殺人博物館

    作者:邦見健吾

     刺殺、絞殺、銃殺、毒殺……その博物館には、様々な殺人方法の資料が展示されており、資料の中にはその殺人方法を実演した映像も含まれていた。
     だが博物館で行われているのは資料の展示だけではない。館長の手によって、新たな殺人資料の作成も行われているのだ。
    「いやはや失念していました。これほどメジャーな殺人法の資料がないとは」
     博物館のホールで、初老の男性がビデオカメラを設置しながら呟いた。カメラの先には、椅子に縛り付けられた女性がいる。女性は口元にロープをあてがわれ、声も出せないまま涙を流し続ける。
    「感電死の……いえ高圧電流による殺人の撮影を始めます」
     そして男性の指が手元のスイッチに乗る。
     カチッ。

    「松戸市の博物館で、アツシの密室を発見しました」
     教室に集まった灼滅者たちの前で、石弓・矧(狂刃・d00299)が手短に報告した。いつもは柔和な笑みを浮かべている顔も、差し込む日差しのせいで今はよく見えない。
     そこに冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が口を開き、詳細な説明に続く。
    「密室を支配しているのは荒田という名前の六六六人衆です。密室内に突入し、荒田を灼滅してください」
     荒田は密室内に殺人博物館を設立し、その資料作成に密室内の人間を使用している。大規模な虐殺は行わないものの、すでに少なくない犠牲者が出ている。
    「皆さんが密室内に入ると、荒田は拘束した人間の上に中型トラックを落下させ、その様子を録画しようとしています」
     一般人を助けるなら、一旦他の部屋に運ぶのがいい。余裕がなければ、見殺しにするという選択肢もなくはない。
    「荒田は刀を仕込んだ杖を武器にし、殺人鬼とマテリアルロッドのサイキックを使います」
     荒田の序列は不明だが、六六六人衆として見れば強力ではない。ただしそれでも、灼滅者とダークネスの能力差は圧倒的。救出ばかりに気を取られず、全力で挑まねば返り討ちに遭うだろう。
    「アツシの密室がいくつ存在し、どこにあるのかは現在不明です。しかしその内の1つを発見することができました。この機を逃さず、ダークネスを灼滅しましょう」
     そして矧の言葉に頷き、灼滅者たちは出発した。


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)
    丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)
    山城・榛名(白兵隠殺の姫巫女・d32407)

    ■リプレイ

    ●殺人博物館、開館
     灼滅者たちが密室に侵入すると、そこは荒田の殺人博物館に繋がっていた。焼殺、刎頸、股裂き……博物館内には凶器や死体の画像、そして実演した際のビデオ映像が整然と並んでいた。
    (「悪趣味極まりないぜ……ッ」)
     柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は館内の展示を見回し、眉をひそめた。沸々と湧き上がる怒りと胸を焼く嫌悪感を抑え、拳を握る。
    (「……必ず救い出してみせます」)
     途中、周囲を一瞥しながら経路や間取ホールへと急ぐ灼滅者たち。石弓・矧(狂刃・d00299)は以前にも密室に入ったことがあったが、そこには多くの人々が閉じ込められていた。この密室でも、多数の人々が蹂躙され、苦しめられていることだろう。
    「では実験を始めましょう。」
    「んーっ、んーっ! んんっ!!」
     殺人博物館・催事ホール。老紳士風の男、荒田が地面に縛り付けられた少年にビデオカメラを向けていた。口を塞がれた少年は涙を流しながら必死にもがくが、少年を拘束するベルトが緩むことはない。そしてその真上数メートルには、数本のロープで吊られたトラックがぶら下がっている。
    「中型トラックによる圧殺です。さてこの重さでは即死するのでしょうか?」
     荒田はカメラのスイッチを向けると、杖で床をコツンと叩いた。するとどこからともなく雷が現れ、1本ずつロープを焼き切っていく。そして最後のロープはトラックの重量に耐えきれずに千切れ、トラックが少年目掛けて落下を始めた。
     少年に降りかかるトラックの陰が大きくなっていく。少年は反射的に目を閉じ、最期の瞬間を待った。
    「……?」
     だがしかし、トラックが少年に落ちることはなかった。
    「おお……!」
     黒曜の角を持つ鬼が落下するトラックの下に潜り込み、両腕を広げてトラックを受け止めていたのだ。いや鬼ではない、九形・皆無(僧侶系高校生・d25213)だ。皆無が怪力を発揮し、トラックを持ち上げていた。本来なら人1人を殺し得る衝撃が皆無を襲うも、バベルの鎖によってダメージにはならない。
    「助けに来たよ」
     そして丹生・蓮二(アンファセンド・d03879)が剣でベルトを切り裂き、少年を解放する。蓮二は少年を抱えると、ホールの出口へと駆けていく。
    「おっと、邪魔はさせませんよ?」
    「失敗したなら仕切り直してもう一度やり直す方がよくないか?」
     荒田は蓮二を止めようと、ステッキから刃を引き抜いた。だがセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は意思持つ帯を矢に変えて撃ち出し、その行く手を阻む。高明は足元から影を走らせ、ビデオカメラを無残に破壊した。
    「もっとも私達が何度でも邪魔するが……少なくとも撮影の余裕はないぞ」
    「ではあなた方を倒し、代わりとしましょう」
     視線がぶつかり合い、セレスと荒田が睨み合う。荒田は穏やかな口調を崩さないながらも、その声音には苛立ちが表れていた。
    (「殺人方法の展示というだけでも悪趣味なのに、ましてや実験台の方々の亡くなる様を撮影するだなんて……許せません、絶対に」)
     花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)は自身を光で照らし、回復の態勢を整える。霊犬のまっちゃもグルルと低く唸り、荒田を睨んだ。

    ●交差する殺意
    「人を殺そうと思えば殺し方なんていくらでもあるでしょう……それこそ誰でも思い付くものから、そうでないものまで」
     山城・榛名(白兵隠殺の姫巫女・d32407)は槍を携えて荒田に迫り、螺旋描く一撃を突き出した。
    「ですが、それを他人で試すな……! 人は道具ではないのです……」
    「同じ技を使うあなたが言いますか」
     荒田は杖から抜いた刀で切っ先を反らし、槍と刀がぶつかりあう。榛名の真剣な眼差しが荒田を捉え、刃と刃が幾重にも重なって残響音を生んだ。
     黒髪を振り乱してヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)が接近、普段とはうって変わり、子どもらしからぬ殺気で荒田を睨みつける。エアシューズを滑らせて加速し、回し蹴りとともに炎熱を帯びたローラーを叩き付けた。その隙に、少年を抱えた蓮二がホールを脱出する。
    「まったく、礼儀のなっていない子たちですね」
    「勉強熱心なこった……だったらテメェの死にざまを展示してやるよ!」
     荒田は機動力を武器に、神出鬼没に襲い掛かるが、灼滅者たちは一歩も退かずに立ち向かう。高明は杖を腹に食らって血を吐くが踏みとどまり、白光放つ剣を振るって反撃した。斬撃の軌跡が光となって高明を包み込み、その肉体を強化する。
    「支援します……!」
     さらに桃香が光輪を飛ばし、高明を照らして傷を癒すとともに防御力を高めた。まっちゃも、癒しの眼差しを送ってさらに回復を促す。
    「殺人資料の蒐集がご趣味のようですね。なら貴方を灼滅して、最後の資料として差し上げますよ。それで、この殺人博物館は閉館です」
     皆無はトラックを持ち上げていた腕を鬼のそれに変え、荒田に向かって叩き付ける。岩石のように無骨な拳が敵を強打し、ホールの壁に打ち付けた。
    (「全く悪趣味だな。どれだけ見せびらかしたいんだ。……といっても密室だから誰に見せられる訳でもないだろうが」)
     誰に見せるでもなく集めた、ただの自己満足なのだろう。セレスは文字通り鷹の目で敵を捉えると、鳥の爪を模した縛霊手を突き立て同時に霊力の網を放った。こんなふざけた博物館も六六六人衆も、密室ごと砕いてみせる。
     矧はエアシューズを駆動させ、付かず離れずの距離を保ちながら戦う。ローラーを逆転させて下がると見せかけ、急激に制動をかけて死角に迫り、すれ違いざまナイフで切り裂いた。残した傷がわずかながらも荒田の足を鈍らせる。
     ヴィアがバベルブレイカーを構え、荒田に接近しようとすると、背後に近づく気配に気付いた。
    「待たせたな」
    「ええ、待ちくたびれましたよ」
     戦線に復帰した蓮二の言葉に、生意気そうに笑みを浮かべるヴィア。視線を合わせてタイミングを計り、ヴィアは懐に飛び込んで高速回転する杭を撃ち込む。同時に蓮二も加速、跳躍して流れ落ち、星の瞬きとともに蹴撃が敵を打ち抜いた。

    ●死闘、催事ホールにて
    「さあ、君たちはどう殺して差し上げましょうか?」
    「絶対に、負けません……!」
     荒田は瞬時に榛名の背後に回り、杖から刃を抜き放つ。刃が光を反射して閃くが、榛名は咄嗟に炎纏うシューズを蹴り上げて弾いた。さらにもう片方のシューズにも炎を走らせ、自身の体を回転させながら足を入れ替えて一撃叩き込んだ。
     素早く動く荒田に対し、容易く躱される攻撃も少なくない。一方荒田の攻撃は必中に近いが、灼滅者たちは耐え、凌ぎ、懸命に攻め続ける。
    「ぶちかませ、ガゼル!」
     高明の声に応え、ライドキャリバー・ガゼルが一直線に突撃する。全速力で加速したガゼルが衝突すると、高明は体に巻き付いたダイダロスベルトをほころばせ、矢に変えて打ち抜いた。
    「ところで、この博物館に元々あった展示品はどうした?」
    「展示品? ここにはそんなものありませんでしたよ」
     セレスは飛び退きつつ槍を横薙ぎに振るい、帯びる魔力を氷柱に変えて放つ。氷柱は回転しながら宙を貫き、荒田に突き刺さった。
    「殺し方のコレクションとか悪趣味すぎますよ。貴方にも同じ苦しみを味わせてあげましょうか?」
     後衛からヴィアが飛び出し、エアシューズで駆ける。ヴィアは冷たい床を蹴って跳び上がると、星のように降り落ちて敵を打った。蹴りが荒田を捉えた瞬間、重力がのしかかって荒田の動きを奪う。
    「なまじ反応が良すぎるのも考えものですね」
     矧はバベルブレイカーを構えて正面から突進。荒田は刀を抜いて迎撃しようとするが、矧は目前で跳躍し、敵の頭上を飛び越えながら杭を撃ち込んだ。
    「気に入らないんだよね、お前」
     力無き人々をまるで玩具のように使い捨てる、六六六人衆の陰惨な所業。蓮二の胸に渦巻くのは、自己嫌悪にも似た不快感だった。蓮二は冷たく言い捨てると、ホールを駆け抜けローラーに点火、炎を帯びた蹴りを荒田に叩き付けた。
     皆無は踏み込んで一気に距離を詰め、風を纏う鋭い手刀を振り抜いて荒田を斬り抉る。しかし反撃を受け、杖の打撃を正面から食らった。
    「だ、大丈夫ですかっ?」
    「はい、ありがとうございます」
     すかさず桃香が光輪を飛ばし、まっちゃとともに傷を癒した。蓮二の霊犬、つん様も回復に回り、皆無が態勢を立て直す。
    「これ以上殺させません」
     殺気のこもった眼で荒田を見つめ、断罪輪を構える榛名。そして踏み込みとともに自身ごと回転させ、刃の車輪と化して敵を切り裂いた。

    ●殺人博物館、閉館
    「そろそろ死んでもらいましょうか」
    「Impregnable!」
     度重なる攻撃で傷ついた高明目掛け、荒田が杖を打ち付ける。迫りくる、正確にして強力な一撃。だが高明の不屈の意志が光となり、盾を形作った。杖から迸る魔力と光の盾が激しくぶつかり合って弾け散り、高明が白光放つ刃で一閃する。
     六六六人衆と攻防を重ね、灼滅者たちは傷ついていた。しかしそれは荒田も同じ。灼滅者に与えられた麻痺によって、しばしば思うように攻撃できないでいる。
    「そろそろ終わらせようか」
     蓮二は再びエアシューズを駆動させて加速、跳び蹴りを見舞って荒田の足を止めた。つん様も魔を絶つ刃を振るって追撃する。間髪入れずヴィアがロッドを叩き込み、さらに魔力を注ぎ込んで内部で炸裂させた。
    「今度はお前の番というわけだ」
     疾走とともにローラーに炎を纏わせ、セレスが荒田に肉薄する。打撃とともに炎が燃え移り、荒田の紳士然とした外装を焦がす。榛名は死角から距離を縮め、妖気を帯びた槍を突き立てた。
    「私も……!」
     桃香が真剣な瞳が、敵の姿を捉えた。桃香の祈りが裁きの光となって迸り、まばゆい光条が荒田を呑み込んだ。まっちゃも銭の弾丸を連射し、攻撃に加わる。矧はナイフを歪に変形させ背後から接近、逆手に突き立てて無茶苦茶に抉った。
    「これで、往生なさい……!」
    「お、おおっ……!?」
     皆無の握った拳が膨張し、鬼のそれへと変わる。振り抜いた鬼神の拳が六六六人衆を叩き潰し、殺人博物館の館長が消滅した。

    「皆さん、お怪我は大丈夫ですか?」
     戦闘を終え、仲間を気遣う矧。それぞれ傷ついているが倒れた者はなく、無事勝利を収めることができた。
    「お疲れ様。さすがだね」
    「……当たり前です」
     蓮二の言葉に、ヴィアが少しばつの悪そうに答えた。ちょっとだけ視線をさまよわせ、どこか照れくさそうにしている。
    「ふむ、誰か出入りした形跡はないか?」
     セレスは館内を巡り、荒田以外の何者かがこの博物館に関わっていないか調べ始める。博物館の外にも密室の空間は広がっており、一般人の救助には骨が折れるかもしれない。
    「お手伝いありがとうございます」
    「いいってことよ。おらぁっ!」
     皆無と高明はサイキックを使い、博物館の展示物を破壊していた。特に映像は犠牲者となった人々の尊厳に関わるものだ。誰の目にも触れぬよう、完全に抹消する。
    「……」
     誰もいなくなったホールで、静かに手を重ねる桃香。ここで殺害され、映像に収められた人たちも多いだろう。救うことはできなかったけれど、そっと目を閉じ、せめて安らかに眠れますようにと祈りを捧げた。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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