運動会2015~繋げバトン!800mの真剣勝負

    作者:湊ゆうき

     ゴールデンウィークと地獄合宿が終わり、次なる武蔵坂の一大イベントといえば――そう、運動会である。
     今年の運動会は5月31日に行われる。今年も正統派なものから特殊競技まで様々な種目が用意されている。組連合ごとのチーム戦となっているので、クラスメイトや先輩・後輩と力を合わせて、みんなで優勝を目指そう!
     
    「……というわけで、運動会も近い。各自出場競技を考えておくように」
     運動会の案内プリントが配られ、生徒達は今年はどの競技に出ようかと友人達と顔をつきあわせて話し合う。
    「運動会かあ……僕は初めてになるんだけど、去年はみんな何に出たの?」
     昨年学園に転入してきた橘・創良(高校生エクスブレイン・dn0219)は、運動会のプリントに目を通しながら、クラスメイトに訊ねる。
     すると、パン食い競争に組体操、二人三脚や応援合戦など様々な競技に参加したのだと言う返答。中には聞いたこともないような競技名も混じっていたが、それこそが武蔵坂学園ならではの特色である。
    「へえ……組連合ごとのチームなら、クラスで参加するのも楽しそうだね。ほら、リレーとかすごく盛り上がりそう」
     創良は800mリレーの項目を指差した。
     4人一組がチームとなり、1人トラック1周200mを走り、次の走者にバトンを繋ぐ。
     シンプルながら、応援ともども最高に盛り上がる競技のひとつだ。
    「僕は走るの速くないから……みんなが出るなら応援するよ」
     創良が微笑みながらそう言うと、走りの速さなど関係なく、思い出作りに参加するのも楽しいと昨年団体競技に参加した生徒から励まされた。
    「そうだね、運動会は学生生活の大切な思い出のひとつだから。仲間と一緒に走ること、それだけでも楽しいね」
     いつもの仲良しのメンバーと。あるいは最近転入してきたあの子を誘ってみるのも、楽しいかもしれない。
     リレーは走りの速さだけでなく、バトンパスも重要である。事前の練習で更に思い出や友情が深まるかもしれない。
    「もちろん力を合わせて一番になったら、それはそれですごく嬉しいしね」
     仲間とのチームワークを発揮し、見事優勝したなら、それはかけがえのない思い出となるだろう。
    「クラスで何チーム作ってもいいみたいだし、組連合が同じなら先輩や後輩とでもチームが組めるんだって。せっかくだから、クラスでも声をかけて参加者を募ろう。きっと楽しいし、運動会優勝に向けて、応援も含めてみんなで力を合わせよう」
     来る運動会に向け、みんなの表情が生き生きと輝き出す。早速クラス中で作戦会議決行だ。
     800mの真剣勝負、かけがえのない仲間達と一緒に参加しませんか?


    ■リプレイ

    ●頂上を目指して
     晴天に恵まれた武蔵坂学園の運動会。多くの生徒が見守る中、いよいよクラスや組連合の仲間達がチームワークを発揮して勝利を掴み取る競技――800mリレーがスタートする!

     今回の参加チームは5組。一昨年のリレーに参加していた【千川3-1】のメンバーは、今年こそ1位を取るのだと気合い充分。入念なストレッチをして、全員で円陣を組む。
    「もし優勝出来なかったら……ふふ、その時は分かってるわよね」
    「……ハイ、死ぬ気でやらせて頂きマス」
     鏡花の言葉に壱がこくこくと頷く。南守はその言葉すら気合を入れるいい材料に。渚緒は前日しっかり体を休めたし、マネージャーを務めてくれた真のサポートもある。高校生活最後のリレー。頑張るしかない!
     【玉川上水3-7】も二人一組のストレッチと全員で円陣。前日までの特訓で、日和の七不思議・接吻マグロに追いかけられ、時にその唇の犠牲になりつつ走力を鍛えたメンバー。その全身はキスマークだらけだとか。
    「マジ命の危機かと……」
    「へへへ、今のオレたち最高に魚臭いな! 終わったらバイト代で奢るからスパ銭の家族風呂とラーメン屋に行こうぜ!」
     特訓を思い出し、遠い目をしながら思わずそう呟く麦に、樹里はそう言って場を和ませ気合いを入れる。魚臭い発言は女子としては納得できないが、ご飯を食べに行く案には香苗も賛成した。
     そしてこちらは大学生チーム【児童学部一年】。
    「将来ちびっ子達の憧れの先生になる為には学園行事もきっちりキメとかねぇとな!」
    「児童学部の看板背負ってんだ。狙うなら……1位だぜ?」
     流とクーガーがそれぞれの思いを口にする。
     つい先日児童学部に転入したばかりの慎悟朗も、後輩達に格好いい所を見せねばと意気込む瑞穂も、出るからには1位を狙う気持ちは同じだ。
     【炎血部】は6F菊連合のクラブ仲間がチームを結成。一昨年リレーで優勝した淼が率いるチームに死角はなさそうだ。
    「皆さん、6F菊の勝利のためにがんばってきてください。応援してます」
     応援にかけつけた紅緋が、そう明るく声をかける。
     【武蔵境中学3-I】は仲良しクラスメイト同士での参加。バトンパスの練習にはこだわったので、その成果が楽しみである。

    ●スタートダッシュ
     5チームの第一走者が一斉にスタートラインにつく。
     【児童学部一年】の慎悟朗は、いつもなら戦闘前に行う自身へのマインドコントロールを自分に施す。深呼吸し、スタートの瞬間までリラックスを意識し――ピストルがなった瞬間、クラウチングスタートで走り出す。【炎血部】のヘキサもクラウチングからの低身スタートダッシュを決めると、バネを活かして一気にトップに躍り出る。【武蔵境中学3-I】の静音もいいスタートを切り、しっかりと加速を続ける。【玉川上水3-7】の香苗も練習通り、少し先の地面を見据えて走り続ける。マグロからの開放感のせいか、走るのが楽しく思わず笑顔に。【千川3-1】の鏡花は練習時、マネージャーに回ってくれた真がしっかりフォームを確認してくれたので、その想いにも応えようと必死に走る。
     100mを過ぎたところで、依然トップを走るのはヘキサ。魂すら燃料に、火の粉を置き去りに。その姿は燃える火兎のごとく! 続くのは慎悟朗。転入してすぐにリレーを走ることになったことを面白いと思いつつ平常心で走れるということが強い武器だ。その後は、静音、香苗、鏡花がほぼ同時に続く。
    「あと頼む! オレの炎、託すぜッ!」
     全力ダッシュでバトンを第二走者の法子に渡すヘキサ。慎悟朗も相手がしっかりと掴めるよう意識してバトンをクーガーへ。最後のカーブでしかけた鏡花が右手で持っていたバトンを渚緒の左手に渡す。持ち替えをなくしてロスを減らす作戦だ。静音も「はいっ」と声をかけ、最高速度を維持したまま亜綾へバトンタッチ。ほぼ同時に香苗も声をかけ、樹里へとバトンを繋ぐ。どのチームも練習の成果がよく出ていて、バトンパスは完璧と言える素晴らしさだった。

    ●繋げバトン
     ヘキサからバトンを受け取った【炎血部】の法子は、順位を落とさないよう走り抜こうと決意する。【児童学部一年】のクーガーはバトンを受け取った手を大きく前へと振り、その長身を活かして歩幅を大きく取った走りを見せ、法子のすぐ後ろまで迫る。ぎりぎりまで前に出てバトンを受け取った【千川3-1】の渚緒の耳に、メガホン片手に応援する真の言葉が届く。
    「ファイトー渚緒! 目指せ優勝! です!」
     追い抜くのなら直線と心に秘め、渚緒はカーブが終わる瞬間を待つ。
    (「今日は一緒出来ないですけど、見守ってて下さいねぇ」)
     【武蔵境中学3-I】の亜綾は今日は一緒に走ることのできない霊犬・烈光さんのぬいぐるみを頭に縛り付け、スタミナの配分に気を配りながら序盤は加速し、中盤はペースを維持。【玉川上水3-7】の樹里にとっては、自分が何番かなど関係ない。ただひたすらに最速で次の走者である日和に繋げるまで。
    (「マグロで特訓したオレたちに人の敵はいねえんだよ!」)
     特訓が自信となり、前を行く亜綾を抜き去り、さらに上位に迫る。
     第三走者の姿が目に入る頃、法子を抜き去ったクーガーが先頭を走り、直線に入って一気に仕掛けた渚緒が2位につける。決して法子が遅かったわけではないが、追われる者のプレッシャーは少なからずあったのかもしれない。魚臭くなりながらも、野生の獣のような早さを獲得した樹里が法子のすぐ後ろまで迫る。亜綾も後半スパートをかけながら、バトンパスに向け神経を集中させる。

    ●仲間を信じて
    「クーガー! こっちだ!」
     【児童学部一年】の流が、練習で体に覚え込ませたスピードで無駄のないバトンパスを実行。取りこぼさないよう意識を向けて走る。
    「後は頼んだからね!」
     渚緒が左手で渡したバトンを【千川3-1】の南守が速度を合わせて右手で受け取る。二年前の参加では惜しくも2位だったのだ。今年こそはてっぺんを狙っていく!
    「やるからには勝つ!!」
     腕を組んで足は肩幅の仁王立ちをしているのは【炎血部】の唯。並々ならぬ決意を持ってスタートし、アンダーハンドパスで法子からのバトンを受け取ると、あとは自分の走りに集中する。テイクオーバーゾーンなるべく手前でパスできる助走距離を取り、樹里からのバトンをしっかり受け取った【玉川上水3-7】の日和が走り出す。マグロに追い回されたおかげで、背後の気配を感知できるようになったので、追い抜かれないよう気をつけながら、バトンを繋ぐために持てる力を尽くして走る。【武蔵境中学3-I】の霞燐はあらかじめマークしておいた箇所に亜綾が到達すると走り始め、練習通り、腕だけをまっすぐ後ろに伸ばし、顔と体は前を向いたままバトンを受け取り加速する。
    (「皆の努力が詰まったバトン……アンカーの風宮に、絶対いい順位でパスを渡すんだ」)
     カーブは膨らまない様に注意しながら、直線で加速した南守は前を行く流をついに抜き去り1位に立つ。内周の最短距離を無心に走り抜けていた唯だが、チームで徹底している部長直伝の追い抜くための走法を冷静に思い出す。コーナー出口にさしかかると、速度が速いほど外にふくらんで内周が空く。その隙を逃さず、唯は内側から一気に、こけないように気をつけながら前を走っていた流を追い抜き2位に浮上する。あとはこのバトンを部長に繋ぐだけ!
    (「後は、麦殿に確実にバトンを渡すのみだ!」)
     日和は順位を落とすことなく、アンカーに繋ぐべく最後の力を振り絞り走り抜ける。霞燐も最後の50mにさしかかるとスピードを上げ、少しでも距離を詰め、アンカーの春虎へと託すべく全力疾走する。
     めまぐるしく順位は変わっているが、先頭から最後尾までの差はほんの僅かであり、最後までどこが優勝するのかわからない様相だった。

    ●そしてアンカーへ
     トップでアンカーまでバトンを繋いだのは【千川3-1】。壱は南守を大きな声で呼んで合図すると、みんなから繋いだバトンをしっかりと左手で受け取る。
    「行け、ゴールまで突っ走れ、壱ーーッ!!!」
     南守の言葉を背に受け、走り出す。――今度こそ1位を目指して。
     そのすぐ後にやってきたのは【炎血部】。唯はバトンを渡すことに集中。最後の力を振り絞り、ぶつかるくらい近づく意識で淼にアンダーハンドパス。走り去っていく部長の背中を見て、ようやくほっと息を吐き出した。淼は小刻みなストライドを大きくし、徐々に加速していく。武蔵坂学園最速の男と呼ばれた淼の走りに、観客達の注目は集まる。
    「あとは任せたぜ瑞穂……!!」
     3位でバトンを繋いだのは【児童学部一年】。子供達にとって憧れの先生となるため、負けるわけにはいかないのだ。流からバトンを受け取った瑞穂は、クーガーが言っていたことを思い出し、一歩を確実に踏み込める体勢で、前へ前へと走っていく。
     それに続くのは【玉川上水3-7】。仲間と練習したバトンパスは全てうまくいった。麦は視線を上げ、前だけを見る。抜くべき相手と、自分の走るべきコースを見定める。あとは、全力を尽くすのみだ。
     最後は【武蔵境中学3-I】。霞燐からの「はい」の声が聞こえたところで、春虎は真っ直ぐ後ろに腕を伸ばし、振り向かずに後ろ手でバトンを受け取る。ペース配分を考え、徐々にスピードを上げて追いかけていく。
     壱は先頭を走りながら、仲間達と練習に取り組んだ日々を思い返していた。特に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたマネージャーの真には感謝でいっぱいだ。
    (「このクラスで走れる最後だし思いっきり出し切ろう!」)
     奇しくも前回と同じく、アンカーとして1位を争うことになった壱と淼。
    (「今年はクラブ参加だが最速の座は譲らん!」)
     油断なく抜き去るタイミングを図っている淼。だが壱も絶対に負けられない。じわじわと距離を詰められながらも、順位は変わらないまま過ぎていき、両者を応援する声がひときわ大きくグラウンドに響く。
    「頑張れ壱! 行けー! 信じてます!」
     真の声が壱の魂を奮い立たせる。
    「炎導先輩頑張れー!」
     淼を応援するのは、組連合の違う真理。声を張り上げ、精一杯の声援を送っている。
    「こんなに堂々と他の連合の先輩を応援している私に恥をかかせないでくださいね!」
     一方3位以下の争いはというと、特訓の成果か、マグロに追われていない状態で走っている麦の心に大きな余裕が生まれた。無駄な緊張もなく腕も足も大きく振れる。
    (「絶対追い抜ける! 自分を信じる! 前へ前へ前へ!)
     体が軽く感じられ、麦は瑞穂を抜き去り3位へと躍り出た。
     長身を活かした大きな歩幅での走りの瑞穂を最後尾から春虎が追っていく。残りの距離は気合いと練習の成果とばかりに全力疾走で走りきり、チーム唯一の男子ランナーとして情けない姿は見せれないと奮起する。
     残り50m。コーナーで抜ききれなかった淼は、最後の直線に全てをかける。ここからは小細工なしの真剣勝負。
    (「ゴールまで駆け抜けるよ!」)
     壱も全ての力を振り絞り、全速力で駆け抜ける。後ろから淼がぐいぐいと迫ってくる。
    「部員の気持ちを繋ぐのは……部長の仕事だからよっ!」
     ゴールに倒れ込むように前のめりでゴールを切った淼と壱。ほぼ同時のように見えたが果たして――。
     そして麦も超前傾姿勢でゴール。その後に、瑞穂と春虎が続く。
    「優勝は――」
     静まりかえったグラウンドにマイクの声が響く。皆が固唾を飲んでそのときを待つ。
    「【千川3-1】!」
    「やったーーー!!」
     悲願の優勝を成し遂げた【千川3-1】は、5人そろって喜びの雄叫びを上げたのだった。

    ●勝負の後で
    「おつかれさまでした。ゆっくり休んでくださいね」
     紅緋は【炎血部】のメンバーを労い、イフリート焼きを渡す。本当にどちらが勝ってもおかしくない僅差の勝負だった。
    「炎導先輩、お疲れさまでした」
     真理が走り終わった淼の元へと駆け寄る。
    「応援、聞こえてたぞ」
     二人でしばらく談笑していたのだが、真理は最後にぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございました」
     真理の大好きな先輩を闇堕ちから助けるために駆けつけてくれた淼にずっとお礼を言いたかったのだ。結局まだ半分以上の人にお礼を言えていないのだが、この機会に言うことができて、真理は嬉しかった。
    「いえーい!」
     3位と大健闘した【玉川上水3-7】は、麦を中心にみんなでハイタッチ。チームワークとマグロのおかげだが、とりあえずこの魚臭さをどうにかしたいところである。
     そして最後にMVPが発表された。走りの面に関しては、どのランナーもそれぞれいい走りをしていたので、その面で甲乙をつけるのは難しかった。そこで選ばれたのが――。
    「MVPは天草日和さんです」
    「え?」
     選ばれた本人もびっくりだが、選考理由は灼滅者でしか考えつかない練習法を実践したことによるもの。若干魚臭くなったり、下手するとトラウマになりそうではあるが、オリジナリティの勝利である。既にいくつかの運動部がその練習方法を取り入れたいと言っているとかいないとか。
     生徒達には灼滅者としての苦労や悩みもあるだろう。けれど灼滅者であることを誇りに思って学生生活を送ることにきっと損はないだろう。
     繋がれたのはバトンだけでなく、希望と未来だったのかもしれない。

    作者:湊ゆうき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月31日
    難度:簡単
    参加:24人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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