密室のコロッセウム

    作者:邦見健吾

    「ふん!」
     イタリア、ローマのコロッセウムを思わせる闘技場。剣闘士風の男が拳を振るうと、くたびれたスーツを着た男の頭が粉々に砕けた。無残な光景を目にして、周囲にいた男たちが逃げ惑う。
    「うわああ!」
    「ここから出たいのであろう? かかってこい、挑戦者たちよ!」
     戦慄し、背を向ける男たち。しかし剣闘士が拳を、剣を振るうたびに1人、また1人と人の形を失って絶命していく。
    「我こそはと思う者は来たれ! 待っているぞ!」
     そして振り抜かれた拳が、最後の1人を真っ二つに割った。剣闘士は血に濡れた拳を高く突き上げ、吠える声が闘技場に響いた。

    「松戸のショッピングセンターで密室を見つけたっす。」
     宮守・優子(猫を被る猫・d14114)によると、千葉県松戸市のショピングセンターの非常口がアツシの密室に繋がっているらしい。最寄りの駅から徒歩15分ほどの場所だ。
     HKTのゴッドセブンの1人、アツシは松戸を中心にMAD六六六を設立し、密室殺人鬼でもあるアツシは自身の密室を他のダークネスに与えているようだ。
    「密室の中はコロッセウムが中心になっていて、そこにはグラウスというアンブレイカブルがいるっす」
     さらに、優子がエクスブレインから聞いた情報を説明していく。
    「グラウスは勝てば解放してやると言って挑戦者を集い、コロッセウムで戦うっす。……普通の人間が勝てるわけないっすよね」
     しかしそれはこちらから近づくチャンスでもある。挑戦者を装ってコロッセウムに行けば、接触することができるはずだ。
    「グラウスが使うのはシャウトと、ストリートファイターのサイキック。あと短剣も使うらしいっす」
     当然その威力は灼滅者のものを遥かに超える。攻撃力、体力、技量、どれをとっても灼滅者では及ばない強敵。下手をすれば密室から生きて出ることはできないだろう。
     また、コロッセウムには一般人の他の挑戦者もいるかもしれない。説得するなどして、グラウスとの戦いの前にコロッセウムから離れさせたい。
    「密室の人たちの中には、出られないと絶望して、負けるとわかっても挑む人もいるみたいっす。放っておけないっすね」
     優子の言葉にそれぞれの反応を返し、灼滅者たちは教室を出た。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    狩家・利戈(無領無民の王・d15666)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    天城・カナデ(ローザフェローチェ・d27883)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

    ●8人の挑戦者
    「さあ、存分に死合おうぞ」
    「……」
     密室のコロッセウムの闘技場内、グラウスが短剣を握って笑うと、向かい合う人々は表情を絶望に染めて俯く。脱出不可の密室に耐えかねてグラウスに挑んだものの、ここで待つのは死だけだ。
    「たのもーっ!!」
     しかしそこに、宮守・優子(猫を被る猫・d14114)の声が響いた。ドンと大きな音を立てて門を開き、8人の灼滅者がコロッセウムに入場する。
    「閉じ込められた皆さん、助けに来たっすよ。自分たちがあのうすらでかいのを倒して、この場所からおさらばっす」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)の言葉に、人々は動揺する様子を見せた。助かるかもしれないという希望を感じつつ、子どもに任せていいのかと逡巡する。
    「俺達があのくそ野郎をぶちのめしてやるから、コロッセウムの外で待ってな! ……さて、テメエが弱い者をいじめて粋がってる弱虫だな! ぶちのめしに来てやったぜ!」
     グラウスを指差し、不敵に笑う狩家・利戈(無領無民の王・d15666)。その瞳には熱い闘志が燃えている。殺界形成を発動し、一般人の退去を促す。
    「コイツの相手は俺たちがする。巻き込まれたくねーならとっとと外に出な。出てかねーなら好きにしろ。ただし、死んでも責任は取らねーぞ」
     白石・翌檜(持たざる者・d18573)は面倒くさそうな表情を浮かべ、一般人を横目で睨んだ。
    「一般人をなぶり殺するより灼滅者と戦った方が何倍も楽しいと思いますですよ」
     日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は真っ直ぐにグラウスを見つめ、挑発で注意を引く。
    「いいではないか。まとめてかかってこい」
    「いいえ、全力でやるには一般人がいないところがやりやすいのですよ」
    「そういうものか? まあ好きにするがいい」
     一般人ごと灼滅者を叩き潰す気のグラウスに、沙希は首を振った。グラウスは特に相手に拘る気はないようで、いきなり襲いかかってくる心配はなさそうだ。
    「……アンブレイカブルが聞いて呆れるな。力無き市民を無理矢理閉じ込めて強者を求めるなど、笑わせる」
    「ははっ、世の中何が起こるか分からんからな。事実、その結果貴様らが来たのではないか」
     平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)が挑発のために侮蔑の言葉を発するが、グラウスは愉快そうに笑うのみ。
    「命を無駄にしないでください」
     神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)は王者の風を使い、無気力になった人々に淡々と言葉を放った。なかなか闘技場を出ようとしなかった人々も遅い足取りで去っていく。
    「守りたい平和がそこにある……宣誓!」
     そして和守はスレイヤーカードの封印を解き、ヒーローとしての自分を呼び出した。豪華な雰囲気に圧倒され一般人がいなくなり、闘技場には灼滅者とダークネスだけが残された。
    「さあ、死合おうではないか!」
    「国のため民のため、密室使いの野望を打ち砕くキャプテンOD!」
     犠牲になった人々の中には、愛する誰かのためにグラウスに挑み、散った人もいただろう。彼らの勇気に敬意を……そしてその無念は、灼滅者が晴らす。短剣を構えて笑みを深めるアンブレイカブルを前に、和守が名乗りを上げた。

    ●自由を求めて
    「まずは一発ねじ込む!」
     戦闘が始まり、天城・カナデ(ローザフェローチェ・d27883)が槍を構えて切り込む。軽快なステップを踏んで接近すると、螺旋を描く一撃を突き立てた。強者を求める心情は理解できないものではないが、弱者に理不尽を強いることは許せない。
    「アンブレイカブルのグラウス。自分たち灼滅者がお相手するっす」
    「はっはあ! 期待させてもらうぞ!」
     ギィは自身の背丈ほどの大刀を振りかぶり、袈裟切りに斬り下ろす。しかしグラウスは短剣で大刀を受け流し、斬撃を逸らした。敵の実力を悟り、柄を握る手に力が入る。
    「普通の人はちょっと殴ったら死んじゃうかもっすけど、自分らはそう簡単にゃ倒れないっす!」
     ライドキャリバー・ガクが機銃を連射で牽制すると、優子は光の盾を広げてグラウスの懐に飛び込んだ。至近距離から盾を叩きつけ、グラウスが弾け飛ぶ。ダメージは大きくないようだが、グラウスからの視線にはわずかに苛立ちが込められていた。
    「ひゃっはー! テメエの未来を通行止めにしてやらぁ!」
     利戈は赤色にスタイルチェンジした交通標識を振り上げ、グラウスの脳天目掛けて力任せに殴りつける。表示された文字は暴君禁止。攻撃は腕に受け止められたが、衝撃が伝わり、グラウスの動きを鈍らせる。
    「そうこなくてはな!」
    「ぐっ……流石に一撃が重い。だが……!」
     グラウスの拳が、和守を捉えた。隕石のように重い一撃に打たれるが、和守は下半身に力を込めて踏みとどまる。光の盾を展開し、防御を高めるとともに傷を癒した。
    (「密室か……またクソ面倒くせぇ事になってんな」)
     生粋の殺人鬼が相手ではない分マシかもしれないと思いつつ、それでも面倒なことには変わりない。翌檜はダイダロスベルトを伸ばし、包帯のように傷ついた和守を包み込む。
    「これ以上は許しませんです……!」
     沙希が腕を振りかぶると、膨張して異形へと変化し、鬼の拳に変わる。ハンマーのように叩きつけ、衝撃を与えるとともに自身に破魔の力を宿した。
    (「密室……魔法みたいな能力を持つ六六六人衆もいるのですね……」)
     とはいえ、六六六人衆だけあって碌なことには使われていないと柚羽は思う。HKTが関わるにせよ関わらないにせよ、考えるだけで頭が痛い。槍を真横に薙ぎ、妖気が氷柱となってグラウスに突き刺さる。
    「さあさあ、さあ!」
    「まぁ今回は俺らがいるからよ。せいぜい楽しんでけよ、アンブレイカブル!」
     灼滅者たちの攻撃を浴びても、グラウスは愉快そうに拳を振るう。しかしカナデも臆することなく立ち向かい、意思持つ帯を矢に変えて放った。

    ●死闘の闘技場
    「とりあえず壊しておくか!」
     グラウスの短剣に貫かれ、爆発音とともにガクが消滅する。その剣に宿るのは圧倒的な破壊力。文字通りの暴力に、灼滅者たちは苦戦を強いられていた。
    「一般人を閉じ込めて、弱いものをなぶるのがそんなに楽しいのですか? 腐った根性をこの炎で浄化してやるのですよ!」
     立ちはだかる敵の戦力に圧倒されながらも、灼滅者たちは退かない。流す血が燃え上がり、沙希の体が炎に包まれる。大きく踏み込むと同時にオーラを帯びた拳を次々と叩き込み、炎の連撃がグラウスを打った
    「アンブレイカブルが一般人相手に何ふんぞり返ってるっすか? アンブレイカブルなら強者との戦いをこそ求めると思ってたっすけど、あんたは違うんすかねぇ?」
    「なに、貴様らが来たのだから問題なかろう!」
     ギィは腕から炎を噴き出し、斬艦刀に纏わせる。炎熱の刃が剣闘士風の鎧を切り裂き、炎が敵を焦がした。アンブレイカブルは強者との戦いをこそ求めるもの、それが叶うならば弱者を蹂躙することもいとわないのだ。
    「そんなに一般人とやらが大事か? ならばこうしよう、貴様らを血祭りに上げた後、俺がそいつらを皆殺しにする! どうだ、ますます戦いに身が入るだろう!」
    「ちょっとおふざけが過ぎるっすよ……」
     まるで名案と言わんばかりに笑うグラウス。その暴虐と荒唐無稽さに優子は眉をひそめ、飛び蹴りを繰り出した。エアシューズがグラウスを捉えると、星の瞬きが散り、足を止めさせる。
    「これ以上、一般市民に手を出させる訳にはいかない!」
     なおも続く戦いの中、和守はボロボロにされながらも、力を振り絞って霊体の剣を突き立てた。実体のない刀身が、鎧ごと深く貫く。
    「むん!」
     しかし、グラウスの剣が至近距離から和守の胸に突き刺さった。鋭く強い一撃が和守の意識を刈り取る。
    「後は……頼んだぞ……」
     薄れゆく意識の中、和守は仲間の後を託し、ゆっくりと膝をついた。
    「次はコイツだ、デカいのいくぜ!」
     不利に立たされるが、ここで押し切られてはいけない。カナデは拳を鬼のそれに変じさせると、腰の回転を加え、体重を乗せて打ち込んだ。
    「ひゃっはー! テメエのトラウマを思い起こしな!」
     利戈は鬼気迫る表情で叫びを上げ、影を込めた拳を見舞った。拳から影が乗り移り、トラウマを呼び起こす。
    (「……本当に頭が痛いです」)
     グラウスの無駄な強さに呆れつつ、柚羽は距離をとりながら足元の影を伸ばす。影は地を這って迫ると、大きく口を開けて敵を呑み込んだ。
    「そこだ!」
    「やれることはやるさ」
     グラウスの投げた剣が、ギィに突き刺さる。すかさず翌檜が指輪から闇の力を注ぎ、ギィの傷を塞いだ。

    ●掴みとった勝利
    「お終いにするっすよ」
     ギィは鮮血色のオーラを剣に宿し、横一文字に振り抜いた。刃が肉を裂き、敵から生命力を奪う。
    「遅い!」
    「!」
     しかしそれだけでは足りなかった。グラウスが紫電を帯びた拳を振り上げ、アッパーカットを見舞うと、ギィの体が浮き、壁に叩きつけられて意識を失った。
     さらに追い込まれる灼滅者たちだが、敵の体力も無限ではない。闘志を折ることなく立ち向かい、攻撃を重ねる。
    「そろそろ、終わらせます」
     柚羽は一気に距離を詰めると、赤色に変化した交通標識を叩きつけた。翌檜は面倒くさそうに断罪輪を持ち上げ、地を蹴って死角に回り、すれ違いざまに切り裂く。
    「最後にしますです……!」
     額や腕から炎を噴き出しながら、沙希が駆ける。踏み込みながら再び拳を巨大化させ、赤く燃える異形の拳で打ちつけた。
    「あんま調子乗ってんじゃねえ!」
     カナデはエアシューズを滑らせ、ローラーに着火しながら接近。間合いに入るや否や、大きく足を振り抜いて炎熱纏うローラーを叩きつけた。さらに優子が肉迫し、自身を包むオーラを両手に集めると、目にも留まらぬ乱撃を叩き込む。
    「弱い者をいじめて粋がってるテメエとは……格が違うんだよぉ!」
    「ぐおおおおおっ!」
     利戈が灼熱の炎のごときオーラを纏い、グラウスの真正面に立つ。そして鍛えぬかれた鋼の拳が鎧ごと打ち砕き、アンブレイカブルを吹き飛ばした。
    「はははははは! 回りくどいマネをした甲斐があるというものだ!」
     壁に打ちつけられ、満足そうに高笑いを上げるグラウス。壁に埋まったまま空気に溶け、そのまま消滅した。

    「みんな、ありがとう……」
     気を失っていた和守が目を覚まし、仲間に礼を言う。ギィはまだ意識を失っているが、幸い傷は深くなさそうだ。
    「ふう~、疲れたっすよ」
     疲労困憊とばかりに脱力し、地面に転がる優子。サーヴァントが撃破され、数名の戦闘不能者を出したが、本来格上であるダークネスに策もなしにぶつかれば苦戦するのも当然だろう。
    「これ、どうするんだ? ……ん?」
     翌檜はやりたくないながらも、密室の扱いをどうするべきかと考えながらコロッセウムを見上げる。そして、異変に気付いた。
    「ま、たまには悪くないかもな」
     戦う前には空だった客席が、密室に閉じ込められた人々で埋められつつあったのだ。人々は涙を流し、その様を見てカナデが呟いた。もちろん、密室の外に出てもバベルの鎖によってこの事件が拡散されることはない。
    「ありがとー!!」
     人々は泣き叫びながら、声の限りに叫ぶ。暴君から解放された民衆の中心で、灼滅者たちは歓喜の渦にただ圧倒されるのであった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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