運動会2015~二人三脚を制する者は諸々を制す!

    作者:彩乃鳩

     決戦の日が迫る。
     5月31日は、武蔵坂学園の運動会。
     組連合ごとに力を合わせて優勝を目指す戦いが、今年もまた幕を開けようとしていた。

    ●とある教室にて
    「それでは、次に二人三脚の説明に移りますね!」
     教壇に立った教師が、黒板に要点を書いていく。
     武蔵坂学園の運動会に向けて、このクラスでは誰がどの競技に出るか決めているところだった。
     今話題にあがっているのはお馴染みの二人三脚。
     走者二人が足首を紐で結び、調子を合わせて走り、どのペアが一番早くゴールするか競う種目だ。
    「走る距離は直線で五十メートル。いくつかのペアが並んで走ります。この辺りは普通の徒競走と変わりません。大切なのはパートナーとしっかり息を合わせることですね」
     もちろん、足が速ければ有利ではある。
     けれどそれだけでは二人三脚には勝てない。
     二人の力を合わせなければスピードは上がらない。焦れば転倒という事態にもなりかねない。どう事前準備をするか。または、何の作戦でいくかなど。パートナーとどのように走るかが鍵となってくるだろう。
    「最優秀者にはMVPが贈られて組連合にボーナス加点!」
    「おお!」
    「よし、MVP狙うぜ!」
    「俺達のチームワーク見せてやろうぜ!」
     沸き立つ灼滅者達が次々と手を挙げる
     一方、頭を悩ませる者もいる。
    「うーん、私はどうしようかしら」
    「組む相手に悩むところよね」
     そんな声があがるが、特に相手が決まっていないなら単独でエントリーするのも勿論ありだ。単身参加している者同士でペアを組むことができるし、思わぬ組み合わせが力を発揮することになるかもしれない。
     更に先生が付け加えた。
    「ああ、言い忘れていました。組む相手はサーヴァントも可ですよ」
     教室内が更に活気づく。
     知り合いと参加する者、単身で参加してペアになる者、サーヴァントと組む者。
     挑戦のしかたはそれぞれだ。
     誰もがMVPを取れる可能性が充分にある。
     参加希望者達に向けて、教壇の教師は力強く笑った。
    「パートナーと協力して、皆さん頑張ってくださいね。二人三脚を制して、その勢いで優勝しましょう!」


    ■リプレイ

    ●第1レース
     本日は晴天。
     絶好の運動日和の中、各々の想いを胸に二人三脚が始まる。
    「せっかくの運動会、目指すは優勝よ!」
    「優勝目指して全力で頑張る」
     冬華と真那は組のため、パートナーのためと気合を入れる。
    「えと、付き合ってくれ、て……ありが、とう」
    「いやいや、誘ったのは俺からだし誘いに応じてくれてありがとな」
    (「脚の長さ……が、違う」)
     小夜は、相手のスタイルの良さにショックを受け。
    「ん、頑張ろ、う……!」
    「? よし、やりますか。走りきったらなんかご褒美考えないとな」
     宥氣はガッツポーズをする小夜に首を傾げながら答えた。
    「今年も、一緒。そびと、二人三脚。嬉しい、です」
     1年ぶりの運動会の空気に緊張しながらアスルは微笑む。
    「どうせやるなら1番になりたいね」
     実際はルーが喜べばいいかと思いつつ草灯は薄く微笑を返す。
     異色なのは圭一&劉麗ペアだ。
    「イクさんをライドウさんに括り付けての出場とか……どうかしら!?」
     大会前、劉麗のこの一声に圭一はぶほっと噴き出しつつ、親指を立てて即採用したのだ。主人ペアの横には、サーヴァントのペアがスタンバっていた。
    『位置について――よーい』
     銃声と同時に、一斉に走者達が始めの一歩を踏み出す。
    「行くよ、せーの! 一、ニ、一、ニ……」
    「いち、にっ、いち、にっ……」 
     宥氣がリードしながら始めは焦らずゆっくりと。
     小夜は肩と息を合わせて進んでいく。
     想像より速く走れるのは相手が合わせてくれるから。
     草灯もアスルが走りやすいように合わせる。
     歩幅も広がっているのか。それとも練習の成果か。去年よりも早い。掛け声と一緒にゴールを見据えて走る。 
    「トローリ!」
    「え、トローリ―って何? お、オー?」
    「トロー……きゃっ!」 
     劉麗が足を踏み外す。圭一がしっかりと彼女を支えた。
    「ゴール後は姫抱きしてやるからちょいと待っててな?」
     サーヴァントの方は踏まれてペタンコになっていたが。主曰く、水をかけたら元通りらしい。

    「ぬ……楽し、かった……♪」
    「お疲れ様。俺も楽しかったよ」
     初戦から白熱した走りを見せた小夜。宥氣に頭を撫でられて幸せそうだ。
    「楽しかった、なのー」
     ゴールしたアスルも草灯に飛びつく。
    「来年も二人三脚、出れる?」
    「来年も多分出られるかな?」
     首を傾げるパートナーに、草灯も同じ仕草をする。
    (「満足そうで何より。来年も一緒に――」)

    ●第2レース
     今回、男女で二人三脚に出場したのは全体の約六割ほど。
     どう捉えるかは自由であるが。
    「驚きのリア充率だな。周りは見るな(精神的に)殺されるぞ!」
    「1番を走れば問題ない!」
     間が悪く、この組は奏一郎と響以外、全員が男女ペアだ。
    「妹の姿とか見えたのも気のせいだ!」
    「今の奏一郎の妹……気のせいだよな!」
     残念ながら気のせいではない。
     灯倭は空にギュッと掴まっていた。
    「凄く緊張するねー。上手に合わせられるかな」
    「そこはちゃんと合わせるから大丈夫さ。ま、最初の共同作業ってとこかな」
    「はじめての共同作業……えへへ、やる気がぐっと湧いてくるね」
    「ははは、そのやる気存分にぶつけてやろうじゃないか」
     相手の笑顔が見たい。
     同じ思いの二人が笑い合う。
     一方、恥ずかしがっているのは文具と彩だ。
    「身体をぎゅってするの、ちょっと恥ずかしいです」
    「あ、汗臭くない? 大丈夫かなっ?」
     家族で恋人。
     学校でも家でもずっと一緒の二人なのに実に初々しい。
    「せーの!」
     他の選手は気にかけず前だけを見て。
     意識はお互いに集中して文具と彩が走り出す。
     統弥と藍も無言で頷き合い作戦通りにスタートした。
     声が無くてもお互いに考えを感じ合って意思疎通できる方がきっと早い。肩に回した手の力の入れ方で巧みにペース変更を伝え合う。
    「巷ではタイミングの鬼と俺の事を言ってた気がするぞ! 俺のスピードについてこれるかな奏一郎!」
    「早ぇよ! 待て! タイミングを、合わせろ!」
     総一郎は響の肩をがっしり掴んで前に出過ぎないようにしつつスピードを上げていった。先行逃げ切りを目指していた妹ペアが、そこで焦ったのかぐらつく。転びそうになる灯倭を空が支えた。
    「空くんが助けてくれるって信じてたよ」
    「大丈夫、そっちも全力で支えるよ」
     そのリア充ぶりに兄ペアまでペースを乱してしまったことを彼らは知らない。
     文具、彩ペアと統弥と藍ペアは一進一退の並走を繰り広げだ。連携は互角。どちらが勝ってもおかしくない接戦だった。
    「ありがとう! 藍と一緒に1位を取れて嬉しい」
    「統弥さんのおかげで1位になれたんですよ」
     満面の笑みを浮かべる藍を統弥は抱き上げた。

    ●第3レース
     事前に試行錯誤した組も多い。
     羽衣と慧樹もそんなペアだ。
    「スミケイがういを小脇に抱えるってどうかしら!!」
    「イヤ抱えられねーから! ……ずっと抱きついとく?」
    「ジョウダンよ!」
    「ジョ……そっそりゃそーだよなっ!」 
     二人は基本に立ち返った。
     繋いでいる日々を信じる戦法が、きっと一番強い。
    「優勝狙って前進あるのみっ。いくよ、ユフィ!」
    「シフォン、今日の私は絶好調ですよ! 期待しててくださいっ!」
     シフォンとユーフォリアは四六時中足を結んで特訓した口だ。
     休み時間や移動教室で練習したり。
     ゲームセンターで踊ったり。
     カラオケでやっぱり踊ってみたり。
     あっという間で楽しかった記憶しかないが……それはそれ。
    「今年こそ1番を目指して頑張ろうね、七狼」
    「何度か参加シテイル二人三脚……今年こそは一位を狙いたイな」
     同居するシェリーと七狼は、しっかりと手を繋った。
     対称的に女子と肩を組むのに緊張しているくろに
    「任せとけ! くろちゃーの分もわたしが頑張るのだ!」
     雛子は何故かクラウチングスタートの態勢で頼もしい台詞を吐く。
    「よろしくなのですよー……おうぉおおおううっ!!?」
     一斉にスタートするが、雛子の勢いにくろは頭や顔を地面に打ち付けられた。
    「プ! リ! ン! タ! ル! ト!」
     シフォンとユーフォリアは掛け声を合わせてスピードに乗る。
     ずっと一緒にいただけあって、リズムも癖も知り合った走法だ。
    (「俺を信じて、走れ!」)
    (「迷うな走れ、止まるな進め!」)
     全力ダッシュの羽衣に慧樹が合わせて……いや、勝手に合っていく。
    「くっ、みんな速いのだ……だけど、此処で諦めるわけには行かない……!! うおおぉぉおお!!」
    「ぶおっ、ちょ、雛ちふべほっ」
     ともかくデッドヒートする。
     手からはお互いの鼓動が伝わり、心拍数すらもシンクロ。
     君とならきっと良い結果が出せる。
     全員ほぼ同時にゴールした中、勝負を制したのは――
    「やったね!」
    「念願叶ったナ」
     跳びはねるシェリー。七狼はずっと傍らにと思う人を自然と抱きしめ優しく撫でた。
    「ふはー……二人三脚ってハードなスポーツなのです……あ、雛ちゃん大丈夫?」
     引きずっていいのは、引きずられる覚悟のある奴だ。
     途中、雛を押し倒して主導権を奪ったくろは、ボロボロになったパートナーと肩を支え合った。 

    ●第4レース
     第4レースはハプニングが続出した。
     まず悠花とサーシャの場合。
    「はい、いっち、に、いっち、に! ってひゃぁっ!?」
    「いちに、いちに。うわぁっ?!」
     身長差故か転倒。
    「いたた。サーシャ君大丈夫?」
    「あれ、何だか顔がやわらかい」
    「ってどうしてサーシャ君がわたしの上に? っていうかどこ触ってるの?」
    「お姉ちゃんの胸のプリンが、プリンが顔にっ」
    「もー!サーシャ君のえっちー!」
     早く競技に戻ろうとするが色々絡まって動けない事態に。
    「なかなかいい調子ですね」
    「いい感じ! このまま」
     と思った瞬間にいちご、桐香ペアも躓く。
     いちごの手には暖かい感触がふにふにと……鷲掴みにされた桐香は呆然とした末。
    「や、柔らかいですか?」
    「はい……いや、そうじゃなくて! ご、ごめんなさいっ?!」
     慌てて更にバランスを崩す。
    「ったた……。まさかこけてしまうなんて」
     気合十分に全力疾走の、まぐろも途中でこけた。
    「まぐろさん大丈夫ですかー? あーあー膝小僧から血が出てますよー」
    「ちょ、まって!! なんで抱きかかえるのよ!?」 
    「えー? 聞こえませんねー抱き心地が良くて離せませんーんふふー♪」
    「は、恥ずかしいから! ちょっと擦りむいただけじゃない!」
    「あんまり騒ぐとその口塞いじゃいますよー」
     仲次郎は真っ赤になった恋人をお姫様抱っこして棄権。
    「見渡す限りカップルばかりですな。ケッ!」
     聖は愉快なことになっているライバル達を尻目に先に行く。
     彼女はビハインドのソウル・ぺテルと茨を繋いで走っていた。
    「いい、ペテっちゃん。ダンスの要領。OK?」
     放送席がリクエストに応えて聖の曲をかける。
     音楽に乗り踊るように。軽やかに主従がゴールテープを切ると拍手が沸き起こった。

    ●第5レース
     この回は小中高大が揃い踏み。
     小学生コンビの闇子と燈凪。
    「よいしょ……こんな感じでいいかな?」
    「オッケーなの。準備バッチリなのー」」
     中学生コンビの真琴と潤子。
    「頑張りましょうー潤子ちゃん」
    「頑張ろうね真琴ちゃん!」
     高校生コンビのヘイズと瑞穂。
    「冷静に対処すれば問題ない、でしたよね」
    「大丈夫だ、も、問題無い……」
     大学生コンビの龍也と嵐。
    「今回こそ二人三脚で一位取って見せるぜ。俺と嵐ならやれる、多分!」
    「やるからには一位だ! いくぜ!」
     歳の差に関係なくやる気なのは共通だ。
    「レッツゴーなの! 負けないの!」
    「ボクの本気を見せてあげる!」
     小学生コンビは段々とスピードを上げていく。
    「いち、に、いち、に」
     潤子と真琴は四メートル先を見据える。
    (「二人三脚なんて、またやる日が来るとは思いませんでした」)
     瑞穂は本番前のヘイズの言葉を思い出す。
    『良いか稗田、こういうのはリズムが乗れば後は身体が勝手に動くからな? 転んでも冷静に対処すれば問題ない』
     高校生コンビは直前の練習もあってスムーズだ。
     中盤、最初に仕掛けたのは龍也と嵐だった。
    「うーし、こっからスピードあげていこうぜ」
    「ああ。でも、焦らずにだな」
     瑞穂の励ましに応えるべくヘイズもゴールを目指す。
    「よし、ラストスパートだ!」
    「ゴールまではもう少し、一緒に頑張りましょう」
     真琴は潤子に支えられているのを感じながら、歩幅を意識する。
    「真琴ちゃん、ゴールまで走り抜けて行くよ!」
     抜きつ、抜かれ。
     僅かな差で勝負が決まる。
    「やれると思ったんだがなぁ。でも、今日は楽しかったから良しとしようぜ」
    「一位じゃなかったのが悔しいが、来年こそ!!」
     龍也と嵐がリベンジを誓う。
    「お疲れ様、結構上手くいったな!」
    「なんとかなりましたね」
     ヘイズは水とタオルを渡し。
     瑞穂は水を少し飲んだ後に――
    「そちらも、喉は乾いていませんか」
     と差し出した。
    「ありがとう潤子ちゃん。お疲れ様ー」
    「真琴ちゃん、お疲れさまーっ」
     真琴と潤子は勝った喜びに笑顔でハイタッチし抱き合った。
    「にぁああぁぁぁ~!」
    「にゃッ!? 闇子ちゃん……! 大丈夫なの……?」
     闇子と燈凪の悲鳴が響く。
    「大変なの! 闇子ちゃんが死んじゃったの!!」
     ゴール直後に闇子は押し倒された状態で目を回していた。小学生に似合わない胸が浮き彫りになり。それを掴んだ燈凪もパニックのあまり仲良く気絶した。

    ●第6レース
     競技内容が発表されてから紅輝といるかは懸命に練習していた。
     足の動かし方、一定のリズム、息の合わせ方。
    「成果を試す時ですね、紅輝くん」
    「ま、後は勝つだけだからな!」
     やる気でも負けるわけにはいかない。
    「最初が大事だからな、慌てず確実にいくぜ?」
    「掛け声はいっちにーいっちにー、ですね」
     紅輝はいるかに合わせて進む。
    「いっちにーいっちにー」
     
     毬衣と紅葉はしっかり肩を組んで走る。
    「せーの、もっふ! もっふ!」
    「えっ、もっふ、もっふっ……?」
     どうやら「もっ」で外の足、「ふ」で内の足、ということらしい。
    「いつもは四つん這いだから、バランスが崩れないように気をつけないとなんだよ……!」
     紅葉はその発言を無視。コツを掴んだら声をかけて速度を上げる。
     
     戒士は強敵と戦っていた。
     足を縛ってぴったり密着して、腰に手を回すと……柔らかい。ゴクリ。いやいや、競技に集中しなくては。
    「桃子さん、いつもの感じで走ってもらって大丈夫っすから!」
    「ふふ、戒士くんと一緒に走れるのは嬉しいよ。頑張ろうね♪」
     うきうき気分の桃子は恋人を頼もしげに見やる。
    「いち、に、いち、に」
    (「桃子さん、胸揺れ……!!」) 
     この状態でこけるわけにはいかない。

     三つ子であり桜姉妹で参加する真雪と花音。
    「まあ……なんだ、終わったら何か三人で食べに行こう」 
     これは次のレースに出場する弧月なりのエールだ。
     彼は、姉妹の徹底したフォームチェックの特訓に付き合った。
     何回も走り込んだ努力を三人ともに知っている。
    「花音ちゃん、頑張ろうね!」 
     真雪は面倒見の良い弧月に手を振り、姉に改めて笑顔を向ける。
    「今回も全力全開、三人の息の合った所をバッチリお見せしちゃおうね♪」

    「さて、もうすぐだよ!」
     毬衣と紅葉は二人で華麗にゴールイン。
    「ふーっ、無事にゴールできてよかったんだよ!」
    「お疲れ様」
     紅葉は毬衣の汗をハンカチで拭く。
     完走できただけでも嬉しい。
     マイペースに頑張る桃子に、戒士も色々なものと戦いつつ何とかゴールする。転倒だけは免れたのだ。戒士は充分己を誇って良かった。
     
     ここでトップを獲って、連合のことも勝利に導く。
     紅輝の心意気はその走りで誰にも伝わってくる。いるかも必死に頑張った。
     だが、最後に三つ子のコンビネーションが発揮される。
     洗練されたフォーム。弧月の応援も力に変えて。無事一番に走り終えた花音は、真雪にニッコリと笑って弧月にVサインをしてみせた。

    ●第7レース 
     悟と想希が勝者となったのには幾つか理由がある。
     揃いのシューズ。
     必勝鉢巻しめ。
     額をつけ見つめ合い緊張を解すおまじない。
    「必勝のおまじないや勝つで!」
    「ええ今年こそ」
     支え合い、光へと導いてくれた。
     希望の光。
    「ちょいさー」
    「ファイッ」
     部長、副部長。
     3年間共に歩んだ。
     一緒だからできる。
     支え愛。
    「っしゃ愛の勝利や!」
    「ええ二人で掴んだ勝利です」
     テープを切ったとき二人は自然と抱き合った。 
     それは、遊と桃香も同じだ。
    「やった、今年は倒れませんでした~!?」
    「って、はしゃぐと危ねぇって!」
     足が結ばれてることを忘れて飛び上がって喜んで、盛大に転びそうになる桃香を遊は必死で支えた。桃香は昨年の密着レースで倒れてしまった実績がある。スタート前もがちがちだった。
    「こ、今年はそんな醜態は晒しません! ……多分」
    「ほれ、脚縛るぞ。キツかったり痛かったりしたら言ってな?」
     遊が彼女の脚の綺麗さに眼福だったのは秘密である。まあ、桃香の方はそれどころではなかった。
    (「や、やっぱり近い!! す、すごい密着してるんですけど」)
     緊張するなら掌に人でも書くと良いとの遊の助言に、犬と書いてしまう始末だったが。
    「足元見ると転ぶから、前だけ見てろ。大丈夫、いけるいける!」
    「あ、意外にいけそう!?」
     赤い糸の力は偉大である。
    「やるからには……駆け抜けよう」
     三つ子で出場した弧月は落ち着いて、縁あって相手となったクーガーのことを出来得る限り知った上でその動きに合わせて走った。
     ただ、絆や縁にも色々ある。
     腐れ縁のジェレミアと櫻は、盛大に転倒し続けた。
    「ちょっと結くん! もっと離れてくれないとぼくまで転んじゃうじゃないか!」
     コケまくる櫻の怒る顔や、迷惑そうな顔を想像し。からかってやろうと思っていたジェレミアは完全にあてが外れていた。櫻がドレスのときのピンヒールなら大惨事だっただろう。
    (「……恐怖で真面目にさせる作戦なら、そっちのほうがむしろよかったかしら」)
     無表情に物騒な思案をした櫻だが、口にしたのは別のこと。
    「ゆっくりでもゴールを目指さない? 次の組が出走できないわ」
    「そうだね……おっとごめん、結くんの頭か。肘掛かと思ったよ」
    「ジェレミア、とうとうボケたの? 競技場に肘置きがあるわけないでしょう」
     二人は緩やかに進む。
     自分達のペースで。

    ●第8レース
     遂に最後の組となった面々が並ぶ。
     異性に触れることに慣れていないハンスと倉子。
     ゲーム仲間のブレンダと冷夏。
     ナノナノの白豚と参加する蒼騎。
     男装少女のアルレットと男の娘の実。
     などなど皆がやる気だ。
     蒼騎は饅頭を美味しそうに齧る白豚と、自分の脚をしっかりと結びつけた。
     いつもより気分良く走れる気がする。
    「って、そんなに縛るのか……?」
    「私たちは一生ずっと一緒ですから」
    「えへへ。んじゃ、こうしようぜ?」
     フリルやリボンでひざ丈まで何重も縛り。
     アルレットと実は、指を絡ませて握る。
    「二人三脚、うまく走れるように一生懸命練習してきました……行きますよ」
    (「なんだかドキドキしますね。このドキドキ、伝わらないといいんですけど」)
     倉子の心配をよそに、第8レースがスタートする。
     体力温存の必要はない。冷夏とブレンダは全力疾走する。  
     二人三脚?
     誘われたとき冷夏は最初は乗り気ではなかったものの。一度勝つと決めてからは、ガチで座学とコソ練を繰り返した。軽い気持ちで誘ったブレンダはびびりつつも精一杯付き合った。月刊二人三脚を二人で読んだりもしたものだ。
    (「体くっついて走るの ホントはすっごい意識しちゃうんだけど……つくねの言う通りレースをイメージして」)
     片方ずつつけたイヤホンの音に合わせ一定間隔でリズムを刻む。
    「過酷な競技だぜ!」
    「ナノォ!? ナノナノオォ~!!」
     涙目のナノナノが悲鳴をあげる。競争相手の絆に勝つため、ゴールを目指す蒼騎に必死に白豚はしがみついていた。
    (「なんだか、倉子さんと一緒にいると、自然と元気が出てきます」) 
     ただ、前を見て。
     進みだすと、自然に歩調が早くなっていって。
    「1、2、1、2」
     此度、何度も唱えられた言葉と共に進む。
     このままなら上位に入れる。そうしたら、笑顔で「これからも、よろしくお願いします」と告げよう。手を握ったり、抱きついたりしたら……免疫がないから真っ赤になってしまうかもしれないけど。
    「アルル、ずっと一緒ですよ」
    「ああ、死がふたりを別っても……」
    「最後の最後までです」
    「……ずっと、アタシ達は一緒だよ♪」
     残り僅か。
     走者達はそれぞれの願いを乗せて走り抜ける。 

    ●最終レース
    『位置について、よーいスタート!』

     互いの脚をしっかり結んで。
     スタートダッシュを意識。
     タイミングを合わせてしっかり踏み込む。

    「MVP目指して頑張りましょ!」
    「組と冬華のために――」 
     春華繚乱。
     花が咲き乱れるのが見えるよう。
     冬華と真那は肩を密着させて二人で一つの体を操るように淀みがない。
     
     これはイレギュラーな回。
     激戦の中、甲乙つけがたい走りをした二組のMVPを決める最終戦。
     
     そんな時でも惡人と撫子は普段通り。
    「ん、いつもどーりさ。合わせるから全力でやりな」 
    「今年で3年連続ですね~」
     1回目は友達で、2回目が恋人で、3回目は夫婦。
    「アレですね。夫婦特有の阿吽の呼吸とか言うのですね。始めは中。次は外でいきましょう」
    「おぅ好きな方から行きな……て、なんかエロくね? それ」 
    「……他意は無いですからね?」
     誰もが勝つ可能性があった。
     皆が素晴らしい走りを存分にみせた。
     何かが少し違っていれば結果は変わっていただろう。
     今回は、その何か少しを手にして。惡人と撫子は、誰よりも速く最後のゴールテープを切った。

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月31日
    難度:簡単
    参加:64人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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