量産型クロムナイト・タイプ『焔』

    作者:空白革命

    ●全てを焼き尽くす炎、タイプ『焔』
     民家が燃えていた。
     壁も、屋根も、扉も棚も、窓も柵も鍋もフライパンもベッドも風呂釜も肉も骨も肺の気泡ひとつに至るまで全て全て燃えていた。
     もはや悲鳴すらたたぬ民家の前に、真っ赤なデモノイドが立っている。
     これはただのデモノイドではない。
     全てを焼き尽くす強化デモノイド、量産型クロムナイトのひとつである。
     

    「朱雀門のロード・クロムを知っているか。デモノイドロードの中でも選ばれた存在、クロムの称号をもつダークネスだ。彼がクロムナイトを放ち、一般被害をいたずらに誘発している。俺たちはこれを、なんとしてでも阻止しなければならない。しかしそれは……奴らの計画に乗ることでもある」
     約半月前、ロード・クロムのクロムナイト稼働実験は始まった。
     人里近い場所にクロムナイトを放ち、人間を襲わせるというものである。人々を闇から守ろうと戦い続ける武蔵坂学園がこれを無視することはできず、灼滅行動を開始。人々を守れはしたものの、クロムナイトに戦闘試験を積ませる結果になってしまった。
    「今後はより精巧なクロムナイトを作成すべく、実験を続けることだろう。今回もまた、その一環と考えていい。彼らに戦闘経験を積ませずに人々を守るには……『短期決戦』、これしかない」
     クロムナイトとの戦闘は、発生地点へ直接襲撃してのものとなる。
     つまりこの段階ではまだ一般人への被害は出ないということだ。クロムナイトも馬鹿ではないので、灼滅者を無視して人里へ直行することはないだろう。
    「俺たちが動いている以上、一般人への被害は出ないということだ」
     本件で戦うのは剣装備型クロムナイト。その量産型にして発展系である。
     デモノイド特有の強力な攻撃スキルに加え、炎系の武装を追加したタイプだ。
     戦闘能力は勿論強大。戦闘特化型ダークネスのさらなる強化型というだけあって、気を抜けば確実に潰されるだろう。
    「今回の主目的は人々を守ることだ。だからどうしても短期決戦に拘る必要は無い。もし無理に踏み込んでチームが壊滅し、撤退ということになれば……一般人への被害は止められない。難しいと思ったら長期戦のパターンをとってくれ。頼んだぞ」


    参加者
    篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    立花・銀二(黒沈む白・d08733)
    楓・十六夜(蒼燐氷霜・d11790)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)
    狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)
    香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)

    ■リプレイ


     スコープの焦点をあわせる。サイトマークの中央に古民家が映った。
     位置を五十メートルほどずらすと、鎧を纏った青い人型物体が観測できる。
     双眼鏡ごしに、楓・十六夜(蒼燐氷霜・d11790)は目を細めた。
    「デモノイドの独自強化型、クロムナイトか」
    「どれどれ、ふーん……」
     十六夜から双眼鏡を借りてクロムナイトを視認する香坂・翔(青い殺戮兵器・d23830)。
    「今の進行方向、このまま行ったら人里に入っちまう。デモノイドの発展に興味はあるけど、それとこれとは話が別だよな」
    「まるで私たちを挑発するようなやり方は、六六六人衆の闇堕ちゲームを彷彿としますね。どちらも嫌なやり方です」
     翔の後ろでウェア・スクリーン(神景・d12666)が風になびく髪をおさえた。
     こくこくと頷く立花・銀二(黒沈む白・d08733)。
    「今回のは量産型ですよね。肩に火炎放射器をくっつけているのです」
    「量産機のカスタムかー。地味に手こずるよねこういうの」
     彼らはすっくと立ち上がり、茂みを回り込む形で目的のポイントへと移動しはじめた。

     一方、民家の裏手。クロムナイトから隠れる位置に、篁・凜(紅き煉獄の刃・d00970)は立っていた。
     一輪のバラを口元へと寄せる。
    「……やはり、一度手にした力は放さないか。ならこの連鎖、断ち切らねばなるまい」
    「そうだよ。計画だって、思い通りにさせない!」
     大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)は両手をぎゅっと握り、物陰から様子をうかがった。
     クロムナイトはまだ指定ポイントに到達していない。今回の作戦は位置取りとタイミングが非常に重要になる。大雑把にはいけないだろう。
     そんな空気を察してか、狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)は丸太にどっしりと腰掛けたまま瞑目していた。
     彼の足下には霊犬スピネルが手を揃えて座っている。
    「……」
     光臣の脳裏には、燃える町と人々の悲鳴、そしてむせるような血の臭いが浮かび、そしてはぜた。
     目を開ける。
    「許せない。そうだな、スピネル」
    「わふ……」
     スピネルのしっぽが光臣の足を叩いた。
     そんな彼らの頭上。民家の屋根で龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)は身を屈めていた。
    「悪なる存在、デモノイド。なるほど人となんら変わらないのですね。より人間らしくすらある。違うとすれば存在理由のみでしょうか?」
     沙耶は身を転じ、刀に手をかける。
    「人は生まれながらにして罪人。恨みも憎しみもなく、存在理由をかけて殺し合いましょうか……クロムナイト」
     足腰をぐっと沈めた、次の瞬間。沙耶は天へと跳躍した。


     量産型クロムナイト・カスタム。彼に人間らしい意識、ないしは生物的な感覚が存在するかどうかは分からないが、空を人の影が覆った瞬間にクロムナイトは素早くそれに反応した。
     火炎放射器を高角に向け、ブレイジングバーストを乱射。
     人影はたちまち炎に包まれ、灰も残らずに焼き尽くされた。
     焼き尽くされた? おかしい。人間がこうも簡単に燃焼するはずが――。
     刹那、すぐ近くの壁から刀が突きだし、クロムナイトの脇腹に突き刺さった。
    「まるで素人の動きですね」
     壁を破壊しながら飛び出してくる沙耶。
     胴体の動きを一時固定されたクロムナイト。その隙を逃すこと無く、巨大な刀が振り込まれた。
     咄嗟に剣を構えて受け止めるクロムナイト。
     長い刀身の先、赤い柄の更に先、赤いロングコートを纏った凜が僅かに目を細めた。
    「我は刃、闇を払い魔を滅ぼす、一振りの剣なり!」
     刀が炎を帯び、腕に勢いが籠もる。クロムナイトは力比べを諦め、すばやく後退。
     追撃に走る沙耶と凜から逃げるように、民家の中へと飛び込んだ。
     飛び込んで、すぐにぴたりと停止した。
    「教科書のような逃げ方をする」
     民家の中。それもクロムナイトのすぐ脇に十六夜が立っていた。
     振り向くより早く剣を繰り出し、脇腹へ片手突き。流れるような動きでトリガーを絞ると、オーラキャノンを弾倉ワンサイクル分いっぱいに叩き込んだ。
     二度も突き刺され尚且つ傷口に銃撃を受けたクロムナイト。
     たまらずよろめき、かたわらの棚を崩壊させる。
     だがそこは強化型デモノイドである。すぐさま肩の火炎放射器を開き、ゲシュタルトバスターを乱射。民家ごと爆破しにかかる。
     対して十六夜は窓から離脱。
     追いかけて飛び出してきたクロムナイトの剣を、光臣の縛霊手が受け止めた。
     装甲ごと切り裂こうと剣を加熱させるが、そのそばから光臣は縛霊手内の祭壇を稼働させ、ダメージ箇所を次々にカバーしていく。
    「スピネル」
    「わふっ」
     光臣の肩に飛び乗る霊犬スピネル。肩を踏み台にしてクロムナイトへ飛びかかると、顔面めがけて斬撃を繰り出す。
     思わず腕を振り回してスピネルを打ち払おうとするクロムナイト。だが光臣たちは深入りすることなくその場から離脱。民家と民家の間を抜けるように駆けだした。
    「……」
     背中ががら空きだ。クロムナイトは火炎の弾を連射。
     数発が光臣の背中に直撃。顔を歪ませる光臣。彼は軽くふらつきながらも民家の奥へと逃げ込んでいく。
     腕を剣化して追いかけるクロムナイト。
     が、すぐにそれが罠だと分かった。両サイドの民家から槍が突き出てきたからだ。緊急ブレーキで回避し、槍を掴んで相手を引っ張り出す。
     力に負けて引きずり出されたウェアと翔……と見せかけて、ウェアは力強く固定された槍へ鉄棒よろしく軸回転し、クロムナイトの顔面へ蹴りを叩き込んだ。
     思わず身をのけぞらせたクロムナイトへ布槍を叩き込む翔。
    「あなたを放置すれば人も景観も焼き尽くされてしまいます」
    「一般人を犠牲にする進化なんてごめんだ。お前はここで灼滅してやる!」
     二歩三歩とよろめくクロムナイト。
     ウェアたちはそれ以上の追撃をかけることなく民家の向こうへと後退。
     その先では光臣が彩の治療をうけていた。
     霊犬シロと挟む形で護符を翳し、酷い火傷をおった光臣の背中を急速に修復していく。
    「炎は破壊するためだけの道具じゃない。もっと暖かくて優しいものなのに……」
    「来るぞ!」
    「走って」
     二人を引っ張るようにその場を駆け抜けるウェアと翔。
     その直後、民家の壁を破壊してクロムナイトが飛び出してきた。剣が地面へと叩き付けられ、激しい土砂が舞う。
    「あいつ、ショートカットにも程がある!」
     ウェアたちに向き直り、火炎放射器の狙いをあわせる。
     と、そこへ。銀二が射線上へと滑り出た。
    「ここはまかせてください、ですよ!」
     前髪を指で払い上げる銀二。
     彼めがけて凄まじい炎が噴射される……が、銀二は余裕の笑みで『ナノナノを』繰り出した。
    「なのなのバーリア!」
    「な゛の゛ぉお!?」
     白目を剥いてびちびちするナノナノ。
     銀二は片手で顔を仰ぎながら顔をしかめた。
    「熱っ、赤っ! ストーブの季節じゃないですよもう、メイワクですメイワク! 地球温暖化がすすむのですよ!」
    「な゛の゛ぉおおおおおおおおおお!!」
     口からぶくぶく泡を吹いてけいれんするナノナノ。銀二は構わず手袋をぐーぱーさせると霊力を放射。網化した霊力がクロムナイトへと巻き付いていく。
     クロムナイトは暫く目をちかちかさせてから、その場へ仰向けに転倒。
     ぐったりと脱力した。
    「ん、あれ? 死んだ?」
     首を傾げる銀二。
    「随分あっさりだな。量産型だからか?」
    「確かにあまり良い動きではありませんでしたが」
     物陰から不意打ちを狙っていた光臣たちが顔を出し、クロムナイトを囲んだ。
     顔を覗き込む凜。
    「ふむ……」
     と、その時。
     クロムナイトの両目が真っ赤に輝いた。
    「しまったな」


     民家が爆発した。
     一件や二件では無い。並んだ民家が立て続けに吹き飛び、木片から鍋から数十秒で原型を無くしていく。
     そんな爆発に巻き込まれたのが人間だったなら、当然肉片すら残さずにこの世から消えていただろう。
     それが灼滅者であったとしても……。
    「ふ……ふ、う……」
     呼吸すらまともにとれないという様子で、沙耶はなんとか両目をあけた。
     髪が顔にはりついている。いや、焼き付いているのか。服は無残なことになり、肉体に至ってはあまり言葉にしたくない状態だ。喉から出る息がか細く、そして熱湯でも入っているかのように熱い。
     刀を握ろうとした手が真っ白になっているのを見て、沙耶は頭の中でため息をついた。
     デモノイドはあるノーライフキングが開発した人工ダークネスである。制作者が死んだ影響で寄生因子が世界中にばらまかれ、今も尚各地で偶発的な闇堕ち現象が頻発している。
     そうした経緯ゆえにデモノイドは比較的知性が低く、人型の猛獣程度に扱われることも多い。ロードクロムが開発したという強化型デモノイド『クロムナイト』とて例外ではない。頭の悪い力持ち。動きの悪いパワーマシン。だが、知性が存在しないわけではない。
    「この短時間で戦い方を覚え始めてるのです。これ以上粘るのは危険ですよ」
     完全に真っ黒こげになったナノナノを放り捨て、銀二は服の煤をはらった。
     この戦いによる経験値は共有され、次なるクロムナイトの戦闘能力を跳ね上げるだろう。
     戦いが長引けば長引くほど追い詰められる。今回の戦闘という意味でも、ロードクロムとの抗争という意味でもだ。
     ぐったりとしたスピネルを抱える光臣。
    「スピネル。それに、シロも」
    「うん……」
     彩やウェアたちを爆破から守るため、霊犬スピネルと霊犬シロは身体をはってダメージを肩代わりしていた。戦闘特化型かつ強化型の全力攻撃である。彼らの身体が限界を迎えていた。
     彼らをカードへ引き戻し、彩はイエローサインを作動。標識を手に身構えた。
    「来るよ」
     がらん。
     灰と炭、石と鉄片を押しのけて、クロムナイトが立ち上がる。
     身体は恐ろしいほどに真っ赤に燃え上がり、全身の組織が血管のように脈打っていた。
    「簡単に倒せそうにはないな」
     弾倉にスピードローダーを押し込む十六夜。
    「回復と牽制を挟んだ長期戦……は、とれませんし。当然、ダメージは覚悟すべきでしょう」
     槍を捨て、徒手空拳の構えをとるウェア。
    「どのみちこれ以上時間はかけられない。突っ込む!」
     翔は僅かに腰を屈めると、風のように自らを射出した。
     灰と空気、それに音と光を追い越して、翔はクロムナイトの眼前へ出現。飛び回し蹴りを顔面へと叩き込んだ。
     直撃。と同時にクロムナイトは大きな顎を開き、彼の足を固定……いや、噛み砕いた。
    「いっ――!」
     目を見開く翔。だが退いてはいられない。身体をぐるんと捻ってもう一方の脚で膝蹴りを叩き込む。
     その反動で離脱するが、バランスを崩して顔から地面に転がった。
     直後、クロムナイトめがけて巨大な刀が振り込まれる。
    「哀しみも苦しみも痛みもすべて燃やそう」
     横一文字斬り。バックステップで回避。
    「君が哀しみを振りまく前に!」
     身体ごと捻って大上段からの振り下ろし。
     クロムナイトは剣を翳し、両腕のパワーでそれをガード。しかし輝きをまとった刀の威力に、両足を中心とした地面に放射状のヒビがはしった。
     後方から回り込む十六夜。魔術による矢を大量に発射しつつ、クロムナイトへと斬りかかる。
     背中に次々と突き刺さる矢に、思わず呻くクロムナイト。
     十六夜は目でもって彩に合図を送った。
     彩は頷き、ありったけの防護府をポケットから引っ張り出した。
     すべて天空にまき散らし、術式を展開。
    「行って!」
    「――ッ!」
     途端、沙耶が骨の露出した片腕を地面について獣のように駆けだした。
     大量の護符の間を抜けるうち、強制的に肉体が構築されていく。
     ぎりぎり形をなした足でもって刀を踏みつけ、跳ね上げる。
     回転してきた柄をぎりぎり形をなした手で受け止め、刀を振り込めるギリギリの肉体でもってクロムナイトへ襲いかかった。
     火炎放射で迎撃をはか――ろうとしたクロムナイトに、刀を手放した凜が短刀でもって切りつける。
     一瞬出来た隙めがけ、沙耶の横一文字乱れ斬り。
     ガードに使っていた腕が完全に切断され、回転しながら宙を飛んでいった。
     バランスを崩しつつもクロムナイトは爆発性の火炎弾を乱射。凜や十六夜たちを吹き飛ばす。
     続いて、彩へとぴったり狙いをつける。
    「させません……」
    「ナノナノバリアもきれちゃったし……ちょっと、身体はるですよ」
     ウェアと銀二がそれぞれ腕を水平に翳し、彩の前に立ち塞がった。
     首元をゆるめ、こきりと首を慣らす銀二。
     二人は同時に息を止めると、クロムナイトめがけてダッシュした。
     爆発火炎弾を発射するクロムナイト。
     そこへ、光臣が強制的に割り込んだ。
    「クロムナイト、僕と同じ力を持つ兵士。けれど」
     縛霊手を装着。火炎弾を直接殴りつける。
    「破壊のためだけの力なんて認めない」
     爆発。光臣の身体を急速に焼き、巨大なオーブンにでも放り込まれたように彼を苛んだ。
     ここをどけば楽になる。そのぶんウェアたちに痛みが渡る。
     光臣は歯を食いしばった。
    「この力は、守るために!」
     爆風を拳で殴り抜き、空間ごと突き破った。
     トンネル状に開く空間。うつ伏せに倒れる光臣。
     その左右を、銀二とウェアが飛び越え、同時に蹴りを叩き込んだ。
    「重圧を加算する蹴撃を、穿ち加速する槍撃を」
     のけぞったクロムナイトの胸元へ、二人同時に貫手をめり込ませる。
    「断ち切る鎌風の大刃を」
     めり込んだそばから切り裂き、引きちぎり、クロムナイトの胸を十字に解体する。
     ぴょんと飛び退き、バク宙をかけて着地する銀二。
    「強さを求める姿って意味なら、キライじゃないですよ、化け物!」
     一方でウェアは目を閉じたまま、クロムナイトに背を向けた。
    「最後です、砕け散りなさい」
     手のひらについた血を、振り払う。
    「その炎に永遠の鎮火を」
     爆発し、火柱となって燃え上がるクロムナイト。
     舞い落ちる灰に、ウェアはほんの少しだけまぶたを開いた。

     かくして、量産型クロムナイト・タイプ『焔』は灼滅された。
     だがこの戦いで蓄積された戦闘経験値は僅かながらも後継クロムナイトへと注がれるだろう。
     戦いは、まだ続く。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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