運動会2015~運命の車輪

    作者:灰紫黄

     来る2015年5月31日。武蔵坂学園の運動会である。
     決戦の日は近い。若人達よ、熱い血潮をたぎらせよ!

     ……というわけで、猪狩・介(dn0096)は学園中から一輪車を集めていた。
    「これ、何に使うん?」
     たまたま通りがかった口日・目(dn0077)は怪訝な顔でそう尋ねた。
    「一輪車の競技があるんだってさ。その手伝いだよ」
     にやり、と笑う介。いい笑顔であったが、しかしいい笑顔すぎた。
     ただの競技ではないことは目にも簡単に想像できた。
    「気になる? 聞きたい?」
    「そんな言うんやったら教えてぇや」
    「じゃ、お耳を拝借。僕が聞いた話では……」

     以下、概要。

     その名も一輪車サバイバルレース。
     参加者は一輪車にまたがり、トラックを走り回る。二十分の制限時間以内に、最も周回を重ねた者が勝者だ。
     ただし、途中で体が地面に着いた者は失格。サイキックや殲術道具の使用は認められないが、代わりにハリセンは使用しても構わない。つまり、二十分以内に他の参加者を倒してもよいのである。
     圧倒的スピードで駆け抜けるか、パワーで他者をねじ伏せるか、あるいは知力で戦場を攻略するか。各々が得意とする方法で戦いに臨まれたし。

    「こけたら痛そう」
    「ま、そりゃ痛いだろうけどね。でも楽しいと思うよ?」
     率直な感想に、またにやりと返す。けれど黒さはなくて、子供以上に子供っぽい笑み。
     戦い方、楽しみ方は人次第。貪欲に勝利を狙うもよし、自らのスタイルを貫くもよし。一輪の魔獣が君を待っている。


    ■リプレイ

    ●ほいーるおぶふぉーちゅん
     生徒達の歓声が轟くグラウンドに、運命の車輪を携えた選手達がそろった。いつもは殲術道具を手に魑魅魍魎奇々怪々と戦う灼滅者達であったが、今の武器は一輪車とハリセンだ。
    「位置について、よーい」
     短髪の女生徒が、ピストルを空に突き付けた。同時、選手達がペダルに足をかける。
     パン!
     それから一瞬遅れて破裂音。一輪車に乗った灼滅者達は一斉に走り出した。
    「わーーーーーーーーーーーー!!!」
     その中でも、クラレットは大声を張り上げてペダルをこぎまくる。ハリセンは攻撃には使わないらしく、大声攻撃で勝負に出るつもりのようだ。
    「ちょっと! 前の人、後ろ危ないわよ!」
     と言うが、これも大嘘。
    「え、ちょっ?」
     戸惑う介を抜き去り、クラレットはさらに加速していく。
    「連打連打連打あああああああああ!!!!」
    「無駄無駄ぁああああっ!!! 来ると思ってたぜこの野郎ぉぉぉぉ!!」
     スタートを切った瞬間、クーガーと達郎は二人の戦いに突入した。クーガーが右から叩けば達郎は左から、上から来れば下から、反撃を繰り出す。一進一退の攻防とはまさにこのこと。完全に実力が拮抗しているのか、決着はまだまだ尽きそうにない。
    「新競技優勝の栄誉はこの俺が頂かせてもらう!」
    「いや、優勝は俺だぜ!」
    「「俺が勝つ!!」」
     瞬間、二人が同時にハリセンを繰り出した。二本の腕はアルファベットのXのように交差し、ハリセンはそれぞれの顔面に命中していた。拳闘の世界でいうクロスカウンターだ。
    「ふ、この程度、かよ……」
    「てめぇ、こそな……」
     威力が何倍にも増幅されたハリセンを受けた二人は、仲好くその場に倒れた。
     ほとんどの選手がスタートラインから遠ざかっていく中、一人だけスタートから進めない者がいた。
    「え、っと」
     フリルは両手を広げて一生懸命バランスを取ろうとするが、なかなか上手くいかない。進もうとすればバランスが悪くなり、バランスを取ろうとすればスピードが落ちてしまうようだ。たまに意図せずバックもしていた。結果、スタートライン前後を行ったり来たりしていた。
    「うぅ……進めないです」
     あ、ちょっと涙目。我慢できないのか、オオカミ耳が出たり引っ込んだーり。
    「あの子、かわいいなぁ」
    「なんか癒されるわね」
     だが、小動物チックなフリルが一輪車に悪戦苦闘する姿は日々の戦いや理不尽な地獄なんちゃらで荒んだ灼滅者達を癒やしたのであった。

    ●はりせんいんぱくと
     スタートから五分。レースも序盤を脱そうとしていたその頃、第二グループはハリセンで激しいドツキあいを展開していた。
    「ま、サイキック使用不可だから、安心して勝負できるよねー。死ぬ可能性皆無だし!」
     葉月は山育ちらしい。野山で駆け回った野性的感覚で器用に一輪車を操る。天パ……もとい形状記憶の長い髪は三つ編みにしてあり尻尾のよう。ハリセンを両手に構え、いざ出陣。
     ちなみに一輪車以外の競技も別に死ぬ可能性はないはずだ。たぶん、きっと、おそらく。
    「って、何これ!?」
     二天一流ハリセンが星を叩いた瞬間、エスニックカラーの煙が上がる。服の下に、カレー粉、コショウ、唐辛子などを混ぜた粉を隠していたらしい。戦車のリアクティブアーマーのようでもあった。
    「いや、それはズルでしょっ!」
    「勝てば官軍……へくちっ!」
    「ぎゃー!」
     介がツッコミを入れれば、星は胸を張って言い返す……その隙に葉月はハリセンを扇のように持ち替えてさらに反撃。星も介も粉まみれになった。
    「隙ありー!」
     さらに様子見で後ろに控えていた一夜が速度を上げて近づいていくる。体操服姿でスタイルの良さがよく分かるが、しかし今はそんなことは問題ではなかった。ほんわかあどけない笑顔に似合わない勢いでぶんぶんハリセンを振り回している。
    「えいっ」
    「げきちん!?」
     まず星を撃破。軍帽がグラウンドのぽとりと落ちた。
    「こっちも!」
    「あいたっ」
     そっちに気を取られた介も葉月に叩かれて崩れ落ちた。灰色の髪に砂利が絡まるが、楽しそうにけらけら笑っていた。
    「どいたどいたーっ!!」
     ハリセンで切り結ぶ一夜を葉月の後ろから、暑苦しい声が迫ってきた。一輪車のはずだが、どたどたという足音まで聞こえてきそうだ。
     最初は一輪車の感覚をつかむことに集中していた銀都だが、ここにきてギアチェンジ。砂埃を巻き上げて加速をかけた。ペダルを漕ぐ足が速さでぐるぐる渦巻きに見えるレベル。
     三人は団子になりつつコーナーに入る。一夜はやや距離を取り、葉月は隙を狙ってハリセンを構え、銀都はスピードを下げずにドリフト。反応の違う三人はいったん離れ、決着は後半戦に持ち越された。

    ●しゃりんだいせんがん
     時間は十分、いや、十二分くらいであろうか。サバイバルレースも後半に突入した。トップを走っているのは、あえて妨害攻撃をしないで走ることに集中した5人だ。
    (「バランス……バランスを…………」)
     集中のためかあるいは本当に眠いのか、敦真の目つきはどこかぼんやりしていた。だが、かえって余計な力が入っていないせいなのか走りは滑らか。先頭集団に一歩遅れて追走していた。
    「トップ逃げ切り、とは上手くいきませんよね」
     誰にでもなく呟いて、文具は苦笑。トップをとってそのまま独走、と作戦を立てていたようだがそれを実現する手段まで考えなければ、思い通りにはなるまい。たとえ学校行事でもそれは同じだ。それにここは灼滅者の集う武蔵坂学園。ただの学校行事ではないのだ。虎視眈々と先頭の隙をうかがうが、果たして。
     文具の視線の先では木菟とフェリスがトップ争いを繰り広げていた。二人ともハリセンはいつの間にか持っていなかった。
    (「なっつかしいでござるな……」)
     ふと、木菟の脳裏に幼いころの景色が思い浮かぶ。保育園で触れ、自転車より早く乗り方を覚えた。小学校ではよく一輪車鬼ごっこで遊んだものだ。冬は雪の上を走った。
    「……田舎ではないでござる!」
    「え、はいです!?」
     並走する木菟が謎の叫びをあげ、驚くフェリス。驚かせた方も無意識だったのかビクッとなった。その間に、
    「あらあら~。その油断、いただきました~」
     ふわりと笑って、菖蒲が前に出た。飄々としているようにも見えるが、やるときはやるようだ。今まで先頭集団にいながら攻勢には出ていなかったが、今が攻め時と見たのだろう。ぐるぐる足で加速をかけた。
    「あ、僕もです!」
     2トップが破られ、均衡が崩れた。隙を狙っていた文具もスパートをかける。
    「負けませんですー!!」
     金の髪をなびかせ、フェリスも加速。きり、と瞳に強い意思が映る。勝てば組連合の料理に近付く。友達の顔が次々と浮かんできて、足に力がこもる。
     その、さらに後ろ。銀都が顔を真っ赤にして迫ってきた。興奮状態で、目もぐるぐる。
    「うおおおおおおおおおおっ!!!」
     さらにさらに。クラレット、一夜、葉月が続く。
    「勝つのは私よ!」
    「僕もいるよー」
    「まだまだこれからだよ!」
     脱落者は意外にもまだ少ないが、時間はわずか。選手達は残りの数分に勝負をかけるのだった。

    ●うぃなーはどいつだ
     残り一分、順位は覆らないままコーナーに突入。おそらくここで勝敗が決するだろう。
    「やるぜ、俺はやるゼェェェェット! バウンドリフティングターン!!!」
     ここで、銀都は切り札を発動する。止まったと思ったら、大きく弾みをつけ、そこでジャンプ。そしてさらに地面にバウンドさせてもっと大きくジャンプ。空中から先頭集団を抜かそうという魂胆だ。灼滅者じゃなかったら惨事になりそうだが、武蔵坂だし大丈夫。
    「……あれ?」
     敦真の視界が一瞬暗くなる。それは銀都の影です逃げて。
    「ちょ、前の人あぶな……今度は嘘じゃないって!」
     クラレットが叫ぶが、時すでに遅し。
     ドンガラガッシャーン!!
     銀都は落下地点周辺の選手を巻き込んで盛大にクラッシュした。良い子はマネしないでね! できるか分かんないけどっ!
    「あらら~、負けてしましましたね~」
     立ち上がり、ほがらかに笑う菖蒲。結果的には負けてしまったが、もう少しで勝利というところであった。とはいえ、頭上から誰かが降ってくるとは思うまい。
    「あいたた……あれ、僕アウトです!?」
     気が付くと吹っ飛ばされていた文具であった。菖蒲と同じく優勝まで今一歩。
    「いなかではないなかではないなか……!?」
     ここで木菟が再びトップに舞い戻……と思ったら第二の試練が。なんとフリルが後ろ向きのまま走ってくるではないか。しかも猛スピードで。
    「えぅぅ、止めてくだしぃぃぃぃぃ」
    「ござジャンプゥッ!!」
     全身全霊の力を下方向に叩き付け、ござるは華麗に跳び上がる。フリルはそのままどこかへ、そして入れ替わりにクラレット、フェリス、一夜、葉月が追い付いてくる。
    「だから危ないってばぁっ!!」
     ひゅおぉ、と木菟が四人の上に落下。衝撃で一輪車は砕け、何かがグラウンドにめり込んでいた。灼滅者でなかったら(以下略)。巻き込まれ事故でクラレットと一夜、葉月がクラッシュした。
    「あちゃー、負けちゃったね。でも、かなり頑張れたかな」
     からからと笑って、一夜はそう言った。この激戦が良き思い出となれば幸いだが。
    「いてて、ちょっと死ぬかと思ったね。死ななかったけど」
     と葉月。まぁ一輪車より灼滅者の方がよほど丈夫なので、この協議で死ぬことは……ではなくて運動会で死んだりしないはず、たぶん。
     というわけで、フェリスは紙一重で木菟を回避し、そこで終了のサイレンが鳴る。
     MVPはフェリス・ジンネマンとなった。
     とはいえ、各人の一輪車にかける熱い思いに差はないだろう。運が勝敗を分けたといっても過言ではない。
     グラウンドに散乱した一輪車と倒れた選手を回収する間に、少しヒーローインタビュー。
    「フェリスさん、今の感想をどうぞ」
     ピストルを持っていた女生徒は得物をマイクに持ち替え、台の上のフェリスに近付く。
    「一輪車ってすごく楽しいですですね! ぶいですですっ!!」
     すっごくいい笑顔でピース。戦いの後の荒野に咲いた、一輪の花であった。
     かくして、一輪車サバイバルレースはここに終結した。一輪車数台の犠牲と引き換えに、彼ら彼女らの戦いは武蔵坂学園の歴史に刻まれたのであった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月31日
    難度:簡単
    参加:13人
    結果:成功!
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