ブルマ MASTER

    作者:聖山葵

    「ここかぁ……うん。いかにもって感じだね。よし」
     人目を忍んで元喫茶店だった廃墟へ足を踏み入れた人影は、一つ頷くとカウンターの埃を払って荷物からとりだしたモノを置いた。
    「とりあえずはこれで満足するしかないよね……」
     蓋を開ければ、漂い出すのはのは、コーヒーの良い香り。カウンターの上に置かれたカップへ、コーヒーの香りを放つ水筒を傾けて注げば、立ち上る湯気が揺れる。
    「過剰にブルマン推しの喫茶店マスター……噂は十分広めてるし、後はこの現場をそれっぽく飾れば、きっと……僕の願いは叶う」
     携帯端末を操作しつつ呟いた人影は、ふふと小さく笑い声をこぼすとぐっと拳を握った。
    「ブルマン好きならきっと気になるはず、だったら噂を確認する為足を運ぶよね。同じ趣味の人ならきっと仲良くなれるはず。……こっそり隠れて一人でコーヒーを飲むぽっちな日々とはもうさよならだっ! ……ん?」
     もの凄くしょーもない計画を暴露しつつ人影はぐっと拳を握りしめると、突如動きを止める。
    「今、物音がしたような……やった、早くも効果があったんだ……」
     喜びの色を隠そうともせず、だが、その場で待つのは躊躇われたのか、物陰に移動しようとし。
    「あれ?」
     声を漏らして足を止めた。
    「何、これ? 何で僕、こんな」
     凝視した先は、己の下半身。そこにはブルマがジャストフィットしており。
    「えぇっ、ブルマ? ブルマ何で? あ」
     混乱しつつ周囲を見回し、見つけたのは自分の携帯端末。
    「ちょっ、一文字抜けてる。違う、僕が広めようとしたのは、ブルマじゃな……あ、あっ、ブルマァァァァッ!」
     こうして、この人影は過剰にブルマ推しのブルマMASTERと化したのであった。

    「都市伝説を探していたらこんな事になるとは……」
     ポツリと洩らした情報提供者である狗崎・誠(猩血の盾・d12271)の横で、座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)は一般人がダークネスになる事件が起ころうとしていると君達に明かした。
    「ただし、問題の人物はまだ人の意識を残しているようなのでね、もし灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出して欲しいのだよ」
     また完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を、それがはるひからの依頼であった。
    「問題の人物の名は、珈音・琲音(かのん・はいね)、中学三年生だ」
     周りが紅茶派ばかりで寂しかったは、喫茶店跡地に過剰にブルマン推しの喫茶店マスター(幽霊)が出るという噂を広げようとして闇堕ちし自分がブルマ推しの喫茶店マスターとなってしまうらしい。
    「闇堕ちするダークネスが都市伝説の姿とるタタリガミなのでね、ただ広げる噂をうっかり間違えた件についてはなんと言えばいいか」
     コーヒーではなく体育の授業で下に履くアレを推すという時点でとんでもない変態である。
    「まぁ、不幸な事故だったとしておこう。まぁ、それはそれとして、君達が琲音へバベルの鎖へ触れずに接触出来るのは、琲音が変貌した直後だ」
     ちなみに、闇堕ち直前に琲音の聞いた物音は入り口近くに放置されていた物が勝手に倒れた音であり、人よけの必要は無いという。
    「窓から光も差し込むのでね、明かりも必要ない。接触したら戦いは避けられないがね」
     闇堕ちした一般人を救うには、戦ってKOする必要があるのだ。
    「戦闘になれば琲音は七不思議使いとWOKシールドのサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     ただし、武器はシールドではなくコーヒーの染みたブルマ。
    「だが、ただのブルマと侮ると痛い目を見ると言わせて頂こう。相手はなりかけでもダークネスなのでね」
     もし、君達が戦いを楽に進めたい、早く戦闘を終わらせたいというのであれば、琲音の人間の意識へ呼びかけ説得してみると良いともはるひは言う。
    「説得に成功すればタタリガミとしての琲音を弱体化させることが出来る」
     琲音はタタリガミの姿と言うか都市伝説の姿がもの凄く不本意なので、説得するなら、その辺りをついて「元に戻りたくはないか」と訴えてみるのが効果的かも知れない。
    「私からは以上だ。こんないろんな意味で悲しい顛末は出来れば避けたいのでね」
     変態な任務かも知れないが宜しく頼むと頭を下げ、はるひは君達を送り出した。


    参加者
    八城・佐奈(白銀の姫君・d22791)
    紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)
    堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126)
    阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)
    海弥・有愛(置き去りのアリア・d28214)
    カルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)
    富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)
    石橋・晶子(世界七ふしぎ発見・d33482)

    ■リプレイ

    ●ブルマと同情
    「ブルマンマスターがブルママスターに、ね……何というか、お気の毒に」
    「……なんともコメントしがたい話だね」
     シャッター街の外れ、廃墟となった喫茶店前で足を止めた紫皇・櫻(尸桜の寵姫・d24701)がポツリと漏らせば、一つ嘆息した阿久津・悠里(キュマイラ・d26858)も口を開いた。
    (「ブルマンがブルマってどういう間違いなの……? というか誰が間違えたんだろう……」)
     仲間のやりとりを聞きつつ、堺・丁(ヒロイックエゴトリップ・d25126)は困惑半分で首を傾げるも、声に出さぬ問いに返る答えはなく。
    「自分の好きなコーヒーに関する噂を広めて、友達になれそうな人が来るのを待ってたら一文字違いでとんでもない悲劇とか哀れすぎるで……」
    「物事はうまくいかないのが常とは教えられたが……災難も度が過ぎているな。私たちが発見できたのは幸いというべきか」
     緩めな表情の変化とは対照的にカルム・オリオル(ヒッツェシュライアー・d32368)が同情を声に出せば、新品らしきノートを抱えた海弥・有愛(置き去りのアリア・d28214)は頷きつつ視線を廃墟の中に向けた。
    「そろそろ行きましょう」
     促したのは、石橋・晶子(世界七ふしぎ発見・d33482)。
    (「一文字足りないだけでそんな変態さんになるなんて……」)
     廃墟に足を踏み入れながら八城・佐奈(白銀の姫君・d22791)はまだ見ぬある種の犠牲者を哀れむ。
    「あっしは珈琲ならラスナリントンが好きでございやすなぁ……おや?」
    「……こっそり隠れて一人でコーヒーを飲むぽっちな日々とはもうさよならだっ!」
    「あ」
     埃の上に残る真新しい足跡を上書きしつつ、ポツリと呟いた富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)が耳にしたのは、廃墟の奥から聞こえた人の声。直後に晶子が声を漏らしたのは、聞こえてきた声が男性のモノにしては高すぎたからだろう。
    「やっぱり、琲音さんは女性だったんですね」
    「あー、僕もそこのところは個人的にほっとしたところもあるけどね、喜んでばかりもいられへん状況やしな」
     喜色を見せる仲間へ賛同しつつも、カルムは肩をすくめる。
    「ちょっ、一文字抜けてる。違う、僕が広めようとしたのは、ブルマじゃな」
     奥から聞こえる慌てた声とその後に起こることを知らされていたから。
    「あ、あっ、ブルマァァァァッ!」
    「居た、こっちだよ」
    「っ」
     一同がブルマMASTERの元へたどり着いたのは、それが叫び声を発した直後。
    「ふむ、中々に酷い恰好にございやすなぁ」
     一目見るなり、玄鴉はそうコメントし。
    「これも一種の黒歴史、かしらね。私だったら葬りたいわ」
     丁が持参してきたコーヒーの匂いを漂わせ始める中、表情は変えぬまま冗談なのか本音なのか解らない一言を櫻はポツリと漏らす。つまりは、二人へ相応の反応をさせる程都市伝説としてのブルマMASTERの姿が酷かったのだ。
    「どんなブルマなら履いてみたいかね?」
    「えっ」
     と言うか、灼滅者達に気づいての第一声も酷かった。
    「履きたまえよ、ブルマは履くものなのだか……く、口が勝手に」
    「……珈音くん」
     都市伝説の行動パターンにもう引き摺られ始めているということなのだろう。
    「やあ、珈音くん。珈琲好きに悪い人間はいないと私は常々信じている」
      一瞬言葉に詰まった悠里は笑顔を作ると声をかけた。
    「っ、……珈、琲ぃ」
     唐突であった。だが、効果はあった。珈琲と言う単語へは反応を見せたのだ。

    ●声よ届け
    「僕もコーヒー好きやよ。ブルーマウンテンはあんまり手が出せへんけど、好きな銘柄や」
     仲間の話に乗っかる形で、次に口を開いたのは、カルム。
    「ブルーマウンテンにはなかなか手が出ないが、近所の珈琲店で豆を買い、それを挽いて淹れる程度には私も珈琲好きだよ。美味しいブレンドのレシピもいくつかある」
     二人がかりとなった珈琲談義は、単純な都市伝説であればさして興味も抱かない内容だったかも知れない。
    「ぼ、く……も、好き……だよ」
     だが、残った少女の、琲音の意識を表に出すには充分だった。
    「だよね、それに……」
     元少女の言葉に頷き、佐奈は言う。
    「ブルマの格好は琲音さんが望んだ姿じゃないはずよ……ブルマンが好きな元の琲音さんに戻ろうよ」
    「うっ」
    「君はブルマになることを望んでいたの? 違うよね!」
     怯むブルマMASTERにその姿を借りたタタリガミへ問いかけ、答えが返る前に否定しながら、丁はスレイヤーカードを手にする。
    「なあ、その姿は不本意やろ? やったら、僕らの話を聞いてほしいんや」
    「その姿でいるのは嫌ですよね? 私達、姿を元に戻す方法を知っています」
    「その姿は不本意なのでしょう?」
    「ぐ、ぼ、僕は……ぶ、ぶる……じゃなく……う」
     口々に仲間がかける声へ反応を見せ、威圧感を減退させつつもゆっくりとタタリガミの身体が動いているのが見えていたから。
    「さて、この珈琲が覚める前に終わらせとうございやすねぇ」
     玄鴉が徐に取り出した缶コーヒーを置いた直後。
    「ブルマァァァッ!」
    「境を繋ぐ堺の守護ヒーロー、ここに参上!」
     少女の内の闇が説得の言葉を脅威と見たか、吼えるなりブルマを持つ手を振り上げた瞬間、丁の手にしたカードの封印が解かれた。
    「おっと」
    「ァァァァッ!」
    「やれやれ、いきなり暴れ出すとは。まぁ、仮にドジ踏まず目論見が成功していやしたとしても噂話を悪用するのは感心できかねやすなぁ」
     狙われた仲間に当たることなく床へ叩き付けられたブルマによって埃が舞い上がるのを見つつ、これはお説教にございやすかねぇと玄鴉は呟き。
    「ほな、はじめよか」
     先を越された促す声にああと頷くと、ブルマの一撃を避けたばかりの悠里もまた口を開く。
    「――今一しまりがないが。では諸君、ハッピーエンドを始めよう!」
    「そうね。脱字で闇堕ちした結果がブルマ押しのマスターとか気の毒過ぎるわ。早急に救出しましょう」
     できたら友達になりたいわねと続け、櫻が語り出すのは一つの怪談。
    「私は人造灼滅者だけど、おなじ七不思議使いとして放っておけないのよね」
    「ブルマァァッ!」
     タタリガミになりかかった元少女がお株を奪われる形で怪談に襲われ悲鳴をあげ。
    「……えーっと、とりあえずそのブルマを脱げるようにしてあげるから聞こえるなら君も協力してくれ」
     あまりに酷い悲鳴に一瞬言葉を失いつつも元少女へ呼びかけた有愛は、エアシューズを駆って走り出せば。
    「まずは妖冷弾をお一つ」
    「ゆくぞっ」
     後方から現れ、追い越したつららを援護射撃にローラーの摩擦から生じた炎を纏い最後の一歩で床を蹴った。
    「ブルマァッ!」
     有愛の片足を一瞬腹部にめり込ませたブルマMASTERはつららを身体に突き立てたまま吹っ飛ばされて床を転がる。
    「堺市ヒーロービーム」
     ただ、転がる最中も灼滅者達の攻撃は止まらない。
    「ブルァッ」
    「君はブルマンをコーヒーを愛し、そのためにした行動がこんなブルマになっちゃって悔しくないの!? 悔しいならちゃんと元に戻って私たちとブルマンを広めようよ!」
     ビームを撃ち出した丁は、悲鳴をあげる元少女へ呼びかけ。
    「あ」
    「ブルマァァァッ!」
     呼びかけられたタタリガミをライドキャリバーのザインが盛大に突撃して撥ねた。
    「ォブッ」
    「……キャッチ」
     短くアーチを描いた先で、佐奈の放出したどす黒い殺気に頭から突っ込むハメになったのは、佐奈が仲間との連係を意識していたからだろう。
    「ううぅ、このぐらブッ」
    「ふむ、だいたいこの距離ならよさそうだね」
     何とか鏖殺領域から脱しようとする元少女を半獣化した腕に引っかけ、引き裂いた悠里はボクシングを思わせるステップで弾みつつ、唐突に横へと飛ぶ。
    「な、ブルベアァッ!」
     驚きの声を途中から悲鳴に変えたブルマMASTERは突撃してきたライドキャリバーのイグゾーションどす黒い殺気に押し戻された。
    「このまんまってのも可愛そうやし僕も嫌やでな。いっちょ頑張ろか」
     フルボッコという意味合いでも可愛そうなことになっている元少女を視界に入れ、バベルブレイカーの杭を高速回転させつつカルムは床を蹴る。
    「元に戻るには、いまの姿は本当の自分じゃないと強く念じてください」
     呼びかけた晶子が怪談話を語り始める直前。
    「ブルマァァッ!」
     杭の突き刺されたタタリガミの身体がねじれた。

    ●戻れ少女よ
    「痛いだろうけど我慢してね! 元に戻るために!」
     声をかけながら、持ち上げた丁の腕は、殲術道具に包まれていた。
    「ブルマから戻るために必要だから!」
    「ブルマだ、ブルマをォォォッ」
     そのまま繰り出す縛霊手で作られた握り拳とブルマを巻き付けた元少女の拳が交差し。
    「ぶっ」
    「ブルマァァッ!」
     一言で言うなれば、相打ちだった。
    「大丈夫ですか? 今、回復を」
    「ありがとー!」
     差があるとすれば、丁の方にはフォローしてくれる仲間の存在があることだろうか。戦いは続いていた。
    「私、琲音さんが心優しいお姉さんに戻ってくれると信じています」
     心温まる話で仲間の傷を癒した晶子は、ブルマMASTERへ向き直り、告げる。
    「もど……る?」
    「きみさえよければどうだろう。元の姿に戻りたいと、少しでも願うならば我々に頼ってみる気はないかね」
     動揺を見せた元少女へ悠里は尋ねるなり床を蹴った。
    「僕は……あ?」
    「……いくよ」
     エアシューズのローラーは着地しても踏み切った時の勢いを殺さずむしろ加速し、我に返ったタタリガミが顔を上げた時視界にあったのは、ローラーの摩擦で起こした炎に包まれ、自分目掛けて迫ってくる悠里の左足と巨大化した佐奈の腕だった。
    「ブバマッ」
    「おや失礼、足癖が悪くてね。戻ってこれたらまた改めて謝らせておくれ」
     叩きつぶされそうになった上に蹴られて仰け反るブルマMASTERに悠里は詫びて見せ。
    「ほら、いつまでもそんな酷い恰好してはおられんでございやしょう?」
    「ブルがッ」
    「元の姿に戻るためにも、己の闇に抗ってくださいやせ」
     射出した帯で元少女の身体を貫いた玄鴉は早贄のようになった体躯を投げ捨てる。
    「あ、ブルマアアッ」
     そこに、ライドキャリバーの機銃が掃射された。
    「ぐ、ぶ、ブルマを……ブルまを」
    「元に戻りたい、コーヒー好きの人らと語り明かしたい、そう思とってくれへんかな? もう少しや、もう少しの辛抱やから」
     説得で弱体化したところをフルボッコにしただけあってカルムの目に映るタタリガミは、もはや満身創痍。
    「私たちが元の姿に戻れるよう力を貸すから貴方ももう一人の自分に……ダークネスに抗ってちょうだい」
    「……うぐ、僕は……」
    「いくら私たちが力を貸しても、貴方が戻りたいと強く願ってくれなくては、貴方の心に貴方自身が勝ってくれなければどうしようもないの。……頑張って」
    「ブルマアアアアッ」
     よたよたと身を起こしたブルマMASTERが高速で振り回される魂―Psyche―と一点を正確に切断せんとすrafale、二振りのウロボロスブレイドに刻まれ、残念な悲鳴をあげて崩れ、膝をつく。
    「よし、最後のひと押しだ」
     好機と見た有愛は日本刀を鞘に収め、拳を握り込むなり、駆け出した。
    「生憎ブルーマウンテンは用意できておりやせんが、まぁ缶コーヒーくらいならありやすからねぇ」
     戦場の片隅に置かれた缶コーヒーをチラ見した、玄鴉はお祝いに一杯やりやしょうと続ける。
    「私、美味しいコーヒーが飲みたいんです。だから、戻ってきてください」
    「さて、ちょいとお耳を拝借。これより語られますのは――」
    「目を……覚ませぇ!」
     呼びかけと、怪談の語りと一撃はほぼ同時に行われ。
    「ブル……まん」
     傾ぎ、倒れ伏した少女は元の姿に戻り始めたのだった。

    ●作戦成功?
    「先程は申し訳ないことをしたね、すまない」
     意識を取り戻した少女に悠里がまずしたことは、謝罪だった。
    「えっ、あ、ううん、僕の方こそ……ありがとう」
     唐突な謝罪に面を食らった者の、すぐさま我に返った琲音は、感謝の言葉を返す。
    「もう、ずっとブルマのまんまなんじゃないかって思った……」
     だが、少女は救われたのだ。
    「あ、えっと……」
     若干、気まずげに晶子が視線を逸らしたのは、の服がボロボロだった場合を考えて持ってきた着替えの下がブルマだったからか。
    「まぁ、これぐらいなら許容範囲でございやしょうね」
     やりとりを眺めつつ、片隅に置きっ放しになっていた缶コーヒーを拾い上げると、埃を払うなり開封して一口含む。
    「実のところ、私はブルマ、嫌いじゃないですよ?」
    「えっ?」
     スカートの下に履いてますし、とスカートに手をかけたのは、疑うようなら見せようと思ったのかもしれない。ただ、琲音だけに。
    「ええと、ありがとう。僕は忘れることにするから、その、ね?」
     気持ちは伝わったのか、それとも慰められていると思ったのか、琲音の方も礼を言いつつ視線を彷徨わせ。
    「珈琲、淹れて貰ってもいい?」
     そんな時だった、少女が目を覚ましてから無言だった佐奈が、口を開いたのは。
    「あ、ごめん……廃墟で火を使っちゃ拙いと思うし、電気も止まってると思って道具は持ってきていないんだ」
     ブルマンのことと理解した琲音は申し訳なさそうに謝ると、これでも良ければと荷物からカップと水筒を取り出し。
    「道具なら持ってきてるわよ?」
    「ええっ」
     櫻の一言に驚きの声を上げる。
    「まぁ、中で火が拙いなら場所を変えれば良いだけやしな」
     もっともな話だった。
    「それは良い。コーヒー豆のブランドは私の知らない世界だ」
     そしてこれから知る世界でもあると続けた有愛は真新しいノートを抱えたまま少女へ歩み寄る。
    「教えて欲しい、美味しい物を」
    「えっ、え? あ、いいけど……」
    「私たちの学園には個性的な人がたくさんいるの。貴方みたいに不慮の事故で闇堕ちした人も何人か知っているわ。探せばブルマン好きの人もきっといるわよ、なにせ人数が多いから」
     期待に満ちた目を向けられ、タジタジの少女を見て肩をすくめた櫻も、有愛の隣に移動すると表情は変えずに言った。
    「珈琲はあまり詳しくないの。教えてくれる?」
     と。
    「そう言う訳で……私たちとブルマンを広めようよ! 知りたい人もこの場に居るし、ちょうど良いんじゃないかな!」
    「詫びに飛び切りのブレンドもご馳走したいしな」
    「お茶請けも作ってきたのよ」
    「……あ、あはは」
     丁と悠里を含め、視線を三人の間へ往復させた少女は乾いた笑い声を漏らす。
    「く、ふふふ……」
     やがて笑いは何かを堪えようとするものに変わり。
    「……僕でよければ」
     琲音が答えたこの日、廃墟の前でお菓子やらパフェを珈琲と一緒に楽しむ一団が居たとか居なかったとか。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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