姉と弟と柏餅、柏モッチア出現

    作者:聖山葵

    「ねぇ……かずくぅん、柏餅ちょうだい?」
    「いや……何やってんだよ、ねーちゃん」
     服の胸元をはだけさせ、上目遣いでねだってくる姉を前にして、少年は顔を引きつらせつつ言った。
    「え? だって、ホラ、あたしが柏餅好きなの知ってるでしょ? イイコトしてあげるから……ね?」
    「……そんなこと実の姉に言われてもなぁ。むしろ、そこで首を縦に振ったら俺が危ない奴じゃん」
     めげずに色仕掛けを敢行する姉へ呆れたようにジト目を向けつつ、少年は剥く、手にした柏餅の葉っぱを。だが、それは姉にとって看過出来ないモノだったらしく、次の瞬間には叫んでいた。
    「ああっ、かずくん何するのよっ?!」
    「何するって、食べるんだけど、柏餅」
     これに返ってきたのは至極まっとうな答え。
    「そんな、食べるとか、柏の葉っぱを剥くとかいやらしいっ! どうせ剥くならあたしの服を剥きなさいよっ!」
     ほぼ誰に聞いても同意を得られそうな答えだったが少年の姉は無茶苦茶な非難をし。
    「ちょ、姉ちゃん、何を言っ」
    「だいたいかずくんは狡いのよ、こどもの日は男の子の日だからって毎年毎年、一個多く食べてっ、あたしだって、あたしだって柏餅大好きもっちああああっ!」
     顔を引きつらせた少年の前で喚きつつ変貌を遂げるのだった、柏の葉っぱで出来たマイクロビキニを着ただけという姿のご当地怪人へと。
     
    「一般人が闇もちぃしてダークネスになる事件が発生しようとしている。今回は柏餅だな」
    「闇もちぃ……ですか?」
     君達の前で座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)が明かすと、口を開いた者が居る。席の一つに座った、倉槌・緋那(大学生ダンピール・dn0005)だった。
    「そうか、君は聞くのも初めてか。まぁ、闇堕ちと餅をかけたただの造語だ。餅関係のご当地怪人へ闇堕ちしようとしていると考えてくれればいい」
     相手が相手であるからか、真面目に説明したはるひは、緋那から君達へ視線を向けると、説明を再開する。
    「ただ、問題の少女は闇もちぃしても人の意識を残したまま一時踏みとどまるようななのでね」
     もし、彼女に灼滅者の素質があるのであれば、闇もちぃからの救出を、そうでない時は完全なダークネスになってしまう前に灼滅をと言うのが、今回の依頼であった。
    「さて、問題の少女の名は、柏枝・五月(かしわえ・さつき)。高校一年の女子生徒だな」
     弟と柏餅が大好きな五月は、毎年毎年弟が柏餅を自分より一個多く食べられる状況に不満をため込んでいたらしい。「弟も好きだから我慢していたのだろうな」
     色々と限界が来ていた五月は弟相手への色仕掛けという暴挙にまで走るが柏餅は得られず、遂に闇もちぃし、ご当地怪人柏モッチアへと変貌してしまうのだとか。
    「君達がバベルの鎖に接触することなく五月と接触出来るのは、五月が柏モッチアとなった直後だ」
     この時、柏モッチアの注意は完全に弟の持つ柏餅に行っているので、その辺りが鎖に補足されずに済む理由なのではないかとは、はるひの推測。ちなみに五月の家は在宅中で鍵が開いており、侵入は容易だとか。
    「邪魔をしなかった場合、柏モッチアは柏餅を奪う為に弟へ襲いかかってしまうだろう」
     これを阻止すべく君達がとれる手段は二つ。弟を庇いにゆくか、柏モッチアへ柏餅を差し出すかだ。
    「前者は一時しのぎに過ぎず、柏モッチアは再び弟をを狙おうとすると思うのでね、私は後者を推奨しよう。こんな事も有ろうかと思って柏餅も用意してある」
     餞別に持って行くと良いとはるひが取り出し君達の方へ押しやったのは柏餅の入ったプラのパックが四つ。
    「こしあんと粒あんの両方用意しておいた。柏餅さえ与えれば、五月も落ち着き、君達の言葉に耳を傾けてくれることだろう」
     闇もちぃ一般人と接触し、人の意識に呼びかけることでダークネスとしての戦闘力を削ぐことが出来る。
    「五月を救うには戦闘は避けられないのでね」
     救出には戦ってKOする必要があることを補足し、故に弱体化は歓迎すべきことだともはるひは言う。
    「戦いになれば柏モッチアはご当地ヒーローのサイキックと似た攻撃で応戦してくる」
     ただし、ご当地ダイナミック相当の技は使ってこないという。
    「何もしなければ自宅の一室なのでね」
     この時、自宅が荒れるのは好ましくないだろうと言うなり柏餅で釣れば、柏モッチアは屋外へ出てくれるだろう。
    「戦闘で家が荒れる心配は無くなるのでね、その一点では良いが」
     当然ながら、このケースではダイナミックっぽい攻撃手段も遠慮無く使ってくる。
    「どちらを選ぶかは君達次第だ、ただ」
     現場には五月の弟が居合わせてしまう為、場所を移す方を推奨しようとははるひの弁。
    「せっかくのGW、闇もちぃという悲しい結末は防ぎたいと思うのだよ」
    「……そうですね。ですが、柏餅ですか」
     はるひの言葉に応じた緋那はちらりと窓の外を見て、呟いた。奇縁と言うべきなのかも知れませんね、と。
     


    参加者
    久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)
    ユリアーネ・ツァールマン(紡死風・d23999)
    照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)
    夜神・レイジ(元炎血の熱血語り部・d30732)
    持戸・千代(大正浪漫チヨコレヰトモツチア・d33060)

    ■リプレイ

    ●おじゃまします
    「前にモッチアと戦ったのは、確か去年のバレンタインだったか。……まさか1年以上たってまた戦う羽目になるとは思わなかったよ」
    「もきゅ、私ももっちあを救助したと思ったらまたもっちあなの、これじゃあ私ももちもちになっちゃうの~」
     問題の姉弟が居る部屋を目指すユリアーネ・ツァールマン(紡死風・d23999)の言へエステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)応じると代わりにお布団をと続けた。
    「わううっ?!」
     代わりにされた霊犬が驚きに固まるが、それはそれ。
    「最初のもっちあ、桜花ちゃんや他の元もっちあの子とはお付き合いがあるけど……まさか、自分がそのもっちあを助けることになるなんてねっ」
     窓ガラスに真剣な表情を映して墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)は廊下を進み。
    「家族が引き金か……捨て置けんっ」
     同じ廊下の端を進みつつ、ポツリと漏らしたのは、自称引っ込み思案の持戸・千代(大正浪漫チヨコレヰトモツチア・d33060)。
    「……理由はなんであれ姉弟が傷つけあう未来は止めなきゃな」
     呟いた千代を横目に一つ頷いた久遠・翔(悲しい運命に抗う者・d00621)は視線を前に戻す。
    「ああっ、かずくん何するのよっ?!」
    「あそこみてぇだな」
     廊下まで漏れてきた声に夜神・レイジ(元炎血の熱血語り部・d30732)の視線が一つのドアへ止まり、介入時は来たる。
    (「最初にやるべきは弟君の救助かな。五月さん至近距離で闇もちぃ……じゃない、闇堕ちしてるわけだから、五月さんが攻撃する前に」)
     次の行動を思案しつつ照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)が仲間達と共に声がする部屋のドアへと近寄った直後。
    「だいたいかずくんは狡いのよ、こどもの日は男の子の日だからって――」
    「始まるようですね……」
     変貌する直前の言葉を耳にした倉槌・緋那(大学生ダンピール・dn0005)がドアノブに手をかけ。
    「あたしだって柏餅大好きもっちああああっ!」
    「姉……ちゃん?」
     空いたドアの先、変貌を遂げた姉へ呆然とする少年とご当地怪人を視界に入れつつ。
    「ちょーっと待ったぁあああ!!」
    「なっ」
    「女王、それは花の如く……混沌に咲いた一輪の花-FLOWER-! クィーン☆フラワーチャイルド2世、ここに推参ですわ!」
     叫びつつ突入した翔の後を追い、安田・花子(クィーンフラワーチャイルド廿・d13194)は部屋へ飛び込み名乗る、なぜかダイナマイトモード状態で。
    「もちぃ?」
    「……すげぇ」
     いや、変身しつつ登場した理由は明らかだった。部屋にいた姉弟の意識は共に花子へ向かったのだ。
    「大切な弟を傷つけるつもりなのかよ? そうじゃないよな? だったら俺たちの話を聞いてくれ!」
    「柏餅ならここにあるよ!」
     他の灼滅者からすればそれは好機以外の何ものでもない。レイジが仲間へ気をとられたご当地怪人柏モッチアへ呼びかければ、ユリアーネも自分達の話へ耳を傾けさせるべく、はるひから渡されたかしわ餅を柏モッチアへと突き出してみせる。
    「か、かしわ餅……」
     とりあえず、かしわ餅の効果は覿面だったと思われる。ただ見せられただけで、ご当地怪人の視線はかしわ餅に固定されてしまったのだから、ただ。
    「……なんだあの質量兵器。私が平面で彼女は立体?」
     見えては拙い部分を隠す柏の葉っぱが今にも千切れ飛びそうなもっちあ(名詞)と自分の何かを比べてしまった瑞葉は、茫然自失の態で立ちつくし。
    「110cm……くっ。私だって決して小さい訳では……」
     瑞葉の言う質量兵器のサイズへ花子もまた顔をしかめた。
    「殿方は少々目のやり場に困ってしまう怪人さんですねぇ……♪」
    「もっちあな胸元とかは、青少年の健全な育成には良くないと思う、うん」
     応援の灼滅者や赤面した由希奈が口にした様に男性への視的な効果もあるかも知れないが、ご当地怪人側の意図せぬところで一部の同性灼滅者の意識も奪っていたのだ、恐るべし、モッチア。

    ●表へ出ろ的な何か
    「それはそれとして」
    「え? あ……」
     もっとも、ご当地怪人と灼滅者、目を奪われていた両者で比べれば我に返ったのは灼滅者側の方が早かった。由希奈達の招いた爽やかな風がこの場に居合わせた唯一の一般人である少年を即座に眠りの園へと誘い。
    「なっ、かずくんに何したもちぃ!」
    「安心しな、ただ眠って貰っただけだ」
     弟へ何かされたと理解し、かしわ餅の誘惑へ打ち勝った元少女は自らが何をしようとしていたかも忘れ、噛み付いてくるが立ち塞がった翔は動じずちらりと仲間へ視線をやり。
    「まずこれ食べて落ち着いて」
    「っ、かしわ餅」
    「ここで暴れたら家が壊れかねないし一旦外に出よう?」
     差し出されたかしわ餅に怯む柏モッチアへ瑞葉が提案すれば。
    「ここで喧嘩は後始末が大変だぞい」
    「むーん、せまいし弟さんも怪我するかもしれないの!」
    「あ」
     続いた千代やエステルの言葉に、一理あると理解したのだろう。元少女は声を漏らして動きを止める。
    「倉槌さん、弟君のこと見ておいて貰っていいかな」
    「解りました」
     振り返った瑞葉の言葉へ緋那は頷き。
    「ほーっほっほっほっほ、これで色々問題はありませんわね? 貴方の望む柏餅はここですわよ。欲しいのならば、私達と勝負なさい! もちろん、ここでとは言いませんわ、家を破壊する危険もありますもの」
     高笑いした花子はビシッとご当地怪人へ突きつけた指をそのまま外へと向け、続ける。
    「表に出るのです! 決闘は荒野……それが古くからの相場ですわ!」
     指先にあるのは柏枝家の庭だったが、まぁ屋内で戦うのは良くないと言うところまでは伝わったのだと思う。
    「ここにお前の好きな柏餅がたんまりある! こっちだ!」
    「うふふ、いいもちぃよぉん。あなた達を倒してお仕置きすれば……かずくんもかしわ餅もみんなあ・た・し・の・も・のねぇ?」
     妖艶というか色気過剰というか、頬を染め、とろけそうな表情で承諾したご当地怪人は、ちらりと眠ったままの少年を一瞥すると、レイジを追う形で部屋を後にする。戦場を移させることには成功したのだ。
    「あたしのものって、やっぱり……」
     一人、柏モッチアの言葉を反芻して赤面する灼滅者が居たが、それはそれ。
    「この辺りなら良いかな」
     ユリアーネが足を止めたのは、屋外へ出た後のこと。
    「ここでするもちぃの?」
    「う、うむ」
     首を傾げた元少女へ首肯で応じた千代は、相手の視線と心の中で戦いながら更に言葉を続けた。
    「五月殿は、弟君が大好きなのじゃな……」
    「もちぃ?!」
     自身の言葉へ頷く様に人見知りの影はなく、ごく自然な発言者に対し、不意をつかれた柏モッチアは固まり、立ちつくす。
    「柏餅のこと大好きなのは、よく分かるよ。でも、弟くんも大好きなんだよね?」
    「うっ」
    「弟も好き、柏餅も好き。それは解った。で、そのことはちゃんと弟くんには伝えたの?」
     弟くんもの下りで顔を赤くし微かに視線を逸らした由希奈の言葉へ怯んだところに、今度はユリアーネが疑問を投げ。
    「も、もちぃ、それは……」
    「五月さんはいいお姉さんだよね」
     言葉に詰まるご当地怪人の様子を見ながら、瑞葉は徐に口を開いた。
    「自分も柏餅食べたいのに、お姉さんだからって我慢して、弟君に最後の一個あげてたんだよね」
    「……そーいや、俺の場合は兄貴がいっつも年上だから1個余分に食ってたな。悔しかったから自分の分を下手くそでも大きく作って逆に自慢してたがな?」
     独言に見せて元少女へ聞かせる呟きに、翔は空を仰ぎ。
    「うーん、でも取り合いになるほどなんて相当なの、彼女に作る技量があれば解決しそうな気もするの、難しいのかな?」
    「出来れば作りたいけれど料理はあまり得意じゃないもちぃよねぇ。手元がよく見えなくて」
    「うぐっ、ぐぎぎ」
     何気なくエステルの漏らした疑問に元少女の返した答えで、謎のダメージを負った灼滅者が若干名。
    「でも、2人で幸せになる術はあるぞい」
     脱線し微妙の空気が漂い出す中、話題を軌道修正したのは、持たざる者ではなく、もっちあ(名詞)を持つ者だった。
    「どういうこともちぃら?」
     千代の言葉に興味を覚えた柏モッチアは問いを返し。
    「ふふふ、ふふふふふ……」
    「お餅はこれなの、深呼吸なの~」
    「わうっ」
     エステルは、怖い笑顔を作った仲間をおふとんと共に宥めに回った。
    「……ねぇ、弟君の事好き?」
     説得の言葉を口に出来るまでに落ち着いたのは、きっとそのかいもあってだろう。
    「え?」
    「柏餅を食べてる弟君は?」
     振り返る元少女へ尚も言葉をかけ。
    「簡単なことじゃないか。どっちが最後の一個食べるかじゃなくて、半分こにすればいいんだよ」
     答えてみせる瑞葉のこめかみ辺りは、きっとひくついてなんていない。
    「だな。弟も柏餅も大好きなら、二人で分け合うっていう選択肢はないのかよ?」
    「まぁ、そういうことじゃ」
     同意しつつ問うレイジを含めた二人の言葉に千代は頷き。
    「……半分こ、もちぃ」
    「うん。柏餅好きだからって、それが原因で闇もちぃしたら本末転倒じゃない。どちらも大切に想うなら、餅を分けあったり、気持ちを伝えて話し合うのも大事だと思うよ。勇気が出ないなら、手伝うから!」
     反芻するご当地怪人へ首を縦に振った由希奈は訴えた。

    ●私怨に非ず
    「もちぃ……あたし」
    「……お前さん弟大切にしてるんだろ? お前さんの鬱憤もわかる……だが傷つけあうなんておかしいぜ」
     灼滅者達の言葉に思うところがあったのだろう、立ちつくす柏モッチアへ翔が主張すれば。
    「どうすればいいかは二人で考えて行くこともできる。一人で抱え込む必要なんてないんだよ?」
     ユリアーネも徐々に威圧感を減退させて行く元少女を諭す。
    「あ、餡はどっちが好きじゃろ?」
    「あ」
     そして、このタイミングで差し出されたかしわ餅はおそらくダメ押し。
    「あー。そっか、種類があるんだっけ。好きな人もいるのは解るんだけど、私はどーも好きになれなくて……」
     粒あんとこしあんのかしわ餅を手にした千代を見てユリアーネは小声でポツリと呟き。
    「そう言や、みそあんは柏餅としてありか?」
     翔もかしわ餅を取り出して問う。
    「……ふぅ、柏餅が好きなのは大いに結構。だからと言って、他人の物を奪うことは許されませんわ! 愛する物の為、他に迷惑をかける……あってはならぬ事ですわよ!」
     お茶を啜りおやつタイムを終了した花子は立ち上がるとご当地怪人へ指を突きつけた。
    「も、もちぃ?」
    「餅を愛するが故の闇堕ち、その誤った考えを正しますわ!」
     理由はどうあれ、元少女を救うには一度戦う必要があるのだ。
    「……まぁ、そんな状態じゃ伝えるのもままならないし……とりあえず目、覚めてもらおうか」
     柏モッチアはまだ状況が呑み込めていないようではあったが、灼滅者達からすれば、発言の意味は明らか。
    「燃えよ魂、俺に力を!」
     レイジがスレイヤーカードの封印を解くのとほぼ同時に、翔は眼鏡を外しポケットに仕舞う。
    「その鬱憤俺たちに思いっきりぶつけてみないか? きっとスカッとするぜ」
    「あっ」
    「……俺たちが相手になっからよ、遠慮なくきな」
     言われてようやく外へ連れ出された理由を元少女が思い出した時、対峙した相手の態度は一変していた。
    「行くよ」
     ただし、最初にしかけたのは眼前の灼滅者ではなく、ユリアーネ。
    「もちゃぁっ」
     白衣の袖から一瞬だけ覗いた骨の手が一閃し、すれ違った時には斬られており。
    「暴力で解決するのが一番……じゃないけど、時には!」
     妖の槍を構えた由希奈が悲鳴をあげた柏モッチア目掛け地面を蹴る。
    「そこじゃぁっ!」
     二人目の突きに合わせるように高速でご当地怪人の死角へ回り込む千代まで入れれば三連係か。
    「やぁん、あ……」
     身を守るものごと斬り裂く斬撃に、かしわ餅の葉っぱの下半分が斬り剥がされてひらひらと舞い落ち。
    「ふーん」
     瑞葉は交通標識をギリギリと音がしそうな程握りしめる。別に攻撃が胸に行ったことに他意はない、身を守るものの有る場所が限定さて手居たと言うだけの話なのだ。
    (「あの巨大な餅、揉みし抱いていいかな」)
     だが、直後に口元をつり上げて元少女へ向かっていった灼滅者が居たのもまた無理もないことだった。
    「な、ちょっ、な、何もちぃ? へもべっ」
     怯えて後ずさる元少女へ赤色標識が振り下ろされ。
    「あっ、や、やぁっ、きゃぁぁっ」
    「……餅肌っ……!!?」
     殴り倒したご当地怪人の胸を宣言通りもっちあ(比喩表現)しながらその感触に瑞葉はカッと目を見開いた。
    「むぅ、おふとんもごー、今回ももちもちだからあむあむしちゃうのですよ~」
    「わううっ」
     更にそこへエステルへけしかけられた霊犬が襲いかかる、魔力の宿した霧に狂戦士化しながら。
    「やぁんっ、駄目っ、駄目もちぃぃ」
     何だか酷く犯罪臭い戦闘シーンであった。
    「ったく、いい加減戻りやがれ!」
     しかも、加勢に加わったレイジの殲術道具は怪談蝋燭、つまりロウソク。
    「熱い、あ、もちぃぃぃ」
     誤解しないように言うなら、飛ばされた火の花が命中しただけである。
    「……行きますわよ、セバスちゃん」
     決闘と言うより一方的に元少女が袋叩きに遭っている光景に複雑な表情を浮かべはしつつ、嘆息した花子はビハインドに呼びかけると集中攻撃の輪へ加わった。
    「くっ、こもちぺっ」
    「仲良く半分斬だぁ!」
     反撃しようとして打ち込まれるつららが命中し、体勢を崩したところへジグザグに変化した刃で翔が斬りかかり。
    「ダークネスの方は、私達が責任をもって止めるっ! だから五月ちゃんは頑張って!」
    「もちゃべあっ」
     かけられる声へご当地怪人の悲鳴が返った。弱体化が響いたか、戦いはほぼ一方的である。
    「よく……も」
    「俺も柏餅が大好きだ! だからお前の気持ちはよくわかるぜ! だからって、こんなのおかしいだろっ!」
    「もちゃべっ」
     ヨロヨロと身を起こしたところへ超弩級の一撃をレイジに叩き込まれ。
    「弟君と柏もちの為、目を醒ますのじゃ!」
    「っ」
    「餅の粘りだって、邪魔なら断ち切るよ!」
    「もちゃっ」
     弟の一言に反応した柏モッチアはの射出した帯に貫かれ、ポテリと倒れると元の姿に戻り始めたのだった。

    ●救出完了
    「っと……これをっ」
    「ほらほら、あっち行ってっ」
     倒れた少女と慌ててパーカーをかける千代を背に由希奈は男性陣を追い払う。戦いで服がボロボロになったりしている以上、やむを得ない処置であった。
    「にゅ、起きないともちもちうにょーんなの」
    「意識が戻ったら、五月さんだけじゃなく弟君にも灼滅者や武蔵坂学園のこと説明しなきゃね」
     少女と同性であるエステルが遠ざけられることなく、つついている少女の大きすぎる何かを見て何とも言えない表情をしつつ、瑞葉は呟く。
    「むぅ、たしかにのう……これ、あまりつつくでない」
    「うにゅ」
    「あー、えっと……」
     引っ込み思案なはずの千代が制止を入れたことで男子には目の毒にしかなりそうもない状況は収束を見た。いや、男子の視線なんて無かったが。
    「ともあれ、後はこの110cmさんが起きるのを待つだけですわね」
    「おいおい花子、いくら何でもその呼びか」
    「クィーン☆フラワーチャイルド2世、ですわ」
     遠くから聞こえたツッコミに花、クィーン☆フラワーチャイルド2世は少しムッとしつつ即座に訂正を入れ。
    「んっ」
    「あ、目を覚ましたみたいだよ」
     蚊帳の外に置かれてしまった少女が呻いたのに気づいたユリアーネが声を上げた直後。
    「どうやら、助けられたようですね」
    「そうみたいですね」
     応援の灼滅者と共に屋内から顔を覗かせたのは、緋那。
    「あれ? ここ……は」
     一瞬幾人かの意識が家屋に逸れたところでむくりと起きあがった少女はぼんやりと周囲を見回し。
    「っ、きゃあぁぁぁぁぁぁっ」
     次の瞬間盛大な悲鳴をあげたのだった。ご当地怪人から灼滅者になるということは、本来の性格である恥ずかしがり屋に戻ったということでもある。
    「うぇぇぇ、かずくぅぅぅぅん」
    「……人事とは思えんぞい」
     パーカーの襟元を掴んで零れそうになるもっちあ(名詞)を必死に隠そうとしつつ泣きだした少女へ千代は同情の視線を送り。
    「ほれ、弟と一緒に仲良く食いな?」
    「あ、ありがとう……」
     それから数分後、翔からもじもじしつつ半分に切った柏餅を受け取った少女はようやく泣きやみ、事情説明が行われたのもこのあとのこと。
    「確か学園には様々な餅類を取り扱うクラブがあったかと……そこならば、貴方の求める柏餅も常時手に入ることでしょう」
    「おそらくわしの世話になっとるクラブじゃのう。……どうじゃ、わしらの学舎に来んか?」
     花子が話を向ければ、大正時代を思わせる袷と袴姿で視線を外し、もじもじしつつも千代は問いかけ。
    「あ、あたし……そのぉ」
    「ま、どっちにしてもだ。……あっちは待ってるみたいだぜ」
     まごつく少女を一瞥したレイジは、顎をしゃくることで緋那達の方を示してみせる。
    「……姉ちゃん、大丈夫か?」
    「かず、くん……」
     今にも家から出てきそうな少年とかすれた声を漏らした少女。
    「さあ、帰るぜ。お前の居場所に」
     差し出された手は少女の帰還を促して、この日一人の少女が救われた。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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