百舌鳥は虚数空間上の空を飛べるか

    作者:日暮ひかり

    ●scene
    「……でさぁ、マジウケんだって! その後あいつ何て言ったと思う? それがさぁ……」
     俺が喋るたび、車内の友達皆が手を叩いて爆笑する。当たり前だ、話を盛りに盛ってるんだから、盛り上がってくれなくちゃ。一人、また一人と途中で下車し、最後に残った乗客は今日も俺一人だ。
     やっと入学できた某市の高校から、最寄りの駅まで電車で片道二時間。ただし、乗り換えがうまくいけば。で、そこから更に歩く。
     電車を降りると毎日、魔法が解けたような気分になる。
     俺が生まれたのは何もない田舎だった。見渡せば360度、山、山、田、山、田、田、山、たまに川。水と空気と星が綺麗なことだけが自慢だ。
     人気のショップ。お洒落なカフェ。カラオケの巨大チェーン。いくら行きたくったって世界が違う、遠すぎる。
     遅れて放送される東京のテレビ番組を観ながら、毎日思う。
     そんな風に少し落ち込んだ時、俺はパソコンに向かう。
     ここなら俺は何にだってなれる。狭い田舎のつまらない高校生なんかじゃない、誰もが認める何かに。
     
     例えば、裕福な一家の天井裏に住み、その赤裸々な実態を観察し続け餓死したストーカー。火を愛するあまりガソリンスタンドへの放火を繰り返し、最期は自分に放火して壮絶な自殺を遂げた謎の少年。
     指一本で世界を切り拓く快感に夢中だった。俺の考えた最強に都会的な都市伝説を、俺は次々ネット上に投稿した。中でも最近の自信作が『ハヤニエライダー』だ。
     ハヤニエライダーは黒いライダースーツの男。ある日バイクでスピードを出しすぎて衝突事故を起こし、交通標識に刺さって死んだ。モズの早贄みたいにな。
     それ以来、自分と同じ死に方をさせようと、交通標識片手に夜の街をさ迷い歩いている――と。どうだ、カッコいいだろ!
     とりあえず、友達に送信。
    『wwwwwwww』
     いつもと同じその返信を読んで、不意に泣きたくなった。
     俺はこんな田舎で、こんな必死こいて、何やってるんだ……?
     部屋の姿見をふと眺めて――気づいた。自分がいつのまにか、黒いライダースーツを着ている事に。
     なんだ、やっぱ俺、全然間違ってないじゃん。そうだ、誰か殺してこよう。
     誰でも良い。そうすれば、噂は本当になる。もう誰も、俺の事を笑わなくなるんだ!
     
    ●warning
    「最強に都会的な都市伝説、ね……」
     彼は非常に何か言いたげだったが、察せ、とばかりに眉間に皺をよせ、瞑目するのみだ。
     タタリガミに闇堕ちしかかっている少年の名は、行村翼。
     高校一年生だ。彼には灼滅者の素質があるかもしれない、と鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は言う。
    「行村はネットを介し、自作の都市伝説の噂を撒き散らしていた事が高じてタタリガミとなった。日頃から注目される為に嘘を重ねる癖があり、大嘘つきとして有名だったようだな。何はともあれ、その行為の愚かさは一度正面から突きつけてやった方が良いように俺は思う」
     その上で、地元にコンプレックスを抱く翼の心情や境遇にもある程度理解を示してやれれば、人間の心を取戻す可能性が高い。説得が成功したら、あとは戦ってKOすれば救出できるだろう。
     翼は自らの創った都市伝説『ハヤニエライダー』と化し、その噂の内容通り、出逢った者を無差別に殺害しようと夜道を歩いているそうだ。
    「……皮肉な事だが、田舎生まれが幸いしたな。外は真夜中、行けども行けども誰も歩いていない畦道。灯りも乏しく、ただ深い闇と静寂が広がるのみ……だ」
     まるで心象風景のようではないか。
     エクスブレインは椅子の背もたれによりかかり、どこか淋しげに金の眸を細めた。
    「……ちなみに俺はこう見えて東京生まれでな。故に簡単に来たけりゃ来い、とも言えん。君達が奴にどんな言葉をかけたのか、後程是非聞きたい所だ。……頼んだぞ、灼滅者」


    参加者
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    白石・めぐみ(ハイドレンジア・d20817)
    冠木・ゆい(ポルトボヌール・d25508)
    幡谷・功徳(人殺し・d31096)
    高科・アリス(キャンディガール・d33635)
    小鳥遊・ユメル(高校生ファイアブラッド・d33839)

    ■リプレイ

    ●1
     闇が纏わりつくような黒々とした夜だ。枯鬼灯の行燈に火を入れた玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)は風の囁きに耳を傾け、切れ長の双眸を心地良さそうに細めた。虫の声、澄んだ水音。白い月と満天の星が一行を見下ろしている。
    「これもええ風景やと思うけどねぇ。彼にとっては、ちょお静かすぎたんやろか」
     夏の月夜、丑三つ時。世界を切りとって出来たよな深く淋しい宵の路、彷徨う一羽の鳥のお噺……蕩々と紡がれる一浄の百物語に、仲間達は暫し聴き入る。
     ざあ、と不気味な風が林を戦がせた。雲一つない星空は、眩暈を覚えるほど美しい。
     唐突にちっぽけな自分を思い知らされ、自分を見失ってしまう時がある。
     この下じゃきっと尚更。白石・めぐみ(ハイドレンジア・d20817)は猫のランプを抱え、空を見上げる。冠木・ゆい(ポルトボヌール・d25508)も、隣で空を見ていた。
    「戦う度に思ってた事があるんだ。昔の私みたいに救えたらいいのにって……だから絶対救いたいよ」
     ぽつりと呟くゆいの横顏は、もう逃げないという強い意志を秘めていた。その覚悟に共感し、めぐみは小さく頷き返す。翼は昔の彼女達だった。幾度の戦いを乗り越えた今の自分が、今度は力になる番だ。
     一方初仕事の高科・アリス(キャンディガール・d33635)は、畦道を照らす無道・律(タナトスの鋏・d01795) の様子をじっと見ていた。灯り代わりの西洋風怪談蝋燭を持つ手がかたかた震えている。
    「照明は腰につけると邪魔にならないんですね。えっと律さんは何を……」
    「行動の邪魔になる地形が無いか、今のうちに確認してるんだ。この道幅なら包囲陣形もとれそうかな」
    「な、なるほど。こういう工夫が成功につっ、つなが…………わぁすみません私ガチガチで! 先輩たちの胸を借りるつもりで頑張りますから!!」
     学園に来たての頃を懐かしみ、皆がアリスに温かい眼差しを向けていた時、小鳥遊・ユメル(高校生ファイアブラッド・d33839)は只ならぬ気配を察す。人の足音――やはりバイクには乗っていないか。相棒のダークフォースに目を落としたユメルは密かに落胆する。一走り勝負してみたかったのだが。
    「……事故を起こした上に、標識で人を狙うとは、ライダー……失格です」
     幡谷・功徳(人殺し・d31096)の影に隠れ、ぽつりと呟いた。標識を手にした黒い男が、畦道の向こうから、来る。

    ●2
    「ようライダー、バイクはどうした? 車検中か?」
    「!?」
     何も知らず出逢ったならさぞ恐ろしかろう。だが、今は男の方が功徳のおどけた台詞に驚いている。
    「今晩は、綺麗な夜やね。……一人で歩くとちょい寂しいかな。皆との時間が楽しかったら尚更やろか。その穴埋めたくもなるかもやね」
    「『……ああ、独りは寂しい。だがじき埋まる、お前らの早贄が完成すればな』」
     男――行村翼は、心を見透かすような一浄の言葉にたじろぐも、嘘吐きらしく見栄の小芝居で切り返す。百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)が唇に強気な笑みを乗せ、後ろから身を乗り出した。
    「やあ、キミが噂のハヤニエライダーか! カッコいいなぁ、一度お目にかかりたかったんだ! ……自らの力を過信し獲物となり、外道に溺れたその姿をな」
     煉火の言葉に一瞬顔を緩ませた翼は、後半を聞くや眼を見開いた。そのまま煉火に標識をふりかぶるが、包囲を固めた仲間達がそれを許さない。
     ダークフォースに騎乗したユメルがドリフトをかけながら突っこんできた。喉元に迫る炎を宿した聖剣を、翼は間一髪でかわす。
    「危ねっ!」
    「安全運転ですが……。ここで、足止め……します。犠牲者を出す前に、元に戻しましょう」
    「……おう。残念、俺でした……ってな!」
     軽口を返した功徳の鎌と標識の柄がかち合い、がぎんと金属音を立てた。思わずふっと息が漏れる程の馬鹿力を押し返し、鍔迫り合いを演じながら、功徳は翼の眼前までぐっと詰め寄る。
    「小さな嘘を咎める気はねぇ、自己責任って奴さ。だが、お前の嘘の責任を他人の命で取ろうってんなら、それは殺人鬼の領分だ。まだそうなりたくねぇと思う心があるならやめろ。他人を殺すくらいなら自分の心を殺して生きてく方がよほど上等だ……」
     功徳は多くは語らない。だが、その語り口には真に迫るものがあった。まるで、彼自身が人を殺めてきたような。アリスは暫く迫力に圧倒されていたが、はっと気が付きはくとの背を押す。
    「『ハヤニエライダー』……いや、行村君。僕等とお話でもどうかな?」
    「……! 何でその名を」
     律の言葉を拒むように翼は功徳を押し返し、標識で頭部を強く殴打する。立ち塞がるはくとと、功徳の負傷を癒すナノナノさんを翼が睨んだ時、視界のすみを燕の如き速さで何かが過った。
     針千本とどっちが良えかな――背後から、柳の葉がささめくような声。
     前衛の隙間をぬい、槍が伸びる。ゆいと一浄が前後から静かに翼を突き、槍で地面に縫いとめた。仕置きの二針を受けた翼の表情は辛くて見れない。だがゆいは勇気を出し、言葉でぶつかる。かつて仲間がそうしてくれたように。
    「そんな姿になったらもう誰も笑わないだろうけど、翼くんはそれでいいの? 注目されたい気持ち以外にも、みんなに笑顔になって欲しくて頑張ってたんじゃないの?」
     唯皆に笑っていてほしかったのに。嘲笑され、信頼出来ないと貶され、堕ちた。
     ゆいは現実から逃げ、翼は力でねじ曲げようとする。真逆だ。でも、他人と思えないのだ。
     友人達の笑顔が不意に翼の頭を過る。めぐみも霊力の網で翼の腕を縛り、ひねり上げ、力を奪う。隣でちか、とリングが光ると、夜に溶けていたみずたまさんのずんぐりした姿が闇に浮かんだ。いつ見ても渋い相棒の面構えが心強く、めぐみもゆいに続く。
    「あなたが作るお噺、すごくかっこいいなと思いました。けど、嘘を本当にして自分を守ろうとしている、今のあなたはかっこいいと思えま、せん」
    「あー聞こえない聞こえないッ、お前らも俺をバカにしてんだろ!!」
    「持ってへんもんに憧れるんは悪い事やない。けど、こないな形でぶつけるんが格好良えとでも?」
    「……それは」
     ダサいです。としか返しようがなく、翼は赤面した。
     けれど憧れを肯定され、不思議と肩の荷が降りた。この人は『田舎者の俺』を笑わないんだ――そう感じ、一浄に詰め寄る。
    「じゃあ俺の何がダメなんだよ……っ」
    「少しなら楽しいやろね。せやけど空言はそれまでのもん。中身のあらへんもんが、本物になる事はない。誰より君が満たされへんて一番分かるんちゃうか」
    「ち、違……皆面白がってたし、それで、俺も満足してて……」
     押す所だ。反論に窮する翼へ、ゆいと律が更に語りかける。
    「気を引く為に嘘をつくと逆に心は離れていくよ。嘘吐きを信じる人はいないもの」
    「嘘を重ねる度、周りの人達は君を信じなくなったろう? 裏切られると誰でも心が痛いんだ」
     裏切り。考えもしなかった。
     律が氷の礫で翼の四肢を撃ち、凍らせた。光を写さぬ煉火の杭が胴を貫き、肉を捩じ切られた翼は、獣のような悲鳴をあげ黄標識を掲げる。
     心まで捩じ切られそうだった。律が告げた言葉は、翼がずっと省みずにいた真実だ。
    「他でない君自身が、君が傷付いているのと同じ様に彼等を傷付けてきたんだよ」
     嘘つき注意。
     見あげた黄標識にはそう、書かれていた。

    「標識で人を殴るなって、授業で教わらなかったか?!」
     戦いは暫く続いたが、余程ショックだったか翼は黙ったままだ。標識を受け止め、功徳は断罪の刃を振るう。頭の傷に響くが構わず、二段跳躍を駆使し包囲を維持した。ユメルも相棒と共に補佐に走り回る。
     仲間の説得に聞き入っていたアリスも、蝋燭の炎を仰ぎながら慌てていた。どうしよう、次は何を言えば――きちんと考えてきた筈が、緊張で口が回らない。
    「う、嘘はいけないと思いますよ……ばれたとき辛い思いしちゃいますし。で、でも気持ちは分かるんですよ、私も田舎育ちですから、イギリスの田舎育ちですから、イギリス帰り気取ってますけど超田舎ですから!! あれ? 私、何も偉そうなこと言えない!?」
    「い、田舎……?」
     翼は気が抜けたように呟く。
    「田舎でもイギリスならいーだろ!」
    「イギリスでも田舎は田舎です!」
    「田舎……私は少し、羨ましいですけど……。周りを気にせず走り続けられそうですし」
     アリスがいい緩衝材になってくれた。ユメルは長い長い畔道を、遠くまで照らしてみせる。走り屋ならではの憧憬を宿し、星色の眸が控えめに輝いた。
     どこにいても、違う場所に憧れる気持ちはなくなりませんよ。
     淡々と紡がれる言葉と共に、聖剣が翼の魂のみを貫く。
     夢から醒めたような心地がした。奇譚で現れた祟り狐が、嘘吐きの喉に喰らいつく。
    「遠くばかり見る前に、何処に暮らそうがしっかり生きや」
     天を仰ぐ一浄につられるように、翼も上を見て、はっとする。毎日普通に眺めていた故郷の空を、これ程慈しむように眺める人がいるのかと。
    「田舎、俺は好きやけどねぇ。お星さんが見てるで」
     子供を諭すような声音に、応えるように星が瞬く。彼の柔らかな笑みを見て、翼はやっと気づかされた。水と空気と星が綺麗、それがどれ程の宝か。
    「なくなんかない、です。あなたのいる場所もあなた自身も、なにもなくなんかない。場所なんて関係ない。あなたの価値を決めるのは、あなた自身だと思い、ます」
     広すぎる空に押し潰されそうな悲しみは、めぐみにも分かる。でも、ちっぽけなんかじゃないから。 
     闇に点る蛍火になりに。あなたに伝えたくて、ここまで来た。
     心に降る雨に傘があったように、本当はどこにでも飛んでいけるって。
    「俺、自身が……」
     律の影が翼を捕え、めぐみの糸が黒いスーツを裂く。ゆいがその後ろから魔法弾を撃ちこむ。
    「まだ俺達を刺したいか?」
     もはや肩で息をしている功徳が、折れかけた腕で手加減攻撃を試みようと詰め寄る。
    「ボクは彼に恨まれる立場であろうが……それでも全力でぶつからせて欲しい」
     煉火の想いの強さを察し、功徳は頷く。満身創痍の翼を抱え、煉火はそのまま高く、高く跳ぶ。地元横浜の象徴、ランドマークタワーを思い描きながら。
    「都会も輝かしいものばかりでは無いさ。虚言と見栄で塗り固められている姿など何処にでも転がっている」
     それは他でもない己への皮肉だと、煉火は本当は知っている。
     自信に満ちた口ぶりとはどこかちぐはぐな淋しい笑みも、極彩色で飾り立てた衣装も、今はこの広い夜に塗り潰され誰にも見えやしない。ハヤニエライダーは百舟煉火という都会のヒーローに、きっと限りなく近い存在なのだ。
    「貴様が居るべき場所は此処ではないだろう。例え嘘でもつくりばなしでも、人を楽しませる才を持つキミが取るべき姿は……人殺しの姿では無い筈だ、行村翼!」
     必殺、港町ダイナミック。
     頭から畦道に落ちたライダーはどこか清々しく星空を仰ぐ。そして行村翼に戻り、眠るように気を失った。

    ●3
    「スンマセンっした! 刺したいとかとんでもねーっす、びょ、病院代とクリーニング代出します!!」
     目覚めた翼は、即座に土下座を始めた。
    「詫びたいなら武蔵野まで追って来いよ。歓迎する」
    「……ど、どこの武蔵野すか? 外国?」
    「ふふ、都市伝説より凄い学校ならホンマにあるで?」
     やれやれと肩を竦める功徳に怯え、土下座したままの少年をなだめるように一浄はぽんと頭を撫でた。にこ、と笑んでみせると、今度は天の助けと瞳を潤ませる。犬並にわかりやすい。武蔵坂の事を改めて話せば、顏がどんどん輝き始めた。
    「東京!? ……い、いやいや。俺も兄さん達みたくこの力で人様の役に立ちたいっす。これだけは本当マジでガチ、信じて!!」
    「分かってたよ」
    「へ?」
    「都会に憧れて居る訳じゃない、誰かに君に注目して欲しかった。君を必要としてくれる人の居る処に行きたかった。寂しい奴だと思われるのが恐くて、嘘を付いてしまったんだろう?」
     律はそう言い、翼に手を差しのべた。律が終始穏やかだったわけが、この時皆もわかった気がした。深く沈んだ夜の色をした彼の瞳は、この空のように優しく、翼の孤独を受け止めていたのだ。
    「寂しい時は、寂しいと云えばいいんだ。誰かがきっと傍にいてくれる。一緒にどうしたらいいか、考えてくれる」
     友達になろう。
     褐色の手と握手を交わし、翼は歩きだす。とりあえず駅まで送ってくよ、暗すぎてどこが道かさっぱりだろ――そう語る声も、今は不思議に朗々と。地元談義に花を咲かせ、一行は畦道をゆく。都会にはない、満天の星の下をゆく。
    「キミがどう語ろうと、この地が綺麗であることに変わりはないし、ボクは此処、好きだよ」
     煉火の穏やかな呟きに、翼は何度も何度も頷いた。やべー泣けてきた、何でだろ、と空を見上げる姿に、ゆいももらい泣きしそうだ。
     私を見つけてくれた皆もこんな気持ちだったのかな。灼滅者になって、よかった。
    「片道二時間以上ってすごく遠い。その分だけ、ずっと苦しかったんだね……」
     でもね、と、ゆいは月を指す。冷たく冴えた月は灼滅者達を導き、見守るように輝いている。
    「闇の中にも輝く光はあるよ、だから私達は翼くんを見つけられたの。心から笑える楽しい事、一緒に見つけようよ。ネットの外だって星空みたいに無限に広がってる」
     本当に、広い空に出るんだ。途方もない事のように思える。
    「……俺、馴染めるかな?」
    「そんなに難しくない……ですよ。住んでる人もたいして変わりません。皆おんなじ……です」
    「僕や皆だって、寂しい時や誰かと一緒に居たい時はあるよ。それは都会でも田舎でも、場所は何処だって人間が同じなら変わらないさ」
     ユメルと律の言葉を聞き、翼は親に相談してみると言った。これでアリスも先輩だねと皆が微笑み、彼女は慌てて首を振る。
    「いえっ私もまだまだです、もっと精進しないと……」
     けれど決意は決まった。色々助けてくれた皆のように、私もいつか強くなりたいと。
    「……あの。バイクを失ったなら、ライダーを名乗って欲しくない……です。今度考える時は、是非、最速のライダー設定にしましょう」
     大真面目なユメルの提案に、また笑う。もうすぐ空が白み始める時間だ。
    「……あ。斯くして、夜の街を彷徨い歩いていたハヤニエライダーは、仲間と出会い、共に朝焼けの向こう側へ駆けて行きました……というのはいかがでしょう?」
     だめ、ですか。自信無げなめぐみへ、翼は首を振る。はにかんだ笑みを浮かべ、内気だった少女は、たいせつな言葉をもう一度紡ぐ。
    「あのね。行村せんぱいの作るお噺、わたし好きです、よ」
     嘘のない気持ちだから、少年の顔に浮かんだのも今度は嘘のない笑顔。
     きっと、もうすぐ会いにいくから。朝焼けの中で交された約束も、きっと。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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