●scene
テーブル上に投げ出されたトランプ。無下に回収されていくチップの山。一か八かの人生逆転に賭けた夢は今、たったの数十分間で露と消えた。
負けた。
石像のように動きを止め、うなだれていた男が、黒服のゾンビに別室へと連行されていく。雰囲気を盛り上げる為の特殊メイクだ――そう分かっていても、他の客は肝を冷やす。そして知らぬ顔をして、ただ己の手札のみを見つめ続ける。
「――貴方様にお会いするのも三度目ですね。当カジノの支配人、空木にございます」
別室に控えた初老の紳士は、連行されてきた男に品の良い微笑みを向けた。
清潔な身なりに、優しげな声音。それゆえ隙がなく、威圧感がある。
「お客様、当店の利用規約はご理解されておりますね。ここで賭けをお止めになられますと、私どもとしては大変残念ですが……こちらを警察に提出させて頂く他ございません」
空木が再生した動画には、炎上する空家が映っていた。大慌てで避難する近隣住民、必死の消防隊……巻き戻しをかけていくと、それは男が放火する場面まで行きつく。
「完璧な犯行でございました。ですが人的被害が出ておりませんので、今回はこのお値段で換金させて頂いております。いかがでしょう、死傷者一名ごとにこれだけ上乗せされますが……次回また証拠をお持ち頂けましたら、差額で今回の証拠を買い戻した上、再びゲームにご参加頂けます。ご検討下さいませ」
一枚の紙片を渡す空木は、あくまで穏やかな態度を崩さない。
これは地獄への片道切符。
分かっていても、いや、だからこそ乗らずにはいられない。
ギャンブルには魔力がある。スリルの無い人生ならば、死んでいるのと同じではないか。
●warning
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の調査により、六六六人衆の斬新京一郎が、札幌のすすきので斬新な地下カジノを運営している事件が発覚した。
「君達も経験上お察しだろうが、奴が平々凡々としたカジノを作る筈がない。『己の犯罪行為の証拠を提出』することによって、その程度に応じた対価のチップを受け取り、賭けに参加できる仕組みのようだな。中々愉快そうではないか?」
冗談だろうが、皮肉めいた薄笑いを浮かべるさまは豪胆な彼らしい。
喋りながら黒板に写真を貼ると同時に、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は不要な資料を次々ごみ箱へ放りこんでいる。その淀みない動作を眺める哀川・龍(降り龍・dn0196)はというと、対照的に青ざめた顔をしていた。
「全然楽しくないよ……。で、そのカジノに客として紛れ込んで、支配人たちを倒してこいって話? …………犯罪して?? え、そこ普通に討ち入り的なやつでよくない?」
「察知される可能性を考慮しての決定だろう、嫌なら帰れ。他の奴を呼ぶだけの話だ。だが例えば、ポイ捨て禁止条例の出ている地区に行けばポイ捨ても立派な犯罪だ。軽微な罪で潜り込む方法は幾らでもある。無論、犯した罪が重ければ重いほど、多くのチップを手に豪遊できる。その匙加減は俺の干渉すべき所ではない」
「……そんなんでいけるかなあ……いや、でも……」
「構わんのだ。敷居を下げ、より多くの一般人を集客する事が奴の目的だからな。その中から使えそうな奴を見出し、登用しようという魂胆も読み取れる。全く理に適っている。憎らしいぐらいにな」
バン!!
と、黒板が壊れんばかりの音を立て、鷹神は一人の男の写真を貼りつける。
合理的である。彼がそう言う時は、大抵嫌味でしかなかった。
写真に写った初老の紳士は、六六六人衆とは思えぬ穏やかな表情をしていた。
名は空木信房。このカジノの支配人で、相応の手練れだ。配下に黒服のアンデッドが3体居るが、こちらは大した強さではない。
「大敗するでも悪質クレーマーを演じるでも、はたまたイカサマで勝ちまくるでも、手段は問わん。空木をおびき出し、逃さず倒すのだ」
「……まじかあ……。あ、そういえばさ、他のお客さん。やっぱ避難させた方がいい?」
「いや、客は勝手に逃げる。誘導より寧ろ、金輪際このような軽率な行為は止めろとヤキを入れるならやってもいい位だな」
「ひええ…………。やっぱ元ヤンの発想は違うよ……」
鷹神は一瞬龍を冷ややかな眼で一瞥したが、何事もなかったかのようにこう続けた。
「しかし斬新の野郎もゴキブリ並のしぶとさだな。この発想力と不屈の精神だけには敬意を表してやる」
「……おれはあの人のセンスわりと嫌いじゃないけど、最近の事件はちょっとなあ」
「うむ、看過できん。闇堕ちゲームの件といい、斬新は未だ多数の六六六人衆を動かせる力を保持しているに違いない。だが何度だって叩きつけてやるぜ……時代が奴を求めていないという、厳然かつ確固たる現実をな。空木信房を灼滅せよ!」
参加者 | |
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室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135) |
楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757) |
煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509) |
或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741) |
関島・峻(ヴリヒスモス・d08229) |
御印・裏ツ花(望郷・d16914) |
興守・理利(伽陀の残照・d23317) |
小堀・和茶(ハミングバード・d27017) |
●1
受付に並んだ客達の大半が地獄に堕ちる事を、六六六人衆空木信房は知っている。
どう揺さぶり、どんな犯罪を勧めるべきか見極めるべく、空木は監視カメラで客を観察していた。
まずはスタイルの良い青年と、儚げな少女の二人組。
銃刀法とピッキング防止法違反の証拠を提出する青年は全くの無表情だが、違法DLした映画を出した白髪の少女の方は、眸も伏しがちに俯き、不安そうだ。
少女のおよそ倍のチップを手にした青年は、興味深げに周囲を眺めながら奥へ歩いていく。彼の眼には、どこか闇に惹かれているような昏さがあった。慌てて青年の服の裾を掴み、ぴったりついていく少女――距離こそ近いが、恋人の甘さがない。幼馴染か親戚という所か。
続いての客も男女。二人共金髪で、ぽやんとした雰囲気が似ていなくもない。こちらは家族かもしれない。
『人気の深海魚メンダコのゆるキャラです。耳とつぶらな瞳が可愛いでしょう。この素晴らしいセンス……朔眞が描いたに決まってるじゃないですか?』
花のように可憐な笑みを浮かべた少女は、SNSに投稿した絵を得意気に見せた。何かと思えば、彼女がその場で描いたメンダコは雑巾にしか見えなかったのだ。著作権侵害。
『こいつおれが描いた絵をいつも勝手に投稿して。困りますよね……』
『でも朔眞のおかげで遊べるんですよ?』
気弱そうな青年は曖昧な笑みを返し、ポケットからカッターを出した。ぎりぎり軽犯罪法違反で、チップは当然少女の方が多い。
生真面目そうな短髪の少年は、雀を飼育する様子の動画。これは鳥獣保護法違反。
『飼育代を求めて来た』
彼は居心地悪そうにしているが、後ろに並ぶツインテールの少女が動画に熱視線を送っている。単純に雀が好きなのだろう。何が悪いのかも判っていなそうな、いとけない眼差しを受け、少年はばつが悪そうに眉を下げる。
少女自身は立入禁止区域で釣りをし、軽犯罪法違反。少年のチップは少女よりはかなり多い。
次の黒髪の男はきちんと身なりを整えていたが、目つきが不良っぽく危ない。証拠を再生すると『信号無視珍プレー悪プレー100連発』なる衝撃のタイトルロゴがジングルと共に現れた。
『ゲーハッハ、俺の笑いありピンチありの華麗なる信号無視の数々をルック!』
ナレーションまで入り始め、受付が笑いを堪えながら内容を確認している。最近の若者らしいといえばらしい悪ふざけだ。道交法違反その他諸々で、チップは結構な量になった。
最後に現れたのは、いかにも令嬢といった雰囲気のドレスを着た少女だった。まだ幼いにも関わらず品位に満ち、不思議な風格を漂わせている。令嬢が提出したのは、なんと宝石の窃盗映像。
『一応お見せした方が良いかしら?』
同時に提出された宝石は、間違いなく映像と同一のものだ。誰よりも多いチップを受け取ると、令嬢は平然とフロアへ歩いていく。初犯にしてこの度胸――今日のゲームは面白くなりそうだ。空木はそう思い、僅かに笑みを深めた。
「やれやれ、お仕事とはいえ面倒な事になりましたねー、うふふ」
その時、一人店の外でそう呟き笑う男がいた事だけは、空木は知らない。
●2
三枚目のカードを引いたディーラーは勝ちを確信した。手札の合計は21――ブラックジャックにおいて最強の状態だ。だが、御印・裏ツ花(望郷・d16914)の手札を確認して凍りつく。AとQの二枚。
「……ブラックジャック……」
これで五連勝。裏ツ花の横に積みあげられたチップの山が、また一つ増えた。賭けに勝つ事は存外造作もないが、むしろ持参した宝石が憂鬱の種だ。
上流階級の出自ならではの大胆な嘘だった。盗んだ、もとい、家族の宝石を密かに拝借してきただけだ。溢れる程の宝石の中でも特に大切にされていた品だ、価値は推して知るべし。ばれずに返せるだろうか――曇りないその輝きを眺め、裏ツ花は小さく溜息を吐く。
店の隅に小学生が集まっていた。『ギャンブル中毒で周囲から見限られ、借金地獄に陥り会社の金に手を出した男の最期』という轟木・苗の作り話に震えあがっている。
犯罪の証拠をうっかり忘れてきた或田・仲次郎(好物はササニシキ・d06741)がやむなく入場を断念する事件があったものの、他の仲間は無事潜入に成功した。仲次郎についても戦闘開始直後の混乱に乗じて合流、という事で決着している。
遊び方がわからないのか、あちこちテーブルを覗いてはきょとんと首を傾げている小堀・和茶(ハミングバード・d27017)を、煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が手招きする。
「ハイローしませんか? カードの数が親より大きいか小さいか当てるだけですよ」
「! それってわたしにもできる?」
大人用の椅子にぴょこんと飛び乗る和茶を見て、ディーラーもカードを配りながら微笑んだ。
「可愛いお客様はどうしてこちらへ?」
「えっとねえ、新しいゲームが欲しいんだよ! んー、おじさんのカードは3だね……おねーさん、どうすればいいの?」
「これなら大きい数字のほうが出そうですよね。そんな時は『ハイ』って言うんです」
「そうなんだ! じゃあ、ハイ!」
元気に遊ぶ和茶を微笑ましげに眺め、朔眞はふと哀川・龍(降り龍・dn0196)の方を見た。朔眞の犯罪も狂言だが、龍が描いた絵を投稿した事だけは本当である。
チップも山分けしたが、龍は苦笑いで首を振っている。室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)達とルーレットで遊んでいるが、案の定負けているようだ。勝つためにはよく場を見て、確率を常に計算して挑むのです――東雲・菜々乃がそうアドバイスしたものの、確率は常に彼を裏切る。
「……やばいな。仲次郎さんがいたら『噂以上の不運ですねーうふふ』って感じだよ絶対」
「あの……。もしかして、龍さんと逆に賭けたら当たるんじゃないでしょうか」
「そうかも! やってみるね」
「私も、乗る、わ」
香乃果の作戦に朝川・穂純と漣・静佳も賛同し、龍は黒、他の三人は赤に賭けた。偶然か必然か玉は見事赤の18に落ち、香乃果はわあ、と控えめに微笑んだ。
「勝った、わね。ふふ、ルーレットで、賭けるの、面白い、わ」
「6数字にベットするくらいがちょうどいいのかな?」
「……まあいいか、皆が勝てるなら」
穂純と静佳が龍を誘っていた事もあり、緊張も少し和らいだ。ルーレットを楽しんだ香乃果は関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)の元へ向かい――思わず青ざめる。
峻とポーカーで対戦しているのは、顔見知りの興守・理利(伽陀の残照・d23317)と楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)だったからだ。三人とも他人のふりで、全く目を合わせない。
どうしよう。あくまで余興だが、あまりの緊迫感に香乃果は胸が痛くなった。心の中で理利達に謝りつつ、香乃果はいそいそと峻の隣に座る。
配られた五枚の手札を、理利は固い表情で見つめた。捕獲した雀はすぐ逃がしたものの、やはり胸にひっかかり、とてもゲームを楽しめる心境ではない。と、そこで――。
「ベット」
「……!」
盾衛がいきなり大量のチップを賭けた。
「コール」
峻も全くの無表情で即勝負に乗ってきた。理利は動揺のあまり、チップを床に落とす。相当強い手札なのか。対する理利は5のワンペア、微妙だ。
「……フォールド」
素直に降りた理利や同席した客達は、その後二人の手札の正体に驚愕する。盾衛はなんとブタ。峻はというと、3のワンペアで勝ってしまった。
「……おれは賭け事に向いてないですね」
「ああああああ!? グルかてめえら!」
食ってかかった男は峻の一睨みで引き下がる。一体どんな罪を犯したのか、随分必死だ。澱んだ眼は薬物中毒者を彷彿とさせた。もうこんな事止めとけ――そう諭しかけ、やめる。
簡単な理屈だ。性格的に、盾衛が真面目にやるわけがない。だとすれば、ベットも恐らく全くのデタラメ。峻はそれに乗じ、儲けたのだ。
峻は強い。だが、理利も諦めず喰らいつく。じっと観察していると、彼の弱点に気付いた。
手札はAのスリーカード。更に上の役も狙っていける、悪くない。
「レイズ」
急にハッタリが通じなくなり、驚いたのは峻だ。一体何が――。
隣の香乃果を見ると、顔に『峻さん、役無しなのにそんな大胆な……!』と出ていた。
お前か。峻に手で制され、香乃果ははっと頬を染める。
「す、すみません……」
手で顔を覆い、表情を隠している。室本先輩は天然なのだろうか。兎に角、理利は勝利を確信し、強く拳を握った。これで峻に一矢報いることができる。
さあ、勝負――その時だ。
「ドレが良ィ?」
盾衛が突如、ジャケットの袖からトランプをだばだば出した。
フルハウス、フォーカード、ロイヤルストレートフラッシュ。ギャラリーが騒然とする。
「はあああ!?」
「お客様、手品師の方ですか?」
ディーラーが流そうとするも、盾衛はダブルジャンプでテーブルに飛び乗り雀牌を叩きつけた。
「麻雀殺ろうZE! 最終奥義・蝶次元真空飛びヒザ七転抜刀ポーカー、一気通貫ドラドラ親ッパネェ!」
やりたい放題の盾衛は最高に生き生きしている。膝蹴りを喰らった不運なディーラーは雀牌と共にふっ飛び、ハイローの真上に落ちた。
朔眞と和茶は示し合わせて悲鳴をあげ、注目を集めた。即逃げ出す者もいたが、犯罪を重ね変に度胸がついたか面白がる客も多い。一行はそれに乗じ、野次馬と共にフロアの各所に散っていく。
「騒々しいですわね。何事ですの?」
最後まで座っていた裏ツ花がゲームを止め、盾衛に物怖じせず近づいていく。何も知らない人々は、なぁどっちに賭ける、等と浮ついた笑いを浮かべるのみだ。
現実が見えていない。理利は空恐ろしさを覚えた。犯した罪からの逃避が、人々をこうさせるのか。
「神聖な勝負の場を汚す見下げ果てた方……目障りですわ」
確かに、ここは賭けで勝負がお約束。しかし裏ツ花はギャラリーの期待を裏切る。ディーラーを睨み、対応マニュアルを手から叩き落としたのだ。
「あんな客は叩きだして当然ではなくて?」
「バ、バイトの私では判断が……」
「お話になりませんわね。店長を呼びなさい!」
裏ツ花がそう言うと。
「ご迷惑をおかけしております」
妙に穏やかな声が響いた。
白髪交じりの紳士が、黒服ゾンビを連れ盾衛に歩みよる。香乃果は峻の影に隠れ、男の顔を見た。間違いない、空木だ。
「威力業務妨害と傷害、器物損壊その他の罪状追加をご希望ですね、かしこまりました。奥で証拠映像をご確認下さいませ」
暴れる客の扱いも慣れたものだ。その時、野次馬を隠れ蓑に空木を包囲していた灼滅者達が、一斉にカードを手に持った。それは空木にとって最悪のジョーカー――スレイヤーカード。
盾衛はギヒリと嗤い、裏ツ花は華やかかつ勝気に笑む。
対戦相手を罠にはめた勝負師の笑みだ。偶然にも、二人の考えは一致していた。
「支配人サン、チップ追加。御代は現行犯でテメェをブッ殺、OK?」
「ふふ、こうした趣向は嫌いではありません。互いの命をチップに賭けようではありませんか」
「やられましたね、フォールド不能ですか。私めも賭博師の端くれでございます。コール……悔いなき勝負を、お客様」
●3
開幕と同時に、前衛の黒服を裏ツ花が殴り飛ばす。ドレスを翻す優美な姿とは裏腹に、鬼の拳は彼女の内面を写したような重さだ。
腐った顔面からぽろりと目玉が零れ、一般人達はえ、と硬直した。
大きな手が肩を叩く。振り向くと、愛らしい少女が歪な鬼の手を生やし、笑っていた。
「悪いことしたらだめだよ?」
「ひッ!!」
「罪を犯し、尚繰り返す行為の末、何人不幸にさせた。己が身を削らずして他者の犠牲で遊ぶ賭け事は楽しいか。卑怯者め」
日向・一夜と秋篠・誠士郎が彼らに掴みかかる。現実に引き戻された客とバイトは、泣き、謝り、我先に出口へ殺到した。快楽に焼けた脳が果たして日常を許すのか――理利はやはり捨て置けず、敵から彼らを隠すように藤の障壁を展開した。
盾の名は救済領域。そもそもの元凶は斬新と、目の前の老人だ。
「もうお帰りですかー。これに懲りてもう二度と来なければいいんですけれどねー、うふふ」
入れ替わりで悠々と潜入してきた仲次郎は一般人に手を振ると、仮・轟天号と共に出口付近へ居座った。空木もさすがにもう一人仲間がいるとは思わなかったろう。いつもの人を食ったような笑みを浮かべながら、仲次郎はずけずけと言ってのける。
「空木君でしたかー。無理だと思いますけど、通るなら私を倒していってくださいねー。六六六人衆なんてみんな居なくなればいいんですよー、うふふ」
集中攻撃を行う一行と、怒りで連携を崩そうと動く空木の攻防が暫し続く。空木の狙いは無論、遠距離攻撃を持たない者。それを読み攻撃阻止に動く盾役を、前衛の屍が横から殴る。怒りに踊らされれば回復機会も減り、壁は崩れる。
何かに似た駆け引き。そう、殺し合いこそ、最も過激なギャンブルだ。
「コイツでジャックポットだオラァ!」
ゲームなど所詮は斬新な暇潰し。虚無と狂気の霧に満ちた賭博場の中で、盾衛の鋭槍が最初の壁を沈めた。残る前衛の動きを龍が護符で惑わせた一瞬、横から朔眞が飛び蹴りを喰らわせ壁際へ吹き飛ばす。
隙ができた。怒りがひいていくのを感じ、理利は自らの傷を癒す。
「ご老人、何故斬新につくのですか? 奴は他の六六六人衆を何かの糧にする男だというのに」
「ゲームに勝つ手段をご存知ですか」
癒し手の回復を受けた空木は、理利の言葉にも動じず冷静に槍を回し始める。旋風輪を警戒した瞬間、香乃果の右脚に抉るような痛みが走った。
「他プレイヤーと手を組み、最良の機を見て裏切る。一つの有効な戦略でございます。斬新様が用いたとして当然でしょう……私が彼に心服しているとお考えでしたか?」
手痛い騙し討ちに香乃果は悲しくなった。幸い、仲間がすぐカバーに動く。峻が前に立ち、和茶の霊帯が包帯のようにふわりと脚を包み、強化は裏ツ花の弾幕が砕いた。
心身の痛みに堪え、杖を振るう。二体めの前衛も爆炎に沈むが、空木は構わず喋り続けた。
「どちらが先に裏切るか、これも一種の勝負でございます。六六六人衆とはそういう組織です」
「お前達……!」
「ひどい……」
一早く後衛の黒服を斬りつけた峻は、複雑な感情を抱く。理利の静かな怒りと、香乃果の傷ついた声が、己の背にも刺さった気がした。人の弱い部分を暴く狡猾さは、彼女から最も縁遠いもの。だが己はどうだ。ゲームとはいえ仲間すら欺き、利用する策を実行していた。
「やは、化けの皮が剥がれましたねー。温厚な紳士なんて胡散臭いですねー、うふふー」
六六六人衆は殺人鬼の写し鏡。仲次郎も宿敵への憎悪をこめ嘲笑を繰り返すと、轟天号をけしかけ黒服を跳ね飛ばす。
「癒し系のゾンビも胡散臭いですねー。本当に全てが胡散臭いですよ、うふふー」
呑気な笑い声に重なり、下駄の音がからころと不気味に響く。仲次郎は交通標識を振りかぶると、必要以上の力を籠め、ゾンビの頭部を一気に叩き潰した。
残るはいよいよ空木のみ。仲間が無言で攻撃する中、和茶だけは会話の意味がよくわからず首を傾げていた。和茶には早すぎる世界だ。
「うぅー……難しいよ。あれっ?」
代わりに発見した。先程盾衛に蹴られ、気絶していたディーラーが目覚めている。和茶はその瞬間、彼を助けに走った。眩い光が満ち――男の表情が一変する。
「おにーさん、大丈夫?」
天使のような小さな手が、そっと男の手を包む。
幼い笑顔には計算も何もない。この子は助けてくれるのか。こんな汚い自分を。
先の暴行も天罰に違いない、不思議とそう思えた。空木に加担した事を悔い、男は涙を流した。それは攻撃の機会を一手潰す行動だったが、場の空気を変えた。男の未来も変えたかもしれない。
本物の幼さを目の前に、朔眞は眩しそうに目を細める。それもほんの一瞬。
「朔眞気付いちゃいました。第二第三のチームができた時、貴方の戦略は崩れますよね」
無邪気に笑う朔眞へ、空木はポーカーフェイスを貫き微笑んだ。それも戦略でございますから、と。
「もうお分かりでしょう。負けるのは貴方ですわ」
朔眞のナイフが心の奥底を抉り、裏ツ花の影が男を蝕む。
答えはなかった。何が見えているかは想像に難くない。ただ、空木はけして勝負を降りない。
最後の一手を決めたのは、香乃果。突き出した槍は、老獪な男を真正面から穿つ。
「どうやら罰だったようです。……いい悪夢でしたね」
あまりに空虚な朔眞の表情を見ていたのは空木だけだ。一番の嘘つきが隠れていましたか――その遺言も吐き終わらぬうち、盾衛がコインを弾く。
「計らいに感謝します。裏」
「ハイ&ロー、ヘッドorテイル、行き付く果てはライブorダイッてナ。退き際を誤りャこれにてご破算だゼ、ギャンブラーサンよ」
コインごと盾衛の槍に貫かれ、空木は綺麗に消えた。最後の賭けには勝った事を知る由もなく。
遣る瀬無いな、と呟く峻の表情が心なしか暗く、心配だ。どうか、罪を犯す人も賭事で身を滅ぼす人も増えません様に――香乃果はそっと祈った。
「……夢の跡というには無惨な有り様ですね」
見渡せば、理利の言葉通り。荒れ果てたカジノは、人の欲望の抜け殻そのものに見えた。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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