花子さんはオトモダチ

    作者:J九郎

    「はーなこさん、あそびまショー」
     深夜の小学校。その女子トイレに場違いなくらい澄んだ声が響き渡る。まだ小学校低学年くらいの、ランドセルを背負ったおかっぱ頭の女の子が、トイレの個室をノックして回っているのだ。その手には、大事そうに自由帳が握られていて。その足には、血のように鮮やかな赤い靴を履いている。
    「はーなこさん、出ておいデー」
     コンコンと少女が四つめの個室のドアをノックした時。
     突如ドアが勢いよく開け放たれ、中から白く長い手がにゅうっと伸びてきた。
     そのまま白い手は少女を捕らえんと迫り――、
     次の瞬間、少女はその手を逆にがしっと強く握り、にっこりと微笑んだのだった。
    「ようやく見つけたのだワ、花子さん。さあ、ワタシとトモダチになりましょウ?」
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。トイレの花子さんの都市伝説が実体化すると」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……ただ、今回都市伝説を呼び出したのは、どうやらタタリガミみたい。そのタタリガミ、野々原のの乃は都市伝説を吸収して新しい力を得ようとしてる」
     だから、のの乃が都市伝説を捕食する前に、花子さんを灼滅して欲しいのだと妖は続けた。
    「……花子さんと接触できるのは、のの乃が花子さんを呼び出した直後。つまり、タタリガミと都市伝説を同時に相手にしなくてはいけなくなる」
     ただし、のの乃は少しでも不利を悟れば、花子さんに後を任せて逃げ出そうとするようだ。
    「……今回はあくまで花子さんの灼滅が優先。危険を犯してまでのの乃の相手をする必要はないから、無理はしないで」
     それから妖は、タタリガミと都市伝説の能力について説明を始めた。
    「のの乃は現在、『赤い靴を履いた女の子』の姿をしてて、七不思議使いのサイキックと、エアシューズのサイキックを使ってくる。花子さんは、縛霊手に似たサイキックを使ってくるみたい」
     ちなみに、のの乃はジャマーとして、花子さんはクラッシャーとして動くようだ。
    「……もう一つ注意してもらいたいんだけど、小学校には当直の先生がいて、校内の見回りをしてる。女子トイレには戦闘開始から五分後くらいに見回りに来るから、戦いに巻き込まないように気をつけて」
     妖はそこまで言って、一息ついた。
    「……タタリガミと都市伝説、両方の灼滅を目指すか、都市伝説の灼滅に絞るのか、判断はみんなに任せる。だけど、絶対みんなで無事に帰ってきて」
     妖の言葉に、灼滅者達は強く頷き返すのだった。


    参加者
    天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)
    天王寺・勇狗(最も身近なモノ・d33350)
    百目木・善之(一鬼夜行・d33786)
    ティル・フォスター(ティルナノーグを目指して・d34120)

    ■リプレイ

    ●花子さんに会いに行こう!
     まだトイレの個室から姿を現さない花子さんの腕を掴んで、のの乃は上機嫌で歌うように続ける。
    「さあ、花子さん。いつまでもかくれてないデ出てきてほしいのだワ。はやくオトモダチになりましょウ?」
     しかし、聞こえてきた声は個室からではなく、トイレの出入り口から。
    「やぁ、お嬢さん達。こんな真夜中に秘密のお茶会かい?」
    「!? 誰かしラ?」
     花子さんの腕を捕らえたまま振り返ったのの乃が見たのは、華やかな金髪に凛々しい男装のティル・フォスター(ティルナノーグを目指して・d34120)の姿。
    「夜のトイレで友人捜しとは地道じゃな」
     続いて言葉を発したのは、ティルの隣に並ぶアルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)だった。
    「しかし、お主のような子供の消灯時間はとうに過ぎておる。家に帰ってもらおうか!」
     アルカンシェルは啖呵と共に花子さんの隠れる個室に駆け寄り、縛霊手を叩きつけた。その一撃で個室のドアが吹っ飛び、個室に潜んでいた花子さんの姿が露わになる。のの乃とお揃いのようなおかっぱの髪に真っ白な肌、白いブラウスに赤い吊りスカート姿の女の子だ。
    「『赤い靴履いた女の子』に『トイレの花子さん』か。都市伝説としちゃポピュラーやな」
     よく似た背格好ののの乃と花子さんを見比べて、花衆・七音(デモンズソード・d23621)が呟く。そうする間にも、『サウンドシャッター』で女子トイレ内の物音が外部に漏れないようにするのも忘れてはいない。
    「ま、タタリガミに力を付けられても厄介やし、都市伝説をきっちり灼滅して、企みは阻止させて貰うで!」
     七音は闇が滴り落ちる黒い魔剣の姿に変じると、花子さんの腕を握っているのの乃の左手に切りつけた。
    「いたっ」
     思わず、のの乃が花子さんの腕を放す。
    「みんなで、あそびましょ」
     解放された花子さんの白く細い腕が蛇のように伸び、トイレ内にいた灼滅者達をまとめて縛り上げようとした。
    「怖いものから目を反らせ。はっきりとしないからこそ怖さがある。怪談は幻でいいんだ。異論は認めるがな……『解錠』」
     その攻撃を防いだのは、遅れて女子トイレに入ってきた雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)と、そのビハインドの祠神威・鉤爪だった。煌理は鎖と錠前で縛られていた群青色の鉤爪を解放すると花子さんの腕を掴み、鉤爪の持つ複雑に入り組んだ刃が、花子さんの腕を切り裂く。
    「いや!!」
     花子さんがその華奢な外見からは信じられない怪力で煌理の腕を振り払い、伸ばしていた腕を通常の長さに戻した。
    「学校のトイレってのは何故か不気味なんだよな。日の暮れ始めた放課後あたりから、妙に嫌なものを感じる。それが何なのか分からないから子供心に怖いんだよな。トイレに誰か居るなんて一体誰が言い始めたのやら……」
     花子さんの姿を見て百目木・善之(一鬼夜行・d33786)が低い声で語り始めたのは、ただの独り言ではない。ESP『百物語』の力で、当直の先生を女子トイレに近寄らせないためだ。
    「七不思議使い……わかったのでス。ワタシの花子さんをよこどりに来たのネ?」
     のの乃が善之に向かって放ったのは、子供を連れ去るという“異人さん”の悪霊だ。
    「くっ……!」
     しつこくまとわりついてくる悪霊に顔をしかめつつも、善之はスレイヤーカードを掲げ、
    「藤煙の善之、推して参る!」
     と高く叫んだ。そして悪霊をまとわりつかせたまま、実体化した日本刀を構え、未だ個室の中にいる花子さん目掛け振り下ろす。
    「遊んでくれない人、きらい!」
     その一撃は花子さんの脳天に直撃し、花子さんの顔が血に染まるが、致命傷となった様子はない。
    「花子さんはのの乃のモノなのでス! 花子さんをいじめたらダメなのだワ!」
     のの乃の怒りを、しかし海藤・俊輔(べひもす・d07111)は調子よく受け流す。
    「野々原のの乃ってのが多過ぎてよく分かんなくなってくるー。なんか早口言葉みたいー」
     軽口を叩きながらも、俊輔は体に捻りを加えていき、
    「まー、悪さしようとしてる奴らはオレらが懲らしめるって教えてあげないとねー」
     そんな言葉と共に竜巻のように回転しながら突撃を開始する。そして身構えたのの乃の脇を素通りすると、急に進路を変えてトイレの個室に飛び込んでいき、花子さんが再び伸ばそうとしていた腕を切り刻んだ。
    「花子さんをいじめちゃだめって言ってるのだワ!」
     のの乃が踊るような足取りで俊輔に急接近し、赤い靴で蹴りからんとする。
    「おっと。あなたの相手は私がしましょう」
     そこへ割り込んできたのは天祢・皐(大学生ダンピール・d00808)だった。皐はのの乃の懐に飛び込むと同時にサイキックソードを実体化させ、のの乃に斬りかかった。
    「あぶないのだワ!」
     のの乃はフィギュアスケート選手のように回転しながら跳躍し、その攻撃をかわす。と、そこに追撃とばかりに飛びかかっていったのは、一匹のダルメシアン。いや、人造灼滅者である天王寺・勇狗(最も身近なモノ・d33350)だった。
    「なぜイヌがこんなところにいるのかしラ!?」
     のの乃は噛み付いてくる勇狗を何とか払いのけると、個室の前に着地した。
    「ワタシがオトモダチになるまで、花子さんには近づかせないのだワ」
    「そうはいきません。あなたが力を付ける前に、阻止させてもらいますよ」
     灼滅者達を代表して、皐がそう応じる。
     女子トイレでの戦いは、こうして始まった。

    ●赤い靴を履いた女の子とトイレの花子さん
     戦いは、何やら奇妙な様相を呈していた。ただでさえ狭い女子トイレの中、更に狭い個室に閉じこもって、花子さんが出てこないのだ。さらに個室の前にはのの乃が立ちはだかり、花子さんへの攻撃を防いでいる。
    「花子さんばっかりやなくてうちらも混ぜて貰うで、野々原のの乃!」
     黒い魔剣姿の七音が、そんなのの乃を麻痺させんと、関節を狙って切りかかっていった。
    「しつこいのだワ」
     のの乃は、その場でくるりと背後を向き、ランドセルで七音の攻撃を受け止める。
     何度も花子さんへの攻撃を代わりに受けて傷だらけののの乃だったが、踊りながら赤い靴に纏わる七不思議を呟いている内にその傷が回復していった。
    「きりがないな……。ならば、強引に行くぜ!」
     善之が、のの乃の小さな体ではカバーしきれない高さまで飛び上がり、そのまま個室に飛び込んでいった。そして部屋の狭さを気にすることもなく、日本刀を振り抜く。花子さんのブラウスが裂け、鮮血が飛び散った。そのまま善之は、反撃が来る前に飛び退き、個室から脱出する。
    「オレも続くぜー」
     俊輔が妖の槍を構えて、個室目掛けて駆け出した。
    「通せんぼなのだワ」
     両手を大きく広げたのの乃が行く手を阻もうとするが、
    「俊輔、フォローしますよ」
     皐の影から飛び出した犬が、のの乃に飛びかかり牙や爪で彼女を地面に組み伏せる。
    「サンキュー、皐さん」
     俊輔が個室に飛び込みざま突きを繰り出すと、槍の先端からつららが飛び出し、花子さんを個室の壁面に縫いつけた。
    「あああああああっ!」
     突如花子さんが絶叫し、手の平を俊輔の腹部に突き付ける。次の瞬間、発生した衝撃波が俊輔を個室の外へと吹き飛ばした。
    「ジャパニーズホラーの大御所、ミスハナコがここまで凶暴だったとは」
     ティルが吹き飛ばされた俊輔に癒しの矢を飛ばしつつ、眉をしかめる。来日早々に花子さんに出会えて運がよいと思っていたのだが、どうやら認識を変えないと行けないようだ。
    「まずいのう。これでは短期決戦とは行かぬようじゃ」
     アルカンシェルが、個室に飛び込もうとした勇狗がのの乃に蹴り飛ばされたのを見てそう呟く。当初の作戦では、当直の先生が見回りに来る5分以内に花子さんを灼滅する計画だったのだ。
     誤算は二つ。
     一つは、花子さんがひたすら個室に閉じこもり出てこないこと。
     もう一つは、のの乃が中々撤退しようとしないこと。
     だがエクスブレインの話を思い出せば、のの乃が撤退しようとするのは『少しでも不利を悟れば』だ。
     始めから花子さん一本狙いでは、のの乃が撤退しようとしないのも無理はない。
    「仕方ないのう。作戦を少し変更じゃ」
     アルカンシェルは、狙いをのの乃に切り替え、一気にのの乃の懐に飛び込むと何度も乱暴に拳を叩きつけた。
    「いたいのでス!」
     のの乃は思わずステップを踏んで攻撃を避ける。そのため一時的に個室の守りが薄くなったのを見て、煌理とビハインドの鉤爪が動いた。
    「トイレの花子さんか…オーソドックスではあるもののそれだけにバリエーションも多いのだったか。ここの花子さんは引きこもりのようだが、なんとか出てきてもらうぞ」
     鉤爪の放った霊撃に花子さんが気を取られている隙に、煌理の影が伸びて花子さんを飲み込んでいく。
    「きゃあああああっ!?」
     影の中で、どんなトラウマに遭遇したのか。花子さんは甲高い叫びを上げて、とうとう個室から飛び出してきたのだった。

    ●先生、見回り中
     当直の男性教諭は、懐中電灯を片手に校舎内を見回っていた。途中、なぜか不吉な感じがして女子トイレは後回しにしていたが、もう他の部屋は回りきってしまった。となれば、一応規則通り女子トイレも見に行かないわけにはいかない。
     女子トイレの入り口には、煌理が事前に設置した『故障中につき立入禁止』と書かれたボードがあったが、故障中だからと見回りを怠るわけにはいかない。
     男性教諭は意を決してドアを開け――そしてそこで繰り広げられている異様な光景を見て、絶句したのだった。

    「ティーチャー!? どうしてここに……」
     前衛陣をまとめて聖なる風で癒していたティルが、男性教諭の存在に気付き、息を飲む。
    「ちょいと花子さんを引きずり出すのに手間取りすぎたみたいやな」
     七音がちらりと出入り口の方へ目を向けると、目に映ったのは男性教諭へと駆け寄るアルカンシェルの姿。
    「すまんの、これもおぬしの為じゃ」
     アルカンシェルは一言詫びると、教諭の首筋にダンピールの証したる牙を突き立てた。ESP『吸血捕食』の力で、この場の記憶を曖昧にさせるためだ。
     さらに、皐が素早く『パニックテレパス』を発動させる。
    「う、あああ……?」
     記憶の混乱にパニック状態が重なり、まともに行動できなくなった男性教諭に、
    「逃げてください、なるべく遠くまで!」
     皐が有無を言わさぬ口調で指示を出す。教諭はコクコクと頷くと、一目散に廊下へ飛び出していった。

    ●さよなら花子さん
    「これはちょっとやっかいなことになってきたのだワ」
     のの乃が、何度目かになる言霊を発動させながら唸った。何度も花子さんを庇ってきたため、本来なら受けなくてもいい傷を受けている上、灼滅者の何人かは狙いをのの乃にも向けてきている。そろそろ、言霊だけでは消せない傷も蓄積してきた。
    「どうする? 退くのであればあえて深追いはしないが」
     煌理の言葉に、のの乃は抜け目なく周囲を見回した。トイレの出入り口にはアルカンシェルとティルが布陣しており、容易に突破できそうにない。となれば、残るは……
    「ここの花子さんとオトモダチになるのはあきらめるのだワ。どこかべつの花子さんヲさがすことにするのでス」
     のの乃はくるくると踊るように回転しながら出入り口とは反対の方向にある、外へと通じる窓の下へ移動する。
    「逃げるんか、一昨日きい!」
     七音の挑発の言葉もどこ吹く風と、のの乃は赤い靴で窓ガラスを蹴破り、校舎外へと飛び出していった。
    「行ってくれたか。さて、残るは……」
     善之の言葉に、全員の視線が花子さんに集中する。
    「ううう……お外は、こわい」
     花子さんはジリジリと後ずさり、個室に戻ろうとする。だが、個室の前に回り込んだ勇狗が、花子さんの撤退を許さない。それでもなんとか個室への撤退を試みる花子さんに、煌理が鉤爪で殴りかかった。
    「残念だが、逃がすわけにはいかないからな」
     殴った瞬間、手の甲から鎖が飛び出し、花子さんを拘束する。
    「最後くらい、ワタシも攻撃に参加しようか」
     ティルが華麗な動作で手をしならせると、それに合わせて彼女の影が檻を形成し、花子さんを飲み込んでいった。
    「やめてええええっ!」
     花子さんの絶叫が迸り、影の檻の中から花子さんの白い右腕が伸びてくる。その腕は皐をもろとも影の中に引きずり込もうとするが、
    「おっと、そうはいきませんよ」
     皐は実体化させたサイキックソードで花子さんの腕をいなし、逆に影から呼び出した犬に、その腕を噛ませる。
    「いたいいたいいたいっ!」
     花子さんは慌てて腕を引っ込めようとするが、
    「そろそろ終わりだっ!」
     善之が真一文字に振り下ろした日本刀が、花子さんの右腕を肘から真っ二つに切り落とした。
    「いやあああああっ!」
    「なんやかわいそうになってきたわ。せめてとっとと灼滅したるで」
     絶叫する花子さんを、七音が自らの黒い刀身で切り裂き、
    「幽霊は怖いが殴れる怪談なら怖くもない、さっさと眠ってもらおうか!」
     影の中に飛び込んだアルカンシェルが拳の連打を炸裂させる。
    「お外はいやなのっ!」
     花子さんは最後のあがきとばかり、残された左腕で俊輔に掴みかかろうとするが、
    「もうお休みの時間だよー」
     俊輔は蹴りでその左腕を叩き落としつつ距離を詰め、獣の爪状に展開したオーラで、一気に花子さんを切り裂いた。
    「きゃあああああああっ!」
     一際高い悲鳴を残し、真っ二つに裂かれた花子さんの体が、まるで霞のように薄れ、消滅していく。
     こうして、学校の女子トイレに生まれた『トイレの花子さん』は、灼滅者と野々原のの乃以外に目撃されることなく、人知れず姿を消すことになったのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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