影色の鯉

    作者:麻人

    「待たねー」
    「ばいばーい」
     家路を急ぐ子供たちの影が長く長く田舎道を染め上げる――黒に。細長いそれに混じって何かがうねった。
    「え?」
     振り返る。
     ――ぱくんっ。
     そして、影はひとつになった。

    「季節外れのコイノボリ」
     神楽・識(ヤクザ系鉄パイプマイスター・d17958)はぽつりとつぶやいた。
    「正体は都市伝説よ。かつての風習が形を変えて現代によみがえった、黒い影絵のコイノボリ。逢魔が時に現れて、家路を急ぐ子供の背後から忍び寄るの……振り返れば、ぱくりと食べられてしまう」
     囮が必要ね、と識は口元を扇子で覆い涼しげな面差しで言った。これから戦いに赴く戦士の顔というよりは風流な佳人といった様子。少なくとも、表向きは。

     影絵のようなコイノボリ。
     地面を這い、時に頭をもたげて標的に躍りかかる。
     頭から丸呑みがお好みのようだ。深い傷を受けると慌てて距離をとり、自ら癒す。

     田植えのために水が張られた田園を望む田舎道にその都市伝説は現れる。子供が囮となれば問題なく誘き出せるだろう。もしも小学生がいない場合は、と識はエクスブレインから聞いた話を伝えた。
    「黒いコイノボリを用意するの。仲間だと見せかけるようにゆったりと、空に泳がせるのよ」

     どうかしら、と――識の眼差しが集まった灼滅者たちを見渡した。
    「討伐の協力をお願いできるかしら?」


    参加者
    紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)
    不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)
    水軌・織玻(水檻の翅・d02492)
    椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)
    天里・寵(超新星・d17789)
    シグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    貴夏・葉月(桜花・d34472)

    ■リプレイ

    ●黄昏を侵すもの
    「都市伝説、か……」
     すっかり夏の気配を漂わせる夕暮れの下で貴夏・葉月(桜花・d34472)はひとりぽつりとつぶやいた。その響きは時に楽しそうな響きでありながら本質はどこまでも不可触の闇――しっかり始末しなければ、とカードを翻すと長い髪は三つ編みにされてきっちりと頭に巻かれている。
    「逃がさないよ、絶対に」
    「うん」
     にこやかに頷く水軌・織玻(水檻の翅・d02492)。
    「だって、こいのぼりって男の子の出世と健康を祈って飾るものでしょ? なのにこんなの、許すわけにはいかないよ」
     たとえ見た目が綺麗でもね、と少しだけ茶化したように笑う。
     黄昏の街。
     橙色に染め上げられた田舎道を泳ぐ影色の鯉――確かに風流かもしれない。しかし、と憂いを帯びた表情で空を見上げる青年の姿がある。
    「影絵の鯉、か。芸術的ではあるけど……」
     椙杜・奏(翡翠玉ロウェル・d02815)は肩を竦め、仲間を振り返った。
    「帰宅時に影に襲われるっていうのはよくある怪談のパターンだね。闇が迫る恐怖かあるいは子供を心配する親の作り話か分からないけど」
    「ふむふむなるほど」
     天里・寵(超新星・d17789)の相槌は口先だけのものか一体どこまで本気であるのか。腕を組みそれらしい顔で頷きつつも、その瞳にはどこかわざとらしい感情が見え隠れしている。
     一言で言えば、食えない少年だ。
    「教訓であるはずの怪談から生まれた都市伝説だとしたら皮肉ですね。ふうん……まあ、僕はゲーム感覚で戦えて楽しいです。頑張りましょうね、みなさん」
     そそくさと寵は西側の物陰に身を潜めた。
    「ブラス、音を消しなさい」
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)に言われてライドキャリバーのブラスはぷつりとエンジン音を切った。
     辺りが静かになる。
     さて、とリィザは手で髪を背中に流して囁いた。
    「いつでもおいでなさい、きっちり倒させていただきますわ――」

     静まり返る黄昏の田舎道に童謡が聞こえる。
    「夕焼け小焼けで~♪」
     背に負った赤いランドセルが夕陽に照らされて燃えているかのようだ。紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)は楽しげに歌いながら道を歩いた。どこから見ても灼滅者には見えない。どこにでもいる、普通の小学生だ。
     ――。
     ずるり……。
     ――。
     ず、ずず……。
     最初に気づいたのは仲間と一緒に物陰から様子をうかがっていたシグマ・コード(フォーマットメモリー・d18226)だった。
     低く呟く解除コードは『∇』。
     それは闇より出ずる男の名前。
     軽く指を払う動作で殺界を形成――戦闘開始だ。
    「ッ!!」
     グワァっと灯夜の背後から躍り上がった鯉をシグマの影が雁字搦めに縛り上げる。その隙に灯夜はSCを解除。先手必勝とばかりにウロボロスブレイドを蛇のように唸らせた。
     ズバァッ!!
     手ごたえは影を引き裂くような切れ味。
     反撃は滑り込んできた白い塊に阻まれた。「オンッ!!」と威勢よく吠えて灯夜を守る足元の白い豆しばこと豆大福。織玻の霊犬だ。
    「美味しそうなのは名前だけなんだからね!」
     織玻はすかさず縛霊手を解放して祭壇に祖霊の魂を降ろす。
     ぽっ、ぽぽっ。
    「うわぁ」と寵はレイザースラストをびゅんびゅんと飛ばしながら感嘆の声をあげた。
    「人魂きれいです。壮観ですね」
     びゅんっ!
     ダイダロスベルトがコイノボリの頬を裂いた。
    「残念」
     ちっ、と舌打ちして再び狙いをつける。
     スナイパーの実力、その目ん玉をぶっ潰してご覧に入れて差し上げますよ、と――。
     ぐいん、と影色の鯉は身をよじって逃げる。そして自己回復。しかしその背後には既にリィザがくすりと口元に笑みを浮かべて回り込んでいた。
    「遠慮なく、炎で照らさせてもらうよ」
     同時に距離を詰めていた奏の、黄昏にくゆる影業がその瞬間美しい炎に包まれた。まるで導火線に点火された炎の如く、ズアァァァ――と迸ったレーヴァテインはコイノボリを灼熱の炎で焼き焦がす。
     狂おしげに身をくねらせ、自らを焼く奏に飛びかかろうとするコイノボリ。
    「させませんよ」
     だが、代わりに月下烈日――WOKシールドを発動した拳で受け止めたのがリィザである。脚にまとわりつくロングスカートを華麗に捌いて集気法を発動。
     1体で灼滅者8名を相手取る都市伝説の一撃は重い。
    「百合ヶ丘さん、無理はしないで」
     反対側から防護符を紡いで援護する葉月にウインクをひとつ。
    「心得ておりますわ。そっち、いきましたわよ!」
    「やれやれ、確かに飲み込まれそうな感じはあるな……」
     中衛より影業を操り、少しずつ少しずつ敵の戦力を削っているのがシグマだ。彼は漆黒に一閃の紫という出で立ちで外装だけならむしろコイノボリの側――影に属するもの――にさえ見える。
     まぁ、彼本人がどうというよりは彼の兄に対する義理のようなものなのだ、これは。
    「生憎と……子供が絡むっての、俺じゃなくて兄が気にするんでね」
     竪琴状のバイオレンスギターがひとつ鳴ると、足元からせり上がる影業がぽっかりと大きな咢を開けた。コイノボリのそれの方が大きい、が――牙の鋭さはこちらが勝る。
    「影で飲み込むのは俺も十八番でね。一つ勝負してみるか?」
     ガッ!!
     ドドッ――真正面から食い合った影と影は互いに絡み合いつつ空を駆け上る。そこへ追いすがる、灯夜のブレイドサイクロン――!!
    「蛇みたいだな」
     薄い闇に染まる空を見上げ、ぽつりと呟く灯夜。
     その時だ。
    「気を付けて!」
     葉月が叫んだ。
     指差す先でコイノボリが円を描くように待っている。
     はっとして、リィザはWOKシールドを展開。回復手である葉月を庇うようにドレスの後ろに隠した。――直後、吹き飛ばされそうなほどの暴風が灼滅者たちを襲った。

    ●夕闇に泳ぐ
    「わっ……!」
     それが地上に到達した途端、織玻は顔を庇うように手をかざして攻撃に耐えた。服がバタバタとはためき、懸命に踏みとどまる。足元で豆大福も四足を突っ張って地面にしがみついていた。
    「みんな、耐えて」
     織玻を中心として竜巻とは別種の風が巻き起こった。
     浄化の風。
     連携してリィザのワイドガードが盾を形成する。間一髪、二発目の竜巻が到達する前に間に合った。
    「っ……」
     連続して舞うコイノボリの竜巻は前衛と後衛を交互に襲う。奏は目を細め、細かく肌を裂かれる痛みに耐えた。両手に宿したバニシングフレア――届け、と空に向けて放つ。
    「っとに、うざい!」
     ついつい素が出てしまった。
     いい加減やられろよ、と寵は跳躍。グラインドファイアはシグマの影業が作り出す陰影に幻想的な彩を添える。ぐらり、とコイノボリが傾いだ。さすがに効いたのだろうか、力なく地上に降りてくる。よく見れば全身傷だらけで、炎や捕縛のエフェクトによって大分弱っているように見えた。
     再び地面と同化して苦しげに息を吹き返す。
     だが、体勢を立て直すには至らない。
     巨大な口を擁する頭が闇を求めて西を向いた。少し怯んだのは奏の腕から垂れるクリエイトファイアの輝きのせいだったのかもしれない。
     しかし、意を決してコイノボリは逃走を始める――。
    「撤退の恐れありです」
     葉月が警告する。
    「ブラス!」
     それまで仲間を庇うため戦場を駆けまわっていたライドキャリバーはリィザの呼ばれた途端動きを止めて、チカッとライトを点灯する。
     反対側から追い立てられたコイノボリは逃避の姿勢を露わにした。
    「逃がさないよ、しっかりおくってあげる」
     逃げ道を塞ぐように布陣し直して、葉月は味方が攻撃に集中できるように清めの風で戦場を満たした。
    「どこに行くの?」
     隣に織玻が並び立つ。
     同じく清めの風を吹き荒ばせながら、織玻は厳しい眼差しをコイノボリに注いだ。そちらから仕掛けて置いて劣勢なれば逃げるというのでは覚悟が足りないと言っているのだ。
    「逃がす訳、無いでしょ?」
     広げた腕に装着した縛霊手が全力起動して、味方の傷を癒していく。その恩恵を受けながら灯夜と寵は不動・祐一(幻想英雄譚・d00978)を伴って三人でコイノボリの頭をぶっ叩いた。
    「もういっちょ!」
     灯夜のウロボロスブレイドが脳天を直撃――!!
     ごめんね、と奏が言った。
    「逃がすわけにはいかないんだ」
     影を浸食する炎は黄昏よりも濃く激しく、燃え盛った。
    「穴を作るなよ」
     万が一にも突破されないようにシグマが声をかける。
    「はい!」
     葉月が頷き、リィザが微笑む。
     通しなどしない――絶対に。

     影が燃やされる。
     まるで儚い紙でできた影絵のように。
     綺麗だな、と呟いたのはシグマだったか奏だったか。うねりながら最後の抵抗とばかりに巻き起こる竜巻は清めの風に耐えつつ、灼滅者たちは止めの総攻撃を放った。
     リィザが跳躍、ブラスと共に盾となって二人の癒し手を暴風から守り抜く。
    「痛っ……」
     奏は龍砕斧を握り直して、距離を詰める。
     回復は足りている。彼女たちに任せて、自分は――燃やす。瞬時に迸るレーヴァテインの炎。
     隣ではシグマが相変わらず淡々とした顔で影業を繰っていた。
    「逃がすか!」
     ぬるぬると動くコイノボリに負けじと寵のウロボロスブレイドが蛇のように蠢いて逃走を邪魔する。
     ――ボゥッ。
     遂に耐えきれなくなったコイノボリが地面から飛び出して龍の如く飛翔しかけた。途中で破裂する。まるで花火のように最後は弾けて燃え尽きた。
     
    「ふぅ、終わった終わった」
     用済みになったランドセルを振り回して灯夜は背伸びした。子供の振りは疲れるものだ。お疲れさま、と織玻は豆大福の頭を撫でる。嬉しそうに目を輝かせる霊犬はもっと褒めてと言っているように見えた。
    「影も陽が暮れれば、存在できないかな……」
     奏は自分の背を振り向いた。
     影は既に夜の闇と同化してその存在を知ることは叶わない。
    「でも、伝統は残り続けて欲しい、かな」
    「そうですね」
     帽子を指先でくるくると回しながら、寵。
     ステージクリアだ。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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