女性の悩みもバッチリ解決

    作者:篁みゆ

    ●湯治
     ふわふわと湯気が浮かぶ温泉。2つの影がうごめいている。丸みを帯びた輪郭から、どちらも女性であることがわかった。
    「わぁ~マリン様ってお胸大きいですね~。弾力もあって……」
    「っ……あ、ああ……お陰で肩が凝っ……うっ……」
     ナースキャップをかぶった女性が、長い青色の髪をヘアクリップで止めている女性のたわわな乳房に触れている。
    「気持ちいいですか~? 色々なところのマッサージもしておきましょう~。肩こりも治りますよ~」
    「あ……あぁっ……!!」
     我慢しきれなくなったのか、快感に耐えようとしている声から甘い嬌声へ声色が変わっていった。

    「……さすがの腕だな。肩こりも疲れも吹き飛んで、身体が軽くなったような気さえする」
    「お役に立てて光栄です~♪」
     ナースキャップの女性はにっこりと微笑み、身体をくねらせた。
     

    「座ってくれるかな?」
     教室へ足を踏み入れた灼滅者達に椅子を示すと、神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は和綴じのノートを開いた。
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったのはもう知っていると思う」
     彼らは有力なダークネスである、ゴッドセブンを、地方に派遣して勢力を拡大しようとしているらしい。
    「その中でもゴッドセブンのナンバー2、もっともいけないナースは、愛媛の道後温泉で勢力を拡大しようとしている。もっともいけないナースは、配下のいけないナース達に命じて、周辺のダークネス達にサービスをしているようなんだ」
     サービスされたダークネスは元気になってパワーアップしてしまうと同時に、もっともけないナースと友好関係になってしまうので、この企みを阻止する必要があるだろう。
    「いけないナースが接待をしているのはマリンというアンブレイカブルの女だよ。旅館から少し歩いた先にある露天風呂の女湯を貸し切っているようだね」
     接触するタイミングとしては、いけないナースがマリンへマッサージを施している時がいいだろう。胸が大きいとか柔らかいとか、隣の男湯にいる人達がドキドキしてしまうような会話をしている。
    「男湯には入浴客が居るかもしれないし、後からくる客がいるかもしれないから、最低限の対処はしてほしい。そしていけないナースなんだけど……」
     瀞真が言葉を切って、ノートに視線を落とす。
    「彼女は『お客様に安全にお帰り頂く事を再優先』するため、自分が灼滅者達を足止めしてマリンを逃がそうとするよ。ただこれはこちらにも好都合で、実力的に今回のダークネス2体と戦うのは厳しいから、無理に戦わずにマリンは逃走させるのもいいかもしれない」
     いけないナースはサウンドソルジャー相当のサイキックと、殺人注射器相当のサイキック。マリンはストリートファイター相当のサイキックとバトルオーラ相当のサイキックを使ってくる。
    「どちらか片方だけでも倒してきてほしい。君達ならできると信じているよ」
     ノートから顔を上げた瀞真はそう言い、微笑んだ。


    参加者
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)
    緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)
    灰慈・バール(魂の在り方を問う彷徨いし者・d26901)
    深夜白・樹(心は未だ薄氷の上・d32058)
    終集・現真(美奇談蒐集家・d33279)

    ■リプレイ

    ●温泉の前で
     旅館からしばらく歩くと、湯気とお湯の匂いを感じられるようになってきた。視界の先にある建物が、どうやら脱衣所のようだ。
    「えっちなサービスで強化、実に淫魔らしいというかなんというか……」
    「おっ女の人が、女の人の悩みを解決……おっお肌とかかな?」
     ため息混じりの終集・現真(美奇談蒐集家・d33279)とは対照的に、緒垣・翠(空の青夕日の赤・d15649)は小さく首を傾げた。
    「温泉は、お肌にもいいといいますから。他にも、女性に嬉しい効能があると聞きます」
    「そ、そうかぁ……」
     なるほど温泉の効能も手助けしているのかもしれない、なんて深夜白・樹(心は未だ薄氷の上・d32058)の話に翠は頷いてみせた。その横でなんだか複雑そうな顔をしているのは、丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)。
    「ああ、そういう……健康的なマッサージか、そうかそうか。ナースってそういう仕事もするんだ、へぇー……へぇー……」
     なんだか残念そうだ。しかしダークネスを強化する能力は厄介であるからして、ナースの灼滅を目指そう、そう心に決めてあったことを蓮二が口にしようとしたその時、灰慈・バール(魂の在り方を問う彷徨いし者・d26901)がポソリと零した言葉。
    「……相手、服着てなかったら……何だか気まずいな」
    「よし、早速女湯へ行こう!」
    「待って待って!」
     本気か冗談かわからぬ調子の蓮二を巳越・愛華(ピンクブーケ・d15290)が必死に止める。
    「今、ライラ先輩が男湯に行ってるから、戻ってくるまで待ってくださいっ」
    「人払い、頼む」
     瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)の視線を受けて現真が頷く。さすがに本気で先に女湯に突っ込むつもりはなかった蓮二も、おとなしく百物語の発動を待った。
    (「怪談で人払いというのはなんとも悲しいが……噺はオチまで聞いてほしいものだ」)
     そう思いつつも現真は怖い話を紡いでいく。
     朗々と語られる怪談。翠は怖くて、なるべく聞かないように耳をふさいでいた。

     一方、男湯に堂々と入り込んだライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)は、無表情のまま脱衣所を抜けて奥へ。温泉につかっていた男性たちが突然の女性の乱入に慌てるのを涼しい表情で見て、ラブフェロモンを発動させる。
    「……あなた達はしばらく邪魔なので、ここを離れていて」
    「は、はい。わかりましたー」
     ザバザバとお湯から上がって脱衣所へ向かう男たち。現真の百物語と合わせれば人払いは十分だろう。男たちが脱衣所を出て温泉から離れていくのわ確認して、ライラは仲間たちと合流を果たした。

    ●温泉の中では
    「わぁ~マリン様ってお胸大きいですね~。弾力もあって……」
    「っ……あ、ああ……お陰で肩が凝っ……うっ……」
    「弾力もあるのに柔らかくて、揉んでるこちらも気持ちいいです~」
     脱衣所で接触のタイミングを伺っている灼滅者達に気づいていないナースとマリンの声が聞こえる。
    「しばらくこのまま二人の様子を観察しておきたい」
     薄く開けた戸口の隙間から中を覗けば、お湯の中で温まってマッサージしましょうとナースがマリンをお湯へと誘導している。湯気で所々見えないが、蓮二が真面目に自らの欲望を述べた。
    「……」
    「ああっ」
     しかしその願いは叶えられることがなかった。ライラが無言で扉を開けて中へと入っていく。他の仲間達もそれに続いた。霊犬のつん様に足蹴にされて、蓮二も中へと入る。
    「きゃぁっ!」
    「何様だ。ここは貸し切りではなかったのか?」
     突然の乱入者に胸元を抑えて立ち上がるナースと、恥じらう様子も見せずに立ち上がって身構えるマリン。
    「戦闘を申し込む。そこの淫魔、今すぐ湯から上がれ」
    「敵襲か!」
     恢の宣告に反応したのはマリンの方だった。ナースを庇うように立つマリンを見て、バールが頭を掻いた。
    「えーと、どう言えば良いかな……」
     灼滅者達には二人を相手取るつもりがない。マリンが逃げてくれるなら、追うつもりはないのだが。
    「マ、マリン様、ここは私が食い止めます。その間にマリン様は離脱を……」
    「私に敵前逃亡をせよと!?」
     しかしマリンは戦い好きなアンブレイカブル。ナースの言葉に素直に従いそうにはなかった。
    「お客様に無事にお帰りいただくまでが私のお仕事でー」
      ナースは職務を遂行しようとするが、マリンも武人としてはいそうですかと簡単に逃げるわけにはいかないのだろうか。さっさとナースをやっつけてしまいたいが、ここで手を出したらマリンが確実に戦闘に加わってくるだろう。
     だが、灼滅者達は2体のダークネスを同時に相手取らない方針を固めていて、マリンを追い払う口実も考えてあった。
    「……あなたは強敵。だけど、今は別件。いずれまた、別の機会で手合せしたい」
    「ふむ」
    「わ、私、マリンさんよりいろんな意味でずっと貧弱ですけど、いずれはマリンさんみたいに立派になって、熱い戦いをしてみたいです!」
     ライラの言葉に少し考えこむようにしたマリンは樹に声をかけられて、チラリと彼女の胸元に視線を投げかけた。ナースとマリンの話を聞いていて自分の体型と比較してちょっぴり悔しくなっていた樹だったが、そんなにあからさまに反応されるとまた悔しくなってしまう。
    「じっ女性の裸姿、見るのは、はっ恥ずかしい……だから、こっ今度……」
    「そんな格好の女性と戦うのは、僕の剣も噺も鈍る。ここは次回万全な時に、ということ撤退願えないかな?」
     恥ずかしがって目をそらす翠。顔を手で覆ってマリンの裸体を見ないようにした現真。マリンは自分の身体を見下ろして、ふん、と鼻を鳴らした。
    「一流の武人であれば、何をを着ていても何も着ていなくても、その技に陰りは見せぬもの」
    「マリン様ぁ、ここは私にお任せを~」
     縋るようなナースの言葉が届いていない。
    「今回の俺たちの仕事には、あんたは含まれてない。それでも掛かって来るってなら止めやしないが、それはあんたの望む戦いになるのかな。圧倒的有利な立場から俺達を叩いて満足できるかい?」
    「む?」
     だが、マリンは恢の言葉に戸惑うような様子を見せた。蓮二が畳み掛けるように続ける。
    「認めたくは無いが、今のところ俺らよりあんた一人の方が強そうだ。あんたとは改めて然るべき状況で仕切り直したいな。それとも、わざわざこの子に肩入れしてフェアじゃない闘いでもしてくか? おっぱいちゃん」
    「――後日の果し合いのお申し込みは大歓迎、そのときには満足させると約束するよ」
     最後につい口が滑った蓮二と、恢の申し出にマリンは少しの間考えこむようにして。
    「ナース、本当にここはお前に任せても大丈夫なのだな?」
    「はい、勿論ですっ。マリン様が安全にお帰り頂けるよう、全力をつくすのが私の役目」
    「ならばここは引こう。一方的にいためつけるだけの戦いはつまらぬからな」
    「素敵な女性とはもっと素敵な場所で、再開を切に願うよ」
     現真の投げ渡した一輪の薔薇を手にし、またどこかで出会った時に拳を交えよう――そう告げてマリンはその場から去っていった。脱衣所に寄る様子はなかったが、まあ、何とかするんだろう、きっと。

    ●残されたのは
     サウンドシャッターの展開された女湯内。残されたナースは、マリンを追わせないために灼滅者達の前に立ちはだかった。愛華に接近し、その針を突き刺す。
    「いけないナースってみんな仕事熱心なんだね」
     ナースの退路を無くすように動き、愛華は異形巨大化させた腕を振るう。愛華がダークネスをパワーアップさせる仕事をしているナースと戦うのは二度目だ。
    「枕営業で戦力を増やそうなどと、考えが浅ましいぞ!」
     ナースの急所を狙ったバールの一撃。ライラがそれを追ってナースへと迫る。
    「……これ以上、強化させるわけにはいかない。ここで潰す」
     肩から放たれた『A-Belt【シリウス】』が真っ直ぐにナースへと向かい、その太ももを貫いた。
    「残念だけれど、あんた達の活動を続けさせるわけには行かないんでね」
     無表情のまま告げるのとどちらが早いか、ナースの死角に入った恢が遠慮容赦なくナースの腱を刻む。この場でマリンとナースの両方を灼滅する道を選べなかった自身に苛立ちを感じている彼は、その苛立ちを一撃にこめてぶつけているようだった。
    「残念ながらナースちゃんを無事に帰すわけにはいかないんだよね」
     蓮二が『闇喰ノ魚』を振るうのと同時に、つん様がナースを攻め立てる。
    「ナ、ナースさん、とは、次の機会、ないように、しないと……」
     翠の発生させた霧が後衛を包み込み、力を与えた。
    「ある暗い女の子が暗子と呼ばれ虐められていんだ。ある日暗子ちゃんはロッカーに閉じ込められて放置され、その後、ある噂が広まった。彼女は暗闇にまぎれて消えた、こことは違う闇の世界にいったのだ、と」
     現真が朗々と語るのは、暗闇暗子ちゃんの怪談。
    「そんな彼女を呼び戻す方法が一つだけある。世界の境界を曖昧にするんだ。電気を消してつける、それを三回繰り返せば境界がぶれ、暗子ちゃんがやってくる――」
     パチンッ……現真が指を鳴らすと、怪談の通りにナースの世界が明暗を繰り返し、そして彼女を襲うのは、暗子ちゃん。
    「きゃぁぁぁぁぁっ!」
     ナースの悲鳴が女湯に響き渡った。その隙に樹は符を繰り、愛華の傷を癒やす。
    「あぁぁぁぁぁっ!」
     ナースが悲鳴を流れるように歌声に変えた。いつのまにやら聞こえてくるのは神秘的な歌声。歌声が目指すのは樹。
    「させるか!」
     しかし樹の前に飛び出したバールが、体を張ってその攻撃を受け止める。
    「仕事のために自分を犠牲にしちゃうんだもんね。その熱意をもっと違うことに向けてもらえればよかったんだけどな」
     愛華が帯を放つ。帯が貫いたのと同じ場所に、バールの放つ死の光線が向かう。
    「血と汗を流し、友情を深め、強敵を打ち倒し、さらに仲間を増やすのが王道だろう!! 恥を知れ!!」
    「……あなたは強化に特化しているけど、戦闘はどうかしら?」
     畳み掛けるように、彼我の距離を詰めたライラの、『M-Gantlet【プリトウェン】』による一撃。流れこむ魔力がナースの体内を蹂躙してゆく。『プログラムナンバーフォー』を纏った恢の、炎をまとった蹴撃が、ナースを燃え上がらせる。
     その間に蓮二は『Lotus』を癒やしの力に転換させ、バールを清めていく。つん様はキリッとした凛々しい表情でナースへと迫る。
     灼滅者達が攻め立てるのに対抗するようにナースも精一杯動く。だが手数の違いもあり、ナースが決定的ダメージを与える前に傷は癒やされていってしまう。ナースは自身の回復も行ったが、それは焼け石に水でしか無かった。
    「こ、これでっ……」
     翠の放った影がナースを包み込む。影の中でどんなトラウマを刺激されているのかはうかがい知ることはできない。
     明らかにナースの方がぼろぼろでふらついている。樹は思い切って旋律を紡ぐ。伝説の歌姫に匹敵する美しい歌声が、ナースの周りを舞う。
     苦しげに喘ぐナースを見て、現真は流れるような動きでその距離を詰めた。そして抜刀。まるで横を通り過ぎるかのような動作で切り抜けた後、ポーズを決めてゆっくりと納刀する。背後でごぽりと血の溢れる音が聞こえた。追って、床に落ちる音。
     ナースだったものはピンク色の霧になって、湯気とともに空へと消えていった。

    ●折角だから
    「……いいお湯、ね。とてもいいところ」
     折角なのだから、と温泉に浸かることにした女性陣。女湯でライラが足を伸ばし、疲れを癒やそうとしている。
    「気持ちいいね」
     愛華がお湯に使ったままうーん、と伸びをした。樹の視線は二人の胸元と自分の胸元を行き来している。
    「……いずれは、立派に、なるでしょうか?」
     マリンといけないナースの胸元も思い出し、樹は小さく息を吐いた。

    「まっマリンさんには、また、たっ戦う事に、なる、のかなあ……」
    「どうだろうね」
     温泉の外で彼女達を待つ翠の不安げな呟きに、現真が答える。どうなるのかはマリンの気分次第だろうか。だが今は無事にナースを灼滅できたことに胸を撫で下ろす時間。
    「なぁ、覗いてもいい……」
     ガスッ。蓮二が皆まで言う前に、つん様のつっこみ(?)が入った。
    「友情! 努力! 勝利! この三つを守らぬ者に、俺は絶対に負けん!」
     これでまた一人、漫画の三原則の素晴らしさが伝わったとバールは満足げだ。その横にいる恢は早く帰りたそうだ。長居してしまうとヘッドフォンが傷む。
     ――あの、触っても、いいですか?
     女湯からそんな声が聞こえて、おお、と声を上げた蓮二に、再びつん様のキックが入ったのだった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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