炎は流星のごとく、駆け抜けて

■リプレイ

●
　夜、深い山中に木々の倒れる音がした。
「ヒャッハー！　まずは伐採だー！」
　ヒュオン、と鋼糸で邪魔な木を斬り倒して、纐纈・雨月（吸血綺譚・d33852）が満面の笑みを浮かべる。雲一つない、満天の星空。そこに浮かぶ月。吸血鬼に憧れた七不思議使いの少女にとって、最高の天幕がそこにあった。
「初陣が夜戦とは、なんて幸運なんでしょう！　これはテンションMAXで挑まざるを得ませんね！」
「バベルの鎖に引っかからないように、ほどほどにね」
　鳴海・利一（我楽苦多遊戯・d33493）はそういうと、ふと視線を上げる。暗闇に、鬼火のように揺れる炎に気付いたのだ。
「そうだな、小細工の時間はここまでだな」
　時渡・竜雅（ドラゴンブレス・d01753）は、そう言う。ここまでの行動なら、相手のバベルの鎖に引っかかる事もないだろう――メリットとデメリット、そのバランスが難しい問題だ。
　それでも、何かその範囲で出来る事があるはずだ――彼らは、それを追い求めたのだ。
（「これだけ個性豊かな相手……今回の炎邪は災難ね」）
　深火神・六花（火防女・d04775）がそう苦笑した時だ、鬼火が不意に『落下』した。そう思わせるほどの加速で、駆け出したのだ。それは、まさに流星と呼ぶのにふさわしかった。
「暴れん坊は大人しくしてもらわないとな。下には行かせないよ」
　その流星を、下までたどり着かせる訳にはいかない――小鳥遊・葵（アイスクロイツ・d05978）は、柔らかな笑みを消した。
（「炎神、大神……炎邪天狐を討つ我等に、御加護を……！」）
　流星となったイフリートが、駆けてくる。その気配を感じながら、茂みの奥で六花は一心に祈念。気配が間近に迫った瞬間、六花は唱える。
「炎神　輪壊」
（「勇気の魔女ヘクセヘルド、ここに参上！」）
　エリザベート・ベルンシュタイン（勇気の魔女ヘクセヘルド・d30945）も、斜面となった足場を蹴った。
　目の前を、イフリートが通り過ぎようとしていた。美しい、そう言って差し支えない獣だ。体長は四メートルほど、狐にも似た細身のフォルム。その尾は二メートル近くある長さで、火の粉によって彗星がごとき優美な軌跡を残す。
（「奇襲を――」）
　丸目・蔵人（焔の巨人・d19625）がヴィゾーヴニルを展開しようとした、その瞬間だ。ゾクリ、と背筋に走る悪寒――後になって、その理由を理解する。
「――気付いて！」
　イフリートの視線が、自身を捉えていた事に気付いたのだ。今野・樹里（切り札・d20807）は、咄嗟に解除コードを唱える。
「オールイン」
　直後、ほんのわずかな異変を目敏く察知した――イフリートが、咆哮を上げる！
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ！！』
　咆哮は呪言となり、爆発――爆炎が、灼滅者達を飲み込んだ。

●
　ゴォ！　と爆風が、夜の森を吹き抜けていく。その風を切り裂くように、光の帯――蔵人のレイザースラストが射出された。
「行け」
「ああ」
　蔵人の言葉に短く答え、葵が駆け込む。レイザースラストが突き刺さり、土砂を巻き上げながら急停止したイフリートがその尾を薙ぎ払うのを葵は跳躍してやり過ごした。
「踏み込まなければ、届かないからね」
　着地と同時、更にイフリートの懐に潜り込む。そのまま横回転、シールドに覆われた拳で葵は殴打した。しかし、振り抜けない。一瞬動きが止まった葵へ、イフリートの尾が振り下ろされた。
「王焔、咬み砕け！」
　その尾をダブルジャンプで加速を得た六花の燃える獅王争覇が、豪快に蹴り飛ばす。軌道が逸れた瞬間、葵はすかさず横へと跳んだ。
　それを覆うとしたイフリートの顔面を、宵闇に舞った雨月が迎え撃つ！
「イヤッホー！」
　渾身の縛霊手による殴打が、イフリートの顔面を捉える。質量の差で自身が吹き飛ばされてしまうが、それでもイフリートを怯ませた。空中で夜の闇に舞う火の粉の幻想的な光景に、雨月は目を輝かせた。
「まったく、汚れなかったか？　「市松」」
　駆けながら、利一は頭の横にお面の要領で括りつけた和人形「市松」へ語りかける。コクコク、と揺れる動きに合わせてうなずく「市松」に、利一は黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るった。
「行くよ、父さん……！」
　樹里が五道転輪王を、ビハインドの影裂きが蓮華王を引き抜き、疾走する。樹里の五道転輪王が縦に、影裂きの蓮華王が横に振り払われた。ザザン！　と刻まれる十字傷、そこから炎を吹き出しながらイフリートは吼える！
『オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ！！』
　ゴォ！！　とイフリートを中心に、爆炎が吹き上がった。狙いをつけたそれではない、牽制の爆炎――樹里と影裂きは、互いに背中合わせになってその炎を切り裂いた。
　その炎に赤く照らされながら、エリザベートは掲げていた箒をイフリートへと振り下ろす。
「Pfeil Regen ――降り注げ光よ！」
　ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ！　と、大量の魔法の矢がイフリートへと放たれた。エリザベートのマジックミサイルを、イフリートはその長い尾で受け止めていく。
「流星だろうが彗星だろうが俺の炎は止められないぜ！」
　斬艦刀を頭上に掲げ、竜雅は気合で炎のように逆立たせる。戦神降臨で自己強化した竜雅は、改めて無敵斬艦刀を構えた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ！！』
　イフリートの咆哮と共に、大量の炎の狐が生み出されていく。イフリートの百鬼夜行が、灼滅者達を蹂躙せんと襲い掛かった。

●
　ゴバァ！　と地面が抉れ、破裂する。巻き上がる土砂に、葵は笑みを浮かべた。柔らかな普段のものではない、決意に満ちた決死の笑みだ。
　爆発の中心に、イフリートがいる。巨体でありながら、鈍重さとは無縁な獣に、うなじがちりつく。強い――ほんの一瞬、瞼を閉じてしまえば命を奪われてしまう、そう確信出来るほど。
「こっちだ」
　Europa――寄り添う衛星を思わせる影が球体となり、イフリートを飲み込もうとする。イフリートは、それを炎に燃える尾で突き刺し四散させた。しかし、その僅かな時間が次を繋ぐ。
「気狛、吠え叫ぶ……！」
　低く潜り込んだ六花が、緋焔刀「初芽（うぶめ）」に畏れをまとわせ振り払った。ズザン！　と、イフリートの右前足を六花の畏れ斬りが切り裂く。だが、構わずイフリートは加速した。轢かれそうになった六花は紙一重で跳躍、狼爪を引っ掛けて木にぶら下がった。
「猿（ましら）の真似事とは……」
　一瞬苦笑を浮かべ、六花は木の幹を蹴ってイフリートを追う。まるで川の流れに沿う水のように、イフリートは木々の間を縫って駆けた。雨月は自分で切った木の切り株を足場に跳躍、跳び蹴りを叩き込む。
「ああ、今日は本当にいい夜ですね！」
　ズン！　という重圧の手応えがあった。自身の全力、それをものともしない敵に、雨月は笑みを綻ばせる。
『グ、ル、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ！』
　無数の炎が、刃となっていく――そして、断罪の刃が灼滅者達へと降り注いだ。
「利一！　こっちは任せて！　ボクも支えるよ！」
「助かる」
　エリザベートのウロボロスシールドの回復に、利一は呼吸を整える。語らなくてはならないのだ、首狩り人形の言霊を。
「愛を求め、悲劇を繰り返していた少女は理解者達に出会い救われた――」
　利一は、目を閉じる。舞い降りた少女が利一の頬を撫で、その両手を広げて微笑んだ――その笑みこそ、語らなくてはいけないのだ。
「頼んだぞコッペリア」
　首狩り人形の言霊が、仲間を癒していく。その微笑の癒しを受けながら、竜雅は斜面を利用して突撃した。イフリートが起こす炎、その中を一気に駆け抜け――突撃する加速そのままに、烈火竜咆十手による突きを叩き込む！
『グ、ル、アアアアアアアアアアア、アア――ッ！！』
　イフリートが、踏ん張る。それに、竜雅はその名のように竜がごとく吼えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉッ！！」
　ドォ！！　という衝撃が、イフリートの体が地面から引き剥がす。アンカーを射出、木としっかりと繋がると蔵人は左手のヴァナルガンドで拳を作った。
「もう一発だ」
　ゴォン！　と蔵人の左によるヴァナルガンドの殴打が、イフリートを吹き飛ばした。斜面を転がりながら、イフリートは素早く立ち上がる――そこへ、蓮華王を振るって起こした影裂きの霊障波が炸裂した。
　同時、五道転輪王を振り払った樹里の神薙刃が旋風の刃となってイフリートを飲み込む。
「……本当に、手強いぜ」
　バゴン！　と内側から旋風を破裂され、樹里は言い捨てた。
　強い――それが、この場にいた全員の共通認識だった。その耐久力も、攻撃力も、こちらと比べるべくもない。一対一では、相手にならない。だからこそ、八人の一体が全力で連携してようやく……そういう相手なのだ、弱いはずがない。
（「炎邪……獣になった人……。私もかつて……私もいつか……」）
　美しいと思えるからこそ、六花は恐ろしく、そして悲しかった。かつて、人であった者。そして、人でなくなったモノ――もはや、決定的に相容れない敵なのだ。
　だからこそ、倒さなくてはいけない――このかつて人であり、人でなくなった獣を。
　樹里が、影裂きが、斜面を下っていく。邪魔な炎は、影裂きが切り裂いてくれる――だからこそ、樹里は自分の役目に集中出来た。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！』
　イフリートが、その尾を炎に包む――レーヴァテイン、それに対して樹里はこの日のために用意した特別製の符へありったけ念を込めた。
「止まれぇぇええ！」
　叫び、己の十八番である五星結界符を発動させた。放たれた大量の符が、五芒星を描く。火花と炎を散らし、イフリートの動きを封じ込めた。
「行くよ、「市松」」
　カクン、と「市松」の首が動く。利一が斜面を駆け下りながら跳躍、スターゲイザーの跳び蹴りをイフリートの額へと叩き込んだのだ。ズズズン……！　と巻き起こる土煙――それを緋色の線が、切り裂いていく。
「愛用の槍を持ってこられなかったのは残念ですが、仕方ない！　ぶん殴って裁断してサイコロステーキみたいにしてあげましょう！」
　ヒュガガガガガガガガガガガッ！　と血が迸ったかのように輝く鋼糸が、イフリートを切り刻んでいく。まさに、吸血鬼愛好家として一発かましてみたい技筆頭――その夜闇に映える自分が生み出した光景に、雨月は熱を帯びた微笑をこぼす。
「Aureole Lanze――貫け光条！」
　ヒュオン！　と集った光が螺旋を描き集約、エリザベートは螺穿槍を放った。突き刺さり、抉り、血ではなく炎が踊る――エリザベートはイフリートの背を蹴って、叫んだ。
「いっくよ！」
　エリザベートは、槍を握る腕に力を込める。強敵との純粋な力比べ！　エリザベートは目を輝かせながら、全力で槍を振り払った。力比べに破れたイフリートが、宙を舞う。イフリートが長い尾を振って体勢を立て直そうとするのを、跳躍した葵が許さなかった。
「させるか」
　拳が、イフリートを捉える。音もなく、葵の体や腕を伝わった影がイフリートを締め付ける――それに合わせて、蔵人はレーギャルンを振り上げる！
「断ち切る」
　ガキン！　とレーギャルンの封印が解除された。ゴォ！　と燃え盛る炎のレーギャルンが、世界ごと断ち切らん勢いで振り払われる。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！』
　イフリートが、吼える。なおもあがく獣へ、上から初芽を鞘に納めた六花が、下から地面を削るように斬艦刀を引き擦って走る竜雅が続いた。
「飛燕、捉えろ……！」
「流星らしく豪快に墜ちやがれ！ 　俺の一撃必殺！」
　六花の鋭い居合いの一閃が、炎を迸らせながら一気に斬り上げた竜雅の一撃がイフリートを切り裂いた。
「炎邪天狐！　煌星、天へ還れ！！」
　着地した六花が叫んだ瞬間、ドン！　と燃え尽きた流星のようにイフリートは破裂、火の粉も残さず掻き消えていった……。

●
「来世在らば、次は和魂に生らん事を……」
　パン、と拍手を一つ、六花は一心に祈る。あの、獣へと堕ちた闇の魂に。
「――帰るとしよう」
「うん、そうね」
　踵を返した蔵人に、エリザベートは笑顔でうなずく。雲一つない満天の星空、そこに浮かぶ月――その天幕の下で戦いが終われば、次の戦いを求める、蔵人にとってはそれだけの事だ。
　灼滅者達は、歩き出す。流星が落ちるはずだった人里へ、自分達が人知れず守り抜いた場所へと……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年5月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。