爆炎を灯火に

■リプレイ

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　夜、黒い森を目の前にルーパス・ヒラリエス（ノーストリリア・d02159）はため息混じりにこぼした。
「大体動物逃げちゃってるなあ……コレ。しばらく回復に掛かりそうだ」
　昼であろうと夜であろうと、自然の中には命の息吹が感じられるものだ。そこに、静寂はない――はずなのに、今はその気配が完全に息を潜めている。野生の動物というのは、人間では想像もつかないレベルで気配に敏感だ。今、この森を進む存在がどれだけの脅威なのか？　狩猟を嗜むからこそ、ルーパスには理解出来た。
　その静寂が、破られる。最初の起こりは、遠くから響く地響きだった。
「来るぞ各々方、構えよ！」
「そのようですね」
　森の奥から迫る気配にワルゼー・マシュヴァンテ（松芝悪子は夢を見ている・d11167）が告げ、アルジェント・ヴィザルト（銀の死を舞う華・d20673）が身構える。
　ザザン！　と木々を飛び越え、炎が夜空を駆けた。そのフォルムは山猫のようであり、体長は四メートルほど。赤く長い尾を含めれば、六メートルを優に超える獣の姿の炎が、ドゥ！　と灼滅者達の前に着地する。
「……と、此の先は……通行止め。ですよ？」
「ぜったい、ここから先は通さない、の……！」
　ヘッドライトの電源を入れて月見里・无凱（深淵揺蕩う銀翼は泡沫に・d03837）は言い捨て、栄・弥々子（砂漠のメリーゴーランド・d04767）も震えを押し殺して言った。弥々子は思う、ダークネスさんと対峙する瞬間はいつまで経っても慣れないなぁ、と。自身よりも明確に強大な存在の気配は、頭ではなく本能が察するものだ。ましてや、イフリートという巨大な生命は、わかりやすく恐ろしい――足がすくみそうになるのも、仕方がない事だった。
「見た目はふさふさやけど、どうにも強敵なようやから、気ぃ引き締めて行かなあかんな！」
「この先には行かせんぞ。どちらの焔が上か、勝負といこうかイフリート！！」
　逢坂・啓介（赤き瞳の黒龍・d00769）が笑い、嵯峨根・亨（業火焔舞・d03496）が血の滾りのままに吼える。アルジェントは、その時知る――ESPサウンドシャッターの発動を。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ！！』
「死と共にありて――咲き誇れ！」
　同時、柊・玲奈（カミサマを喪した少女・d30607）がスレイヤーカードを開放、制服姿から喪服を模したドレス姿に姿を変える。イフリートが、地を蹴った。尾がヒュオン！　と風を切る――炎の蛇がごとき尾が、灼滅者達を強襲した。

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「さぁ、行こうか」
　イフリートのブレイドサイクロンの中から、ゴォ！！　と炎の翼が広がった――亨のフェニックスドライブだ。
「ほな、いっちょ真向勝負と行こか！」
　炎の中を、啓介が駆ける。刀に宿る影、啓介は鞘走りで加速させたトラウナックルの斬撃をなぎ払った。イフリートは、構わず牙を剥く――その顔面に、ライドキャリバーのエクシーが突撃した。
（「こわい、こわい……けど、こわいのはちょっとだけ、ちょっとだけなの」）
　弥々子は、少しだけ大きく息を吸う。そして、震える手をギュっと硬く握り締めた。
「絶対に負けない、んだもん……！」
　駆け込み、弥々子は異形の怪腕で殴りかかる。ドォ！　と弥々子の鬼神変が、イフリートを強打した。だが、イフリートが止まったのは一瞬だ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ！！』
　啓介と弥々子が、左右に散る。イフリートは地面を蹴った勢いそのままに、前進した。獣の躍動するその動きは、背筋が凍るほど美しい。殺すために疾走するからだ、壊すために駆けるからだ――その美しさには、常に不吉が付きまとうからこそ、人は魅入られる。
「暴虐の獣に説くことは無し、速やかに常世へ導いてくれよう！」
　そこへ、迷わずにワルゼーは突っ込んだ。ヒュオン、と槍を振るい、ワルゼーは螺旋の軌道を描いて突き出した。ギ、ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ！　と文字通り歯で食い止めたイフリートと、ワルゼーの槍が火花を散らす。
　イフリートは、そのままワルゼーを地面に叩き付けようと駆けたまま頭を下げた。それに、ワルザーは素早くイフリートの顔面を蹴る。
「っと！！」
　そのまま、ワルゼーは上に逃れた。イフリートは、地面に頭突きをする。バキバキバキ！　とむき出しの地面に亀裂が走った。
　そこへ、手の甲に刻まれた竜の刻印を光らせアルジェントがすかさず間合いを詰める。音もなく伸びたStigmaが、イフリートの首へと絡み付いた。
「飼いならすのは……ちょっと難しそうですけれど」
　まるで首輪のように繋ぎ止められたイフリートが、それに抗う。大きく跳躍したイフリートに、アルジェントは引きづられそうになる――そこへ、玲奈が跳び込んだ。
「无凱さん！」
　全体重を乗せた縛霊手の殴打、玲奈の縛霊撃がイフリートを捉える。霊力の網がイフリートの顔を覆う瞬間、无凱が夢幻香炉華をカランと揺らし駆け込んだ。
「レッド……」
　強靭な赤銅色の青銅となった无凱の夢幻香炉華が、イフリートを切り裂く！　イフリートは、大きく横へ跳んで間合いをあけた。
「別に恨みもなにもないけど……足元に積んであげよう」
　ルーパスの交通標識がイフリート出没注意の黄色標識にスタイルチェンジ、イエローサインにより回復と耐性の力を仲間達へ宿していく。その間もイフリートは、ジリジリとその毛並みから火の粉を吐き出していた。
（「ようやく、狩猟者になったか」）
　もはや生態系にさえ組み込まれない絶対王者、圧倒的に蹂躙するだけの存在――ルーパスがイフリートから感じた印象は、それだ。そして、その印象が変わる。絶対王者が自身に牙を届かせられる者だとこちらを認めた、その事を気配から察した。だからこそ、こちらを狩るために全力を出してくるのだ、と。
　狩る者と狩る者――灼滅者達とイフリートの戦いは、加速していく。

●
　人里近く、その戦いは熾烈さを増していく。
「来い」
　眼前のイフリートへ、亨は言い捨てた。亨には、学園に来る前に一度闇堕ちした経験がある。未だに自らの中にもイフリートを感じる――また、闇堕ちのショックで記憶を失ったためイフリートという存在は、亨にとって憎しみの対象だ。
　その敵が、眼前にいる。亨は、ロケットハンマーを横回転の遠心力と共にイフリートへ叩き付けた。
「やれ！」
「おう！」
　亨の声に、啓介が腕を振り払う。ヒュガッ！　と放たれたレイザースラストがイフリートへと突き刺さった。そこへ、ガガガガガガガガガガガガン！　とエクシーの機銃掃射が重なる。イフリートが、一瞬身構える――その一瞬があれば、アルジェントには十分だった。
「ここ――です」
　赤い双眸が、闇に軌跡を描く。アルジェントはガッ！　とイフリートの背へと銀のブーツで降り立つと影でイフリートを縛り上げた。
「ボクの目が開かれているうちは許しません」
　ミシミシミシ、とイフリートの筋肉が、軋みを上げる。しかし、イフリートの尾は止まらない。
「来る、よ……！」
　弥々子の警告に、仲間達は身構える――ザン！　と地面へと尾が突き刺された刹那、衝撃のグランドシェイカーの衝撃が地面を揺るがした。
「――ッ！」
　アルジェントが、後方へ跳ぶ。しかし、再行動したイフリートの尾が炎に包まれアルジェントを追った。そのレーヴァテインの一閃から庇ったのは、ルーパスだ。
「させるか――！」
　ルーパスが、薙ぎ払われる。ザ、ザザザザザッ！　と靴底を鳴らしながらルーパスは踏ん張った。
「无凱さん、範囲回復を」
「……任せて、ください……」
　玲奈が祭霊光の霊力によりルーパスを回復させ、无凱はソウル・アゾットを振るいセイクリッドウインドを吹かせる。その風に押されるように、ワルゼーが跳び込んだ。
「侮るな、その程度で我が足が止まるとでも？」
　ヒュゴ！　とワルゼーの燃え盛る後ろ回し蹴りがイフリートを捉える。そして、弥々子とルーパスが、死角からイフリートの懐へ潜り込んだ。
「きみのしっぽは襟巻きによさそうだ、ねえ！」
　ルーパスの板バネを鍛造した粗雑な片手剣が薙ぎ払われ、弥々子のトゥキャップのウサギが地を這うように襲い掛かる。
「まだ、なの」
　ザザン！　と弥々子とルーパスの黒死斬が、イフリートの足を切り裂いた。しかし、牽制の尾の薙ぎ払いが二人を襲う。弥々子とルーパスが、後方へ跳んだ。
「手強いわね」
「ああ、そうやな」
　呼吸を整える玲奈に、啓介も言い捨てる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ！』
　イフリートが、吼えた。その闘志は、疲弊するどころか増すだけだ。だが、それは灼滅者達も同じだ。一瞬の気の緩みが取り返しのつかない結果を招く強敵――それが、目の前のイフリートだ。
　しかし、玲奈は思う。
（「ソウハクほどでは、ない？」）
　竜種になろうとしていたイフリートと比べた時、理性がない分目の前のイフリートの方が動きが『わかりやすい』と思えた。だが、状況が違う――組み易いから弱い、そういうイコールではないのだ。むしろ、相手には何をしようとして読まれても構わないほどの力があるのだから。
　二人のメディックがフル稼動して、一進一退の攻防が続く。その天秤を大きく動かしたのは、亨の一手だった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！！』
　イフリートが、迫る。その振動が、地面や大気を伝わって感じられた。亨は深呼吸を一つ、刀の柄を強く握る。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」
　イフリートの炎に包まれた尾の一閃を、亨は刀で受け止めた。ギギギギギギギギギギギギギギギギギン！　と刀と尾の接触で火花を散らし、亨は駆ける。焦がすような熱を感じながら相殺した亨は、そのままイフリートの眼前で横回転、炎を宿した刃で切り払った。
『ガ――！？』
　一瞬の怯み、それに亨が声を張り上げる！
「今だ！」
「行く、の」
　弥々子の掲げた怪談蝋燭から、赤い炎が飛んだ。着弾と同時、ゴォ！　と炎の花が咲き乱れる。その花へとアルジェントはStigmaによる光の糸を振るい、その花を増加させていく！
「花は咲き誇り、そして散るものです」
　そこへ、ワルゼーが駆け込んだ。炎の花園、その一つ一つをオーラが宿った拳が殴打していく。ドドドドドドドドドドドドドドドドド――、とワルゼーは連打し、最後の一発に渾身を込めて繰り出した。
「エターナルレクイエムッ！！」
　永久鎮魂歌、そう名づけた正拳突きがイフリートの巨体を吹き飛ばす！　宙を舞ったイフリートを、一つの影が追った。
「今回は特別製だ……貴様にソックリな影に喰われな！」
　イフリートとそっくりな无凱の影が、空中でイフリートの喉笛に牙を突き立てる。ガガガガガガガガガ！　と地面に、イフリートが押し付けられる――その先に回り込んだ玲奈が、クルセイドソードを構えた。
「人里に行かせないよ」
　ヒュオ！　と玲奈の神霊剣が、横一文字に放たれる。ザン！　と、イフリートが切り裂かれ、地面を転がった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！』
　怒りの咆哮と共に、立ち上がろうとするイフリートをエクシーの突撃が重なる。ギギギギギギギギギ、と互いに一歩も引かない押し合い、そこへ啓介とルーパスが同時に駆けた。
「これで終いや！」
「さよならだ」
　遠心力をつけた啓介のロケットハンマーの殴打とルーパスの片手剣の魂を斬り裂く一撃が、止めとなった。ゴウ！　とイフリートを炎が包み、火柱となる。その炎の音が断末魔となり、イフリートは燃え尽きた……。

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「山火事は危ないからね、気をつけないと」
　しっかりと炎をふみ消して、ルーパスが振り返る。弥々子は、ようやく安堵の息をこぼしてその場へとぺたんとしゃがみこんだ。
「今回も頑張れてよかった、の」
　恐くても頑張った、だからこそ緊張の糸が途切れたのだろう。玲奈は手を差し出し、弥々子を立たせてやった。
「本当に、守れてよかったわ」
　人里の少ない明かりを見やり、玲奈はこぼす。イフリートがあそこにたどりつけば、あの平穏が踏みにじられていたのだ……守れた、その実感がようやく胸にこみ上げてきた。
「しばらくはふさふさは勘弁やな」
　エクシーに跨り、啓介が言うと仲間達からも笑みが漏れる。灼滅者達は、その場を後にした。誰も知らなくても、彼等だけは知っている。一つの平穏が、ここに守られた事を……。

作者：波多野志郎	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年5月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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