芦屋クレープ屋戦争

    作者:J九郎

    「はあ、異物混入ですか……」
     黒髪を腰まで伸ばした漆黒のスーツ姿の眼鏡少女が、暗い声で、そう口にする。
    「そうだよ毒島(ぶすじま)ちゃん。うちが芦屋市内でクレープ屋の店舗増やしてくにはさ、一足先に芦屋に地盤築いてるミリオンクレープがどうしても邪魔なんだよね。そこでさ、ミリオンのクレープの中から相次いで異物が見つかったとかなれば、大騒ぎになるじゃん? ほら、虫とかいいよね。ハエとかゴキブリとか。これ、うまくすれば店潰れるじゃん? もっとうまくいけばミリオンの会社そのものが傾くじゃん?」
     近頃急成長を遂げている外食グループ『クリスタル』の社長を務める白石・健(しらいし・たける)は、自らの思いつきを得意そうに並べ立てた。そんな白石の様子を見て、毒島・レイラは溜息を一つ漏らす。
    「はあ……。全然ダメダメですね……」
    「え、そう? 最近消費者は異物混入に厳しいし、いけると思うけどなー」
    「虫って言うのが駄目なんです。虫は確かに見た目気持ち悪いし衛生上の問題もあってインパクトはありますけど、虫なんて間違って食べちゃっても身体にはほとんど害はないじゃないですか。そんなものより、異物混入なら金属片なんかがお薦めですね」
    「は? 金属?」
     白石が首を傾げると、それまでテンションの低かったレイラが、突然顔を紅潮させ勢い込んで話し始めた。
    「そう、金属片です! 金属を間違って食べたりしたら、口の中を切ったり歯が欠けたり、かなりの確率で大怪我しますよ! 万一飲み込んだりしたら、内臓を傷つけて死に至る可能性だってあります!! それに、金属って本来なら金属探知機で簡単に見つかるものですから、そんなものが混入したってことになれば、会社の品質管理体制も問われます!」
    「な、なるほど。死人まで出たら撤退間違いなしだね。むしろ会社そのものが潰れて無くなるね! ……しかし、なんでそんな妙なことに詳しいの、毒島ちゃん?」
     白石がそう尋ねると、レイラは眼鏡を人差し指でクイッと押し上げて、陰気な笑みを浮かべた。
    「アタシ、嫌がらせの為の努力は惜しまない性格なんです」
    「そ、そう……。いやあ、毒島ちゃんが敵じゃ無くって良かったって、つくづく思うよ」
    「それではアタシ、早速準備に取りかかりますね」
     やや引き気味な白石を尻目に、レイラは鼻歌でも歌い出しそうな勢いで、携帯を片手に社長室を後にしたのだった。
     
    「軍艦島の戦いの後、HKT六六六に動きがあったようです」
     ボールの中で卵と牛乳と小麦粉を混ぜ合わせながら、西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)はそう切り出した。
    「HKT六六六の有力ダークネスであるゴッドセブン。そのナンバー3、本織・識音は、兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしているようなのです」
     識音は、古巣である朱雀門学園から女子高生のヴァンパイアを呼び寄せて、神戸の財界を支配下においている。彼女配下のヴァンパイア達は、神戸の財界人の秘書として、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているという。
    「識音が結成したASY六六六の狙いは、ミスター宍戸のような才能を持つ一般人を探し出すことにあるようです。その一環として、一般人に手を貸すような事件を行っているようですね」
     話を続けながらもアベルの手は止まることがない。
    「私の焼いたクレープが教えてくれたところによると、外食グループ『クリスタル』の白石社長が、ライバル店のクレープに金属片を混入させることを本織・識音配下のヴァンパイア、毒島・レイラに依頼したようです」
     フライパンにボールの中身を流し込みながらアベルがそう説明する。
    「レイラは芦屋市内にあるミリオンクレープのセントラルキッチンに潜入して、各店舗に配送される前のクレープ生地に金属片を混入しようとしています。その際、一人では時間がかかりすぎてしまうためか、五人の強化一般人を引き連れていくようです」
     アベルはフライパンを火にかけながら、話を続けた。
    「レイラ達がセントラルキッチンに現れるのは、セントラルキッチンが閉まった夜中になります。皆さんがレイラと接触できるのは、そのタイミングです。その時間、キッチン内には全く人がいませんので、人的被害を気にする必要はないでしょう。ちなみにレイラはあまり戦いが得意ではないので、みなさんが現れた時点で、逃走しようとするはずです。今回は異物混入阻止が目的なので、無理にレイラを灼滅する必要まではありません」
     ただし、レイラ配下の強化一般人は逃走しようとはしないので、彼らとの戦闘は避けられないだろう。
    「よりによって食品にわざと異物を混入させるとは、食品への冒涜です。必ず、白石とレイラの計画を阻止してください」
     そう言うとアベルは、よく焼けたクレープを、灼滅者達の前に差し出した。
    「戦いに赴く前に、まずはこのクレープで、英気を養っていってはいかがでしょう」


    参加者
    天咲・初季(火竜の娘・d03543)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    月原・煌介(白砂月炎・d07908)
    ラックス・ノウン(どうみてもスレイヤー・d11624)
    アルマ・モーリエ(結晶の銃士・d24024)
    周防・天嶺(狂飆・d24702)
    新堂・桃子(鋼鉄の魔法使い・d31218)
    白石・明日香(猛る閃刃・d31470)

    ■リプレイ

    ●潜入!セントラルキッチン
     深夜。誰もいなくなったクレープ屋『クリスタル』のセントラルキッチンの入り口のドアが、内側から静かに開いた。
    「みんなーっ、はやく、はやくっ!」
     『旅人の外套 』を纏ってドアから顔を覗かせた淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)が、手招きをする。
    「手引きすまない」
     周防・天嶺(狂飆・d24702)ら、外で待機していた面々が素早くセントラルキッチン内に入ったのを確認し、紗雪は素早くドアを閉めた。
    「うまく潜入できたね。後は連中が来るのを待つだけか」
     白石・明日香(猛る閃刃・d31470)が油断なくセントラルキッチン内を見回す。彼女が不機嫌そうなのは、敵の依頼主である白石社長と、姓が同じだからだ。
     本当は、建物の外で待ち伏せし毒島・レイラ達と接触できればベストだったのだが、アベルに確認を取ったところ、その方法だとバベルの鎖に引っかかるとのことだったので次善の策として、セントラルキッチン内で敵を待ち伏せることにしたのだ。
    「アベルのクレープ、美味かった、な」
     月原・煌介(白砂月炎・d07908)は、まだキッチンが稼働している時間に『闇纏い』を使ってセントラルキッチン内に潜入していた潜入組の1人だ。
    「彼の為にも、絶対、阻止しよっす」
     容器に並べられているクレープの生地が包装されているのを確認しつつ、煌介が無表情のまま決意を語る。
    「アベルさんのクレープとても美味しかったですものね。この戦闘が終わったらまた頂きたいものです……」
     アルマ・モーリエ(結晶の銃士・d24024)は煌介の言葉にクレープの味を思い出したのか、普段はクールな表情が少し緩んだ。
    「クリスタルの社長さんとやらも、アベルみたいに味で勝負すればええのに、不祥事で潰すとか間違っとるわ」
     ラックス・ノウン(どうみてもスレイヤー・d11624)には、クリスタルの白石社長の考え方がそもそも理解不能だ。経営難に対処するのが社長の腕の見せ所ではないのかと、そう考えてしまう。
    「このやり方だと、相手のクレープ屋より先にクレープを食べた人が迷惑するよ。異物混入なんて絶対防がなきゃね。しっかりがんばろう」
     新堂・桃子(鋼鉄の魔法使い・d31218)の言葉に、天嶺が頷いた。
    「ああ。食べ物に異物が混ざってると思うとゾッとするな」
    「はっ!! 最近よく聞く異物混入事件ももしかしてダークネスの仕業……!」
     赤い魔女服姿の天咲・初季(火竜の娘・d03543)が、ハッと気付いたように顔を上げる。それから一息ついて、
    「……ばかりではないんだろうけど。防げるのは防がないとね」
     そう続ければ、全員が同感だと頷き返すのだった。

    ●待ち伏せ
    「さあ着きましたよ皆さん。お仕事の時間です」
     セントラルキッチンのドアが再び開く。今度入ってきたのは、毒島・レイラ率いる強化一般人達だった。
     目立たないようにか全員が黒いジャージ姿で、一様にやつれたかのように頬がこけ、死んだ魚のような目をしている。
    「安心して下さい。今夜のお仕事にはちゃんと深夜勤務手当が付くと社長が仰ってましたよ」
     レイラの言葉からすると、彼らはクリスタル社の社員なのだろう。
    「さあ、アタシが夜なべして用意したこの金属片を、クレープの生地に埋め込んでください。アタシは金属探知機にちょっと細工をしておきますから」
     レイラが、社員達に金属片の詰まったビニール袋を手渡そうとした、その時。
    「やることがセコイんだよ。お前らは!」
     明日香が、潜んでいた機械の影から飛び出すと、日本刀で最も体格の良い強化一般人に問答無用で斬りつけた。
    「え? ウギャアアアッ!?」
     突然の奇襲に、斬りつけられた強化一般人が悲鳴を上げる間にも、
    「こんな所で夜中にコソコソと這い回る趣味があるのか?」
     いつの間にかその強化一般人の背後に回り込んでいた天嶺が、まるでゴキブリだな、とでも言いたげに無表情のまま小首を傾げ、そして妖の槍を突き出す。回転を加えた槍は狙い違わず強化一般人の肩を貫いていて。
    「食べられるモンを、食べられなくする……罰当たり、すよ」
     続いて煌介が、銀粉を撒き散らしながら燃える炎を宿した蹴りを、三日月を描くかのように繰り出した。炎はたちまちジャージに燃え移り、体格の良い強化一般人の肉を焦がす。
    「じゃあ、ガンガンいくよ!」
     さらに、初季の放ったマジックミサイルが強化一般人の眉間を直撃し、4人がかりの先制攻撃を受けた体格の良い強化一般人は、思わずその場に膝をついた。
    「あーあ。ひどい営業妨害ですね。訴えて謝罪と賠償を要求したい気分です」
     自分達のことは棚に上げて、レイラが眉をしかめる。
    「人を見下す側であるはずのダークネスが人に縋るとは……奇妙なものですね」
     そんなレイラに、アルマが皮肉を投げかけるが、
    「あ、作戦自体はHKT六六六の本織さんの指示ですので。そういう嫌がらせ発言は本織さんに直接言ってくださいね?」
     レイラはどこ吹く風と受け流した。
    「HKT六六六? 本織? だれそれ?」
     桃子が、本当に分からないといった顔で首を傾げる。
    「武蔵坂の情報収集能力は他の追随を許さないものと思ってましたけど、世事に疎い人もいるみたいですね。勉強になりました」
     レイラは、自分達が8人の灼滅者の陣形の只中にいることを確認すると、嘆息した。
    「それにしてもあなたがたの嫌がらせはハイレベルですね……。バベルの鎖をかい潜って、こちらが苦労して準備した仕事を邪魔しようとするなんて。アタシも見習いたいくらいです」
     テンションの低い声で喋りながらも、レイラが油断なく陣形の隙を探っていることに、紗雪は気付く。
    (「でも、今回はレイラは見逃してもいーんだよねっ!」)
     まずは相手のディフェンダーを封じることが先決と、紗雪は膝を付いている強化一般人に駆け寄っていった。
    「おーにさんっこっちらっ、てねっ♪」
     一旦駆け抜けたと見せてからの右の裏拳が、強化一般人に炸裂する。
    「ちょっと、いつまでぼーっと膝付いてるんですか。そんなんじゃ危険手当出せませんよ?」
     レイラの言葉に、強化一般人は立ち上がったが、連続した先制攻撃で、既にフラフラだ。
    「ほら、他のみなさんも頑張ってくださいね。もし今回のお仕事失敗したら、減給三ヶ月ですよ?」
     突然の灼滅者の出現に戸惑っていた強化一般人達も、そのレイラの一言で目の色を変え、それぞれに準備してきた武器を構える。
    「そちらさんもやる気みたいやな。来るんやったらこっち来な」
     ラックスが、高速移動しながら強化一般人達の中に突っ込み、龍砕斧を叩きつけていくと、強化一般人達は怒りに駆られた目を一斉にラックスへ向けた。
    「それじゃあ皆さん、後は頼みましたよ。アタシは、荒事は苦手ですのでお先に失礼します」
     始まった戦いを尻目に、レイラは滑るような足取りで巧みに敵味方をかわし、出入り口のドアの方に向かっていく。
    「くらっとけッ!」
     そんなレイラに、初季がマジックミサイルを飛ばすが、レイラは振り返りもせずにその一撃をかわし、
    「それでは皆さん、ごきげんよう」
     最後にキッチン内を振り向いてニコッと笑ってから、悠然とセントラルキッチンを後にしたのだった。

    ●異物混入阻止作戦
    「さて、残った曲者を退治すると致しましょう」
     アルマの宣言を合図にしたかのように、灼滅者とレイラ配下の強化一般人達の戦いが再開された。
     だがその中で、早々に脱落したのは、先制攻撃で既にかなりの重傷を負っていた体格の良い強化一般人だった。
    「お前らは、甘い物好きの人間すべての敵だ! 覚悟しな!!」
     明日香が、憤怒を押し殺しながらもドスが利いた声で言い放ちつつ、逆十字型のオーラを解き放つ。既にダメージの蓄積していた体格の良い強化一般人は、オーラに切り裂かれると、耐えきれずにその場に倒れ伏した。
    「ああ! 派遣Aがやられた!?」
    「労災は出るのか!?」
     動揺する強化一般人達だったが、やらなければやられると思ったのか、ナイフや包丁を手に、反撃を開始する。
    「させないっ!」
     しかしその攻撃も、『hex drop』を展開した紗雪が次々に弾いていき、
    「外食産業は戦争だって聞くけど……商売っていうのも色々大変だよね」
     桃子が得意のキックでカウンターを決めていった。
    「くっ、体勢を立て直せッ!」
     一番年上らしい男が指示を出し、強化一般人達は更に反撃の手を強める。
    「あんたがリーダーか。なら、先に潰さんとな」
     ラックスが目配せすれば、他の前衛陣も頷き返し、攻撃を年上の男に集中させた。
    「くっ、おのれ!」
    「安心せえ。一発でいけんで? あの世への片道切符やけどな!!」
     守りに入った年上の男に、ラックスがバベルブレイカーを構えて突っ込んでいく。バベルブレイカーが男の腹部を貫くと、年上の男は口から大量の血を吐き、そのまま意識を失っていった。
    「ああ! 今度はチーフが!」
    「中間管理職の悲哀を感じる!!」
     残った3人の強化一般人に戦慄が走る。だが、彼らに退却の2文字はなかった。
    「くそっ、異物混入させればいいんだろ!」
     若い金髪の強化一般人が、手にしていた投げナイフを四方八方に投げ始めた。どうやら、当初の作戦はかなぐり捨てて、キッチン内の機械やら配管を壊して異物にしてしまおうという考えのようだ。
     その動きに気付き、素早く反応したのは天嶺だった。天嶺は黒い六角棍で投げナイフを次々に叩き落とすと、その六角棍を金髪の男に突き付けた。
    「地面とキスしてろ」
     次の瞬間、金髪の男の体が吹っ飛び、壁面に激突する。そのまま金髪の男は前のめりに倒れ、顔面が地面に激突した。
    「くっそーっ!」
     残された2人の強化一般人は、それぞれナイフと包丁を手に、破れかぶれの突撃を開始する。
    「させないっ、てばっ!」
    「今の内にやっちゃって!」
     しかし、そんな2人の前に紗雪と桃子が立ちはだかった。そして、2人が攻撃を受け止めている間に、
    「了解」
     煌介が無表情のまま『Lune Flamme』で強化一般人の片割れに斬りつける。真珠の虹色に輝き揺らぐ刀身が複雑な軌跡を描いたと思った瞬間、強化一般人は音もなく崩れ落ちた。
     そして、残された最後の強化一般人に向かっていったのは、初季だった。初季は牽制のマジックミサイルを放つと、
    「我が血は炎、象るは剣!」
     強化一般人の懐に飛び込み、炎を纏わせたエネルギー刃を、袈裟懸けに振り下ろした。
    「今日の……、お仕事……、終了ーっ!!」
     断末魔の叫びと共に、最後の強化一般人も、炎に包まれながら仰向けに倒れていく。
    「この世に悪事が栄えた試し無し……。これに懲りたらこの様な事は二度としない事です」
     怪我人を癒していたアルマが、それぞれに倒れている強化一般人を見回しながら、そう締めくくった。

    ●レイラを追って
    「しゅ~うりょ~おっ♪」
     紗雪が満面の笑みでバンザイをする。だが、まだいくつか後始末が残っていた。
     天嶺は、今の戦いで異物混入が起きていないか、一通りクレープ生地をチェックしていく。
     桃子は、伸びている強化一般人達を、うんしょ、うんしょと外に運び出していた。
     一方、明日香は真っ先にセントラルキッチンから外に飛び出すと、
    「あの女、どこに逃げやがった?」
     とレイラの逃げた痕跡を探し始める。続けて煌介と初季も外へ出ると、『空飛ぶ箒』にまたがり、上空に浮かび上がった。
    「……それでは、また後で」
     アルマの言葉に頷くと、4人はそれぞれにレイラを捜索すべく、散っていく。二度とこんな悪事は繰り返させない。その思いを胸に誓って。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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