悪意の根は、日常を絡め取る

    作者:波多野志郎

     ――その惨劇は、まるで降って湧いたように姿を現わした。
    「何だよ、アレ! 何だよアレ!!」
     青年は、転げるように逃げる。背後で続く、悲鳴、悲鳴、悲鳴。そのひとつひとつ聞き覚えのある悲鳴だ、きっとアレによって……そう思っても、青年の足は止まらない。止まれば、きっと――殺される、自分も。
    「はあ、はあ、く、そ……!」
     坂道を駆け上がり、家にたどり着く。家は真っ暗だ、家族は寝ているのだろう。自分は仕事の帰宅途中だったから、アレに気付いた。しかし、家族はきっと気付いて――。
    「あ、れ?」
     ずるり、と青年の体が崩れ落ちた。意識は、あっけなく暗転し二度と元には戻らない――ガシャン、とその青年の体を金属に覆われた足が踏み砕いた。
    『…………』
     蒼い巨躯を重厚な金属の鎧で身を包んだ異形、クロムナイトは目の前の家を見上げた。青年の必死な願いは虚しく、惨劇は続くのであった……。

    「朱雀門のロード・クロムに動きがあったみたいっす」
     そういう湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の表情は厳しい。それは、恐れていた事の実現だからに他ならない。
    「ロード・クロムは、人里から少し離れた場所に配下のクロムナイトを配置し、人里に向かわせて一般人を虐殺させる事件を起こそうとしているんすよ」
     これを見逃せば、多くの一般人が犠牲になってしまう。幸い、配置されたクロムナイトが動き出すまでにはまだ時間があるので、人里に到着する前に戦闘を仕掛ける事も、十分に可能――なのだが。
    「ロード・クロムは、軍艦島で灼滅された美醜のベレーザから引き継いだデモノイド施設を利用して、クロムナイトを量産しようとしているようすね。その最終段階として、クロムナイトを灼滅者と戦わせようとしているみたいっす」
     クロムナイトが戦闘経験を積めば積むほど、量産型クロムナイトの戦闘力が強化されてしまう。しかし、だからと言ってこれから起こるだろう惨劇を知って、無視する事もできない。
    「でも、手がない訳じゃないんす。ロード・クロムの目論見を阻止するためには、できるだけ戦闘経験を積ませずにクロムナイトを倒せばいいんす――ようするに、クロムナイトを戦闘経験をあまり積ませず、短時間で灼滅すれば、ロード・クロムの目論見も阻止できるんす」
     クロムナイトは山の中腹、森の中に配置されている。その近くには山村があり、数十人の人が生活している――このままいけば、山村の住人が殺されてしまう。
    「クロムナイトのいる場所は、ここっすね。森の中での戦闘っす。クロムナイトは重装甲型――守りの厚いタイプっす」
     夜の森の中での戦闘になる、光源は必須だ。森という地形を念頭に戦術を組めば、優位に戦いを進める事もできるだろう。
    「言っておくっすけど、クロムナイトは強敵っす。短時間の撃破に拘りすぎて敗北してしまう可能性もあるっす。状況によっては、短時間撃破を諦める事も必要な判断っす」
     敗北してしまえば、多くの一般人が犠牲になってしまう――どちらを優先すべきか、判断をしっかりとしておく事も必要だ。
    「相手は、そういう敵っす。何にせよ、虐殺なんてさせる訳にはいかないっすから、頑張って欲しいっす」


    参加者
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)
    氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)
    久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)
    アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)
    人首・ククル(塵壊・d32171)

    ■リプレイ


     ガシャン――夜の森に、金属がぶつかる音が鳴り響く。
    「来たな」
     闇の合間から、杠・嵐(花に嵐・d15801)が姿を現わした。嵐は、太もも辺りに手を伸ばし、ブーツから教鞭のロッドを取り出す。
    「何が来ようが怖くない。あたしはあたし、あたしはあらし」
    『――――』
     クロムナイトが、動きを止める。その威容に、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は言った。
    「なるほど……真っ向から向き合うとかなりのプレッシャーですね」
    「……悪意。ああ、紛うことなき悪意の結晶!」
     素晴らしい、この素晴らしい機会に感謝を――白手袋で拳を握り締め、黒スーツの人首・ククル(塵壊・d32171)は口元を笑みに歪める。
     なるほど、確かに悪意を鎧えば『こう』なるのだろうと思えた。異形の蒼い巨躯を光沢ある悪意の鎧で包んだその姿は悪意の騎士と――あるいは、悪意の従者と呼ぶにふさわしい。
    「クロムナイトとやら……データ収集が目当てのようだが」
     アルフレッド・アレアシオン(クリスタルヒートハート・d30905)は、言い捨てる。クロムナイトは、動かない。間合いだ、互いに間合いを測っている状況に、久瀬・雛菊(蒼穹のシーアクオン・d21285)はスレイヤーカードを手に唱えた。
    「変身!」
    『――――』
     シーアクオンへと変身を遂げた雛菊に、ガシャンとクロムナイトが踏み出す。
    「何処で誰が見ているかわからんからな、我が名はハクメン、なんてな、くふ♪」
     フィナレ・ナインライヴス(九生公主・d18889)が、白狐の仮面の下で笑みをこぼした。少なくとも、この状況を観察している視線は感じない――しかし、念には念を入れて、だ。
    「クロムめ……本当に性格悪いな……だが全てが思い通りに進むと思うなよ!」
    「完成したらどうなるか気にならへんわけやないけど、思い通りにされるんも嫌やししっかりやってかなな」
     ESP殺界形成を展開した迅・正流(斬影騎士・d02428)が言い捨て、氷月・燎(高校生デモノイドヒューマン・d20233)がこぼす。ESPDSKノーズには反応がない、ないのだ――その事に燎は、硬く拳を握り締める。
    『オオ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「来る」
     嵐が携帯端末のタイマーを作動させた瞬間、クロムナイトの右腕の刃が振り払われ、あらゆるものを断ち割るかの如き衝撃が夜の森と灼滅者達へと叩き付けられた。


     ゴォ!! と森羅万象断の一閃が、猛威を振るう。
    「分散させてこの威力とは脅威ですが、私は猟犬の務めを果たすだけです」
     沙夜が、ケミカルタイトを周囲にばらまく。それと同時に、正流が駆け込んだ。
    「斬影騎士・鎧鴉! 見……斬!」
     斬の言葉と共に、正流が炎を宿した破断の刃を振り上げる! ギギギギギギン! と散る火花と火の粉、しかし、その手応えに正流は目を細めた。
    (「硬い――!」)
     感じたのは、それだけだ。クロムナイトが正流の顔面に手を伸ばそうとしたのを、沙夜はカラーボールを叩き付けながらシールドに包まれた裏拳で軌道を逸らした。クロムナイトの体勢が、わずかに崩れる――そこへ、燎は足元から走らせた影でクロムナイトの左足を絡め取った。
    「頼むで!」
    「逆ももらうんよ!」
     回り込んだ雛菊が、木々の間から影で出来た真蛸の触手で右足を締め付けた瞬間、ウイングキャットのイカスミが肉球パンチを放つ。しかし、クロムナイトは意に介さない。影を引きずりながら、強引に肉球パンチを鎧で受け止めた。
    「私の役目は搦め手だ、その脚、止めさせてもらうぞ!」
     木々を足場に、三次元な動きでフィナレが駆ける。剣天ニューロマンサーがフィナレの意志に反応するように、しなった。
    「ニューロマンサー、ウィップフォーム。敵へ喰らい付け!!」
     ギギギギギギギギギギギギギギギギギン! と火花を上げながら、フィナレの蛇咬斬がクロムナイトに巻き付いていく。だが、強引に刃を掴んで引いたクロムナイトに、逆にフィナレが宙を舞った。
    「させません!」
     その手首を、沙夜が咄嗟に鋼糸を巻き付け後方へ跳ぶ。その流れで緩んだ勢いに、フィナレは着地。剣天ニューロマンサーを引き戻した。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「獣には、獣の躾け方がある」
     なおも暴れるクロムナイトへ、嵐の影を操る。そのまま、クロムナイトの両腕を影の触手で抑えた。
    「本来であれば最初に攻撃力を上げて……と行きたい所だが、時間がないんでな」
     アルフレッドは晶爪牙、水晶の鉤爪を振り被り、加速した勢いそのままにクロムナイトを殴打する! 縛霊撃の一撃に、霊力の網がクロムナイトを覆い――。
    「隙有り、です」
     跳んだククルが、落下する。夜空を背負い、放つのはスターゲイザー――クルルの跳び蹴りがクロムナイトの胸部を強打した。ズサササササササササササ! と、クロムナイトの足の裏が地面に溝を作って後退する。
     そして、クロムナイトが吼えた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「回復、ですか」
     クルルが、小さく目を細める。蒼いオーラが輝き、クロムナイトを包んでいく――集気法が影を消し飛ばし、霊力の網を掻き消していく。
    「この序盤から回復を使うとはな、やってくれるぜ」
     アルフレッドが、水晶の拳を握り締めた。本来ならば、ここで多少のダメージを無視してでも攻撃を重ねてくるのが、戦術として正しいのだ。だが、状況が違えば最適解が変わるのが戦いだ。
    「厄介だぜ、こいつは」
    「ええ、ですねぇ」
     仲間達の想いを代弁するアルフレッドに、ククルは楽しげに笑う。雛菊は呼吸を整え、地面を蹴った。
    「わたし達や一般人の命も、データも何一つ渡すもんかぁっ!」


    (「嫌がらせはお手の物って感じやなあ。何考えて何処見てんのか直接聞いてみたいわ」)
     燎は、ここにいないロード・クロムの悪意を確かに感じ取っていた。データを収集するそのために、長期戦用のクロムナイトを用意する――これは、あまりにも当然の選択肢の一つだった。
    「ドラグディバイドッ!」
     振り下ろした光の軌跡を刻み、雛菊の龍骨斬りがクロムナイトの刃と激突する。ギリギリギリ、と軋むクロムナイトの刃――そこへ、イカスミの猫魔法が炸裂した。
     クロムナイトが、後退する。その動きに合わせて、正流が死角へと回り込む。
    「退かせるか」
     低く体を落としての、破断の刃による薙ぎ払い――正流の黒死斬が、鎧ごとクロムナイトの足を切り裂いた。クロムナイトの動きが、止まる。嵐が踏み込み、マテリアルロッドを振り抜いた。
     轟音、そしてクロムナイトが受け流せずに体勢を崩す。
    「よろしく」
    「くふふ、任せろ」
     フィナレが絶槍ウィンターミュートを振るった瞬間、巨大な氷柱がクロムナイトの頭上から落下した。そのフィナレの妖冷弾を、クロムナイトは受け止め――バキン! と粉砕する!
     無数の光源に氷が照らされ、輝いた。その輝きの中を、沙夜が駆ける。オーラを集中させた両手が振るわれ、ガガガガガガガガガガガガガン! と沙夜の閃光百裂拳がクロムナイトを連打した。
    「――ッ!」
     その連打を物ともせず、クロムナイトは左手を伸ばす。それを沙夜が掻い潜った瞬間だ。
    「させへんて!」
     上から燎が右手を、振り下ろす。その軌道に従うように、無数の影の刃がクロムナイトへと降り注いだ。ギギギギン! と蒼い皮膚と金属の鎧が、切り裂かれる――その鎧の境目に、アルフレッドは擬晶剣の切っ先を突き立てた。
    『ガガッ――!!』
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
     アルフレッドが、強引に横回転する。そのままクロムナイトの巨体を浮かせ、投げ飛ばす。そこへ、ククルは白手袋に包まれた右手をかざしレイザースラストを突き立てる!
    『グ、ラア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
    「――時間ですね」
     クルルは、五分のアラームの音に呟く。集気法によって回復しながら立ち上がるクロムナイトに、燎はかつて見た地獄の光景を脳裏にフラッシュバックさせた。
    「……虐殺なんて見たないねん」
     その呟きには、全てが込められていた。雛菊は、ここまでやって来る時に見た人里を思い出して、呼吸を整え地を蹴る。
    「朱雀門らしいと言えるけど、わたし達を呼び出す為だけに……そんな理不尽……絶対通さないんよ!」
     音もなく走った鮫の型をした影が、クロムナイトを飲み込んだ。ザン! とその内側から刃で切り裂き、クロムナイトが姿を現わした瞬間、その顔面をイカスミの肉球パンチが打ち抜いた。
    「畳み掛けるぞ!」
     さながら5、6本目の手足の如く宙を駆けたフィナレのレイザースラストが深々と、突き刺さる。グラリ、とクロムナイトが一歩、二歩と後ずさる――そこへ、笑みの形に口元を歪めたククルが断罪輪を手に滑り込んだ。
    「さぁ、断罪の時間ですよ、『悪』」
     ヒュウ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン! と横回転するククルの断罪転輪斬がクロムナイトを切り刻んでいく――それに、クロムナイトは構わず、踏み込んだ。
    「そう来るでしょうね」
     だが、それをククルは横へステップ。晶騎士へと異形化したアルフレッドが、入れ替わりに踏み込んだ。
    「この姿でいられんのは持って1分34秒ってトコか……いくぜ騎士野郎――もう残り時間もないんだ、カタを付けてやる!」
     二騎が、真っ向から激突する。アルフレッドは両手のブレードによってひたすら突きを連打、連打、連打! それをクロムナイトも右手の刃を盾のように構え、前進した。ガ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギン! 火花の嵐の中で、アルフレッドは強引に押し切った。
    『ガガ!?』
     クロムナイトの巨体が、後退する。そこへ、嵐はマテリアルロッドを手に踏み込んだ。
    「やるじゃん」
     普段、笑わない彼女の微笑の賞賛。目の前で意地を押し通すのを見せられた――だからこそ、嵐の一撃にも力がこもる。
     ドォ! と振りは割られた嵐のフォースブレイクにクロムナイトは大きくのけぞった。そのまま背中を木の幹へ叩き付けられ、クロムナイトは踏ん張る。
    「まだや!!」
     燎が、槍を振るった。ヒュゴォ!! と繰り出された巨大な氷柱が、クロムナイトへと突き刺さる――妖冷弾だ。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     なおも抗うように、クロムナイトが吼える。度重なる攻撃さえ受け切る、防御特化。長期戦を想定したからこその硬さ――それに、沙夜は真っ向から挑む。
    「ありふれた策ですが、それだけに侮れないというものでしょう?」
     沙夜の踏み込む加速を乗せたシールドバッシュの一撃が、クロムナイトの胸部を殴打した。シールド越しの手応えは、鈍い。クロムナイトが、右の刃を振り下ろそうとした瞬間だ。
    『ガハ!?』
     ダン! と、クロムナイトの顎を衝撃が打ち抜いた。沙夜の再行動、影を宿したアッパーカットがクロムナイトを強打したのだ。
    「獣にトドメを刺すのは猟犬の役目ではない」
     沙夜が、横へ跳ぶ。そこに駆け込んできたのは、正流だ。
    「無双迅流口伝秘奥義……冥王破断剣!」
     全体重を乗せた、渾身の破断の刃による大上段の斬撃。それに斬り裂かれ、クロムナイトはガシャン、と一歩踏み出した。
     クロムナイトが、刃を振り上げる。正流は、動かない。ガコン、とクロムナイトの額と正流の額がぶつかった瞬間、クロムナイトは膝からその場に崩れ落ちた。
     力尽きたクロムナイトの骸に、正流は一瞥。そして、吼えた。
    「ロード・ゲシュペンスト……いやさクロム! 何処かで見ているなら覚えておけ! これが何れ貴様の悪心とその身を破断する刃だ!」
     夜の森へ、宣戦布告が鳴り響く。返答はない、しかし、正流には――否、その場にいた全員に、確信があった。この宣戦布告は、確かにロード・クロムへと届いているだろう、と。


    「明確な、戦術ミスなんよ」
     雛菊の言葉こそが、正解だろう。
    「回復で長期戦を持たせよういうんは、攻撃役が他にいるからなりたつんよ」
     もし、あのクロムナイトが攻撃に集中していたとしたら、どうだろう? 灼滅者達は回復に手を裂かれ、もしかしたら攻撃の手が足りなかったかもしれない。そう予感されるほどには、あのクロムナイトの攻撃力は高かったのだ。
    「なんて、こんな結果もロード・クロムの実験の一つやったかもしれへんな」
     ため息混じりに、燎はため息をこぼす。
    「ロードにクロムナイトに未完成やったけど巳型に……デモノイド工場押えな、今後も誰かが増やしてくんかなあ」
     現在の所有者なのだろう、ロード・クロム。あの青年が何を考えているのか? その胸の内は、誰も知らない。
    「これからは、悪を裁く機会が増えるのでしょうね」
     その事への期待と歓喜を抑え切れず、ククルは笑う。この戦いでまずは一矢を報いた、それでもこれで終わりではない。
     悪意との戦いは、まだ始まったばかりなのである……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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