悪意の矢が、日常を穿つ

    作者:波多野志郎

    「よーし、もうすぐ――っと」
     旅館に着くぞ、という男の言葉は、途中で飲み込まれた。峠道を走る自動車の中。後ろの席では、車の移動で疲れた子供たちがチャイルドシートに座ったまま眠りに落ちていたからだ。
     助手席で、母親が苦笑する。親子四人、父親が有給を取れたからこそやって来た旅行。しかし、思わぬ渋滞に巻き込まれこの時間になってしまったのだ。
     子供たちが楽しむのは、明日にしてもらおう――父親が、そう思った刹那だ。
    「……は?」
     ズン! とボンネットに突き刺さる一本の蒼い矢――直後、親子を乗せた自動車が爆発した。ゴォ! と燃え上がる赤黒い炎に、自動車は原型を残さない――親子の明日が、奪われた瞬間だった。
    『――――』
     装甲に包まれた蒼い異形が、そこに降り立つ。弓を手にしたその細身のシルエットは、炎によって揺らぐ影を生み出す。影が動きだした、そこには姿が見え始めていた旅館があった……。

    「本当に、厄介な相手っす」
     湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)は、重いため息と共に言い捨てる。今回、翠織が察知したのはダークネス、クロムナイトの動向だ。
    「山の中腹に、旅館があるんすけどね? その近くの森にロード・クロムは配下のクロムナイトを配置したんすよ」
     これを見逃せば、多くの一般人が犠牲になってしまう。幸い、配置されたクロムナイトが動き出すまでにはまだ時間がある――旅館に到着する前に、戦闘を仕掛けることは十分に可能だ。
    「ただ、ロード・クロムの思惑はクロムナイトを灼滅者と戦わせるところにもあるようなんす。クロムナイトが戦闘経験を積めば積むほど、量産型クロムナイトの戦闘力が強化されてしまうっす」
     これを阻止するには、できるだけ戦闘経験を積ませずにクロムナイトを倒す必要がある。ようするに、短期決戦で経験を積む前に倒すしかない。
    「クロムナイト――弓を装備した射撃特化型のこいつは、最初は森の奥にいるっす。この辺りっすね」
     きゅきゅっと地図に丸をつけて翠織は、みんなに見せる。その丸は離れてこそいるが、旅館とさほど距離がある訳ではない。確かに、たどり着いてしまうのも時間の問題だろう。
    「この森の中で、戦ってもらうっす。時間は夜っすから、光源必須。万が一を考えても、人払いをお願いするっす」
     障害物の多い森だ。射撃攻撃特化のクロムナイトと戦うに対して、この障害物をいかず利用するかも重要になってくる。
    「ただし、クロムナイトは間違いない強敵っす。短時間の撃破に拘りすぎて、逆に敗北してしまう可能性だってある相手っす」
     そうなってしまえば、多くの人間が犠牲になる。状況によっては、相手に経験を積ませてしまっても、勝利を優先する必要があるだろう。その判断は、戦いに赴くみんなに委ねられている。
    「何にせよ、優先順位を意識して戦いに挑んで欲しいっす。ただでさえ強敵、無理をしてみんなが危険に陥ったら本末転倒っすから……頑張って、くださいっす」


    参加者
    最上川・耕平(若き昇竜・d00987)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    鷹嶺・征(炎の盾・d22564)
    矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)

    ■リプレイ


     そこには暗闇があった。無数の闇が折り重なった、濃淡の違う黒。自然が生み出した闇の中、ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)は目を凝らした。
    (「……私達との戦闘経験蓄積の為だけに人を虐殺するやり方……前に会った時から変わらず許せないわ……」)
     ポルターは思い出す、以前出会ったロード・クロムの事を。あの危険な男の真意がどこにあるのか? それを知る術は今はない。
    「えーなんだ。戦闘経験って共有できちゃうものなんかね? 怖いわぁ」
     ハノン・ミラー(ダメな研究所のダメな生物兵器・d17118)が、しみじみとこぼした。そのカラクリがわからない――その疑問に思考を割こうとした、片倉・純也(ソウク・d16862)は不意に歩みを止める。
    「いたぞ」
     純也の視線を、仲間達が追う。森の一角、そこに装甲に包まれた蒼い異形がいた。だが、ポルターはクロムナイトではなく振り返り、その視線の意図に気付いた純也は、首を左右に振る。
    「……業が……」
     ないのだ、DSKノーズには反応しなかった。それは、クロムナイトが未だ人の命を奪った事がない事を意味する。
     だが、これから未来において多くの命を奪う敵である事に、違いはない。その事実を知るからこそ、矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)は凛と言った。
    「そんな事は、させません」
    「ええ、僕たちで経験値を稼ぐために、一般人を巻き込むなど、許しません。殺させたりしません。必ず止めて見せます」
     そのくすんだ血の色の瞳に強い意志を込めて、鷹嶺・征(炎の盾・d22564)も言い捨てる。
    「そうね、危険も承知。是が非でも早期に狩りとってみせよう。売られた喧嘩は倍以上で返さないと、ね」
     そう、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が言った瞬間だ。ゾクリ、と灼滅者達の背筋に冷たいものが走る。クロムナイトの殺気だ、それに気付いて最上川・耕平(若き昇竜・d00987)は囮になるためにランプに火を入れて言い放った。
    「さて、手早くいくよ」
    「惑わぬ風、織り成す虚実、見透かさん」
     スレイヤーカードを開放し、レイネ・アストリア(壊レカケノ時計・d04653)は光を手に取り左右に振る。その両手に白を基調にした二振りの刀を振りかぶったその時だ。
    『コォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!』
     クロムナイトが、デモノイド寄生体で生み出した一矢うぃ空へと射る。ヒュオン、という風切音が耳に届いた直後、それはドドドドドドドドドドドドドドッ! という地響きにも似た轟音となり夜空を覆った。
    「ハハッ、天気予報じゃ矢が降るとは言ってなかったけどね」
     思わず、ハノンがそうこぼす。百億の星が夜空から降り注ぐがごとく、矢の豪雨が灼滅者達へと降り注いだ。


    『――――』
     射た直後、クロムナイトはすぐに駆け出していた。森の木々を障害物として利用するように疾走するクロムナイト。百億の星で巻き上がった砂塵の中から、カカン! と天狗の高下駄を鳴らして小笠がクロムナイトを追った。
    「てんぐ様の力、侮るでないぞ!」
     途中の木の枝を鉄棒のように使い跳躍、木の幹を蹴って加速を得る。天狗の面を被り舞うその姿は、まさに天狗そのものだ。ヒュガッ! と小笠の跳び蹴りによるスターゲイザーをクロムナイトは振り返り様の弓で受け止めた。
    「逃がしませんよ」
     その反対側へと回り込んだ征が、同じく跳び蹴りをクロムナイトの背へと放つ。小笠と征の前後からのスターゲイザーが、ずずん! とクロムナイトに重圧を与え――。
    「もう一つ、まずは足を止める」
     上空から、純也が落下。その鋭い蹴りを、クロムナイトの頭上へと落とした。ドォ! とクロムナイトが片膝を付き、強引に弓を振り払う。それに、小笠と征、純也は森の闇の中へと散っていった。
    「さすがに、反応が鈍ったわね?」
    『――ッ!』
     クロムナイトが、振り返る。弓による薙ぎ払い、しかしそれを身を沈めたレイネは掻い潜り、破邪の白光を宿した氷雨と凍姫を振り払った。ギギン! と鎧を切り裂く斬撃、レイネへ生み出した矢を手にクロムナイトは突きにかかる。レイネは、それを左右の刃でギギン! と斬り払う。
    「お願い」
     そして、レイネは横へステップ。そこへ、即座に入れ替わるように剣を構えた耕平が駆け込んだ。
    「貫けるか!」
     突き出した剣による刺突が、クロムナイトの肩を深く切り裂く。貫くに至らなかったのは、クロムナイトが重い足で強引に退いたからだ。それを追うのは、耕平の背後から飛んだウイングキャットのピオニーだ。その肉球による殴打を、クロムナイトは寸前で受け流した。
    「……重圧加算……対象脚撃……」
     そこへウイングキャットのエンピレオによる猫魔法と、木の幹を足場に高く跳躍したポルターが続く。猫魔法を矢で相殺したクロムナイトの胸部へ、舞い踊るようにポルターの蹴りが突き刺さった。
    『ガ、ハ!?』
     多重に積み重なった重圧に、立っているだけでクロムナイトの膝が崩れる。そこに、グゥ、と腹の音と共に力を込めに込めた両腕を、ハノンが振るった。ダダダダダダダダダダダダダダダダン! と腹の音と空腹に負けない気迫で放たれたハノンの閃光百裂拳が、クロムナイトを吹き飛ばした。
    「気をつけて――」
     清めの風を吹かせた謡は、静かに言い捨てる。
    「――こいつ、開き直ってるよ」
     その野生的な直感が、謡に気付かせた。クロムナイトは、もはや防御や回避を捨てる覚悟を決めている、と。獣と相対する時にもっとも恐ろしいのは、手負いになった時だ。死ぬ前に殺す、そう決意した獣は――強い。
    『コ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!』
     牙を剥き、夜空へクロムナイトが吼える。その天へとクロムナイトが矢を射放った直後、矢は無数の手裏剣となって降り注いだ。


    「ピオニー!」
    「……エンピレオ……」
     耕平が、ポルターが、その名を呼ぶ。ピオニーとエンピレオは、その尾のリングを輝かせ、仲間達を回復させた。
    (「際どいね」)
     木々の影を疾走しながら、謡はそう判断する。目的の時間内に倒せるか否か、それだけではない――立っていられるかどうか? それが際どくなって来たのだ。
     クロムナイトは、万遍なく広範囲攻撃を重ねてくる。それに自身の回復量が足りていない、その自覚が謡にはあった。
     それでも、耕平が回復に回らなかったのは一手でも削りたかったからだ。
    「さらに冷やしに行くよ!」
     ドォ! と耕平が撃ち込んだ巨大な氷柱をクロムナイトは真っ向から受け止める。通常のデモノイドと比べても華奢に思える体躯だ。しかし、クロムナイトは止まらない。
    「させないっ」
     死角に身の沈め、一気に駆け込んだレイネの氷雨と凍姫がクロムナイトの両足を斬った。ガクリ、と足を縺れさせるクロムナイト、その倒れ込む先にはオーラに包まれた拳が既にあった――純也だ。
    「――ッ!!」
     顎を打ち抜く右アッパーで体を起こさせ、左ストレートを顔面に。防御しようとしたクロムナイトの腕の隙間に右、左とフックを隙間に叩き込み――横回転で遠心力をつけた左拳をその胸部へと叩き込んだ。
     純也の閃光百裂拳に、クロムナイトが宙を舞う。そこへ風をまとった小笠が強襲、偽・天狗の錫杖をシャランと鳴らして渾身の力で振り下ろした。
    「つむじ風と共に――潰れるのである!」
     ガゴン! と打撃音を響かせ、クロムナイトは小笠のフォースブレイクに鎧をひしゃげさせ地面に叩き付けられる。それでも、クロムナイトは地面を殴って起き上がった。
    「貫かせていただきます」
     だが、起き上がった直後に征の槍が放たれる! 螺旋を描いた槍の穂先は、ギギギギギギギギギギギギギギギン! と火花を散らして、鎧を貫いた。
     だが、クロムナイトは体を貫かれる前に後方へ跳ぶ。木々の間を縫って駆けるクロムナイトをポルターは追いかけた。
    「……思い通りにさせないわ……蒼き寄生の強酸……対象溶解………」
     ポルターのDESアシッドが、クロムナイトにジュア! と白い煙を上げさせる。クロムナイトが、振り返る――そこへ、ハノンは滑り込み天使の涙を突き立てた。
    「いただくわ」
     ライフブリンガーにより回復したハノンは、そのまま後退。クロムナイトから、間合いをあけた。
    (「やはり、勝手が違いますね」)
     慣れないポジションに緊張を強いられながらも、征の視線はクロムナイトへと強く注がれている。手段が違っても、誰かを守る事には変わらない――それを征は、理解しているのだ。
     ――この戦いは、もはやチキンレースの様相を呈していた。どちらがアクセルを緩めるか、ではない。どちらが先に落ちてしまうか? そのギリギリのラインでこの場にいた全員が、戦っていた。
     だからこそ、この終盤の壮絶な戦いがあったのだ。
    『コォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ!!』
     降り注いだのは、刃の雨――クロムナイトの虚空ギロチンに、ピオニーが純也を、エンピレオが征を、耕平が小笠を庇った。二匹のウイングキャットは、ついに耐え切れずに崩れ落ちる。耕平もまた、凌駕して踏みとどまった。
    「総攻撃だ!」
     耕平が、叫ぶ。凌ぎきった、この一手――それを勝利へと繋ぐために、灼滅者達は動いた。
    「行くぞ」
     純也が、駆ける。牽制にクロムナイトは矢で対抗するが、純也は一切構わない。その前には、レイネがいたからだ。
    「甘い狙いね」
     一つ、二つ、三つ、とレイネが矢を斬り落とす。そして、純也はバックハンドで振りかぶったマテリアルロッドを放った。ドォ! とのけぞったクロムナイトに、純也と位置を入れ替えたレイネが二振りの刀を振り上げる。
    「其の歪み、私が断ち切る」
     ザザン! とレイネに切り裂かれたクロムナイトが、横へ跳ぼうとする。だが、そこにはハノンの燃えるグッナイアラモゴード――磯の香りのするレーヴァテインの一撃が、待っていた。
    「逃がさないわよ」
     ドン! と、ハノンの薙ぎ払いのレーヴァテインにクロムナイトの足が地面から引き剥がされる――そこへ、ヒュオン! と上空から風と共に小笠が降ってきた。
    「てんぐ様が成敗するのであるっ!」
     巨大な異形の拳――小笠の鬼神変が、クロムナイトを地面にめり込ませる! そのままグイっと巨大な拳で握り締めると、小笠はクロムナイトを振りかぶった。
    「さぁ、続くのである!」
     クロムナイトが、豪快に投げ飛ばされる。それに、征とポルターが背後に巨大な氷柱を生み出し――。
    「おとなしく凍っていなさい」
    「……凍て付く零下の弾丸……対象氷結……」
     ドドン! と征とポルターの放った二発の妖冷弾が、クロムナイトを刺し貫く。ビキビキビキビキッ!! と白く凍り付いていくクロムナイトが、落下。そこへ、木々の間を一気に駆け抜けて謡が跳躍した。
    「この程度の弱気な悪意に屈するなんて、詰まらない」
     それは、猫科の肉食動物が敵の喉笛にくらいつくような、しなやかな躍動美に満ちた動きだった。ドン! とジェット噴射の加速を得た謡はクロムナイトを撃ち抜き、そのまま落下を加速させる――!
    「これ以上、何もさせないよ。その矢を放つことも、経験を積むこともね」
     その落下点へ、耕平が駆ける。非実体化させた刃を振りかぶり、渾身を込めて薙ぎ払った。
    「一閃!」
     ザン! と肉ではなくその魂を耕平の神霊剣は両断する。クロムナイトの事切れた肉体だけが、地面に落ちた。一か八か――その賭けに、灼滅者達が勝った瞬間であった……。


    「依頼完了ですね」
     征が、珍しく微笑む。確かにやり遂げた、その実感のこもった笑みだった。
    「ふー、終わったか。ちょっと苦労したね、やっぱり」
     耕平の言葉に、仲間達から小さく笑みがこぼれる。ちょっとの苦労ではなかったが、そう言い切れる心こそ大事なのだろう。
    「ヒューマンになったりロードになったり、ドロドロになったり固くなったり。デモノイドってなんじゃい。大元でもあるのかな?」
    「どうなんだろうな」
     消え去ったクロムナイトの落ちた場所を見てこぼすハノンに、純也も短く答えた。その根本的な疑問の答えを知る者は、果たしているのだろうか? 生み出したアモンならば、知っていただろう。こうして実験を繰り返すロード・クロムならば、どうだろうか?
     デモノイドとは何なのか? その答えに自分達が至る日が来るのか――それは、まだ誰も知らない……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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