つめたくはねる

    作者:牧瀬花奈女


     森に近付いてはいけないよ。
     その村の子供たちは、そう言われて育つ。
     森は危険なものがいっぱいあって、子供たちだけで中に入るなどとんでもないのだと。
     遊ぶなら、村の中にしなさいと子供たちは言われていた。大人の目の届くところなら、危ないことは何も無いからと。
     その村の子供たちは、言い付けをよく守っていた。
     大人たちの言う通り、危ないことは何も無かった。
     その日までは。
     
     明るい陽光に照らされた村の広場で、子供たちが遊んでいる時。それはつめたい音と共にやって来た。
     それを一言で表すならば、異形の騎士だろうか。青い肌に銀の鎧をまとい、右手にはぎらぎらと輝く剣を持っている。兜や脛あての先にくっ付いた瑞々しい葉が、それが森からやって来たことを物語っていた。
     あれは何。子供たちがそう口を開くより早く、それはぽんと地を蹴って跳ねた。手近な一人に向けて、ぎらつく剣を無造作に振るう。子供の喉が裂け、鮮やかな血が舞い踊った。
     広場に悲鳴が満ちる。
     悲痛なその声に、それは何の反応も示さず淡々と剣を振るい続けた。日差しの中で銀色の刃が踊る度、広場の土に血が染み込んで行く。
     そして広場の子供たちを殺し終えたそれは、駆け付けた大人たちに向けて跳躍した。
     

    「朱雀門のロード・クロムに動きがありました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者たちに一礼するとそう告げた。
     ロード・クロムは森の中に配下のクロムナイトを配置し、人里に向かわせて一般人を虐殺させる事件を起こそうとしているのだという。
     幸い、配置されたクロムナイトが動き出すまでには時間があるため、人里に着くまでに戦闘を仕掛けることは十分に可能だ。
    「どうやらロード・クロムは、軍艦島で灼滅された美醜のベレーザから引き継いだデモノイド施設を利用して、クロムナイトを量産しようとしているようです」
     灼滅者たちと戦わせるのは、いわばその最終段階。クロムナイトが戦闘経験を積めば積むほど、量産型クロムナイトの戦闘能力は強化されてしまうだろう。
    「このロード・クロムの目論見を阻止するためには、出来るだけ戦闘経験を積ませずにクロムナイトを倒す必要があります」
     つまり、クロムナイトを戦闘開始から短時間で灼滅してしまえば良い訳だ。
    「皆さんに担当していただくクロムナイトは、森の中にいます。木々はそれほど密集していないので、視界は悪くありません。照明や人払いの必要も無いでしょう」
     森の中にいるクロムナイトは、よくはねる。その飛距離は後衛にまで及ぶだろう。
     クロムナイトの武器は、右手に持った剣。その刃が一人に向いた時はブレイクを、複数に向いた時は氷をダメージと共に与えて来る。また、剣を高く掲げて自らの傷を癒すと同時に、バッドステータスを解除する時もある。ポジションはジャマーだという。
    「クロムナイトに戦闘経験を積ませないためには、短期決戦に持ち込むことが重要です。けれど、クロムナイトは強敵でもあります。短時間の撃破にこだわり過ぎれば、敗北してしまう可能性もあるでしょう」
     状況によっては短期決戦を諦め、灼滅そのものを優先することも重要だろう。灼滅者たちが敗北すれば、多くの一般人が犠牲となるのだから。
     頑張ってくださいねと、姫子は教室を出る灼滅者たちを見送った。


    参加者
    峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    ティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)
    伏木・華流(桜花研鑽・d28213)
    アーデルベルト・エルツ(闇を睨むヴァイセラーベ・d34332)

    ■リプレイ


     灼滅者たちがその森に駆け付けた時、日はまだ高かった。木々の隙間からは陽光が差し込み、遠くでは鳥の鳴く声が聞こえる。
     光景の長閑さとは裏腹に、灼滅者たちの表情は硬い。それもその筈だ。今から彼らを待ち受けているのは、熾烈な戦闘なのだから。
    「基本はデモノイドと同じタイプ……ならいいんだが」
     呟く峰・清香(高校生ファイアブラッド・d01705)の身に着けた防具は、斬撃耐性を持つもの。クロムナイトの能力をデモノイドに準じるものと読み、また、相手の使って来る氷の被害を最小限に抑えるため、同じ耐性を持つ防具を用意して来た者は多かった。
    「進化する敵、か」
     木漏れ日に目を細め、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)はかつて対峙したクロムナイトのことを考える。以前は役割分担をしている2体だったのに、今度は1体ずつばらまくとは――なめられたものだ。
     ベレーザと一緒に、デモノイド技術も葬られていれば良かったのに。前衛へと位置を取りながら、御納方・靱(茅野ノ雨・d23297)はそう思う。彼の後ろに、伏木・華流(桜花研鑽・d28213)と彼女のウイングキャットであるサクラが立った。
     不意に、周囲の緑がざわつく気配を見せた。葉がこすれ合うつめたい音を奏でながら、乾いた足音が少しずつ灼滅者たちに近付いて来る。それが何であるか、彼らはとうに分かっていた。
    「来たよ!」
     声を上げたのは埜口・シン(夕燼・d07230)。その残響が消え切らない内に、異形の影が彼らの前に姿を見せた。
     青い肌。銀色の鎧。そして何より、右手に持ったぎらつく剣。紛れも無く、クロムナイトだ。
    「朱雀門のクロムナイトですか」
     問題ありません、灼滅致します。宣言するようにそう言って、アーデルベルト・エルツ(闇を睨むヴァイセラーベ・d34332)は腰に宿した白い大鴉の翼を広げる。
    「灼滅者のデータ収集のためだけに人をいっぱい殺すなんて、嫌な事考えるよね」
     前衛たちの眼前で歩みを止めたクロムナイトを見やり、ティルメア・エスパーダ(カラドリウスの雛・d16209)は腕時計に指を滑らせる。
     戦闘時間がどれぐらい短ければ、あまり戦闘経験を積ませずに済むのか。一瞬思案した後、彼は10分を目安とすることにした。
    「罪もない一般人、しかも幼子の命まで奪うとか……」
     同じくアラームを仕掛けたスマートフォンをしまい、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)がクロムナイトを睨め付けた。
    「オレらに倒される覚悟は出来てんだろうな!?」
     虐殺などという卑怯な企みは、絶対に許さない。強い意志を秘めた眼差しに、しかしクロムナイトは臆すること無く剣を構える。
     ぽんと、青の巨体が跳躍した。


     クロムナイトの跳躍は、前衛を跳び越えて後衛にまで及んだ。ぎらつく剣が真横に薙がれ、ティルメアと華流、そしてサクラを切り裂く。斬撃に滲んだ血は、すぐに分厚い氷に覆われてしまった。
    「貴様がいかによく跳ねようと、ここを通すわけにはいかないな」
     華流がクルセイドソードを握り、剣に刻まれた祝福の言葉を解放する。涼やかな風が吹き、氷のいくつかが弾け飛んだ。
     その風に乗って響いたのは、清香の天上の歌声。歌姫を思わせる声が森の中を通りぬけ、クロムナイトを傷付ける。脛あてに包まれた足が、ほんの僅かによろめいた。
     シンが地を蹴って跳ぶ。夕暮れの色をまとうエアシューズに、流星のきらめきが宿った。クロムナイトの右足に傷跡が刻まれる。バランスを崩したたらを踏んだところへ、マサムネが爪先をめり込ませた。
     集中攻撃を受けどす黒い血を流し始めた足に、戒理もまたスターゲイザーを放つ。その動きに合わせ、ビハインドの蓮華がたおやかな手を振るう。霊障波が飛び、クロムナイトに毒が流し込まれた。
    「前衛にばかり気を取られないでね」
     どうにか体勢を立て直したクロムナイトに、ティルメアが帯を射出する。ダイダロスベルトは鎧の隙間に入り込み、青い肌を鋭く穿った。次いでサクラの猫魔法がクロムナイトを縛る。
     足止めと捕縛が重なった相手に、靱が攻撃を外す筈も無かった。流星の尾を引く蹴りが腰に命中し、また一つクロムナイトへ足止めが重なる。
    「鴉は貴方にとって不吉の象徴……白い翼に惑わされる事勿れ」
     白い翼をはためかせながら、アーデルベルトはクロムナイトの正面へ回り込む。顎を狙った拳は避けられたが、雷の加護は迷い無く彼を包んだ。
     クロムナイトがバックステップを踏み、前衛の前へと躍り出る。剣は仄青い輝きを宿して、真横に振り抜かれた。
    「減衰してこの威力か……」
    「対策して来て正解だったみたいだね」
     華流からの風を受けながら、シンは清香に頷いて見せる。ふるふると首を振ると、氷のかけらがきらめきながら散った。
     クロムナイトに接敵するマサムネの後を、靱の紡いだ妖気が追う。高速回転した杭が銀の鎧を貫くと同時、胸に直撃したつららがクロムナイトを凍て付かせた。
     すいと風を切ったのは、穂先に羽を宿したティルメアの槍。鳥を思わせる槍は妖気を作り出し、クロムナイトを包む氷を厚くする。戒理からも妖気が紡がれて、真白く凍て付いた鎧が物悲しい音を奏でた。
     アーデルベルトのエアシューズが炎をまとい、クロムナイトの脇腹を強かに打つ。紅蓮の炎が生まれ、氷と混ざり合ってしゅうと奇妙な音を鳴らした。
     それを不快に思った訳でもないだろうが、クロムナイトは剣を掲げて吼えた。禍々しい光が一瞬弾けて、灼滅者たちの与えた戒めのいくつかが取り払われる。
     仲間たちの様子を見ながら、華流は風を呼ぶ。ぱきぱきと軽快な音を立てて、アーデルベルトを包んでいた氷が消え去った。
     清香は手首をしならせ、ウロボロスブレイドを振るう。運命裂きの名を持つ刃が巨躯に絡み付き、ぎちぎちと締め上げる。続けて縛霊手を振り上げたのはシン。無骨な爪の先が青い肌に食い込むのと、網状の霊力がクロムナイトを縛るのとは、ほぼ同時だった。
     ティルメアの足元から、影の鳥が音も無く飛び立つ。くちばしを刃へと変えた鳥は、クロムナイトに喰らい付く。氷が冷たい音を響かせ、銀の鎧の一部を砕いた。戒理の掌から強酸性の液が飛ぶ。
    「人の心を持たない殺戮機械にオレの歌声、届いてるか?」
     クロムナイトをまっすぐに見据え、マサムネは歌う。その隣で靱が、オーラを癒しの力に変換し、仲間の氷を砕いている。
     アーデルベルトのオーラキャノンを受け切ったクロムナイトは、またしても前衛を跳び越えた。剣が振り上げられるより早く、シンが動く。拘束服の肩がざっくりと裂けた。
     すまないと詫びる華流に、シンは笑って見せる。
    「大丈夫、掠り傷だよ――守ってみせる」
     まだ、倒れるわけには行かない。祭霊光を受けながら、彼女は妖の槍を繰る。次いで、ティルメアの槍が螺旋の捻りを得てクロムナイトの背を氷ごと貫いた。


     森の中に、電子音が響く。灼滅者たちの間に緊張が走った。
    「大丈夫、まだ5分だよ!」
     クロムナイトの攻撃を受けてなお、ティルメアは人懐こそうな笑みを崩さない。仲間に心配をかけまいとするかのように。体のあちこちには氷が張り付き、防具の一部は鋭く裂けていたが、まだ戦える。
    「すまない、敵の攻撃が熾烈だ! ディフェンダーは自身でも回復を頼む!」
     セイクリッドウインドを吹かせる華流の叫びに、了解の声が上がる。前衛のあちこちで癒しの光が弾け、氷のいくつかが消えて行く。
     清香のバベルブレイカーが唸りを上げて、脇腹の肉をねじり切る。クロムナイトが呻きに似た音を出し、彼女の方へ体を向けた。
    「5minutes……! クッソ手こずらせやがって!」
     マサムネは舌打ちしたい気持ちを堪え、氷の上からバベルブレイカーの杭を突き立てる。がしゃんと大きな音がして、クロムナイトの背が少しだけ反った。しかし倒れるには至らない。
     仲間の方へ気遣わしげに顔を向けた蓮華は、次の瞬間には白いフリルを揺らしてクロムナイトに接近している。踊るように繊手が動き、ぎらつく刃に傷が付いた。サクラが翼を羽ばたかせ、肉球パンチをお見舞いする。
    「此処を通させはしない」
     わずかに身を屈め、アーデルベルトは右の拳を握り締める。
     クロムナイトに理解出来る知能があるとは思えないが、鴉は元は白い――吉兆を呼ぶ鳥だ。敵に不幸を。そして仲間に吉兆を。この翼は、簡単に折れはしない。雷をまとう拳が、クロムナイトの顎を強く打ち据えた。
     よろめいたクロムナイトは足を踏ん張って体勢を立て直し、後ろに跳ねた。剣が真横に振られる。氷の涼やかな音に混じって、清香が呻いた。土に鮮やかな血が落ち、その上に重なるように彼女が倒れる。華流が歯噛みして、聖なる風を森に吹かせた。
     シンの縛霊手が厚い氷の上からクロムナイトを鷲掴みにし、霊力の網が喰らい付く。よろめいた隙に鎧ごと青い肌を貫いたのは、ティルメアのダイダロスベルトだった。クロムナイトがたたらを踏む。
    「簡単に通すわけには行きませんよね」
    「こちらとて、力が伸びていないわけでは無いからな」
     靱の飛ばした強酸性の液に、戒理の妖冷弾が重なる。短期決戦を目指してはいるが、最優先は一般人に被害を出さないこと。ここを通すわけには行かないのだ。
    「沈みなさい」
     高らかに響くマサムネの歌声を聞きながら、アーデルベルトは蹴りを放つ。魔力の氷に苛まれるクロムナイトへ、新たに炎が刻まれた。
    「また後ろに飛びます!」
     靱の言葉が終わるより早く、クロムナイトがまた跳ねる。火の粉を散らしながら振り上げられた剣は、華流の肩を裂く。解除し切れなかった氷が彼女の細い体を蝕んだ。
     シンの槍が弧を描き、妖気のつららを紡ぎ出す。直後に響き渡った冷たい音は、まっすぐに飛んだつららが命中したことの証。凍て付くクロムナイトの体が、大きく揺れた。
     螺旋の捻りを得たティルメアの槍は、まるで羽ばたいているかのよう。翼持つ槍はクロムナイトの胸を正確にえぐり、氷の爆ぜる涼やかな音を響かせた。銀の鎧がひび割れる。
     戒理はそのひび割れ目掛けて、踵を振り上げた。流星の尾を引きながら放たれた蹴りは、クロムナイトの腹を正確に捕らえる。派手な音を立てて、鎧の一部が砕け散った。
    「潰してやんよ! 量産型!」
     音も無く刀身を伸ばしたのは、マサムネのウロボロスブレイド。いくつにも分かたれた刃がクロムナイトを縛る。ひび割れた氷の隙間から、どす黒い血が滴った。
     ぽんと地を蹴った靱の後を、アーデルベルトが追う。流星の蹴りとオーラキャノンが同時にぶつかり、刃と氷に縛られたクロムナイトの体が大きく傾ぐ。
     だん、と今までよりも大きな音を立てて、青の巨体が跳ぶ。だが、それが最後の跳躍であることを、灼滅者たちは見抜いていた。
     風の通りぬけるようなつめたい音を響かせ、クロムナイトは剣を横に振り抜いた。しかしクロムナイトはその動きに自ら耐え切れなかったかのように、巨躯を大きくぐらつかせる。
     頭を振って顔に張り付いた氷を散らし、シンが跳ぶ。
    「――さあ、これでお終いにしよう」
     縛霊手を振りかざす手は荒い。けれど彼女は、力をつけて来た娘だった。腕型の祭壇が割れた鎧の隙間から直に肌をえぐり、屠る。
     ばたばたと血を滴らせ、仰向けに倒れたクロムナイトは、やがて溶けるように消えて行った。


     二度目のアラームが鳴ったのは、クロムナイトが消滅し、灼滅者たちが一息をついた後だった。脅威の去った森は静けさを取り戻し、戦闘中は聞こえていなかった音が灼滅者たちの耳に届く。
    「しかし……解せないな」
    「何がだ?」
     清香を助け起こしながら問う華流に、戒理は朱雀門の狙いだと告げた。
    「戦うだけなら朱雀門にも色々といるだろうし、その方がデータの回収も容易だろう。何故わざわざリスクの有る手を選ぶ?」
    「確かに、こちら側も、一定程度クロムナイトの現在の性能を掴むことが出来るわけですからね」
     まだ、隠していることがあるのか。それとも、奥の手があるのか。靱は顎に手を当て暫し考え込んだが、明確な答えは得られそうにない。
    「まあ、オレらのデータは渡さずに済んだんだ。後のことは帰ってから考えようぜ」
     マサムネの言に、皆が頷く。
     クロムナイトは灼滅され、村の平和は守られた。今はそれだけで十分だろう。
     また、遠くで鳥の鳴く声が聞こえた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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