義を祟る神

    作者:灰紫黄

     ころころ。
     それは肉やら骨やら魂やらを巻き込んで育ち、やがて無人の旧校舎まで転がりついた。それから幾時間、太陽が眠り、月と星が顔を出してしばらく経ってから、ようやくそれは新たな姿と力を得ることができた。
     長い黒髪と黒いセーラー服は闇よりもなお暗く、羽織ったマントは毒々しいまでの赤。右手には斧、左手には『義』の字を浮かべたポケベルを持っている。
     闇の世界の住人、ダークネス。彼女はその中でもタタリガミと呼ばれる存在だ。
    「あれ、ご主人様はどこだろ?」
     首を傾げつつも、楽しげに笑う少女。その脳裏にはすでに、赤い惨劇の想像が膨らんでいた。

     犬士の霊玉、と呼ばれる存在がある。すでに灼滅された大淫魔スキュラが残したもので、要は彼女の部下である八犬士の予備を生み出す仕掛けだ。
     ダークネスや人間の残骸を集めて大きくなり、最終的には新たなダークネスとなってしまう。このダークネスは誕生後しばらくは本来の力を発揮できないが、いずれ力を取り戻す。
    「だから、その前に叩いておく必要がある。……危険は大きいけど」
     と、口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)は言いにくそうに切り出した。霊玉の状態では攻撃が無意味なので、必ずダークネスになってから攻撃する必要がある。ただし、霊玉から生まれるダークネスは戦闘能力が高く、さらに戦闘が長引けばさらに強力になってしまう。 
    「霊玉のダークネスは、タタリガミ。現れるのは廃校舎の屋上ね」
     時間は深夜。そうでなくとも人気はなく、戦闘の支障になるようなものもない。光源についても、月が明るいためそう問題ではないだろう。
     タタリガミは七不思議使いと龍砕斧のものに似たサイキックを使う。ただし、威力は灼滅者のそれとは段違いだ。
    「猶予は十五分。それを過ぎれば、勝ち目はないわ。……闇堕ちしなければ、だけど」
     十五分以内にタタリガミを倒すことができなければ、その力は大きく増す。ただ、タタリガミ自身はその時間を待つ気はないようで、すぐ灼滅者を殺しにかかる。
    「このタタリガミは誕生直後でも、そこらのダークネスよりは強いわ。……みんなを信じてないわけじゃないけど、ちゃんと無事に帰ってきて」
     もちろん、一人も欠けないで。目はそう締めくくって、灼滅者達を見送った。


    参加者
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    ヴァルケ・ファンゴラム(白夜に佇む黒銀の十字架・d15606)
    ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)
    西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)
    正陽・清和(小学生・d28201)
    只乃・葉子(ダンボール系アイドル・d29402)
    来海・叶(アルトの瞳・d29829)
    来栖・シュウゴ(千葉ットボーイ・d33971)

    ■リプレイ

    ●怪人赤マント
     今夜の月はやけに明るかった。灼滅者達を援護しているのか、タタリガミの誕生を喜んでいるのか。あるいはただの戦いを見守るただの傍観者か。お供の星々とともに戦場となる旧校舎を見下ろしていた。
     くさりかけの階段を上り、灼滅者達は屋上に足を踏み入れた。途端、赤い光が迸り、その中心から少女が現れる。
    「あれれ、きみ達はすれーやーってやつ?」
     可愛らしく首を傾げる少女。その手には手斧が握られている。
    「ああ、そうだ。あんたを倒しに来たぜ」
     紫のプロテクターを改造したヒーローウェアに身を包んだ来栖・シュウゴ(千葉ットボーイ・d33971)が答える。初の実戦で、体が強張る。だがそれ以上に正義の血が熱く燃えたぎっていた。ダークネスを野放しにはできない、と。
    「いい月だ。標的がよく見える」
     呟き、ヴァルケ・ファンゴラム(白夜に佇む黒銀の十字架・d15606)は二挺のガンナイフを構える。それぞれ地獄の魔犬の頭。その中心は、彼女自身。鋭い視線がタタリガミを射抜く。
    「はい、今日も最高のステージですね!」
     只乃・葉子(ダンボール系アイドル・d29402)は別の意味で夜空を見上げ、そう言った。一人でも観客がいるなら、そこはライブ会場。ハコ(会場)を抑えられなくても、葉子がいればそれでOK。だって彼女がハコだから。
    「赤マントの都市伝説、どんな話だったかしら……いえ、それはいいわ。皆で帰るわよ。約束」
     怪談の中身など今は不要。目の前の脅威に立ち向かう方が先だ。来海・叶(アルトの瞳・d29829)が武装を解放するのと同時、ライドキャリバーの時雨が傍らに姿を現す。
    (「わたしじゃ、先輩方の足、引っ張ってしまわないかな……でも、できること、精一杯」)
     ぎゅ、と正陽・清和(小学生・d28201)は手を強く握る。たとえ非力だったとしても無力とは違う。戦う力はすでにこの手にある。アラームをかけた携帯電話を懐に忍ばせる。……三回目を聞くことがないと信じて。
    「タタリガミさんにお会いするのは初めてです。どれだけ強い敵でも、全力で戦うですよ!」
     油断なく剣を構え、タタリガミと対峙する西園寺・めりる(お花の道化師・d24319)。ナノナノのもこもこは無言の指示を受け取って後衛に陣取る。魔法使いらしくない体裁ではあるが、仕方ない。手段を選べる相手ではないのだ。
    「行きましょう、シャル」
     ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171)が手にする、指揮棒を模した剣は兄から借り受けたものだ。月光を反射し、凛と光を帯びる。ナノナノのシャルもその動きに従うように後ろに控えた。
    「よーし、みんなで帰るよ!」
     エクスブレインが言っていたことが愛良・向日葵(元気200%・d01061)の頭の中で再生される。十五分以内に倒すことができなければ、闇堕ちが必要になる。この中のだれが欠けてもいけない。だから、早く敵を倒さなければ。
    「なんだか面白くなってきたね?」
     生まれたてのタタリガミには、灼滅者がなぜ現れたのかは分からないらしい。けれど、初めての獲物には申し分ない、と顔に書いてあった。

    ●赤い噂
     タタリガミ一体に対して、灼滅者はサーヴァントを含め頭数は十一。前衛が六、後衛が五の陣形だ。数だけは有利だが、それが通じる相手かはまだ分からない。
    「こっちから行くよ?」
     声だけ残し、少女の姿がかき消えた。次に現れたのは、叶の背後。鈍く光る斧が細い首を狙って走る。
    「させないですよ!」
     瞬間、めりるの小さな体が跳ねる。攻撃が当たるよりも早く動いて、刃の軌跡に割り込んだ。剣を床に突き刺して踏みとどまろうとするが、衝撃は殺しきれずフェンスまで叩き付けられる。
    「回復するよ、いたいのいたいのとんでけー」
     鮮血が舞えば、すかさず向日葵が回復を施す。小さな弓に花の光矢をつがえ、めりる目掛けて放つ。傷を癒やすだけでなく、能力を覚醒させるサイキックだ。実力の高いダークネスと戦う上で必ず役に立つ。
    「ありったけ、持っていけ」
     ヴァルケは二挺のガンナイフを重ね、引き金を絞る。与えたダメージは大きくはないが、赤いマントにべっとりと毒のシミを作った。戦闘において、サイキックの使用は一分に一度が基本。乱射することはできないので、狙いを絞って撃つしかない。
    「ミュージック、スタート! レッツゴーボックス!」
     靴音がリズムを刻み、エアシューズを起動。炎の軌跡を残しながらタタリガミに迫る。音源がなくとも、ビートは葉子の体が、心が知っている。軽やかでけれど情熱的なダンスのごとく、炎の蹴りを見舞う。
    「ふぅん、生意気だね。なり損ない? のくせにさ」
     にやにや。生まれたばかりの少女ではあるが、ダークネスと灼滅者の関係は本能で学びつつあるらしい。向こうからすれば、こちらは半端者に見えるのだろう。赤いマントが刃に変形し、斧と一緒に前衛を蹴散らす。
    「分かっていたことですけど、本当に手強い相手ですね」
     頭から流れる血を拭い、ラインはマテリアルロッドに魔力を集中。赤い視界を貫いて、タタリガミを打突した。秘められた魔力が内側を駆け巡るが、それだけ。ただ命中率や威力の高いサイキックを使えば倒せるというほど、甘い敵ではない。
    「あ、えっと、当たって……」
     清和は姿勢を低く保ち、懐に飛び込んだ。だからではないだろうが、タタリガミの反応が遅れた隙に螺旋の槍をねじり込む。妖の槍とダイダロスベルトを交互に使い、自身の攻撃力を高める算段だ。果たして、上手くいくか。
    「見ててくれ、千葉のみんな!」
     シュウゴは千葉のご当地ヒーローだ。ここは千葉ではないが、ダークネスを倒すことが千葉の人々を守ることにもつながるだろう。手にした機関砲から蝙蝠型の弾丸が降り注ぐ。なお、千葉と蝙蝠のつながりに関してはここでは触れない。
    「負けられない。……いえ、負けたくないの」
     傷付いた体を時雨のボディで支えて立ち上がる叶。全員で帰るためには、タタリガミを与えられた時間内に倒さなくてはならない。仲間の攻撃につなげるため霊縛網を放つが、ギリギリで避けられてしまう。
     そこで、清和のアラームが鳴った。鳴動は五分ごと。つまりあと十分だ。
    「さぁさぁ、もっと遊ぼうよ?」
     その意味を知ってか知らずか、殺意をたぎらせた目がにぃ、と細くなる。口は三日月みたいに笑っていた。

    ●赤き波
     タタリガミはポケットから『義』の字を表示したままのポケベルを取り出した。タタリガミにとって情報媒体は身体の一部であり、ポケベルは彼女のそれに当たる。
    「ポケベルって時代遅れじゃ……? 誰と連絡とるですかね……?」
    「うるさいな。別にあたしの趣味じゃないって」
     小学生のめりるには、確かにポケベルは馴染みがないだろう。というより、武蔵坂の生徒ほとんどもおそらく同じ。タタリガミは明らかにムッとした表情でそれを操作、怪談を具現化させる。
    「ほらほら、真っ赤になっちゃえ!!」
     赤いマントが無数に現れ、前衛を覆い隠す。それらはすべて刃物になっており、鮮血をまき散らした。攻撃を受け続けていた時雨が消滅。
    「まだ、これからよ」
     叶は炎の蹴りを見舞い、セーラー服に焦げ跡を作る。後衛から回復の支援はあるが、全ての傷は癒しきれない。タタリガミを攻撃するのと同時に、こちらも攻撃を受け続けている。
    「力を、貸して」
     精神を研ぎ澄ませ、タクトの剣に意識を集中するライン。すると、剣は淡い輝きとともに非物質化する。その斬撃は肉体を傷つけることなく、魂のみを切り裂く破邪の一撃。マントとセーラー服をすり抜け、その存在そのものを貫く。
    「へへ、けっこうしぶといね?」
     再びマントが変形、タタリガミが赤い風となって前衛を切り刻む。返り血を浴びるたび、少女は可憐な笑みを浮かべた。まるで恋する乙女のような、紅の笑み。
    「しっかりして、ふぁいとっ」
     ナノナノとともに、向日葵は前衛に回復を施す。涼やかな風が戦場に漂う血の臭いを遠ざけた。隙があれば攻撃する気でいたが、回復で手いっぱいだ。とはいえ、時間との勝負。守ってばかりもいられない。
    「届け、マイソウル!」
     頭にかぶった箱はすでにボロボロ。でも葉子は笑顔を絶やさない。諦めたらそこでライブ終了。ご当地アイドルとして、灼滅者として、折れるワケにはいかない。マイク型ロッドから、サウンドが雷となって駆け抜ける。
    「っ、当たれぇ!!」
     シュウゴの影が蝙蝠の羽を模した大剣となり、タタリガミを切り裂く。まだ実力は未熟。限界まで狙いを絞っても、ぎりぎり当てられるかといったところだ。だが、それは足踏みする理由にはならない。
    「連なり、紡いで、我が敵をまどわせ!!」
     イメージするのは、十字架。黒い風。ヴァルケの喉から歌声が響き、夜の空気を震わせる。サイキックの選択基準のない、明確な意図のない攻撃だった。少しは効果があってくれればいいのだが。
    「そろそろ危なくない?」
     タタリガミはポケベルを操作し、怪談を呼び出す。さっきも灼滅者達を切り刻んだ血雨の赤マント。星の海を、赤い波が押し流す。見上げれば一面の赤。
    「死んで?」
     にっこり笑い、赤が降り落ちた。同時、二度目のアラームが鳴った。

    ●赤血風
     暴れるマントの衝撃で、旧校舎が揺れた。前衛のほとんどが倒れて動けなくなる。
    「さぁ、次はきみ達の番だよ? さっきから面倒だったんだよね」
     タタリガミにもダメージは蓄積されている。だが、回復よりも攻撃を、殺害を優先するらしい。状態異常を重ねて回復を誘発するという考えもあったが、サーヴァント使いが狙うには難しい。
    「さよなら、おねえさん」
     ポケベルを操作、今度は別の都市伝説を呼び出す。赤マントの対としてよく語られる、青マントの怪人。青白い手がヴァルケの首を掴み、意識を遮断する。
     シュウゴがガトリングで、ナノナノ二体が泡で攻撃するが、タタリガミを止めるには至らない。赤マントの波にのまれて消えた。十五分まであと数分。立っているのは向日葵、そして、
    「…………っ!!」
     紫の髪が血風に揺れる。清和だ。恐怖を飛び越えて、一気に距離を詰める。
     防御を破った時点で、後衛を狙ったのは狙撃が邪魔だと思ったから。当たらない攻撃は放置しても問題ないと踏んだから。だが、それはタタリガミの誤算だった。
     螺旋の槍と匠帯の自動学習によって高められた力と精度が、小さな両手に乗る。人造灼滅者の直感は、弱点を的確に見抜き、人知を超えた速度で摘出する。
    「あ、れ……?」
     それは灼滅者の好運か、あるいは亡き主ゆずりの不運か。深く、深く存在を抉られたタタリガミは唖然とした表情のまま消滅した。
     それから一瞬遅れて、三度目のアラームが鳴り響く。控えめな音ではあったが、勝利の鐘に違いないのだった。

     タタリガミの消滅を見届けた灼滅者達は、しばらく休憩してようやく立ち上がった。
     サイキックの使用基準が曖昧だったり、敵の能力の見積もりが甘い部分もあったが、今は素直に勝利を喜びたい。……他のことなど、考える余裕などない。
    「皆……約束守ってくれて有難う」 
     皆で帰る。戦いの間際、叶はそう言った。そして結果はその通りになった。
    「うん、みんな無事でよかったー♪」」
     子供のように両手を上げて喜ぶ向日葵。ほのぼの。なお、こう見えて大学二回生だ。完全に余談だが。
    「はい。シャルも、お疲れ様でした」
     頷き、ラインはスレイヤーカード越しにシャルの頭を撫でてやる。復活するまでは触れないので、今は気持ちだけ。
    「もこもこも、ありがとうです」
     めりるも、倒れたもこもこを労った。サーヴァントは半身であり、ただの戦力以上のもの。
    「あの、ぇとその……」
     人見知りらしく、清和はなかなか仲間に声をかけられない。それをダンボールの奥の目(あるよね?)は見逃さなかった。
    「清和ちゃん、お疲れ様!」
     にっこり笑い、手を取る葉子。このまま歌い出しそうな勢いだ。
    「さて、そろそろ行こう。いつまでもここにいるわけにはいかない」
     傷を負った体を抱え立ち上がるヴァルケ。激しい戦闘のせいで、旧校舎もずいぶんダメージを受けていた。仲間達も続いて怪談を降りていく。
    「じゃあな」
     最後に振り返り、シュウゴは手を合わせた。残忍なダークネスとはいえ、生まれたばかりで灼滅されるのは少し可哀想に思えたから。甘いかもしれないけれど。
     夜風は血の臭いを消し去り、旧校舎もいずれはなくなる。『義』の字を持ったタタリガミは新たな恐怖を生み出すことなく、こうして闇の中へと還った。

    作者:灰紫黄 重傷:ヴァルケ・ファンゴラム(白夜に佇む黒銀の十字架・d15606) ライン・ルーイゲン(ツヴァイシュピール・d16171) 西園寺・めりる(フラワーマジシャン・d24319) 来海・叶(アルトの瞳・d29829) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ