カーテンコールは貴方とともに

■リプレイ

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　惨状、としか表現しきれない。
　ガラスのドアは粉々に砕かれて床に散らばる。
　華麗な舞台を観たあとの客が、笑いさざめいて感動を語り合っていただろうロビーに敷き詰められた濃赤の絨毯は、それよりも濃い赤に所々濡れて染まり、粘ついた感触を靴裏に伝えてくる。
　ここで何が起こったのかは明白――突然の、一方的な殺戮遊戯だ。
　八人の灼滅者たちは、視線を交わし二手に分かれる。
　上手側に四人、下手側に四人。もっとも離れた舞台への出入口へ。扉は厚く、向こう側は見えない。
　さあ、幕引きを始めようか。

　タイミングを合わせ、扉を開くと同時に駆けた。
　見えたのは舞台。中央に桜色の少女、中世の古城を模した舞台装置。
　むせかえる血臭のなか、右手からはヴォルペ・コーダ（宝物庫の番犬・d22289）がコートを翻し、客席の背を蹴って最短距離を跳ぶ。東堂・昶（赤黒猟狗・d17770）が遮音の力を解放し、呼び出した相棒のライドキャリバー・朧火がエンジン音も高く通路を駆けた。
　左手からは逆神・冥（復讐者は何を語る・d10857）が霊犬の鬼茂を連れて回り込み、正面の舞台に駆け上がった。
　舞台の両端には、悪趣味なオブジェがあった。即ち、遊戯に使われた人間の山。息のある者などいるはずもなく、男も女も無造作に積み上げられている。合わせて二十人ほどだろうか。
　舞台に上がった刻野・渡里（大学生殺人鬼・d02814）は、準備してきた小さな機械を後ろ手に骸の山に押し込んだ。相手が相手だ、選んでいる余裕はない。足元で霊犬のサフィアが唸る。
　包囲は扉が開かれてから、数秒で完了した。
　ふわり、その中央に桜色のドレスが舞い降りた。
「驚いたわ。リハーサル中に入ってくるなんて、マナー違反よ」
　六六六人衆、序列六三七位。シルヴィ・ヴァレンタイン。首を傾げ、花が綻ぶように笑った。血臭をヴェールのように纏い、一つに結った金の髪が揺れる。
「ごきげんよう、しるびーさん。一曲お相手していただけます？」
　正面にまわった荒谷・耀（神薙ぐ翼の巫女・d31795）が一礼する。少女は舞踏会の淑女のように礼を返した。
「折角だけど、お断りするわ。あなたたちとは踊らないって、もう決めているの」
　少女は、退路を阻むように身構え殺気の結界を放つ五十鈴・乙彦（和し晨風・d27294）と、深山・戒（翠眼の鷹・d15576）に視線をやった。
「あらあら、大変。退路をふさぐなんて、いやな人たちね」
　少女の大げさな芝居がかった言葉に、戒はロビーで見た客席図を思い出す。劇場の案内板には扉番号と席番号しか記されておらず、舞台裏の詳細までは掲示されていなかったのだ。
　六六六人衆は、油断をすれば同族の手でいつ命を失うか知れぬ、奇襲に対して用心深い性質をもつダークネスだ。どんな外見をしていても、最も厄介とされるそれは変わらない。おそらく殺しを愉しみながら歩くだけで、扉や窓の位置を本能的に把握しているのだろう。
「それに、どうして最初のステップで来なかったのかしら。不思議ね？」
　彼女特有の言い回しに紛れそうになるが、言いたいことはこうだ。
　――最初に確実にダメージを与えられる一手を、灼滅者は無駄にしたのだ、と。
　全体を見渡せる客席の狭間で、三上・チモシー（津軽錦・d03809）は僅かに口の端を上げた。あらゆる感情は後回しに、拳をきつく握り息を深く吸い込む。
「なぁに、ご挨拶をと思ってね。麗しのレディ」
　ヴォルペが軽い笑みを浮かべ、
「Ｍi concede questo ballo？」
　槍の穂先で舞踏へ誘う。
　少女がドレスの裾を揺らし微笑みを返す。純白の絹に包まれた指先から、結界を編み込んだ金糸が四方に繰り出された。

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「逃がしャしねェよ、さッさと舞台から退場願うとするぜ！」
　昶が唸るように叫び、手にした盾を展開する。不可視の盾が前衛達の護りとなり、僅かに糸の威力を退けた。同時に飛び出した朧火が、エンジン音も高く少女に突撃する。
「舞台に機械は無粋だわ」
　ドレスの裾を引き裂かれ、シルヴィは苛立つ様子を隠さない。ととん、と軽くステップを踏めば濃密な殺気が辺りに充ちる。
「そんな怖い顔、レディには似合わないぜ」
　軽口を叩きつつ、低い姿勢からヴォルペが回り込んだ。体に巻き付く布がでたらめな軌跡を描き、刃の如き鋭さでシルヴィの身体を切り裂きにかかる。避けたものの腕を裂かれて、少女は眦をきつく上げ叫んだ。
「いやな人！」
「踊るのなら、舞台で華々しく踊った方が様になるだろう？」
　その死角から冥が囁く。久々に存分に戦える六六六人衆と出会えた僥倖、命のやり取りに加減は無用。金糸が閃く合間を縫って、上段から下段へと構えを変えた分厚い刃が唸りを上げる。余裕をもった表情で、シルヴィはその刃を避けようとした。
「！？」
　移動すら滑るようなステップでこなしていた少女は、驚愕の瞳でその刃を流し損ねる。嘘と唇だけで呟き、再び眦を上げた時には乙彦の鬼腕が間近にあった。
「気が合うな。俺も君と踊るのは御免だ」
　殺しを娯楽と考えるダークネスは多いが、特に六六六人衆はその性質が強い。己の殺戮技巧を高めるために、罪もない人間を殺して試すのだ。
「……ふざけるな」
　正面から合う橙と黒の瞳。異形の拳が、少女の腹を貫く勢いで深くめり込む。小柄な身体をくの字に曲げ、宙に浮いたところを貫く弾丸がある。
「音楽がないのが、残念ですね」
　満月の輝きを封じた指輪をかざし、耀が固い声で言う。
　舞台の両側に、捨てられた人形のように折り重なる骸がある。救いたかった、救えなかった。救う力を持たないことに怒りすら覚えるほど、闇の横暴に己は無力で。悔いても悔やみきれない、だから悔やむことはしない。
　けれど、胸に逆巻く衝動は抑えても抑えきれない。
（「そうとでも思わないと……こんな……ッ！」）
「何を怒っているのかしら。『観客』は、騒ぎ立てたりしないものよ？」
　それをシルヴィは笑うのだ。あくまでも自分が主役だと。観客はそのステップに酔いしれ、喝采を送ればいい。
「拍手をくれないなら、動かなくても同じだわ」
　自分を見ない観客など不要、だから殺したと。理由は単純明快。
　距離を置いて体勢を立て直すと、少女は再び尽きぬ殺気を振りまいた。
「ならば踊ろうぜ、お嬢さん。死の舞踏をさ」
　後方から輝くオーラの砲弾が飛来した。戒が唇の端だけで笑い、狙いを定めている。
　悪趣味にも程がある相手だ、これ以上の被害を出さないためにも、ここできっちりと片を付けさせてもらう。サングラスの奥の瞳が細められた。
「そんなに踊りたいなら、お相手して貰おうか」
　感情の見えない様子で、渡里が鋼糸を繰り出す。糸の速さに添うように、霊犬のサフィアが客席を駆け跳ねた。鋼糸に巻かれた桜のドレスが花の如く散り、咥えた斬魔刀に脇腹も裂かれる。
「新しいドレスなのに！」
　少女は地団駄踏む子供のように踵を鳴らす。ライトに四方から照らされた、ステージの中央に光ささぬ影が膨れあがり収縮する。影の先端が刃となって渡里を貫く寸前、飛び出したのは冥の意をくみ取った霊犬・鬼茂。その身を以て盾となる。
「今、治すよ！」
　片手で扱う標識に黄の灯りを灯し、チモシーは意識を仲間だけに集中させる。
　今するべきことは、思い悩んで悔やむことではない。骸を晒す彼らを悼むことでもない。仲間を一人も倒れさせない、そのために自分は今ここに立っている。
（「絶対に、灼滅する。あなたたちの命、絶対に無駄になんてしないから」）
　癒しの力を練り上げ、解き放つ。翼を得たかのように、力を受けた仲間が新たに身構える背を見るのは心強い。
　勝つからね、と唇に乗せた。

●
　斬る、断つ、かわして突き上げる。
　たった数分、されど一瞬も気を逸らせない長い時間。捻れたダークネスの少女と灼滅者の力は、ほぼ互角だった。
　剣の数は灼滅者の方が多い、対する少女の剣は一つだけ。しかし、破壊力と技量は上――の、はずだった。
　余裕を見せていた少女の表情が、明らかに変わったのだ。
「どうして」
　軽やかに床を踏み、蝶のように舞っていた少女の足取りが乱れる。灼滅者たちが与えた傷の影響も確かにあったが、それだけではない様子だ。
「簡単な技（フィガー）なのに」
　戦いながら、自分のステップが乱れたことが信じられないと。シルヴィは戦闘中な事も意に介さず呟いた。目の前の灼滅者よりも、自分のダンスの方が重要らしい。
　ほんの僅か、視線を四方に泳がせる。
　気付いたのは、戦場全体を注視し流れから目を離さなかったチモシーだった。
「逃げる気だよ！」
　指輪に光が灯った瞬間、制約の力を乗せた弾丸がシルヴィを貫く。
　鋭く飛んだ声に、シルヴィが忌々しげな視線を投げる。周囲をいっそう固められ、唇から余裕の笑みが消えた。
「逃がしはしません……ここで犠牲になった、彼らに報いるために！」
　指輪をかざし、魔力の弾丸を立て続け打ち込む。耀は覚悟を新たにする。シルヴィをここで灼滅する。こんなところで逃げられたら、無惨な屍となった彼らに申し訳が立たない。命を遊戯で失った、彼らに報いるたった一つの方法だ。
「闇の果てまでお送りしましょう、レディ」
　最前線で力を奮ってきたヴォルペも、総身に傷を負っている。彼だけでなく、無傷な者はいない。だが戦闘の昂揚に、ヴォルペはますます笑みを深くする。戦いは、こうでなくては面白くない。
「煩い観客はいらないの。退いて頂戴」
　同時に膨れあがる影がヴォルペを呑み込むべく顎を開くが。
「おにーさん、影怖いんだよなぁ」
　手にした槍に螺旋を宿し、床を蹴る。影のあぎとに突き込めば、渦に巻かれて霧散した。
「……ありえないわ、こんな」
「此処が正しい光の差すステージなら、君はもっと輝けると思うんだが」
　風を纏い、乙彦が符を手挟む。旋風に乗って催眠の力を乗せた符がシルヴィを包み込み、更に足元をおぼつかなくさせる。その間も視線を逸らさず、近い退路を塞ぐ方向へと客席の背を蹴った。
「みっともない踊り子だな」
「私のダンスを見たこともないくせに！」
「舞いを舞うのは嫌いではない。だが」
　瘴気纏う斬艦刀を器用に扱い、冥は鬼茂の浄霊眼を背に受けながら駆け、床を蹴って大上段の構えを取る。
「貴様には優雅さがないな」
　弾かれたようにかわす少女の、血濡れた爪先が右足首ごと断ち落とされる。こんな童話があったかと、冥の脳裏に物語がよぎるが、今もこれから先もどうでもいいことだった。
「私の足、私の靴！」
　動揺を隠さなくなった少女。幾度も解き放つ殺気にも、序盤の勢いがない。
「どうして……どうして！」
　引き裂かれた衣装が翻る。飛んできた金糸を、渡里は容易く避けた。正気を失いかけているような相手の手を読むなど、容易いことだ。
「何がおかしいのかはわからないが、一つだけ教えてやろう」
　霊犬のサフィアの回復を受け、渡里は鋼糸を絡めた手を少女に差し伸べる。
「貴様はここで灼滅される」
　全身に渡里の鋼糸を絡みつかせ、引き裂かれれば本気の悲鳴が上がる。
「死体を積み上げるって、あまりいい趣味とは言えないね」
　あんたも切り刻んで、積み上げてやろうか？　破魔の剣もち、戒は少女の死角に回り込む。背から腹を貫き通せば、少女の唇にどす黒い液体があふれ零れた。
「ああ、やっぱり悪趣味だ」
「……ど、して。私、私のちから、が」
「今更、何泣き言言ッてンだよ」
　力を振り絞って移動する、少女の足元をキャリバーの機銃掃射が立て続け阻んだ。
「サイコーに楽しいダンスしてやるよ、テメェを地獄に送ッてなァ！」
　インラインスケートのホイール音がきぃんと高鳴る。炎上げた昶の蹴りが、シルヴィの腹を横薙ぎに薙いだ。血濡れた桜色のドレスが、炎に包まれる。
　目を見開き、信じられないといった表情で砂となって消える瞬間、唇が動いたが。
　誰もその言葉を聞いた者はなかった。

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　灼滅された六六六人衆の遺体は、砂と化した後、一粒も残らず消え去った。そして山と積まれていた犠牲者の遺体も、気付いたときには跡形もなかった。
　渡里が押し込んだ機械も消えていたが、果たしてあれらは何故消えたのか。札幌近辺で続く事件と関連はあるのかと考えるが、今は予想の範疇を越えない。
　残ったのは、破壊された舞台装置と、床に落ちた血の跡くらいだ。
「何か、様子がおかしかったように思わないか」
　戒は装備をカードに収め、消えた少女を思う。
「言われてみれば、そうかも知れないが……」
　乙彦もまた、違和感を感じていた。
　序盤は己の勝利を疑いもしていなかったシルヴィは、途中から何らかの不調に気付いたように思える。それが何なのかは、わからない。
「マトモな六六六人衆なンて、いやしねェだろ」
「それもそうだな」
　昶が吐き捨てれば、冥が頷く。
　チモシーは舞台を眺めながら、ひどく滅入った表情で口元に手をやった。
「……笑ってるよ。鋼糸で人、ばらばらにしながら」
　断末魔の瞳は、被害者の視点から最期の光景を視るものだ。楽しそうに笑う少女に、この人は殺された。何度視ても、分かるのはそれだけだった。
　チモシーを支えるように、耀とヴォルペが背に手をやった。
　いつかこの劇場にも、歓声が戻るのだろうか。戦闘の余波で荒れ果てたここにも、やがて人が集まって何が起きたのかと騒ぎになるだろう。
　だが、それもバベルの鎖が伝播を遮る。消えた犠牲者達のことも、謎の失踪として終わるのかも知れない。

　覚えておこうと誰かが言った。
　忘れずにいられるのは、灼滅者だけなのだから。

作者：高遠しゅん	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年5月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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