毎年激選が繰り広げられる武蔵坂学園の運動会、今年は5月31日日曜日である。
小学生から大学生までの生徒が9組の連合に分かれ、スポーツマンシップに則り様々な競技で力を尽くして優勝を狙う。
かくて運動会当日へ向けて、武蔵坂学園はざわめきの中にあった。
陸上競技・ハンマー投げ。
砲丸にワイヤーとグリップがついたものを規定のサークル内より投擲し、飛距離を競うスポーツである。しかし武蔵坂学園で正規品を使ったら、大砲ぶっ放してるようなものだ。
「本年度、正式採用された規定のハンマーはこれだ」
埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)が促す。
応じて宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)がひょいと持ち上げたのは、一見普通に学園生が使用しているロケットハンマーだった。
「昨年までは学園の科学力の粋を集めたピコハンを使用していたが、スポーツとはいえ、『ハンマー』とつくからには学園生の使いやすい形状が望ましい」
だからロケットハンマー型ピコピコハンマーを作ったというわけだ。もちろん形とバランスだけそっくりで、ロケット推進機はついていない。科学力ってこう使うんだっけ。
ぺんぺんとハンマーを叩く玄乃をよそに、ラズヴァンがプリントを覗き込んで競技の注意事項を読み上げた。
「えーと採点は去年とほぼ同じで、『飛距離』、『芸術点』、『魂の叫び点』の総合。けど今回から『芸術点』は、ハンマーの着地の様子も加点対象になるんだと」
『飛距離』は通常の規定通り、投擲するサークル内からの飛距離。
『芸術点』はフォームや競技者の表情に加え、ハンマーの接地姿勢も審査される。
『魂の叫び点』は投げる瞬間に発したものが対象で、投げる前の発言は加味されない。
総合一位の者がMVPになり、その者が所属する組連合にボーナス得点が入る。
「言うまでもないことだが、他者の妨害、危険行動、ESPやサイキックの使用などが見られた場合、速やかに拘留の措置がとられる」
不穏な対策を語り、玄乃が一同に競技の注意事項が書かれたプリントを配布し始める。
これも運動会の勝負のひとつ。ラズヴァンが声を弾ませた。
「個人競技の記録が残るし、自分の力で組連合の得点に貢献できるし、ちょっと燃えるよな! 勝負してみたいヤツは、ひとつぶん投げに来てくれよ!」
●試されるのは威力、技力、思い切り
今年の運動会も快晴。風は時折あるようだ。この風を考慮に入れ学園の若人たちは今、飛距離と全身全霊の力を競い、そして思いのたけを叫ぶという、まかり間違ったら黒歴史一歩手前の競技に挑もうとしていた。
●小学生の部
最年少、シエナ・デヴィアトレ(d33905)は髪飾りを外したため口調が素になっている。
「ヴィオロンテなしでどこまでやれるかちょうせんですの」
常に相棒を背負う事で鍛えられた筋力を発揮したが、姿勢や投擲方向を失念していた。無表情でポニーテールを揺らし7回転、ハンマーはあらぬ方へすっ飛んでいく。
「ヴィオロンテ! あとでごちそうをあげるからゆるしてですのおおおおおお!」
相棒をお留守番させた罪悪感に耐えられず、叫びはせつなく響いた。
続いては狼森・紅輝(d31598)が競技のサークルに入った。日本人のハンマー投げ世界記録保持者のフォームを勉強し、トレースできるよう覚えている。
スイングは風の抵抗が少ないように。接地は口が先になるようにイメージを重ね、ゆっくりとした回転からスタート。
「絶対に……」
気合一閃!
勝利への執念を乗せ、紅輝は叫んだ。
「勝ああああああああぁぁぁぁつっ!」
綺麗なフォームから放たれたハンマーは、得点域のかなりいい方でびすっと跳ねた。
「いつも使ってるロケハンとなればやる気も増すってものなのです!」
響野・ちから(d02734)はマジックで格子模様を書き込んだ規定ハンマー、『メロンパンマー』を手にサークルに立った。
生地をこねるようにリズミカルに振り回し。
サンライズとも呼ばれるパンへの想いを乗せ、届け! あの太陽まで!!
「メロンパン! らァァーーーーーーぶっッッッ!!!!!!!!」
結構な飛距離を叩きだし、笑顔でぶいっ!! を決める。
「世界に羽ばたけメロンパン!」
次に笑顔の常儀・文具(d25406)が試技のサークルに入った。笑顔の中に武術あり、リラックスが大切だ。
「パワーとテクニックで勝負です!」
回転時に膝を使い、重心を上下に振りながら加速。
遠心力と加速が最も乗った瞬間、文具は放った!
「限界突破の精神です!」
仰角高め、大気圏突破を狙うほどの勢いでハンマーがとぶ。やがて速度を落としたハンマーは柄から地面に突き刺さり、聖剣のように眩い光を放った。
奇蹟の香りすらする、威風堂々とした姿だった。
●中学生の部
投擲用ハンマーの軽さに合わせ、居木・久良(d18214)は練習を積んできた。やるからには命懸けで、気持ちでだけは負けない!!
情熱とエネルギーが零れそうな回転から、投擲へ。
笑顔は清々しく晴れやかに、願いを込めて力を振り絞る。
「ただ真っ直ぐに!! どこまでも飛んでいけ!!」
勢い余って飛んでいきそうになるのを踏みとどまる。
ぐんぐん飛んだハンマーは狙い通り、柄がグラウンドに突き立った。
胸を張って真っ直ぐに生きてることの証のように。
「今年も頑張るよ! 去年は途中から記憶が無いけど……」
アレな発言と共にハンマーを構える竹尾・登(d13258)。
回転からすくい上げるようにサイドハンドで放つ。
ハンマーがプロペラのように回り、彼は叫んだ。
「軍艦島の調査するのに、ESP禁止とか意味不明な事すんな!」
途端に背後ににゅっと二人の黒服が現れる。
「今年は絶対に逃げ切ってみせる!」
走り出すと行く手に黒服がわらわらと飛び出してきた。が、余裕の90度進路変更!
「去年の流希兄ちゃんのルート、と見せかけて独自ルート!」
「ひっかけか! 追え!」
走り去る一行を見送り、富山・良太(d18057)が参加者に一礼した。
「初参加ですが、宜しくお願いします。確か黒服から逃げて、逃げ切ったら勝ちという競技でしたね」
「いや多分ちが」
ラズヴァンが否定するより早く、二人の黒服が良太の両腕をがしっととった。
「おや、何故、既に黒服の人たちが? 僕はまだ何も言ってないんですが……」
「ご意見を承りたく」
良太が連行されていくのを見送り、ため息をついた玄乃が手を挙げた。
「試技継続。次」
●高校生の部
九条・泰河(d03676)は、不意に客席へとハンマーを向けた。
それは同志への声なき誘いだ。回転が始まる。
包まれる安らぎと暖かさ。
その存在への深き渇望。
多くの者が持つ憧れ。
その柔らかさ、弾力、質感。
時を超えても変わらぬ想い。
大好きな、それへの想いを込め。
6回転と半、全身の流れを投擲へ収束!
「おっぱぁああああああいいいいいいい!!!!!!!」
客席を圧倒する魂の叫び。
ハンマーはグラウンドの高得点圏に入り、びごっと跳ねた。
変わって意気高く前へ出たのは飴宮・凛子(d33606)だ。
「よーしっ!ぶっとばーす!!」
髪をポニーにまとめて、腕まくりした腕をぶんぶん振りながらサークルに入る。
回転は全身を使って高速で。地面を抉るようにして左足を軸に、思い切りハンマーを放り投げる。
「こんのっ……ぶぅっ飛べええええええっ!!」
ハンマーがえらい勢いですっ飛んでいくのを見送り、凛子は何かスッキリした笑顔で帰っていった。現状、飛距離は最高だ。
備傘・鎗輔(d12663)が位置につく。
一回転目。
「デブが形成するなんだか黄金っぽい長方形のパワー! 足す!」
二回転目。
「腹回り脂肪で低い重心による安定した回転! イコール!」
渾身の力をこめて放る。
「誰がデブじゃ! コンチクショー!! 世界の果てまで飛んで行けや!!!」
すぽーん。
「あー、たまに大声出すとすっきりするね」
戻ろうとする彼を玄乃が呼びとめた。
「待ってくれ先輩。飛距離計測中だ」
「なにそれ?」
大声出してハンマーをブン投げ、スッキリする大会だと思っていた鎗輔であった。案外飛距離も出ていた模様。
一方、戒道・蒼騎(d31356)は空腹と怒りで思いっきり我を忘れていた。
「世にも珍しいナノナノハンマーだ」
不利は承知、ハンマーにはナノナノの白豚が縛りつけられ涙目でもがいている。周囲が唖然とする中、蒼騎は3回転で白豚つきハンマーを振り抜いた。
「文字通り自らの魂を投げてやるぜ!」
「ナノナノナノナノォオオオ~ッ!?」
悲痛な悲鳴が放物線を描きながらぶっ飛んでいく。
白豚にお弁当を丸ごと平らげられた蒼騎は、やっと気分がスッキリしたのだった。
(「僕の思い、心の叫び……」)
鴻上・巧(d02823)はハンマーを一旦、空に向けて構える。
大切な名がぽつり、唇からこぼれた。
「ライラ……」
回転ごとに想いをひとことずつ絞りだす。
「あっ いっ しっ てっ」
三回転で地を踏みしめ力を込めて放つ!
「るぅぅぅっ!!」
ハンマーがグラウンドでばびっと跳ねた。熱い叫びは客席から、『愛してるぅぅぅ』とこだまになって戻ってくる。巧の顔は火を噴いたように耳まで赤くなった。
目指せビクトリー。神田・熱志(d01376)が気合い十分で位置につく。周囲の安全を確認すると、笑顔で緊張を緩めて正式なフォームを意識した。
「江・戸・前」
リズムをとりながら回転を加速。
三回で踏み込んで思い切り投げる。
「一丁ーーーーーーーッ!!」
熱い叫びが響き渡り、凄まじい回転で飛距離を稼いだハンマーがグラウンドにびすっと突き刺さった。
わずかに傾いてめり込んださまは、さながらエクスカリバーのようであったとか。
サークル後方で、笹川・瑠々(d22921)は皆の試技を見ていた。
「たまにはこういうのも良かろう」
敵に当てるわけでもない今回は、ほぼ精度は無視できる。
最も得意とする長柄での流れるような円を描く動き……生まれた時から鍛錬を積み重ねた、途切れる事の無い曲線の動き。
遠心力を乗せ、いつも通り、優雅に、華麗に、嘲笑して投擲!
「超乳滅べぇぇぇぇ!!」
美しいフォームは人々の目に焼きついた。
けれど何より、潔いその叫びが人々の胸を打ったのだった。
「いつも残念とか、観客席最強なんて言わせんで!!」
体操服の上を脱ぎ捨てサラシを晒すクリミネル・イェーガー(d14977)。
鍛え抜かれた筋肉が隆起し、投擲の瞬間、素足が確りと土を噛む!
「ルァァァァァァ!!!!!!! ……ッ!!」
翔んだハンマーは口が地面に突き刺さり、激しい地鳴りを起こした。
観客からどよめきがあがる。
「おおおォ……ォォォォ!!」
クリミネルの腰で異音がした。凍りついた彼女がぱたりと倒れる。
「ぎっくり?!」
「医療班!」
●大学生の部
一番手の園観・遥香(d14061)がふわりと微笑んだ。
「わー、ハンマー投げ! がんばりますよー」
サークル内で綺麗に円軌道を――ビン底眼鏡のぐるぐるのごとく四回描く。そして投擲と、その素晴らしさを伝えるための魂の叫び!
「めぇがぁねぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
ハンマーはトップの記録の手前でびごっと跳ねる。
「残念……次もメガネのためにがんばりますね!」
「先輩、陰ながら応援している」
玄乃が握手をしに行っている横で、雪乃城・菖蒲(d11444)はフォームから慎重だった。
平衡感覚と目標がぶれないよう目線をずらさず、踵を軸にしっかりしたグリップで回転。
「……きょーうー」
重いほどの遠心力に歯をくいしばり、
「っそー!」
腕を鞭のようにしならせ一気に投擲!
「爆発ー!!」
ハンマーはグラウンドでびっ、ぴっ、ぴこっと数度跳ねて転がった。教祖でああ、って顔になった玄乃を振り返る。
「私には学園に広めねばならない言葉があるんですよ~」
スゴくいい笑顔で菖蒲が首を傾げた。
ここ二年を振り返り、紅羽・流希(d10975)は吐息をついた。
「今年は真面目に記録を目指しましょうか……」
反省しましたし……と呟いて、ハンマーを手にした流希が勢いよく三回転。
「三回目の正直で参加した地獄合宿も鬼の所業がたっぷり詰まってましたよぉぉぉぉ……!!!」
投擲と同時にその場をダッシュ!
「反省とか、殊勝な心構えを持っていると思いましたか……?」
この競技だけは、この時だけは、心の底から言いたい意見が言いたい。
「今年は、捕まるか逃げ切るか、真剣勝負ですよ……!!!」
「その挑戦、受けて立つ!!!」
カタパルト射出でもしてんのかって勢いで背後に迫る黒服が吠えた。
●なんか総合的に競い合う部
サークルでは獣人風衣装に犬耳と犬尻尾の茂多・静穂(d17863)が、全身に巻いた鎖の先にハンマーを結わえていた。
「ジヴェアさん、お互い頑張りましょうね!」
「頑張るよ!」
ジヴェア・スレイ(d19052)が微笑む。同じ薔薇のブローチが二人の胸に輝いていた。
「わお、今年はワイルドMか!」
「もう宮之内先輩、ワイルドMなんて知りませんってー」
いざ回転開始。締め付けられてイイ顔でぐんぐん加速。
高揚の頂きで、縛める鎖を一息に引き裂いた!
「縛りからの……かい、ほう、かああああん!!!」
ハンマーが結構近くにめり込んだ。でも大事なのは高揚と、集まるアレな視線なのだ。
続いてジヴェア。レオタードの上に赤の華麗なドレスを纏って華やかな装いだ。静穂の声援に応えて手を振ると、サークルに入って構える。
回転で勢いがつくや、片足立ちで更に加速。満面のイイ笑顔がビールマンスピンばりだ。
45度を意識した完璧なフォームでハンマーを投げた。
「今年こそぉ、9I薔薇優勝だー!!」
ハンマーは美しい下降線を描き、埃をあげずにすっと接地した。なんか有終の美だった。
試技を控えた万事・錠(d01615)がラズヴァンにもちかける。
「よォ、ラズ。今年もいっちょ飛距離勝負と行くか!」
「今年は負けねえぜ!」
あれからもう1年。
去年を思い返して、堪らずはにかんでしまったり。
(「まるで願掛けみてェだな」)
一年で増した背筋、しなやかなバネを使って回転。遠くへ送り届けるように腕を振り抜く。ハンマーは弧を描いて飛び――ラズヴァンが叫んだ。
「錠、叫んでねえぞ?!」
「やべっ!!」
彼方でがすっとハンマーが跳ねた。
代わってサークルへ入り、ラズヴァンがハンマーを握って回転を始める。四回転目で気合いを込め、一気にハンマーをぶん投げた。
「大学生活満喫するぜー!」
在日年数でいえば三年あまり。学校にも慣れてきたのでやりたいことが色々あるラズヴァンである。
投擲を終えて振り返ると、御盾崎・力生(d04166)がノートパソコンに向かっていた。
「先輩何してんだ?」
「これはな、軌道力学的に、最適な投射角度と力を計算しているんだ」
ハンマーの質量、投擲者の身長に筋肉量。さすがのロケットチャレンジ学部。
しかしおつむが残念なラズヴァンにはすごい呪文にしか見えないらしい。
「リフトオフ!」
放たれたハンマーが衛星になりかねない勢いで飛ぶ。その速度が不意に落ちた。
「うーむ、大気圏突破はむりだったか」
「十分スゲェって先輩!」
皆が見守る中、落下したハンマーが地響きをたてて土にめりこんだ。
●ハンマー投げMVPは
全ての計測が終了した。競技運営委員たちからファイルを預かり、玄乃が咳払いをして一同を見渡す。
「まず、諸兄らの健闘を心より称える。飛距離において御盾崎・力生先輩、芸術点では居木・久良。魂の叫び点では九条・泰河先輩と響野・ちからが同点で並ぶなど、かなりの接戦であった」
一拍おいて玄乃は続けた。
「今回MVPに輝いたのは、3C桜連合、クリミネル・イェーガー先輩! おめでとう!」
総合的に点が高いのはもちろんだが、ぎっくり腰のリスクも恐れぬ全力での投擲や、野獣の如き咆哮が競技運営委員たちの心を打ったという。
わっとあがる歓声の中、担架でクリミネルが運ばれてきた。
「待たんかい! どんだけ言われとんねん!!」
「先輩は保健室へどうぞ。有り得ない勢いで治るので安心して他競技に復帰して貰いたい」
「逆に怖いわ!!!」
「おめでとうございます。さ、この眼鏡をぜひかけてみてください。きっと似合いますよ」
運ばれていくクリミネルに遥香が眼鏡をプレゼント。祝福の声が広がる中、ハンマー投げ競技は幕を下ろした。
ちなみに登は逃走に成功して戻ることはなかった。一度捕獲され、戻ってきていた流希と良太の目の焦点が合ってなかったという話も、あるとかないとか、囁かれている。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年5月31日
難度:簡単
参加:23人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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