五月の憂鬱

    作者:天木一

    「で、この問題はさっき教えた公式を当てはめれば簡単に……」
     中学校の教室でまだ若い男性教師が、不慣れな様子ながらも真剣な表情で黒板と向き合い、数式を書き込んでいく。その頭に削った消しゴムの切れ端が投げつけられた。
    「ぷっ」
    「だせー」
     頭に乗った消しカスを見て生徒達が笑う。教師は頭を触ってゴミを払い落とす。
    「誰だこんな悪戯をしたのは!」
    「こいつでーす」
    「いやいや、俺じゃねーよ、こいつでーす」
    「違うって、こいつだよこいつ」
     からかうように男子生徒達がバラバラの人物を指差していく。
    「いい加減にしろ! 今は授業中だぞっ。真面目にやれ!」
     唾を飛ばしながら教師が生徒達に向かって怒鳴りつける。
    「今は授業中ですよー静かにしてくださーい」
    「ぎゃははは!」
    「そうだそうだ! 静かにしろー!」
     生徒達は静かになるどころか、逆にからかう声をエスカレートしていく。
    「ちゃんと勉強しろ!」
    「勉強って、数学なんて何の役に立つってゆーんだよ」
    「そうそう、なーんの役にもたたねーよな」
     反攻する生徒達に教師の顔が真っ赤に染まった。 
    「お前ら! 教師に対してそんな態度を取っていいと思っているのか!」
     強く拳を握り締め、近づいた教師が生徒達を見下ろす。
    「おい、教師のクセに暴力振るう気かよ? いいのか? PTAに言っちゃうぜ?」
    「新聞載るんじゃねーの、体罰教師の暴行事件ってよー」
     そう言われ教師が手を震わせて歩みを止める。その背後に回った生徒が飛び蹴りを浴びせた。
    「うあっ」
    「おい、サッカーやろうぜ!」
     前のめりになって机に突っ込んだ教師を皆が足蹴にし始める。
    「や、やめっ」
    「俺らは子供だからさ、こうやってちょっとスキンシップしてるだけって言い訳できるもんな!」
     1人2人なら大人の力でどうとでも出来ただろう。だが10人以上に囲まれて蹴られると抵抗する事も出来ない。
    「もう、男子止めなさいよ!」
    「そうよ、先生可哀想でしょ」
    「うるせー! 女は黙ってろ!」
     女子が諌めるが男子は聞きもしない。
    「なあ、あれ」
    「へへ、やっちまおうぜ」
     突然攻撃が止み、亀のように丸まっていた教師が顔を上げる。するとそこには掃除の箒を手にする生徒達の姿があった。
    「ま、まさか……」
    「昨日野球見た?」
    「ああ、満塁ホームランのやつだろ」
    「そうそう、こんな感じ……で!」
     立ち上がって逃げようとした教師の背中を、フルスイングした箒が襲う。
    「げぉっl」
     背中を強打され肺から絞り出したような声が漏れる。
    「いやいや、もっとこうコンパクトなスイングだって」
     次の生徒の箒が脇腹を抉る。
    「や、やめ……!」
     教師が哀願するのをニヤニヤと哂い、生徒達は箒を振り上げた。
    「ひぃっ」
     布団からがばっと男が起き上がる。
    「はっはぁはぁ……ゆ、夢?」
     見渡すとそこは自室のベッドだった。
    「そうか、そうだよな。夢に決まってるよな、ははっ」
     自嘲気味に笑った男はベッドから降りずにもう一度布団をかぶる。
    「連休ももう終わりか……仕事、休もうかな……」
     憂鬱そうな声が布団の中に木霊した。
     
    「という悪夢をシャドウによって見せ続けられた男性が、心を病んで引き籠ってしまうんだよ」
     そう言ってファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)が起きる事件のあらましを話し終える。
    「五月病とはいうけれど、そうじゃなくてもこんな夢を見たら憂鬱になっちゃうよね」
     その隣に立つ能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が肩を竦め、説明を始めた。
    「みんなには悪夢に悩む男性を助ける為に、夢の中でシャドウを撃退してきて欲しいんだ」
     このままでは新任教師の心は壊れてしまい、病んでしまう。
    「男性はアパートに1人暮らしをしていて忍び込むのは簡単だよ。夢では生徒達が敵になるんだけど、シャドウがどこに忍んでいるかは分からないから気をつけて」
     シャドウは生徒に化けているのかもしれないし、隠れて覗き見しているのかもしれない。不意さえ突かれなかれば勝てる相手だろう。
    「教師って仕事はきっと大変なんだろうね。始めて一月じゃあまだ慣れもしない時期だろうし、そんな不安定な時を狙って悪夢を見せるシャドウを許してはおけないよね」
     誠一郎の言葉に灼滅者達は頷く。
    「新生活もこれからって時に憂鬱な夢なんて頂けないね。シャドウも五月病も全部俺達の手で消し飛ばしてしまおう」
     人の生活を無茶苦茶にするシャドウを退治してやると、ファリスが拳を強く握って気合を入れた。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    希・璃依(桜恋う星灯り・d05890)
    ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    栗元・良顕(浮かばない・d21094)
    晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)

    ■リプレイ

    ●夢の学校
     夢の中の学校に一歩足を踏み入れる。そこは誰もが思い描くような、オーソドックスな校舎の景色をしていた。
     それが逆に違和感を感じさせるような、学校らしい学校の様子を見ながら灼滅者達は校内に入る。
    「教職か。哲学部を卒業した後の進路の一つではあるわね。哲学なんて普通の企業にいらないから」
     新任の教師の事を考え、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)も自分の将来の事を思い馳せる。
    「厳しく叱るのも、教師の役目だというのに……」
     新任とはいえ生徒に負けていてどうするのかと、紅羽・流希(挑戦者・d10975)は厳しい顔で呟く。
    「五月病……か。新しい環境で大変な思いした後のゴールデンウィークってそれだけ楽しいからね。気持ちはちょっと分かるよ。無きゃ無いで4月を乗り切れるかわかんないしさ」
     学校に行きたくないという教師の気持ちも分かると、ファリス・メイティス(黄昏色の十字架・d07880)はうんうんと頷く。
    「夢ってのはさ、現実とは違ってもっと自由なモノだ」
     希・璃依(桜恋う星灯り・d05890)は現実的な面白みの無い空間を見てそう思う。
    「夢の中ならなんでもあり。折角なら楽しかった夢にしたいよな」
     現実よりも辛い悪夢なんて必ず潰してしまおうと仲間達と頷き合う。
    「さて、どこに潜んでいるのか……」
     何処かに潜むシャドウを見逃さぬよう、龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)は視野を広く取れるように位置取りする。
    「シャドウの中では小物なのでしょう。とはいえ侮るつもりも余裕もないですが」
     相手が何者であれ油断はしないと、マーテルーニェ・ミリアンジェ(散矢・d00577)は注意深く周囲を見渡す。
    「とりあえず生徒が邪魔してくるらしいし退けとけば良いのかな……。シャドウは隠れてるみたいだけど……不意打ちは受けるものとして考えといても良いのかな……」
     春だというのに寒そうにマフラーを巻いた栗元・良顕(浮かばない・d21094)も、何処に隠れているのかと周囲を見渡してみる。
    「ソウルボード内での戦闘は初めてですが、皆さんの邪魔にならないよう頑張りましょう」
     初めてとは思えぬ落ち着いた態度で、晦・真雪(断罪の氷雪狼・d27614)は目的の教室に仲間と共に踏み込んだ。

    ●学級崩壊
    「ぷっ」
    「だせー」
     教室では消しゴムのカスを投げつけられ、生徒達に笑われる教師の姿があった。
    「なんだ君達は……?」
    「お休みのとこ悪いけど、悪夢の邪魔をしに来たよ。とりあえず、消しゴムの当たらないところに避難を」
     突然現われた灼滅者達に不審な目を向ける教師に、ファリスが廊下を指差す。
    「おい、サッカーやろうぜ!」
     そこへ少年達がサッカーボールを蹴るようにキックをしてきた。
    「大変そうね、先生。少し手伝ってあげるわ。Slayer Card,Awaken!」
     アリスが手に現われた淡い白光の刃を振るう。すると光が爆発し、襲い掛かってきた少年達を吹き飛ばす。
    「なんだこいつら!」
    「不審者だ! やっちまおうぜ」
    「許可無く学校に入ったヤツは殺されても文句は言えねーよな」
     少年達が手に箒を持って灼滅者に襲い掛かる。
    「や、やめろ!」
     教師が制止しようとするが、聞く耳を持たずに机を蹴飛ばし箒を振り回す。それを柊夜が振るう剣で斬り飛ばした。
    「やっぱり不意を付かれる方が面倒そうだしちゃんと探そうか……」
     マイペースに1人呟くと納得したように頷きながら、良顕は生徒達に向かってマフラーを伸ばし、巻きつけて縛り上げた。
    「君達いったい何を……!」
    「これは夢。あなたは夢を見ているのです」
     柊夜が教師に見せるように壁に向かって指を向ける。すると赤い光と共に放たれた魔力の弾が壁を穿った。
    「な!? ゆ、夢なのか……?」
    「こんなコトが出来ちゃうのは夢だからだ」
     璃依とファリスが一瞬にして犬と猫に変身してみせる。
    「い、犬と猫になった!?」
    「知ってのとおり、現実世界では猫が人間になったりはしないよね。俺達はこれから生徒達を攻撃することになるけど、あれはあくまで夢の中の存在。心配しなくて大丈夫だよ」
     ファリスが向かって来る生徒に対し、腕を砲台に変えて光線を放った。
    「夢、だったのか。そうか……」
    「だからこの悪夢も全部真実じゃない。教師って大変だろうケド、まだ始まったばっかだろ。誰だってはじめから上手くなんていかないさ」
     異常な事態に混乱していた教師にようやく落ち着きを取り戻す、そこに璃依が励ますように語りかけた。
    「おらおら部外者は死ねぇ!」
    「狩り、開始」
     黒手袋を装着した真雪は、影から狼の群れを生み出し生徒を襲わせる。食らいつかれた生徒がどろりと溶けて消え去った。
    「きゃー!」
    「逃げなきゃ!!」
     女生徒達が悲鳴と共に廊下に向かって駆け出す。だが出入り口は灼滅者達によって塞がれていた。
    「夢の中、シャドウによる作り物とはいえ逃げ惑う生徒を蹴散らすのは良い気分ではありませんね」
     僅かに眉をひそめながらも、マーテルーニェは逃げようとする女生徒へ足元から影のナイフを伸ばして足を貫き縫い止めた。
    「あ、足が!」
    「……そしてそんな手段を実行できる我々も、まともではないですね」
     顔から感情を消し、広がった影が無数の刃となって生徒の全身を貫いた。
    「お願い助けて!」
    「残念だが、ここは通れない」
     涙を浮かべて教室から逃げようとする女生徒に、流希が冷たく言い放ち作り出した刃で斬り捨てた。
    「シャドウではなかった、か」
     流希は次の獲物へと視線を向ける。
    「くそっセンコーなんかの味方してんじゃねぇよ!」
     少年が机を蹴って跳躍すると箒を振り下ろす。それをアリスが銀色のオーラを纏った腕で受け止めた。
    「もう止めろ!」
     教師が怒鳴りつけるが、生徒はへらへらと笑って箒を振り回す。
    「躾のなってないガキは猛獣と同じよ。そういう手合いを人間と思っちゃダメ」
     手を向けたアリスが光を放つ。閃光は生徒を貫き消し飛ばした。そこへアリスを狙って漆黒の弾丸が飛来した。
    「鉄壁リイガードっ」
     その射線上に割り込んだ璃依が盾を展開して弾丸を受け止める。
    「そこですか」
     攻撃の飛んで来た方向に柊夜が魔力の弾丸を撃ち込む。だが手応えは薄く、消し飛んだのは普通の生徒だった。
    「生徒の中に紛れているのかな……全部倒せば良いか……」
     続けて良顕も手を振り、錆びた自転車用チェーンを生徒が居る周辺に張り巡らして動きを制限させる。
    「1人ずつ確かめていきましょう」
     そこへ真雪が影の狼を放つ。無音で駆ける狼の群れが学生に飛び掛かり喉笛を喰い千切る。
    「先生助けて!」
     生徒達が数を減らしてゆき、怯えた女生徒が涙を流しながら教師に助けを求める。
    「ま、待ってろっ」
     教師に手を伸ばして助けを求める女生徒に教師が向かおうとするが、割り込んだマーテルーニェが女生徒に縛霊手を叩き込む。
    「偽者の生徒に惑わされないようにしてください。無理なら目を閉じておけばすぐに終わります」
     背中越しに声をかけながらマーテルーニェは次の生徒を相手取る。
    「君らも仕事(?)なんだろうけどさ。こういう陰湿なやり方はどうかと思うよ? シャドウに言っても仕方ないかもしれないけどね」
     ファリスが影の剣で敵を貫きながら、業の臭いを辿って前に進む。そこには1人の女生徒が立っていた。そこへ真雪が斬り込む。だがその刃が少女の手によって止められた。
    「どうやら当たりのようです」
     少女の手が大きく膨れ上がり真雪を掴まえようと伸びる。
    「姿を現したか」
     その腕を流希が炎を纏った具足で蹴り上げる。

    ●悪夢
    『ねぇ、悲鳴を上げて逃げ回る女の子を攻撃するなんて酷いんじゃない?』
     女生徒の体が歪に捻じ曲がっていくと、体が黒い粘液のような塊となり足が何本も生えて膨れ上がっていく。
    「ひっ、化け物!?」
     それを見た教師が怯えた声をあげる。
    『女の子に化け物だなんて酷い! 先生がちゃんと護ってくれたらこんな姿にはならなかったのよ! 全部先生の所為なんだから!』
    「悪趣味なシャドウですね。全てあなたの仕込んだお芝居でしょう」
     教師を糾弾するシャドウに、マーテルーニェが影を纏った拳で殴りつけた。
    「そろそろ本番ね。ここからは本気で行くわよ!」
     アリスが魔法の矢を放ち、続けてオーラの塊を撃ち込み、影が喰らいつく。
    『それはこっちの台詞よぉ! エキストラなら使ってあげようと思ったけど、邪魔ばかりするならこの夢から叩き出してやるわ!』
     シャドウの両拳が巨大化して襲い来る。
    「諸悪の根元のそっちが出ていけーっ」
     璃依が盾で拳を防ぐ。だが盾を撃ち砕いて拳が迫ると、ライドキャリバーのふりるが体当たりして拳の軌道を逸らした。
    「ここで邪魔なのはそちらの方です」
     横から接近した柊夜がシャドウの胴体を剣で薙ぐ。切り裂かれた胴体はまるで液体のように繋がった。
    『痛いわね! いい加減にしなさい端役のくせに!』
     シャドウが大きく口を開け、無数の弾丸を放ってきた。そこへライドキャリバーのブラックナイトが突進して代わりにボディで弾丸を受け止めた。
    「夢なのに痛いんだね……夢だって気が付いたら結構色々出来るようになるんだっけ……」
     ぼんやりそんな事を考えながらも良顕はマフラーでシャドウの体を縛る。
    「ならそっちは大根役者だね」
     そこへ跳躍したファリスはシャドウの顔面に強力な酸を浴びせた。
    『あづっぃぃ! ぜんぜー助けてぇっ』
     首が伸びて少女の顔と残っている生徒達が教師に迫る。
    「ひっ、これは夢これは夢!」
     教師が頭を抱えて目を逸らすと、その顔を流希が光の刃を射出して薙ぎ払った。
    「なぁ、夢でよかったとか思ってないよな?これはあんたがそのままなら、いずれ起こる光景だぞ。他ならぬ、あんたの手によって、な」
     護るように教師の前に立った流希が、忠告するように言葉を投げる。
    「そ、それじゃあどうしろというんだ? 私だっていい教師になろうと真面目にやっているんだ!」
    「起さない方法? ぐっと胸張って教師として、生徒に接しな。あんた自身、まだ学生気分が抜けていないんだよ。だから舐められる。大人ってんなら、戯言に一々反応するな。それすら授業の糧にしな。俺の恩師はそうだった、な」
     流希は自らの経験を思い出し、理想の教師像を語る。
    『ちょっと! 余計な話はしないで! こっちの予定が狂うでしょ!』
     シャドウが殴りかかるが流希は飛び退いて避ける。だが拳がゴムのように伸びて流希に直撃した。
    「それだけ伸びれば断つのは容易いですね」
     腕が戻る前に駆け寄った真雪が刀を一閃する。刃は腕を断ち、形を失った液体が床にびちゃりと広がった。
    『あああ! 腕がぁ! なんてことするのよ!』
     シャドウは残った腕を振り回して机を薙ぎ払い、壁に穴を開けて暴れ回る。
    「他者を痛めつけても、自分が痛みを受けるのには弱いのですね」
     その情けない姿にマーテルーニェは呆れた視線を送りながらも帯を伸ばし、流希の傷に巻きつけて傷を癒す。
    「さあ、まだ始まったばかりでしょ! お楽しみはこれからよ!」
     アリスは銀の光を放ち、シャドウの胴体に穴を開ける。だが穴はすぐに塞がった。
    「体は丈夫なようですが、心はどうでしょうか?」
     駆け寄った柊夜が擦れ違いざまに剣を振り抜く。半透明となった刀身がシャドウの精神を斬り裂いた。
    『ぎぇえあっ!?』
    「さあ、打ち破ろう。悪夢をっ」
     璃依がローラーダッシュするとシューズの星型チャーム揺れる。苦しみながらもシャドウが腕で薙ぎ払うと、跳躍して腕を蹴ってシャドウの頭上を取る。
    『この、大人しくやられなさいよ! この夢は私が先に手を出したのよ、後からしゃしゃり出てきて常識はないの!?』
     掴もうとする腕をふりるが機銃の連射で止めると、炎を纏った蹴りがシャドウの顔面に叩き込まれた。
    「で、それにつけ込む奴もいるわけだ。ダークネスが見せていい夢など、存在しない。それが悪夢であっても、な」
     流希が冷たく言い放ち、一気に踏み込むと刀を抜き打つ。刃が横一閃にシャドウの胸を斬り裂いた。
    「これは夢だから空飛べるよって言って先生を窓から放り出しても何とかなるのかな……気になるな……。春風にさーっと吹き飛ばされてさっぱりするんじゃないかな……無いかな……」
     そんな妄想をしながら良顕は背後からストローを背中に突き刺す。するとどろりとした黒い液体が溢れ出た。
    『ああ、もう! 好き勝手に動かないでよ!』
    「この夢にあなたの自由になるものはありません」
     シャドウが腕を鞭のように振るうと、待ち構えていた真雪がその腕に刀を当てる。すると腕が途中から千切れて飛び、黒板に張り付いて溶けた。
    「そろそろ終わりにしようか」
     ファリスが砲と化した腕を向ける。するとシャドウも口から弾丸を撃ってきた。それをブラックナイトが突っ込んで受け止める。シャドウは動いて避けようとするが、その足が動かなかった。
    「逃がしません」
     見下ろせばマーテルーニェの影がナイフとなってシャドウの足を貫いていた。
    『やめ……』
     腕から光線が放たれ、シャドウの頭部を貫いた。

    ●目覚めて
     シャドウは溶けて蒸発するように気体となり、夢の中から消え去った。
    「撃退成功ですね」
     柊夜は完全にシャドウが夢から消え去ったのを確認して武装を解除する。
    「それにしても、夢の中でもガキはガキか」
     アリスは歌の一説を思い出し、リズムを取って口ずさむ。
    「まともな先生になってください。そうすればこんな悪夢はすぐに忘れてしまいます」
     マーテルーニェの厳しい言葉。だがそれは強く真っ直ぐな言葉だった。
    「体動かして見たら良いんじゃないかな……。疲れて眠れば夢見なくなるかもしれないし……たぶんすっきりするんじゃないかな……」
     その場で思いついた案を良顕はとりあえず言ってみて、何となく良さそうだと自分で納得して頷いた。
    「大変だと思うけど、この夢よりは楽なはずだよ。がんばってね」
     ファリスの言葉に教師は確かにと頷いた。
    「自信の無さがこんな夢を見させているんです。何か目指すものがあって教師になったのでしょう? 初めは悩み、迷う事も多いでしょうが立ち向かい戦う覚悟を持つことです」
     真摯な気持ちで真雪が教師を諭す。
    「ありがとう、もう一度初心に戻って、一から頑張ってみる」
     灼滅者達の言葉は教師の胸に響き、真剣な表情でもう一度頑張る事を誓う。
    「悪夢は終わった。これからは良い夢を」
     これで全て終わったと璃依が手を振って別れを告げ、その姿が薄れていく。
    「彼がこれから多くの生徒に慕われる先生になるよう、祈っておりますよ……」
     少しは教師らしい顔になった男を見て、流希は満足そうに夢から消え去った。

    「夢、か」
     男がベッドから起き上がる。
    「よし、連休ももう終わりだ。仕事頑張るぞ!」
     活力に満ちた声で男は一日を始めた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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