湯煙新緑紀行

    作者:犬彦

    ●温泉街の異変
     大分県は別府、とある温泉街。
     現在、街の一部がブレイズゲート化しており、溶岩の体を持つイフリートが其処彼処に出現しているらしい。変化の影響の所為で近隣住民は溶岩イフリートを見ても誰も不思議に思わず、一緒に温泉に入ることすらあるらしい。
     それは一見するとほのぼのとした光景かもしれない。
     しかし、現実ではありえない事象は得てして世界を壊す要因となる。
     
    ●溶岩獣と緑の景色
     春の様相は色を変え、季節は初夏へと巡る。
     やわらかな風は色付いた木々を揺らし、新緑の葉を空高く舞い上げてゆく。其処に湯気が立ち込める様は、よくある温泉の光景だ。
     だが、温泉の一角に近付く不穏な気配があった。
     のしのしと鈍い足音を響かせ、温泉の湯に向かっているのは虎のような姿をした溶岩イフリートだ。溶岩獣はただ湯を目指し、ゆっくりとした足取りで進む。
     しかし、其処は小さな温泉だ。大きな溶岩獣が入った瞬間に湯は干上がり、下手をすると温泉がひとつ消えることになる。
     そのうえ溶岩イフリートは湯がなくなるところ構わず激しく暴れ出すという。そうなれば周囲にどれだけの被害が出るか計り知れない。
     残された猶予はあとわずか。
     君達はイフリートが起こす事件解決――あるいはその後に待っている温泉の時間――を目指し、別府のブレイズゲートに出発することを決めた。


    参加者
    タシュラフェル・メーベルナッハ(白茉莉昇華セリ・d00216)
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)
    色射・緋頼(先を護るもの・d01617)
    シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)
    黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)
    ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)
    岩永・静香(苺砲少女パフュームラヴァー・d16584)

    ■リプレイ

    ●新緑の山
     緑が風に揺れ、熱気が空気を撫でてゆく。
     温泉手前の山裾にて、湯を求めて迫り来る溶岩イフリートを待ち構える灼滅者は敵の到来を肌で感じ取った。
    「多少戦いにくいけれど、仕方がないわね」
     水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)は足元を踏み締め、色射・緋頼(先を護るもの・d01617)達と共に温泉前に陣取る。湯殿の近く故に湿気で滑らないように、滑りやすい所や身動きがとりにくい場所などの地形を確認した緋頼はしかと身構えた。
    「敵の進路が分かりやすいから足止めもしやすいですね」
    「温泉が恋しい気持ちは分からないでもないけどマナーは弁えてから来て欲しい処よね」
     タシュラフェル・メーベルナッハ(白茉莉昇華セリ・d00216)は虎型溶岩イフリートの姿を捉えながら、小さな溜息を吐く。
     ナタリア・コルサコヴァ(スネグーラチカ・d13941)にも温泉を求める気持ちがあり、敵の気持ちはよく分かった。しかし――。
    「温泉が干上がるのでは困ります。申し訳ありませんが退場して貰う他ないでしょう……」
    「はい、温泉を守る為にも、私達が食い止めなければいけませんねぇ」
     シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)も気合を入れ、敵の姿を眼鏡の奥の瞳に映す。今まで幾度となく温泉街の平和を守ってきたのだ。今回も、とシャルリーナは気合いを入れた。
     龍宮・巫女(鬼狩の龍姫・d01423)もイフリートを思い、ぽつりと呟く。
    「温泉好きなのは悪くないわ。いや、むしろ普通に付き合ってもいいのよ? 蒸発さえさせなきゃねぇ……」
     好きな物を壊してしまう不憫さを思いながら、巫女は構えた。右手にはクルセイドソード、左手には槍。その切先の向こう側には此方を敵だと見做したイフリートがくぐもった唸り声をあげている。
     黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)は戦いの幕開けを感じ、真正面から宣言した。
    「残念ながら温泉に向かわせるわけには行きません」
     だが、その言葉だけで溶岩獣が止まる筈がない。岩永・静香(苺砲少女パフュームラヴァー・d16584)は仲間と共に布陣を整え、鍵島式機関銃を差し向けた。
    「だーめっ! わたしたちも、おふろ入りたいんですっ」
     片や、温泉を求めて。片や、温泉街を守る為――。
     激しい咆哮と鋭い灼滅者の視線が交差し、戦いは始まりを迎えた。

    ●焔の力
     炎が巻き起こり、周囲の景色を赤く彩る。
     りんごはすかさず腰に携えている日本刀の柄に手を掛け、敵との距離を縮める。
    「文字通り背水の陣ですよねぇ。後ろにあるのは温泉ですが」
     そして、先陣を切る形で刃を抜き放ったりんごは敵の身を切り裂いた。同時に一歩前に踏み出したシャルリーナは炎を受け止め、イフリートを見据える。
    「大きい温泉でしたらご一緒も出来ましたが……行きますよぉ、覚悟してください!」
     反撃として蹴りを見舞いながら、シャルリーナはウイングキャットのルーシェに後方で支援するように願った。
     ナタリアもビハインドのジェド・マロースと共に仲間を庇いに走り、敵に爪を向ける。
    「ここは通しません!」
     強い意志と共に幻狼銀爪撃で打って出れば、ジェドも霊撃で以て追撃に動いた。ナタリアたちの体力を懸念し、タシュラフェルはラビリンスアーマーで仲間の身に防護の力を宿す。それに合わせてルーシェがリングを光らせ、癒しの援護に入った。
     その間に鏡花と巫女がイフリートに狙いを定め、妖冷の弾を撃ち込んでゆく。
    「Die Durchstechen Eis Keil!」
     狙いは敵を氷漬けにして力を削ぐこと。
     巫女は弾が見事に相手を貫いたことを確認し、イフリートに改めて告げる。
    「人間側の一方的な押し付けで悪いけど、諦めて帰ってくれるか……もしくはここで、消えて頂戴な」
     対する答えは敵意に満ちた咆哮だった。
     それならば灼滅するしかない、と心に決めた巫女たちは更なる攻撃に備える。
     其処へ緋頼の放つ縛霊撃が放たれ、イフリートを縛ろうと迸った。だが、危機を察した敵は寸でのところでその一撃を避け切る。
    「温泉の平和は護らないと」
     犠牲を失くすだけでなく、この後の旅も満喫する為に。
     次は必ず命中させると決意した緋頼は白縫銀手を纏う腕に力を込めた。そして、敵が次の動作に移る前に静香が畳み掛ける。
    「ビート、フレーズいくよっ!」
     静香が自らのバスターライフルと霊犬に呼び掛けると、返答する電子音と「わふん♪」という鳴き声が返ってきた。次の瞬間、鋭いバスタービームが放たれると同時にフレーズが六文銭射撃を打ち込む。
     静香たちの連携にイフリートは僅かに怯み、隙を見せた。
     タシュラフェルはすぐに攻撃に転じ、袖口を縛るリボンに魔力を込める。魔帯の力を発揮したそれは鋭く射出され、溶岩獣の身を貫いた。
     しかし、イフリートも更なる攻勢に出る。
     怒りに満ちた声が響き渡った刹那、シャルリーナたちを狙った炎が燃え上がった。
    「く、ぅ……!」
    「流石に熱いですね……!」
     あまりの熱にシャルリーナとナタリアの体勢が揺らぎ、ジェドやフレーズも苦しげな様子をみせている。それでも、と顔を上げたナタリアは集気法で前衛を癒し、フレーズも炎を受けた仲間に浄霊の眼を向けた。
     わずかな危機が見えていたが、鏡花は攻撃の手を止めてはいけないと自分を律する。
    「Herausschiessen Blitz des Urteils!」
     ――撃ち抜け、蒼雷。魔力を最大限に込めた魔法の矢を解き放ち、鏡花はイフリートの力を削り取っていった。緋頼も鋼糸を操り、敵の動きを縛り付けんと狙う。
    「簡単には攻撃させませんよ!」
     次こそは、と念じた甲斐あってその一撃は見事に敵の自由を奪った。
     緋頼は仲間に「今です」と攻撃の機が訪れたことを示す。その声を受けたりんごが逸早く動き、鬼神の力を解放した。
    「これ以上の暴挙は許しません」
    「ふぁいあーっ!」
     続いた静香もガトリング連射を見舞い、イフリートは苦しげな声をあげる。
     その様子を見据えていた巫女は今、憤りを覚えていた。その原因は敵が仲間を酷く傷つけたことだ。常に余裕を見せているような言動は他所へやり、巫女は荒ぶる。
    「ここで暴れたことを後悔させてあげるわ!」
     そして――巫女の打ち出した魔帯はその憤りをあらわすかのように鋭く敵を貫いた。

    ●炎の終焉
     炎のように熱い攻防が繰り広げられ、汗が滴り落ちる。
     灼滅者の猛攻は徐々にイフリートを追い詰めているが、相手とて怒っていた。
     グオオ、と激しい鳴き声が空気を震わせ、炎の一閃が前衛に向けられる。おそらく、ナタリアたちを早々に倒してしまおうという狙いなのだろう。
     それによってフレーズが先に戦う力を失い、ジェドも癒しが追い付かぬ程に弱った。
    「ここは――通さないと言いました!」
     だが、ナタリアは仲間を守ることこそが自分の役目だと信じている。
     ――聖なるヴィエーチル、不浄の力を祓い給え。聖剣を正眼に構えて力を開放したナタリアの凛とした声が響き、癒しの風が吹き抜けた。彼女の言葉と動作に背を押された様な気がして、シャルリーナも意志を強く持つ。
    「最後まで気を抜かないように……守ってみせます!」
     立ち塞がってくれているシャルリーナたちの背を見つめ、静香はぐっと掌を握った。
     フレーズは倒れてしまったが、それもきっと名誉の負傷だ。その分まで自分ががんばらなきゃ、と決心した静香はライフルを構え、再びバスタービームを放つ。
    「だいじょうぶ、ぜったいたおすからっ!」
     わたしたちは負けない。そんな気持ちを込めた一閃は真正面から敵を穿った。続いたりんごがサラシを伸ばしてのレイザースラストを放ち、頷いたタシュラフェルも癒しの矢を仲間に向けて放つ。
    「温泉の平和も、私達のこの後の予定も乱させはしないわ」
     静かな言葉の裏には確りとした意志が宿っており、タシュラフェルの矢は鏡花の身体に力を与えた。鏡花は呼吸を整え、溶岩獣を見据える。
     ――貫け、氷楔!
     炎には氷。熱は冷やして消してしまえばいい。
     鏡花の与えた氷の力はイフリートの身を包み込み、相当な痛みが敵を苦しめた。巫女はもうすぐ止めを刺せると察し、自らの腕を異形のものに変じさせる。
    「鬼を食らう龍の拳……何も、鬼だけ食らう訳じゃないのよ!」
     先程からの怒りはそのままに、巫女は全力の一撃をイフリートに見舞った。炎を吹いて対抗しようとする溶岩獣だが、緋頼がそうはさせない。
    「行きますよ! 白縫銀手」
     その瞬間。純銀の糸がイフリートを縛り上げ、動きを制した。
     緋頼が作った最大の好機を生かすため、シャルリーナとルーシェが連携攻撃を放ち、ナタリアとジェドも最後を狙ってそれぞれの一閃を入れる。
     最早、イフリートは身動ぎすら出来ない状態だ。
     りんごは双眸を細め、日本刀を強く握り締めた。次で終わりにする。心に決めたりんごは地を蹴った。
    「これで――最期です」
     空気が張り詰め、敵と少女の距離が一瞬で零にまで縮まる。
     刹那、居合の一閃が溶岩獣を真二つに両断し、断末の方向が山裾に響き渡った。

    ●楽しいお泊まり
     こうして、仲間たちは無事に温泉街の危機を退けた。
     戦いの疲れは温泉で癒し、灼滅者たちは今晩泊まる部屋で寛いでいた。
    「はふぅ、きもちよかったぁ……♪」
     静香が温泉を思い出して心地よさそうに目を閉じると、緋頼も淡く微笑む。
    「温泉、気持ちよかったです。ゆっくり入れたのは久しぶりです」
    「この前は落ち着いて温泉に入れなかったけど今度はのんびり出来て良かったわ」
     鏡花が窓辺で緑の山を眺め、ほっと息をついた。
    「本当ですねぇ……」
     シャルリーナもいつも大変なことになる温泉の時間を思い返し、今回はすべてが平穏無事に済んだことに安堵する。たまにはこういったゆっくりした時間も良いとしみじみ思うシャルリーナたちは、皆揃いの浴衣に着替えていた。
     りんごはほんのり湯上りの心地を楽しむべく、浴衣を軽く着崩して涼をとる。
     窓の外は暗くなりはじめており、そろそろ夕食の時間だ。宿の料理が部屋まで運ばれてくる様に仲間たちは笑みを交し合い、旅館ならではの雰囲気を楽しむ。
    「旅の醍醐味は現地の美味しい料理ですよね♪」
     りんごは目の前の料理を眺め、はやく食べましょうと仲間に呼び掛ける。はい、と頷いたナタリアは皆にジュースを注いで回り、グラスを掲げた。
    「依頼の無事成功と楽しい夜に」
     祝杯のグラスが重なり、快い音が響く。
     そうして、灼滅者達はおいしい料理に舌鼓を打った。
    「いやー、かわいい子と入る温泉、そして一緒に食べる食事は最高よねー」
     巫女は和気藹々とした場をゆるりと見渡し、ちいさな幸せを噛み締めた。希望者には食べさせてあげるわよ、と冗談めかして巫女が言うと、静香が元気よく手を上げる。
    「はい、あーん」
    「わ。おいしい山菜ですねっ」
     巫女に食べさせてもらった山の幸の味に静香の表情が明るく綻んだ。その微笑ましいやりとりに目を細め、ナタリアはほのぼのとした思いを抱く。
    「この山菜の天ぷらも美味しいですね。緋頼さんも食べましたか?」
    「ええ。こういう所じゃないと珍しい山菜とか食べれませんよね」
     緋頼も頷いて答え、穏やかで楽しい会話が巡っていく。
     その中で、ふとタシュラフェルが浴衣の胸元を崩した。少しきついかも、と呟くタシュラフェルの声を聞き、シャルリーナもはっとする。
    「美味しくてつい食べ過ぎちゃったのでしょうかぁ……」
    「ううん……また胸が大きくなったかも」
     そんなガールズトークも交えながら、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
     たくさんお喋りもしたのであとはもう眠るだけ。皆で一緒の部屋に寝ましょうとりんごが提案すると、仲間達も同意する。
     だが――。
    「……って、あら、どうして皆さんわたくしの周りから離れるのかしら??」
    「この面子だと一番危険なのはりんごなんだから距離を取られるのは仕方ないわね」
     首を傾げるりんごに鏡花が至極真っ当な突込みを入れる。「何もしませんてばー」と笑うりんごだったが、既に静香が抱き枕候補として確保されていたりした。
     そんなこんなで夜は更け、静かな時間が訪れる。
    「次はより大勢で来たいですね」
     穏やかで楽しかった今日のことをゆっくりと思い返し、緋頼は他の仲間達を思う。
    「いいわね、次はイフリートが関係ない旅行にしたいわ」
     巫女は口元を緩め、皆に笑いかける。
     依頼は上々。お土産話もたくさん出来た。非日常の中の日常を愛おしく思い、仲間達は心からの微笑みを交わしあった。

    作者:犬彦 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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