クライム・ベット

    作者:佐伯都

     ひぃぁあああ、と情けない悲鳴を上げながら奥の別室へ連行されていく客を、遊戯に興じるまだ何も知らない別の客達が眺めていた。
    「何だろ、アレ」
    「さぁてねえ。負けがこんでたみたいだから、身ぐるみはがされてつまみ出されるんじゃない?」
     くっくっく、と喉の奥で笑う笑い方をして、若い男がずいぶん高額なチップを山にして押し出した。
     その様子を遠巻きに、静かに見守る黒服の男たち。いわゆるゾンビ的な外見をした彼等はずいぶん手の込んだ特殊メイクを施されているようで、薄暗くおどろおどろしい内装も手伝い、ホラーカジノといった雰囲気になっていた。
     さて、先ほど客が連れ込まれた別室では、小さなモニターにぎゅうぎゅう詰めの満員電車の光景が映し出されている。
    「……困っちゃいましたねえ。お金がないのにレストランで食事をしたら無銭飲食でしょう? お金もないのにカジノで遊んだりしちゃ、ダメじゃないですか」
     黒革のソファに体を沈めるようにして、支配人かマネージャーか、といった風体の男が笑っていた。
     モニターの中では、制服姿の少女のスカートをたくし上げ太腿をなで回す手が蠢いている。
    「これが流出しちゃったら、あなたも困るんじゃないですか?」
    「……そんな、私は、ただちょっと、負けがこんだだけで、タダで遊ぼうとかそんなつもりは」
     仕立てのよさそうなスーツに身を包んだ客の男の顔から血の気が引いた。
    「確か、社長さんでしたか。奥様はもちろん、会社はどうなりますかねえ」
     涙を溜めた女子高生が液晶画面ごし、一瞬だけこちらを振り返る。
    「まあ、ご安心を。我々もそこまでオニじゃありません。そうですね……」
     満員電車のさざめきをBGMに、黄銅色のフレームの眼鏡へグラスコードを飾った支配人が目を細めた。
    「どうでしょう、これ以上の犯罪を提出するというのは。提出していただけるなら、内容を精査のうえで差額のチップお渡しいたしましょう。……悪くないお話では?」
     
    ●クライム・ベット
    「鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が、斬新京一郎の新しい動向を掴んだようだよ」
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は教卓に広げたルースリーフへ視線を落とし、言葉を続ける。
    「犯した犯罪の内容をチップに換算して遊ばせる、地下カジノを運営しているらしい。このカジノで遊ばせるために、最初は信号無視とか万引きとかで始まった犯罪を、さらに重い物に……っていう魂胆だね」
     いずれはその中からダークネスへ闇堕ちする者や、優秀な一般人の配下を手に入れようとしているのかもしれない。
    「そういうわけで、皆にはこの地下カジノに潜入して支配人の六六六人衆と配下のアンデッドの灼滅を頼みたい」
     場所は札幌のすすきの、大きな通りから一本入った所にある商業ビルの地下二階だ。ワンフロアをまるまる使ったゆったりした造りで、不気味な内装と特殊メイクと偽ったアンデッド達が客の応対を行うホラーカジノ、という様相になっている。
    「潜入時には他の客が50人から60人、といった所だと思う。ただ内部は広いし、戦闘が始まれば普通に逃げ出すと思うよ」
     客は犯罪を換算したチップでバカラやポーカー、ルーレット等々、思い思いのゲームに興じているだろう。遊ぶためには何らかの犯罪を犯し、それをチップに換えてもらわなければならないのは潜入する灼滅者も同じだ。
    「まあ、そのあたりをどうするかは任せるよ。灼滅者の友人に協力してもらって殴る蹴るのフリ、でも全然問題ない。極端な話、他所の庭の雑草一本むしった、とかでも犯罪は犯罪だからね」
     もちろんその場合の金額は推して知るべしだが、微々たる金額でも遊ぶためのチップになればそれでいいのだ。そもそも相手の目論見がさらに犯罪を重ねさせる事と考えられるので、最初から凶悪犯罪を献上してやる必要はない。
     入店したあとはカジノで遊びながら黒服アンデッドともども支配人の六六六人衆をおびき出し、灼滅してしまえばよい。
    「基本は手持ちのチップを使い尽くして別室に連れて行かれる、って流れかな。あるいは他の騒ぎを起こして、って方法もあると思う。そこらへんは皆でいろいろ考えてみてほしい」
     店には前述の通り一般人の客がいるはずだが、可能なかぎりで構わないのでこんなカジノには手を出さぬよう説得できればなお良いだろう。やはり、戦闘が始まれば勝手に逃げ出していく。
     支配人である六六六人衆の男は序列こそ持たないようだが、アンデッドを従えるにふさわしい力量を持つようだ。
    「真鍮っぽい黄銅色のフレームの眼鏡に、凝ったグラスコードもつけているから、見ればすぐにわかると思う」
     本社を潰されてもこうして元気に新しいビジネスを始めてしまう斬新京一郎のアイデアとバイタリティには驚かされるが、何度でも叩きつぶせばよい、それだけだ。
    「……そう言えば、すすきのと言えばアリエル・シャボリーヌの拠点だったか」
     ふと考えに沈むときの顔をして、眉根を寄せた樹は口元へ指を当てる。
    「まだ憶測の域は出ないけど、もしかして地下カジノを通じて接触しようとか、考えているのかも」


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    鹿島・悠(赤にして黒のキュウビ・d21071)
    影守・討魔(演技派現代忍者・d29787)
    ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)

    ■リプレイ

    ●ご案内はワンペアから
    「ふむ、なるほどなるほど、信号無視。時は金なりと言いますからねぇ、しかも朝ですからねえ、一分一秒でも大事ですねえ」
     チップの山が払い出されてくるのを科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)は少々胡乱げな目で眺めていた。
     同じように客を装ったロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)はチューハイにラベルを偽装しての未成年飲酒、嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)は高架下のコンクリート壁へのグラフィティアート、と換金カウンターでは比較的軽犯罪な内容の映像提出が続いている。
     ちらりと横目で他メンバーの換金状況を確認し、日方は一足さきにカジノ内へ向かった。
    「はああ!? これっぽっち!? ケチ臭いわね~……ちょっとお、レートの基準どうなってんのよ?」
    「いやあお客様、交通機関の年齢偽装程度でしたらこのくらいが相場ってものですよ」
     にやにやと愛想笑いなのか素なのかよくわからない笑顔を浮かべている係員に、影守・討魔(演技派現代忍者・d29787)が噛みついている。
     まだ中二ながら身長170越えの討魔が選んだのは、大学生が中学生と偽っての交通機関料金の年齢偽装……なのだが、実は偽装でもなんでもなく正規料金で乗るための涙ぐましい努力の裏返しだ。
     色々な意味で体を張りすぎている偽装工作に海藤・俊輔(べひもす・d07111)はこっそり目元を覆っていたとかいないとか。自分のように、大人しく花壇踏み荒らしてみたり、恋人に協力してもらってのスカートめくり程度におけばよいのに……。
    「当店は常連のお客様にも十分お楽しみいただけるシステムですし、さらにもっと、とあれば……ねえ?」
    「あ? ……まあ、考えとくよ」
     無造作にチップを掴んでずかずかと店内に向かう討魔を見送り、よろしくお願いしますね、と睦月・恵理(北の魔女・d00531)は優雅に高めのスツールへ腰掛けた。
    「祖母が大切にしまいこんでいた指輪なんです。おいくら?」
    「白昼堂々、金庫から窃盗ですか。なかなか堂に入ったものですねぇ」
     刺激を求める成金の娘、になりきった恵理だが、正直なところ払い出されたチップがカジノ内でどれほどの価値なのか、ましてや窃盗において相場額かどうかまではすぐにわからない。
     わかってしまってもそれはそれで問題な気がしたのでとりあえず恵理は深く考えないことにし、下手に額に喜ぶようなことも避け、ものわかりよく席を立った。
     最後にカウンターへ立ち寄った槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)の隣で、鹿島・悠(赤にして黒のキュウビ・d21071)が査定額に不満の声をあげている。
    「もうちょっと色つけてくれていいんじゃない? これ決闘罪だよ!? ギャンブルなんかよりよっぽどスリルあると思うけど!」
    「んんん、残念ながら映像では、暴力沙汰には間違いありませんが本当に決闘かどうかまでは証明できないですからねえ……それにほら、決闘と言ったらもっと先がこう、あるでしょう?」
    「先ぃ?」
    「たとえば」
     にやぁ、と笑った係員が自らの首へ指を当てて、素早く横へ引く。
     悠はついその仕草に、映像を撮るために協力してくれた相手の首が飛ぶ想像をしてしまいぞっとした。
     要するに、これ以上のチップが欲しければそれくらいの事はしてこいと、そういう意味なのだろう。チップが一枚いくらなど悠は知らないが、それでも他と見劣りしないくらいの山が二つ出てきた。
     どーも、と憤然としつつ悠はチップを受け取って席を立つ。なかなかに気分の悪いカジノだと、思った。

    ●ストレートフラッシュには40の幅がある
     絹代をはじめとした、別室行き狙いの数名が少し離れたルーレットのテーブルに陣取り派手にチップを賭けはじめたのを見届け、休息用に設けられたベンチで缶おでんを開けている康也と背中合わせになるようロベリアは腰をおろした。
    「犯罪を換金して遊ぶカジノかぁ……色々考えるもんだなあ」
    「確かに。ただ、流石に他人の更生までは面倒見きれないかな」
     事を構える前の腹ごしらえなのか、かつかつとよく食べる康也を眺めやり、ロベリアは長く息を吐く。
     ロベリアは手持ちはほとんど使い尽くしてしまったが、タダでゲームをさせてもらっていたようなものなので、別に気にならない。
    「ロベリアも食うかい? こう見えてうまいんだぜ、缶おでん」
    「やめとく」
     適当にチップを消費しつつぐるりと店内を回ってきた日方が、俊輔が陣取るポーカーの卓へやってきた。俊輔は今は見物にまわっているようで、軽く椅子を引いてテーブルへ札が配られるのをながめている。
     その真向かいになる位置には、豪奢なドレス姿の恵理が楽しげに札を手元へ引き寄せていた。互いに顔色を読みながらビッド、パス、と宣言が始まる。
    「バカラとかポーカーとか、全然分からねぇ」
    「いいんじゃない? オレも全然わかんないしヤマカン100%」
     使わないなら有効活用してあげるからチップ貸してよ、と他の客に聞こえぬよう留意しつつも冗談めかして囁く俊輔の手へ、日方は代わりにジンジャーエールのグラスを押しつけた。まだ俊輔の懐はぬくぬくしているはずである。
     見る限り飲食のサービスも全て料金に含まれており、一応はそこそこハイクラスのカジノをうたっているようだが、果たして。
    「レイズ、20枚で」
     最高枚数で掛け金をつりあげた恵理に、何も知らない一般人の憐れみとも畏怖ともつかない視線が向かった。優雅に手札を扇状に整え、並びかえる。
    「ふふ、楽しいわ。こういうの新鮮……ところで皆様、カジノでのイカサマっておいくらほどになると思います? チップ換算で」
     色々と剣呑すぎる台詞に、同席する一般人の誰もが嫌な汗をにじませていた。
    「さ、さあー……? ど、どうだろう、ねえ」
    「社内横領で山四つだから……それくらいは、硬いんじゃないかなあ」
     顔色がとうとう青を通りこして白くなっている。
     どうやら相当胃の痛む思いをしながら遊んでいるようなので、日方は深々と溜息をつき、中年サラリーマンの肩へぽんぽんと手を置いた。
    「悪いこと言わないからさ、あんたら早々に引き上げたほうがいいんじゃねえの?」
    「ひっ」
    「このチップ、何やって換金したのかなんて訊かねえけど」
     卓についた面々以外には、単純に分の悪い勝負を降りるよう囁いている構図、と見えなくもない。
    「次は横領どころじゃ済まされなくなるぜ」
     だらだらと嫌な汗を流すサラリーマンが恵理に視線を戻すと、彼女は唇の端を上げるだけの笑い方をした。その笑顔をどう受け取ったかは、席を立ちはじめた男達にしかわからない。
    「あーあ、逃げちゃった。しょうがない、康也とロベリア探してババ抜きでもやる?」
     そう言いながらごぞごそと椅子を卓へ引き寄せた俊輔の背中を、誰かの怒号が揺らした。

    ●役満フルハウス
    「私がこうならなきゃならんのはね、ここがけちんぼだからだよ! バカ、アホ!! グソクムシ!!!!」
     グソクムシってあのグソクムシか、一号とか二号とかついてるアレか、と何ともレベルの低い絹代の罵倒に一瞬遠い目になりながら、悠は気分を切り替える。こんなカジノはさっさと潰れてしまえばいい。
    「だいたいこんなに負けが込むなんて、あんたらグルなんじゃねぇか?」
    「お、お客様、何か問題がありましたら私が伺いますので」
    「あんたじゃ話にならない! 責任者呼べっつってんだよ責任者ァ!!」
     典型的なクレーマーの定型文に、同じテーブルにいた討魔がここぞとばかりに便乗してくる。騒ぎを聞きつけてルーレットの台がならぶ区画に従業員が集まってきた。
     次いで、店のあちこちからも暴動だ喧嘩だー、と俊輔らの声が上がりはじめる。
    「私もあのチップの査定、ちょっと納得いかないのよね~……じゃあさ、私らで外のぼんくらどもをボコッちゃえば大体いくらぐらいになるわけ? ここで実演するから査定してよ!!」
    「あっいいねえいいねえ、その話乗ったー」
     お客様お客様、他の方にご迷惑が、とあたふたしている血糊を貼り付けたナース姿の女性従業員を完全に無視しきって、悠はルーレットの中に置き去りにされていた白いボールをつまみあげる。
    「そうだ、ついでにボクもここにいる人に決闘挑むから、それ犯罪にならない? 支配人さぁん、ねえどっかにいるんでしょー! 今度はもちろん、最後までやるからさぁ!」
    「お客様」
     背後から聞こえた硬い声に、悠は一瞬息を詰める。
     今にも乱闘が始まりそうだったルーレットの周辺には、いつのまにか黒服の男達がずらりと立っている。その数、五人。
     黒い壁みたいだ、とぼんやり考えた討魔の目に黄胴色のフレームの眼鏡が見えた。
     チップを使いこむことで別室へ連れて行かれることを想定していたのだが、さらに騒ぐことで合わせ技一本を引き当てたらしい。チャラ、とグラスコードを鳴らしてゆるいオールバックに髪を整えた支配人が、前へ進み出る。
    「どうぞお静かに、お客様。私が当店の支配人ですが、何かお困りの事でも」

    ●ストレートでは帰れない
     もし灼滅者がその念を受け取れれば、耳をつんざくサイレンのように聞こえたかもしれない。別室へ向かうまでもなくお出ましになった支配人の存在に気付いた康也が、パニックテレパスを発動する。
    「命が惜しけりゃさっさと行っちまえ! 戻ってくんなよ!」
    「テレビだとこういう時警察が突入してきたりするよねー」
     すれ違いざま、俊輔が呟いた台詞に何人かの客がひいっと青ざめる。広さに対して少ない客の数ゆえに、かえって大きな混乱は起こっていないようだ。
    「おや、お客様。営業妨害は困りますね」
    「何寝ぼけた事言ってやがる。お前等に好き勝手はさせねーし、ここでキッチリぶっ飛ばす!」
     前髪をまとめる焦げたクリップへ一瞬指を触れさせ、康也は目の前の黒服アンデッドへ影縛りを見舞う。
    「まったく、アスモダイ・ギャンビットとかできちゃうんじゃないのコレ?」
    「さあ? アタシ自身は楽しませてもらったけど……そろそろ終わりにしましょ?」
     絹代の呟きにあいまいに同意してから、ロベリアはクルセイドソードへするすると影を巻きつけていく。体力の低そうな黒服アンデッドを選び斬りつけると、逃げる途中だった一般人客から悲鳴が上がった。
    「はやく逃げろ!」
     ふりむきざま叫び、日方は黒服と一般人の間の射線上に立つ。
     それに習うように二体のビハインド、アルルカンと十字架が支配人と黒服の前へ位置取った。もっとも、彼等は一般人を、と言うよりはダークネスから灼滅者を守る方に重点を置いている。
     いつもいつも後手後手なのが日方には腹立たしい。自分にできる事が少ししかない事にも腹が立つ。
    「武蔵坂学園中学二年生にして武蔵坂の忍者が一人、影守討魔いざ! でござる!!」
     討魔の高らかな名乗りが地下カジノに響き渡り、支配人が楽しげに目元を歪ませた。
    「なるほど、灼滅者だったか……どこにでも湧いて出る」
    「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
     絹代の鏖殺領域で身を洗われたアンデッドが苦悶するさまを見届け、支配人は解体ナイフを抜く。
    「ふふ、貴方にもきちんとリスクを取ってもらいますよ……私、陰湿な賭けは大嫌いなんですから。随分、我慢したわ」
     恵理がまき散らす死の魔氷に抗おうと夜霧隠れを展開するが、一体ずつ黒服を確実に落としていく灼滅者の作戦に対しては、やはり回復量がどうしても足りない。
     黒服一人一人はそこそこ堅牢だったものの、やはりそこはアンデッド、集中砲火を浴びれば長くは保たない。そんな状況下で高い火力を誇る一度俊輔が攻勢に出てしまえば、ほどなく劣勢に追い込まれていくのは必然だっただろう。
     自陣の崩れを最低限に抑えたうえで状態異常をばらまき、回復に専念させることで最も手強いと目される支配人の攻勢を封じた策。複数対象とは言え敵方の回復手段が一種のみ一属性、という点を冷静に見極めた、灼滅者の完全な作戦勝ちだった。
     猛獣そのままの激しさで打ちこまれた康也の杖の一撃、竜巻を纏うような俊輔の蹴りによって次々とアンデッドが討ち取られていく。
     とうとう最後の一体をあざやかな回し蹴りで仕留めた悠が、ぎらりと支配人を睨みつけた。エアシューズのおこす風が、精緻な細工の入ったグラスコードを揺らして通り過ぎる。
    「やれやれ、困ったお客様方だ」
     もはや敗北は免れないというのに、支配人は楽しげに呟く。客は去り、先ほどまで華やかなゲームが繰り広げられていたはずのカジノ内はもう誰もいない。
    「はッ、逃げるなら今のうちだぞ」
    「まさか。この店は私の城」
     くつくつと笑いながら討魔の目の前へ素早く踏み込み、支配人はナイフを振りかざす。さすがのスピードに、避けるか受けるか、と討魔が迷った一瞬に康也が割り込んできた。
     突き飛ばされた拍子に一瞬バランスが崩れるが、討魔はもう迷わない。
    「影守忍者の真髄を、見るか!」
     目の前に迫る【KEEPOUT】を構えた悠か、あるいは腕を鬼のそれに変えて貫手を見舞おうとする討魔か、今度は支配人が迷う側だった。選択は、どちらも否。
     大きく後方へ飛び退ることにより両者をかわした――はず、だった。しかし、磨き込まれた床に支配人の靴音は響かない。
     そしてそこまでが、忍を名乗る討魔とそれに動きを合わせた悠の誘いだった。狙い澄ましたレイザースラストが音もなく、支配人の後方に展開されつつあるのを見越しての貫手。
     すう、と掲げていた手を下ろしてロベリアは小さく溜息を吐く。支配人を捉えたダイダロスベルトはすでに何もない空間を身悶えるように掻いており、六六六人衆の男の姿はアンデッドともども、もうどこにも見えなかった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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