卓上のロストナンバー

    作者:菖蒲

    ●Casino
     掌から毀れおちたチップの音に、正気に戻る。
    「あ、」
     負けたのだと理解するまで大凡、5秒。脳が酸素を受け入れて、ひゅ、と吸いこんだ瞬間に黒服のアンデッドが手招いた。
    「や、やめっ――」
     地獄からの呼び声の様に、背後から掛けられるのは何時もと変わらぬ皺がれた男の声。
    「お客様。ご機嫌麗しゅうございます」
     へらりと笑ったのはこの地下カジノには余りに似合わない年輩の男。無垢な子供の様な笑みがその外見とのアンバランスさを醸し出し――不気味、意外に言葉は無い。
    「貴方は中々に利口に戦った。その戦歴を讃えましょう――だからこそ、残念で仕方ありません。
     貴方が、この賭けのテーブルから辞してしまう……貴方と言う人が居なくなるだなんて――嗚呼、残念で仕方がない。涙が、うっ……うっ……」
     嘘泣きだろう、と軽口を叩けずに汗の溜まった掌に力を込めて男は俯いた。
     年輩の男は深く刻まれた皺と皺の間から瞳を細めてへらへらと笑みを浮かべる。テーブルに置かれたビデオテープはある意味で命綱。
    「社会的信用はどうなるでしょうね」
     背後から女を殴り倒す。通り魔的犯罪は男がつい最近行った物だ。
     震える掌は、「どすうれば」と声を絞り出す事で精一杯で。生活を壊される前にと不安に満ち溢れた眸を細める彼へと支配人たる男は告げた。
    「大丈夫ですよ。これ以上の犯罪を撮影して提出するだけでいいのです。このビデオは返しますし、差額のチップをお渡ししましょう」

     卓上から下りる事は許されない。男は、小さくYesを絞り出した。
     
    ●introduction
     鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が、札幌で六六六人衆の斬新京一郎による新たな動きを発見したとの一報が武蔵坂に駆け廻る。
    「札幌のすすきので地下カジノを運営してるらしいの。でも、カジノは斬新なの。
     斬新だけに、普通じゃないの。お客様に犯罪を起こさせて、その犯罪をチップに変換する、らしいの」
     カジノで遊ぶ為に犯罪を起こしていく。負けてチップが無くなれば、犯罪の証拠ビデオは警察の手に渡ると脅され――繰り返し、犯罪を続けていくという形式は合理的だと不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は頷かずにはいられない。
    「カジノで遊ぶ為に犯罪を犯していくから、一般人が闇堕ちしちゃう――かもだし、もしかしたら、犯罪者として優秀な一般人の配下が欲しいのかも?」
     こてん、と首を傾げる真鶴はカジノへ潜入し、支配人たる六六六人衆と彼の連れる配下アンデッドを灼滅する事を目的にして欲しいと告げた。
    「支配人は優しげな小さなお爺様なの。でも、六六六人衆だから気を付けてね。
     ええっと、名前は『楔埜・小路』と名乗ってるそうなの。彼と接触する為にはカジノに潜入しなくっちゃ」
     その為には犯罪を犯す必要がある――言い辛そうな真鶴は悩ましげに「ポイ捨てとか……かな」と告げる。犯罪の度合いによってチップの枚数が変わるという。最初は敷居を下げ、より多くの客を誘いこむ事が狙いである以上は一寸したルール違反程度でも良いだろう。
    「支配人は何時もは奥に隠れてるし、皆には客として潜入して貰うから、簡単なのは負けて呼ばれる事……あとはその辺りでイチャモンつけてみるとか」
     かしら、と首を傾げて。真鶴はアイデア次第でもっと呼び出す方法があるかもしれないのと灼滅者達へと笑みを零した。
    「えっと、それでね、楔埜は4体のアンデッドを配下として連れてるの。
     特殊メイクって通してるらしいけど、本物のゾンビさんなの。怖いのね」
     周囲には一般人も存在しているのも気がかりだ。戦闘になれば逃げ出すだろうが、この様なカジノに手を出さないようにと説得できる事が出来れば最善であろう。
     真鶴曰く、客の中には小さな子供も存在している様だ。万引き等で、カジノへと訪れお小遣い稼ぎをしていると言った事だろう。
    「本社を潰されてもしぶとく芽を出す……斬新すぎて、驚きなの。
     でも、見過ごせないの。そういえばね、すすきのってSNK六六六のアリエル・シャボリーヌの拠点……だし、この地下カジノを通じて――なんてのがありえるかも、しれないの」


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    風花・蓬(上天の花・d04821)
    白石・翌檜(持たざる者・d18573)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)

    ■リプレイ


     不良八人グループによる犯罪の査定は――「所謂、条例違反……でしょうかね?」の言葉で締め括られる。
    「初めての入店との事ですので、斬新な賭博を是非楽しんで頂きたく思います」
     三日月を描く下卑た笑みに眉根を寄せた風花・蓬(上天の花・d04821)は「査定感謝します」と頭を下げる。
     丁寧な物腰の彼女らの起した犯罪は壁への落書きやコンビニエンスストア前での座り込み行為等の迷惑行為と呼ばれる行いだろう。携帯電話のアドレス帳へと視線を落としながら登録された仲間達の名前を確認する榎本・哲(狂い星・d01221)の隣を小さな子供がすり抜ける。
     現金ではなく犯罪をチップに換金する形式の『斬新カジノ』では成程、小さな子供の来店も多いのだろう。
    「うわ、ホントにガキまで居やがる」
     世も末だと呟く白石・翌檜(持たざる者・d18573)は頬を掻く。過度な犯罪は真鶴の教育上宜しくないと呟いた世話焼きの青年の視線はこの場の雰囲気に慣れぬ蓬や、セトラスフィーノ・イアハート(夢想抄・d23371)へと向けられていた。
     描く英雄譚の雰囲気を身に纏い、長い銀の髪を揺らすセトラスフィーノは不快感を胸の奥に隠し、俯く。
     噎せ返る煙草の香りに、鼻につんとついた酒の臭い。賭博場独特の雰囲気に酔う事も無く立つ彼女の足元できなこが心配そうに小さく鳴いた。
    「――さて、山分けしていきますか!」
     楽しもうと背を伸ばし愛猫を一瞥した風宮・壱(ブザービーター・d00909)がルーレット台へと歩を進める。
    「いいねぇ」と軽口を叩いた哲は雰囲気に気圧される事なく普段通りの笑みをへらりと浮かべ、壱と共に店内へと進みゆく。
     出口のチェックと脱出ルートの視認を終えた佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)は賭博に興じる事無い蓬とセトラスフィーノをカジノ内のバースペースへと誘い、カードを使うテーブルへと歩を向ける。
    「すすきのねぇ……」
     生まれは札幌。すすきのには訪れる事は無くとも名草にとっての故郷である事に変わりはない。
     胸の奥に燻ぶる想いを飲み込んで没個性の笑みを浮かべた彼は「お願いします」とゆっくりと腰かけた。
    「おおーカジノ! 賭博はだぁい好き」
     眸を輝かせて見せたレイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)はもっとマトモな所なら良かったのにの言葉を飲み込んで喧騒の店内を見回した。
    「それでしたらもっと斬新な犯罪をお持ちいただければチップをサービス出来ますが」
     レイッツァの声に付けくわえられたディーラーによる『アドバイス』。曖昧に笑って見せた彼は一本に結い上げた赤紫の髪を大きく揺らし「また今度」と悪戯っぽく笑みを浮かべるだけ。
    「コール」
     じゃらり、とチップを並べたセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は鮮やかな紫の髪を腰まで伸ばし、夜色の瞳に笑みを乗せる。嘗て、上帝と呼ばれた祖父の名に恥じずぬよう――鷲の少女は「堅実と言う言葉は私の辞書に存在しない」と笑みを浮かべた。


     不正行為を働いてるのでは、と従業員へと声をかけた蓬の視線は大儲けを見せるセレスへと向けられる。
     堅実なゲームを行い続けるレイッツァの視線の先でも派手に稼ぐ翌檜の姿がやけに目立った。
    「あちゃー」
     一喜一憂が解り易い名草は従業員にマークされるセレスや翌檜へ向けての言葉なのだろう。大丈夫かな、と他の客の興味をそそる様に告げる彼の声を携帯電話越しに聞きながらセトラスフィーノは足元のきなこと共に猫の主人へと視線を向けた。
    「おいおい……」
     チップの山は崩れている。頬杖をつき、気怠そうな雰囲気の哲の声に壱がワザとらしく肩を落とす。
    「どうすんだ? 俺のチップも使い終わっただろ?」
    「でも、ほら、まだ皆にもチップは残ってるし!」
     榛色の髪に落ちた薄暗い照明は気味の悪さを感じさせる。へら、と笑った壱の耳を飾った赤いピアスは遠巻きに見つめるセトラスフィーノときなこの目にやけに鮮やかに映った。
     情報収集を主体として行うセトラスフィーノに目ぼしい情報はゼロ。愛用の赤いリボンと対称的な青を揺らし、ファンタジー世界の賭博を思い返して彼女はテーブルの上に置かれたアイスコーヒーへと視線を落とす。
    「お嬢さん、ほら、黒服が来ましたよ」
    「黒服?」
     汗を掻くアイスコーヒーの中で氷がからんと音を立てる。

     失礼、と席を立ったセレスの傍らに立つアンデッドの姿は明らかに奇形そのものだ。特殊メイクでカジノを賑やかしの趣旨を感じさせるが――灼滅者達にとってはそれが『本物』であることを嫌でも理解させられる。
    「イカサマされたか?」
    「さあ……存外、『賭け』すぎただけかもしれませんが」
     ちら、と視線を向けるセレスと蓬の前でくすくすと笑ったレイッツァは「楽しかったよね」と雰囲気に負けぬ好奇に濡れた眸を細める。
     カードゲームには自信があったのだろう。勝ち過ぎず、負け過ぎず、五分五分の勝敗で一般人達と渡り合ったレイッツァはその陽気な雰囲気からは感じられぬ素頭の良さを手札で蓬達へと実感させていた。
    「壱君がジョーカーだったのかな?」
    「壱君だけではないようだけどね」
     掌を宙にひらりと浮かせる名草もチップを全て擦ったのだとその眸を細める。
     遠巻きに哲と壱を視界に収める名草は『初来店の不良グループが豪勢にチップを使用した』のだと店側に印象付ける様に翌檜を呼んだ。
    「お客様」
     冷やかな声が翌檜へ掛けられる。ディーラーからのイカサマ疑惑に彼は開き直った様に鋭い眼光を細めて「何が悪い」と問い掛けた。
    「イカサマして悪い事でもあるのかよ、どうせお前ら全員犯罪者だろ?
     何ならこのビデオもチップに変えてやろうか? 全員分まとめて、結構な額になるだろうさ」
     その言葉はあまりに、挑発的。彼の傍に進み寄ったレイッツァも「楽しい事してるねぇ」と言葉に付け足す様に告げて見せる。
    (「――これなら、無事に呼ばれるだろうな」)
     頷くセレスは携帯電話から聞こえる壱と哲、ディーラーの声に耳を傾ける。
    『それではお客様、奥へ』
    『だとよ、そろそろ行くか』
     只、静かに事が動いていると彼女らは悟る。
    「イカサマ? 覚えがねーな。さっきのは例え話だよ」
     ――その言葉は、ある意味で奥への切符を勝ちとるが為の勝負。
    「証拠でもあんのか?」


     奥へとアンデッドに引き摺られる壱と翌檜。遠巻きながらも彼等を追い掛ける灼滅者達は周囲の一般人へと視線を配り不安を抱く。
    「おい、お前さ」
     ぶわ、と周囲へ広まる王者の風。周囲を牽制する哲は傍らで座り込んだ一般人の茫とした眸を覗きこみ言葉を選ぶ様に唇を震わせる。
    「おもしれーことが好きだっつのはわかるけどよ、痛い目見るほどやるならそれなりの覚悟っつーかなぁ。
     それで自分ダメにするくらいならいーけどよ、他の奴巻き込んでたら……そら、罰されるわな」
     へら、と笑みを浮かべのらりくらりと進む彼らしからぬ言葉に本人が戸惑ったのか無気力な一般人はこくりと小さく頷くのみ。
     この場での賭博をも脅しに変えていた翌檜の周囲の一般人は騒ぎに紛れて逃走を図る。事実、この場での非日常的空間が日常に漏れだす事を恐れる人間は多かったのだろう。
     地下のフロアでは逃げ出す為の出入り口は余りに少ない。戦闘開始前に出来得る限りの説得と、社会復帰を促しながら被害を軽減する考えを持っていたのだろうレイッツァは無邪気な笑みを浮かべたままに一般人へと擦り寄った。
    「自分の欲を満たすためにやった犯罪で、困った人・傷ついた人が発生するとは考えなかったの? 因果応報って言葉、覚えておいた方が良いんじゃない?」
     表情からは考えもつかない鋭い言葉はあまりにも辛辣その物。陽気な彼の言葉にぐ、と言葉を飲みこんだ小さな少年達は涙目ながらもフロアを後にする。
     不良そのものを演じていたセレスは「全く……」と小さく呟く。
     斬新・京一郎のアイデアは正に『斬新そのもの』で、碌でもない。
    「……灼滅者として普通のヒトを助けたいって思えばこそ――金欲だとか、犯罪だとか。ヒトの昏い部分を見せられるのは、ちょっと辛いものがある、な」
     ぽつりと呟いたセトラスフィーノは普段の幼げな表情の上に、一つ大人びた言葉を乗せる。愛らしい少女の姿は、英雄譚に変わり――静かに、奥の部屋の扉を開いた彼女は宵闇の上で踊った。

    「ご機嫌よう。私、このカジノの支配人をしております――」
    「存じてますよ、っと」
     焔の色のグローブを手に嵌めて、地面を蹴り上げる。壱が前進し、言葉を最後まで告げる事の出来ない楔埜の身体へと飛び込んだ。
     ぞろぞろと後方から入る黒服へ視線を向けて翌檜が小さな舌打ちを零すと同時、ぎらりと煌めく刃一太刀、月を思わす金の瞳が鋭さを帯びて黒服アンデッドの身体を切り裂いた。
    「天ツ風――いざ、参ります」
     ふわ、と舞う英雄。『私』が『わたし』となったその実感は踏み込んだ一歩で良く分かる。憧れの主人公のイメージさえも具現化する様に影と共に踊り前線へと飛び出すセトラスフィーノが「知ってる?」と小さく笑った。
    「英雄譚(ファンタジー)ではね、囚われの客(おひめさま)は救いだされるんだよ」
     鮮やかな唇に乗せた言葉は音色のよう。讃えた笑みに重なった鋭い一撃は艶やかなその毛並みを惜しげなく晒したセレスの一撃。
     産まれ得なかった世界の残滓を宿した槍の一撃が残す軌跡に重ねた青い軌跡。
     鋭いエンジン音と共に飛び込んだ名草は「行くよ、轟天――狼藉者たちを叩きだそう」と唇に笑みを乗せる。
     抑圧から始まる――名の通り、全てを壊し始めんとするロケットハンマーを背負い上げる。
    「逃げられないよ、自分である限り自分の心からは」
     刻み込んだ心的外傷と共に部屋の奥から「云」と只、小さく呟いた楔埜が飛び出した。
     後方へと届かんとさせる鋭い殺気にびりりと膚が痺れたかの様な錯覚が襲い掛かる。渦を作る様に、勢いを纏ってアンデッドへと突き刺した哲が後方へと飛び退き頬へついた汚れを払う。
    「お楽しみはこれからってか?」
     過去も未来も点在していない――『今』だけを見据える青年にとって、楔埜の一撃は『現在』という点を思い出させるかのように鮮やかで。
    「無論、お客様、困りますよ? この場で暴れるのは問題行動です」
    「よく言うぜ」
     唇に乗せた笑みをそのままに、彼は狙い穿つ。
     鋭い刃を翻し、只、切り裂く蓬の唇が笑みを描いた。アンデッドの体すら通り抜け、前線に待ち構える六六六人衆のその笑みを崩すが為に。
    「何言ってんだよ? 支配人」
     蓬の背後から顔を出した翌檜の指先できらりと宝石が一つ光る。契約の指輪は魔力を帯びて妖しい色を見せ――翌檜は仲間達へと癒しの手立てを送り笑って見せた。

    「罪の上乗せだ。代価(チップ)はアンタの命でいいぜ?」

    「――小癪な」
    「勝負を挑む相手を間違えてたんだよ、ねっ?」
     に、と唇が弧を描く。三日月は只、絶望を運ぶ様で。
     バトルオーラを纏ったレイッツァが地面を踏みしめ、アンデッドを一人壁へと打ち付ければ、攻撃を受けとめ続けたセトラスフィーノの眸が柔らかな光りを帯びた。
    「わたしは、知ってるよ」
    「何を」
    「――罪は、何も生み出さないって」
     言葉の端に乗せられたのは途惑い。灼滅者として救わねばならないと誓った一般人の罪を見せつけられたその瞬間に出た、惑い。
     セトラスフィーノの足がぴたり、と止まりかけたその瞬間をセレスは気付いた様に身を投じる。
    「彼らにとって、一時の快楽がその身を滅するとは解らぬものだ。
     人間の業が具現化した形――それが楔埜・小路だ」
     業(ダークネス)はくつくつと笑みを浮かべる。セレスの言葉に、セトラスフィーノの惑いに。
     その言葉さえ名草は振り払う。伸び上がる影は只管に『恐怖心』だけを運ぶ様に。
    「僕らは闇を見て闇と共に――影は常に傍にある」
     朗々と歌い上げる声と共に攻撃を庇う轟天のエンジン音が響き渡たる。
     たっぷりとお腹を揺らすきなこが彼等の補佐を行えば飼い主たる壱が前線へ向けて、焔を纏った鋭い蹴りを落としこむ。
    「ちょっと痛むよ?」
     冗談めかして告げた彼の幼い笑みと共に消えるアンデッド達。顔を紅潮させ前線へと飛び込む楔埜の蹴撃を受けとめて、振り仰いだ轟天の背後から哲の拳が食い込んだ。
    「『ちょっと』? 大分の間違いだろ」
    「そういや、そうかも」
     くす、と笑う壱へ目配せし、哲が続けざまに一撃投じる。
     影と共に宙を踊った名草が楔埜の動きを封じれば、叱咤する様な一声が宙を待った。
    「貴様らッ」
     男の顔が、みるみる赤く紅潮していく。怒りを露わにした老人は歯を剥き出しにし、前線で攻勢に転じる蓬へと襲い掛かった。
     滴る赤が蓬の頬を汚す。刃を翻し、踏み込めば、入れ替わる様に殺人技法が襲い来る。ぬめる液体さえも彼女にとっては只の『雨』と同じ。
     戦いに身を投じる様に踏み込む、蓬がステップを踏み、上体を逸らせば後方から飛び込んだレイッツァの刃。
    「言ったよね? ――勝負相手は、良く見てね……ってね」
     隙だらけ。油断をその身すべてに宿して居た楔埜の胸へと深く突き刺さる刃へと重ねる様にセトラスフィーノの一撃が飛びこむ。
     くる、と体を翻す唇にへらりと笑みを浮かべた哲の唇は、彼へと最終宣告を言い渡した。
    「仕舞いにしようや」
     伸び上がった槍の穂先が静かに男の身体を地へと打ち付ける。
     瞬く壱の目の前に、もはや老人の姿は存在しない。
    「ご来店、どうもありがとうございました。
     またのお越しを――お待ちしてはいないかな?」
     にこりと浮かべた笑顔の向こう、名草は気に掛かる言葉を思い出し考える様に目を伏せる。
     アンデッドが配下で存在していた事は地下鉄事件との関連があるのだろうか、斬新京一郎が札幌の六六六人衆に与える影響の大きさは計り知れない。
     セトラスフィーノが情報を収集線としたアリエルの件も気には掛かる。
    「……往く所、謎ばかりだな」
     呟く声に返すものは誰もおらず。
     伽藍堂のカジノ内は、人の気配を失ってもまだ動き続ける騒がしい機械の音だけが木霊していた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年5月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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