罪と末路の狂想曲

    作者:高遠しゅん

    「お静かに、お客様。これをお忘れではないでしょうね」
     温厚そうな長身の男が指した先には、壁一面にはめ込まれた監視カメラ画面の一角を指さした。
     大きく映し出される画像は、隠し撮りの荒い動画ではあるが、50代ほどの男が高級洋品店でネクタイピンを万引きしている様子だ。
     両側から黒服の用心棒に捕らえられ拘束された男は、盗品のネクタイピンを身に着けた、会社役員といった身なりの男だった。
    「頼む、会社にだけは言わないでくれ! 俺には家族が……」
     哀願にも似た叫びに、長身の男は柔らかな笑みを投げた。
    「それは貴方様次第です。次回もっと大きな『罪』をお持ち下されば、この画像をお返しした上で、差額のチップをお渡ししましょう。貴方様は自由となり、また一攫千金の夢も見られますよ。さもなくば……お判りですね」
    「ああ、すぐ持ってくる。持ってくれば、負けはチャラになるんだろうな!?」
     長身の男が目配せすれば、男を固く拘束していた用心棒の腕が解ける。腐臭に顔をしかめながらも、男は慌てて這うように部屋から逃げ出した。
    「またのご来店を、お待ちしております」
     一礼し、その背を見送る瞳は氷のように冷ややかな蒼。
     人を一睨みで殺せそうなほどに。


     苦虫をかみつぶして存分に味わったような顔で、 櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)が教室で待っていた。
    「本社壊滅後も問題なく営業を続けるとはな」
     その言葉だけで、教室に集った灼滅者たちはあの斬新・京一郎の話だと察した。
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が札幌の様子を探ったところ、斬新・京一郎が新たな動きを始めたことを見つけたのだ。
    「次はすすきのでカジノを始めたようだ。勿論『斬新な』」
     嫌な言葉だと、伊月は手帳の頁を繰る。
     客は犯罪を犯した証拠を手にカジノへ赴くという。カジノはその『罪』と交換でチップを渡し、客はゲームに興じるのだ。
    「但し、チップの額は『罪』の大きさや重さに比例する」
     軽犯罪なら気軽に遊んで惜しくない程度、重罪なら豪遊できるほど。
     しかし人間の心は脆く揺れやすい。もし、ただ一度の信号無視で、一生遊んで暮らせる大金が手に入るとしたら。ただ一度の万引きで、一攫千金の夢が叶うとしたら。どんなギャンブルでも金がなければ遊べないが、ここは『罪』さえあれば遊ぶことができる。
    「……そうして、引き返せなくなる」
     負けが込めば『罪』は公に流される。客は社会的地位や信頼といったものを失い、犯罪者として追われることとなる。
     犯罪者として優秀に育てば、そのまま配下にする手もある。罪と絶望の果てに闇堕ちすれば、それこそ六六六人衆の狙い通り。
     依頼は、カジノの支配人である六六六人衆と、黒服アンデッドの灼滅。伊月はすすきの周辺の地図を示した。

    「支配人はシド・ウィンストンと名乗る六六六人衆。武器は解体ナイフと影業を使う。見かけはひょろ長い優男だが、六六六人衆の例に漏れず狡猾だ」
     序列は不明だが、一人で灼滅者十人と互角に戦う六六六人衆としての実力は侮れない。しかも地の利は敵側にある。
     配下には黒服アンデッドが4体。大柄の用心棒タイプの男が2体、客にドリンクなどを運ぶウェイターアンデッドが2体。
     カジノは地下にあり、そこでは常に30人程の一般人がゲームに興じているという。年齢も性別もばらばら、小学生から70代までの男女だ。
    「信号無視や隣家の花壇を荒らすなどの動画を持ち寄って、小学生ですら出入りしている。少額のチップでも、勝てば漫画やゲームを買えるほどの小遣い稼ぎになるらしい」
     心苦しいが、疑われず潜入するには『罪の証拠』が必要になる。その後、何らかの騒ぎを起こして黒服アンデッドに奥の部屋に引きずり込まれれば、支配人と対面し戦闘できるだろう。
     一般人は戦闘が起きれば勝手に逃げ出す。可能であれば、二度とこういった遊戯に関わるなと説得できればいい。

    「叩きつぶしてくれ。こんな場所は、あってはならない」
     伊月はふと、気付いたように視線を宙にやった。
    「六六六人衆の闇落ちゲームも、最近は札幌で行われている。斬新・京一郎には多数の六六六人衆に呼びかけ動かす力があるのか。だとすれば、放置するにはあまりに危険すぎる相手だ」
     いずれにしても、と。
    「全員での帰還を、待っている」


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    村井・昌利(孤拳は砕けず・d11397)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    華槻・奏一郎(抱翼・d12820)
    赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)
    盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)

    ■リプレイ


    『堕落と享楽の遊戯場へようこそ』
     斬新・京一郎の率いる六六六人衆が経営するカジノだという。歓楽街の片隅、どこにでもありそうな廃ビルの地下、人も通らぬはずの廊下に続く足跡を辿れば、分厚く重いドアに行き着いた。
     開いたドアの向こう側は、BGMと歓声と罵声があちこちで上がり、煙草の煙で室内が霞んで見える。酒くさい息と香水と腐臭が混ざり合う臭い、スロットマシンがコインを吐き出す音、ルーレットがからからと玉を回す音、ありとあらゆる熱気が澱む空間だった。
     細身のウェイター姿の男が立つカウンターに設置された液晶画面に、柔和な容姿の男が映し出されている。視線を上にやれば、小さなカメラのライトが点滅しているのが見えた。
    『初めての顔ですね。お客様』
     肩まである褐色の髪を一つに束ねる、スーツ姿の男は微笑んでみせた。
    「前置不要。此なる罪は如何ほどの値か」
     卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)が懐から出すのは数冊の預金通帳だ。全て名義が違う。
    『架空名義の通帳は、最近流行のものですね。是非とも次は、額を増やしたものをお持ち下さい』
    「元より其の心算也」
     早くも次の罪を唆す言葉に、泰孝はチップの箱を受け取りながら頷いた。
    「これならどうだ」
     いかにも軽薄な色柄のシャツを着崩し、村井・昌利(孤拳は砕けず・d11397)が荷物から取り出したのは、いわゆるドスと呼ばれる刃物だ。動画まで確認し、画面の男はにこやかに語る。
    『窃盗に加えて銃刀法違反、お若いのに度胸がおありだ』
     モニターの指示に従いチップを出す男の肌色は、灰紫に濁っている。鼻をつく腐臭に気付かぬふり、昌利もまた重みのある箱を受け取り賭場に視線を巡らせた。
     ルールの簡単なカードのテーブルは小学生ほどの子供が数人で囲み、ディーラーがカードを捲るたび歓声が上がっている。奥のテーブルには難しい顔をした男達が数名、グラスを傾けながらルーレットを睨んでいる。
    (「ばかばかしい」)
     片手に乗る程度のチップを手に、小さく呟くのは、ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)。ここにいるのは、全員が何らかの罪を対価にした者たちだ。悪ふざけとも呼ばれる類から、脅迫、窃盗、詐欺、傷害……殺人までは無いと願いたい。チップの山を前に悦に入っている、OL風の女を目の端で捉える。
     赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)、園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)、盾河・寂蓮(泥濘より咲く・d28865)の『罪』は、それほどの量でもなかった。初犯を評価され多少の増額はされたが、加減をしなければすぐに消える程度だろう。尤も、元からここに長居をするつもりはない。視線を交わし、それぞれの卓に散った。
    「これっぽっちかよ。シケた店だぜ」
     ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)は画面の男に吐き捨てた。
    『廃墟の撮影とは、浪漫をお好みとお見受けします。どうぞ、一夜の夢をご覧下さい』
     オマケとばかりに箱に一枚乗せられたチップは、他と違って金の縁取りがしてある。最も換金率の高いものだろう。箱を奪うように取り、まっすぐルーレットの卓に向かった。
     最後に入店したのは華槻・奏一郎(抱翼・d12820)。ひとけの無い大学の講堂、置き忘れられた鞄の中から何やら抜き出す画像を提出し、ポケットから出すのは眼鏡ケース。
    『勿体ないことをなさいましたね、お客様』
     モニターの男。斬新カジノの支配人、六六六人衆のシド・ウィンストンは、モニタ越しにも判る青い目を細めて言った。
    『財布でしたら、この倍額のチップをお渡しできましたよ』
    (「こんな所は、さっさと潰さないと」)
     奏一郎は軽く笑って、仲間とは別の卓に向かう。腹の底に響くBGMが不快だった。


     ディーラーがカードを捲れば、瑞鳥はわざと、きゃあとはしゃいだ声を上げてみる。ざあっとかき集められたチップが瑞鳥の所に積み上げられた。
    「やりました、これで三倍です!」
    「ううむ……」
     隣で寂蓮が手持ちのチップを数えている。元から少なめのチップを敢えて負けが込むよう賭けているため、既に数枚しか残っていない。
     昌利も適当に賭けながら周囲を見渡せば、天井の隅やテーブルの傍ら、あちこちに監視カメラが仕掛けられているのがわかった。ウェイターが立ち働く向こう側には、重厚な扉がある。あれが支配人室への扉か。
     わあっと向こう側の卓で歓声が上がる。ルーレットの卓だ。
    「すごいよ! 一人勝ちじゃない」
    「運気、掌中に有り」
     楓が興奮して泰孝の肩を叩く。多めのチップが功を奏したのか、運も味方したのか。幾度か賭ければ面白いようにチップの山が築かれていく。
     場の空気がルーレットの卓に集中する。見物人もでてきた。
    「調子良さそうだね」
     何気ない口調で、同席していた奏一郎が話しかけた。この場では見知らぬ者同士のふりをしている。
    「常勝も味気ない。お主、試みに我と運試し――如何か」
    「乗った。俺の手持ちは少ないけど」
    「不吉なる黒の十三、全てを賭けよう」
    「じゃあ、俺は赤に全部」
     ディーラーの男は要求に頷き、盤を回す。からからと銀の珠が盤を廻り、息を呑んで見守る中、からりと音立てて落ちた先は――赤。
    「此の結果、無効也!」
     室内に泰孝の声が響きわたるとほぼ同時に、隣の卓でも大きな音が響いた。
    「ざけんなオラァ、イカサマじゃねえのか!」
     ダグラスが卓を蹴りつけ叫ぶ。不穏な空気に、周囲の客が距離をとった。ディーラーが卓下のボタンを押すのが見える。
    「どういうことよ! 一度も勝てないなんておかしいじゃない!!」 
     ダグラスの傍でミレーヌも声を荒げる。彼女が手にするケースの中のチップは、減ってもいなければ増えてもいない。卓を眺めながら、ウェイターの位置を常に把握しつつタイミングを計っていたのだ。
     いつの間にか泰孝とダグラス、二人の背後には大柄な黒服が立っていた。がしりと有無を言わせぬ力で腕を掴まれる。抵抗するもその力は強い。この場に紛れ込んだ灼滅者だけが知っている事実、黒服はすべてアンデッドなのだから。
    『他のお客様に迷惑です。こちらへ』
     頭上のスピーカーから声が降ってきた。支配人の声だ。
    「イカサマとは聞き捨てならん。勝てぬ理由はそれであったか!」
     カードの卓で寂蓮も立ち上がり、騒ぎに乗ろうとするが黒服のウェイターが制する。
     客同士は視線を見合わせ、黙って再び席についた。誰もが後ろ暗いものを持って集う場所だ――関わりたくないのだ。この場で騒ぎを起こせばどうなるか、知っているのだから。
     両開きの重い扉が閉ざされる。
     中に入れたのは泰孝とダグラス、そして支配人に合わせろとまくし立てたミレーヌの三人のみ。扉は閉ざされ、もう一人のウェイターがその前に立った。客たちは気の毒そうな顔を一瞬見せたものの、結局は己の遊戯に戻り始める。
     そうして静まりかえった室内に、楓の語る声が低く流れた。
    「さて、皆様お耳を拝借。今宵語るは紅葉の季節、深山に棲まいし嫉妬の鬼……」
     七不思議使いの使う百物語は、客の心をざわつかせる。
     もう装う必要はない。灼滅者たちが立ち上がった。


     支配人室の壁一面に、カジノルームの場面場面が映し出されていた。無数にあった監視カメラが、客の一挙手一投足を記録し続けている。パソコンから顔を上げた男が立ち上がった。カウンターで指示を出していたモニターの男だ。
    「困ったお客様ですね。こんな様子を親御さんや学校に知られたら、困るとはお思いになりませんか」
     背が高く細身、ひょろ長いと称したエクスブレインの言葉通りの優男。
    「支配人、シド・ウィンストンね」
     ミレーヌが呟けば、男は青い眼を瞬かせる。
    「――灼滅者でしたか、気付かなかったのは失態ですが、君たちもよく鼻が利くようだ」
     壁一面に映し出されたカジノルームの画像が変わった。そのどれもが、我先にと店から逃げ出す客の様子だ。扉の外からは戦闘音も聞こえてきた。
    「やれやれ。私の店を台無しにしてくれた代償は高いですよ」
     シドの慇懃な笑顔が歪んだ。殺気が渦を巻いていくのが判る。
     武装した三人の灼滅者、対するは六六六人衆とアンデッドが二体。外の仲間が扉を破ろうとしているのが判る。
    「三度殺しても殺し足りない。ああ、そうですね」
     大柄な黒服のアンデッドが二体、シドを守るように間に入った。
    「閉店作業です。顧客情報は公開してしまいましょう」
    「卑怯也、六六六人衆!」
     泰孝の叫び。目の前で画面が変わる。
     映し出された『罪』の数々。信号無視の小学生集団、誰かを蹴り倒す学生服の少年、会社員風の男は金庫から現金を抜き出し、母親が幼い子供に万引きを指示する様子。燃え上がる廃屋、数人がかりで一人を殴り蹴り回す男女。
    「冗談じゃねえ!」
     ダグラスが破魔の剣を握り床を蹴るのと、アンデッドが動きその剣を肉で防ぐ音、扉が弾け飛び、奏一郎と寂蓮が駆け込んでくるのはほぼ同時。
    「有利な駒をどう扱うかなど、予想できたでしょうに」
     シドがパソコンのキーを指先で軽く叩けば、画面がすべて暗転した。煙を吐き、次々に火花を上げ、がらがらとモニタの壁が崩れた向こうに、真っ暗な空洞がどこまでも開いている。抜け道と呼ぶにはあまりに広い。
    「さあ、『終わり』を始めましょうか」
     男は片手でパソコンを叩き壊す。足元からどす黒い殺気の渦が解き放たれた。

     ふ、と鋭く息を吐いた昌利の雷撃が、一体のアンデッドの下顎を砕く。天井に叩きつけられ、鈍い音を立てて床にくずおれた肉塊を一瞥し、次はと振り返る。
     客の大半は逃げたが、まだ数名がうろたえながら出口付近で戸惑っている。
    「さっさと逃げろ。この場所はもう終わりだ」
    「証拠が。あれが広まったら、俺は」
    「行け」
     アンデッドの体液に塗れた拳を突きつければ、引きつった声を上げて廊下を走って行く。
     犯した罪は消えはしない。彼らが何の罪で遊んだのかに興味はないが、六六六人衆の策略に嵌った心弱い人間と思えば気の毒にもなる。
    「マシュマロさま、お願いしますですよ!」
     もっちりしたウイングキャットが、瑞鳥の声にのっそり動く。重そうに翼をぱぱたぱたさせ、ひゅんと尻尾を振れば回復の光が辺りを照らした。
    「ありがとー!」
     残るアンデッドの拳をがしりと受け止め、楓が反撃とばかりに風を喚び、神薙ぎの刃を放った。巻きこまれたアンデッドの全身がずたずたに切り裂かれる。支配人室から聞こえた大きな音が気になるが、今は目の前のこれを倒す事に集中する。
    「早く、倒れちゃってください!」
     どうして斬新が率いる六六六人衆の手下にアンデッドがいるのか。瑞鳥は気になってならない。名を聞く白の王がこの件に関わっているのか、それとも別の勢力なのか。
    「だからって、答えてはくれませんよね。アンデッドさん」
     意味のない叫びを上げるアンデッドに狙いを付け、振り上げた槍の先を輝かせる。撃ち出された妖気のつららが、崩れかけたアンデッドを貫き壁に磔にした。がくりと首が落ちる。
     ごうごうと背後で殺気の塊が弾ける気配がする。
     惨憺たるカジノルームを後に、三人は支配人室に駆け込んだ。

     後方で回復を担っていた寂蓮の全身に、シドの放った影の刃が突き立った。血の滲んだ唇を不敵な笑みに変え、練り上げるのは回復の術。
    「なに、狙われるのは織り込み済みだ。何度でも持ち堪えてみせよう……!」
     自分に攻撃の暇はない。目の前で喰らわれ切り裂かれる仲間を癒すため、寂蓮は前衛で最も傷の深いダグラスに小光輪を飛ばす。
    「賭けるのはテメェの命だ。乗ってみろよ、支配人」
    「分の悪い賭けはどちらでしょうね、灼滅者」
     ダグラスは構えた破邪の聖剣に白光を宿す。繰り出される強烈な斬撃を、シドは片手の華奢なナイフでいなしていく。ダグラスを回り込むように伸びてきた影の刃に呑み込まれながら、それでもシドは笑っていた。
    「罪がチップなんて、趣味が悪いよね」
     奏一郎が足元の影を操りながら、苦笑混じりの言葉を紡いだ。人間の弱みにつけ込むのがダークネスのやり口だと知っていても、斬新の方法はたちが悪すぎる。
    「慈善ですよ、夢を見せて差し上げたのです」
     手にした刃で影を切り裂き、乱れた前髪を直してみせる。まだ余裕か。
     壁一面が抜け道、ここを抜けられては追いつけない。自然と壁の空洞を背に戦うことになる灼滅者。アンデッドは二体とも既に倒していたが、意識の逸れた隙を狙われて削られた。六六六人衆とその配下、分断された戦力で完全に抑えきれるかと問われれば無理がある。各々の認識の僅かなズレが重なれば、格上の敵に利を与えてしまう。
     一気に畳み掛ける。そうしなければ、この敵は倒せない。攻撃を主とする位置に移動して、ミレーヌは身を守っていた帯を狙い定めて射出した。優雅に弧を描き、または幾何学的な軌跡を縫って長身の男を狙えば、その足取りのパターンが見えてくる。
    「そこ!」
     胸を貫くと思われた細い帯を、シドは素手で掴み取る。切っ先をねじ切り、ふと笑う。
    「怖いお嬢さんだ」
    「ふざけないで」
    「気の強いお嬢さんは好きですよ」
     笑い混じりの声に、後方から彗星が奔った。肩を射抜かれたシドは視線を移す。
    「言の葉弄すに意味等無し」
     弓を引き絞り、泰孝が包帯の下で笑う気配がする。
    「地の利其方に、されど何時もの事、叩き潰すのみ」
     カジノのアンデッドを倒した楓と昌利、瑞鳥がシドの背後を取った。ちらりと様子を確認し、結いの解けた髪を整えた男は。
    「店は灼滅者によって壊滅的し、再開は不可能。顧客データは拡散後破壊済み。すると、私はもうこの場にいる理由がありません」
     堂々と。
    「元から私は、賭け事をしないのです」
     逃走宣言に、留意していた者が瞬時に床を蹴る。
     男の視線の先には寂蓮がいる。立ち塞がるその腹に深々とナイフを突き立て抉り込み、脇をすり抜ける。楓が放った七不思議の怨念が追撃をかけるが、腕を喰らわせて気にもせず駆ける。ミレーヌの撃つ螺旋の槍に脇腹を抉らせながら、勢いに任せて跳び天井を蹴った。
    「この賭け、此方の勝ちで終わらせて貰うぜ!」
     気取った構えも何もない、非物質化したダグラスの剣が、深々と背から腹まで突き通る。
     息を吐き。負ったダメージを堪えきれず、勢いのまま床に転げる。
    「……慣れないことは、するものではありません、ね」
     抜け穴の闇に横たわり、力無く目を閉じた。
     全てが溶けてしまうまで、数分とかからなかった。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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