私が成功できないのは、きっとあいつらが

    作者:雪神あゆた

    「なによ!」
     路地裏で、短いスカートをはいた女――サワラ・イクは怒鳴っていた。
    「なんなのよ。私が指名をとれないのは、あんたら店の人間が他の子をひいきしてるからでしょ! 他の子だって私の足を引っ張って!」
     壁を殴りつける。
    「私はこんなに努力してるのに、化粧だってしっかりしてるし、なのに、くそくそくそっ! ぶっこわしてやるこわしてやる、くそっ」
     ビルの壁をハイヒールで蹴りつけるイク。
     彼女はすすきの、「成人男性を対象とした、ある種のサービスを提供する店」で働いている。
     だが大した成績を上げることができず、妬みつらみはたまる一方。今もこうして壁にあたっているところだった。
     そんなイクに話しかけるものがいた。
    「そうね、あなたの言う通りです」
     話しかけてきたのは、シャボン玉をかぶった女。
     シャボン玉越しに見える女の顔は華やか。イクは壁を蹴る動きを止め、その女を見つめる。
    「あなたがナンバーワンになれないのは、店の人間が無能だからに違いありません」
     女は、イクに手を差し出した。
    「私の配下になりませんか? 私なら、あなたの魅力を最大に引き出してみせますよ。そうすれば、お店のナンバーワンにもなれます。ええ、絶対に」
    「ほ、本当? ナンバーワンになれる? 指名もお金もたくさんもらえる? 私をバカにしてるやつらを見返せる? 仕返しできる?」
     イクは女の手を、取った。柔らかな手どうしがふれあい、握り合う。
     
     学園の教室で。姫子は頭を下げ、説明を開始した。
    「HKT六六六に動きがありました。
     強力なダークネス、ゴッドセブンを、各地に派遣し勢力拡大を狙っているようです。
     ゴッドセブンのナンバー6、アリエル・シャボリーヌは、札幌の繁華街すすきので勢力拡大を試みています。
     具体的には、すすきののえっちなお店に務めている女性を籠絡し淫魔に闇堕ちさせ、配下にしようとしているようです。
     籠絡した淫魔達は、その地区の有力なパフォーマーにパフォーマンス勝負を挑んで勝利する事で、その地域の淫魔的な支配権を確立しようとしているようです。
     が、目論見通りにさせるわけにはいきません。
     ですから、ここにいる皆さんには、淫魔に堕された女性の一人、サワラ・イクを灼滅し止めてほしいのです」
     サワラ・イクはいわゆる夜の商売に従事する女性だ。
     が、最近、商売の成績がよろしくない。それを挽回しようと本人は努力していたのだが、努力は報われず、「自分が成功しないのは、店や同僚や客が悪い」という考えを持つに至った。
     そこをシャボリーヌに付け込まれ、淫魔になってしまった。淫魔になったイクは店で成績を上げることを望み、そのうえ同僚に復讐しようともしている。
    「イクに戦闘を挑むのに最適な時刻は夕方。彼女は店に通う途中で、人通りのない細い道を通ります。その道で待ち伏せして、戦闘を仕掛けてください」
     イクは戦闘では、サウンドソルジャーの技を使いこなす。
     他にも、「これでお前らも店の奴らも、切り刻んでやる!」などと言いながら、咎人の大鎌の技も使ってくる。
     イクのフットワークは軽く、敵の攻撃を回避するのが、比較的うまい。
     回避能力の高い相手にいかに挑むか、そこを考えておいたほうが、有利に戦えるだろう。
    「みなさんなら、勝てない相手ではないと思います。しかし、油断すれば敗北もありえます。くれぐれもご注意ください」
     姫子は説明を終えると、皆の一人一人の顔を見つめた。
    「皆さんが失敗すれば、一般人にも被害は出るでしょう。イクは必ずここで倒してください。お願いします!」


    参加者
    フレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)
    四津辺・捨六(夢水・d05578)
    ハチミツ・ディケンズ(無双の劔・d21331)
    ヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)
    音森・静瑠(翠音・d23807)
    葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)

    ■リプレイ


     夕焼けの赤光が差し込む裏道を、短いスカートの女が歩いていた。
    「見返してやる。復讐してやる。見下して、いじめて、殺してやる……だって、私は努力したのに、あいつらのせいで、せいで」
     目に狂気。体から発散される色香。彼女は、淫魔サワラ・イク。
     灼滅者たちは路地裏の物陰に潜んでいたが、それぞれ姿を現す。
     ハチミツ・ディケンズ(無双の劔・d21331)はイクの前に立つ。
    「成人男性対象の店のお話。齢七つのわたくしには解りかねる所が御座いますが、そこまで人のせいにするとは、よほど追い詰められていたのでしょうか」
     穏やかで丁寧な口調のハチミツ。
     スーツ姿のヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)もイクへ歩み寄る。囁くような甘い声で、
    「自分を磨く女性は美しい。けれど、不平不満を周囲にぶつけ、自分の不成功を周囲のせいにしたのなら、君は所詮そこまでの原石だったんだろう」
     ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)もヴォルペの隣に並び、告げた
    「努力が実らない苦労は解ります……でも、理不尽をふるっていい理由にはならないのでありますよ……」
     レイヴァースは銀の髪を揺らし両手を胸の高さにあげて構えた。
     イクは動きを止め、警戒する顔で聞いてくる。
    「いきなり説教? あなたたち、何者?」
     よく聞いてくれた、と葉真上・日々音(人狼の狭間に揺れる陽炎・d27687)が不敵に笑う。
     日々音は片足をあげ両手を広げ、鶴を思わせるポーズ。
    「葉真上戦隊、日々音レンジャー! ワルは絶対見逃せへんで!」
     堂々の名乗り。
    「れんじゃあ? ええっと、つまり?」
     イクは警戒も忘れ、きょとんとしている。どう反応すべきかわからないようだ。
     イクがあっけにとられた隙に、灼滅者たちは動き、彼女を取り囲む。
     ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)は、イクの背後に回った。振り向いたイクに言葉を突きつける。
    「つまり――あなたをここから先に行かせることはできないのです」
     意志を感じさせる声で。
     イクは顎にひとさし指を当て考えるしぐさ。数秒後、
    「……そう、あなたたちも私の邪魔をするんだ? 店の奴らと同じで、努力している私の邪魔を! なら――殺す!」
     イクの頭に二本の角が生え、手に黒い大鎌が現れる。鎌を振り上げ、目を見開くイク。


    「殺す殺す、私は努力したんだ、だから仕返しする権利がある。殺す権利がある」
     喚くイクへ、フレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)は冷笑を浮かべる。
    「何が権利よ。努力しただけで思い通りにいかないのは、当然じゃない?」
     イクの視線を受け流しつつ、フレナディアは唇を動かす。
    「周りもあなた以上に努力してるんだし、他の子から客を奪うなら、なおさらただの努力じゃ足りないでしょ?」
     イクは一瞬、沈黙する。そして声を張り上げた。
    「黙りなさいよおおおお!!!!」
     ただ怒鳴っただけではない。心を惑わす音波ディーヴァスメロディを放ってきたのだ。
     四津辺・捨六(夢水・d05578)はフレナディアの前に立つ。仲間をかばい、音波を己の体で受け止めた。膝を震わす捨六。
     傷ついた彼の背後で、フレナディアが踊りだす。体をふわりと横に回転させつつ、羽衣型のダイダロスベルトを捨六に伸ばす。ベルトを巻き付け、捨六を治療。
     捨六はフレナディアに軽く頭をさげ、敵に向き直る。
    「(攻撃の威力は甘くはない。が、楽なもんだ。戦い以外に手はないと分かっているんだからな)」
     捨六の剣が白く輝いた。その刃を捨六は横なぎに、振る!
     さらにライドキャリバーのラムドレッドも機銃で捨六に加勢。
     他の灼滅者も次々に攻撃を仕掛けていく。
     イクはさらに眼光を鋭くさせる。音森・静瑠(翠音・d23807)は緑の瞳で静かに彼女を見つめていた。
    「思えば貴方も可哀想な方であったのかもしれませんが……」
     ドーピングニトロで体中の筋肉を活性化、一分かけて攻撃に転ずる。
    「ですが、そのようになってしまった以上、捨て置くわけには参りません」
     静瑠は縛霊手をはめた手を突き出した。指先から糸を放つ。糸でイクの腕を縛った。

     灼滅者はさらに攻め続ける。が、イクの傷は浅い。攻撃の多くが回避されたのだ。
     イクの腕が動いた。
    「これでお前らも店の奴らも切り裂いてやる!」
     鎌の刃が――ハチミツの肩を斬る。
     が、ハチミツはたじろがず、後ろを振り返る。
     そこにいたのは、レイヴァース。レイヴァースは踵を地面に擦り付けつつ、頷いた。
    「ディケンズさん、了解であります。逆恨みという名の彼女の理不尽、蹴り潰すでありますよ」
     そしてレイヴァースは息を吸い込む。
    「今はこう叫びましょう。――九条ネギ餃子グラインドファイア!」
     片足を上げた。葱色に光る足に炎を宿してイクの顔を――蹴りつける!
     イクはレイヴァースの炎に包まれ、二歩三歩、後退。
     ハチミツはナノナノ・ババロアからハートを受け取っていたが、下がるイクを見て嘲笑。
    「どうした、熱いか? 努力で力を得た筈ではなかったのか? ククク、クハハ……!」
     ハチミツは足元の影を蠢かす。
    「貴様に気づかせてやろう、淫魔に堕ち手に入れた栄光など仮初めのものだとな!」
     影は立体化し、刃となった。ハチミツは刃を操り敵の腱を切り裂く。
     イクは足から血を流しつつも、数十秒以上かけて、姿勢を立て直す。
     日々音はそんなイクに、戦闘前以上に快活な声で言う。
    「スーパー絡め手合戦はまだまだいくでー!」
     息を吸い込み、高くジャンプ。落下しつつ、片足を突き出した。
    「必殺、日々音ゲイザー!」
     輝く足裏が、イクの顔面に命中。
    「があああ!?」悲鳴を上げるイク。痛みに顔を歪めながら、しかし、イクは鎌を振る。何十という刃が宙に現れ、灼滅者前衛を襲う。
     ヴォルペも刃に斬られたが、サングラスの下の口元に、涼しげな笑みを浮かべる。
    「闇に堕ちた麗しのレディ」
     ヴォルペは片手で持っていた槍を両手に持ち変える。先をイクに向け、
    「どうかその身に流れる赤く甘い血を、俺に味あわせていただけませんかね?」
     そして、ヴォルペは腕を伸ばす。槍の穂先が回転しつつ、イクの胸に刺さる。
    「このおおっ」イクは刺さった槍を手で抜いた。鎌を両手に持ちかえ、振り上げたが――。
    「遅い……!」
     フォルクがイクより早く動いた。
     フォルクは黒と赤に塗られた巨大な大鎌、その柄を強く強く握り、黒い波動を放出する。
     波動がイクに命中。イクの体を弾き飛ばす。
    「そんなんじゃ、俺達は倒せませんよ?!」
     ニィと笑うフォルク。フォルクの視線の先で、イクが鎌を杖代わりに立ち上がった。
    「倒せない? 冗談! お前たちなんて、お前たちなんてっ!」


     戦闘は続く。
     敵の攻撃は強いが、ハチミツ、ヴォルペ、捨六が敵の攻撃を積極的に受け止め、フレナディアが彼らを回復。
     レイヴァースと静瑠が攻撃を的確に当てイクの動きを鈍らせる。鈍った所を、日々音が狙い打ち、フォルクが強い一撃を浴びせた。
     陣形と作戦が功を奏し、イクは深く傷ついた。
    「い、痛い……けど、あいつらだって……傷は浅くない、だから殺せる。ころせる。ころす。私は生き延びる。努力してきた私が、こんなとこで死ぬもんかぁっ」
     イクはコンクリートの地面を蹴った。戦場を駆けまわる。走りつつ踊りにも似た動作で鎌を操り、灼滅者を狙う。パッショネイトダンスだ。
     ハチミツも鎌で斬られ、血を流した。けれど、ハチミツは動じない。
    「ババロア、癒しは任せた!」
     ハチミツはババロアに自分の止血をさせる。そして拳を握った。
     ハチミツは縛霊手の力を発動し、踊るイクの周囲に結界を展開。
     イクは一分後に再び攻撃しようとしたが、
    「これで殺してや――!?」
     ハチミツの結界に阻まれ動きを止める。
    「お別れのときが近づいているみたいだね。一度、お店で楽しい時間をともにしたかったよ、レディ」
     ヴォルペは一冊の本、魔道書を開き、ページを繰った。次の瞬間、周囲に炎がほとばしる。ヴォルペが起こした炎がイクを焼き焦がす。
     日々音、静瑠、レイヴァースは視線を交し合う。協力して攻めるなら今だ、と。
     日々音と静瑠は左右からイクを挟み込んだ。
    「イライラも焦りもわからん事ないんやけど、それでもアカン事はアカン。せやから――禁呪、日々音パラライズ!」
    「申し訳ございませんが、これで終わりとさせて頂きます」
     賑やかな日々音の声と透明さを感じる静瑠の口調。二人はほぼ同時に動く。
     日々音は手を銃の形に作り、指先から魔力を発射する。静瑠はバベルブレイカーの杭を回転させつつ、敵に突進。
     一方、レイヴァースは空中にいた。跳躍したのだ。
    「九条ネギ餃子スターゲイザー!」
     落下しつつ、葱色に輝く両足を、イクの頭へ突き出した。
     日々音の弾丸と静瑠の杭がイクの両脇腹に刺さり、レイヴァースの蹴りが頭を打った。
     イクはうつ伏せに倒れた。
     が、起き上がる。続く灼滅者の攻撃に血を垂れ流しながら、
    「く、く、そ、が、き、どもおおおおおっ」
     怨嗟に満ちた叫び。
    「ころ、ころころ、ころすうう、私は、努力、がんばって、おまえらが、私を邪魔してっ、ちくしょうっ」
     無数の刃が宙に生まれ、いくつかがフォルクに飛ぶ。イクは止まらない。鎌を振り回した。
     フォルクは二種の刃に肩と脇腹をえぐられ、地に片膝をつけてしまった。
     彼に、フレナディアが踊りながら声をかける。
    「死に物狂いの反撃といったところかしら。でも――それで負けるわけにはいかない。私も全力で支援するから、一緒にがんばりましょ?」
     イグナ・グルカの緋の刀身に夕焼けの光を反射させながら、フレナディアは踊りつづける。何かを祈るように目を閉じ、そして声を張り上げた。歌いだす、美しくも情熱的な声で。
     フレナディアの歌声を聞き、フォルクは活力を取り戻す。立ち上がった。
     フォルクは己の鎌をイクの鎌にぶつけて弾く。返す刀でイクの肌を裂く。ティアーズリッパー。
     イクは胴を深く斬られ、再び倒れた。が、まだ生きている。傷だらけの手足をぴくぴくと動かしている。
    「先輩、お願いします!」
     フォルクが飛ばした声に、捨六は頷いた。捨六は口の中だけで言う。
    「(自業自得なのか、本人の責任でないのか……俺には結論を出せない)」
     捨六はラムドレッドに突進を指示。捨六自身も、剣の柄を強く握る。
    「だが――それでも、これで終わりだ」
     捨六は剣を振り落す。敵の魂を断ち斬った。捨六の一撃は敵に終わりを与える。
    「ち、く、しょう」
     最後まで呪いの言葉を絞り出し、イクは消えた。


     戦闘の終わった路地裏で
     捨六は足元の、敵が消えた場所を見つめていた。
    「今回の相手はシャボリーヌにあってから堕ちたのだったな……シャボリーヌに闇堕ちを後押しする力があるのか、それとも闇堕ちする素質をかぎ取る力があるのか……」
     同じ場所をフレナディアも見ていた。ここにいないものに言葉を投げかけるような口調で、
    「どっちにしても……ただの努力しかできない女が堕ちても、平々凡々でどこにでもいる淫魔にしかなれなかった。つまりはそういうことよね」
     静瑠も足元を見ていたが、顔を上げ仲間たちを見る
    「思うところはないわけではありませんが……今はイクさんを討ち果たせたことを学園に報告しに参りましょう」
     仲間たちは静瑠の言葉に頷く。
     そして、灼滅者たちは歩き出す。学園に帰るために。まだ眩ゆい夕の光を浴びながら。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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