炎天下の遊園地、動くものは着ぐるみしかいない。
灼熱の中、着ぐるみに身を包んだ人々は右往左往するばかり。
「もう無理だ!」
暑さに耐えかねて、1人の男性が着ぐるみの頭を取った。その背後に近づくのは、一回り、いや二回り小さな黒い猫型の着ぐるみ。
「ダメだよ、着ぐるみを脱いじゃ」
猫の着ぐるみが少女の声を発して大鎌を振り下ろす。刃が男性の首元に迫るが、男性の顔には苦痛から解放される喜びが浮かんでいた。
「千葉県松戸市の公園で、着ぐるみな密室の入り口を見つけたぜ」
教室に集まった灼滅者たちの前で、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)が報告を始めた。もちろん、ふざけているわけではない。
「着ぐるみを着た六六六人衆、クルミがアツシに密室を与えられ、その中で人々を支配しているようです」
冬間・蕗子(高校生エクスブレインdn0104)が補足し、説明が続く。
「密室内は広大な敷地の遊園地になっており、遊園地と言えば着ぐるみというクルミの趣向のもと、中の人々は着ぐるみを着ることを強制されています」
もし着ぐるみを脱げばすぐにクルミに察知され、処刑される。何があろうと、着ぐるみを脱ぐことは許されないのだ。
「密室内では、着ぐるみを着ていないと問答無用で攻撃されます。ですが、接触においては好都合といえるでしょう」
着ぐるみを着ていない者がいれば、クルミは向こうからやってくる。ただし、クルミから奇襲を受けることになるので注意が必要だ。
「クルミは六六六人衆としてはあまり強力ではありません。皆さんの力なら灼滅することも可能と思われます」
しかしそれは、あくまで六六六人衆としては、という話。灼滅者10人分以上の力を持ち、全力で挑まねば返り討ちにあうことだろう。また、使うサイキックはシャウト及び殺人鬼、咎人の大鎌のものだ。
「クルミは着ぐるみを着ていない者を優先して攻撃します。気を付けてください」
「つーわけだ。着ぐるみを愛する者として、俺はクルミを許すことはできない。みんなの力を貸してくれ!」
参加者 | |
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七里・奈々(隠居灼滅者・d00267) |
石弓・矧(狂刃・d00299) |
前田・光明(高校生神薙使い・d03420) |
北斎院・既濁(彷徨い人・d04036) |
文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712) |
志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880) |
風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192) |
依代・七号(後天性神様少女・d32743) |
●着ぐるみの狂楽園
灼滅者たちは密室に侵入し、遊園地内で戦いに適した場所を探す。もちろん、いきなり襲撃されないよう着ぐるみを着た上で。
『ここは危険だから遠くの物陰に隠れた方がいい』
文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)は目つきの悪い黒猫の着ぐるみを着用し、赤いマフラーをたなびかせ、着ぐるみらしく看板を掲げて周りの一般人を誘導する。看板を見た人々は一瞬固まるも、1人が動き出すとそれに続いて歩き出す。
(「密室か……縫村委員会と酷似していますね」)
密室の情報を見聞きして、石弓・矧(狂刃・d00299)が思い出すのは縫村委員会による強制闇堕ち事件だ。あの時と違う点といえば、進入することができること、そしてまだ救える命があるということ。手が届くのならば、むざむざやらせはしない。
(「しかし直哉も矧も、損な役回りだな」)
前田・光明(高校生神薙使い・d03420)はトナカイの着ぐるみを被り、腕を回して一般人の移動を促す。攻撃力の高いクルミを相手にするのに囮役や防御役は危険な役割なのだが、快く引き受けた2人は感銘すら覚える。……そういう自分も、それが見過ごせなくて防御役に手を上げたのだが。
「中身が熟女かどうかは……流石に判らんなぁ」
着ぐるみの中で、光明が呟きを漏らした。熟女好きの光明にとって熟女は死守すべき対象なのだが、着ぐるみ越しでは判別できない。鍛錬を積めば判るようになるのだろうか?
(「まさか遊園地に密室とはな……趣味の悪い」)
風間・小次郎(超鋼戦忍・d25192)たちは息を潜め、物陰で待機する。迅速に対応できるよう、精神を研ぎ澄ましてクルミを待つ。
(「着ぐるみ、凄く暑いですね……これは凄くつらいです」)
暑いのは得意な方だと思っていた依代・七号(後天性神様少女・d32743)だが、熱と湿気のこもる着ぐるみを着た上で直射日光に晒されるのはたまらない。正直早く脱いでしまいたいのだが、きっと密室に閉じ込められている人々も同じように思っているだろう。
「ふぅ」
矧たちは周りを見回し、周囲の一般人がいなくなったと判断して着ぐるみの頭を脱いだ。その十数秒後、矧の首を狙って鈍色の刃が忍び寄る。
「どうかしましたか、クルミさん?」
眼にも留まらぬ大鎌の一閃が矧を切り裂き、大量の鮮血が噴き出した。しかし矧の首は繋がったまま。微笑を深めて挑戦的な笑みを浮かべる矧の視線の先には、大鎌を持った小さな黒猫の着ぐるみ――クルミがいる。
「駆けろ、救命の光よ!」
クルミの襲撃を受け、すぐさま小次郎が縛霊手で指差して癒しの力を送る。白犬の着ぐるみも飛び出して紫電を帯びた拳を見舞うが、その拳は鎌に阻まれた。
「着ぐるみ探偵が助手、白犬の志穂崎・藍」
飛び退いた着ぐるみの中から現れたのは、志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)。着ぐるみは人を癒し、その笑顔で自分も癒されるのもの。それが判らない着ぐるみマニアもどきは灼滅しなければならない。
「さぁ、素敵なパーティーしましょ☆」
七里・奈々(隠居灼滅者・d00267)も着ぐるみを脱ぎ捨て、スレイヤーカードの封印を解く。薄手の浴衣を身に纏うと、楽しそうに鋼糸を取り出した。
●着ぐるみの死神
「ダメだよ、着ぐるみを脱いじゃ」
「着ぐるみを人前で脱ぐのは確かにタブーだよ。……だがそれは着ぐるみの中に皆の楽しくて幸せな夢が詰まっているからだ」
着ぐるみで顔を隠し大鎌を構えるクルミを、直哉が強い意志を込めて指差す。
「その夢を恐怖に染めて殺戮なんざ言語道断だぜ。悪意に満ちたお前の着ぐるみは俺が、俺達が壊す!」
そしてクルミ目掛けて赤い光線を放ち、高らかに宣戦布告した。
「逃がしゃしねーぜ?」
巻き込まれる人がいないことを確認した北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)は、ヒヨコの着ぐるみに身を包み、中から縛霊手を突き出す。クルミの足元に鋭い突きを繰り出し、足止めを狙った。
(「……さて、今回は大役だ」)
光明は光の盾を展開し、黒猫の着ぐるみに向かって叩きつけ、敵の注意を引く。
着ぐるみが好きなだけなら微笑ましいかもしれないが、六六六人衆ともなれば話は別。見た目は可愛くても中身の実力は相当のもの、全力を尽くさなければ甚大な被害が出るだろう。
「着ぐるみ着てない人、殺すね」
「……っと」
クルミの姿が一瞬消え、次の瞬間には光明の背後に現れていた。大鎌から繰り出される斬撃が、光明を切り裂く。小次郎は再び霊力を送って光明を癒そうとするが、敵の攻撃は鋭く、深く刻まれた傷までは癒すことはできない。
(「着ぐるみ着たまま戦うんでですね……暑そうですけど……」)
暑くて動きにくい着ぐるみを着たまま戦うなど七号には考えられないが、クルミはそれを軽々とやってのけている。理解できないと思いつつも、意思持つ帯を矢に変えて撃ち出した。
「遊園地には着ぐるみと判っていながら、着ぐるみの本当の魅力、癒しに気づいてない貴方はもはや着ぐるみらーとして失格です」
藍は腕を異形化させ、鬼のそれに変えて踏み込みとともにクルミを打つ。クルミの小さな体が吹き飛ばされ、遊具に叩きつけられた。
「どんどんいくよー♪」
宿敵への怨讐を場違いな笑顔の下に隠し、奈々がクルミに迫る。すれ違いざま鋼の糸を操って絡め取り、無数の斬撃を刻む。振り返って態勢を整えると、帯で強調された胸が重そうに揺れた。矧は柔和な笑みを浮かべ、ダイダロスベルトに炎を纏わせ火の剣に変えて一閃する。
「さてさて、遊園地に密室とは屋外なのに密室とはこれ如何に、これはアツシってやつの力でもらったのか? 他人の力を使ってやるとはプライドはないのかね」
既濁は口から出まかせを言いながら、雷を帯びた拳を振り上げる。しかしクルミの鎌は鈍ることなく襲いかかり、激しい攻撃を繰り返した。
●着ぐるみ狂いデスサイズ
「着ぐるみ以外いらないよ」
クルミはメリーゴーランドの周りを駆け回り、軽々と大鎌を振るう。クルミの攻撃力と俊敏さに圧倒されながらも、灼滅者たちは必死に食い下がる。
「この刃、殺めるのみではない……」
クルミが大鎌に黒い波動を宿して薙ぎ払うと、小次郎は忍者刀を振るい、浄化の風を吹かせて咎の呪縛を吹き飛ばした。
「着ぐるみを心から愛する者として、俺はお前を許せない!」
クルミが飛び退いて距離をとると、直哉は真っ直ぐに突き進み、腕を掴んだ。そのまま高く跳び、落下の加速を乗せて遊園地の地面に叩きつける。続けて光明は殺人注射器を突き立て、少しでも長く立ち続けようと敵の生命力を吸い取った。
「ふざけた格好ですけど、舐めないでもらいたいです」
激しい攻防の中でも素顔を見せないクルミ。七号はクルミを睨み、狙い澄ましてロッドを打ちつける。同時に魔力を流し込み、内部で炸裂させた。
「貰った玩具で遊ぶのは、さぞかしタノシイだろうな? 支配したつもりでいて、実のところ何も持っちゃいねぇ」
既濁は挑発の言葉をかけながら、エアシューズを走らせ、メリーゴーランドの反対側に跳んだクルミに追いつく。純粋な殺意を炎熱纏うローラーに乗せ、蹴撃を見舞った。
「石になっちゃえ」
奈々が指輪に念じると、石化の呪縛がクルミを襲う。しかしクルミは奈々を脅威と判断したのか、着ぐるみの一部が石になりながらも、鎌を振り上げ奈々に迫る。
「そうはさせない」
肉迫する大鎌、クルミが必殺の一撃を振るうが寸前で光明が奈々を突き飛ばした。代わりに斬撃を受け、光明の意識が瞬時に刈り取られる。吹き飛ばされて地面に叩きつけられるが、力尽きてしまったのは防御役としてその役割を果たしたからでもあっただろう。
「後は任せてください」
矧は倒れた光明に一瞬視線を向け、すぐに敵に向き直ってチェーンソー剣を握る。エアシューズで加速して接近し、高速回転する刃で着ぐるみごと斬り抉った。
「貴方を、断罪します……!」
怨念を秘めた槍を携え、藍がクルミ目掛けて駆ける。クルミは猫のように俊敏に動き回って逃れようとするが、藍は全力で食らいつき、螺旋描く一撃で貫いた。
「――!」
クルミは着ぐるみの中で叫びを上げ、自身に積み重なった異状を吹き飛ばす。しかしその行動は、クルミが追い詰められつつある証でもあった。
●着ぐるみの在り方
「ズタズタにしてあげる」
クルミが虚空目掛けて大鎌を振るうと、空間を切り裂かれ、無数の刃が現れて灼滅者に降り注ぐ。
「うおおおおお!」
直哉が盾となり、刃の嵐を受け止めた。膝を付きかけるが、着ぐるみ探偵の矜持にかけ、ギリギリで持ちこたえる。
襲いくる大鎌の斬撃を受け続け、全身に傷を刻まれる灼滅者たち。しかし激しい攻防の末、ついにクルミを追い詰めるに至った。
「灼熱の一刀、その身に刻め!」
小次郎は腕から炎を噴き出し、愛刀ブレードオンハートに纏わせる。クルミの背後に忍び寄ると、炎熱の刃で一閃した。矧は唸るチェーンソー剣を振り抜き、足を斬って動きを鈍らせる。
「そろそろお開き♪」
鋼糸を伸ばした腕を振るい、奈々は糸を重ねて一振りの刃へと変える。鋼の刃は着ぐるみを捉え、ズタズタに切り裂いた。直哉がウロボロスブレイドを薙ぎ払うと、鞭剣はクルミに絡み付いていくつもの傷を刻む。
「死ね」
「やらせません……!」
鞭剣から抜け出したクルミが大鎌を振るい、灼滅者を襲った。矧が咄嗟に大鎌の一閃を受け止め、とうとう力尽きる。
だが、それでいい。
「おおおおお!!」
隙を晒したクルミ目掛けて、藍が突進する。鬼と化した腕を力任せに叩きつけ、巨大な拳が黒猫の着ぐるみを吹き飛ばす。そして。
「――これで、終わりです」
七号が背後から大鎌を斬り下ろし、引導を渡した。
戦う力を失ったクルミが地面にぶつかり、着ぐるみの頭が転がる。しかしクルミは最後の力を振り絞り、両手で顔を覆った。
「他に密室はないか、教えて貰おうか」
「……あんた、バカじゃないの?」
既濁の問いの答えの代わりに、クルミは指の隙間から血走った視線を送る。そうして、狂った着ぐるみ遊園地の支配人は素顔を見せることなくそのまま消え去った。
「済みません、私まで途中で」
「はは、死ななかったからそれでいいさ」
先に目を覚ました光明が、矧の腕を引いて助け起こす。相手は数段格上の相手なのだから、倒されて当然とも言える。生きて勝つことができたのだから、それ以上言うことはない。
(「アツシをどうにかせねば、密室殺人は続くのだろうな……」)
クルミの消えた跡に視線を落とし、険しい表情を見せる小次郎。密室の事件はクルミ以外にも起きており、今もまだ密室に閉じ込められている人々がいるのだろう。
「遊園地に来るのって初めてで少し憧れてたんですけど……楽しい気分にはなれなかったですね」
情報を得ようと密室内を見渡しながら、七号が呟いた。次はちゃんとした、人を笑顔にする遊園地に行きたいものである。
「無理やりはダメだけど着ぐるみも意外と悪くないだろ?」
「あはは、もっと涼しくて動きやすければもっといいんだけどねー」
直哉が自信満々で言うと、奈々が率直な感想を返した。やはり快適性は着ぐるみの永遠の課題か。しかし六六六人衆を灼滅できて奈々は満足そうである。
「文月探偵倶楽部に見抜けない悪、解決できない悪はないのです。ですよね、部長?」
「そのとーり!」
改めて着ぐるみに身を包み、志穂崎助手の言葉に胸を張る直哉。そう、本当の着ぐるみとは、笑顔を与えるものなのだ。
作者:邦見健吾 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年5月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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