絶望の杯

    作者:飛翔優

    ●武勇の果てに
     剣を握る右腕をだらりと下げたまま、男は血に濡れた視界を拭っていく。観覧席から降り立っていく、黒ずくめの男を見つめていく。
    「……」
     人々が固唾を呑んで見守る中、男は体を起こし身構えた。
     瞳を軽く閉ざし、息を吐いた。
     ――おおよそ三十日前、千人ほどの人々とともに、河原塚一号古墳一帯に囚われた。
     支配者を名乗る者は反抗しようとした者を押さえつけながら言った。十日ごとに八人を選び、トーナメントを行う。生き残った者は我が配下と戦い、打ち勝ったのなら誰か一人と共に逃亡を許す……と。
    「……選ばれて、勝ち残った以上……!」
     震える体を叱咤し、男は支配者の配下へと切っ先を向けた。
     試合開始の合図とともに、雄叫びを上げて走りだす。
     金属同士がぶつかり合う音が響く。
     弾き合い、距離を――!
    「っ!」
     取ろうとした男を、配下が猛追した。
     剣を盾にするも、男は勢いに抗いきれず押し倒される。
    「最後に、良いことを教えてやろう」
     男の喉元に剣の切っ先を突きつけながら、配下は囁いた。
    「私が、真の支配者だ」
    「っ!?」
     驚愕と絶望に瞳を見開いた男の喉元を、掻っ切った。
     血しぶきが上がり、観客席からは絶望の吐息が漏れていく。
     口元のみを持ち上げながら、支配者は元いた場所へと戻っていき……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)がゴッドセブンの六六六人衆・アツシの手による密室を発見したと、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は前置きし説明を開始した。
    「場所は松戸市の河原塚一号古墳一帯。密室を与えられたダークネスは六六六人衆、六三三・斬亡。捉えられている人々は千人程度……といったところですね」
     密室内に囚われた人々は、一日三回支給される食料と水で生かされている。更に……。
    「十日に一度、トーナメントを開くようです」
     それは、人々の中から八人をランダムに選び、トーナメント形式で殺し合いをさせる。生き残った者は斬亡の配下と戦い、打ち勝ったならば自分と誰か一人の脱出を許す……といったもの。
    「配下は、斬亡の傍らに佇み、時には斬亡の代わりに人々と接触していく黒ずくめの男。人々には、いち早く忠誠を誓った一般人……そう、斬亡は言っています。もっとも」
     実態は、斬亡を名乗る存在はただの幻影。黒ずくめの男こそが、斬亡本人。
     斬亡はトーナメントで勝ち上がったものを殺す瞬間にその事を告げ、心が絶望に満ちた瞬間に殺害する。そんな殺戮を行っている。
    「状況としては、そのような形になります。後は……ごめんなさい。密室はエクスブレインの力が余り働かないのか、これ以上の状況を読み取る事はできませんでした。しかし、一つだけわかっている事があります」
     それは、赴く当日はトーナメントの日だということ。
     トーナメント当日は、一号古墳にて黒ずくめの男……斬亡のみが佇む場所でメンバーの発表が行われること。
    「具体的な時間はわかりませんので、早めに侵入して見つからないように待機しておく必要があるかと思われます。その代わり、この状況で仕掛ける事ができれば人々への被害を最小限度に減らせるとも思います」
     そして、潜伏中に意図せず発見され戦いへと雪崩れ込むにしても、首尾よく発表中にしかけられるとしても……戦いとなるだろう。
     敵戦力は斬亡のみ。力量は、八人を十分に相手どれるほど高い。
     妨害能力に秀でており、敵陣の意識を高ぶらせ判断能力を乱す。物影から複数の縄を放ち多人数を捉える、幻影を用いて複数人のトラウマを呼び起こす……と言ったもの。
    「以上で説明を終了します」
     現地までの地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「六六六人衆による、じわり、じわりと広がっていくような殺戮……決して許すわけには行きません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    水城・恭太朗(俗即物・d13442)
    石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)
    セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)

    ■リプレイ

    ●光を宿して
     晴れやかな陽射しに照らされて、鮮やかに輝く雑木林。
     たもとにうずくまる人々の表情は暗く、頬は薄汚れ髪は乱れ、目元には疲労をにじませていた。
     すべてはこの場、松戸市の河原塚一号古墳一帯を密室として支配している六六六人衆……六三三・斬亡のせいだろうと、音もなく侵入した灼滅者たちは断定。
     猫になる、外套を纏う……様々な手段で人々の群れに紛れていく中、楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は侵入口近くの斜面に座り込んでいた男性に話しかけた。
    「……いつまで、続くのだろうねぇ」
    「……ああ、そうだな」
     男性は虚空を見つめたまま返答してくれた。
     言葉を返す余裕はあるのだろうと、重ねて尋ねていく。
     メンバー発表はどこだったかなと、いつだったかなと。
     古墳の場所、塚の側。時間は太陽が一番高いところにある時間じゃなかったかねぇ……との返答を得た上で、礼を述べて立ち去った。
     合流を果たし他の情報とも照合してみれば、やはり、正午頃に中央部で行われる様子。
     後は時間になるまで隠れているだけと、外套を纏っているセティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)は静かな息を吐いていく。
    「多くの人が、気力も希望もなく……ただ、生きるために水を飲み食べ物を食べている……そんな感じだったわ。一部、体を動かしている人もいたけれど……」
     それも今日でお終いだと、灼滅者たちは木々や草むらに身を潜めた。
     待つさなかにも、石見・鈴莉(偽陽の炎・d18988)は観察を続けていく。
     寄り添い合っているのは家族だろうか? それとも、閉じ込められてから絆が芽生えた人達だろうか?
     トレーニングを行っている風な人も、きっと、戦うことは望んでいない。ただ、仕方なく、大切な人を守るために体を鍛えているだけ……そのはずだ。
     だから……。
    「……」
     ……時間が来たのか、笛の音が聞こえてきた。
     人々がびくりと体を震わせた後、古墳に向かって歩き出していく。
     灼滅者たちも合図を送り合い、人波に紛れ……。

     古墳を取り囲むように、集った人々。
     視線の先は、古墳の上。
     塚の側に佇むローブ姿の人間と、剣を携えている男。
     男はローブ姿の人間から紙を手渡され、開いていく。
    「今日もまた、脱出トーナメントの日がやってきた! 喜べ、トーナメントに勝ち抜き、俺に勝利すればそいつともう一人この密室からの脱出を許してやる! 参加者は八名、今から一人ひとり読みあげるから、聞き逃さないように」
     言うが早いか、名前を告げていく男。
     ため息が、悲鳴が、覚悟の音が、灼滅者たちの耳に聞こえてきた。
     それが六つとなった時、水城・恭太朗(俗即物・d13442)が元気よく手を上げていく。
    「はーい、ここから出れるなら出場しまーす」
    「何……!?」
     恭太朗は言うが早いか飛び出して、刀刃が全長を半分を占める巨大な槍を引き抜きながら古墳を駆け上がった。
     勢いのままにローブ姿の人間を貫き、霧散させ、男に……自らを配下と偽っていた斬亡に真っ白な矛先を突きつけていく。
    「アンタに勝てばトーナメント優勝ってことで、スーパーシードの俺様と戦おうぜ」
    「くっ、お前は」
    「力無き者を甚振るのにもそろそろ飽きたのでは? さァ僕達の相手をして下さいな」
     疑問を差し挟む暇を与えずに、続いて橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)が下駄を鳴らしながらの槍による螺旋刺突を繰り出した。
     剣を盾代わりに受け止め一歩引いていくさまを眺めながら、月姫・舞(炊事場の主・d20689)はスレイヤーカードを取り出していく。
    「貴方は私を殺してくれる? それとも殺されるのかしら?」
     見つめるは、冷たき瞳。
     浮かべるは、どことなく楽しげな微笑みだろうか。
     三人が斬亡を牽制していく中、イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)もまた開放。
    「Schau mich an」
     ビハインドを呼び出すと共に、人々に視線を送っていく。
    「ここはわたくし達にお任せを」
    「ミート、奴を抑えて!」
     一方、ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)は前線をナノナノのミートに任せ人々の方へと歩み寄った。
    「落ち着いて、大丈夫。安全なところまで避難して。こんな時間はもう、今日でお終い。私達がこの男を……あなたたちを閉じ込めていた斬亡を倒しちゃうんだから!」
     ペペタンが真っ直ぐな瞳で見つめる先、一人が背を向けた。
     かと思えばまた一人、また一人……と、惹かれるように外側への退避を行っていく。
     戦闘圏内にはもう、灼滅者たちと斬亡しか存在しない。
     ペペタンは向き直り、前線へと移動した。
    「さ、それじゃはじめましょうか!」
    「……ちっ、忌々しい奴らめ! 容赦はせんぞ!!」
     言葉と共に、すさまじい衝撃が前衛陣を駆け抜けた。
     後方に位置するセティエは残滓を受け、それが精神を不必要に高揚させてしまうものだと断定。
     風を、木々の間から招き入れていく。
    「大丈夫、皆さん安全なところまで逃げました。後は、斬亡を倒すだけ。落ち着いていきましょう」
     呼応し、霊犬も六文銭を射出。斬亡を牽制し始めた。
     後顧の憂いは存在しない。全力で、斬亡を灼滅してしまおう!

    ●希望の風
     舞は踏み込み、再び螺旋刺突を仕掛けていく。
     剣に防がれるも刃を抉り、体を近づけながら微笑んだ。
    「ところで、どうやってアツシと連絡を取ってるのかしら?」
    「……」
     返答はせず、ただ忌々しげにバックステップを踏んだ斬亡はどこからともなく縄を呼び出し、前衛陣へと放っていく。
     展開したシールドで叩き落としながら、鈴莉はウイングキャットのビャクダンへと視線を送った。
    「ビャクダン、治療をお願い。私は……!」
     視線を戻すなり大地を蹴り、跳躍。
     顔面めがけ、展開したシールドを突き出した!
    「くっ!」
     剣に阻まれるも、印象づける事には成功。
     退いても追ってくる視線を感じながら、鈴莉は身構えていく。
     さなかには恭太朗が背後へと回り込み、ジャンプキック! 背中の中心へとぶち当てた。
    「卑劣アンド非道な殺人鬼、得た力を使いたいだけの幼稚な犯行、どこで貰ったんだ? この力。俺にもくれよ」
     冗談めかした言葉と共に反対側の足でも蹴りつけて、距離を取る。
     振り向く暇など与えぬと、縄を避けるため距離を取っていた梗花が魔力の矢を解き放った。
     剣に叩き落とされ、あるいは斬亡を掠め……いずれにせよ、地面を貫き土煙を上げていく。
     土煙に紛れる形で、梗花は飛び込んだ。
     魔力の矢が止むと共に側面へと踏み込み、炎の膝蹴りをぶちかます。
    「かはっ!」
     膝は、見事土手っ腹へとクリーンヒット。
     体を炎上させながら転がっていく斬亡を、イブが追いかけていく。
     勢いを利用し起き上がろうとしていく顔に、手甲を嵌めた腕を突き出していく。
    「さ、せるかぁ!」
     掲げられた剣に阻まれ、硬質な音が響き渡った。
    「今です!」
     が、すぐさまビハインドが霊障を放ち、斬亡の体を揺さぶった。
    「ぐ……このぉ!!」
     それでなお、斬亡は立ち上がった。
     忌々しげに灼滅者たちを睨みつけながら、数多の幻影を生み出していく。
    「てめぇらみたいな奴らは……自分の記憶に潰されて死になぁ!!」
    「……」
     幻影を前に、九里は立ち止まった。
     自嘲の笑みを浮かべながら、漆黒の鋼糸を振り上げた。
    「あァ気分が悪い……貴方を殴り飛ばせば気が晴れますかねェ」
     諸共切り裂かん勢いで振り下ろし、風刃を放っていく。
     風刃が右肩を切り裂いていく中、ペペタンもまた幻影を振り払い炎の翼を背に生やした。
    「ほんと、性格悪いわね。理解できないわ」
     炎の翼は羽を散らし、前衛陣へと注がれる。
     傷を癒やし、魔を砕く力が与えられていく光景を前に、ミートはハートを飛ばし始めた。
     治療役が主に治療し、足りない分は補いあう。
     概ね、万全を保つことができている。
     逃げ場もまた、灼滅者たちが取り囲んでいる限り存在しない。
     この調子を保てたなら……。

     灼滅者たちの心を守るため、ミートが幻影を引き受けていく。
     ミートを、引き受けきれなかった幻影を受けた者たちを癒やすため、セティエは新たな風を招いた。
     木々の香りが心を優しく癒していく中、視線は斬亡へと向けていく。
    「ほんと、なんて性質の悪い人なのかしら……」
     希望を与え、人々を殺しあわせ……希望を自らかり取っていた、斬亡。
     今も、何度も、何度も、灼滅者たちの心をかき乱そうとしてきた。セティエが被害を受けていないのは、前衛陣が進んでそれらを引き受けてくれている結果にすぎない。
    「ま、それももうすぐお終い。あなたを野放しにする訳にはいかないし、決着をつけさせてもらうわよ」
     全力で支えていく。決意の下、新たな風を招き入れ前衛陣を治療した。
     合わせ、霊犬もまた治療へと向かっていく。
    「く……」
     一方、斬亡自身も不利を悟っているのか、時折逃亡経路を伺う仕草を見せた。
     させぬと塞ぎながら、ペペタンは炎の翼を広げていく。
     治療のために最前線に立ち、セティエと共に仲間たちを支えていく。
    「やらせないわ。あの人達はもちろん、私の仲間も……!」
    「ちっ」
     少しでも包囲から逃れるためか、斬亡が前に踏み込んだ。
    「……」
     すかさず九里が手首を引き、木々に張り巡らせていた鋼糸を引き絞る。
     肩を、脚を首を脇腹を、深く切り裂いていく。
    「この密室は貴方の物、然し其処だけは僕の領域に御座いますよ」
    「逃がさない。あなたは、ここで灼滅する!」
     更には鈴莉が斬撃を重ね、斬亡の後ろふくらはぎを切り裂いた。
     姿勢を崩したところに、舞がすかさず踏み込んでいく。
    「ふふふ……希望を摘み取った後の顔はたまらないわね? ごーりごり、食べちゃいますよ?」
     人々の希望をかり取っていた斬亡が、今は希望をかり取られる側。
     変わらぬ微笑みをで告げながら、喉元に突きつけたのは杖。
     爆発させたのは、己の魔力。
     吹っ飛んでいくさまを眺めながら、真っ直ぐに斬亡を指し示していく。
     中心に、氷の塊をぶちかます!
     体を凍りつかせながら、ドサリと落ちていく斬亡。
     立ち上がるために持ち上げた顔面に、恭太朗は氷塊をぶつけていく!
    「密室か……残念、逃げられないのは自分だったね」
    「ぐ……ああああああ!!」
     叫びながらも、立ち上がっている斬亡。
     今だ戦う意志があることは、その言葉に力が篭っている事が教えてくれた。
     故に、イブは九里へと視線を送る。
    「先輩どっちがトドメ刺せるか競争しませんか?」
    「……いいでしょう」
     楽しげなほほ笑みを受け取り、イヴは改めて斬亡へと向き直った。
     肩で息をしながらも、ふらつきながらも、立っている斬亡。
     たとえ攻撃をされても避けるに容易く、当てるにも容易い……そんな状況。
     イヴは九里に先立つ形で走りだし、右へ、左へとステップを踏む。
     斬亡の目の前で跳躍し、飛び越え、着地と共にバック宙!
     脳天を、強く、強く踏みつけ更に高く飛び上がった!
    「がは……」
    「もう一撃……」
     更には炎を脚に宿し、落ちていくイブ。
     再び脳天を踏みつけた殺那、九里の槍が斬亡の体を貫いた!
    「……」
     イヴが飛び退くと共に槍を引き抜き、斬亡に背を向け眼鏡をずり上げる。
     着地したイブは、九里に笑みを向けていく。
    「流石ですね、きゅうり先輩」
     讃えられた九里が口の端を持ち上げたとき、どさりと、斬亡が倒れる音がした。
    「ば、ばかな……こんなはずは……」
     言葉半ばにて霞となり、風に散らされ消滅していく。
     後に残されたのは、斬亡が盾代わりに使っていた剣の破片と、灼滅者たち。
     安堵の息を吐いたなら、遠くから喜びや安堵の声が聞こえてくる。
     脱出していくのだろうと語り合い、各々の治療へと移行した……。

    ●救済の証
     治療の最中、剣の破片を拾う舞。
     なんとはなしに眺めながら、梗花はため息を吐いていく。
    「どうしてこんなにも悪趣味なことが、次から次へと思い浮かぶんだろう、六六六人衆って。……なんて、考える意味もないのかもしれないけれど……」
     考えないと次に対する手だって打てないと、瞳を細め思考を続けていく。
     後いくつ、密室は存在するのだろう。
     密室を作り出したアツシは何処にいるのだろう。
     今はまだ、闇の中。
     されど、確かな事は一つある。
     それは、千人近くの人々が救われたこと。
     河原塚古墳が、平和な場所に戻ったこと。
     労うように、木々はざわめき奏でていく。
     軽やかな歌声を、楽しげに……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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