密室団地

    作者:佐和

     常盤平団地は、東京近郊の住宅地不足を解消するために作られた団地である。
     だが、オープンスペースを多くした設計から、今では緑多い地区となり。
     百景や百選に入る程に見事なけやき通りとさくら通りも交差する。
     また、建設当初はよくあったスターハウスという今では珍しい形の建物もあり。
     今も使われている昔の形の団地、という意味でも注目を集める場所である。
     そんな有名な場所ではあるが。
     そこの集会場から繋がる密室ができたことは、全く知られていない。
     立入禁止の札を下げた階段を降りた先に、溶接されたかのように開かない扉があって。
     その向こうに団地の住民が詰め込まれていた。
     怯えた表情で寄り添い固まる彼らが見つめる先、ぽっかり空いた空間の中心で、ふかふかクッションに身を沈めて携帯ゲームに興じているのは1人の少女。
     えい、とか、やあ、とか可愛らしい声を上げながら夢中でゲームを進めて。
     ドカーン、という軽い音と、哀しげな電子音楽が響く。
     どうやらゲームオーバーになったらしい。
     あーあ、と呟いた少女は身を起こし、ゲーム機を傍らに放って、代わりに置いてあった紙束を手に取った。
    「はーい。それじゃ次のゲームだよー」
     ぺらりと紙を捲って、適当に目を走らせながら。
     その紙……住民名簿に書かれた名前を読み上げながら、赤い×印をつけていく。
    「今回の参加者はこの10人。はい。前へ出てー」
     陽気な少女の声に反して、住民からは悲鳴や嗚咽が聞こえてくる。
     老人から青年、女性、様々な9人が泣き顔で前へ進み出て。
     出なかった1人……幼児を両親がぎゅっと抱えて泣きじゃくっていた。
    「あー、もう。早くしてってばー」
     少女は面倒臭そうに歩み寄ると、両親をガンナイフであっという間に惨殺。
     きょとんとした表情の幼児をぐいっと引っぱって戻る。
     そしてやっと並んだ10人の前に、10本のナイフを並べて。
    「ルールは前と一緒ね。10分間殺し合って、生き残った1人が勝者。
     10分後に2人以上残ってたら、紅が殺すからねー」
     既に少女が座るクッションの周囲には、赤黒い池ができている。
     これまでに勝者は1人もいない。
     だからこそ、住民達は少女の言葉が嘘ではないことを、何度も見せつけられているのだ。
    「それじゃ、ゲームスタート♪」
     そして酷く楽しげにガンナイフを掲げて、少女の声が響く。
     
    「千葉県松戸市の密室を見つけたぜ」
     教室に集まった灼滅者達に、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)はにやりと笑う。
     最近次々と発見されるようになった、MAD六六六のゴッドセブン『密室殺人鬼』アツシの創る密室。
     そんなうちの1つが、布都乃の推理から見つかったという。
     ドーナッツを抱えた八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)が、その事実を肯定するように、こくこくと頷いています。
    「密室になってる場所は常盤平団地の一角。ここの集会場の地下だ。
     体育館くらいの広さのそこに、団地住民の一部が閉じ込められてる。
     まあ、一部っつっても1000人近くいるがな」
     さすがは大規模団地、というところだが、今回に限っては嬉しくない情報だ。
    「で、そこに一緒にいるのが六六六人衆。序列六五四位、紅だ。
     紅は、ゲームと称して住民同士に殺し合いをさせてるぜ」
     説明が進むうちに、さすがに布都乃の表情が曇る。
     既にそのゲームに関わって死者が出ているのだからそれも当然か。
    「出入口になる扉は1ヶ所だけで、中の住民には開けられなくなってる。
     俺達灼滅者になら、簡単に開けられるけどな。
     その扉側に住民達が集まってっから、扉を開け放てば勝手に逃げてくれんじゃねぇの?」
     ただ、と布都乃は考え込むような仕草を見せた。
     中にいる住民は1000人近い。
     扉が1つしかない以上、全員が逃げるには相応の時間がかかるだろう。
     そしてその間、扉と反対側にいるとはいえ、紅がただ見ているということは、ない。
     手当たり次第に殺すのか、人質を取るのか、はたまた脅しをかけてくるのか。
     何かしらのリアクションはあるだろう。
    「それにこの密室、エクスブレインの予知がうまく働かねぇんだ」
     布都乃の説明に、秋羽がしゅんと顔を俯けた。
     どう対策を取っても、扉を開ければ確実に紅に気づかれるだろう。
     さらに、灼滅者達が侵入した時、密室内がどういう状況なのかも分からない。
     ゲームは、紅が持っている携帯ゲーム機でのゲームの合間に行われる。
     参加者は老若男女関係なく、住民名簿を眺めた紅の目に留まった名前で選ばれる。
     適当すぎる理不尽この上ないゲームゆえに、ゲーム中なのか否かも読めないのだ。
    「何か難しい感じだが……1つ、よろしく頼むぜ」
     頭をかきながらひょいと礼をする布都乃を見て、秋羽も慌ててぺこりと頭を下げた。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    加賀・琴(凶薙・d25034)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    相神・千都(白纏う黒の刃・d32628)

    ■リプレイ

    ●人混みをかき分けて
     恐怖。悲哀。落胆。疲労。
     様々な負の感情が入り混じる密室の中で。
    「それじゃ、ゲームスタート♪」
     殺し合いの開始が宣言されたその時。
     バタン!
     閉ざされていた扉が外側に大きく開き、外の爽やかな風が吹き込んできた。
    「ゲームは1日1時間! 明るい場所で!」
     注目を集めるように大声で叫んだのは、狐雅原・あきら(アポリア・d00502)。
     その横で、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)が乗るライドキャリバー・キャリーカート君が、派手なエンジン音を響かせる。
    「さあ皆、どいて! 私達は紅を倒しに来たんだよ」
    「外にはこの扉から出られる。逃げろ」
     爆音と続いた赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の声とに、ざわり、と住民達の間に新しい感情が蠢いた。
     驚愕。困惑。そして、希望。
     空飛ぶ箒の上から状況を見渡して、ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)は呟く。
    「常盤平団地……。
     老朽化や孤独死が問題視されてるようですが、まさか殺人鬼が飛び込んできたとはね」
    「避難させる対象が多い上に、状況の不安要素も多い……。
     何時もの事、と言いはしたが、少々厄介な状況ではあるな」
     箒に同乗する神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)も、淡々とした口調ながらどこか苦いものを滲ませて。
     できる限り高度を取った箒の上から、人混みの向こうに見える紅を睨む。
     ジンザはそんな背後の気配を伺いながら、口元に小さな笑みを浮かべた。
    「でも行くしかないでしょう?」
    「無論だ」
    「では、The Show Must Go On」
     そして箒は住民達の頭上を飛び行く。
     それを見送った布都乃の足元で、しゅるりと蛇が身をもたげた。
     小さな双眸が見上げるのも、先行く箒の軌跡。
     そしてその先に居るはずの紅。
    (「時間をかければそれだけ一般人の被害は増えるだろうな」)
     蛇に姿を変えた相神・千都(白纏う黒の刃・d32628)は、地上に降りてきてくれていたウィングキャットのサヤに巻き付く。
     直後、サヤの身体がひょいと持ち上げられて。
    「ちょいと手荒だが行ってくれ。すぐに追いつく!」
     布都乃が相棒もろとも千都を力一杯投げ放った。
     続けて、人混みから飛び上がったのは加賀・琴(凶薙・d25034)の姿。
     空中でもう一蹴り、ダブルジャンプを利用して跳躍距離を伸ばす。
    「皆さん、ご武運を」
     ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)も倣うように空へ跳び、人波を飛び越え進もうと前を見据えた。
     とはいえ元々人が密集している場所。
     紅の動向を気にしつつも、着地地点にも気を配らなければならず。
     人々の間に埋もれたジュリアンは、進み難さに顔をしかめた。
     密室に入って最初の難関となると予想したのが、この人垣だった。
     出入口となる扉の近くに集まっている、ということは、逃がしやすいということであり。
     同時に、灼滅者達が奥にいる紅に近づくためには壁となる、ということで。
     その壁をいかに早く乗り越えるか、各々様々な手段を考え、手を打っていた。
    「退いてください」
     琴は何とか空けてもらった場所に着地して、すぐさままた空へと跳び上がる。
     1度の跳躍で越えられる程度の人垣だとはそもそも思っていなかった。
     とはいえ、思った以上の密集度合で、飛距離も早々伸ばせず。
    「ちょっと失礼しますね。ああ、出口はあちらですよ」
     体格のいい男性の肩を借りたりしながら、お礼に逃げ道を示しつつ、どうにか先へと進んで行く。
     常に浮いていられる分、サヤと千都は障害なく進めたけれども。
     そもそも飛翔する能力は持たないウィングキャット。
     そのスピードは、空飛ぶ箒には及ばない。
     投げた勢いも最初だけで、ふよふよ浮かぶ相棒を見上げて布都乃は苦い顔を見せた。
    「わらわらわらと……ゾンビ映画みたいデスねえ」
     辺りを見回すあきらは、人混みをかき分けて進もうと思っていたけれども、大人しく一葉の後をついて歩く。
     一葉を、というよりはエンジン音を響かせ目立つキャリーカート君を人々が避けてくれるので、進むだけならこれが一番楽だった。
     怪我人が出ないように気を付けているためスピードは期待できないが、人波に揉まれながら進むよりは断然早い。
    「皆、出口へ向かって進むんだ」
     そして、室内の人数が早く少なくなるように、布都乃は後ろを指し示しながら周囲への声かけも忘れない。
     だが、そこに部屋の奥から声が響いた。
    「この部屋から出たら、紅が殺すよー」
     陽気なその言葉に、住民達の顔に恐怖が蘇っていく。
     何しろ実際に目の前で、殺された人を見ているのだから。
    「うるせぇ! その前に俺らがゲームセットにしてやるぜ!」
    「私達が相手をするから、早く外に出て、離れていて」
     しかし布都乃が一喝し、エンジン音の合間に一葉が語りかけ。
    「どう考えても中に残ってる方が危ないデスネ」
     けらけら笑うあきらに、止まりかけていた住民達の足が再び動き出した。
     それからは紅による恐喝はなく、人々の避難は素早くはないが確実に進んでいく。
     ほっと胸を撫で下ろしながら、一葉は進む先を改めて見る。
     人垣はまだまだ厚く、その先にいるはずの敵の姿も未だ見えない。
     逸る気持ちを抑えながら、ぎゅっと一葉はハンドルを握りしめた。

    ●辿り着いた紅色
     早々に紅との対面を果たしたのは、空飛ぶ箒に乗る2人だった。
     煉が相乗りしていたことでその性能は半分になっていたが、それでも室内では充分な高度と速度を得られて。
     天井付近から飛び込むように急降下する軌跡を描き、ジンザは箒を操る。
    「あれ、乱入? 駄目だよーそれはゲームのルール違反」
     クッションから身を起こした紅は、近づいてくる2人を見上げて手で×を描き。
    「だから、このゲームは終わりね」
     終了宣言とともにどす黒い殺気が10人の住民を包み込んだ。
     成す術もなく倒れる人々と、悲鳴と嗚咽の響く中、ジンザは煉を放り投げるように降ろしつつ、自らも箒から床へと降り立つ。
    「どうもお嬢さん。ガンナイフに殺人技とは、僕ら似てますね」
     周囲の状況を気にしていない風を装いながら、その意識を住民達から自分へと移させようと声をかけた。
    「そう? でも紅の方が可愛いでしょ?」
     アクセサリーを自慢するかのように気軽く紅がちらつかせたガンナイフは血の色に染まっていて。
     その足元の血の海と共に、それまでの惨劇を想像させるに容易い。
     防げなかった被害にぎりっと歯を噛む煉をちらりと見ながら、ジンザは口調を変えずに問いかける。
    「で、アツシさんから灼滅者との戦い方は、聞いてます?」
    「知らなーい。でも……」
     にっと笑った紅に、煉は反射的に魔法弾を撃ち放った。
     それを受けつつも紅は笑顔のまま前へ出る。
    「殺っちゃえばいいんだよね?」
     鋭い刃が煉の足を深く切り裂いた。
     すぐさまジンザが回復の手を向けると、じゃあ君もと言うように、銃弾が放たれる。
     煉は影を腕に纏い、黒い毛皮のように半獣化させ、傷の痛みを振り払いながらその鋭い爪を翻した。
     吹っ飛ぶように後ろに飛んで、一度距離を取った紅は、そのまますっと視線を出口の方へ向けて。
    「あー。そんなことしてたら、何か人減ってるしー」
     つまらなそうに呟いてから、陽気に声を張り上げる。
    「この部屋から出たら、紅が殺すよー」
    「うるせぇ! その前に俺らがゲームセットにしてやるぜ!」
     即座に返ってきたのは布都乃の怒声、そしてキャリーカート君のエンジン音。
     他の灼滅者達の声も漏れ聞こえ、そして住民達の波は出口に向かい続けた。
     それを見て、ふーん、と何か考え込んでいた紅は、ぱあっと顔を輝かせる。
    「じゃあ、新しいゲームしよ。紅が殺すのが多いか、逃げるのが多いか。
     そしたら君達、紅の邪魔してもいいよ」
    「……まだゲーム感覚とはな」
     苦々しく零しながら、煉の影が鎖を象り、紅に絡みついていく。
     だが紅は、にやりと笑みを向けただけで、住民達に向けて銃弾をばら撒いた。
    「あはは。ほらほら、助けてあげないとどんどん死んじゃうよー」
    「やれやれ、困っている人を助けるのがヒーローの条件、ですか」
     内心の苦汁を隠しながら、ジンザは余裕を見せる態度で応える。
    「生憎と、僕はヒーローではありませんのでね」
     それは、人々の存在が自分達の枷にはならないと思わせるための演技。
     人質としては使えないと思わせ、戦いに住民達を巻き込まないための策だった。
     だが現実、2人でダークネスを相手取るのは厳しく。
     人々を守る余裕がないのが実際だった。
     煉の攻撃は紅を捕えているが、ジャマーのジンザだけでは負傷を回復しきれず。
     この状況で紅の意識が完全に住民達から離れてしまえば、2人はあっさり倒されてしまうだろう。
     護ることのできない力不足を痛感させられていた、その時。
    「お待たせしました」
     ジンザの後ろに着地したメディックのジュリアンが、その帯を煉に向けた。
     琴は跳躍の最中に護符を狙い放ち、住民達の前に浮かんだサヤがパンチを打ち込む。
     蛇から元の姿に戻った千都も、すぐさま紅に肉薄し、その死角から斬撃を放つ。
    「閉じ込めなければ殺し1つできないとはな……それではランキングも上がらんだろうな」
     挑発も重ねれば、紅の視線が不機嫌そうに千都に向いた。
    「増えるのはいいけど、ちょっと煩すぎー」
     瞬間、紅は千都の鼻先にまで詰め寄り、驚き距離を取ろうとするその動作の前に、ガンナイフでの一撃を叩き込む。
     倒れる千都に、紅は尚も刃を翳して。
    「1人ぐらい減らしておこっか?」
    「キミの思い通りになんてさせないよっ」
     そこに派手なエンジン音を響かせて、キャリーカート君が突っ込んだ。
     その座席からひらりとバク転を見せながら降り立った一葉は、すぐさま千都を回復する。
     ジュリアンも回復に続こうとしたところで、千都が静止の動作を見せ、己に絶対不敗の暗示をかけて。
     頷いたジュリアンは、それまでの傷が深い煉を中心に、黄色にスタイルチェンジした標識を降り抜いた。
     そして、あきらの歌声が響く中で、布都乃が紅に迫り、殴り掛かる。
     全員揃った灼滅者達は、やっと態勢を整えて紅へと挑んでいく。
     だが、先行した煉とジンザを気遣い、また、1撃が重い相手の攻撃に、メディック1人だけでは手が間に合わずに回復にかなりの手数を割くこととなり。
     攻撃を続けられずどうしても全体的に受け身となってしまう。
    「はい、また1人死んじゃったー」
     その隙に紅は、老婆を無残に切り刻み、倒れたその姿を示して笑いかける。
     紅の足元には、その名の通りの鮮血が広がっていった。
    (「序列六五四位……序列で言えば低位でもこの惨状は酷いです」)
     琴は悲痛に表情を歪めながらも、キッと紅を睨み据える。
     この密室という恐ろしい戦場を打破するために。
     灼滅者以外へと紅の手が向いたそのチャンスを決して逃さぬように。
    「犠牲になった方達の為にも此処で必ず灼滅します!」
     琴の自分に言い聞かせるかのような声に、足元の影が小鬼を象り、紅を飲み込むように襲い掛かった。
     続くように放たれた、ジンザの援護射撃とあきらのガトリング連射を背に、煉が影の刀で斬りかかり。
     千都は斬艦刀を振り上げる。
     少しずつ、だが着実に積み重ねられていく灼滅者達の攻撃。
     そして時間と共に減っていく住民達。
    「しつっこいなー」
     苛立ちを滲ませながらも、尚も住民達へと視線を走らせる紅に、ジュリアンは標識を黄色から赤色に変化させて。
    「ゲームの様にリスクが無いと思ったかい?
     だが、キミを滅ぼす刃がここにある。余所見はしない方がいい」
     言葉と共に、気を引くように殴り掛かった。
     むっとした表情でジュリアンに照準を合わせる紅だが、その射線上に布都乃が割り込み、銃弾を庇い受けて。
     サヤの魔法が紅へと放たれる。
     時間がかかってしまったけれども、やっと紅の余裕がなくなり。
     確実に、紅が住民を狙える手数は減っていった。
    「殺しの衝動は分かるけどさ。
     流されるままじゃ駄目って、キミ達が教えてくれるんだよね」
     軽やかなステップで紅の死角に回り込んだ一葉は、その刃を振り抜いて。
    「私達はキミを殺す。人を守る為に、楽しみで動く殺人鬼を殺す。
     それが灼滅者な私の役目だよ」
     告げると同時に、紅に獣牙で齧り取ったような傷を刻み込む。
     重なる傷、溜まる痛みに顔を顰め、紅は不機嫌そうに口をとがらせて。
    「もー。わけ分っかんないー」
    「じゃあコレなら分かりマス?」
     そこにけらけらと笑いかけ、あきらがチェロ型の大盾が付いた白いガトリングガンを構えて見せる。
    「アナタもダークネスなら、灼滅される覚悟は出来てマスよね?」
     引き金を引けば、雨霰と降り注ぐ弾丸の嵐。
    「さあ、何時まで立ってられるカナー?」
     さらに煉と一葉の魔法弾が重なり、たまらず逃げ出そうとしたその先で、待ち伏せた琴が異形巨大化させた腕で殴り掛かる。
    「ゲームを気取るってコトは、ゲームオーバーになる覚悟もあるってコトなんだよ!」
     布都乃の影が紅の動きを止めたところに、ジンザが石化の呪いを放ち。
     槍先の赤い宝石を輝かせて、あきらの白刃が紅を穿ち貫いた。
    「あれ……? 終わり、かな……」
     槍が引き抜かれると同時に、紅はがくりと膝をつき、そのまま床に倒れ込む。
     最期を確信して、だが油断なく周囲を囲む灼滅者達を見回して。
     紅は、一葉に目を留めて笑いかけた。
    「……ねえ。いっぱい殺せたよ……ゲーム、楽しかった?」
     かすれ気味の問いかけに、だが答える声はなく。
     紅は笑いながらその姿を消した。

    ●団地の解放
     戦いを終えた灼滅者達は、まずは負傷への手当てを行った。
     先行した2人もそうだが、皆が皆、満身創痍といった体だ。
     それでも重傷者が出なかったのは、紅の攻撃が灼滅者だけに向いていたわけではなかったから、だろう。
     その結論を感じて、琴は悲しげに周囲を見回した。
     住民達は出口から無事に逃げていき、ここには誰も居ない。
     残っているのは、数十もの遺体だけだ。
     己の力不足を悔い、ぎゅっと拳を握りしめる煉の肩を、ジンザが優しく叩いた。
     せめてお別れの時間をと、一葉とジュリアンはその遺体に走馬灯使いの能力を使う。
    (「命を愚弄するような行為だが、最後が恐怖に染まったものであるよりは、別れを告げ、穏やかな気持ちで逝ってもらいたい」)
     千都もそれに倣いながら、かりそめの命を得て再び動き出す人々を見る。
    (「……それだけが、救えなかった俺の望みだ」)
     助けられなかった人達の背が、助かった人達の元に戻っていくのを、複雑な表情で布都乃は見送る。
     そして、灼滅者達だけが残った室内で、座り込んでいたあきらが立ち上がり。
     ジュリアンも顔を上げ、努めていつもの表情を作り、仲間達に告げた。
    「お疲れ様でした。いつかまた、戦場にて」
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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