夜の学校に響く旋律

    作者:南七実

    「とうに朽ちた校舎……その音楽室から夜な夜なピアノの音が聞こえてくる……あはは、オーソドックスな怪異譚ですよねぇ」
     真夜中の廃校。たどたどしく悲しげな旋律が流れる廊下を歩くのは――等身大の人形のように見える異形の女。ゴトリ、ゴトリと足音を鳴らし、ぼそぼそ独り言を続けながら、彼女は音楽室の扉の前に立った。
    「そもそも今は、心に響くような合奏が聴きたい気分なのですが……ああ、それ以前にこんな未熟な独奏、耳障りで聴くに堪えませんね。この下手っぷりもまた都市伝説としての演出なのでしょうか」
     扉を開くと、ぴたりとピアノの音が止んだ。中には誰もいない。
     物怖じもせず教室の中央へ進入する女。
     その側面に、血まみれ姿の少女が音もなく立った。
    「エンソウノジャマ……シナイデ」
    「ふうん? ピアノを弾いていたのは、かつて校舎で悲惨な死を遂げた生徒の幽霊……といったところですか? んん、リアリティには欠けますが、それでも人間を怖がらせるには充分でしょうねぇ。演奏が下手なのはいただけませんが、贅沢は言っていられませんしね。まぁいいでしょう」
    「ココカラデテイッテ……」
     くるりとそちらを向いた女が、少女の頭を異形の手でガシッと掴む。
    「……ヒィッ!?」
    「私の糧になれる事を光栄に思いなさい」
     そのまま力を込めて少女の頭部を握り潰した女は、軽く舌なめずりをして少女に齧りつき、その躰を食べ始めた。ぐしゃぐしゃと肉片を貪る女の姿が、みるみるうちに――たった今喰われた少女の姿へと変化していく。
     咀嚼を終えた『少女』はその場でくるりと一回転して、愛らしい笑顔を浮かべた。
    「歌う人形から演奏幽霊少女への変身……うふふ、幼い娘の姿になるのは初体験ですねぇ」
     くすくす笑いながら手帳のようなものを取り出す少女。
    「さぁて……食事をして力もつけたことだし、さっそく新しい噂を広めるとしましょう。音楽室に現れる、とびきりの恐怖を味わわせる存在……どうせなら、大勢の人間を殺戮できる強力な個体を創り上げてみましょうか。ふふふ、楽しみですねぇ」
     
    ●夜の学校、音楽室
    「皆にお願いしたいのは、とある廃校に現れるダークネスの灼滅だ」
     巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)の単刀直入な言葉に、集った灼滅者達の気持ちもぐっと引き締まる。
    「奴の通り名は『響』……音楽室にまつわる都市伝説を好んで喰らう『タタリガミ』だ」
     廃校の音楽室で捕食を終えた響を襲撃し、灼滅する――灼滅者がやることは至ってシンプル。
    「皆が響と接触できるのは、奴が都市伝説を食い尽くした直後になる」
     それ以外のタイミングを狙おうとすれば、バベルの鎖によって灼滅者の行動が察知され、標的が音楽室にやってこなくなるという。
    「つまり、敵が都市伝説の力を吸収してパワーアップするのは避けられない、という事だね」
     かなり手強い相手になるのかな、と雫石・ノエル(緋の雫・dn0111)が眉根を寄せる。
    「……そうだな。一体とはいえ、複数でかかっても返り討ちにされかねない敵だ。皆の意見をまとめてしっかりとした討伐作戦を考え、万全の態勢で挑んでほしい」
     一方で、こちらに有利な点もある。
    「響がもっとも油断しているのは捕食直後だ。つまり、うまくやれば奇襲攻撃ができる――音楽室に乱入すると同時に先手必勝、皆の全力攻撃を叩き込んでくれ。勿論、初撃だけで倒せる相手ではないが……それなりに体力を削ることができる筈だ」
     会話ができても説得に応じる相手ではないし、撃破することだけを考えてくれたまえと奈々音は言う。
     灼滅者が乱入しても響は逃げようとせず、新たに得た力を試すべく積極的に戦いを仕掛けてくるだろう。
    「響は、音楽室に置かれているピアノをはじめ、楽器類を自在に操って、複数にダメージを与える『死の旋律』を奏でる。また、念動力によって楽器や机を投げ飛ばし、標的を押し潰す力技も繰り出してくるだろう。加えて、奴は怪談蝋燭を所持している。いずれも桁違いの威力を有しており、一撃食らっただけでもかなりのダメージとなる。くれぐれも用心してくれ」
     用心のしようがないんだけどねと肩をすくめるノエルにちらっと目を向けた奈々音は、皆にとってもうひとつ有利な点があるかもしれない、と言葉を続けた。
    「響は『心に響く演奏』が好きらしい。良い音楽が奏でられれば、戦闘中でも聴き入って攻撃の手がおろそかになるようだ。灼滅者を侮るがゆえに油断も生じるだろうしな。楽器が弾ける者がいれば、試してみるのも手段の一つかもしれない。ただし下手な音楽を聴かせると逆に怒りを買ってしまうだろうから、腕に自信のない者は控えたほうがいいな」
    「それって、楽器系の武器で攻撃する、という事じゃなくて?」
    「あくまでも演奏だ。楽器の殲術道具でも問題ないし、普通の楽器を持ち込んで奏でるのもいい」
     ただし、戦いの片手間に奏でられる演奏で響を感動させることはできない。
     つまり、演奏を担当している間は攻撃手として行動できないという事だ。
    「未来予知の中で響は『今は合奏が聴きたい気分』と呟いているから、独奏では効果がないだろう……どうする? この案にはメリットもデメリットもあるし、やるかどうかは皆で決めて欲しい」
     いずれにせよ強敵が相手だ。味方側がもっとも有利になる、よりよい戦略を練るべきであろう。
     
    「このタタリガミを放置しておくと、危険な都市伝説が際限なく生み出されてしまうだろう。確実に撃破してくれ。危険な任務だが……どうか、よろしく頼む」
     健闘を祈る――そう言って、奈々音は説明を終えた。


    参加者
    天上・花之介(ラスティレッド・d00664)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    鬼海・碧斗(雪魄・d07715)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    恵華・櫻(凛と光る刃・d31162)
    庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846)

    ■リプレイ

    ●音の祭典
     件の廃校は、夜風にざわめく森林の奥にあった。
    「ここだね……」
     今まさに、この建物の内部にタタリガミが訪れているのだ。闇に溶ける建造物を見上げた灼滅者は、ゆっくりと深呼吸して緊張感を解きほぐした。
    「さあ、行こうか」
     足音をたてないよう校舎へと侵入し――埃まみれの通路を、息を殺して前進する。
     薄暗い廊下の奥。目的地である音楽室の扉は、ターゲットによって既に全開されていた。
     ばき、めき、ぐしゃり。
     教室の中央に、不気味な咀嚼音をたてながら蠢く人影が見える。
     あれが――響、か。
     人形のような姿をしたタタリガミは、廊下側に背中をさらして一心不乱に何かを貪っている。何かとは勿論、都市伝説なのだろう。食事に集中しており、灼滅者達の接近には全く気付いていないようだ。
    (「みんな、整列」)
     予め打ち合わせていた『合奏組』がミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)の目配せに従って廊下に並んだ。楽器はそれぞれ、いつでも弾ける態勢になっている。
    (「準備OKね。それじゃ行くわよ」)
     攻撃班の突入タイミングを見極める――その重要な役目を担う恵華・櫻(凛と光る刃・d31162)が、すっと手を挙げた。教室の中では食事を終えて少女の姿となった響が、スカートを翻してはしゃいでいる。
    (「……3、2、1、0!」)
     声を立てないまま指折りカウントする櫻の合図と同時にジェット噴射で加速した天上・花之介(ラスティレッド・d00664)の初撃が、響の背中にドズンと突き立った。
    「ブレイクアウト!」
    「……なっ!?」
     何が起こったか理解できないまま仰け反った敵に、鬼海・碧斗(雪魄・d07715)のダイダロスベルトが襲いかかる。
    (「手ごたえあり!」)
     畳みかけるように射出された櫻の弾丸が、振り返った響の胸元に命中。躊躇いなく突進した庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846)の炎撃が、体のバランスを崩した敵を苛烈に攻め立てた。
    「これでもくらえなのですーっ!」
     ドンッ! 戦闘の助っ人を買って出た聖也のオーラキャノンが、炎に包まれた響を床に弾き倒した。
    「不意打ちが気持ち良いくらい決まったわね」
     ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)がそう呟きながら、自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させてゆく。
    「念のため、閉じるよ!」
     万が一にでも一般人を巻き込みたくない――そう思ったミカエラがサウンドシャッターを展開して、廊下と教室を包み込んでいった。
    「……何かと思えば灼滅者……私を倒しに来たとでも言うつもりですか? まったく、身の程知らずな方々ですねぇ」
     今の奇襲で、響の体力をどの程度削ることができたのだろうか。ダメージなど全く感じさせない様子でむっくり起き上がった響が、怪談蝋燭を赤々と燃焼させて炎の花を繰り出した。灼熱の炎が真っ直ぐに花之介へ襲いかかる!
    「ぐあっ!」
     桁違いの威力とはよく言ったものだ。肌を焼かれる激痛を堪えた花之介の『花竜ラジアータ』がうなりをあげて響に突き刺さる。ぎゅるんと回転する杭が少女の躰の一部を容赦なく捩じ切った。
    「ああ、なんて粗暴な反撃。まぁ良いでしょう……折角力を手に入れたのですから、早速貴方達で試してみるとしましょうか」
     なんだろうこの余裕は。完全に見下されているなと眉根を寄せながら、碧斗がシールドを展開して前衛を担う仲間の防御を厚くする。
    「さあ、あたいたちも始めるよ!」
     トトンと合図の音を鳴らし、タンゴのリズムを刻み始めたミカエラのマーチングドラムに、白いギターを携えたファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)と、オーボエを手にした刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)、赤いアコーディオンを抱えた雫石・ノエル(緋の雫・dn0111)が音を合わせる。更に海月と乙彦が、リコーダーとハーモニカで参戦。
     実は文具と柚來も歌唱での参加を希望したのだが、歌は不可という条件だったため攻撃班に加勢することになっている。
    「いいね、その調子!」
     音や拍のズレは目配せで修正。出だしこそ音に歪みが生じていたが、事前に練習してきたこともあって、それぞれのパートがだんだん一体化してきた。
    「そちらから噛みついてきておいて、いきなり合奏を始めるとは一体……おや? しかし……おお。これは、なかなか」
     すると――次なる攻撃を仕掛けようとしていた響が、振り上げていた手をゆっくりと下ろし、興味深げに耳を傾け始めたのだ。
    (「よし、効果があるようね」)
     戦場を流れる音楽に気を取られている響の足元へ滑り込んだ櫻が、雷を帯びた左拳を思いっきり突き上げた。敵の動きを阻害するべく放たれたヴィントミューレの魔法光線が、狙い違わず命中。演奏組の晶から事前に指示を受けていたビハインドの仮面も、淡々と霊撃を繰り出して響を攻め立てた。
     激しい集中攻撃をまともに食らった響はしかし、攻撃班の動きなど全く意に介さず、音楽に聴き入っている。
    (「こっちのことは無視? これはこれで腹が立つけど……いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか」)
     傷ついた花之介の体を『The Champion』で覆って癒しながら、メアリーはぐっと気を引き締める。実戦に出るのはこれが初めてなのだし、まずは仲間の足を引っ張らないようにしなければ、と。
    (「とにかく今は自分の役割を全力でこなすだけだね」)
    「残念だけど、とびっきりの恐怖はここまでだ。お前の噂は、広がる前に絶たれる。オレ達によってな!」
     再度の突撃で死の中心点を貫いた花之介が言葉で挑発するも、少女の姿をしたダークネスは殆ど反応しない。それだけ演奏に集中しているということだ。
    (「皆頑張って練習してきたんだから、このまま上手くいくと良いね」)
     無表情のまま心の中で演奏組にエールを送りつつ、碧斗がレイザースラストを繰り出す。制約の弾丸を撃ち込んだ櫻が、真っ直ぐに響を見据えた。
    (「どうやら皆の演奏が気に入ったようね。このまま木偶の坊でいてくれれば良いのだけれど」)
     勿論それが甘い考えだという事も判っている。いくら合奏で気を引いても、無抵抗なまま倒されてくれる相手ではあるまい。
     それに、味方側の攻撃人数が少ないぶん、戦闘が長引いてしまうのは明らかだ。敵が反撃してくる回数が少ない今のうちに、できる限り体力を削ってしまわなければ。
    「冷たい死の魔法を味わいなさい。そのまま凍ってしまうがいいわ」
     ヴィントミューレのフリージングデスが、響の熱量を急激に奪った。仮面の霊障波を煩わしそうに払い除け、聖也の足元から伸びた影を回避した響が、邪悪な笑みを浮かべてピアノを操り、死の旋律を奏で始めた。
    「素敵な演奏に合わせて、こんなアレンジは如何でしょう」
     その耳障りなメロディは流れる楽曲に被さるように戦場を駆け抜け、前衛陣を毒で穢した。当然、演奏組の前衛も例外なく巻き込まれる。響がぺろっと舌を出した。
    「んん、奏者を巻き込んじゃってスミマセン。もっと聴きたいので、めげずに演奏を続けて下さいねぇ」
    「しっかりして下さい! 僕達が援護します」
    「助太刀する、よ」
     傷ついた仲間をすかさず癒して回るのは文具と柚來。
    「やってくれるじゃねぇか」
     死の旋律を浴びても、ファルケのギターさばきは衰えない。むしろ逆に気合いが入ってきた。
    (「こっちは魂の旋律というものを聴かせてやるとするか」)
     どこか切なげに響く晶のオーボエ。戦いのBGMなら軍歌も捨てがたかったかなと彼女は思う。
    (「まぁ歌はダメだという話だったし、学校なのだからここは避けて正解だろうけど」)
    『音楽は常に明るい気持ちで』が信条のノエルは、いかにも陽気にアコーディオンを奏でている。
    「焦らずゆったりと。ね。もっと心込めて。歌って歌って~!」
     曲目の切り替え時など、音楽を途切れさせぬよう気をつけながら、ミカエラは心底楽しそうにリズムをキープ。
     子供の頃を思い出しながら、乙彦はハーモニカを吹き続ける。彼の目配せにキラキラと瞳を輝かせた海月が、リコーダーのパートを一生懸命追い続けた。
     6人の奏者による心を合わせた演奏は、確かに敵のハートを掴んだようだ。
     だがそれでも、攻撃班の集中攻撃の合間に挟まれる敵の反撃は、苛烈を極めた。
    「折角の音楽に無粋な雑音をたてるものではありませんよ」
    「!」
     襲い来る炎の花を正面から受け切った仮面が、儚く消滅。
     長い時間をかけた攻防は、灼滅者側の体力をじわじわと削り始めていた。

    ●響く旋律
    「響、か。『空気に乗って、音の震えがあちこちに伝わる。振動が伝わって他のものを動かす。伝わる音の振動』……成程、音の振動で物を動かしてるのかな」
     念動力によって吹っ飛んできた譜面台と衝突し、頭をクラクラさせながら、碧斗は妙に冷静に敵の分析をする。
    「……あんまり、物投げられると困るんだよね。痛いし。教室、壊れるし。やめよ?」
     勿論、そんな言葉を受け入れるような相手ではない。
    (「強いな……さすがダークネスといったところか。それにしても、しぶとすぎないか?」)
     攻撃班は当然として、合奏組もだいぶ疲労してきているようだ――花之介は危惧する。合奏に大きな乱れが生じれば、響はすぐに『下手な演奏』だと彼らを蹂躙してしまうだろう。
    「そうなる前に……確実に潰す!」
    (「頑丈な敵だな。休憩なしでは、さすがに息がしんどいかも」)
     もう何十曲も演奏しているような気分になってきた晶は、それでもオーボエでなめらかにメロディを追い続ける。
    「まだまだ!」
     力強く弦を弾くファルケ。朽ちた校舎でダークネスとの命の遣り取り――狂気じみた状況でのセッションではあるが、この高揚感は一体何なのだろう。
    (「皆様の音、とても素敵……じ、自分も頑張らなくては!」)
    (「独奏も魅力的だが、やはり皆で一緒に作る音楽は良いものだな」)
     海月と肩を並べて奏でるボレロの躍動感を心地良く思いながら、乙彦がハーモニカで適度な合いの手を入れる。戦いだという事をあやうく忘れそうになったノエルの、鍵盤を動かす手も衰えない。カスタネットでリズムを刻みながら、ミカエラが極上の笑顔を浮かべる。
    「みんなナイス! この調子でいこう~!」
     激しい攻防戦――戦闘開始からどれほどの時間が経過したのか、もう誰にも判らない。
     かなりのダメージを蓄積させているであろう響は未だ倒れず、攻撃班は満身創痍になりつつあった。
     メディックを担うメアリー、そしてサポートの聖也、文具と柚來が積極的に回復してまわらなければ、重傷者が出ていてもおかしくなかっただろう。
    「大丈夫、アタシがみんなを守るから!」
     初依頼ゆえの不安な気持ちは、メアリーの内から既に消し飛んでいた。
    「くらえ!」
     情熱的な楽曲に聴き入る響の体に、花之介の跳び蹴りが炸裂。
    「私も合奏を聴かせてあげたいものだけど、生憎戦闘が専門だから。せめて確実に斬り刻んであげるわ」
    「僕も同じく、だね」
     タンッと床を蹴って跳躍した碧斗と同時に前へ出た櫻が、上段の構えから刃を振り下ろす。一瞬遅れて宙で身を翻した碧斗の日本刀が、響の体を袈裟懸けに斬り下ろした。
     ドンッ! 間を置かず放たれたヴィントミューレのロケットスマッシュを正面から食らった響は、ごほっと咳き込みながらピアノを操った。
     死の旋律が来る、と身構える前衛陣。しかし。
    「……?」
     襲ってきたメロディは妙に調子外れで、先刻よりも威力が低い気がした。これは――明らかに、響が弱ってきている証拠!
    (「今なら押し切れる!」)
     ヴィントミューレは携帯を取り出し、予めセットしておいたメンバーの番号に、合奏を中止して戦闘に加わるよう合図を送信。
    「さぁ、そろそろフィナーレの時間よ。あなたの人生という名の交響曲のね」
    「ふん。ふざけたことを」
     ヴィントミューレの言葉を鼻で笑う響。灼滅者を見下すあまり、彼女は気づいていないのだ――自分の足元がふらついていることも、まともな攻撃を繰り出せないほど弱っていることも。それは、敗北を知らないダークネスの過信が招いた破滅的な結果だったといえよう。
    「ようやく殴れるな!」
     廊下から教室へ飛び込んできたファルケがダイダロスベルトを激しく射出する。ポニーテールを揺らしながら突撃したミカエラの蹴撃が、響の脇腹にヒット。
    「おっと、演奏をやめてしまったのですか。もっと聴きたかったのに残念です」
     ここへきてまだ、響は自分が優位に立っているつもりなのだ。
     晶は蔑むようにくすりと微笑み、虚空から召還した無数の刃を敵にけしかけた。
    「お前は、怪談の少女を馬鹿にできるほど、聞く耳はなさそうだね」
    「はぁ? ……生意気な灼滅者ですねぇ」
     響の念動力によって砲弾のように飛んできた椅子が、晶にぶち当たる。防御しているにもかかわらず、食らったダメージは大きい。膝をつきかけた彼女に、すかさずメアリーとノエルの癒しの手が向けられた。
    「アタシが守るって言ったはずだよね」
    「響、君にはもう、誰ひとり倒させないよ」
    「ぐ……ぅ、うう」
     ようやく響は理解した。先刻までの合奏が、こちらの気を引くための罠だったということを。そして、自分が今までにない窮地に立たされてしまったことを――。
    「言っただろ、とびっきりの恐怖はここまでだ、って。あとは、お前がオレ達に恐怖を感じる番だ――ラスト一発、貰っていけ!」
     花之介の両腕に装着されている武器が、響の体を苛烈に貫く。
    「じゃあね、響」
     碧斗の斬撃に身を捩る敵を、櫻が漆黒の弾丸で狙い撃ちにする。
    「あなたのやろうとしていることが正しいことかどうか、今こそ裁きの時よ。受けなさい、これがあなたに対する洗礼の光よっ」
     ヴィントミューレの放った鋭い裁きの光条が、響の躰を床に打ち倒した。
    「ぎゃあ!?  この私が、灼滅者ごときに……こんなことがあっていい筈が……っ」
    「心に響く旋律を、今度は直接叩き込んで響かせてやんよっ。刻み込め、魂のビートっ!」
     見苦しくのたうち回る標的に突撃したファルケがマテリアルロッドを振り上げ――。
    「存分に堪能しな? これがアンサンブルサウンドフォースブレイクだ」
     ガツンッ!と一撃。
    「う、ああ、こんな、馬鹿なああああああああああああああああっ!」
     刹那、響の躰が粉々になって雲散した。
     残るものは何もない。
     都市伝説もダークネスも最初から存在しなかったかのように、音楽室に静けさが戻った。
    (「……それ以来、この音楽室はピアノの音が聞こえなくなりましたとさ」)
     おとぎ話の締めくくりのように、櫻が呟く。
    「この物語は、ここで御仕舞いよ」

     薄暗い室内を、メアリーがじっと見つめる。
    「アイツを倒したところで、ここにいた都市伝説を吸収することはできないか」
     そもそも都市伝説は響によって既に食われてしまったあとだ。ふぅと息をついてあっさり諦めたメアリーは、倒れている椅子を起こし、戦闘で乱れてしまった教室を片付けはじめた。
    「もうここで授業はないけど、ちょっとでも昔の姿に近づけるように、ね」
    「みんな、お疲れさま~! 良い演奏ができて大満足だよ♪」
     疲労を吹き飛ばす明るい声で仲間を労いながら、ミカエラが元気に手を上げる。まずは演奏組とハイタッチ。サポートしてくれた仲間や、傷だらけの攻撃班とも、積極的にハイタッチ! 彼女の楽しそうな仕草を見ているうちに、長時間にわたる激闘で疲弊していた心と体も少しは癒されるような気がした。
     その時である。弔い代わりに歌を捧げるとファルケが言い出したのは。
    「……ったく、演奏だけじゃ物足りねぇ。ここからが真の音楽ってやつだ。さー、俺の歌を聴きやがれっ」
     過去の戦場などで彼の歌声を知っていた者は、こっそり早急に耳栓を装着した。
     それ以外の者の運命は……それはまた、別の話。

     ともあれ、都市伝説を食らったタタリガミは恙なく灼滅され――人々から忘れられた廃校は、再び森の奥で深い眠りについたのだった。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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