壊さなければならなかった。
ありきたりな平穏を過ごしてきた女の絶望と憎悪より創られた自分は、女の平和に破壊をもたらしたもの全てを壊さなければならないという存在理由があった。
ダークネス、灼滅者、戦車に空母にナイフの一つまで――人間からつくられたもの、そしてその人間そのもの全てを壊す。そこに自身も含まれると気付いたのはいつだったか。故に、兵器として性能を引き上げることに失敗して壊れたのなら、それも当り前のことだと理解していた――のだが。
『灼滅されて尚、残留思念が囚われているのですね』
目の前に現れた大量破壊兵器とも言える少女の言葉に、シレイラ・マーベリックは眉を寄せた。
『私は慈愛のコルネリウス。傷つき嘆く者を見捨てたりはしません』
『傷つき、嘆く? 残留思念? 私がか?』
『此処に留まっている事が、何よりの証拠です。貴女が残留思念として留まる程の、心残りがあるのは間違いありません』
口調に淀みはなく、それが真実であると訴える様子に嘘はないように思えた。
シレイラは無言になる。こういったやり取りをしている時点で、壊れてはいないではないか。いやしかし、自分は壊れた(灼滅された)はずではなかったか。
『ああそうか……その時よりも前に、すでに壊れていたのだな』
兵器になりそこなった。いや、兵器であるのに異常をきたす灼滅者というウイルスに感染して、自分も不具合を起こしていたのだ。あの時の衝撃が激しかったから。
――ある意味アンタは実に人間らしいよ。
――貴女も感情を持っているではないですか。性能を上げたいなど、兵器自身は考えないのでは?
はじめて言われた。破壊という価値観が次第に決壊してゆく中、自分は最後どのような感覚を持ったのか……けれど記録を検索できない。しかし。
『そうか、残留思念。私が残留思念であると。ああ、成程。残留思念であるという事が、私に感情があったという何よりの証拠ではないか……今なら、あるとも、そう言える』
名の通り、対戦車ミサイル並みの破壊力し生み出せない、女の憎悪はその程度だったのだろうよと自嘲気味に口元を歪める。
ラグナロクダークネスであったなら。そんな羨望と、それに近づきたいと願う時点で、人間らしいということなのだろう。
『心残り、この機会に清算させてもらおう。私は……破壊しなければならない』
感情を一切含まぬ物言いで告げたシレイラの胸中など、コルネリウスはお構いなしに。
『……プレスター・ジョン。この哀れな破壊兵器を、あなたの国にかくまってください』
「慈愛のコルネリウスが、シレイラ・マーベリックの残留思念に接触する」
力を与え何処かに送り込もうとしていると、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は言った。
シレイラ・マーベリックは斬新闇堕ちゲームに参加し、そして灼滅者によって灼滅された六六六人衆である。
当時の斬新社長とのやり取りなどは覚えていないようだが、自分自身が武蔵坂学園灼滅され、二度の邂逅の中で触れたものに対してはよく覚えているようだ。
「心残り……ですか。彼女の目的の破壊を遂行するためですね」
沙汰の言葉を聞きながら、レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)は、言いながら気持ちを引き締めるように拳を作る。
「……と思うんだけどね。そうであると同時に、別の事も望んでいるんじゃないかなって」
思案するような顔の沙汰。レキは首傾げ。
「どういう意味ですか?」
「再起不能なのに直すなんて感覚はないんじゃないのだろうか。使えるものを修理……つまり生きているうちは回復するという概念はあっても。というか徹底的に壊すという思考……それは自分にも当てはまっているんじゃないかって……」
「それは……壊れたい、という意味ですか?」
「わからない。もしかしたら、そう在れなかった自分に決着を付けたいのかも。ただ、ここではっきりさせるんじゃないのかな? もしもここで勝てたのなら、次世代兵器に生まれ変わった自分はまだまだ稼働できるって」
「けれど僕達が壊したとしたら……」
「ありがとう……だと思うよ。破壊する者として」
ともあれ、この事件に対してやることは同じ。
慈愛のコルネリウスが残留思念に呼びかけを行った所に乱入して、思惑を阻止すること。
事件現場にいるコルネリウスは、幻のような実体をもたないものなので、交戦も交渉もできないため、シレイラの再灼滅が任務である。
「シレイラの扱うサイキックは変わらない。そして能力も弱体化以前のものだ」
相手は六六六人衆である。油断は阻止失敗を意味する。
「シレイラとどのように向かい合うかはお任せするよ。精神的に揺さぶる事も戦略かもしれない。真正面からぶつかり合うのもいい」
ただどうか、破壊兵器の心残りに、終焉を。
参加者 | |
---|---|
千布里・采(夜藍空・d00110) |
エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821) |
橘・彩希(殲鈴・d01890) |
式守・太郎(ブラウニー・d04726) |
待宵・露香(野分の過ぎて・d04960) |
湊元・ひかる(コワレモノ・d22533) |
興守・理利(伽陀の残照・d23317) |
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) |
●
静けさと闇が混じり合う無機質なアスファルトに浮かぶ洋紅色のドレスは、あの時と変わらず滑らかに揺れていた。
もう見る事もないと思っていた――式守・太郎(ブラウニー・d04726)が(眼鏡の)ガラス越しの彼女を見つめる目は、人間らしい『願い』が彼女にもあった事実に、不思議な感慨を覚えているようにも見受けられた。
この巡り合わせに、それぞれの胸中にある色は、一つではないだろう。ハンチング帽という境界線の向こうに浮かぶ、湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)の瞳に在るのは羨望と共感であるならば、興守・理利(伽陀の残照・d23317)には焦燥と解放であろうか。
コルネリウスは相も変わらず超然としていて、慈愛を施したのなら今迄同様、あっという間に消えてゆく。
「待ちなさい、コルネリウス! 迷える者を再び戦いに狩り出す所業、見逃しません!」
何とかできないか、待宵・露香(野分の過ぎて・d04960)が声を張り上げながら登場を試みるけど。意気込み過ぎたか、天然を発揮したのか。バランス崩し、悲しくも顔からアスファルトに。
未だ嘗て経験したことのない展開にどうしたものかと、しばしシレイラは無言だった。
「……また、会ったね」
懐かしそうに、サポートの旭が挨拶したのなら。
『ああ、また会えたな』
旧友に偶然出会えたかのように、シレイラは微笑んだ。
『武蔵坂の誰かが来るとは思っていた。来ないのであれば、私から赴こうと思っていた』
「そな、えらい光栄やね」
壊すだけだった彼女が何よりも先に選んでくれたこと、これはある種の好意に等しいと、千布里・采(夜藍空・d00110)は思う。だからこそ、欠片とはいえあの国に行っても戦うのは哀れであるから、ここで灼滅者ができる最大限の終わり方が出来ればいいと思う。
「むきゅ、壊れて「直」してもらって何がしたいのかな? それに戦いたいけど壊れたい……よくわからないの、でも戦いたいなら私は付き合うのね~」
なぞなぞみたいなのと首をかしげるエステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)。結局壊れてもいいなんてどういう未練なのか。矛盾を感じてしまうのもおかしなことではない。
『意味もなく壊れたいわけではないよ。元より、壊すに越したことはない』
シレイラの言に、一度対峙した人間には感じるものがあったのだろう。
「アンタの心残り、ホントは全力でぶつかり合いたかったんじゃないんすか?」
あの時は弱体化していたから。サポートで赴いた天摩は、ミドガルドで乗り付けた姿勢のままそう尋ねれば、是を示すようにシレイラはたっぷりの微笑で応えた。
「私も心残りだったのよ」
再会出来てとても嬉しいのと、橘・彩希(殲鈴・d01890)は何処か冷たい、それでいて茶目っ気も同居させている様な表情を浮かべながら。
これが、私たちのなのでしょう――?
彩希の左手に、すらりと花逝が伸びる。シレイラも左手の金属の爪を変形させながら、
『今更だがお前たちの名を聞かせてもらおうか。どうせこれが最後だ』
そうなのだ。壊しても、壊されても、シレイラの真の心残りを解消する状況はこれが最後。告げる名を反芻している彼女は己の行先が何処か全くわかっていないだろうが、理想とは程遠い世界だと薄々感じているのだろうか。
「ああ、これでなにもかも本当におしまいだ。キミがその胸に抱いた感情、ここで全部吐き出していくといい」
地獄で尋ねるんなら名も必要だろうさ。
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)が名を告げながら、かの戦友を思わせる紫炎のようなオーラを纏ったなら、シレイラのヒールの踵が高らかに鬨を上げる。
●
鋭く繰り出すレオンの矛先と鏖殺領域がぶつかり合ったように、空気が軋む。
白肌を逸れる矛先。しかし襲いかかる殺気の中、ひかるの霊犬と共にせき止めに入るのは太郎。まるで白き翼得たかのような足さばき、白マフラーたなびかせながら素早く割り込んで。
「シレイラ・マーベリック、あなたを今度こそ完全に破壊します」
真っ直ぐと撃ちだす鋼鉄の拳。手応えは風。
しかし理利の肥大化した鬼の爪が、太郎が生み出した刹那を抉る様に振り下ろされる。
軽く間合いを取りつつ、シレイラは呟く。
『式守、興守……相変わらず綺麗なフォーメーションだな。そして――』
車輪から噴き上がる炎を刃に集め、彩希の操る刃金が背後を狙う呼吸の合った一閃。
『お前も狙ってくるか、橘』
炎の向こうに鮮血見えぬものの、しかし艶やかな立ち回りの中、笑みを送り合う二人の色を表すなら、それは紅であろうか。
「心残りとして覚えてくらはりましたからなぁ。がっかりされんようお相手せなな」
霊犬達が駆けまわり六文銭で牽制してゆく中、せめて今ここで払拭してあげるのが礼儀であると、采は断罪輪に力を込める。
「さぁゆきますえ」
「むきゅ、きっちり終わらせるですよ~」
采の手より放たれた夜明色が描くは陣。エステルから立ち上る、ルビーの煌めきを溶かした様な霧が天魔の幻想と重なり合う中。切れ揺らぐ糸のように、ひかるから細くたなびく文様のオーラを寄りつかせた露香のカウリオドゥースが、被弾を目指しシレイラの側面を狙ってゆく。
「残滓のまま残っていても幸せにはなれないわ。きっちりかたを付けてあげる」
先端から朱を弾き飛ばすなり、即座に次手へと繋げる露香だったが――オルタナティブクラッシュはシレイラの残像を切る。
向かう銃口は露香。その中の誰が効率よく仕留められるか、バベルの鎖によって得られる予測命中率に従い、防御属性を見極め、見える隙は確実に突いてくる。
カバーに入った無傷のおふとんが、着地もままならない程の衝撃を目の当たりにし、改めて太郎は理解する。これが相手の万全であるのだということ。
そして彩希は思う。あの時のままね、と。
感触違えど脅威の度合いは同じ。残留思念であろうとも強敵。
(「シレイラ。これが貴女なんですね。これが、貴方の未練なんですね」)
太郎は頬の血を拭いながら思う。力の源泉である仲間を守りたいという強い気持の他に、貴女の最後を看取りたいという衝動が突き上げてくる。
誘う様に微笑みかけるなりの鏖殺領域は、同じ闇を持つモノ同士だからこそ伝わる言語。さあ来い式守とでも言っているかのようだった。
激しい衝撃全て一人で庇いきろうとした時、ミドガルドが射線の一つを受け持った。その影からシレイラへと牽制を繰り出してくれた天摩。一人ではないと感じさせてくれる。
「翼よ――」
皆を守れ。
そしてこの嵐を飛びつづける力となれ。ウイングガードの出力を上げる太郎。そしてひかるは断罪輪を握りしめたまま攻撃へと転じる。
狙いを分散させるためにひかるはわざと目立つ様な立ち回り。彼女がそんな大胆な行動に出ることができた理由。
「手当てしますっ!」
「後ろは任せろってなァ! さと、受け取れェ!」
レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)の円環が障壁と化し、錠の弾いた弦が鳴る。
「俺の居ない時に消えやがって」
燃えているかの様な赤髪を靡かせながら、治胡がひかるの補佐するように拳振るい、シャルが夜霧を展開させたなら。
「湊元、行け!」
力強い瞳が後押ししてくれる。夜霧に濡れた断罪の車輪は、ひかるを思わせるような色彩纏って。
「レキさん、錠さん、シャルさん……」
そして治胡の頼もしい背を目で追うひかるは、妙なめぐり合わせに唇を噛みつつ。無限を描く様に断罪輪を振るう。
一人一人じゃ彼女に届かない。
けれど。
「仲間がいるならやりようもあるってなぁ!」
ひかるが生み出した朱の一片を豪胆に喰らうかのように。喜色すら浮かべるレオンの、Vendettaが唸りを上げた。理利は錠から放たれた癒しの矢の勢いそのままに、懐へと飛び込みながら刹那に思う。
ダークネスでなければ、この刃でなく手を差し出せたというのに――。
「カーマイン、貴女の無念も全て――」
理利は九結太刀をきつく握りしめながら、払拭の手助けにも似た雲耀剣の一撃で、レオンと挟むように。
クロスする二人の技。シレイラの形のいい脚に半月状に抉り取る。
『ああそうだ。お前たちの強みは数とチームワーク』
そんな足でも変わらぬ速さで、エステルの一撃をかわしたシレイラは。
『それさえ壊せば私の勝ちだ』
弾丸の雨が、後衛陣へと容赦なく落ちてゆく。
●
ひかるの霊犬の次に凶弾に倒れたのはレキだった。けれどひかるが回復に徹したならば、サポートの手もあって特に戦線のバランスに支障はない。
守りを固めながらも、エステルの純白に血の花弁が増えてゆく。ぽわりとした姿勢は崩さないものの、しかし消耗の度合いは易しくない。
クルセイドソードを手に、血だまりの上を跳ねながら、空に紅の弧を反射させる。着地ざまを狙う様に斬魔刀が虚しく閃いたに留まる中、くふりと口元に含む笑みにざわめく采の影。ジャマー効果で毒素の塊とも言うべき野犬の群れにて多角的に狙う中、艶やかに舞うスリットに大穴が一つ空く。彩希の光剣が閃いたなら、異形の左腕はささくれたように肉を盛り上がらせた。
「どんなに強い想いだったか私には分からないけど、兵器として生きるなんて平気なの!?」
憤りにも似た感情であったのだろうか。露香はカウリオドゥースの名のままに、噛み砕かんばかりの魔力を込める。
「絶対なる純粋、混沌を縛る唯一の法、『力』よ! フォースブレイク!」
露香の一撃が破裂するシレイラの左肩。しかし異形の左手は骨が見えようともしなやかに動く。
誰が庇う間もなく、鋭い鏃が露香の脇を貫通する。
振り返りざま、オルタナティブクラッシュで牽制を試みる露香も、見た目以上にひどい傷をものともしていない様に見えるのだが。
読まれる軌道。
『ならお前は、目の前で全てを失っても平気でいられるか?』
逆に問うてくるシレイラのこの一言に、彼女の存在理由があるのだと、ひかるは直感する。
(「あの人が戦い倒し切れなかった敵……」)
そう認識する相手の、なんと居た堪れないことか。生きる理由を求め、しかし自分を何処かで諦めてる。それがあまりにも自分と似ていて、ひかるは何とも言えない疑問と羨望に囚われてゆく。
「どうして……」
無意識に零れる言葉に乗せ放つラビリンスアーマーは、まるで殻のようにも見えた。
「今のあなたの願いは、元となった人の願いですよね……?」
「せやねぇ。残留思念として残ってるんは、本当のシレイラさんの心と違います?」
ひかるはぽつりと言ったなら、頷く采も自身の胸に手の平を当てつつ。
「壊されたくないが為に力を手にするしかなかった矛盾が、アンタの悲しみなんだろ?」
それがどんな出来事だったのか知ることはできないけれど。しかし治胡自身も似たような悲しみを経験したからこそ、わかった瞬間でもあって。
「否定されるかもしれませんけど、その人も、その願いも大切なんだろうな……って」
そうひかるは感じたのだろう。元となった人が憎み、恨んだ現状を愚直に守りとおす程。
『さあな。しかし最優先事項さえ明確で私好みなら、それはどうでもいいことだ』
「ああそうだわな。兵器になれば何も考えなくていいから楽だわなぁ」
揶揄するような言いっぷりで、レオンは紫炎のようなオーラで凍気を練りあげながら、臆することなく至近距離へと詰める、零距離発射も辞さない構え。
そんなレオンへと、お前の攻撃で止められるものなら止めてみろと言いたげに。変形させた金属爪を前へと突き出しながら、シレイラの方からも突っ込んでくる。
『破壊と言う目的を叶えるべく、たった一つの頂を目指す事の何処がおかしいかったのだろうか?』
ただ全てを壊す。
愚直なまでの破壊意識に対して思うところは人それぞれだろう。
お前の戦友凌神と同じだと、思いっきり胸部にレオンの妖冷弾を受け止めてやりながら、わざと側面から矢を射るシレイラ。
心外だという憤り。そしてこれこそが感情であるという裏付けをまざまざと感じて、苛立ちを自覚しているようにも見えた。
矢の標的はやはり露香。届く攻撃の全てが本来の力を発揮させるるならば、防御面からでも打ち崩せると踏んだのだろう。
「むーん、こんなに動けるのにまたとまりたいなんて、やっぱりわからないの~」
庇い出たエステルが、純白に数多の鮮血を咲かせながらも、ふわりとした動きに衰えはない。おふとんとの連携を常に維持したまま聖魔の加護を描きながら、剣先を踊らせる。
『わからなくても構わんよ。優先事項である破壊が叶う環境であれば……』
何処か遠くを見つめながら独りごちる様に呟くシレイラ。その銃口の向かう先は、執拗なまでに。
放たれた火炎が露香を飲みこんだ。
人間からつくられたもの、そしてその人間そのもの全てを壊す、つまり自分も含まれていると気付いた以上は、彼女にとって命の価値よりも、命令の価値の方が高いように見えた。
「この期に及んで自分を誤魔化すのか! どうでもいいと言いながら存在理由に拘っていた貴女が、感情を捨てる事が出来るのか!?」
「壊す相手くらい選べば、誰かを護ることだって出来ただろうが! くだらねぇとこで、思考停止してんじゃねぇぇぇぇ!」
あの最期の微笑みのまま終われたならどんなに良かったか。自棄にも取れる言動に、理利は思わず唸った。
羨望や苛立ちなどのごちゃまぜの感情にレオンも吠える。
理利が九結太刀を振り上げた時。
『心配するな興守。お前の知る私は、お前が見たまま終わっている。此処にいるのは只の……只の兵器だ』
何か言い含めるようなシレイラの言葉の意味を、理利は理解したかどうかは彼にしか分からない。
ただ、雲耀剣が鮮血を生みだしてゆく。
●
前衛へと振り落ちた弾丸の雨。
「むぃ……」
戦線を維持するため、太郎に負けないようにして守りを担っていたエステルも崩れてゆく。
『そうだ。感情があったからこそ目標を据え、思考停止していなかったのだとわかる。私はお前たちの戦いに――ああそうとも、心から楽しいと思えたのだ。感情の産物を経験できたことが何よりも嬉しかったんだよ』
シレイラの腹に杭の先端をめり込ませながら、返しの一撃に片腕を複雑に曲げたレオンは彼女の顔を静かに見据えたまま、その感情に耳を貸す。
『けれどこの私は、残留思念なのだ。それ以上にもそれ以下にもなれないもの。ただ破壊するだけで、目指す頂きまで成長することすらままならない……本当に兵器になってしまった様なものだと思わないか?』
「――ふざけるな。そんなに強いクセに。いつまで思考停止している気なんだ」
吐き捨てるようにしか言えないのは、未だシレイラがどこか自分を兵器でもあると認めているのが、レオンには腹立たしさもあって。
『停止もするさ。私は破壊したい衝動と、二度とそう在れない憎しみに心がせめいでいるのだ』
自分でもう選べない一本道。けれど此処で壊れるならそれもまた、一本道なのだろう。
異形の爪でレオンを払いのけるなり、再び殺気の嵐を放つ。
「貴女が感情を持つ一つの魂だった。そう証明されたようで実に嬉しいことだ。だが、同時に悔いが残る最期にしてしまったという点に関しては、無念でもある」
今の貴女の敵を護り支えるしかできないもどかしさ。しかし自身の立ち位置を納得しながら凛と立つ明は、戦友の最後と、無念の払拭に立ち会う、ただその為だけに此処にいる。
『無念に思う必要などあるものか。見極めを誤ったのは私だ』
だが今度は違えないと言わんげに、的確に傷の深いレオンへと、潰さんばかりの熱量が堰を切った様に迸る。
庇って瓦礫から立ちあがる太郎は、もう気を失ってもおかしくない状況。しかし。
「俺が倒れる訳には行きません。あなたの灼滅を見届ける為にも――」
「合わせますえ」
すでに間合いを詰めに走る太郎。采の影から伸びる死者の腕の如き漆黒は、シレイラそのものを薙ぐ程のもの。
太郎の鋼鉄の拳。闇の中際立つ翼は、更に追い風を生んだ。
「シレイラ、貴女のこと結構好きだったわ」
『私もだ、橘。しかしまだ過去形にしてくれるな。壊すのは私の方かもしれないだろう?』
鍔迫り合いながら告げる秘密でもないだろうが、しかしこの二人ならば、それも似合う気もした。
「私はまだ壊れる気はないの。言いたいこと、分かるかしら」
覚悟がないわけではない。戦う以上は覚悟が必要だ。ただ容認はしないという事。
破裂せんばかりの殺意と。手折れた花、散るかのように乱れる火の粉を纏わせ落ちる彩希の爪先。火炎に踊る影色の翼が采から飛び立てば、鋭く繰り出される一撃をすれすれでかわしたシレイラへと踏み込む二つの影。
『真正面か……』
太郎と理利の拳が、同時にシレイラの心臓を貫いた――。
ぽろぽろと、光の粒になって消えゆくシレイラへ、旭は最後に問う。
暴力を以ての解決は悪であると思っている。けれどこの出来事のように、そうでなくちゃ解決できない事もある。一概にこうだと言い切れない話だとわかっているけれど。
『悪か……それこそ思考停止だろう……。思い悩み、前に進もうとしているお前は間違いなく美しいよ……』
楽しい時間だったよと言い残し消えゆく残滓は、闇夜の星の瞬きの中に消えた。
作者:那珂川未来 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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