放課後の花子さん

    作者:J九郎

     その小学校では、3階の女子トイレの3番目の個室を3回ノックすると花子さんが現れてトイレに引きずり込まれるという噂が、まことしやかに囁かれていた。
     その噂を知ってか知らずか、一人の少女が今まさにその個室を3回ノックする。
    「はーなこさん、あそびまショー」
     場違いに澄んだ声で花子さんに呼びかけるのは、まだ小学校低学年くらいの、真っ赤なランドセルを背負ったおかっぱ頭の女の子。トイレに来たというのに、なぜか大事そうに自由帳を握りしめている。
    「はーい……」
     突然、個室の奥から陰気な女の子の声が聞こえてきた。次の瞬間、個室のドアがバッと開き、白いシャツに赤い吊りスカート姿の花子さんが飛び出してくる。気付けば花子さんの足下からは無数の白い手が湧き出し、その手が一斉に女の子に掴みかかっていき――、
    「今度こそ離さないのだワ」
     しかし少女は白い手など意に介さずに、逆に花子さんの手を強く掴んで自分の方へ引き寄せ、ニカッと笑った。
    「さあ花子さん、ワタシとトモダチになりましょウ?」
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。タタリガミの野々原・のの乃が、トイレの花子さんを喰らってその力を自らのものにしたと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(中学生エクスブレイン・dn0137)は花子さんのような陰気な声でそう告げた。
    「うわー。花子さんを食べちゃうなんて、なんかエグいー」
     以前にのの乃と遭遇したことのある、海藤・俊輔(べひもす・d07111)が首をすくめる。のの乃は花子さんの存在にこだわっていたので、いつかまた花子さんを探してどこかの学校に現れるのではないかと思っていたが、どうやら大正解だったようだ。
    「……花子さんを吸収したのの乃は、小学校内を適当にふらふらしながら、出会った人を無理矢理トイレに引きずり込んで怖がらせてるみたい。……校内のどこに現れるかまでは、残念ながら予知しきれなかった」
     のの乃が校内に留まっているのは、花子さんを吸収した午後3時3分から1時間の間。その時間を過ぎてしまうと校外に出てしまって足取りを追えなくなってしまうという。
     時間的に放課後に当たるが、クラブ活動や委員会活動、あるいは単に校庭や体育館で遊ぶために、多くの生徒が校内には残っている。なるべく早くのの乃を見つけ、被害者を増やさないようにすべきだろう。
    「なら、手分けして探せばいいずら。オラも手伝うんだべ」
     叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)が、任せておけとばかりに薄い胸を叩く。
    「……のの乃の目的は人を怖がらせることだから、相手を殺したりしないけど、普通の小学生にとっては一生トラウマになる出来事。なるべく被害者を増やさないようにして」
     妖の言葉に、俊輔が元気よく頷いた。
    「大丈夫だよー。これ以上のの乃に悪さはさせないぜー」
     そして灼滅者達は、のの乃の現れる小学校へ向かって出発したのだった。


    参加者
    遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)
    九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    フェイ・ユン(侠華・d29900)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    恩情寺・亀麿(往古来今・d33306)
    七枷・蒼生(ククリヒメ・d33387)

    ■リプレイ

    ●のの乃を探して
     小学校2階の階段前。1階と3階に続くそこに潜んで人の流れを確認していたフェイ・ユン(侠華・d29900)は、首を横に振った。
    「のの乃ちゃん、この階段で下に降りてくる気配はないよ」
    「そうか。では計画通り、俺達は2階を探していこう」
     九凰院・紅(揉め事処理屋・d02718)が、2階の廊下に目を移す。大学生の紅だが『プラチナチケット』を使っているおかげで、周囲から怪しまれることはなかった。それから紅は、キョロキョロと周囲を見回している叢雲・ねね子(中学生人狼・dn0200)に目を向けた。
    「前の依頼、最後に引き上げてもらった礼を言ってなかったな。サンキュ」
     礼を述べる紅に、ねね子は、
    「気にすることないべ! 人狼も灼滅者も、群れで助け合っていくもんだべ」
     屈託なくそう応じる。
    「さあ、頑張ってのの乃ちゃんを捜そう! これ以上悪さしないように、早く見つけないとダメだよね!」
     フェイの言葉に、2人は頷いた。
     灼滅者達は、3人ずつ3組に分かれてローラー作戦でのの乃を探すことにしていたのだ。
    「……ところで、ボクもねね子ちゃんも中学生だけど、変装とかしなくて大丈夫かな?」
     フェイに問われ、紅は二人の姿をじっくりと見る。幼げな顔立ちのフェイに、短パンにランニング姿で体の凹凸が少ないねね子――。
    「大丈夫だ、何も問題はない」
    「それはそれで複雑なんだけど!」
     フェイの抗議を無視して、紅は探索を開始したのだった。

     小学校3階。ここで各教室を探索しているのはラピスティリア・ジュエルディライト(夜色少年・d15728)の班だ。ラピスティリアも『プラチナチケット』を使って学校関係者を装っている。そして、彼の班の恩情寺・亀麿(往古来今・d33306)は中学生だが元々年下に見られやすい体つきだし、押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は背こそ高いがれっきとした小学生だ。
    「この教室にもいませんか……。もう、他の階に行ってしまったのかもしれませんね」
     ラピスティリアは悲鳴等にも気を配りつつ、周囲の探索を進めていたが、なかなかのの乃は見つからなかった。
    「他の班にも連絡してみましたが、まだどこの班も野々原さんを見つけていないようです」
     女子トイレを確認に行っていた亀麿が、スマートフォンを片手に戻ってきた。亀麿は、自ら進んで他班との連絡役を買って出ていた。
    「うん? あの子は……」
     ハリマが、トイレの近くでうずくまっている男の子を発見し、駆け寄っていく。
    「どうかしたの?」
     できるだけ優しい声で尋ねるハリマに、少年はおびえた様子でなにやらぶつぶつと呟き始めた。
    「は、花子さんが、花子さんが廊下を歩いてて……」
     そして、急にトイレに引きずり込まれたのだという。
    「それで、花子さんはどこへ行ったの?」
     ハリマの問いに、少年は震えながらラピスティリア達が調べていたのとは反対の階段を指さした。
    「あの階段を、上へ昇っていった……」
    「あっちの階段の周辺は、別の班が受け持っていたはずですね」
     ラピスティリアの言葉に、亀麿がすぐさまスマートフォンを取り出す。
    「すぐに連絡をとります」

     小学校3階、ラピスティリア達が探索していたのとは反対の階段付近。『メリーさんの電話』で亀麿から連絡を受けた七枷・蒼生(ククリヒメ・d33387)が、同行している海藤・俊輔(べひもす・d07111)と遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)に情報を伝えた。
    「上へ行ったということは、4階ですね」
     彩花が先に立って階段を上がっていく。大学生の彩花が小学生の蒼生と俊輔を引き連れて歩く姿は、教育実習生か何かに見えないこともなかった。
    「さてさて、4階にいるのがはっきりしたのなら、頑張って探そうか」
     4階に着くと、蒼生はさっそく手近な教室から覗き込んでいく。彩花はトイレの中を確認し、唯一過去にのの乃と出会ったことのある俊輔は、見知った顔がいないか、廊下や教室にいる子供達に注意を払う。
     そして、俊輔の目が1人の女の子の後ろ姿を捉えた。白いブラウスに赤い吊りスカート姿の、真っ赤なランドセルを背負ったおかっぱ頭の女の子。以前見た時とは服装が違っていたが、間違えようがなかった。
    「見つけたー。ここであったが100年目ー……あ、そんなに経ってないかー」
     俊輔の声に、少女がゆっくりと振り返る。
    「あららラ? ここにも灼滅者さんがいるのだワ。でももう遅いのでス。花子さんは、もうのの乃のオトモダチなのだワ!」
     次の瞬間、のの乃の足下から無数の白い手がわき上がり、一斉に俊輔に襲いかかったのだった。

    ●のの乃包囲網
    「これ以上ののののの好きにはさないぜー。あ、のが多かったー」
     白い手に絡め取られながらも、俊輔は余裕の態度を崩さない。そして、俊輔に気を取られていたのの乃に、拳に雷を纏わせた彩花が迫っていった。
    「小学生を怖がらせる悪い子にはお仕置きです」
     放たれたアッパーカットが、のの乃の小柄な体を吹き飛ばす。
    「なになに、ケンカ!?」
    「だれかー、先生呼んできてー」
     戦いが始まったのを見て、周囲にいた子供達が騒ぎ出した。だが次の瞬間、突如子供達が騒ぎをやめて混乱したようにうろうろし出す。蒼生が『パニックテレパス』を発動させたのだ。
    「さあ、愉しい、愉しい話をしよう」
     続けて蒼生が『百物語』を語り始めると、周囲の子供達は恐怖に駆られ、一斉にその場から逃げ出していった。
    「やれやれなのでス。せっかく花子さんとオトモダチになったのに、怖がらせる子供達がいなくなってしまったのだワ」
     のの乃が、周囲を見回し溜め息をつく。
    「残念でしたね。悪戯っ子は、度が過ぎるとお仕置きされるんですよ」
     逃げた子供達の代わりに、彩花から連絡を受けたラピスティリアが駆けつけてきた。ラピスティリアはSCカードを構えると、
    「Twins flower of azure in full glory at night.」
     解除コードを詠唱して武装を呼び出しつつ、白いヘッドフォンを装着する。漏れ聞こえるのは、アップテンポな音楽だ。
    「ギャラリーが増えたのだワ。せっかくだから、『放課後の花子さん』のお話を披露するのでス」
     そう前置きしてのの乃が手に持った自由帳を開き、花子さんの怪談を披露すれば、廊下中の至る所から花子さんの幻影が現れ灼滅者達に襲いかかった。
    「おおっと! それ以上怪談を悪用させないっす」
     そこへ飛び込んできたのはハリマだ。ハリマは着ていたジャージを脱ぎ捨ててまわし姿になると、花子さんの幻影から仲間達を守るように立ちはだかる。
    「七不思議には七不思議で対抗しますよ」
     続けて、亀麿の語る心温まる七不思議が、傷ついた灼滅者達の傷を癒していった。
    「どんどん増えていくのだワ。のの乃は付き合いきれないのでス!」
     周囲を見回していたのの乃が、急に階段に向けて走り出す。
    「逃がすと思いますか?」
     ラピスティリアが『Robe of Feathers.』を刃物のように鋭く伸ばし、のの乃を貫かんとするが、のの乃はまるで後ろに目があるかのごとく素早くその攻撃を回避すると、階段を駆け下り始めた。が、
    「はーなこちゃん、あそびましょー! ……って言えばいいんだっけ?」
     そこで階段の下から現れたフェイと鉢合わせしてしまう。
    「邪魔なのでス!」
     のの乃の足下からカッターを持った白い手が伸びフェイに襲いかかるが、ビハインドの无名が青竜刀でその攻撃を受け止めた。そしてその隙にフェイの炎を纏った蹴りが炸裂し、のの乃を廊下側に吹き飛ばす。
    「逃がしてまたどこかに現れるのも困るんで、ここでケリをつけるか」
     素早く体勢を立て直したのの乃に、フェイと共に駆けつけた紅が、ガトリングガンの連射を浴びせ掛けた。さらに、守りの体勢に入ったのの乃を、飛び込んできたねね子の爪が切り裂く。
     気付けばのの乃は、周囲を灼滅者達に完全に包囲されていた。

    ●花子さんの力
    「子供達に消えないトラウマが残っても困りますし、早めに片付けてしまいましょう」
     ラピスティリアが、十字槍『GrAve oF a NiGHt Sky』を高速回転刺せながら突き出す。対するのの乃は、軽やかな動きで舞い上がり、その一撃をかわそうとするが、
    「さて、今度は『ひきこさん』のお話をしようか」
     蒼生の異譚提灯から生み出された女性の幻影がのの乃の足を捉え、飛び上がるのを許さない。結果、ラピスティリアの『GrAve oF a NiGHt Sky』はのの乃の腹部に突き刺さった。
    「痛いのだワ、ひどいのだワ! この恨みは忘れないのだワ!!」
     のの乃が叫ぶと、彼女の背負っていたランドセルが開き、中から血塗れの悪霊が飛び出してラピスティリアに襲いかかっていく。
    「そうはさせないっす!」
     そこへ、ハリマが飛び込み、悪霊を正面から受け止めた。悪霊は相手が変わったことも気にせず、鋭い爪で何度もハリマを切り裂くが、ハリマはその猛攻を耐えきった。
    「もう、これ以上の被害は増やさせません」
     彩花が、『止まれ』の標識でのの乃に殴りかかる。
    「止まれと言われても、止まらないのでス!」
    「交通ルールは、ちゃんと守らないといけません!」
     かわそうとしたのの乃だが、彩花の気迫が上回ったのか、標識はのの乃にクリーンヒットした。
    「う、動けないのだワ」
    「ならば、決めさせてもらう」
     紅が、ガトリングガンを構えて一気にのの乃に接近し、勢いのままに砲身をぶつけて壁まで押し込んでいく。
    「零距離、喰らっとけ……!」
     そして放たれた無数の弾丸が、込められた魔力で爆炎を生み出し、のの乃を飲み込んでいった。

    ●怪談の終わり
    「のの乃ちゃん、友達が欲しかったのかな……ほんとは寂しがり屋さん?」
     炎に包まれるのの乃の姿に、フェイがしんみりした声を出す。だが、
    「……せっかく花子さんとオトモダチになったのに、アタシはそう簡単に死なないのだワ!」
     のの乃の怨嗟の言葉と共に、炎の中で邪気が急速に膨れ上がっていく。その邪気は炎を吹き飛ばしたのみならず、無数の白い手となって一斉に灼滅者達に襲いかかっていった。
    「又臣さんっ! みんなを守って!」
     蒼生の指示でウイングキャットの『又臣さん』が肉球で白い手に挑みかかり、ハリマの連れたニューファンドランド型の霊犬『円』も、黒くてもふもふした体を盾代わりに皆を守っていく。彩花、ハリマ、フェイ達守りに重点を置いていた灼滅者達も、可能な限り仲間を白い手から庇うように動いたが、あいにく白い手の数が多すぎた。のの乃の邪気が止んだ時、前衛に立っていた者達は多かれ少なかれ傷を負っていた。幸いダメージ自体はそれほど大きくはないが、みな一様に邪気に当てられ、青い顔をしている。
    「……ここまで花子さんにこだわるのって、何故っすか? 昔酷い目にあわされたとか?」
     邪気を払うべく祭霊光を発動させながら、ハリマがのの乃に問いかけた。
    「花子さんは、アタシの都市伝説蒐集の原点なのだワ。おまえになんか、理解できっこないのでス!」
     答えるのの乃もまた、無傷ではない。白いブラウスも赤いスカートも焼けこげだらけで、額や腹からは止めどなく血が溢れ出している。
    (「七不思議の花形、トイレの花子さん。麿の七不思議に加えたい都市伝説のひとつだったので食べられてしまったのは少し残念ですけど……」)
     亀麿は再び自らの七不思議の力で皆の邪気を払いながら、のの乃に目を向けた。
    (「他人の命を奪う程に凶悪なタタリガミではないようですけど、先程見せた邪悪な本性は危険すぎます」)
     ここで灼滅しなければ、取り返しの付かないことになるという予感が、亀麿を震わせる。
    「お前さんの攻撃、気持ち悪いんだべ!」
     ねね子が、傷も癒えきらないまま、動いた。炎を纏ったエアシューズによる足払いを、のの乃に放つ。
    「そんなに何度も燃やされないのでス!」
     のの乃が、後方に跳んで攻撃を避けた。だが、
    「オレの目が黒いうちはー、逃がさないんだぜー」
     のの乃の動きを予測して、すでにそこには俊輔が回り込んでいた。
    「……あ、オレめー、黒くなかったー」
    「ふざけるな、なのでス!」
     のの乃の足下から伸びた白い手が俊輔を払いのけようとするが、俊輔は獣の爪を模したオーラで白い手を切り裂き、のの乃に迫っていった。
    「く、来るななのでス!」
     焦るのの乃を飛び越え、俊輔は天井を蹴った。そして体を反転させると、加速を付けた跳び蹴りをのの乃にお見舞いする。
    「あうう……アタシの中の都市伝説が……消えていくのだワ」
     見れば、のの乃の手にしていた自由帳が、真っ二つに裂けていて。そして廊下に倒れ伏したのの乃は、床からわき上がってきた無数の白い手に絡め取られ、そのまま何処とも知れぬ空間へと引きずり込まれていったのだった。
    「終わり、ですね。これでタタリガミも、なりを潜めてくだされば良いのですが」
     彩花が、一人溜息を付く。
     花子さんものの乃も消えた小学校は、既に喧噪に包まれたいつもの日常に戻っていた。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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