わがまま姫の出張

    作者:春風わかな

     兵庫県のとある街、夜の繁華街の一角にある豪華なフランス料理店を出て、その女性は店の前に回しておいた超高級車の後部座席に乗り込む。
     彼女の名前は美並・麻緒(みなみ・まお)。兵庫県内を中心に会員制エステとハイラグジュアリアクセの店を展開させる、『MAO’s PALACE』のやり手女社長だ。
     麻緒は車の備付電話を手にとると、自慢の秘書へと電話を掛ける。
    「あ、茉莉花ちゃん? 私、私ぃ~、マ・オ。もう聞いてぇ~、『シェイプリングエステ』社長の海老塚さんと会食終わったんだけど、やっぱりうちの『プリンセスMAO三号店』の正面への出店を諦めないって言うのぅ~、本当、ぷんぷんっ、だよねぇ~」
     麻緒は可愛いぶりっこ口調で一方的に電話口でまくしたてた。
     ちなみに麻緒は外見だけなら20台後半だが、すでに年齢は40の大台を超えている。
    「私はね、別に正面に出店して来てもいいんだけどぉ、あそこって確か風水的に悪い場所じゃない? え? この前は出店時期が大殺界がどうとか言ってたって? ええー、そうだっけー? まぁ、そこは置いておいて。とにかく私は、そんな場所に出店して海老塚さんに何かあったら心配だなぁって思って、今日の会食で忠告してあげたのに、ぜんぜん私の言う事信じてくれないんだもん! だからぁ、もう何があっても知らないぞッ! って思ってるの」
     麻緒はそう言うと、どこか遠くを見つつ変わらぬぶりっ子口調で爽やかに告げた。
    「だからぁ、茉莉花ちゃん……あとはぁ、よろしくねッ♪」

     そして――。
     兵庫県は芦屋にあるどこかのビルの屋上で、朱雀門高校のヴァンパイア華山院・茉莉花(かざんいん・まりか)は携帯電話を切る。
    「あの歳でアレなのは……痛々しくて見てられないわね」
     識音の話を聞きなかなか面白い事をしようとしていると手を貸す事にしたが……。
    「とりあえず、今は『秘書』として指示をこなしておきましょうか」
     茉莉花は再び携帯電話を操作すると慣れた手つきで電話をかけた。
     呼び出し音が鳴ったかと思うとすぐに男の声が聞こえる。
    「榊、仕事よ。ターゲットは『シェイプリングエステ』社長の海老塚という女」
     端的に告げると茉莉花は事務的に標的の情報を伝えた。
    「桂、楠、桐もそこにいるわね。適当に始末しておいて」
    『御意』
     榊と呼ばれた男が応えると茉莉花は無言で通話を終えるのだった。


    「HKT六六六が、芦屋で、動いている――」
     いつもと変わらない様子で久椚・來未(高校生エクスブレイン・dn0054)が淡々と視た内容を告げる。
     軍艦島の戦いの後、HKT六六六の中でも有力なダークネスたるゴッドセブン、そのナンバー3である本織・識音(もとおり・しきね)が、兵庫県の芦屋で勢力を拡大しようとしているという。
     識音は、古巣である朱雀門学園から女子高生のヴァンパイアを呼び寄せて、神戸の財界を支配下においていこうとしており、ヴァンパイア達は、神戸の財界の人物の秘書的な立場として、その人物の欲求を果たすべく悪事を行っているというのだ。
    「動いているのは、朱雀門高校のヴァンパイア、華山院・茉莉花」
     何度か武蔵坂学園の灼滅者も接触している女子高生ヴァンパイア、茉莉花も今回の件に協力しているというのだ。
     彼女が秘書をしているのはエステ関係と高級アクセサリー関係の会社、『プリンセスMAO』と『クイーンズMAO』を展開する『MAO’sPALACE』という会社の女社長らしい。
     女社長は自身のエステ店の目と鼻の先に出店しようとしているライバル会社の社長を目障りに思っており、茉莉花に頼んで消してもらおうとしている。
     茉莉花はその願いを秘書として叶えるが、実行するのは茉莉花ではなく配下の強化一般人4人と言う。
    「強化一般人に接触できるのは、ココ」
     來未が街の地図を取り出し、あるビルにくるりとペンで丸を付ける。
     このビルの地下駐車場に強化一般人たちは待機しているらしい。
     彼らに接触できるタイミングは茉莉花から携帯で指示を受けている、その時。
     時刻は日付が変わろうとしている頃、幸い駐車場内に他の一般人の姿はない。
     強化一般人4人はウロボロスブレイドを持つ1人がクラッシャー、日本刀を持つ2人がディフェンダー、魔導書を持つ1人がジャマーだと言う。もちろん、武器サイキックだけでなくダンピールのサイキックも使ってくる。
    「本織識音の狙いは、宍戸のような一般人を、探すこと」
     その一環のために一般人に手を貸すような事件を行なっているのではないかと來未は言う。
     今はまだ本織識音も華山院茉莉花も、それぞれ手が伸ばせないが、まずは順次事件を解決すれば彼女たちの未来も見えるかもしれない、だから「よろしく」と來未は灼滅者たちへ頭を下げるのだった。


    参加者
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    三条・美潮(大学生・d03943)
    弥堂・誘薙(万緑の枝・d04630)
    龍田・薫(風の祝子・d08400)
    クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)
    リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)
    姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)
    獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)

    ■リプレイ


     そろそろ日付が変わりそうな時刻を迎える頃、閑散とした地下駐車場に停められた車の傍らで黒スーツに身を包んだ男たちが立っていた。スーツの男たちの他に人影はない。そのうちの1人の男が携帯電話で通話をしている――あれが、榊だろう。
     リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)とクラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)は無言で視線を交わすと榊の声に耳を傾ける。クラウディオの足元では霊犬のシュビドゥビが大人しく伏せて主人の指示を待っていた。
    『……はい。承知致しました』
     そろそろ会話が終わりそうな気配を感じ、龍田・薫(風の祝子・d08400)は息を殺してじりじりと男たちとの距離を詰める。薫の傍らに寄り添う霊犬のしっぺもまた主人の意を汲み足音を立てぬよう、そろりそろりと歩を進めた。
    『御意』
     通話を終了した榊が顔をあげ、仲間たちの方を見遣る。
    『――仕事だ。茉莉花様からの指示だ。標的は……』
     榊の意識が仲間たちの方へと向いている、その時。
    「Hello guys! SHINE」
     三条・美潮(大学生・d03943)の軽快な声とはマッチしがたい台詞と同時に帯状の布が桂へと襲い掛かる。
     と、同時に無人のはずの駐車場にミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)の甘く神秘的な歌声が響き渡った。
     ミルフィの甘美な旋律に心を奪われた榊の注意が手元の携帯電話から逸れた瞬間を姫川・小麦(夢の中のコンフェクショナリー・d23102)は見逃さない。
     ――カツッ!
     何が起きたかと男たちが状況を理解する間もなく射出された細いリボンのようなものが榊の手に絡みついた。不意を突かれた榊が携帯電話を取り落したかと思うと、彼の足元に落ちた携帯電話はコンクリートの床を勢いよく滑ってゆく。小麦は赤いリボンを器用に操りながらちらりと背後へ視線を向けた。
    「おにいちゃんたちでんわとって」
    「了解です。――五樹!」
     弥堂・誘薙(万緑の枝・d04630)が意思を持つ帯を翼のように全方位へと広げて男たちの視界を遮ると、その隙を突いて霊犬の五樹が素早く榊の横を走り抜ける。
    『待て……っ!』
    「おーっと、邪魔はさせないっすよ」
    『何!?』
     慌てて携帯電話を拾おうとする榊たちの足元を狙い、1台のライドキャリバーが勢いよく突っ込んできた。ライドキャリバーに乗った青年――獅子鳳・天摩(謎のゴーグルさん・d25098)は不敵な笑みを浮かべトリニティダークカスタムを構えると引き金を引く。
     ダダダダダッ!
     天摩とタイミングを合わせ、ライドキャリバーのミドガルドも機銃掃射で援護。息をも付かせぬ勢いで降り注ぐ銃弾で榊たちは思うように動けない。辺りに立ち込めた白煙が引く頃には五樹が榊の携帯電話の確保に成功していた。
    『やれやれ。仕事の前に一仕事をする羽目になるとは……』
     気怠そうに榊が片手をあげたのを合図に、黒スーツの男たちがスッと武器を構える。
    『邪魔者は、失せろ』
     そして、榊は全ての敵を切り刻まん勢いで手にした鞭剣を高速で振り回しながら灼滅者たちへと突っ込んできたのだった。


    「改め、まして、今晩は。いい夜、ね」
     しわがれた声で語りかけるクラウディオに男たちは返事を返さない。榊はピンと伸ばした鞭剣をしならせ、クラウディオへと襲いかかる。だが、その彼女の前にいち早く飛び出したしっぺが身代わりとなって榊の斬撃を受け止めた。無粋な男たちに無言で肩をすくめ、クラウディオはなおもマイペースに語りかける。
    「ねえ、死ぬには良い夜だとは、思わない?」
    『……さぁな』
     クラウディオの問いかけを受け流した桂が吸血鬼の魔力を宿した霧を展開させるや否や、リリーは暴風を纏う強烈な回し蹴りを放った。その行商の神の加護が宿るという翼の生えたサンダルを履いた彼女が放つ蹴りはまるで空を駆けるかのように軽やかで。突如巻き起こされた暴風があっという間に霧を吹き飛ばす。
    (「今回の相手は人間で敵、みんなどう向き合うんだろうな、実際」)
     美潮は攻撃の合間を縫って仲間の様子を伺う。迷う者、憂う者――皆の表情にその心が現れていた。では、美潮自身は――?
    (「――ま、俺は容赦をする理由がねーけどな!」)
     美潮は刃をジグザグに変形させたナイフを振り被り、桂の左足へと勢いよく突き立てる。
     一方、手にした槍に螺旋の如き捻りを加えて突き出す誘薙の顔は浮かない。
    「……もう、人には戻れないのですか?」
     ヒトと同じ形をしたモノを攻撃することは辛くないと言えば嘘になる。
     しかし、榊は何を言っているんだと言いたげな視線を誘薙に向けたかと思うとフッと鼻で笑った。
    「強化一般人は灼滅する他にないとはいえ、元は一般人……やりきれませんわね」
     視線を伏せるミルフィの大切なお嬢様の憂い顔が脳裏をよぎる。
    「せめて……この白兎の焔にて、浄化いたしますわ」
     桂たちにキッとした眼差しを向けるミルフィにもう迷いは感じられなかった。炎を纏った打刀【牙兎】を振りかざし、桂に向かって鋭い斬撃を放つ。桂の身体へと燃え移った炎はその勢いを衰えることなく燃え広がっていった。
     だが、榊は隙あらば鞭剣を高速で振り回しながら灼滅者たちを纏めて切り刻む。榊の攻撃力が高まるや否や、リリーと天摩は視線を交わし、最低限の動きで彼のエンチャントを破壊した。
     一方、桐は前衛、後衛へと交互に休むことなく原罪の紋章を刻み込み、その都度小麦と薫が呼び起こした浄化の風によって怒りに支配された灼滅者たちの心は解放される。
     同じ敵に攻撃を集中させ1分でも早く敵の数を減らしていきたいが、それを許さない状況がもどかしい。――美潮は面倒くさそうに舌を鳴らした。


     誘薙が赤く揺らめく炎を燈した蝋燭から楠に向かって炎の花を飛ばすのを合図に五樹が口に銜えた斬魔刀を一閃。キラリと輝く刃が桂の喉を掻き切ると同時にドサリと桂が倒れ込んだ。――まず、1人撃破。
     しかし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて未だ無傷の桐が後衛へと向かって原罪の紋章を刻み込む。
    「危ないっすよ!」
     すかさずトリニティダークカスタムを構えた天摩がクラウディオをその背に庇ったおかげで彼女に怪我はない。
    「あら、ありがと、獅子鳳天摩。お礼に回復、してあげるわ、ね」
     クラウディオが奏でる仲間を鼓舞する力強い音楽が駐車場に響き渡る。
     怒りに染まった心を浄化させるメロディに耳を傾けながら天摩は軽く片手をあげて礼を述べた。
    「クラウディオっち、ありがとーって、フルネーム……」
     小麦は戦況を見極めんとぐるりと仲間たちを見回す。髪のリボンをほどこうとした手を止め、小麦は再び清めの風を呼んだ。小麦の起こした浄化をもたらす風が、優しく後衛を包み込み、傷を癒す。
     回復を中心に行動する想定だった薫、クラウディオ、シュビドゥビだけでなく小麦も加わって味方のバッドステータス回復に努めているおかげで灼滅者たちの戦線は維持できている。――だが、それは当初の計画よりも攻撃を担う者が減っているということを意味していた。
     鞭剣を巧みに操り襲い掛かる榊の斬撃からしっぺがリリーを守る。すかさず薫は風神の名が書かれた護符を手挟み、朗々と祝詞を唱えた。
    「――悪しき風荒き水に遭わせ給わざれと申す事を聞し召せとかしこみかしこみも申す」
     薫が祝詞を唱え終わるのと同時にピッと飛んだ護符がしっぺの傷を癒すと同時にBSからその身を守る壁へと変わる。
     リリーは巨大な砲台へと姿を変えた左腕から死の光線を放ち、その攻撃に敵が怯んだ隙を見逃さず、ミルフィは流れ星の煌めきを彷彿とさせる飛び蹴りを一発。
     しかし、ミルフィの蹴りを受け止めた楠は緋色に輝く日本刀でミドガルドに斬りかかる。ゆっくりと消えていくミドガルドの姿を目にした天摩が悔しそうに天を仰いだ。

     時計の針は休むことなく回り続ける。
     長期戦におけるバッドステータスは非常に有効ではあるが、今回、灼滅者達が選んだ作戦は各個撃破。従って仲間たちと標的を合わせることを重視するとバッドステータスの効果が発揮される前に撃破となってしまうのが口惜しい。
     美潮が放った意思を持つ帯はより無駄のない効率のよい軌道を描いて楠の左肩を貫くと同時に、男は膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
     しっぺが振るった斬魔刀が切り裂いた桐の脇腹から血飛沫があがる。
     だが、体勢を整える瞬間を狙い榊が放った逆十字に切り裂かれてしっぺの身体は宙に溶けていった。
    (「お疲れ様、しっぺ……」)
     薫は頑張ってくれたしっぺに感謝を捧げつつ、桐に向かって激しく渦巻く風の刃を放つ。
     だが、桐は最後の力を振り絞ってなおもしつこく原罪の紋章を刻み込もうと呪文を唱え続けていた。狙うは、――前衛。
    「五樹! 獅子鳳さん!」
     はっと誘薙が前衛に視線を向けると立っているのはリリーただ1人。
     ぎゅっと唇を噛む誘薙の先で、ごそりと人影が動く。
    「獅子鳳さん!?」
     一度は桐の攻撃に倒れた天摩だったが、最期の力を振り絞ってゆっくりと立ち上がり、桐に向かって闇の想念が収束した銃口を向けた。
    「オレの勝ちっすね」
     天摩が引き金を引くと同時に打ち出された漆黒に輝く弾丸が桐の心臓を貫く。
     ――二度と桐が立ち上がることはなかった。

     ただ1人残った榊を前に、回復に従事していた者も加わり灼滅者たちは猛攻撃を繰り出す。
     左右から敵を挟み込むように駆けてきた薫と誘薙が2人同時に豪快な飛び蹴りを放ったかと思うと、小麦が異形と化した腕を容赦なく榊の脳天めがけて振り下ろした。
    「アンタらもろくでもねぇ仕事に駆り出されて大変だーね」
     美潮は他人事のように呟きを漏らし、炎を纏ったエアシューズで勢いよく榊を蹴り上げる。
    「ホント組織の都合上仕事を選べねぇ事もある、つー意味じゃ、茉莉花も同じか」
     灼滅者たちの流れるような連撃に思わず蹈鞴を踏む榊の懐に飛び込んだ天摩が得意の銃撃格闘術で至近距離からの強烈な一撃をお見舞い、グラリと態勢を崩した榊にミルフィが大きな懐中時計の付いたクロックラビットブレイカーを突き立てた。
    『……一つ聞きたい。お前たちはなぜここへ来た?』
     痛みに顔を歪めながら榊は灼滅者たちに問いかける。
     まるで、ここにいることを知っていたかのように――。
     しかし、リリーは榊を見下ろすと「さぁ?」と小さく首をすくめた。
    「何一つ答える気はないわ」
     凛とした表情で答える彼女の手には青白い巨大な蜘蛛が覆いかぶさった撃杭機が握られている。
    「って言うか、敵から素直に聞き出せるつもりでいるなら笑い話ね」
     ガッと大きな音を立て、リリーはドリルのように高速回転するDNCデストロイヤーを榊の右腕へと突き刺した。そのまま腕を引きちぎらん勢いで回転する撃杭機は榊の命を奪うまで止まることなく回り続ける。
    「……そう、ね。強いていうなら、たまたま見かけたから、かしら」
     妖艶な笑みを浮かべ動きを止めた撃杭機を見つめるべクラウディオが優しく告げた答えは、もう榊には届くことはなかった。


     戦いを終えた灼滅者たちは、倒れている男たちの所持品を漁ったが、気になるようなものは何も持っていなかった。
     誘薙から携帯電話を受け取ったリリーは履歴を操作し茉莉花と思しき電話番号へと電話をかける。
     1回、2回、3回――。
     無機質な呼び出し音が鳴り続けていたかと思うと、聞き覚えのない女性の声が聞こえた。
    『――何? 作戦は無事に終わったかしら?』
     彼女が、崋山院茉莉花に間違いないだろう――リリーは急いでスピーカーホンへと切り替える。
    「お初にお耳にかかりますわ、茉莉花様」
     最初に口を開いたのはミルフィだった。
    「わたくし、クインハート家のメイド、ミルフィと申しますわ」
    『………………』
     電話の向こうで暫し逡巡するような間。
    『榊たちはどこへ行ったの? この携帯は彼のものでしょう?』
     先程までとは1オクターブ下がった低い声――茉莉花は不機嫌さを隠すことなく詰問する。そんな彼女に臆することなく、誘薙は冷静に事実を告げた。
    「あなたの部下は倒しておきました」
    『……そう』
     誘薙の言葉に茉莉花は感情を感じさせない乾いた声で淡々と言葉を紡ぐ。
    『それで――貴方たちは、何者なの?』
    「さぁ? 敵対している相手に何を訊かれたところで無料で答えるのが非常識なわけで」
    『あら、それならばいくら支払えば教えて下さるのかしら。お金ではなくてお望みは地位? それとも名誉?』
     何でも用意するわよ、と嘲るように笑いながら茉莉花は薫に話しかけた。
    「答えるわけないっしょ」
     楽しそうに笑う茉莉花を一蹴し、天摩は口を閉ざす。
     未来予測について茉莉花には絶対悟られないようにする――それは8人共通の認識。ゆえに茉莉花の問いに答える者は誰もいない。
    『――答えないなら、もう話をする必要はないわね』
    「おい、ちょっと聞け」
     茉莉花が電話を切ろうとする気配を察した美潮が慌てて口を開く。
    「人間はダークネスと違って弱い……が、人間は卑怯でエグいぞ、気ィつけろよ」
    『そう、ね――たとえば、自分の素性を明かさない、貴方たちみたいに』
     電話の向こう側で茉莉花の高笑いが響き渡った。だが、その笑い声は小麦の呟きに遮られる。
    「あたまのいいおねえちゃんなら小麦たちがなにものかいわなくてもわかるとおもうの」
    『……』
     思わずくっ、と黙り込む茉莉花に向かって囁くようなしわがれ声で語りかけたのはクラウディオ。
    「残念だわ、貴女が今どんな顔をしているのか、見る事が出来なくて」
     ――ねぇ、教えてくれない、かしら?
    『人間如きが……!』
     クラウディオの挑発に茉莉花は語気を荒げるも、それは一瞬のこと。
    『頭のいい貴方たちなら、見なくてもわかるでしょう?』
     気持ちを落ち着け、冷静さを取り戻した茉莉花は灼滅者たちに話しかける。
    『気乗りしない仕事ではあったけど……邪魔をするというならご自由にどうぞ。相応の代償はいただくけれど』
    「その言葉、そっくりお返しするわ」
     昨年の秋の事件がリリーの頭を過った。あんなことは二度とごめんだ。
    「デモノイドヒューマンのリリー・アラーニェよ。いつか貴女に直接噛み付いてあげるから……覚えておいて頂戴」
     リリーは茉莉花の返事を待たずに静かに通話を切ると仲間たちへと向き直る。
    「――さぁ、帰りましょう」

    「今回もジャスミンのお姉さんに挨拶できなくて残念だな」
     口惜しそうに呟く薫に誘薙も小さく頷いた。
    「いつか直接、彼女の声が聞きたいですね」
     灼滅者たちは薄暗い駐車場を後にする。
     本織識音や華山院茉莉花と交わる未来が視える日を信じて――。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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