光り輝け、夢見た乙女

    作者:カンナミユ

     すすきのにある、とあるお店。
    「……ああ神様、私はなんて不幸なのでしょう」
     ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、狭い更衣室の片隅で彼女はひとり嘆く。
     地味な外見に地味な髪型、無理して買った服もぱっとせず、お客もとれない。
     このままではホスト通いとギャンブルで抱えてしまった多額の借金は返す事もままならない。
     ふと、彼女の視界に入るのは使い込まれた鞄の中から覗く、お気に入りの少女漫画。
    「誰か不幸な私を助けてくれる人は現れないかしら」
     そう、この漫画に出てくるようなかっこいい、ステキな王子様達が。
     漫画を手に取りぱらぱらとめくりながら流れる涙は頬を伝い、漫画を濡らし――、
    「泣いてはいけません。その美しい顔が台無しになってしまいますよ」
     突然の声。
     ふと、顔を上げればいつの間にかアイドルのような少女が立っているではないか。
    「私ならあなたの魅力を最大に引き出してみせます。あなたならお店のナンバーワン……いえ、夜のすすきののナンバーワンにもなれるでしょう」
     言いながらすと手を差し伸べるその姿はスポットライトがさし、薔薇の花びらが舞うよう見えた。
    「さあ、私と一緒にいらっしゃい。あなたの夢、夜のすすきので叶えましょう!」
     ああ、この人は私を救ってくださる女神様に違いない!
     差し伸べられた手にそっと自分の手を重ね、彼女はすっと立ち上がった。
      
    「少女漫画なしちゅえーしょんというのにも憧れるのです」
    「……少女漫画なシチュエーション、か」
     鈴木・昭子(金平糖花・d17176)の言葉を聞き、結城・相馬(超真面目なエクスブレイン・dn0179)は読んでいた少女漫画を机に置いて資料を手に取ると、HKT六六六に動きがあったと言葉を続けた。
    「軍艦島の戦いの後、彼らは有力なダークネスであるゴッドセブンを地方に派遣して勢力を拡大しようとしているらしい。ゴッドセブンのナンバー6、アリエル・シャボリーヌは札幌の繁華街すすきので勢力を拡大しようとしているんだ」
     相馬の話によれば、シャボリーヌはすすきのにあるアダルトなお店に務めている女性を籠絡して淫魔に闇堕ちさせ、配下を増やそうとしている。
     そして地区の有力なパフォーマーにパフォーマンス勝負を挑んで勝利する事で、その地域の淫魔的な支配権を確立しようとしているらしい。
    「事件を起こす前に闇堕ちして淫魔となった女性を止めて欲しい」
     相馬の言葉に昭子と集まった灼滅者達は頷いた。
     シャボリーヌの勧誘によって闇堕ちした女性は平山・ユカリ。
     地味でぱっとしない、二十歳になったばかりの女性――だった。
    「淫魔となったユカリはイケメン男子を片っ端から囲ってハーレムにしたいらしい」
    「少女漫画なしちゅえーしょん……」
     いや、確かに女性主人公がイケメン男子に囲まれる少女漫画はあるけれど。
    「で、イケメンじゃない男子はもれなく下僕直行、女子は奴隷。ムチでしばかれるそうだ」
    「…………」
     何かすごい事になっている。
     ぱっとしなかった外見はバッチリメイクにド派手な金髪、肌面積が多いボンテージ姿になり、手にはムチ。おまけに高飛車な女王様ときたもんだ。
     言葉が出ない昭子だが、聞けばお気に入りの漫画のように不幸な境遇から沢山のイケメンに囲まれるハーレムに憧れたユカリは闇堕ちした結果、色々と変な方向を進んだようだ。
    「ユカリは同じ店のナンバーワンのヒロコに嫉妬していて、彼女とセクシーダンス勝負をするようだ」
     接触できるのは開店後に店の正面入口で勝負をする時、もしくは開店前に従業員用の入口からユカリが店に入ろうとする時のいずれかで、シャウトとサウンドソルジャー、そしてウロボロスブレイドに似た能力でユカリは戦う。ポジションはジャマーだ。
    「強さはお前達と同じくらいかそれ以上のようだが……。イケメンに弱いようだな」
     ヒロコは少女漫画に出てくるようなシチュエーションやかっこいいイケメンに弱いらしい。ESPは見破られてしまうだろうが、弱点を利用すれば不意打ちなど戦いを有利に進められるかもしれない。
    「ユカリは色々と不幸だったようだが……」
     彼女の不幸な境遇に色々と思うところがあった相馬だが、資料を見た限り、今はそれなりに幸せらしい。
     なので諦めるようにぱたんと資料を閉じると言葉を続けた。
    「お前達なら無事に解決できる筈だ。頑張ってくれ」


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    玖律・千架(エトワールの謳・d14098)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    栗元・良顕(浮かばない・d21094)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216)
    高嶺・円(餃子白狼・d27710)

    ■リプレイ


    「なんつーか、ハーレムとか好きなのは男も女もかんけーねえんだな」
     光り輝くネオンの灯りも届かぬ場所で鏡・剣(喧嘩上等・d00006)は仲間達と共にその時が来るのを待っていた。
     今回、灼滅者達が訪れているのは、北海道のすすきの。SNK六六六のアリエル・シャボリーヌの勧誘により闇堕ちし、ダークネスとなった乙女の灼滅にやってきたのだ。
     そう、その女性はダークネスとなる前は乙女――だった。
    「少女漫画に憧れる気持ちはわかんなくないけど、鞭やなんやかんやヤバイのはよくないよ」
    「乙女心とは、複雑怪奇なものなのです」
     エクスブレインからの情報を思い出し、霊犬・栄養食を伴う玖律・千架(エトワールの謳・d14098)と鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は言葉を交わす。
     少女漫画に憧れ、イケメン男子に囲まれるのを憧れた乙女は闇堕ちし、イケメンハーレムを作るべく夜の町に君臨する女王様となった。
    「此処までその後が違うって……何とも言えないなぁ……」
    「……それでも、今が楽しいのなら満足なのかなぁ」
     高嶺・円(餃子白狼・d27710)の言葉に夜伽・夜音(トギカセ・d22134)は呟き、ラピスティリア・ジュエルディライト(夜色少年・d15728)も頷いた。
     少女漫画は分からないが、ハーレムを作りたという事は沢山の人に好かれたいという事だろう。多分。
     着込む服を手繰り寄せ、栗元・良顕(浮かばない・d21094)はぼんやり考えていると、ふと、足音が聞えてくる。
    「来たようですね」
     気配と音に耳を澄ませた黒影・瑠威(二律背反の闇と影・d23216)の言葉に仲間達は打ち合わせた作戦通りに行動を開始した。
     

     かつこつかつこつ。
     裏通りに響く、アスファルトを叩く高い音。
     それはド派手な金髪をなびかせ、露出の多いボンテージ姿の淫魔――平山・ユカリが響かせるヒールの音だ。
    「……あの、すみません、少しお話し宜しいでしょうか?」
     従業員用の入口へと向かうユカリは背後からの声に振り向けば、綺麗な落ち着いた身なりの少年――ラピスティリアが立っていた。
    「もし宜しければ、お名前、教えて頂けませんか」
     無言で向ける威圧的な視線にラピスティリアはひるまない。意を決し言葉を続ける。
    「此処、通り道で……何度かお見掛けして、綺麗な方だなって、ずっと、貴女と話してみたかったんです」
    「ハァ? アンタ何言ってんの?」
     不信感を露にするユカリはイケメン、特に少女漫画に出てくるようなイケメンとシチュエーションに憧れているのを灼滅者達は知っている。
     なので少女漫画でありがちな、年下の御曹司の少年が年上の女性に恋をして精一杯背伸びをする姿をラピスティリアは演じていると、
    「ちょっと待てよ」
     突然の声。
     二人が振り向けば、そこにいるのは表通りの光を背に立つワイルドな剣。
    「その女は先に俺が目をつけてたんだ」
     ずかずかと足早に二人の間に割り入り、剣はラピスティリアの襟元を掴むと顔をぐっと迫らせ睨みつけた。
     顔と顔は近づき、その雰囲気は何だかちょっぴり女性向け。
    「ぼ、僕だって……あの人を……」
    「何だとテメェ!」
     そのまま二人はユカリを巡って口論となるが、もちろんこれもユカリを油断させる為の作戦である。
    「ちょ、ちょっとアンタ達!」
     唐突な出来事の連続のユカリをそのままに二人の口論が続く中、
    「一緒に来れないかな……?」
     良顕はユカリにそっと声をかけた。
    「似てるように思ったから……一緒に探せると思うんだ……暖かくなれるものを……暖まってくれると嬉しくなるし……」
     好意を示す為に精一杯の言葉をかける小学生、良顕をユカリはちらりと見下ろし、
    「10年経ったら考えてあげるわ」
     即答。
     次の瞬間、
    「僕と彼、どちらを選びますか……?」
     ユカリの手を取りラピスティリアは真摯な瞳を向ける。その瞳にユカリはきつい目を丸くし、瞬きを一つ。
     そして――、
    「トギカセ」
     短い声と共に物陰に隠れていたパピヨンは人の姿となった。
     

     隙を突き、パピヨンから姿を戻しイエローサインを放つ夜音に続くのは昭子だ。軽やかな鈴の音を響かせ、サウンドシャッターを展開させる。
    「な、何!?」
    「行くよ、えいくん!」
     驚きを隠せない様子のユカリを目に猫変身を解除した千架も物陰から飛び出すと栄養食を伴いエアシューズを駆り、一撃。真正面から直撃した攻撃に手ごたえを感じるが、大ダメージには至らなかったようだ。
    「まさか……騙したわね! この私を!」
    「わりいな」
     奇襲攻撃を受け、睨みつけるユカリに剣は軽く言ってのけ、『Twins flower of azure in full glory at night』と解除コードを口に殺界形成を展開させラピスティリアは白いヘッドフォンをかけ音楽を流すと、
    「餃子白狼……降臨っ!」
     猫変身で姿を隠していた円も解除し妖の槍を振るうとその一撃は腕をかすり、ばっと血が舞うがその表情は十分すぎるほどの余裕。
    「やるじゃないの」
     そんなダークネスを目に武器を手に瑠威と良顕も動く中、攻撃を受けたユカリのド派手な金髪は揺れ、華麗に舞う。
    「フフフ、せっかくイケメンに告られて、ちょっといい雰囲気だったのに……アンタ達、灼滅者だったのね」
     乱れた髪をばさりと払い、伝う血を拭い、ダークネスはなめるような視線を男性陣へと向けたがそれも一瞬。かつんとヒールを鳴らして胸を、露出度の高いボンテージ姿を誇るように立つと、立て続けに繰り出される攻撃を捌き、払い、そして避ける。
    「オーホホホホホ! ぬるい! ぬるすぎるわ!!」
     高笑いと共に。
    「少女漫画に憧れるならもっと年齢制限下げた役作りしようよ! 思いっきりアダルトな世界じゃん!」
     少女漫画に憧れた、ぱっとしない乙女は今や光輝く王女様。
     低く呻り威嚇する栄養食を足元に千架はびしっと言うが、ダークネスは聞く耳を持たない。鞄から鞭を取り出し振るうとひゅんと空を切り、アスファルトを叩きながら発するのは威圧的な声。
    「ワイルドなイケメンは嫌いじゃないわ! さあ跪きなさい! そしてこのワタシを女王様と崇めるのよ!」
     ぎっと睨み、その攻撃が向くのは剣だ。
    「ぐ、っ……!」
     高らかな声を真正面から受けた剣はよろめき、
    「……女王様!!」
    「剣くん大丈夫?」
    「少女漫画にあやまろうよ! 過激!」
     夜音と千架の癒しによってかろうじて下僕第一号は免れた。
    「助かったぜ。……てめえよくもやりやがったな!」
    「このワタシを騙そうなんて百万年早いのよ!」
     下僕になりかけた怒りを拳に込めた剣の一撃に続くラピスティリアのレイザースラストを受けたユカリだが、目前に迫るのは餃子の形のつらら。
    「宇都宮ご当地、餃子妖冷弾!」
    「ナマイキね!!」
     鞭がうなり、ユカリはつららを叩き払うと良顕の攻撃も軽くいなす。そして、
    「お前達全員奴隷にしてくれるわ! 覚悟なさい!!」
     高笑いと共に受けた傷を癒すと胸を張り、灼滅者達の攻撃を捌いた。
    (「借金返しながら王子さまを待ってるのか……待ってる時間を楽しめてないのかな……」)
     戦いの中、良顕はぼんやり考える。
     ユカリはギャンブルやホスト通いで借金を作り、返済の為にアダルトな店で働いていたとエクスブレインは話していた。多くを語られる事はなかったが、不幸だったというその境遇も王子様やイケメンに憧れていたの事に何か理由があったのだろうか。
     考えた所で答えは出ない。冷えていては待つ時間も楽しめない。
    「暖かくなると良いね……」
     ぼんやりと口にし、良顕は得物を振るう中、夜音もまた考える。
     かみさまを待ってるだけじゃなくて、もっと別の。
     そう、誰かに幸せにしてもらいたいなら、誰かを幸せにするような。そんな心を。
     そう思い、七不思議の――夜伽噺の言霊を口に仲間達を癒す。
    「ワタシに楯突こうなんて!」
    「えいくん!」
     続く戦いの中、声を上げ振るう鞭は千架に呼応するように栄養食は動き、そして阻む。攻撃を防がれたダークネス表情は不快感を露にする。
    「本当にナマイキね」
     夜音と千架は傷を癒し、剣が昭子に続いて攻撃していると、
    「信じて欲しい……僕は本当に、貴女の事を……」
    「こ、攻撃するか言葉をかけるかどっちかにしなさいよ!」
     動揺と隙を誘うべく掛けたラピスティリアの言葉は効果があったようだ。戦いの中での気を惹く為のそれはユカリの心に一瞬、迷いを生じさせた。
     振るう鞭をひらりとかわし、手にする大杖で叩き込むのは紫水晶の煌めきが混ざる瑠璃色のフォースブレイク。まともにそれを受け、低く呻きよろめく姿に餃子の弓を手にした円と瑠威は動く。
    「これぐらいで……このワタシがやられるとでも!」
     立て続けに受けた攻撃にだらりと腕が落ち、血が伝う。そしてふと動く視線を昭子は見逃さなかった。
     ――逃げる気だ!
    「了解だよぉ、あきこちゃん」
     鈴の音と共に向けられる視線の意図を読み、夜音は昭子と共に回り込み攻撃を仕掛けると千架も栄養食と共に動き、
    「逃がすかよ!」
    「くっ!」
     剣の連撃がユカリを打つ。
     退路を塞がれたユカリはだからこそ、戦いを続けた。
     だが、一度でも戦況が不利になれば、それを覆すのは容易ではない。回復を図るも受けるダメージが上回り、蓄積されていく。
     攻撃を受け、肌は血に染まり、威圧的な表情も余裕が失われ、限界も近い。
    「見せてあげる……これが宇都宮のご当地の畏れ……百目鬼の刃だぁ!」
     宇都宮の畏れを腕に纏い、円が切りかかると得物を手に瑠威と良顕は動く。
    「ここで……負ける訳にはいかないのよ!」
     残る力を振り絞り、放つ一撃。
     ぼんやりとそれを視界に納め、良顕は動き、防ぐ。庇う痛みにちらりと見れば頬を伝う血がぽたりと落ち、夜音と昭子、そして栄養食と共に動く千架の攻撃に腕や肩口に生じた傷からも血を流す。
     ぼたぼたと血を流す体はぐらりと揺れ――、
    「わりいが俺は屈服させられるより、屈服させるほうが好きなんでな」
    「く、っ……!!」
     オーラを纏う剣の拳とラピスティリアの一撃がダークネスを真正面から捉える。
     ユカリはごぶりと血を吐くが、立て続けの攻撃が致命傷となったようだ。
    「こ、この……ワタ、シ……が……」
     するりと鞭が手から落ち、がくりと膝を突き倒れる体は灰となり、地に落ちた。
     

    「頑張ったね、えいくん」
     戦いも終わりその言葉にもふもふのポメラニアンはわんと鳴くと尾をふり千架の周りをちょこちょこ歩き、昭子の足元へも歩く。
    「乙女心とは、本当に複雑怪奇なものなのですね」
    「帰って少女漫画見よ……かな……」
     昭子と千架はポツリと言葉を交わし周囲を見渡せば、物陰に何かが落ちている。近づき拾い上げると、それは使い込まれた鞄でユカリが持っていたもの。
     よれよれの鞄をあければ、エクスブレインの説明にも出てきたユカリの愛読書の少女漫画が入っていた。
     内容が気になり円は手に取りぱらぱらめくると何度も読んだだろうそれは色あせ少し汚れていたが、不幸な主人公はページを進めるごとに様々は困難をイケメン達と乗り越えて最後のページでは王子様と共に幸せな顔。
     不幸な境遇の中で闇堕ちしたユカリは内容はどうであれ、幸せだった。反動が凄すぎたとしても。
     自分の過去と少しばかり重ねてしまう円だが、その心境は複雑だ。
    「夢を見ることと現実を見ていないことは似ているようできっと違う」
    「……そうですね」
     呟く夜音にヘッドフォンを外すラピスティリアも小さく頷いた。
     借金を返しながら王子様を待っていたユカリの事を良顕はぼんやり考えるが、その答えが導かれる事はもうない。
     それぞれの思いの中で無言の時が流れるが、それを破るのは剣の声。
    「依頼も無事終わったし、さっさと帰ろうぜ」
     ダークネスを灼滅た以上、この場に留まる理由はない。その言葉に瑠威も頷き歩き出すと、仲間達も後に続く。
    「円ちゃん置いてくよぉ」
    「あ、すぐ行く!」
     幸せいっぱいの笑顔をぱたんと閉じた円は夜音の言葉に振り向くと少女漫画を鞄の中に戻し、そっと置いて仲間達の後を追う。
     灼滅者は去り、光り輝く夢を見た乙女であったモノは風に消え、ネオンの光も喧騒も届かぬ場所に夢の残滓が残るだけだった。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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