笑う爆弾:旅先で旅立たせぬように

    作者:波多野志郎

     ――沖縄県那覇市。そこにある、一件のホテルは無数の笑い声に満ちていた。
    「今日は、どこだっけ?」
    「えーと、しおりだと確か……」
     修学旅行で沖縄旅行へやって来た集団だ。那覇市にあるそのホテルは、修学旅行の生徒達の活気と笑顔に満ちていた。そんなお客さん達をもてなす従業員達の笑顔もまた、やる気と就労意欲に輝いている。
    「…………」
     そんな笑顔に包まれたホテルで、ただ一人と言ってもいいだろう陰気な青年がそこにいた。身長は一七十後半。すらりとした体躯。柔らかな栗色の髪に、整った顔立ち。一見すれば爽やかな好青年でも通りそうだが、その青白い無表情と黒ずくめのコート姿が台無しにしていた。
     食堂としても開放される大ホール、その奥には普段は使われない物置がある。本来なら荷物で埋め尽くされているはずのそこは、今はその青年専用の部屋となっていた。
    「うるさい、うるさい、うるさい――」
     笑顔が、歓声が、活気が、全てが疎ましい。それでもなお、ここに居続けけなくてはいけない苦痛、それが更に青年を病んだものにしていた。目の前にある爆弾を守る、そのためだけに青年はそこに蹲り続けていた……。

    「沖縄のスマイルイーターの事件は知っているっすよね?」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、厳しい表情でそう語り始めた。
    「スマイルイーターが仕掛けた爆弾について、調査を行ってくれたみんなのおかげで、遂に爆弾の場所が特定されたんすよ」
     これでやっと、爆弾の撤去作業が行える。しかし、各地の爆弾には護衛役の六六六人衆が控えている。まず、その隠れ家を襲撃して護衛役の六六六人衆を灼滅する必要があるのだ。
    「注意すべきは、この作戦が事前にスマイルイーターに露見して、爆弾を爆破する命令を出されてしまう事っす」
     そのため、事前に周囲の一般人を避難させるといった行動を行うことはできない。何とか六六六人衆を倒して、爆弾の撤去を行なってほしい。
     まず、複数のチームとタイミングを合わせて動く必要がある。この依頼に関しては、花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)の調査で判明した那覇市にある修学旅行の生徒が大勢泊まっているホテルにある爆弾を処理してもらいたい。
    「幸い、時間帯は修学旅行の生徒達が外にいる時間帯っす。昼の15時辺りっすから、従業員もそこに近づいてないんすよ」
     爆弾があるのは、ホテルで食事や行事を行なう大ホール。その舞台裏にある、物置部屋だ。この時間帯は、大ホールは使用されておらず、夕飯の用意も行なわれていない――このタイミングでESPによる人払いさえ行なえば、大ホールで戦う準備としては十分だ。
    「敵は一人、六六六人衆っすけど……どうやら、スマイルイーターによって、徹底的に甚振られて、心を折られた六六六人衆のようっす」
     青年は、スマイルイーターの命令に絶対服従で忠実に爆弾の護衛を行なう。だからこそ、スマイルイーターの命令がなければ、爆弾を爆発させるといった行動は取らない。
    「だからこそ、戦闘に全力を尽くして欲しいっす」
     壊れていても、相手はダークネスだ。実力は全員が力を合わせて、ようやく届くかどうかの領域だ。
    「スマイルイーターの策略の根幹である爆弾を全て撤去できれば、KSD六六六の壊滅作戦を行う事ができると思うっす」
     なお、確保した爆弾については、周囲に人のいない場所まで運んで爆破して欲しい。灼滅者にはバベルの鎖があるので、至近距離で爆弾を爆発させても特にダメージはない、特に危険はないだろう。
    「自分の修学旅行の思い出があるっすから、そういう大事な思い出を汚させないように、よろしくお願いするっす」


    参加者
    伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    時坂・綾子(黒百合の誓・d15852)
    蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    透間・明人(薄い人・d28674)

    ■リプレイ


     ――沖縄県那覇市。そこにある一件のホテル、その廊下を歩きながら古賀・聡士(月痕・d05138)は思う。
    (「僕たちには何の影響も及ぼさない爆弾だけど、一般人はそうもいかないしねぇ」)
     ホテルとは、もっとも人が多く賑わうのは夜の時間だ。昼間でもなお従業員が行き交い、客もいる。これが夕方や夜になれば、修学旅行の生徒達でより人が増えるのだ。
     その事を、時坂・綾子(黒百合の誓・d15852)は知っている。経験者だからだ。
    (「沖縄は修学旅行の思い出がある土地だもの。スマイルイーターだか知らないけど、思い通りにはさせないわよ」)
    「こちらですわね」
     蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)の言葉に、灼滅者達は足を止める。食堂としても開放される大ホール、その奥にある扉を前にして透間・明人(薄い人・d28674)は時計を確認、うなずいた。
    「行きましょう」
     明人の言葉に、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)は金色の瞳で周囲に視線を走らせる。何処かにスマイルイーターの刺客がいるのではないか? その見張り役を警戒してだ。
    (「……こんなことをして、一体、何が、狙い、なのでしょう……」)
     その答えは、わからない。あるいは、答えさえないかもしれないのだ――相手は六六六人衆、殺す事に特化したダークネスなのだから。
    「――――」
     フードを脱ぎ捨てた空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)のハンドサインに、聡士は首肯。コンコン、と扉をノックした。
     数秒の沈黙――直後、灼滅者達は床を蹴った。
    「転化」
     綾子が、灼滅者達がスレイヤーカードを解除する。バン! と扉が大きく開かれた刹那、音もないドス黒い殺気がその扉の中からあふれ出した。
    「……爆弾、みーっけ」
    「お前等……ッ」
     聡士の笑みに、その青年は軋みのような呻きを上げる。身長は一七十後半。すらりとした体躯。柔らかな栗色の髪に、整った顔立ち。一見すれば爽やかな好青年だが、この時期だというのに着込んだ黒のロングコートと青白い無表情な顔が全てを台無しにしていた。
    「この辺でスマイルイーターに一泡吹かせてあげましょう」
     花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)は静かに言い捨て、ESP殺界形成を展開する。大ホール、その舞台を戦場の中心に伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)が言い放った。
    「あんたもつかいっパシリとはまぁかわいそうなこった。ここでこのまま人生も幕引きとさせてもらうとするか……一般人の笑顔のためにな」
     ヒュオン、と右手に引き抜いた槍を回転させ、弥生は左手で手品のようにマテリアルロッドを虚空で掴み槍と杖を体の前でガシン! とクロスさせた。
     その弥生の不敵な笑みに、六六六人衆はギシリと歯軋りをひとつ――その手刀によって九字を刻んだ。
    「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい――ッ!!」
     六六六人衆の九眼天呪法による呪詛が、灼滅者達を襲った。


    「させると思って?」
     綾子が護符を持った手を振り払う――その瞬間、室内に清めの風が吹き抜けていった。
    「いきますわよ!」
     そして、華乃の魔力の霧が大ホールへと展開されていく。六六六人衆は、死んだ魚のような視線を周囲に走らせ――。
    「そこか」
    「逃げられませんよ」
     右手を鉤爪のように構え、六六六人衆は背後を振り払った。霧による死角を利用した焔は黒紅によって火花を散らして受け止めると、エクスキュショナーズソードで足を切り裂――。
    「!?」
     が、六六六人衆の姿はそこにはなかった。コートの裾を切られながら跳躍、六六六人衆は舞台から飛び降りていく。
    「いい動きだな、無駄に」
     ヒュオ! と霧に大穴を開けて、弥生の妖冷弾がそれを追った。六六六人衆は黒い殺気を集中させた両手で、その巨大な氷柱を受け止める!
    「戦闘開始……ってね」
     サウンドシャッターの発動を確認しながら、聡士は駆けた。バキン! と砕け散る氷柱、舞い散る氷の中を一気に走り抜けると雷を宿した拳を六六六人衆へと振り上げた。
    「――ッ!」
     六六六人衆は、両腕を引き戻し聡士の抗雷撃を受け止める。しかし、聡士は構わずに強引に拳を振り抜いた。床から引き剥がされるように、六六六人衆の体が、宙へと浮く。
    「お前の事情も苦痛も全て知ったことじゃあない。ただ、人々の変わらない日常のために。灼滅してやるよ、ダークネス」
     冷徹に言い放ち、陽太はMcMillanCMS5の引き金を引いた。ダン! と打たれた魔弾、六六六人衆は空中で体を捻りその勢いでその弾丸を回避――したはずだった。
    「逃がさない、だからこその魔弾だ」
     霧を撃ち抜き、舞い戻った弾丸が六六六人衆の背に着弾する。六六六人衆の体勢が、一瞬崩れる。その間隙に、明人は一気に間合いをつめた。
    「無様だなぁ」
     放たれるのは、異形の怪腕による殴打。嘲笑う明人の鬼神変が、空中でバランスを崩していた六六六人衆を真正面から殴り飛ばした。
     ザ、ザザン! と吹き飛ばされながら、六六六人衆はバク転からの横転、速度を殺しながら大ホールの床の上へと着地する。
     蒼はすかさず黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るい、イエローサインを発動させた。
    (「……笑顔を、壊す、……ですか。……一体、何を、されたのでしょう、ね……あの、六六六人衆の、心を、折る、なんて……」)
     蒼の疑問も当然だ、目の前の六六六人衆は強い。このわずかな攻防でも確かな実力を秘めたダークネスだ、それが理解できる。
     問題は、この六六六人衆でさえ敵わない――スマイルイーターとは、そういう恐ろしい相手だと言う事だ。
    「――わぁらうな、貴様等あああああああああああああああああああ!!」
     ヒュガガガガガガガガガ! と無表情の怒声と共に、六六六人衆は刃の雨を灼滅者達へと振らせた。


     無数の剣戟が、大ホール内のみに響き渡る。その中心にいるのは、一歩たりとも動きを止めない六六六人衆だ。
    「辛気臭い顔してないでさー、もっと楽しもうよ。にっこり笑って、さ」
     笑顔を崩さず、聡士は言い捨てる。素手と素手、ぶつかり合う拳――そこに、焔も加わった。
     二対一、その状況でもなお聡士と焔が圧される。一撃の重さ、鋭さ、攻防の展開速度、足捌き――どれをとっても、この六六六人衆の殺人技巧は凄まじいものだった。
    「ならばこそ――!」
     そこへ、真正面から華乃が突っ込む。六六六人衆は、とっさの掌打で華乃をのけぞらせようとする――しかし、華乃の勢いは止まらない。
    「斬って、斬られて、心が滾りますわね!」
     強引な華乃のクルセイドスラッシュが、六六六人衆の胴を捉えた。破邪の白光の軌跡が刻まれる――しかし、手応えは軽い。六六六人衆が、自ら後方へ跳んだのだ。
    「させないわ!」
     焔の足元から走った影が、六六六人衆の左足首に絡み付く。その刹那、聡士の零距離での制約の弾丸が撃ち込まれた。
    「今だよ」
    「ああ、追撃する」
     ダンッ! と陽太のオーラキャノンがそこへ続く。宙に浮いた六六六人衆は、オーラの魔弾を右の爪先蹴りで迎撃した――はずだった。ギュオン! と大きく軌道を変えたオーラキャノンは、その爪先蹴りを避けて六六六人衆を捉えた。
    「わ、ら、う、なああああああああああああああああああああああぁぁッ!!」
     瞬間、六六六人衆を中心に、殺気が津波のように灼滅者達へと襲い掛かる。その怒涛の鏖殺領域に、綾子はすかさず対応した。
    「祓い給へ、清め給へ、守り給へ、幸え給へ」
     パン! という拍手の音が一つ、綾子は清めの風を吹かせた。その風の中、蒼は小さな右手をかざす。
    「……狂い、踊れ……」
     ヒュガガガガガガガガガガガッ! と蒼のレイザースラストが射出された。その布を、強引に六六六人衆が素手で受け止め、振り払う――それと同時、布に隠れた撃ち込まれていた弥生のデッドブラスターが六六六人衆の肩を撃ち抜いた。
    「ぐ、ぬ!?」
    「嫌がらせも、結構効くだろう?」
     弥生の笑みに、六六六人衆が口を開くより早く。明人はジャラララララララララランッ、と蛇腹の刃を操り、六六六人衆の右腕へと巻き付けた。
    (「気に入りませんね――」)
     ウロボロスブレイドを操りながら、明人は思わずにはいられない。心折られ、命令に従う姿に過去の自分を重ねてしまうからだ。まるで、鏡の中の自分を嘲笑っているようで、心穏やかで居られるはずがない。
    「それにしても、六六六人衆だから元から性格はねじ曲がってたんでしょうけど、心を居られて鬱屈して病んだ状態にするってスマイルイーターは一体何をしたのかしらねぇ?」
     興味を抱かずにいられない、綾子はそう気を緩めずに呟いた。一瞬の油断、手違い、あるいは不運がこの戦況を大きく動かす、動かしてしまう。目の前に居たのは、そういう相手なのだ。
    (「だが、殺す――殺し切る」)
     陽太は、どこまでも冷静に相手を討つ好機を狙い続けていた。誰一人、脱落などさせない――綾子の決意によって支えられた戦線だ。己と仲間を信じる、陽太はだからこそ躊躇なくそのために動けた。
     戦いは、激しさを増していく。その激しさと目まぐるしい一進一退の攻防は、渓流下りのようなものだ。一瞬で気を抜けば、転覆する――そうなれば、もう立て直せないだろう。
     だからこそ、それを乗り切るための冒険を、華乃は踏み切った。
    「私の笑顔が消したくば、この命を刈り取ってごらんなさいな。そうでなければ、この笑みは消えませんわよ?」
     華乃の挑発に、六六六人衆の口元が動く。上ではなく下へ、怒りに歪んだ表情で華乃へと踏み込んだ。放たれるのは龍の骨さえ断ち切る手刀、華乃はそれを渾身の力で振り上げた剣によって相殺する!
    「ここだ」
     McMillanCMS5の引き金を陽太は引く、同時に螺旋を描く氷柱が射出され、六六六人衆へと突き刺さった。
    「お、おお、お――!?」
     踏ん張れない、宙に浮かされた六六六人衆へと焔は大上段に振り上げたイクス・アーヴェントを振り下ろした。
    「斬り潰します」
    「こっちは、貫くよ」
     両腕で焔の斬撃を受け止めた六六六人衆へ、バトンのようにマテリアルロッドを回転させた弥生が一条の電光を落とす! ダン! と弥生の轟雷を受けて動きが止まった六六六人衆へ綾子は跳躍、跳び蹴りを叩き込んだ。
    「まるで乱暴な飼い主に怯える犬ねぇ。ご主人様はそんなに怖いのかしら、ワンちゃん?」
    「がああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
     綾子のスターゲイザーを胸部に受けながら、六六六人衆が吼える。綾子の首を掴もうと強引に伸ばされた腕を、明人の螺旋を描いた槍が貫いた。
    「さようなら、です」
     明人が、駆け出す。爆弾のある部屋へと走るその背中に、六六六人衆が引きつった表情を向けた瞬間だ。
    「奈落へ、堕ちろ……」
    「壊れなよ」
     蒼の鬼へ腕と変貌させた凄まじい殴打と、聡士の鍛え抜かれた拳が同時に六六六人衆を捉えた。打撃音と共に振り抜かれ、六六六人衆が大ホールの床を転がっていく。そして、二度と立ち上がらない。笑顔を砕かれた壊れた六六六人衆は、いっそ安堵するかのように深いため息を残して掻き消えていった。


    「お願いします」
    「任せろ」
     明人から受け取った爆弾を手に、闇纏いした陽太が箒を手に駆け出した。その後に、華乃が続いた。
    「よろしく」
    「最短ルートは、こっちよ」
     聡士の言葉に陽太はうなずき、焔の誘導を聞く。那覇市の最短距離、そこを空を飛んで最短ルートで海を目指すのだ。
    (「浜は万が一がある、このまま出来る限り沖の方へ――それでおしまいだ」)
     まるで自身が魔弾になったように、爆弾を抱えた陽太が那覇市を眼下に飛んでいく――そして、ホテルに残った者達は、鈍い爆音を確かに聞いた。
     爆弾が処理できた、その事に安堵を覚えながら蒼もこぼした。
    「……たとえ、相手が敵だとしても。……あの六六六人衆には、同情、します……。……誰にだって、笑う権利は、在る筈、ですのに……」
     その権利を奪おうとする者がこの沖縄にいる、あの爆音はその事をまざまざと灼滅者達の胸へと刻んだ。
    「他のチームはどうなったかしら? 上手くスマイルイーターの企み、阻止できたらいいけど…」
     誰も重傷を出さずに終われた、綾子はその事に笑みをこぼしながら言った。それに、弥生もため息をこぼす。
    「しかしイヤーな事件だな。これだけで終わるとは思えないのがぞっとするぜ」
    「すべてを終わらせられたら……次は、敵の本陣に殴り込み、かな?」
     聡士も呟きに、灼滅者達の表情が鋭くなる。爆弾を処理した者達が、戻ってくるその姿を見上げた。
    「今度はこっちが追い詰める番ですね。スマイルイーター」
     焔の呟きに、その口の動きで言葉を読んだ陽太と華乃は那覇市内を見下ろす。この沖縄のどこかに、スマイルイーターがいる――本当の戦いはこれからなのだ、と灼滅者達は決意を新たにした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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