Casino Macabre

    作者:一縷野望

    「話は単純なんですよ。貴方は『コレ』と引き替えに当カジノで愉しんで頂くチップを手にされました」
     ちらつく画面の中、夜の公園で男が老人を追い回し殴る様が淡々と流れている。
    「そして残念ながら勝負の女神にはそっぽを向かれてチップはロスト。当然『コレ』は……『このビデオ』をお返しするコトはできません」
     ぐったりした老人を背景に覆面を外した男がピースサイン。その顔は蒼白な頬で震える生真面目そうな青年とまったく同じ。
     ――そう、これは彼自らが撮った犯罪動画だ。
    「今日日、これをばらまくなんて簡単です」
     白手袋の指で画面を示す支配人は、眼鏡越しの糸目を愉快痛快と撓らせる。
    「折角入社された一流企業もほんの二ヶ月もしない内にパァですかねえ。あっはは、一度出回っちゃうとそうそう消せないし人生もおしまいですねえ」
    「やめてください! お金なら用意するから、お願いです!」
     たん。
     糸目の支配人はただテーブルに指を添えただけだった。だが暴力的なまでの圧力が、あった。
    「お金じゃなくてですね、こちらの『老人襲撃』以上の犯罪ビデオをお持ち下さいな。それが当店のルールです。そうすればこのビデオはお返ししますし差額のチップももちろん」
    「これ以上って……」
    「――このおじいさん、死んでませんよね」
     ぞ。
     背筋が粟立つ恐怖しかし断ることはもっと出来ない、出来やしない。
    「あ、別にこの人じゃなくてもいいんですよ。けれど罪が大きければ大きい程チップは沢山お渡しできますんで、そういうコトです」
     絶望を瞳に灯し背を向けた青年を、支配人麻峰はひらり茶化すように手を振り見送った。
     観音開きの扉は骸のような――その実アンデッドなわけだが――黒服店員が滞り無く、閉じた。
     

    「ギャンブルとこう絡めてくるなんてね」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)はどこか感心した面持ちでそう呟く。
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の見出した情報によると、斬新京一郎は札幌すすきので地下カジノの運営をしているらしい。
     ただ賭けさせるのは金ではなくて『自らの犯罪の証拠ビデオ』
    「借金で嵌めるよりある意味手っ取り早いよねー。犯罪を犯させるコトで闇堕ちさせたり、汚い仕事をまわせる一般人配下のできあがり」
     カジノの内の1つに客として潜入し、支配人と配下アンデッドを灼滅するのが今回のミッションだ。 
     
    「客として潜入するんだから、みんなも『犯罪ビデオ』を準備していってね」
    「犯罪……ですか」
     機関・永久(リメンバランス・dn0072)は小さく眉を顰めた。
    「ああ、気軽に遊び始めて欲しいからか犯罪の敷居は低いよ。それこそゴミのポイ捨てや信号無視で充分」
     重い罪ならより多くのチップが、小さな罪なら相応の。個々で考え作成して欲しい。
    「そのチップでカジノで遊んで、支配人に接触して斃すって流れだねー。簡単なのは『チップを使いきって別室に連れ込まれる』だけど、勝ちまくって支配人が出てくるってのもありだね」
     ま、そこは愉しむといいよと標はにやりと口元を歪めた。
    「戦いになったら、一般人は一目散に逃げてくよ。特に庇う必要はないから」
     支配人は六六六人衆番外の麻峰は、見た目20代後半の喰えない感じの男、スナイパーで殺人鬼のサイキックとシャウトに加えて、マテリアルロッド相当ステッキを操る。
     配下のアンデッドは3体、それぞれWOKシールドとバトルオーラのサイキックを使用し、ディフェンダーとして麻峰を護る志向性で戦う。
     麻峰は番外とはいえ舐めて掛かると痛い目を見る。そこは充分注意されたし。
     
    「しかし、気になり……ますね」
    「だよねー。札幌の闇堕ちゲームといい、斬新社長は多数の六六六人衆に呼びかけるなんかがあるのかも、ね?」
     放置すると大きな事件に発展するやもしれないと、エクスブレインは肩を竦める。
     本社を潰されようが、斬新社長の斬新アイデアは尽きることがない様子。であれば、こちらはどこまでも叩きつぶすまで。
     さぁ、賭けに酔い破滅すら連れて踊ろう。
    『Casino Macabre』は皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております。


    参加者
    ジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)
    篠原・朱梨(夜茨・d01868)
    井達・千尋(怒涛・d02048)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    風真・和弥(無能団長・d03497)
    満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)
    天城・兎(赤狼・d09120)
    水無瀬・涼太(狂奔・d31160)

    ■リプレイ

    ●犯罪換金
     薄闇にぶちまけられた蛍光塗料めいたイルミネーションの元には、喜怒哀楽が勢揃い。
    (「頭抱えてるのも、大勝ちして笑ってるのも、みんな犯罪者」)
     風真・和弥(無能団長・d03497)は、口をへの字に曲げて50枚を受け取った。
    「わぁあ! こんなにもらえんの?!」
     キャンディのようにセロファンでくるんだチップ5枚が10個、満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)はくりっと瞳を瞬かせた。
     2人が査定に出したビデオはゴミのポイ捨て(ゴミは回収済み)
    「ある程度遊ばないとギャンブルの楽しさってわかりませんからぁ♪」
     受付バニーガールは愛想良くにっこり。
     じゃらりどさり。
     重量級の音に、きつねはさらにびっくり。
    「大勝ちを狙うなら、元手も相応に用意しないとな」
     ジャック・アルバートン(ロードランナー・d00663)の籠では5倍以上のチップが輝いている。
    「ふふ、お兄さんもワルですよねぇ♪」
     学園に許可を取りガラスをたたき割りビデオに収めたのだ。
    「おーおー派手だねェ」
    (「つーか俺ら以外って、なんで犯罪映像片手にギャンブルしてんの?」)
     見送る水無瀬・涼太(狂奔・d31160)と、店内覗き込む井達・千尋(怒涛・d02048)のチップは同数、ジャックより控えめながらどっさり。
    「んじゃ勝たせてもらうわ」
    「良いギャンブルを~♪」
     博徒の獰猛さ浮かべる涼太の次、機関・永久(リメンバランス・dn0072)は、標協力の制服泥棒。続く天城・兎(赤狼・d09120)が50枚手にする後ろで、篠原・朱梨(夜茨・d01868)は自分の番を待ち構える。
    「支配人からメッセージでぇす――いいですねぇ、純愛」
    「そ、そんな……」
     カツアゲ組に負けぬ量を前に照れ照れ。
     愛しの彼を尾行しお家にお邪魔しただけですよ。あ、将来もらう予定の合い鍵はまだだから乙女の嗜みピッキングでクリア!
    「お待たせしましたぁ。はい」
     どっさり。
     ジャックを超えるチップの前にしても、皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)の醒めた半目はぴくりとも動かない。
    「ああ、どうも」
     オレオレ詐欺で七色の人格を演じた男は昏い賭けへの熱を瞳に宿し歩を進めた。

    ●欲望行き片道切符
     低音のジャズが体の芯を揺さぶってくる。愉快か不快かは手元のチップの数次第。
    (「分別の心に僅かな愚かさを混ぜよ。時に理性を失うのは楽しみである」)
     台を叩き悔しがる女や無謀な賭けの少年の脇をすり抜けて、幸太郎は彷徨う素振りで店内構造を把握する。

     からから。
     銀弾が数字を滑るは運命の輪。陣取る客らは悩み抜いてチップを移動したり戻したり。
     無難に赤黒賭けで微増の兎。対角にはジャックの悪友裕介。
    「ノー・モア・ベット」
     掛け金締めきりのベルが2回――兎は黒に最低数、裕介は自分の年の11と生まれ月の9含む4目賭け。
     こと……。
    「赤の9」
    「おお! 元より増えた」
     老成した面に浮かぶ笑みは手放し年相応。
     りん……。
     チップの支払い終了後、賭け開始のベルがまた1回。
    「勝負」
     兎は今まで増やした10枚を00へ。裕介含めた同席者からどよめきが起る。

    「……っと、これなら簡単かな?」
     きつねが腰掛けたのはハイアンドロー、台札の上か下かを当てるゲームだ。
    「あいつ素人だー」
    「やっぱカジノはポーカーだよな!」
     生意気な小学生に頬膨らまし、内心は彼らがギャンブルに染まりつつあるのに胸が痛む。
    「よろしければどうぞ」
     飴の包装をほどこうとしたら、バニーガールがシルバートレイを差し出してきた。並ぶのは宝石のようなベリーのスイーツ。
    「ありがとう」
     ほにゃ笑いで受け取りゲーム開始。
     ぺらり。
     最初のカードはスペードのQ。
    「これは下だなっ」
     高確率だしと思い切り5枚だしたきつねの「上」と宣言し10枚ベットする貴婦人の手。
    「確率はアテになりませんことよ?」
    「――レディの勝ちですね。ハートKです」
     さっくり消えたチップにおめめまんまる、ケーキは甘いが勝負は苦いようで。

    「ほう、テキサスホールデムではないのか」
     ポーカーに向かう千尋、朱梨、和弥の背後からジャックの重厚な声がした。
    「はい、日本のお客様が馴染みやすくが支配人の意向でございまして」
     手札5枚で交換は1回、金髪妖艶なディーラーは説明しつつ席を勧めた。
    「あんたもやるのか?」
     ディーラーとカードを見据える涼太に気づいた和弥が席を譲ろうとする。
    「後でな」
    「奇遇だな」
     ジャックが見るのはBJのテーブル。3デッキ使用でシャッフルまでは長い……カウンティングに向いた場だ。
    「運要素少ねェしな」
     涼太もそれ含みと暗に返す。
    「お兄さん達も頑張ってね」
     名は呼ばずさら髪を流し微笑む朱梨が席につくのと同時にカードが滑りきた。
     じゃらり。
     千尋は一気に10枚に吊りあげ。
    (「……しまった、ばらければ良かったか」)
     ブタ(役無し)の手札を見て和弥はやれやれと肩竦め。
     自分は運が悪い。
     とても、とても悪い。
    「悩んでんならドロップしろや」
     眼鏡越しの瞳を尖らせ仏頂面の千尋の手札も実はブタ。
    (「ゲームスタートで浮ついてる奴らがのってくる可能性高いしな」)
     だから吊り上げてみた。
    「……すまんな。おりだ」
     そもそもタネ銭がこの2人は違いすぎる、ゲームが終わったら和弥は席を移動すると心に決めた。
     じー。
     紅藤の瞳で自分の9のワンペアと他の表情を見比べて、
    「のるね」
     朱梨は華やか笑顔でチップをつんだ。
     さてカードチェンジ、ここからはじまる吊り上げあい。
     他の客がチェック(ベット無し)で来た所を千尋は2枚レイズ。
    (「ワンペアでも充分だよな、実際」)
     カード総替えで運良く掴んだ10のワンペア。ロイヤルストレートフラッシュは漫画の世界ぐらいか。
    「朱梨も」
     最初のワンペアから変わらずだが、客はディーラー含め総替えか表情渋い1枚残し……つまりブタの可能性が高い、はず。
     勝負の場に残ったのは朱梨、千尋、ディーラー……果たして結果は?
    「は、こんなもんっしょ」
     勝者千尋は寄せられたチップを収め、すぐにカードを配れと机を叩く。
    「はいはぁい♪ 私がディーラーやっちゃうね」
     カズヤ含み先の台からの脱落者の前でピースするのは受付バニーガール。
    「俺も混ぜてもらえるか?」
     返事は聞かず幸太郎はたんまり入ったチップ籠を投げ置き、テーブルに陣取った。

    ●泡沫酩酊
     店内漂う紫煙は、誰かの鬱蒼とした溜息かそれとも狂気のコールと共に吐かれた耽溺か。
    「あれあれ~、またバニーちゃん負けちゃいましたぁ」
     勝者は5のワンペアの客。
    「……まぁ、こんなもんだろう」
     最後まで賭けにつきあった和弥は4のワンペアであった。仕掛ければギリギリで負ける彼である。
    「なんだよ! 俺ツーペアだったのに、ざけんな」
     おりた幸太郎は苛つき露わにと台を蹴飛ばした。
     ――幸太郎も和弥も気がついている。
     この卓は弱者を泥沼に引き摺り込む、謂わば餌。
     幸太郎というチップ長者を転落させて暗い妬みを満たしつつ、接待プレイ。こうして勝ちのうま味を教え込むのだ――。
     ……教え込めないぐらい和弥の運が潰滅的なのはさておき。
    (「このバニー、さっきのディーラーより手練れだな」)
     作戦のため負けへ前向きに邁進中の皆太郎に比べ、和弥の心は苦みで満たされている。
     相手のイカサマを利用しようにもバニーに隙はないし、後は素人。
     確率計算は、巧みにカード操作をしているバニーの前では役に立ちづらい。

     マイペースに賭けたいとBJを選んだ永久は、仲間が入ったテーブルがどよめきに包まれるのを背中で聞く。
    「バストだな、ディーラーさんよ」
     シニカルムーンに唇釣り上げ、涼太は手札の17を晒す。掛け金は100、一桁で賭けている客からすると大勝負だ。
    「兄ちゃん、運いいなぁ」
    「はァ? 運だなんて言ってる内は一生勝てねェよ」
     カードを憶え流れを把握したからこその勝ち。だが天性の勘が華添えギャラリーを呼ぶ。
     ディーラーが新しいデッキの封を切るのに潮時を感じるも、
    「じゃ、そのまま勝ち分ベットだ」
     伏せ札はA。これは来る――ディーラーのプライド粉砕を置き土産としゃれ込もうではないか。
    (「成程、あれ程勝ってもまだ支配人はでてこないか」)
     一方のジャックはカウンティングで堅実に勝ちを重ねていた。
     使用されたカードは全て暗記、ルールに沿って±を暗算し好機と不利を見分ける。カード把握は視線のみ、故に気取られていない。
     今は完全に好機、だが。
    「どうせ大勝ちしねぇとビデオ3本返ってこねーんだ!」
     泣きそうな右の男が30枚ほど全賭け。
     ……花をもたせてやるか。
     絞りにも勝負にも見えない10枚を置き自分の名と同じカードをテーブルに伏せる。
    「…………5枚で」
     負けが込んでいる左隣は予知で出た青年だ。
     運命のカード配布。
    「ひゃっはぁぁあ! これは勝つぞ!」
     右隣は拳握ってガッツポーズ、2枚で止め。
     一方ジャックは6。ディーラーのバスト狙いならば止めるべきだ、が……。
    「ヒットだ」
     滑り来たカードは6。眼鏡がほっと胸撫で下ろすのを感じた。
    (「まぁ、16は嫌な数だ」)
     バストとジャックが開く暇に彼にはAが行く。口元を押え、これ以上はいらないと首を横に振る。
    「……2、8……3枚目は5」
     17以下なのでディーラーはヒット確定。
    「Q……25でバスト」
     結果論だが6を引いてディーラーを負かした事にジャックは満足し、次は大きく賭けにでる。

    (「運じゃない……」)
     既に一桁枚数の永久は、涼太の台詞で今まで出たカードを思い出す。
    「フフ、支配人はお優しいですよ」
    「まだ、ここからさ」
     足を引っ張らぬよう2枚残し、珍しく零れた軽口が妙に馴染む。

     00を当てられず、じりじり減らした兎は渋い賭け方に以降、同じくきつねも――。
    「う~んう~ん」
     7のカードを前に悩む振り。
    「良かったら使って頂戴」
     冗長さに焦れた貴婦人が50枚をきつねに押しつけた。
    「え、もらえないよこんなの」
    「いいのよ。どうせ不倫がバレても構わない、先にやったのは向こうだし」
    「……俺は俺ので勝負したい」
     押し返し1枚をハイへベット。先程確認したスマホでは幸太郎か和弥がそろそろヤバイよう、自分もオケラで問題なし。
    (「悔しいけどな!」)

    「あんたらたぁもうゴメンだ!」
     また1人逃げた。
     やたら吊り上げる千尋とすり抜け勝ちに来る朱梨、他の者はいいカモだった。
     勇介はケーキを摘みながら皆の表情をさりげに観察、芸の肥やしとする。
     負けが込むと、錯乱するのもいればとことん無表情になるのもいる……興味深い。
    「混ぜてもらうぜ」
     2人とディーラーだけの卓にBJを荒らし回った涼太参戦。
     そろそろ1時間、あと3ゲームで終幕だろうか。
     1、2ゲーム目、朱梨の読みが勝負を制する。
     ……ラストゲーム。
    「あんたらには揺さぶりきかなさそうだしな」
     恫喝で追い込みコール・ドロップと他者を自在に操作していた千尋、半量残しベット。
    「ちまちました賭けは好きじゃねェんだ、吐き出せよ」
     敢えて朱梨の無茶なコールにのりチップを調整した涼太は千尋が3枚残るようレイズ。
    「…………」
     2人の狙いはトップの朱梨だ。
    (「……嫌な予感がするな」)
     どうせこの2人はおりないだろう、ならば手札のスリーカードを信じるか否か。
    (「ラストゲームで不完全燃焼だけど」)
     ――ドロップ。
    「あれ、逃げんの?」
    「つまんねェ女だな」
     コールと応じた千尋と更に3枚積み上げた涼太は煽り口。敢えて笑み深め朱梨は躱す。
     ふと、ざわつきが耳朶なぞるのを全員で、感じた。

    ●落伍者逆転
     3人のラストゲームと同時に開幕のバニー卓で和弥が手をあげた。
    「本式のポーカーではディーラーが持ち回りなんだってな」
    「はぁ?! イカサマしてたってことかよ」
     破産寸前の幸太郎はそれにのった、拳で台を思う様ぶん殴る。
    「支配人呼べよ。勝ってる奴はみんなサクラだろ、わかってんだよ!」
     チップをぶちまけるように回し蹴りを繰り出せば、アンデッドが2人走ってくる。
    「そうだそうだ! 何でこんなに外すんだよ!」
     支配人室側からディーラーと貴婦人を庇う様に立ち、きつねものった!
     ――不穏さにざわつく客の隙間から「失礼」とかき分ける白い手袋を、幸太郎の半目は目ざとく見出す。
     ひゅ……。
     レイピアめいた鈍色がアンデッドの脇を風のように、抜けた。切っ先は撓り凪ぐ角度に頭を垂れたかと思うと、支配人へ到達しふくらはぎの肉をこそげる。
    『な……お客、様?』
    「お前を『灼滅したら』チップ何枚だ?」
     癖毛から覗く瞳は怜悧、幸太郎は阿呆の仮面を外し1 of a kindを取り回す。
    『灼滅者……か』
     糸目が悔しげに滲み怒りに満ちた瞳が開く。ステッキを振りかざす、が、和弥の刃に先を越された。
    『がッ』
     イルミネーション掠め奔る月の衝動は三方へ弾け、全てのアンデッドの腹や腕を捉えた。
    「どんなに隠滅しようが、罪は巡り巡って罰として己に降りかかる、それが世の摂理」
     出口と非常口に殺到する客へ向けた声には欠片も慈悲はない。
    『あなたの人生苦労だらけじゃないですか?』
     茶化すように怒りを潜め、麻峰は幸太郎の鳩尾をステッキで突くが、握った手に響いてきたのは『俺の上腕二頭筋』の硬い感触であった。
     息つく間もなく耳劈く騒音、ジャックの刃が黒服を裂き腐った肉をまき散らす。
    「清姫」
     濃紅の流線型が床を駆ける。跨る兎の頭頂で海老茶が線引くように靡いた。支配人ギリギリまでにじり寄り、帯で捕捉と清姫の体当たりのコンビネーションを決める。
    「ギャンブルは兎も角こっちはきっちり勝たねーとな!」
     手に絡めた帯を投げつけるきつね、指さす方で怯むは支配人傍のアンデッド。
     きつねに続き博徒の仮面を被っていた灼滅者達は、アンデッドへの集中攻撃を開始する。

     客もバニーもディーラーも消え失せた箱の中、斬り飛ばされた骨の手が玩具のように床を転がった。
     ひゅるり。
     柄握り身を回す和弥、かちりと鈴なりの様な音が間に挟まったかと思うと2体目のアンデッドが崩れ、一歩遅れるようにして3体目も膝を折った。
    『あっはは! 見事に騙されちゃいましたよ』
     部下を全て剥ぎ取られた麻峰は、瞳だけで出口を捉えるも、必ずルート上にいる灼滅者に肩を竦めた。
    『まぁ、親が総取りすればよい話です』
     マジシャンのように芝居がかった仕草でステッキを翳し、観客席に愛想振りまくようににっこり笑顔。刹那、ペテンのように痛烈な殺意が前衛を包みこむ。
     ぶちまけられたポーカーの役――まずは、クラブ7からのストレート。数字の貫き示すよに、葛桜の咥えた刃が奔りアンデッドの腹を割いた。
    「お、葛桜はえらいな」
     俺が負けた証拠切って捨ててくれるなんて……と、口にはしないけど。乱暴注意踏み込んだら命の保証無しの標掲げ、支配人の苛つき混じりの気に灼かれた仲間を癒す。
     続けて舞うはスペードフラッシュ。
    「テメェらみてェなクズ相手なら、コッチも手心加える必要ねェからなァ。楽しいなァオイ」
     腰に巻いたコートを翻した涼太がつきだした拳は鋼の如し。
     涼太のキャリバー放つ弾丸の隙間を縫うような永久の糸が、アンデッド周囲に張り巡らされる。
    「1個思い出した。俺、ゲーム好き」
     ――何かを賭けて奪い奪われるのが特に好き。
    「やっぱり勘は信じないとね」
     ぱたぱたと落ちるストレートとフラッシュの中で、朱梨は心からの笑みを浮かべた。ギャンブルは負けぬコトが肝要、あのドロップは正しかったと螺旋で穿つ。
    「みゃー」
     茶虎の尻尾リングが輝けばジャックの逞しい胸の疵が塞がり消えた。
    『愉しみを提供していただけですのに、ひどいなぁ』
     くくと喉鳴らし、和弥の顎にステッキの先を触れさせる。
     衝撃――。
    「大丈夫か?」
     ニッと狐目、身を挺して庇ってくれた気丈なるきつねに短く謝辞。抜いた刃はきつねの脇抜け麻峰の肝を突いた。
    「非常に愉しませて頂いた、心からの礼を」
     海外でなければ愉しめぬカジノ、かけが得ない興奮への感謝と共に脳を揺さぶるパンチが、来た。
    『もったいないお言葉――『Casino Macabre』はいつでもご来店お待ち申し上げておりますよ』
     清姫の銃弾を躱しシルクハットのツバを摘み頭を垂れる……それが、精一杯の虚勢。兎の結界に腕取られたコトに眉根が寄った。
    「カネは正義や信念などと違い万人に対して価値のある物」
     裕福さの約束を手にするために、愚かさで分別を塗りつぶす様は憐れすらある。
     たんッ……!
     幸太郎の翳した指輪で胸撃ち抜かれて口から咲いた血花を憂う。
     ああ。
     なんだこれは。
     なんて無様だ。
     これじゃまるで、この躰を使っていたうだつの上がらぬ勝負弱い男みたいではないか。
    『ああ、ああ、あああ……これだけあれば、これだけ、アレば」
     斃れ伏した台の上に広がる輝きをかき集めるようにして麻峰は、果てた。
    「カネは好いても溺れるな、か」
     かつり。
     乾いた音で中央に虚あけたチップを前に、幸太郎は缶コーヒーをあける。
     屑桜を抱いた千尋を皮切りに、灼滅者達は場に満ちていた熱に思い思いの感情寄せて『Casino Macabre』を後にするのであった。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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