでいたキングが流砂を発見した。試しに棒を刺してみる瑞穂。
    「深いわ」
    「大義であった。そのようね」
    「砂地の定番ねぇ」
    「他に迷宮の定番って宝箱の罠を掻い潜ってレア財宝手に入れたり、囚われの姫を伝説の勇者が救い出すとかか?」
     健の無邪気な言葉にまさかね、と皆笑っていたが。
    「おっ、宝箱発見!」
    「えー……」
     あからさまに怪しい宝箱と、それを囲む不自然な噴砂口にミレーヌは閉口した。
     無視したい。が、敵が潜んでいる、かも。強制イベントだ。
     キングは思った――ここで仲間達を熱く鼓舞してこそ勇者力高いと。
    「行け行け行けそこで一歩! まず一歩! 諦めたら冒険終了よ! 罠なんか気合いでバベる!! ドントウォーリー! ビーレジェンド!! はいアタシ達の伝説今始まった! ミレーヌちゃんも熱くなるのよおおおおおお」
    「ちょっと、体感気温上げないでよ」
     その時、宝箱がガタガタ動いた。
     振り向く勇者達。
     間。
    「あー、そっちのパターンね。はいはい」
     瑞穂は容赦なく宝箱にビームを放った。
     箱が砕け、中からハイエナが現れる。そしてやはり噴砂口から砂と共に。更に退路を断つように上からもぼとぼとと。
    「って多っ」
    「曲者じゃ! 出会え、出会えぇ~い!!」
    「大変、勇者様が殿に!」
     砂埃が舞った。瑞穂は面倒そうに、銃で肩を叩く。
    「まぁいいや、纏めてこの迷宮ごと連中の墓場にしてやりましょうか~。もう死んでるけど」
     仲間を守る盾となったキングと健に、飢えた獣の鋭い爪や鬼気迫る牙が次々襲いかかる。
    「播磨の向風、龍星蹴!」
     すねにかじりつく敵を蹴飛ばし、健は鈍い痛みに顔をしかめた。四面楚歌。いくら弱い敵でも、これでは多少の傷は免れない。
    「痛てて……屍化しても獲物求めて彷徨うとか、マジ喰えない連中だよな。こんな時は仲間を助っ人召喚!」
     健がポーズと共に叫ぶと、迸る鋭い殺気で敵が怯んだ。怯えて縮こまる獣達を、翼の如く広がる帯がまとめて縛り上げる。仕上げに流砂へ向けて投げ飛ばし、関島・峻と室本・香乃果が参戦する。
    「いつも以上に気合が入ってる様だな。助太刀させて貰おう」
    「サポートします。勇者様達のお力になれるように頑張りますね」
    「兄ちゃん姉ちゃん、ナイス連携だったぞー!」
     漸く流砂から脱出した一体をキングの槍が貫いた。残り僅かな生命力も涸れた屍は、干からび、崩れ、砂となる。瑞穂の招いた癒しの風に吹かれ、跡形もなく消えた。
    「二足歩行は骨盤を砕くのがセオリーらしいけど、四足歩行はどうしたらいいのかしら」
     周囲に残った敵を蹴り上げ、ミレーヌは思考する。空中に投げ出された獣の首に切り取り線が走ったのは一瞬、胴と分かたれた頭が砂の上に落ちた。
     小慣れた動作で二本のナイフを捌き、ミレーヌは次々敵を解体していく。全て倒し終えると皆息が上がっていた。やはり暑い。
    「他は何もないわね。逆に向こうには何か……いえ、夢があるわッ!」
    「ウザ……」
    「何か言った?」
     どや顔のキングは地図に×印を書き入れ、汗を拭う。ブーツの底がじわじわ熱い。皆の足取りも鈍り始めていた。香乃果と峻からも水の補給を貰い、保冷剤で体を冷やしつつ何とか進んでいくと、やがて砂の広間に辿りついた。試しに棒を刺し入れ、瑞穂は溜息をつく。
    「所々底なし流砂になってるわ。全部調べるのメンドくさいわねぇ」
    「ここはイヴ姉ちゃんの出番だな!」
     裏技発動。イヴの箒に一人ずつ乗って、流砂の海を越えて飛ぶ。灼熱の地底砂漠も見下ろせば中々壮観だ。最後のキングになるとイヴも少々疲れた様子だったが、そこは王、そして勇者の器の見せ所。
    「頑張って頑張るのイヴちゃん! アナタなら出来る、アタシがついてる、落ちるなんてありえないわ!」
    「頑張ります! あと少しですっ……!」
     遂に流砂地帯を突破した一行。案の定出口で襲ってきた敵も撃破し、健は勝利のガッツポーズを取る。これで丁度20体目だ。
    「見たかダークネス、これが導かれし仲間達の一致団結の力だ!」

    ●しはんだいLv51、ねむりにんLv61、とりつかいLv57、こたつせんしLv54
     供助は氷を口に入れた。乾いた口の中で、氷はすぐに溶けていく。皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)はタオルで汗を拭いつつ、天井を見あげた。
     郷里の美しい夜空は見えない。横穴から降る砂は流砂に吸いこまれ、溜まることはないようだ。
    「月明かり射す砂漠ならまだ歩きがいもあるんだが」
    「同感。……寒いよかましか」
     時計を見ていた供助も上に視線を移す。この間から斬新ゲームの事も気懸りだった。もし迷宮内の屍が上から集められたものなら、二つの事件は繋がっている可能性もある。密かな思索を続けながら、おくびにも出さず歩を進める。
     一方、琴月・立花(徒花・d00205)は壁歩きも試みていた。自然の岩肌は凹凸が激しく、平らな壁同様に歩く事は難しい。度々砂地に落ちたが、一度登れればフロアを見渡せる。
     立花は感嘆の息を吐く。俯瞰で見下ろした洞窟は、一昔前のゲームを彷彿とさせた。
    「見事にRPGでびっくりね。ダンジョンの散歩できて楽しいわ」
    「北海道にこのような砂漠ができるとは驚きですね……」
    「おい平気か? 目が虚ろだぞ」
     ところで炬燵が水筒の水を飲みつつ一際汗を流しているのは、砂漠のトレジャーハンター風の服の上にトレードマークの半纏を着ているからに他ならない……のだが。
     そこは譲れないのだろう。脱げとも言えず、供助の熱さまし用シートで何とか凌いでいる。
    「敵が来るわ」
    「二体か。一体ずついくべ」
     立花はひらりと着地した。飛び出してきた2体の骸骨を葬り、右の班に無線で連絡を入れる。此方が少し遅れているようだ。気持ち早足で歩く。対砂漠装備を整えてきた供助と幸太郎に比べ、立花と炬燵は少々苦労していた。
    『おお しゃくめつしゃよ しんでしまうとはなにごとだ!』
     …………。
    「幸太郎?」
    「鷹神……いや、王様の声が聞こえた気がしてな」
     ここで何かあっては大変だ。幸太郎はドリンクバーを使い、ふらつく炬燵にやや強引に飲ませた。
    「コ、コーヒー味がぁ~……目が冴えて~しまいますぅ」
    「いいから飲め」
    「……ZZZ」
     舟をこぎながら、炬燵は漆黒の弾丸を撃つ。砂に埋もれ、隠れていた白骨が驚いて飛びだした。供助と幸太郎も辺りを見て、冷静に武器を構える。不自然に盛り上がった砂――中に敵がいる可能性は考えていた。
     短剣を持つ骸骨が次々現れ、一行を囲む。まるで追剥だ。
    「器用ね炬燵ちゃん。さて、地道に進んでラスボスに、ってね」
     仲間と一緒なら問題ない。少し悪戯っぽく微笑むと、立花は背筋を伸ばしその場に立つ。
    「光に刻まれなさいな」
     眼が鋭く細められた瞬間、冴えた光の衝撃波が敵を薙ぎ払った。辺りに渦巻く毒霧を風で相殺し、供助は杖を振るう。月桂樹と羽の飾りが、爆風に煽られ強く揺れた。
     一体の骸骨が力を失い、崩れ去る。砂煙の中でもわかる程の黒い殺気が辺りを包む。その中心には幸太郎がいた。砂の上には、五芒星の結界が赤く輝いている。
     炬燵に行動を阻まれた敵達は、逃れる事も出来ず殺気に飲まれ、消滅した。
     ほう、と一息。
     少し動いただけで眩暈を覚えそうだ。幸太郎は暑熱適応防具の必要性を強く感じた。供助はアイテムポケットからクーラーボックスを出し、皆に冷水を配る。
    「暑いわよね……助かるわ」
     生き返るとはこの事。これも探索の醍醐味ね、と立花は汗を拭い、壁にもたれる。
    「疲労して注意力散漫になって罠にかからないようにしないとね。焦らずに時間内に終わればいいのよ。……」
     妙な間があった。
    「……戦闘中、変な音がしたの。この壁動いている気がするわ」
     え。
     一瞬時が止まった。なんと、左右から壁が迫ってきている!
    「走れ!」
     供助が叫んだ。
    「RPGと思っていたがACTだったか。乾いたダートはパワーとスタミナが要求される。ひ弱で非力な皆守君には辛い馬場だな」
    「ボケかましてる場合か。余裕じゃねーか」
    「ZZZ……はっ。待って下さい」
     だが迷宮は甘くない。走る一行の前に2体の骸骨が立ちふさがる!
    「どけ!!」
     勇者達は一瞬で敵をぶっとばし、走った。
     が。
     先頭の供助が突如、幸太郎の視界から消える。
    「ここで落とし穴かよ……。とりあえず俺の上飛び越えてけ」
    「……酷い罠だ。悪いな、そうする」
    「びっくりね。壁に挟まれてもかすり傷なのかしら私達……」
     辿りついた場所は行き止まりに見えたが、幸い壁の動きは止まった。供助をロープで救出し、幸太郎と立花は安堵の息を吐く。そこで右班から連絡が入った。もう合流地点に着いたようだ。
    「行き止まりの訳ねーな。小突いて隠し通路を探すのがセオリーかね」
    「その終盤のレアアイテムめいた杖でか」
     供助は先程の杖で岩壁をつつき、音が微妙に違う箇所を聞き分ける。
    「でもって爆破だ」
     フォースブレイク。壁が砕け、出口と共に最後の敵が現れた。
    「尽力致します。皆様は本命たる騎士との戦いに!」
     支援に来ていた火炫・散耶の炎が敵を焼き払ったのを合図に、蜂・敬厳と綾峰・セイナも続く。拳と銃弾で頭蓋を叩き割り、二人も頼もしい笑顔を見せた。
    「勇者様方が無事に最深部にたどり着けるよう、露払いはお任せを!」
    「昔軍隊でこんな訓練もやったことがあるから、こういうのはオマカセよ」
     後は任せて大丈夫だろう。炬燵は頷き、通路の先を見た。
    「有難うございます。お言葉に甘えて進みましょう」
     
    ●セーブしますか?
     合流地点の広間で無事再会した一行は、互いの砂まみれの姿を見て苦笑をこぼす。
    「意外と難しいですね、コタツ型のテント。でもこれがありますから大丈夫です」
     どん。
     巣作りを終えた炬燵は、中央に携帯用コタツ(アウトドア用品)を置いた。
     そして、潜る。
    「さあ、中は快適ですのでゆっくりしていってください」
     砂漠で。
     ……コタツ。
    「やっぱりセーブポイントにはシンボルだよな、なーんて?」
     健はあははと笑っているが、驚愕の展開すぎる。
    「ここはゲームなら回復の泉よね」
     砂と汗で汚れた服が気になるミレーヌには、香乃果がクリーニングを使ってくれた。見た目は奇抜なキャンプだが、炬燵の言う通り巣の中では暑さも喉の渇きも不思議と気にならない。
     道中の武勇伝を語り合えば、水と軽食もやけに美味く感じられた。心霊手術を終え、心身ともに癒された勇者達は再び歩き出す。夜明けが徐々に近づいてきていた。

    ●そして伝説へ
     最奥部に近づくにつれ、内部の様子に変化が見られた。自然の岩肌は石造りの壁になり、地面の砂も減る。終点の大広間には古い棺が並び、王の墓めいていた。何だか墓荒らしのような敵ばかりだ――そう思っていた供助は得心した。そういう迷宮だったのだ。
    「勇者様、あちらにボスが!」
    「イヴうきうきしすぎじゃね?」
     イヴの示す先には、一際立派な棺の前に立つ騎士の姿があった。ミレーヌはため息をつく。
    「暑苦しい格好ねぇ。ま、やりましょうか」
    「こーゆー時ってさ、世界の半分あげるから仲間にならないか、って言われるのがお約束なんだけどねぇ」
     瑞穂は例の棒をカスタムライフルに持ち替える。墓守の騎士も剣を構え、歩み寄ってきたが、はいいいえすら喋らないのは首が無いからという訳でもなかろう。
    「ま、見た目そこまで偉くはなさそうね。んじゃま、さっさと叩き潰すとしましょうか~」
    「さて、それじゃあ全部見通しましょうか」
     立花が瞳に予測の力を集め始める。騎士と、供助が素早く一歩を踏み出したのは同時。剣と杖とがぶつかり合い、閃光が走る。踏み止まった騎士は供助の杖を打ち払い、返す刃が肩に食いこみ骨を断つ。汗と、血と、砂の混じった液体が靴を染める中、供助も耐え、踏み止まる。
     その時、背後から迫る二対の刃が騎士の肩甲を紙のように斬り裂いた。中身はやはり空洞。刎ねる首が無いのは残念だ。けれど、ミレーヌの殺人技巧は変わらぬ冴えを見せる。
    「首があろうとなかろうと、私の牙は噛み砕く!」
     瑞穂から治癒の光を受け、供助が態勢を立て直す。追撃へ踏み出した騎士に、炬燵が風の刃を撃ちこみ、胸甲板が大きく凹んだ。金属音を立て倒れた鎧をイヴが漆黒の弾で追撃する。快適な状態で休憩を挟めた事が功を奏していた。体力、気力ともに充分の勇者達は、連携攻撃で騎士を追いつめていく。
     騎士は残る魂を燃やし、回復すると同時に赤い闘気を纏う。
     再生するボスはRPGなら厄介、だが。
    「灰は灰に、塵は塵に、ってね~。死者が動き回るのはホント医療の倫理に反するってーのっ」
     瑞穂はライフルを構え、レーザーを連射。装甲もろとも絶対不敗の暗示を打ち砕く。
    「さて、斬り伏せにいくとしましょうか」
     立花はそう呟き、かすかな笑みを唇に乗せる。刹那黒い刃が閃き、敵の片腕を落とした。
     片腕を失った騎士は意に介さず、剣を地面に叩きつけた。一際大きな衝撃波が地表を盛り上がらせ、砂煙と共に一行を襲う。キングと健は石礫を真っ向から受け、走った。
    「播磨の砂嵐、ピラミッドダイナミック!」
     健は敵を担ぎ、そのまま高く跳躍する。
    「ノーライフキングごときが、この生命力あふれまくるリアルライフキングに勝てると思っておるのかーッ!」
     頭を垂れよ。その身体が地面に叩きつけられる瞬間、キングは空の頭部に向かって杖を振り抜いた。
     会心の一撃。二重の爆発音が壁に反響し、砂を、天地を、空間を震わせる。なお立ち上がろうとする騎士の足に、不定形の影が足元からするすると絡みつく。
    「『スリープ』、あいつの知らない『眠り』を教えてやれ」
     ――そろそろ、俺達も眠りに帰る時間だ。
     ゆっくりと。眠るように。幸太郎の影に飲みこまれるようにして、眠りを知らぬ屍の騎士は消えていった。後に残されたのは立花が斬り落とした腕のみだ。それすら氷解するように溶け去って、ただ深い闇と、静寂ばかりが残った。乾いた暑さも、砂のにおいも、もう遠い。
     自然現象の筈はない。札幌のどこかに、黒幕がいるはずだ。
    「待ってなさい、アタシが絶対見つけてあげるんだから!」
     キングは未だ見ぬ敵への思いを滾らせた。供助と幸太郎も静かに頷くが、未だ火照りが残っている。とりあえず、と恒例の缶コーヒーを開けてみたものの。
    「……ぬるい」
    「一緒に冷やしといてやりゃ良かったな」
     あまり美味くない。と、その時。
    「ヤバい瑞穂姉ちゃん、炬燵姉ちゃんが倒れそうだ?!」
    「あー、半纏は無茶よねぇ。急患よ」
     限界を迎えた炬燵を箒に乗せ、皆で線路の上を走りだす。エンディングらしい光景だが、勇者様御一行の波乱の旅はもう少し続く。行き先は涼しい所、できれば美味しいご当地名物付きで。
    「ああもう、早くお風呂に入りたいわ」
    「私はもう少し探索したかったわね。ボス倒したらお宝とかないのかしらね?」
     ミレーヌと立花の言葉を聞き、イヴは微笑んだ。
    「こういう時は『冒険した記憶が宝物です』って言ってお終いみたいですよ。勇者様!」

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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