ネモフィラは月に謳う

    作者:犬彦

    ●花と謳う
     月の光が夜道を照らす真夜中。
     何処か遠くから綺麗な歌声が聞こえた。その透き通った声に導かれるように少女は或る屋敷の前に訪れる。普段は誰もいない別荘だったはずだが、確かに人の気配がした。
     確かこの屋敷には裏庭があって、繁みの中に抜け道がある。
     幼い頃に勝手に抜け道を使って遊んでは怒られていたことを思い出しながら、少女は気付けば裏庭へと足を踏み入れていた。
     其処には、月光に照らされた薄青の花とその中心で歌う人影が見えた。
    「――♪」
     透き通るようなアルトの歌声に肩口で切り揃えられた琥珀色の髪、ドレスシャツにショートパンツといった出で立ち。その声と見た目だけでは人影が少女なのかも少年なのかも分からなかった。
     けれど、だからこそ見惚れてしまう。
     そのとき、隠れていた少女に気付いた人影が不意に歌を止め、繁みの奥に声をかける。
    「其処に居るのは誰だい?」
    「あ……ごめんなさい。歌がとても綺麗だったから……」
    「それは光栄だね。小さな観客さん」
     思わず謝る少女に対し、彼或いは彼女はくすりと微笑む。そして、こっちにおいでと手招きをした。
    「僕の名前はネモフィラ。この花と同じ名なんだ」
     そういって自己紹介をしたネモフィラは足元に咲き乱れる花を示す。瑠璃唐草とも呼ばれる花とネモフィラが紡ぐ歌が織り成す光景はこの世のものとは思えないほどだった。
     少女はおずおずと、それでもはっきりとネモフィラに問う。
    「もう少し、あなたの歌を聞いていい?」
    「もちろんだよ。ただし、その分のお代を頂こうかな」
    「え?」
     予想外のことを告げられて少女が首を傾げる。すると、ネモフィラはやけに長く伸びた犬歯を見せて笑い、細い腕を伸ばして少女を抱き寄せた。
    「それはね――君の血だよ」

    ●吸血鬼の庭
     軽井沢の或る別荘地が今、ブレイズゲートと化している。
     其処に巣食うヴァンパイア達によって付近の一般人が被害に遭う事件が多発しているらしい。事前に調査に向かい、別荘地の情報を持ち帰った灼滅者の話を聞いた君は仲間と共にブレイズゲートへ赴くことを決めた。
     曰く、この地域の中心となる洋館はかつて高位のヴァンパイアの所有物だったようだ。
     その高位ヴァンパイアはサイキックアブソーバーの影響で封印され、配下達も封印されるか消滅するかで全滅したという。
     しかし、この地がブレイズゲート化した事で件の配下達が甦ってしまった。かのヴァンパイア達は領域外に影響するような事件を起こすわけではないが、付近の一般人に危険が迫っているのなら放ってはおけない。
     
     今回、倒すべき敵の名はネモフィラ。
     十代半ば頃の外見をした中性的なヴァンパイアだ。ネモフィラは夜になると或る別荘の裏庭で歌を紡ぎ、それを聞いた人間を惑わして血を吸うという事を繰り返している。
     どうやらその歌声には人を惹きつける魔力が込められているらしく、わざとこうしたことを行っているようだ。
     歌が聞こえるのは決まって月が美しい夜のことだ。
     夜は晴れると予報が出ている今が好機。準備が出来次第、現場に向かってネモフィラを灼滅するのが良いだろう。
     歌声を頼りにして裏庭に続く抜け道を進めば、怪しまれることなくネモフィラが居る花畑に行くことが出来る。おそらくネモフィラも此方を自分の歌に誘われて来た人間だと思い込んでいるはずなので、不意を打って攻撃を仕掛けることも可能だ。
     これ以上、新たな被害を出さぬように――。
     ヴァンパイアの灼滅を決めた君達は件の屋敷へ向かった。


    参加者
    月宮・白兎(月兎・d02081)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    李白・御理(玩具修理者・d02346)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    水軌・織玻(水檻の翅・d02492)
    ミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)
    ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)

    ■リプレイ

    ●月と歌
     透き通った歌声が月夜に響く。
     綺麗な場所に綺麗な歌。――それが、素敵な夜の思い出で終わらせられたら良かった。
     歌声を頼りに、月明かりの下をミツキ・ブランシュフォード(サンクチュアリ・d18296)とルーシー・ヴァレンタイン(光翼・d26432)が歩く。
    「綺麗な思い出、が血で染まらないよう、終わらせないと、だね」
    「うん、行こう」
     ミツキが隣にだけ聞こえる声で囁くと、ルーシーも頷いた。
     二人は囮。つまり歌声に誘われて訪れた観客を装っている。ルーシーたちはできるだけ自然に、目立つ場所へと歩み寄り、ネモフィラの歌声に感じ入ったように笑顔を向けた。
    「……綺麗」
    「こんばんは、えっと……お兄さん、なの、かな」
     歌が終わるのを待ち、ルーシー達はかの人影――ヴァンパイアに声をかける。
     ミツキが、散歩をしていたら綺麗な歌が聞こえてきたからお邪魔した、という旨を説女すると、ヴァンパイアは笑みを浮かべた。
    「僕がお兄さんに見えた? ふふ、それは或る意味では光栄だね」
     自分をネモフィラだと名乗ったヴァンパイアは含みのある言葉を返す。
     ルーシーは彼のようにも見える相手が『彼女』なのだと理解した。男装の麗人といったところだろうか。ルーシーが黙って考えていると、ミツキがネモフィラに問う。
    「良ければもう一曲、お願いしても、良い?」
    「それは構わないけれど……其方の御客人も一緒にどうだい?」
     返ってきたのは好意的な答え。
     だが――其方の、と示された先はミツキ達が居る場所ではなかった。
     息を殺して茂みに隠れていた灼滅者達はその声に反応し、自分達が潜んでいたことが知られていたと悟る。どうするべきかと仲間達は目配せを交わしたが、もはや奇襲を狙えそうな雰囲気ではなかった。
     月宮・白兎(月兎・d02081)は観念し、小さく息を吐く。
    「ほな、行こか」
     解除コードを呟き、白兎は仲間と共に花畑に踏み入る。
     隠された森の小路で侵入口をひらいていた森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)は、どうして気配が悟られたのか不審に思った。それを察したのか、ネモフィラは薄く笑む。
    「どうして分かったかって? 分かるさ、此処は僕の庭だからね」
     花が教えてくれたと告げるヴァンパイアに煉夜は眉を顰めた。
    「成程。掴みどころのない相手は不得手、だが……」
     別段、それだからといって手加減するわけではない。既に百物語で人払いは済ませている故、この後は全力で戦うだけだ。
     相手は中性的な出で立ち。そして、綺麗系で音楽好き。
     僕とキャラ丸被りじゃないですか、という本音は押し込め、犬変身を解除したヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)は自らを異形化させた。
    「ダークネスでなければ意気投合できそうなのに……残念です」
     ヴィアの銀の髪が長く伸び、それが夜よりも昏い漆黒に染まってゆく。髪が武器に変化していく様をネモフィラは興味深そうに見つめた。
     そして、不意に問う。
    「それは残念。ところで、君達のその仮面は何だい?」
     ダークネスにはそれが不思議に映ったのだろう。
     見れば、奇襲を狙っていた面々だけではなくサーヴァントを伴ったミツキやルーシーもいつの間にか揃いの仮面を付けていた。
    「アンタが歌を武器にするように、これが俺達のカタチでな」
     その問いには夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が答えた。李白・御理(玩具修理者・d02346)も神妙に頷き、ネモフィラの空色の瞳を仮面の奥から見据えた。
    「ネモフィラ――赦しの花言葉を持つものを手折るのは忍びないが、他人を惑わす毒の花が赦される道理など無い」
     演技がかった御理の言葉は、秘密結社『Raven's Nest』を意識してのものだ。
     面白いね、と笑ったネモフィラは灼滅者達を見渡す。
    「穏やかな歌も良い。けれど、君達が欲しているのは戦いの歌のようだね」
    「リサイタルはもう終わり。その歌は貴方自身へのレクイエムにしてもらおうか」
     戦う姿勢を見せた敵を見据え返し、水軌・織玻(水檻の翅・d02492)は凛と告げた。
     刹那、夜風が吹き抜けて花々を揺らす。花弁が月夜に舞い、戦場を静かに彩った。
     そして――月下の戦いが始まりを迎える。

    ●烏の夜
     開幕直後、ヴァンパイアの紡ぐ歌が響き渡った。
     正常な判断を奪い去ってしまいそうな歌声を聞き、白兎は掌を握り締める。
    「綺麗な花には棘があると言う言葉がありますが綺麗な歌にも……と言うことでしょうか」
     ゆるりと首を振った白兎は交通標識を掲げ、仲間に耐性を宿してゆく。其処へウイングキャットのララもリングを光らせて仲間を援護した。
     治胡が鋼鉄の拳で打って出れば、ヴィアが力を巡らせ、ミツキやルーシーをはじめとした他の灼滅者達も戦いの準備を整える。
     それに続いた織玻も歌の効力に耐えるための力を揮い、支援を行った。
    「この歌を紡いでるのがヴァンパイアってのがなぁ……素直に綺麗だって思えないよね」
     二本の標識が振り翳される中、霊犬の豆大福は咥えた刀でネモフィラに斬りかかった。それが上手く決まった事を褒め、織玻は豆大福に告げる。
    「豆大福ー、もし私が惑わされちゃったら元に戻して、ね?」
     ぽっちゃりした白い毛並みを揺らし、霊犬は主人の声に鳴いて応えた。
    「そのチームワーク、なかなかのものだね」
     対するネモフィラは此方の動きに賞賛を送る。ヴァンパイアが余裕を持っていられるのも自分が優位だと信じて疑わないからだ。
     煉夜はそれを突き崩してやるのだと心に決め、黒死の一撃を喰らわせに向かう。
    「……随分と、幽玄な場となったものだな」
     その際、ふと呟いたのは戦慄と仮面の騒乱が織り成す戦場への感想だ。
     鳥は眠りにつく時間。だが、この光と闇が織り成す時間もまた我々の活動時間に相応しい。煉夜は静かに双眸を細め、鋭い一閃を見舞った。
     一瞬、それによってネモフィラの表情が歪む。
     その隙を見逃さなかったヴィアは御理と頷きを交わし、左右からの挟撃を狙った。
    「僕の名前は――星椋鳥とでも名乗っておきましょうか」
     エストレンホス、と自らの二つ名を語ったヴィアは黒髪を鋭利な刃へと変え、敵の死角に回り込む。御理も冷徹な表情を湛えたまま、一気に鬼神の力を解き放った。
     流石のネモフィラも対応できず、攻撃をまともに受けてしまう。
    「星椋鳥くん、ね。やるじゃないか……」
    「気を付ける、のは、そっちだけ、じゃないよ。ね、ういろ」
     ヴァンパイアを見据えたミツキは霊犬に呼び掛け、自分達の力をみせてあげようと示した。次の瞬間、ミツキが放つ斬影刃とういろうによる六文銭射撃が敵を穿つ。敵に反撃の期を与えぬよう、すかさずルーシーが標識を振り上げて追撃に向かった。
    「私のコードネームは光翼。一応は名乗ったけど、今私はすごく怒ってるからね!」
     彼女が憤っている理由は、歌で人を誘うヴァンパイアの所業が許せない故。
     痺れを狙った一撃が振り下ろされるが、ネモフィラは身を翻してルーシーから距離を取る。だが、彼女はすぐさまウイングキャットのとよたに「お願い!」と呼び掛けた。
     すると、とよたはやや面倒そうに体を上げて猫魔法を発動させる。
    「く……なんて力と連携だ」
     ネモフィラは響く痛みを堪えるように呻き、後退った。其処に先程の余裕はもうない。
     しかし、敵は失った体力を取り戻す為に紅蓮の斬撃を放った。
     その狙いは――治胡だ。
    「……やりやがったな。人惑わすその歌、絶ってやる」
     体力を奪われた傷口からは炎血が滴り燃え、花園を赤く照らした。治胡は身を蝕むかのような痛みに耐え、炎を巻き起こして反撃に移る。
    「待ってて、すぐに癒すから」
     今は自分しか回復を施せないと気付いた織玻は、仲間へと清めの風を吹かせてゆく。
     先程、綺麗な花には棘がある、と白兎も言っていた。
     自分の炎とて最初は美しいと思った。だからこそ恐ろしいのだと治胡は知っている。
    「全力でぶっ飛ばす」
     そして、拳を握った治胡は目の前のヴァンパイアを滅する心構えを改めて宿した。

    ●仮面の裏側
     ヴァンパイアの余裕は剥がす事は出来た。
     それならば――後はその力を完全に奪い取り、灼滅するだけ。ネモフィラの花が夜風に揺れる様を瞳に映し、煉夜は制約の弾丸を解き放つ。
     敵が紡ぐ催眠への対策は隙がなく、誰も惑わされなかった。
     御理は戦いが上手く巡っていると感じ、気を引き締める。正確に語るならば誰かが惑わされてもすぐさま白兎が癒しているが故に、効力が発揮されることがなかったのだ。
     煉夜もこの仲間達との戦い易さを感じながら、次の一撃に備える。
     だが、そのとき。ヴァンパイアが更なる歌を奏でた。
    「これはどうだい? ――♪」
     敢えて催眠を狙ったネモフィラは織玻達に向けて歌声を響かせる。
     それにより、衝撃をまともに受けた織玻が惑わされてしまった。ふらふらと狙いを定め直す織玻の目には今、味方が敵に見えているのだろう。
     しかし、豆大福が主人をじっと見据えた。
    「……! あれ、豆大福?」
     はたとした織玻は浄霊眼を受け、自分が催眠にかかりかけていたことを悟る。そして、先程の約束を豆大福が守ってくれたのだと気付いて笑みを浮かべた。
     織玻が体勢を整え直す隙をカバーするため、ミツキはういろうと共に前に出る。
    「ヴィア、じゃなかった、ね。星椋鳥、合わせて、行くよ」
     同時にヴィアへと声をかけたミツキは縛霊手を敵に差し向けた。その声に応え、ヴィアも更なる斬撃を見舞おうと駆ける。
    「秘密結社ブラックレイヴンズを怒らせたらどうなるか見せてあげましょう」
     ミツキの一閃と霊犬の刀が重なり、一拍ずらした形でヴィアの鋭い一撃が繰り出された。
     刃はネモフィラの服を切り裂き、薄手のシャツの胸元を散らせる。
    「痛……っ!」
     慌てて胸を抑えたヴァンパイアの反応を見た煉夜はとっさに目を逸らした。
     すぐにネモフィラが肌蹴た胸を隠す。紳士的なんだね、と彼女は煉夜に告げ、ヴィア達を睨み付ける。
     白兎は暫し自分がネモフィラの姿に見惚れていたと気付き、はっとした。
    「はっ! そのっ、綺麗な方だとは決して思ってませんよっ。悔しくなんてありませんっ」
     首を振った白兎は相手が女性だったと其処で初めて知ったらしい。ルーシーが教えておけばよかったね、と告げる声に大丈夫だと答え、白兎は気を取り直す。
    「私もララも負けませんよ!」
     白兎が制約の弾丸を撃ち放ち、ララも猫魔法を発動させようと動いた。
     徐々に追い詰められ、息を荒げるヴァンパイアの様子を窺ったルーシーも仲間に合わせ、流星の如き蹴りを見舞う。
    「きっとあと少し。ここで気を抜いちゃ駄目だね。行くよ!」
     ルーシーの呼びかけに応える形でとよたが動き、ララと共に猫魔法を発動してゆく。
     重なり合った魔法はネモフィラを撃ち、力を奪い取った。
    「どうしてこんな、ことに……」
     ヴァンパイアは辺りを見回し、自分を囲む灼滅者達を睨み続ける。最早逃げる隙はなく、完全に包囲された状態だ。焦る様子の敵を見遣った治胡は思いを口にした。
    「綺麗というより、哀れだな」
     肩を落とした治胡は戦いの最後が近付いていること察している。
     そうして、炎を纏う蹴りを放った彼女は幾重もの焔を敵に宿した。声もあげられず、ネモフィラはただただ痛みに耐える。
     後はもう、ひたすら畳み掛けるのみ。
    「貴方の声は本当に素敵でした。この場でなければ共に奏でてみたいと思う程に」
     敵の間近で影を迸らせたヴィアは、相手にだけ聞こえる声で「僕が欲しいのは貴方の血です」と囁きかけた。影は敵を飲み込み、其処へ織玻の穿つ炎と白兎の放つ紅蓮斬が迸る。
     更に煉夜が制約の力を宿した弾丸を放ち、ネモフィラの動きを縛った。
     そして、次で最期だと感じた御理はバベルブレイカーを握り、ひといきに杭を打ち放つ。
    「此処で散って逝け、空色の毒花」
     次の瞬間、御理の一撃はヴァンパイアの身を撃ち滅ぼした。
     崩れ落ちるように倒れたネモフィラは最後に一度だけ月を見上げ――そして、告げられた言葉通りに夜空の下に散った。

    ●花と聲
     ブレイズゲートの力によって甦っていたに過ぎないヴァンパイアは其処で消失した。
    「ふむ……」
     煉夜は今までネモフィラが立っていた場所を見遣り、溜息交じりの声を零す。
     大丈夫? とルーシーが聞けば彼は何でもないと首を振り、戦いが終わったと同時に花畑に寝転んだとよたに視線を落とした。
    「私達の勝利です。やはり皆さん、お強いですね」
     ララを抱き上げた白兎は仲間を労い、明るい笑顔を浮かべる。その傍ら、御理は自らがトドメを刺したヴァンパイアを思い、仮面を少しだけずらして足元に咲くネモフィラを見つめていた。
    「特別な力なんて使わず、ただ風に揺れるる花のように歌うだけなら。可憐で、赦され、失敗も無かったのでしょうけどね……」
     少年の呟きを聞いた治胡は頭の上で腕を組み、そうかもな、と返す。
    「やっぱり、歌は、ワカンネー」
     妙な感傷が胸を過り、治胡は月を見上げた。
     豆大福を撫でた織玻も仲間に倣って夜空を振り仰ぎ、暫くこのネモフィラの花畑で月を視ようと提案する。ヴィアもそれが良いと同意し、仲間達は花園の真ん中に腰を下ろした。
    「今宵は良い月夜ですね。星が見えないので僕は少し不服ですけど」
     雲で陰った空は月しか見えない。
     だが、だからこそ雲すら抜けて光る月の美しさが際立っている気がした。ミツキも頷き、ういろうを膝に乗せて暫し空を眺める。
    「折角の、夜だもの。ちょっとくらい夜更かしした、って、許される、よね」
     ミツキの名前は『満月』と書く。
     自身と同じ名前をもつ月に思いを重ね、少女はそっと瞳を閉じた。
     皆がそれぞれに思い返すのは、夜に響いたあの歌と月に謳うネモフィラの聲。散って逝った彼女にささやかな冥福を捧げ、仲間達は思い思いに静かな夜を過ごす。
     悪しき花の蕾は今宵、摘み取られ――。
     漆黒の烏の名を抱く者達の力によって、月夜の闇に葬られた。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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