山葵の飲み物

    作者:聖山葵

    「ら~ら~ら~、せせらぎに日差しは輝いて~」
     他に誰も居ない夕暮れの河川敷、オレンジ色の空を仰いで、風に髪をなびかせ歌っていた少女は、歌の途中で口絵尾閉ざすと、再び開いた口から、はぁとため息を漏らした。
    「……うーん、何だかまだ弱いような気がするなぁ。なにか、こうもっと山葵をアピール出来る方法ってないのかなぁ」
     素人がただ歌うだけじゃ限界ってあると思うんだよね、と続けた少女は何気なく周囲を見回し。
    「ん?」
     何気なく目をとめたのは、誰かがポイ捨てしたらしきジュースの空き缶だった。
    「そうだ、これだよ! 山葵を材料にして美味しいドリンクを作ればいいんだ」
     ツンとする成分が眠気とかを吹き飛ばすから、徹夜とかしないといけない人に馬鹿売れだよねと言いつつ、少女はぎゅっと拳を握りしめると、空のオレンジ色を映した川の流れに背を向け歩き出す。
    「よーし、そうと決まればスーパーで材料買っていかないと」
     自分の作った試作品を飲んで人間をやめてしまうことになるとはまだ知らずに。
     
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が起ころうとしている」
     集められた君達へ開口一番、座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)はそう告げた。
    「ただし、この少女は一時人の意識を残したまま踏みとどまるようなのだよ」
     故にもし彼女に灼滅者の素質があるようであれば、闇堕ちからの救出を。もし完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅をと言うのがはるひからの依頼であった。
    「まず、闇堕ちする少女の名だが、星歌・聖(ほしうた・ひじり)と言う」
     中学三年の女子生徒で、豊かな胸を持つ少女で、愛用する青いリボンがトレードマークなのだとか。
    「まぁ、聖の持つバベルの鎖に引っかかることなく接触可能な時には、既にご当地怪人へと変貌しているのだがな」
     山葵の需要を高めようと自作したドリンク試飲して、そのあまりにデンジャーな味と愛する山葵を冒涜して締まったことにショックを受けた少女はご当地怪人ヒジリンサビーナに変貌してしまう。
    「君達が、バベルの鎖に引っかかることなく聖と接触出来るのは、サビーナが問題の失敗ドリンクの残りを手に家を飛び出してきた直後となる」
     ドリンクの失敗を受け入れられないサビーナは、自分の舌がおかしいだけと現実に目を背け、美味しいと飲んでくれる人を探しに行くつもりであるらしい。
    「むろん、ここを通してしまっては聖を救う機会は永遠に失われてしまうだろう」
     ドリンクを失敗と判断した舌の方が正しかったのだから。
    「故に、君達には彼女をその場にとどめ、戦って貰う」
     闇堕ち一般人を救うには戦ってKOする必要がある、よってこの戦闘は避けられない。
    「この時、彼女の人の意識に呼びかけ、説得することが出来れば彼女の内のダークネスを弱体化させることも可能だろう」
     故に、接触後、戦闘に突入する前に説得を試みても良いかもしれない。
    「闇堕ちに至った原因はそのドリンクにある」
     ならば、それも飲んでから言葉をかければ――。
    「まず聖は君の言葉へ耳を傾けるだろう」
     どういう方向で説得するにしても、こちらの言葉を素直に聞くはずだ。
    「次に、サビーナだが、戦闘になればご当地ヒーローとバイオレンスギターのサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     戦場となるのは、少女の家の前、夕方の為、明かりは要らない。
    「連休中なのが幸いして周囲の家は留守だ。人よけの必要もないな」
     考えなければならないのは、どう少女を説得するのかと、どう戦うのかの二点。
    「そして、誰が失敗ドリンクを飲む説得役を担うか、だな」
    「え゛」
     そこまで言い終えたはるひが目を向けたのは、ここまでずっと無言だった鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)。
    「少年、私は別に少年に飲んでくれという訳ではない、言う訳ではないが」
    「いや、今の視線明らかにそう言う意味だったよね?」
     顔を引きつらせ尋ねる和馬の問に数秒の沈黙を挟み。
    「聖のこと宜しく頼む」
    「ちょっ」
     何事も無かったかのように君達の方へ向き直ったはるひは、思わず声を上げた誰かをスルーしつつ頭を下げたのだった。
     


    参加者
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)
    華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)
    東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)
    八文・菱(菱餅姫・d34010)
    ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)

    ■リプレイ

    ●出待ち
    (「世の中に広く広めるために、食べにくいものをジュースにしたりするのは商品戦略としては正しいんだろうけど……」)
     じっと一つの民家の玄関先を眼鏡越し見つめていた黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)は、ほぅと一つ嘆息を漏らすと目を閉じた。
    「山葵はどーやっても山葵だと思うのよねー」
    「うん……山葵は好きだよ、けどドリンクは罰ゲームじゃないかな?」
     その山葵で闇堕ちするという少女がまだ姿を現さないことを確認した上で同意したのは、東屋・桜花(もっちもち桜少女・d17925)。
    「むきゅ……さいきん……もっちあといい……こういうの……多め……気がする……の……後……名前……聞いたころあるような……関連……ないよ……ね……?」
     ちらりと桜花を見た華表・穂乃佳(眠れる牡丹・d16958)は首を傾げてみるが、独言の形の疑問に返る答えはなく。
    「しかし、闇堕ちねぇ……。状況だけ見ると馬鹿っぽいけど、そこまで入れ込めるモノが在るってのは、少し羨ましいかもね……」
     口元を綻ばせて苦笑を作ったロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)の視線は何処か遠く、ここではない場所へ向け。
    「山葵を愛する心が、誤った方向に行ってしまうのですね!? そんな悲劇は私が許さん! その心をダークネスから救います☆」
    (「……ご当地ですか」)
    「わらわが助けて貰ったように今度は聖を助けてみせるのじゃ。それにしても、今回は皆のサーヴァントが一杯で大所帯じゃな」
     何だかビシッとポーズまで決めつつ、土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)が殺気を放って一般人が近寄ってこないようにする一方で、牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は眼鏡に手を添えると、赤い羽織を身に纏い周囲を見回し始めた八文・菱(菱餅姫・d34010)へそうですねと頷いた。
    (「堕ち切る前に救いませんと」)
     落ち着いた態度を崩さず、ビハインドの知識の鎧ことマキハラントメイガスを側に控えさせ、視線を向ける先は、やはり民家の玄関先。
    「しかし、桜花が居るとは心強いのじゃ」
    「ありがと。今日は頑張ろうねっ」
     元モッチアの二人が再会し言葉を交わし。
    「和馬さんが女装すると聞いて! ……え? しないのですか……。そうですか……」
    「や、前提からおかしいって言うか、今回どこをどうとってもそんな理由無いよね?」
    「と、皆さん初めまして。お手伝いできることは無いかなと思い、来てみました。よろしくお願いしますね?」
    「え、オイラの指摘、スルー?!」
     顔を引きつらせた鳥井・和馬(中学生ファイアブラッド・dn0046)が応援の灼滅者にツッコみ、スルーされショックを受けるというところまで終えた直後。
    「私、認めませんっ」
     バンッと玄関のドアを開け放ち、ご当地怪人の少女は飛び出してきたのだった。その手に沢山のペットボトルが入った袋を下げ、山葵の刺繍のされたアイドル風衣装という出で立ちで。
    「現れましたね」
     動じず、日凪・真弓(戦巫女・d16325)は動き始める。
    (「こういうのは、なぜ山葵と突っ込んではいけないのですよね……なんだかお寿司が食べたくなってきました」)
     仲間達の会話が聞こえていたからか、自分の置かれている状況鑑みてか、困惑気味の胸中は外に漏らさず。

    ●お客さんがこんなに
    「あら、何か素敵そうなドリンクですね、どこで販売されてるんですか?」
    「えっ」
     そのまま駆け出して行きかねなかったご当地怪人は、みんとに声をかけられると足を止めた。
    「ちょっと飲んでみたいんですけれど……」
    「きゃーん、本当ですか!?」
     続けた言葉にも即座に食いついた。飲んでくれる人を探しに行こうとしたところだったのだから、当然の反応ではある。
    「じゃあ、皆さんには奮発して一人に一本差し上げますね! どうぞ、試飲してみて下さい!」
     アイドルスマイルとでも言うべき笑顔で、ご当地怪人ヒジリンサビーナが差し出すのは、丸々一本の山葵が浸かった謎ドリンク。
    (「山葵は鼻にツンっとくるのよね」)
     激辛系は平気と自負する摩那にも苦手なモノはある。気圧されたとしても無理はなかった。
    「聖が一生懸命作ったものじゃからな、頑張って飲んでみるぞ」
     だが、純粋故に見た目という人を躊躇させるに充分なハードルを踏み越えて行く者が他に居て。
    「当然和馬もドリンクは飲むのじゃよな」
    「え゛っ」
     純粋さは時として、人を死地へと追いやる。
    「あ、えっと……オイラは……うん」
     一片の曇りもない菱の瞳に一人の少年が敗北を喫す中。
    「……えっと……まって……少し……お話……なの……山葵……すごい……いれこんでる……けど……どうして……ここまで……好きなのかな……?」
    「山葵を好きなことに理由なんて必要ないよ」
     穂乃佳へ問われ、ご当地怪人は頭を振る。
    「好きになる理由は人それぞれだし、理由を言葉に出来ない人だってい――」
     きっと、何も無ければそのまま持論を展開し始めたとも思われる、だが。
    「それじゃ景気よく一気飲み☆」
     灼滅者達の死因、もとい試飲タイムは既に始まっていたのだ。一番手は、璃理。
    「自分でよく頑張ってドリンクまで作ったんだね。よし、ちょっとだけ頂こうかな」
     応援の灼滅者までにっこり微笑んで参加を表明すれば。
    「山葵の刺激は後に残らないし……」
     ペットボトルと睨めっこをしていた桜花も覚悟を決める。
    「日凪真弓――参ります……!」
     真弓は名乗りを上げてから、ペットボトルの封を切り。
    「ごくごくごく……あ……あ……あ……あっーーーーーー!!!」
     悲鳴をあげて、璃理が倒れた。
    「つーーーーーーーーーんとしすぎなのですねぇぇぇ!!!」
    「~~っっ」
     そのまま地面平しに移行したタイミングで、桜花が蹌踉めき、菱は言葉にならない悲鳴をあげる。
    「がっ、げほっ、けほっ、うぅ」
    「ぶふっ……こ、これは強烈だね、あはは……」
     起こりうるべくして起こった、阿鼻叫喚。
    「素晴らしいわ」
     その中で、咳き込みつつも摩那は山葵ドリン苦を絶賛した。
    「えっ? 今咽せていたような……」
    「喉越しがいいから、つい飲み過ぎちゃったのよ」
     制作者からの指摘も強引に押し切り。
    「……みぅ」
     サビーナの話を聞いていたことで試飲の遅れた穂乃佳が、この瞬間初めてドリンクに口を付け。
    「でも、山葵自体はいい物つか」
    「ぶぅっ」
     何とか良いコメントをひねり出そうとした桜花の顔面へ思わず噴き出していた。
    「にゃぁっ?! 目がぁ、目がぁっ」
    「……あぅ……ごめんなさ……あぅぅ」
     顔を押さえ倒れ込む者、そして倒れ込む者に巻き込まれ押し倒される者。
    「ちょ、ちょっと退くのですねぇぇ?!」
    「え、あ、ちょ」
     そして、転がった勢いでそこへ突っ込んで行く者といつものように巻き添えに合う誰か。
    「うみゃぁぁっ、ど、何処触ってるのっ?!」
    「……あぅ……ごめ」
    「ああ、足をどけて欲しいのですねぇぇ!!!」
     目のやり場に困るカオスが誕生した瞬間であった。
    「あ、えっと……大丈夫ですか?」
     流石に責任を感じたのかご当地怪人は混沌へ近寄ろうとし。
    「まずは落ち着きましょう」
    「えっ」
     かけられた声に振り返る。
    「先程は試飲させて頂きありがとうございました。まず眠気すっきり、というのは中々着眼点はアリだと思いますよ」
    「あ、ありがとうございます!」
     評価にヒジリンサビーナは笑顔で応じるが、みんとの批評はそこで終わらない。
    「しかし、主張し過ぎは和の美徳ではありません」
    「桜花、源氏丸、後は頼んだのじゃ……」
    「菱、しっか……あ、今こっちに倒れて来ちゃ駄、にゃあああっ」
     例え新たに仲間が力尽き崩れ落ちようとも。そもこうまでして皆がドリンクを飲んだのは、元少女を説得する為なのだ。
    「こ、これは飲めないとは言いませんが……よく考えてみてください、お寿司、お蕎麦、お菓子類にも使われることもありますが、山葵はいずれもメインの食材を支える方に回っていませんか?」
    「そう言えばそうですね」
    「あえて他を支える役割に回ることで、他を強く活かしてこその山葵なのではないでしょうか? 聖さん……このドリンクはいかがですか山葵の良いところを活かせていますか?」
    「それは……」
     みんとからバトンタッチされた真弓の問題定義に、ご当地怪人は後退り。
    「好きな物を広めたい気持ち、あたしも食べ物系ヒーローだしわかる。ドリンクは勇み足だったけど、新しい魅力を出したいってのもわかるよ」
    「失敗は成功のもと。この失敗が山葵需要アップへの第一歩なのです。この味から眼をそむけちゃ駄目です」
     混沌の中からの声が後を継ぐ。
    「わ、私……」
    「アンタが闇堕ちした理由は聞いただけだけどサ、そこまで好きになれるものがあるって羨ましいと思うんだ」
     そして、平然とした様子でじっと成り行きを見守っていたロベリアは口を開くと、畳みかける様に続ける。
    「だからさ、そんなダークネスに頼らなくても、何度だってやり直せると思う。なんならアタシも手伝うからさ」
    「っ」
     膝をついたのは、説得が心に届いたからなのだろう。
    「アンタみたいな子がたった一回の失敗で自分の全部をダークネスに明け渡しちゃうのって、なんか悔しいのよ」
     じっとご当地怪人を見つめたまま、ロベリアが取り出したのは、一枚のカード。全てがオレンジ色に染まる景色の中、戦いは始まろうとしていた。

    ●戦闘、始まるよ?
    「この味をしっかりと味わい研究し、何がダメだったかを考察して、成功作品を作り上げていくのですね……それこそが、山葵への愛です♪」
    「っ……そうですね。皆さん、ありがとうございます! 私、もう一度頑張ってみます! ですから」
     感謝の言葉を述べ、ヨロヨロと立ち上がったご当地怪人はどこからか山葵を模したマイクを取り出し、続ける。
    「お礼に一曲歌いますから、聞いていってくださいね!」
    「えっ」
     漏れ出たのは「説得も終わりだろうし、いよいよ戦いだよね」と思っていた灼滅者の声か。
    「『WASABI~あなたがいなきゃ』」
     一部の灼滅者のあっけにとられた顔をスルーして、サビーナが口にしたのは、おそらく歌の名前。
    「お刺身にお醤油だけなん、べっ」
     何だか突発的に始まったコンサートの中、誰かの射出した帯が突き刺さったのは最初のフレーズが終わろうとした時だった。
    「いったーい! 何をするんですか!」
    「いえ、有耶無耶にして終わらせてしまおうという感じがしましたので」
    「ぎ、ぎくっ」
     しれっと答えるみんとにご当地怪人はあからさまな動揺を見せ。
    「成る程、追い込まれたからダークネスの方が表に出てきてた訳ね。それで、歌って誤魔化して逃げようと」
    「そ、そんな訳無いじゃないですか」
     眼鏡を通した摩那の視界の中で、ヒジリンサビーナの顔が引きつった。だが、摩那は取り合わず黒槍『新月極光』を向け、言う。
    「とりあえず、ドリンクはうまかったですよ。でも、この山葵ドリンクは世人は危険だから、ここだけにしてください」
     と。
    「え、それどう言」
    「山葵ドリンクのお礼DEATH♪」
     対する疑問の声は最後まで発せられることがなかった。璃理が真っ直ぐ振り下ろす日本刀が間近に迫っていたのだから。
    「きゃああああっ」
    「というわけで戦闘開始です」
     斬撃に悲鳴をあげるご当地怪人の身体へ黒槍の突きが繰り出され。
    「かふっ、んきゃぁっ」
    「おー、ナイスアシスト。じゃあ後はジャンクになっても守り続けてね♪」
     突かれたサビーナを跳ね飛ばす己のライドキャリバーへ璃理は非情な命令を発す。
    「はぁはぁ……酷い、いっしょうけんめい作曲したり歌詞を考えたりしたのに!」
    「え、憤るところそれなんですか?」
    「徹夜で書き上げた割と自信作だったんですよ?」
     蹌踉めきつつ恨み言を零し起きあがるサビーナへ真弓が驚けば、ご当地怪人はすぐさま食いついてきて。
    「……努力の方向音痴じゃな」
    「あ、うん」
     生温かい幾人かの目がヒジリンサビーナへと注がれる。
    「……しょうがない……です……少し痛い……けど……どっかん……と……なの……いく……よ」
    「っきゃぁぁ」
     巨大化した穂乃佳の腕の下に悲鳴と共に消えたご当地怪人へ。
    「う、うぅ……」
    「……ぽむ」
    「わうっ」
    「きゃ、きゃああっ」
    「すみません、聖さんを救うにはこうするしか――」
     何とか這い出して来たところを今度は霊犬のぽむに襲われるサビーナであったが、真弓は躊躇わない。ビハインドの鬼斬丸森綱と共に距離を詰めると、日本刀を振りかぶった。
    「っ」
    「さぁ、返して貰うよ、その子の身体をサ」
     いや、二人の連係だけでは終わらない。ご当地怪人が攻撃をかわそうと身体を反らしたところで、別方向から殲術道具を手にしたロベリアとビハインドのアルルカンも加わって、攻撃の網は四重に変化したのだ。
    「っ」
     弱体化したサビーナにとてもかわせるものではなかった、だから。
    「だったらっ」
     自ら当たりに行きながらご当地怪人はぶら下げていたエレキギターのようなモノを振りかぶった。相打ち持ち込んでも一矢報いようとしたのだろう、だが。
    「……ぽむ……がんばって……まもって……なの……んっ」
    「お願い、サクラサイクロンっ」
    「行くのです、マキハラントメイガスっ」
     複数のサーヴァントが立ち塞がり、行く手は阻まれ。
    「そ、そんなぁ」
    「気をとられてていいのかい?」
    「あ」
     サビーナがロベリアの声に振り返った時には、もう遅すぎた。
    「きゃーん、暴力反対ぃぃぃっ」
    「えーと、ゴメンね」
     遮られた一方以外の三方向から集中攻撃を受け悲鳴をあげるサビーナへ何処かから光の刃が飛んで行く。
    「きゃあっ。え、あれ?」
    「山葵のようにツンと来るよ! 痺れるでしょ!」
     傷ついたヒジリンサビーナは霊的因子を強制停止させる結界へいつの間にか踏み込んでいて。
    「源氏丸、桜花、このまま終わりにするのじゃ」
    「わうっ」
    「うん、任せて」
     なんやかんやでボロボロになったご当地怪人を視界に収め、促す菱の声に呼ばれた両者が答えた。
    「ま、まだ……」
    「失敗から目を背けては駄目なのじゃ。わさびが大好きならば、人には美味しいと納得できるものを勧めねばのぅ」
     結界に抗おうとする元少女を見据え、手が作り出すのは菱形、放つは菱餅ビーム。
    「来て、サクラサイクロン」
     愛車であるライドキャリバーを呼びながら桜花も駆け出し。
    「今日こそっ」
     一直線に自らへ向かってきたサクラサイクロンを踏み台に空高く跳躍する。
    「桜餅キーック!」
    「きゃーっ」
    「えっ、んぶ」
     見事に決まった跳び蹴りに思わず当人が驚きの声を上げて着地に失敗し、ひっくり返って桜色の下着を曝す中。
    「私の……歌」
     ポテリと倒れ伏したご当地怪人は元の姿へと戻り始めたのだった。

    ●一つの生還、そして
    「んっ、あれ? ボク……」
    「……おきた……です……おみず……のむ……です?」
     聖が目を覚まして周囲を見回した時、灼滅者達は大きく二つのパターンに分かれていた。
    「んくっ、んくっ」
     水をがぶ飲みしているのは、摩那。
    「あ、やっぱ駄目だこれ。おもったよりやばい……」
     ロベリアは星歌家の塀の陰でここまで我慢していて限界を迎えたらしく悶絶し、この二人はドリンクのダメージが残っていた側。霊犬のぽむを抱え聖の顔を覗き込んでいた穂乃佳は大丈夫だった側だ。
    「ご、ごめんなさいっ。ボクのせいで」
     記憶が残っているのか、散乱する山葵だけになったペットボトル容器から状況を察したのか少女は慌ててペコペコ頭を下げ。
    「聖ぃ」
    「わぁっ」
     そこへ菱が抱きついた。
    「元に戻ったのじゃな? そうそう、良かったらわらわ達と学園に来て欲しいのじゃ」
    「が、学園?」
    「あ、そうだ。さっきは言いそびれちゃったんだけど、あたしにアイデアがあるんだ」
     目をぱちくりさせる少女の前でポンと手を打った桜花が語り始めたのは、山葵を広める為の腹案。
    「わさび餅はどうだろう? 甘いお餅にピリッと山葵の風味が絶妙な新感覚スイーツ。一緒に作ってみない?」
    「うーん、わさび餅かぁ」
    「わさび餅は専門のヒーローが別にいるけど、アピールにはいいと思うし、協力もするよ、友達としてね」
     唸る聖へ桜花は頷き。
    「……少し、考えさせて貰ってもいいかな? お詫びというかお礼はしたいけど」
     説明と沈黙を挟んだ後、少女は答えた。
    「転校となれば色々と手続きもあるし」
     オレンジ色に染まる景色の中、青いリボンを揺らし聖は続け。
    「……あの……もふもふ……するです?」
    「わうっ」
     ぽむに隠れるようにして穂乃佳は首を傾げる。
    「えーと……じゃあ少しだけ」
    「これにて……終幕です」
     そうして始まった霊犬と少女の一時を眺めつつ、一つ頷いた真弓は空を見上げ。
    「あ、あの雲の形――」
     浮かんだ雲の形ににぎり寿司を見いだしていた。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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