第一牧志公設市場は、那覇の国際通りから脇に折れた先にある。
マチグワカイユーメンソーチェビーサヤー(市場にようこそいらっしゃいました)。
入り口に立つと、時と場の感覚が揺らぐのはなぜだろう。戦後の闇市からここまで、連綿とした歴史が続いているのだという。
鮮魚店の青い魚はオウム顔で、ポップなサングラスをかけているのは豚の頭。そして、豚足でピース。彼らはまぎれもなく食材である。
観光中の若い男女が、顔を見合わせる。
「ブタさん、笑っているね」
指をVの字にして女が言った。男は努めて明るく答える。
「いい笑顔だね」
物珍しい果物、唐辛子の小瓶、ぷちぷちとした海ぶどう。眺めている内に、その鮮やかな色の渦が好奇心を刺激し始める。極彩色は力が強い。
「サーターアンダギー、食べよう」
はしゃぐ二人はむろん、周囲の客、店の者、誰一人として気付いてはいない。とある改装中の店舗内に、爆弾がしかけられているなどとは。
降ろされたシャッターの奥は棚も積み上げられた段ボール箱もそのままで、生活感が雑然と残っている。人の気配はない。体育座りで背を丸めた影が一つあるが、人影ではない。六六六人衆の影だ。真ん丸いサングラスをかけている。
「いいえがおだね」
微かに聞こえていたのか。抑揚なくなぞる声は変声期を過ぎた少年のものだった。
「しんだブタのいいえがお」
皮肉だというのに、揶揄の色すら籠もらない。マネキンの眼差しで見つめるのは、膝の間の爆弾だ。真摯に守るそのさまは、卵を抱くペンギンにだって負けないだろう。
爆弾はニックと名付けている。それはかつての彼のあだ名だった。ニコラスじゃないし、肉でもない。ニコのNIC。笑顔の似合うスマイリー・ニック。
「おいしいか?」
ゆらりと首を揺らす。脳内お花畑たちめ。
毒づく彼の横顔は、能面よりも波立たなかった。
教室に現れた時、石切・峻(大学生エクスブレイン・dn0153)の手には那覇の地図が握られていた。皺くちゃである。
「沖縄のスマイルイーターについて、続報だ。皆が調査を行ってくれたために、ついに全ての爆弾の場所が特定された。ありがとう。これでやっと、爆弾撤去の作業を行える」
峻の声には切実な力がこもっている。伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)へと頭を下げた。
「沖縄各地の爆弾には、六六六人衆が護衛役として控えている。なので、まずは連中の隠れ家を襲撃して灼滅しないとならない。それから爆弾の撤去を行えば、任務達成だが」
問題が一つ。
「この作戦が事前にスマイルイーターへ知れると、爆弾の起爆命令を出されてしまう。だから今回は、事前に周囲の人々を退避させるといった行動を取れない。この点に注意してくれ」
そう願ってから、峻は地図を開いた。
「で、君たちにお願いしたい場所は、第一牧志公設市場だ」
ざわめく室内。言った当人も無茶な願いだと分かっている。峻は顔の前に片手を立てた。
「申し訳ない。人だらけだ。爆弾を守る六六六人衆は、市場内の改装中店舗に閉じこもっている。狭苦しいけれどもシャッターが降りているのが、不幸中の幸い、と言って良いのかどうか」
それをふっ飛ばされたりしなければ、室内で全てが終わるだろう。
「侵入方法はシャッター脇の扉から入るか、あるいは他からか。ちょうどこの店舗の真上が食堂の倉庫で、床に一部傷みがあるらしい。引っぺがして通風孔などから降下できるかもしれないが、どちらにせよ一度に二、三人ずつしか通れないのが難点かな」
危険は避けて通れそうにない。
「正面から突入するにしても騒ぎにならないよう何らかの手段を講じて欲しい。面倒なことになったが、君たちの智恵を貸してくれないか」
峻はもはや拝む勢いだった。
「相手の六六六人衆は単独で、それなりの戦闘力を持っている。元は笑顔が似合うヤツだったらしいが、今はニコリともしない。HKT六六六にスカウトされた後、スマイルイーターにいじめ抜かれたからだそうだ。その笑顔が気持ち悪い、と」
もちろん、人殺しではあるが。
「こういう経緯で心がぽっきりいって、今はスマイルイーターに服従している。彼からの命令がない限り爆破は行わないので、戦闘中に爆弾を気にする必要はないのが幸いだ」
必要事項を記した書面を配布し、峻は短く息を吐く。
「内輪揉めとは六六六人衆らしいが、何とも陰険な話だな。爆弾はスマイルイーターの策略の柱だから、全て撤去できればKSD六六六の壊滅作戦を行う事ができると思う。沖縄の地から笑顔を失くさないためにも、どうか成功させて欲しい」
よろしくお願いしますと締めくくった。
参加者 | |
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朝山・千巻(懺悔リコリス・d00396) |
芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130) |
忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774) |
伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267) |
アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384) |
森沢・心太(二代目天魁星・d10363) |
居木・久良(ロケットハート・d18214) |
炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512) |
●白昼のブラックボックス
ある五月の午後。那覇市。昼食時を過ぎて市場の賑わいは一段落ついていたが、それでも人の姿が絶えることはない。
家族連れの観光客、買い物を楽しむ老夫婦、食べ歩き中のカップル。右も左も人、また人。ここで爆弾が炸裂したら、被害のほどは計り知れないだろう。予測したこととはいえ、伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)の胸中は苦い。
(「スマイルイーターめ、一度顔を見たことがあるが、気に食わない奴だった」)
彼の先導を受けて、灼滅者たちは慎重に、そして迅速に目的地を目指す。件の店舗が見えてきたところで、行き先を二手に分けた。
アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)と芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)が蓮太郎と共に残り、他が向かう先は二階だ。
「その前に」
朝山・千巻(懺悔リコリス・d00396)が、一階組と携帯電話をつき合わせる。連絡先を交換して、準備は万端。周囲の人たちに微笑ましく見送られながら、なに食わぬ顔で持ち場へと向かう。
忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)が、行く手に見えるドアを指差した。
「あそこかしら?」
やんわりと首を傾ける。折しも倉庫の扉が中から押し開けられ、食材を山と積んだ台車が運び出されるところだった。調味料の缶がぶつかり合い、段ボール箱が跳ね上がって、車輪の音がごろごろとけたたましい。
炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)が浅く頷いた。
「この分ならば、少々音が立っても不自然ではなかろうな」
人目が途切れた。居木・久良(ロケットハート・d18214)が工具箱を抱え直す。
「行こう」
忍び込んでみると、倉庫内はいたるところに物が積まれており、蛇行する隙間の奥まで行ってようやく傷んだ床が見えるという有り様だった。何か得体の知れない乾物たちが彼らを見ている。
念のために森沢・心太(二代目天魁星・d10363)が物音を絶ち、作業開始。カリ、カリ。床材の破れ目にスクレイパーを入れて、静かに剥離させる。素手を必要とする、地味だが肝心な仕事が始まった。
その間も携帯電話の液晶は、音もなく時を刻み続ける。
一階では傑人が数字を睨んでいた。顔を上げて周囲へと注意を張り巡らせ、短く息をつく。
(「このような場所で爆弾とは感心しないな」)
扉の見える位置で闇を纏う彼らに、人々は気づけない。楽しげに行き交うのをさりげなく避けるのは、なかなかにコツがいる。
同じ苦心を味わいながら、アイナーは戸口の大きさと仲間二人を見比べた。体つきに見劣りのない男子三名。これは一気に突入、とはいけそうもない。前二人、後ろ一人の逆三角形の布陣が適正だろう。発想と作戦にほつれ目はなかった。
その時、マナーモードの電話がメッセージを受信した。二階組からだ。
『準備完了』
さあ、始めようか。
●蝸牛の殻
入り口と天井、固い音が二つ同時に響く。
ドアの前には段ボール箱がぎっしりと積まれていた。奥が見えない。傑人とアイナーが先に立って迷路に似た隙間へと入り込み、遅れて入った蓮太郎がしっかりとドアを閉める。
「……Game Start」
傑人の声に応じて、ライドキャリバーのオベロンがその姿を顕現させた。
その時、部屋の奥では三つの影が、それぞれに床に着地したところだった。全部で八つの足。軛は狼の姿を取っている。
彼らの眼前に、膝を立てて蹲っている者の姿がある。膝頭に乗せていた顎をゆっくりと持ち上げた。
「……ひとつ、ふたつ、みっつ。ふたりと、いっぴき」
六六六人衆だ。名はニック。その顔に波立ちはなく、声には艶も抑揚もない。
「らくしょう」
だらりと両腕を下ろして立ち上がったが、次の瞬間、顔を跳ね上げた。
心太の腕と狼の首から、二匹の蛇がするりと床に這う。それらは瞬きの間に千巻と玉緒の姿を取り戻し、狼変身を解いた軛も加えて五つの人影へと変わった。積み上げられた空のトロ箱の間で、多くがひしめき合う。
「いつつか」
読み違いを覚ると同時、六六六人衆の空気が変わった。足の間に挟んでいた爆弾を、踵で後ろへと蹴り退ける。
「よるな!」
その一喝が、彼らを強烈に打った。
「く、っ……!」
避けようとして、あるいは己が身で衝撃を受け止めて殺し、五人の背が山積みのトロ箱に激突する。雨あられと降り注ぐ木片が容赦なく肌を傷付け、床で跳ねた。
「……っ?!」
次々と玉突きをした荷物がドア側突入の三人の目の前に崩れてくる。ガンッ、と跳ねたソース缶を蓮太郎が避け、傑人が跳び越す。
アイナーがアングル棚の支柱を掴んで木箱の上に飛び乗り、上から向こうを見下ろした。
「右に迂回、直進左手だ」
頷く二人の手には、既に得物が握られている。食材の箱を跳馬代わりに跳び越え、蹴り退けて、先を急ぐ。
けたたましい物音は、軛のサウンドシャッターが全て喰ってくれていた。市場を行き交う人々は、店舗の内の狂騒を知らない。
距離を開けられた上階突入側の五人は、千巻が守られたことで立て直しが速かった。心太が手の動きを確かめて交通標識を握り直す。
(「みんなの笑顔を守るため」)
更に後ろへ下がろうとするニックに突っ込み、支柱を降り抜く。色は目を欺くような赤。
「絶対に、っ」
『危険人物身動き禁止』の文字が、かわし損ねた敵の膝を打つ。たたらを踏んだニックは、踊る靴底で爆弾の位置を確かめて腰の位置を下げた。
上手く動かない脚はすぐに回復されてしまったが、その間にドア組の三人が五人の後ろに追い着いた。
「……やっつ、といちだい」
ニックはオベロン込みでそう数え直し、顔の前で左右の拳を軽くぶつける。鋼のナックルで拳をガードし、二つの刃を小指側に振り出した。
玉緒の拳の中にあるのは、一つの鍵。両親から貰った大切なものだ。ペンダントとして首にかけたそれを握り締めて、内に抑え付けていた殺意を解き放った。
(「笑顔が似合おうが似合うまいが、どうでもいいわ」)
砂地を蛇が這うように、ダイダロスベルトが大気を裂く。
「何一つ為さず、為せず、この世から灼滅されていきなさい」
幾重にも吊るされた紅型生地が、ざっと乱れて舞い上がった。
●無言の眼差し
狭苦しい場所での戦いは双方の動きを著しく制限する。長物はぶつかるし、味方も障害となりかねない。
右へ左へ、ヘッドスリップで灼滅者の攻撃を避け、ニックは後ろの壁ぎりぎりまで下がる。爆弾は踵で押して自らの後ろに回したままだ。
久良はモーニング・グロウを身に引き付けて構え、互いの距離を計りながらふっと顔を上げる。からりとした笑顔の似合う顔は、あるいは敵がかつて持っていたものかもしれない。
頭上まで振り上げたロケットハンマーを、渾身の力で振り下ろす。
「……!」
後ろのないニックは頭の一振りで避けようとして、こめかみに衝撃を受けて壁に背をつける。テンプルがへしゃげ、サングラスが二人の足許へと落ちた。
久良はふっと唇を緩めた。思い切りの笑顔を向ける。
「あんたはまだ、笑えるだろう」
六六六人衆が目を瞬く。
「おれは」
口を開けかけ、舌先で前歯の裏を探り、そして、
「わらっているか?」
右手を外へと一閃させた。ざくりという衝撃が生じ、久良の胸板が鮮血を噴き上げる。
千巻が落ちてきた紅型の布を払いのけ、その手に光を生み出した。仲間の傷を癒そうと放つその時、彼女の顔は明るく笑んでいる。
(「笑えなくなるって、たとえダークネスでも寂しいよ」)
表情を喪失するまでの凄惨ないじめと、結果として立場を誇るニヤけた男。その現実は敵味方の違いがあっても、心に堪える。
仲間を助け起こす千巻を見下ろし、ニックは右の踵を大きく旋回させた。
「よゆうあるな」
だが、目の眩むような一撃は傑人が割り込んでカットした。千巻とて遊んでいたわけではない。久良を確保して後ろへと下がる。本気なのだ。
「マジメもマジメ! 大マジメっ!!」
そんな自分の胸を片手で示す。
「大マジメに、バカやってんの。ほぉら、おかしいでしょ?」
だから、
(「笑いなよ」)
デスマスクに似た無の顔で、ニックは首を傾けた。頬に飛んだ返り血を拭い、構え直す。乾いた唇の内で、また、舌先が動いた。言葉を探すが、出て来ないのだろう。あまりにも無が長すぎた。
その様子を見て、アイナーが薄く眉根を動かす。灼滅を望む以上、同情はしない。だが、笑って欲しい者たちのことを思えば胸中に怒りが湧く。
「スマイルイーター、か」
断罪輪を手に、自身に高回転を与える。
「相変わらず六六六人衆ってのは、趣味が悪い、な」
輪の刃が白く軌跡を描き、敵の刃と競り合って、上へと跳ねて耳朶を削ぐ。だが、身を返した相手の逆の刃が脇腹を抉りに来た。わずかな床に点々と血の色が滴る。
「わらえば、にているかもな」
主は顔立ちの整った男だ。過ぎた日を目の前に見ている目で、ニックは言った。
ライドキャリバーの攻撃を避け、ひっくり返ったトロ箱に手を伸ばす。それを放って爆弾を覆い、ついに前へと出た。
軛がバベルブレイカーを手に瞳を動かす。あの、トロ箱の下。
「爆弾に名を付けるか。過去のお前を葬るとでもいうように」
杭の動きを牽制しながら、左右に肩を揺らしてニックが踏み出す。狼の尾がバランスを取って揺れ、杭とナックルが甲高い音を立てる。どちらも笑わない。
「自分を爆弾と共に殺す。それで良いと思うのか。――自身を諦めるか」
「おれは」
その一瞬に、バベルブレイカーの切っ先が六六六人衆の脇を貫いた。
「っ、いきているのか?」
足許を蹴り払われて、軛が下がった。
どす黒く血に濡れた脇腹を押さえ、その手を見て顔を上げる。六六六人衆に笑顔はない。だが、一つ、最初とは違うものがあった。
マネキンのように何も見ていなかった目は、今、ただ真っ直ぐに灼滅者たちを睨んで、どこにも逸れようとはしない。
●顔のない激情
狭隘な戦場に、玉緒の鋼糸が雲の巣のように張り巡らされる。
「私のイトでアナタ達の意図をここで断ち切ってあげる」
ただでさえ足場のない場所で、敵の動きが最小限となった。囲めそうだ。心太が敵の押さえに走る。
「伊庭くん、隙を作ります」
一人に見えた彼の陰から、蓮太郎がゆらりと姿を現し縛霊手を構えた。展開される祭壇。そして、そこから張り巡らされる結界が、更にダークネスを追い詰める。
もはや動くことすらままならない相手に、蓮太郎は語りかけた。
「ニックとか言ったか。なぁ、六六六人衆」
「なんだ」
「今日、この場でお前は終わりだ。最期くらいは、何も気にすることなく笑ってみないか」
ナックルの陰で瞳が瞬いた。
「お前の主のことも、役目のことも忘れて、思うままに殺し合って笑うんだ。楽しいぞ、きっと」
「おれは」
動けば傷つくことを分かっていながら、ニックは左の拳を振り抜いた。ガンッ、という重たい衝撃が蓮太郎に襲い掛かる。
「いま、たのしい」
血塗れの拳を引いて頷いた。真顔だ。
「わらうのは、わからない」
千巻が黄色の交通標識を掲げた。傑人が緋のオーラを纏った脚を跳ね上げる。
「人の嗜好はとやかく言わないが、六六六人衆ならば撃破するのみだな」
下段に放つ蹴りは鋭角の弧を描き、ダークネスの足許をさらった。だんっ、という鈍い音を立ててニックの背が床に落ちる。膝から下を大きく振って立ち上がろうとした。
軛が抜刀の冷たい音を奏で、畏れの具現たる狼たちと共に敵の脚を押さえつける。
「言い残すことがあれば聞こう」
ざらり、と床を擦ってニックは片手を伸ばす。ナックルの刃をかませて、刀身を押し返そうとした。逆の脚は熱病のように震えているが、それでも手は諦めない。奥歯を噛む音が鈍くこもる。
「おれ、っは」
指を伸ばして刃の峰を掴んだ。
「ま、だっ……ころ、し……たい」
久良がモーニング・グロウを掲げた。朝焼けの赤い色が琉球紅型のはためきを跳ね除ける。ぽつり、ぽつり、と落ちるのは彼の血だが、六六六人衆の頬で、それは炎の形に歪んで耳の付け根へと滑り落ちていく。
「さよなら、だ」
歯を食いしばり、どぅっと落とす重たい一撃を、ナックルを装備した手が押し留めようとする。柄の付け根を掴み肘を曲げ、悲鳴に似た摩擦の音を立てて力を込めるが、次の瞬間には床にまで届く衝撃が胸板に食い込んだ。
「……ス……レイ、ヤ……ァ、アアッ!!」
絶叫は店舗の中に幾重にも響き渡り、灼滅者たちの耳から音を奪う。笑いを失くした男が最期に口にしたものは、彼らの名前だった。
時計の針が進む。
頭を振って耳の痺れを払い、皆が見たのは部屋の隅に逆さに伏せられたトロ箱。
「急がないと」
玉緒が箱を持ち上げ、下から現れた爆弾をアイナーが拾い上げる。心太のリュックに詰め込むと、そこから先はもう小さいことを気にしている猶予はなかった。
多くの人に振り返られながらも市場を駆け出し、皆、一路、海辺を目指して走る。
「残り、何分、だ?」
「あと少しよ!」
空が青く、波も青い。全ての光景が、後ろへ後ろへと流れる。
「人は?!」
「あっちなら、いないよ!」
指差された方を向いて、蓮太郎が影を伸ばす。真っ直ぐに狙う先は爆弾入りのリュック。
次の瞬間、心太の飛び込んだ波間が真っ白に泡立ち、一呼吸遅れて大きく噴き上がった水柱は皆が見上げるほどに高かった。衝撃を殺すべく抱え込んでも、それは人の頭上よりもはるかに高い。
ザ……。
爆破の音なのか海嘯なのか、砂浜が鈍い衝撃と共に揺れる。
何も知らない子供たちが防波堤の向こうから海を指差してはしゃいでいる。
「何だろ、あれ?!」
「虹だよ。すげえ」
明るい笑い声だ。水煙が陽光を七色に弾いている。
ぱたぱたと落ちてくる塩辛い水が、灼滅者たちの頬に当たり、肌を柔らかく濡らして砂浜に落ちた。
「笑顔、取り戻したいよね」
久良の声。
スマイルイーターに至る一歩が、彼らの前に今、拓ける。
作者:来野 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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