ミスローズは今日も泣く

    作者:菖蒲

    ●Rose
     耳を打つのは、懺悔の声だけ。
     罅割れた硝子を踏みしめて、痛みさえも遠くの残響のよう。
    「ごめんなさい」
     唇から毀れた響きは、もう聞き飽きた流行りのサウンドのよう。壊れたラジオ・スピーカーの様に唇はその言葉しか言いやしない。
    『薔薇、今日は薔薇の為に御馳走を作ったぞ』
     誕生日は一緒に居られないから。そう言って笑った父の姿が豹変したのは如何してだっただろうか。胡乱げな世界は堪えず自分の懺悔をリピートし続けている。
     頬を撫でた雨粒がやけに冷め切っている様で。
    (「きっと、わたしがわるかった。わたしがうまれてこなかったら。
     おとうさんは、ずっとそとではたらかなかったし、こうこうだって、おかねがたっくさんかかるのに――おかあさんがしんじゃってから、きっと、つらいだろうに、ごめんなさいごめんなさい――」)
     ――ごめんなさい……。おとうさん。薔薇が、いるから。
     
    ●introduction
    「血を啜る薔薇ッスか? 真鶴のお嬢」
     黒山羊の人形へと視線を零した不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は「うん。一般人なんだけど、今はダークネス……っていうのが正しいのかな」と付け加える。
     こてん、と首を傾げたゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)の脳裏に一般人が闇堕ちしダークネスになるという類似の事件が浮かびあがる。
    「糸工・薔薇さん。高校一年生なの。お母様が亡くなってからお父様と二人暮らし――そんな何気ないけれど、尊い人生に訪れたのは悲しいかな、あまり良いとは言えない転機だったの」
     一般人が闇堕ちしダークネスになる。
     通常ならば闇堕ちしたダークネスは直ぐにダークネスとしての自我を芽生えさせる。しかし、彼女はそうではなかった。ダークネスの力を持ちながらもダークネスになり切れていない――幸か不幸か、彼女は『Ms.Rose』ではなく『薔薇』のままなのだ。
    「彼女がダークネスとなるなら灼滅して欲しい、そうじゃないなら」
     助けて上げて欲しいと力強く真鶴は告げる。差し伸べる手は出来得る限り多い方が良いからだ。
    「ええとね、ここ、糸工さんの住む町で有名な『幽霊屋敷』。
     この中に彼女は『闇堕ちしたヴァンパイア(父親)』から逃げる為に潜伏しているの。近くに父親の姿は無いし、逢う事は無いだろうけれど……彼女は『血を啜る』誘惑と父への恐怖心から心を閉ざしてしまっているの」
     明るさもあまりなく、カンテラだけがゆらりと周囲を照らす場所。静けさの中で不安を抱く彼女の唇から毀れるのは。

     ――ごめんなさい。

     たった、それだけ。
    「母が死んだのは、父が闇堕ちしたのは、父が辛く悲しい境遇だったのは、自分が悪いのだと薔薇さんは常に己を責め続けている」
     靴さえ履かずにアスファルトを踏みしめて。不安を抱いた彼女の心をほぐす事が灼滅者に課せられる『人を救う』という大役だ。
     薔薇が少しでも心を開く事が出来れば彼女は劇的に弱まり、灼滅者として生き残る可能性が大きくなる。
    「ハッピーエンドは皆の手で! 手を差し伸べるのって、きっと正義の味方みたいなかんじなのよ」


    参加者
    百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)
    伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)
    空記・螺子(壊れた螺子巻き人形・d19163)
    平鹿・アソギ(彷徨う青薔薇・d19563)
    木津・実季(想う獣・d31826)

    ■リプレイ


     この世界には裏と表がある。
     深層心理の中に潜む悪魔と、『自分』という確固たる自己の――表裏一体。
     生まれながらに呪いを受けた伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)にとって、当たり前の常識は時として誰かにとっての非常識になる事も彼はよく理解していた。
     踵の高いヒールが硝子の破片を踏み分ける。ミルクティ色の瞳を細めた百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)は彼女の瞳にも似た柔らかな淡い色のランタンを揺らし、埃被った廊下の奥から響く嗚咽へと耳を傾けた。
     砕け散った鏡が彼女達の姿を映し返す。鏡の向こうの笑みをじぃと見つめた由比・要(迷いなき迷子・d14600)は幼き日、恐怖から逃れる為の『かくれんぼ』を思い返し懐かしむ様に黒砂糖の瞳を細める。
     名も知らぬ大輪を揺らし、歩く彼は迷いこんだ猫を探す様に足取りは軽やか。豪奢なドレスに身を包んだ唯織へと視線を配った天城・翡桜(碧色奇術・d15645)は対称的に不安げな瞳を揺らがせる。
    (「糸工さん――……」)
     響く懺悔の声は、流行りのポップスよりも耳に馴染んで仕方がない。世界の裏側に存在する翡桜は「唯織さん」と傍らのビハインドへと目を配った。
    「マイナスな自己暗示から抜け出せますよね……?」
     師と仰ぐ『彼女』の頷きは翡桜にとって力になるものだろう。一歩ずつ、その歩を進める彼女の背を追い掛けて、ベルトを飾った青薔薇へと視線を落とした平鹿・アソギ(彷徨う青薔薇・d19563)は月色の瞳を細めて廊下を往く。
    「幽霊屋敷、ですか」
     シチュエーションに知的好奇心が擽られない訳はない。外見の優美さと掛け離れた行動力を持つアソギは同じく主人の心を感じとった様に周囲を興味深そうに見渡すナユタと視線を合わせ優しく笑う。
     心に闇を巣食うのは誰とて同じ。その力を御する方法を知らないからこそ――脅えは常に付きまとうものなのだから。緊張を抱いてばかりでは膝を抱え恐怖に震える少女の心を溶かす事は出来ないと木津・実季(想う獣・d31826)は知っていた。
     この世界の事を思えば、彼女は何も知らぬ無垢な子供とそう変わりないのだから。
    「ごめんなさい、おとうさん」と繰り返される言葉は今の彼女の精一杯の対抗策なのだと、実季は茫と考え扉へと手を掛けた。
     ぎぃ、と鈍い音を立てた扉の向こう側。暗がりの中、朽ちたアンティーク調の家具に囲まれた場所で少女が膝を抱えて嗚咽を繰り返す。
    「薔薇ちゃんかなァ?」
     間延びした明るい声音に肩を震わせて、紅色の瞳で睨みつける様に視線を向けた糸工・薔薇へと空記・螺子(壊れた螺子巻き人形・d19163)は「こーんばーんはーァ」と挨拶をして見せる。
     無邪気な子供の笑みに、底知れぬ恐怖を感じとったかのように薔薇は「だ、れ」と途切れ途切れに螺子へと問うた。
     謝罪以外の初めての言葉は疑問と、不安。
     ヘッドフォンは無音。怜悧な眼差しをつい、と向けた瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)は静寂を切り裂く様に声を掛けた。
    「きみを助けに来た。糸工、こっちにおいで――」


     ぱきり、ぱきりと。硝子の割れる音がする。罅割れた硝子の破片が明るさを波及させる様にカンテラの光を反射する様子へと視線を落とし、要は「こんな暗い所で……」と優しげに声を掛けた。
    「きっと、凄く怖かったんだね。でも、頑張ったね、偉かったねぇ」
     後ずさりする様に、背を本棚へと強かに打ちつけた薔薇へと視線を合わせ、要は紅色の瞳を覗きこむ。
     助けに来たの言葉にあからさまな困惑を見せる彼女へと翡桜は「安心して下さい」と静かに告げる。怖がらせぬ様にと気を配った彼女の言葉に頷く唯織は彼女の肩に手を乗せ、不安げに薔薇を見下ろしている。
    「私は貴女を助けに来たんです。お父様の事も、貴女の事も――全て納得が往く様に説明できれば……」
    「おと――さん」
     どうして知っているの、と。視線だけで語る薔薇へとアソギは肩を竦めて「存じてますよ」と声を掛けた。ナユタを撫でた指先はゆっくりと下ろされ、光源の位置を調整しながらも薔薇の不安を一つ一つ取り除かんと言葉を探す。
    「薔薇さんのお父様が変貌したのは貴女(しょうびさん)のせいではありません。
     それから――血を啜る誘惑が、貴女の心に過ぎったのでしたら、それだって私達が助ける事が出来ます」
    「ねっ?」と笑みを浮かべるアソギの言葉に実季が大きく頷いた。子供に対する様に優しげに、を心がけた彼女は狼の耳を揺らして優しげな新緑色の瞳を細めて見せる。
    「おとうさん、を、知ってるの……?」
    「いいえ、知りません。それに、近くにお父さんはいませんよ。だから、怯えないでください」
     膝をつき、大丈夫だと何度も繰り返す灼滅者達に薔薇は「でも」と繰り返す。鼓膜を叩く優しげな声音は滴り落ちる雨水のよう。心の中にできる水溜りは不安を思わせる波紋を残して静かに広がり続ける。
     身体特徴に、見慣れない部分がある。征士郎の牙に実季の耳。アソギの連れるナノナノに、翡桜と征士郎の連れるビハインド。どれもが見慣れぬ物で世界に取り残されたかのように『彼女』は感じていた。
    「一人ぼっちで誰も救けてくれなくて、この世から嫌われてしまったかのような――」
     その気持ちを代弁するかのように、恢は云う。
     父が闇に呑まれ別人の様に変化したことも、己に牙を向いた事も、引き摺られ己もまた闇に飲まれたことも。
    「そういう気分になる事が、ないとは言わない」
    「なら、」
     気持ちが分かるでしょうと立ち上がり牙を煌めかせた薔薇の瞳を覗きこみ螺子は猫のように眸を細める。
     空気感の変わった彼女の様子に勘付いた様に手にした鋼糸。華奢な腕が掴んだぬいぐるみは寂しさを紛らわすかのように――只、草臥れた様子を見せている。
    「うぅんと、ねェ……俺、おとーさんとかよくわかんないんだけどォ、ずーっと薔薇ちゃんのコト、ダイジにしてくれてたんでしょォ? それってェ、スキだったからでしょ? 薔薇ちゃんのコト」
    「じゃあ、どうしておとうさんは!」
     地面を踏みしめる。牙を剥き出しにした彼女は緋色の如きオーラを宿し前線を固める灼滅者へと襲い掛かる。
     咄嗟に体を捻り上げ縛霊手で薔薇を受けとめた実季は怯えを受けとめきれず駄々っ子のように攻撃を繰り出す彼女へと笑みを崩さずに垂れた瞳を細める。
    「手が掛かる。なんて、あなたのお父さんが本当に言ってたんですか? 違うでしょ?」
    「わたしが、生まれなかったら……お母さんが居なくなって、辛かったんだから、薔薇が居なかったら!」
     首を振り、実季の声さえも聞こえないと耳を塞ぐ様な仕草を見せた薔薇へと翡桜が声を張り上げる。
     守手をになう翡桜と唯織はアイコンタクト一つ、「お願いします」の声掛けが無くとも意志は通じてるという様に俊敏なる動きを見せた。
    「お父様が変わってしまったのは決して貴女の所為ではなく、闇に堕ちてしまわれた所為です。
     どうか、誘惑に打ち勝って下さい……以前の優しかったお父様の事を覚えてられるのは、闇を退けられた後の貴女だけ、だと思います」
    「もう真っ暗だもの――! だれも、薔薇を、愛してくれないッ!」
     薄緑の魔法陣は蔦の様にシールドに絡みつく。器用にくるりと皿の様に回した翡桜の手元から網状の霊力が伸び上がる。
     それはまるでトリック。翡桜の攻撃を彩る様に伸び上がった『鋭さ』は薔薇の身体を強かにアンティークの棚へと打ちつける。
    「薔薇ちゃん、とても綺麗で素敵な名前だね。花言葉知ってる? 薔薇ちゃんの瞳の色の赤い薔薇の意味」
     小さく声を飲み込む。莉奈の言葉を支援する様に目配せ一つ、地面を蹴った恢の唇が静かに動く。とん、と爪先で叩いた地面。「起きろ、D/I」の言葉とともに顕現した獣は吸血鬼の腹を穿つ。
    「『あなたを愛する』って意味があるの。だから、お父さんもお母さんも薔薇ちゃんに巡り合えて良かったと思ってるよ」
    「きみが、誰にも助けて貰えないと思うのは間違いだ。明けない夜はなく、止まない雨もない。
     現に、きみの為に俺達が来た。俺が殺すのは、きみを勾引かすダークネスだ」
     愛してくれないなら、愛をあげると莉奈が声なく与えれば、止めを刺す事無く『闇』を払わんと恢がその心を切り開く。
     螺子の放つ飛び込む無垢な白を追い掛けて、罅割れた心を修繕する様に盾となる黒鷹の背後から刃を握りしめたまま征士郎が口を開いたのは『世界』について。
    「――だから、お父様が変わられてしまったのは、誰が悪いわけでもありません。
     お優しかったお父様の事を思えば、最後まで糸工様の事を愛してらしたことは明白です」
     薔薇の名の通り。丁寧な物腰を崩さずに告げる征士郎へと飛びかからんと牙を剥き出しにした薔薇は惑いをぶつける。
     周囲へと原罪の紋章を刻みこむように――己の惑いをぶつける魔術の書に後方からの攻撃に徹していた要が柔和に微笑んだ。
    「薔薇に棘はつきものだからねぇ。それでも手を伸ばそうと思うのは――きっと俺の半分が人間だからだね」
     怖いと思うのと同じ。自分だって普通の人間でしかないのだから、その身に宿した闇を知って居ても――
     父の凶行を受けとめきれず涙を流し、不安を抱く彼女へとカラフルな螺子が突き刺さる。縁を紡ぐ赤い糸を手繰り寄せ螺子はこてん、と首を傾げた。
    「おとーさんのコト信じてあげられるのってェ、薔薇ちゃんだけだよォ?
     おとーさん、助ける方法だってあるかもしんないしィ、がんばろーよ」
    「頑張るって、こんな無力なわたしに、何が出来るの? わたしなんて――ッ」
     張り裂けそうな程に声を張る。只、心の中に抱いた思いを吐きだす様に。
     糸工・薔薇という女が、この世に生を受けて、この世を恨んだその日の様に。
     母が死に、父の打ちひしがれる背中を見詰めて自分が確りせねばと願い続けたあの日を思い返す様に。

    「いなければよかった、なんて、言わせません」

     強気な口調と共に流星の煌めきが堕ちる。膝をつき息を荒げる薔薇を見下ろして翡桜は静かに告げた。
    「翡桜ちゃん!」
     莉奈の声音に頷いて、身体を逸らす彼女の背後から飛び込むバベルブレイカーの一撃が少女の身体を床へと縫い付ける。
     瞳と眸が交わるその刹那――たったのゼロコンマの内に莉奈は唇を揺らがせた。
    (「お兄ちゃん――」)
     兄を失い己が所為だと攻め立て続けたその日の自分と似ているから。莉奈の肩をぐ、と強く掴んだ恢が前進していく。
     伸ばした指先が闇に飲まれる少女を掴み上げ、離さないと物語る様に。
    「――信じてくれるなら、手を伸ばしてくれ。俺が、この手が折れてでもきみを闇から救いだす」
     握りしめる指先の白さに恢は小さく息を吐く。至近距離に与えられた攻撃に腕へ走る衝撃を堪える様に眉を顰めて。
    「恢くん」
     一人で駄目なら。二人なら。唯一心を許せる相手なのだと安らぎを得る様に瞳を伏せって。
    「もう、独りじゃないよ。莉奈も、恢くんも、みんな、皆居るから……一緒にここから出よ?」
     ぐい、と引き寄せられて膝をつく。交わる指先が震え俯いたまま涙を流す少女の背に要はそっと触れる。
     丸くなったその背の弱さが余りにも――余りにも、細く見えたから。
    「怖いのは、御免なさいって言うのは、どうしてかな。
     もうちょっとだけ……生きてみたいからじゃないのかな。誰かと、一緒に――ね?」
    「わたしには、おとうさんだけだった」
     うん、と頷いて毀れる雫を見下ろして翡桜が彼女の下へと膝をつく。

     ――薔薇は小さな頃から隠れてばっかりだなぁ。
     ――ほら、帰ろうか。薔薇、今日は御馳走を作ろう。

     きっと、父の優しい笑顔を覚えてられるのは彼女だけなのだから。薄く色付く唇は声を発さずに只、彼女の事を思って緩められて行く。
    「愛情を以って接する事が出来るお父様がいる薔薇さんは幸せですよ。
     お父様が愛して下さったからこそ、薔薇さんはお父様を愛する事ができる――素敵なことですよ」
     アソギの隠した言葉を感じとる様にナユタが心配そうに彼女へと寄り添った。青薔薇(きせき)を揺らし、静かに佇む彼女の笑みは変わらぬまま。只、静寂を取り戻した洋館で愛情の尊さを唇に乗せる。
    「お父さんは、薔薇さんのことを」
     顔を上げた薔薇の瞳から溢れだす涙を受けとめて、実季は優しく背を撫でる。
     遠巻きに周囲を照らすカンテラの中、征士郎は燃える焔を眺めて静かに眸を伏せった。
    「希望を棄てないでください。お父様とお母様、お二人が願った糸工様の幸せを、貴女自身が簡単に諦めないでください」
    「お父さんは――帰って来れる……?」
     その言葉に「絶対」と返す事が出来なくて。唇を噤んだアソギは「きっと」と言い換えた。
     きっと、帰ってくると灼滅者として生きていけば敵対する可能性も否めないと思いを胸に抱きながら実季は薔薇の背を撫で続ける。
     心の中にできた水溜りは――何時までも揺らぎ続ける。愛情と言う水面に舟を浮かべて、どうか、彼女が立てる様にと。
    「私達も、貴女の幸せを願っています」
     黒鷹を見遣り、只、静かにクルセイドソードを下ろした征士郎は目を伏せった。


    「んん、落ちついたァ?」
     座り込み、膝を抱えていた薔薇へと首を傾げて問い掛ける螺子は丸い瞳を向けて彼女を覗きこむ。
     落ちつく様にと薔薇の頬へと擦り寄ったナユタを見遣り優しげな笑みを浮かべていたアソギは「涙、止まりましたね」とハンカチをそっと差し出した。
     色とりどりのランタンとカンテラに照らされて暖かな雰囲気を思わせる室内に薄らと差し込む白んだ空の気配に顔を上げ翡桜と要は笑みを交わす。
    「これからを決めるのはきみ次第だ」
    「ですが、その道を示す事は私達にも出来る。宜しければ学園にいらっしゃいませんか?」
     割れた硝子の中、素足の侭の少女は立つ事も叶わずに震える足を見下ろして、泣き腫らした瞳を擦る。
     傷だらけの足を恭しく取り上げて傷の一つ一つを丁寧に手当てした実季は「大丈夫」と彼女の頬を撫でた。
     編み込まれた薔薇がシックで可愛らしい。オーバーニーソックスを包み込む小さな薔薇のコサージュが付いたパンプスは莉奈らしい意匠が施されたもので。
    「これで立てるね。一緒に一歩踏み出そっ。まだ知らない世界が待ってるよ」
    「――わたしは『ミスローズ』だもの」
     握りしめた指先の温かさに、少女は宣言する。
     生まれ変わるその日は、きっと何時だって晴天の筈だから。
     歩きだす一歩に実季がそっと支え抱きかかえて小さく笑う。
     今日が始まったと、白む空に両手を伸ばして。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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