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「ったく、どいつもこいつも……」
スケートボードを手に、少年は舌打ちをした。海沿いに造られたこの公園は、日中は観光客が訪れるものの、夕方になると駅に向かう為に通り抜ける通行人くらいであった。日が傾いた今であれば、悠々と遊べるはずなのだ。いつもであれば。
「あっちこっちでいちゃつきやがって……!」
5月から初夏にかけて、何百本ものバラが見頃になる。フランス庭園様式を取り入れた造りに、海を眺めながら語らう事の出来るベンチが並び――恋人達が集うのも頷ける、ロマンチックな雰囲気である。
いっそ、無遠慮にスケートボードを滑らせる音でぶち壊してくれようか。そんな気持ちが湧いてくるが、さすがに実行するのははばかられる。そう、悶々としていた少年は、思わず力いっぱい叫んだ。
「リア充爆発しろ!」
その時である。
「ヒヒヒィーンッ!」
「は?! う、馬?!」
どこからともなく現れた大きな馬に、少年は蹴り飛ばされてしまった。
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「馬に蹴られて死んじまえ……ってよく言うけどね?」
本当に馬に蹴られて死人が出たんじゃ、折角のロマンチックな雰囲気も台無しだよね、と須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)はため息混じりに呟いた。
「元々は訪れるカップルを疎ましく思ってた人達が、カップルを妬む幽霊が! なーんて噂を流してたみたいなんだけどね。どこがどうなったのか、恋路を邪魔する輩をぶっ飛ばす妖怪が現れる、って都市伝説になっちゃったみたい」
本当にどこがどうなったんだよ、と今度は灼滅者達の間からため息が漏れる。
「出現させるには条件が二つあるんだけど」
まりんがくるりとシャープペンシルを回す。
「一つはカップルが居る事。もう一つはそれを妬む発言をする、もしくは恋人達の邪魔をする事だね。一般人を巻き込まないように、って公園内のカップルまで追い出しちゃうと、都市伝説が出て来なくなっちゃうから気を付けて」
一般人の近くで戦闘になる可能性もあるのか、と灼滅者達の顔に不安の色が浮かぶ。
「うーん、馬は自分が攻撃されない限りカップルは狙わないし、カップルを妬む人を優先的に狙う傾向があるみたいだから、戦いようによってはそんなに危険じゃないかもね」
自分達がカップルの振りをするのは? 灼滅者の一人が尋ねた。
「それでも大丈夫。恋人同士っぽく振る舞えるなら、同性でも構わないよ」
出現条件さえ満たせれば、どのような作戦でも問題はないようだ。予測で見た少年が訪れるのは数日後の事だから、公園に向かう時間帯も灼滅者達の判断で大丈夫との事だった。
「出現する都市伝説は突進したり体当たりしたり……動きは本物の馬みたいな感じだね。強力な後足で蹴り上げられると、ブレイクされるよ。それから、嘶いて傷や状態異常を癒す事があるみたい」
都市伝説の繰り出す技は、どれも近接攻撃との事だ。ポジションを選ぶ際の参考になるかもしれない。
「馬は一頭だけだし、みんなならそんなに難しくないよ。公園で見頃の薔薇を楽しんできても良いかもね。それじゃ、いってらっしゃい!」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716) |
![]() 武野・織姫(桃色織女星・d02912) |
![]() 荻田・愛流(猫耳族・d09861) |
![]() 浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149) |
![]() 多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776) |
![]() 日向・一夜(雪歌月奏・d23354) |
![]() カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729) |
虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176) |
●妬む者と妬まれる者
太陽の光を反射し、海面がきらきらと輝く。満開のソフィーズローズが香り、公園内を華やかに彩っていた。まさに絶好のデート日和というやつだ。ちらりと武野・織姫(桃色織女星・d02912)が視線を向けた先にも、デート中と思しき、二組のカップルの姿。
「お馬さんの都市伝説だなんて、見ないわけにはいかないじゃないっ」
頑張って、と織姫が彼らに向けて心の中でエールを送る。そう、この公園内でデートを楽しむ男女は、灼滅者達が演じる、偽物の恋人達だ。
「カップルが羨ましいとも思わねえけど、こんな厄介な奴を放っておくわけにはいかねえな……」
眼鏡のフレームをくいと押し上げ、多鴨戸・千幻(超人幻想・d19776)がカップル役と徐々に距離を詰めていく。彼らを妬む役を演じ、都市伝説をおびき出す為に。
その後に続くのは、荻田・愛流(猫耳族・d09861)と浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)。彼女らもまた、一般人を守るべく、妬み役を買って出たのだ。
「とんだ偽善都市伝説もいたもんだな。リア充と共に滅してやるぜ」
「リア充を妬む権利の邪魔はさせないわ」
闘志を燃やし、頷き合う二人。……演技ですよね?
「馬に蹴られて……って有名な慣用句だけど、これを言った人もほんとに蹴られる事は望んでないと思うんだよ」
薔薇を眺めながら呆れたように呟いたのは、日向・一夜(雪歌月奏・d23354)。彼女の放った殺気によって、既に公園内に一般人は居ない。
「少し座って話をしようか」
一夜の手を自然な動作で握り、海の見えるベンチへと誘う虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)。
「もう夏も近いな。そのうち泳ぎにでも行こう」
きっと水着姿も美しいだろうと、さらりと目の前の少女を褒め称える。事前に狼のつがいについて調べていた彼を友人は心配していたようだが、見事に人間の恋人らしい振る舞いをしていた。
少し離れたベンチには、三兎・柚來(無垢な記憶の探求者・d00716)を膝枕する、カンナ・プティブラン(小学生サウンドソルジャー・d24729)の姿があった。
「ふふ、柚來殿の髪は触ってて心地よいのう?」
生前の義母の所作を思い返しながら、柚來の髪に指を通す。
「そう……? カンナの髪も、あの薔薇みたいでとっても綺麗、だよ」
大輪の白薔薇、マダム・サチを差し、カンナの髪を愛おしそうに撫でる。年齢的に犯罪だろうかと不安に思う面もあったようだが、傍から見て不自然な様子は無い。
「なんて不快な光景だ」
「隙あらばイチャイチャと……」
「まったくべたべたと暑苦しい」
甘やかな空気が流れる中、滲み出る負のオーラ。迫真の演技である。そんな彼らを他所に、より一層恋人らしい演技に拍車がかかる。
「そうだ、良ければこれを」
「わ、綺麗だね。すごく嬉しいよ」
智夜の手には、アイオライトのイヤリング。三日月のモチーフは彼女の名前からイメージして選んだのだと言う。
「そうそう、お弁当を作ってきたのじゃ。はい、あーん、じゃ♪」
「ん……俺の好みの味で美味しい」
柚來はカンナ手作りの卵焼きを頬張り、微笑んだ。
「弁当くらい自分で食えねえのか!」
「妬ましい!」
「あー、くそ暑いなー! 何でこんなに暑いんだろうなー?!」
駄目押しと言わんばかりにギターで奏でるのはテンションだだ下がりな曲。八つ当たり気味に地面をハンマーで殴る音がそこかしこに響き渡り、妬み嫉みの大合唱が始まった。もうお気付きだと思うが、一部は演技などでなく、本気の心の叫びである。
「ヒヒィーンッ!!」
そこに馬の声が加わった。こいつのけたたましい鳴き声もロマンチックな雰囲気をぶち壊している気がしないでもない。
●騙されたお馬さん、来襲
「あ? なんだてめーは。こっちは今、嫌がらせで忙しいんだよ!」
都市伝説が出現したにも関わらず、何故かキレる愛流。最初から薄々感じてはいたが、目的があらぬ方向に逸れている。
突っ込んできた馬をひらりとかわし、飛び蹴りを食らわせて嫉美が叫んだ。
「リア充か義勇軍か……とうとうこんな刺客を作り出すだなんて!」
彼女は一体何と戦っているのだろうか。
「リアルに惨めな気分になりかけてた……」
最初は演技出来るか心配する程であったのに、何故こうなったのか。千幻はげんなりとした表情で戦場の音を遮断した。霊犬のさんぽは馬を刀で斬りつけながら、不思議そうにつぶらな瞳を主へ向けている。
「ブルル……」
馬は怒り狂ったように大地を踏み鳴らし、首を右へ左へと忙しなく振るっている。妬む者が3人も居たものだから、誰から攻撃すべきか迷っているようにも見えた。
「今が、チャンス……?」
「馬さーんこーちらっ」
「ヒヒン?!」
愛流達に気を取られている馬の背後から、腕を異形化させた柚來とシールドを展開した一夜が殴りかかる。突然カップルからの攻撃を受け、焦ってるようだ。
「なかなか君は勇ましいね。でももう少し大人しくしたほうが良いんじゃないかな~?」
ダイダロスベルトを手綱のように操り、織姫が馬に声を掛ける。容赦なく攻撃を繰り出すが、馬を愛する少女の表情は、少し寂しそうだ。
「我が力の前に沈むがいい」
同じく帯を射出したのは、智夜。ベルトは鋭い動きで、壮健な胴を貫く。
「妬む者もどうかと思うが、傷付ける程ではあるまいに」
馬頭琴のような武器を掻き鳴らし、カンナが小さく溜息を吐いた。
「ヒヒーン!」
高らかに嘶き、傷が癒える。全員敵だと察した馬は、鼻息も荒く灼滅者達へと向き直った。
●暴れ馬vs灼滅者
地鳴りのような重い足音を立て、馬が駆ける。千幻は進路を阻害するように滑り込んで巨躯を食い止めると、足を振り上げた。側面から放った蹴りが頸部にめり込み、甲高い鳴き声が上がる。
「カップルを、守りたかったのかもしれないけど……」
流石に、本当に死んじゃうのはダメ、だね。柚來はぽつりと呟いて肩を竦め、指揮棒のようなロッドを向けた。流し込まれた魔力が爆ぜ、馬はくぐもったようなうめき声を上げる。
ドッドッ、と前肢で地を掻くような動作の後、再びの突進。仲間との間に割って入ったのは、織姫。
「何で君はそんなに、邪魔する人が嫌いなの?」
馬は答えない。力比べでもするかのように、ガードする彼女にぶつかっていく。
「馬刺しにしてやるわ!」
箒に跨った嫉美がねじ込むように杭を突き出した所に、一夜が織りなす影の樹枝状六花が舞った。追撃とばかりに智夜が大鎌を振り下ろし、馬の体に傷を刻む。
「人の妬みを邪魔する奴は、猫に潰され地獄へ落ちろ!」
そこに武器のロケット噴射の勢いを利用して、愛流が背後から飛び掛かった。
「ヒヒィン!」
ガッ! 後足で蹴り上げる。痛みに負けず、ハンマーを振り抜き、馬の尾根に打撃を与えた。
「愛流殿!」
すかさずカンナが天使を思わせる旋律を歌い上げ、癒しをもたらす。対する馬の方は、灼滅者達の連続攻撃に回復が間に合わず、満身創痍だ。
「いくら頑張ろうと社会に格差はある! カップルがいる限り……それを妬む者は消えねえ!」
だから、諦めろ。真っ向から立ち向かった千幻の縛霊撃が、馬の鼻梁を捉えた。辛うじて前足で踏み止まるも、嫉美の中空からの蹴りが極まる。
「さぁ、このTachyonと末脚比べと行こっか!」
堪らず体の向きを変えて駆け出そうとしたところに織姫の光輪が命中し、がくりと巨体が崩れるように、地に伏した。消えゆく馬の隣に立ち、愛流が告げる。
「私達が恋人の邪魔をするのは、そいつらを不幸にする為じゃない。いずれ来る破局という不幸を無くしてやる為だ」
堂々と言ってのけたが、破局が前提になっているのはどうなのだろうか。
●折角なのでリアルに充実した時間を過ごしてみる
「せっかくだから、皆で薔薇を見て帰らない?」
日はまだ高い。一同は柚來の提案に乗り、花々を堪能していく事にした。殺界形成を解除したばかりの今、園内は灼滅者達の貸し切りと言っても過言ではない。
「今日は色々暴れてスッキリしたし、リア充共が戻ってきても、多少は大目に見てやる」
「まだそんな事言ってんのかよ……」
「今日は、な」
「はいはい」
千幻が両肩を上げる素振りをしても、愛流はさして気にする風もなく、自分の背丈より高いゴールドバニーを見上げ、満足そうだ。彼らの足元を、ふわふわのお尻を揺らしながら、さんぽが駆ける。
「薔薇一族好きのわたしは、お花の薔薇も大好きなんだよ~」
「それも馬の名前か何かなのかえ?」
「薔薇一族っていうのは……」
織姫とカンナは、咲き乱れるパパ・メイアンの前で、お喋りに花が咲く。辺り一面を覆う濃厚なダマスクの香りを吹き飛ばすように、時折強く吹く海風が心地良い。
「そういえば、さっき渡し損ねちゃったね」
智夜は一夜が差し出した可愛らしい包みを手に取り、そっと開く。ふわりと漂う、芳醇なバターの香り。
「プレゼントのお礼、だよ」
早速一枚摘まんで口に運べば、さくりと小気味良い音がした。
「! おいしい!」
ぴょこり。智夜の頭のてっぺんに、オオカミの耳が飛び出した。先程までの泰然とした振る舞いは何処へやら、ふさふさの尻尾をパタパタと振り、喜びをめいっぱいに表現している。
ザァ……ン。打ち寄せる波音を聞きながら、嫉美は水平線を眺めていた。長いワンピースの裾が翻る。
「師匠……今日もRB団の敵を爆破できたわ……」
彼女は目を細め、サバト服を身に着けた師を想う。その表情は、リア充爆破の権利を守り抜いたと、誇らしげですらあった。
思いや目的は個々に違えど、こうして灼滅者達の活躍により、人々の憩いの場を守り抜く事が出来たのだった。
| 作者:宮下さつき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2015年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
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