花嫁がいっぱいいっぱい

    作者:南七実

    「わ、すごーい……!」
     店内に入った薫は、感嘆の声をあげた。懐中電灯の光のなかで揺らめいたのは、白い肌のマネキンと、その横にずらりと並ぶ花嫁衣装。なかでも、レースが豪華にあしらわれたウエディングドレスが目を引いた。
     でもなぜ?と彼女は首をかしげる。
     ここは、とうに閉店した廃デパート内のブティック。品物が置き去りにされているのは別段珍しい事ではないが、こんなふうに美しさを保っていられるはずもないのだ。
     衣装を着たままのマネキン数体が、店の奥に横たわっているのが見える。そう、廃墟ならば――あんなふうに物品は壊れて、埃にまみれているのが普通なのに。
     それに、ブティックに花嫁衣装が置かれているというのは、考えてみれば何か変だ。
     廃物件撮影を趣味にして、全国の廃墟を渡り歩いてきた薫だが、こんな不自然な光景に遭遇したのは初めてのことだった。
    「あ、まさかここ……何かの撮影で使われているとか?」
     そうだとしたらマズイ。関係者に見つかって不法侵入を咎められる前に退散しなければ。
     彼女が踵を返そうとした、その時。
    『ドウシテ帰るの、オキャクさま? いえ、花嫁サン♪』
    「うきゃー!?」
     耳元で聞こえた声に驚いて周囲を見回す。だが、人はいない。視界に入るのは白い肌のマネキンだけだ。
     と――突如、薫の体にウエディングドレスがからみついた。
    「やっ……なに、これ!?」
     抵抗しようとして彼女は戦慄する。体が思うように動かない!
    『サァあなたも綺麗にしてあげる。ミンナみたいにね♪ うふふふふふふふふふふっ』
    「……み、みんなって」
     その時になって薫はようやく気づいた。店の奥に転がっているのはマネキンではなく、美しいドレスを着せられた本物の人間であることを。
     彼等はぴくりとも動かない。死んでいるのだろうか。
     ドレスが体に纏わりついてくる。一体何に襲われているのかは理解できないが、彼女は悟った。このままだと自分もあそこで倒れている人達の一員になってしまうということを。
    「ひ……い、いや、あ……ああああああああっ!」
     絞り出すような薫の悲鳴が、デパート内に虚しくこだまする――。
     
    ●花嫁がいっぱい、いっぱい!?
     廃墟に入り込んだ一般人が都市伝説の被害に遭ってしまうという事件を感知した巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)は、困ったものだと肩をすくめた。
    「この都市伝説は、訪れた人々を片っ端から捕えてしまう。廃墟に入り込む人間なんてそれほど多いとは思えないんだが、ざっと見た感じ、薫を含めて既に7人ほど都市伝説の虜となっているようだ」
     犠牲ではなく虜――ということは、彼等はまだ生きているのだろうか? 灼滅者達の疑問に、奈々音はうむと頷いた。
    「都市伝説の目的は殺害することではなく、捕えた人間にウエディングドレスを着せて化粧を施し、じっくり鑑賞して愛でることであるようだ……気持ち悪いな」
     しかし、危害を加えられないとはいっても、そんな異常な状況に身を置いていれば、やがて衰弱してしまう。薫が目撃した被害者達も、都市伝説に愛でられ続けた挙句、力尽きて倒れてしまったのだろう。
     彼らが生きている確率は高いといえる。早急に対処すれば救えるかもしれない。
    「薫は今、都市伝説に『鑑賞』されている最中だ……皆、この気持ち悪い都市伝説を撃破し、被害者達を助けてやってくれないか」
     
     都市伝説は普段、自ら創り出した特殊な空間に潜んでいる。
     勿論、囚われた人々もそこにいる。
    「問題のブティックに足を踏み入れることで『客』という名の獲物になり、特殊空間……奴のテリトリーに取り込まれることになる」
     一般人が自力で逃げ出すことはできない空間だが、灼滅者ならば容易に脱出できるようだ。
    「都市伝説はマネキンの姿をしている。店に入ってきた『客』の体を麻痺させて自由を奪い、念動力でウエディングドレスを操って無理やり対象に着せてしまう。女性だけではなく、着飾ったら美しくなりそうな男性も狙われるようだな。ちなみに、ごつい男は邪魔者扱いされ、どこかにしまわれてしまう」
     眉をひそめる灼滅者。
     どちらにせよ、灼滅者には効果がない技ではあるのだが。
    「君達が自分の思い通りにならない『招かれざる客』だと気づいたら、奴はキレて襲いかかってくる。すぐに応戦できるよう、態勢を整えておいてほしい」
     都市伝説は、巻尺を自在に操って敵を打ち、締め殺す攻撃方法を持っている。他に、似合わない服を「似合う」と薦めて精神を摩耗させる邪悪なセールストークを武器にしているらしい。
     敵は一体だけ――とはいえ、油断は禁物だ。
     
    「ところで、ブティックに入ってきた人間が、最初からウエディングドレスを着ていたら、都市伝説の反応はどうなると思う?」
     さっぱり判らないと答える灼滅者に、奈々音はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
    「自分のコーディネートよりセンスがいい美しいドレスの客が訪れれば、都市伝説は意気消沈して自慢のセールストークにも陰りが生じる。つまり、攻撃力の弱体化が期待できるんだ。せっかくだから各自着飾って、都市伝説に見せつけてやるのも良いかも知れないな」
     その場合、男性はどうすればいいのだろうか? 
    「うん……自然かつ美しい女装なら、効果があると思う。だが、体格のいい男子とか、ドレスを着ても似合わない者はやめておいたほうが無難だろうな。冗談が通じる相手でもないだろうし、怒らせてしまったら、何が起こるかわからない」
     着飾って行くか否かは君達で判断してくれたまえ、と咳払いする奈々音。
    「被害者にとっては、とんだジューンブライドだな。皆、しっかりと都市伝説を退治して欲しい。手間をかけるが、よろしく頼む」


    参加者
    牛房・桃子(おだやか桃花姫・d00925)
    森田・依子(深緋・d02777)
    西明・叡(石蕗之媛・d08775)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    桜井・オメガ(オメガ様・d28019)
    奏森・雨(カデンツァ・d29037)
    蒔村・ブレンダ(右に左折・d33427)
    庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846)

    ■リプレイ

    ●花嫁がいっぱい!
    「そういえばウエディングドレスって、結婚前に着ると婚期が遅れるって聞いた事があるぞ!」
     衝撃の爆弾発言が桜井・オメガ(オメガ様・d28019)の口から飛び出す。
     仲間の大半が作戦のためにウエディングドレスを纏っているこの状況では、いささか刺激が強すぎる言葉であった。
    「………………」
     今のなし。聞かなかったことにしよう――と、一同は思う。
    「さあ、行くぞ。都市伝説の元へ!」
     発言を完璧にスルーされたオメガは特に気にする様子もなく、むしろ楽しそうに件のブティックがある階上目指してずんずん歩き出した。
    「埃だらけねぇ。折角のドレスが汚れちゃうわー」
     恐ろしく老朽化していたこの建物。内部の荒廃ぶりもかなりのもので、ところどころ壁が崩れて外の日差しが差し込み風まで吹き込んでいる有様だった。
    「こんな場所でファッションショーを気取っているのかしら。花嫁が幸せなら良いんだけど、ただでさえ蒸し暑いのに無理強いは良くないわよねー。ジューンブライドっていうけれど、日本の6月はぶっちゃけ雨季だしね……」
     西明・叡(石蕗之媛・d08775)は呆れたように肩を竦め、柔術着の下に着ている雅な和風ウエディングドレスの裾を汚さないよう、慎重に歩を進める。女形修行中だけあって、身のこなしも完璧だ。
    「ふざけた都市伝説よね。許しがたいわ」
     華やかな純白で身を纏い、花飾りをつけたヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)は、機動性を重視したミニのウエディングドレスを下に着込んでいる。
    「ええ、まったく。この衣装は女の子にとって特別ですからね」
     ウエディングドレスは大好きな人の隣で着るのを夢見る衣装だ、と森田・依子(深緋・d02777)は思う。
    「無理やり縛る手でコーディネートなんて、意味をはき違えていらっしゃるようで」
    「都市伝説は、着せ替え人形が、欲しいだけ」
     ぽつりと囁くような奏森・雨(カデンツァ・d29037)の装いは、アンティークレースの大きな花飾りをあしらったミニ丈のウエディングドレス。廃墟の埃で汚れてしまった長いトレーンが、痛々しくも美しい。
    「着せ替え遊びするなら、人形相手にしておけばいいのにねぇ」
     溜息混じりにそう言った庄治・メアリー(耳はどこかに置いてきた・d33846)は、ベアトップのミニドレスを着用している。重なっているフリルと左右非対称の裾がお気に入りの一品だ。
     そして蒔村・ブレンダ(右に左折・d33427)もまた、薄桃色のミニドレス。同色の生花を耳元に挿し、母親から借りたパールのアクセサリーで可愛くまとめている。
    「えへへ、純白の本物のウエディングドレスは本番までとっておきます!」
     眩しいほどに白いウエディングドレスは、フリルレースたっぷりのプリンセスライン。ケープの下で微笑む牛房・桃子(おだやか桃花姫・d00925)は、自信たっぷりに前へと進む。
    「勝負のためにウエディングドレスを着るのも変だけど、この姿は未来の幸せのために私が自信を持って見せられるよ」
     ぐっと胸を張り、物怖じすることもなく階段を上りきった桃子は、殺風景なフロアを見渡して、とある一角で目を止めた。
    「あそこが例のブティックね」
     壁で仕切られた店舗跡。今は何もないが――スペースに足を踏み入れると同時に、特殊空間へ取り込まれることになるのだ。
     ジューンブライドの花嫁は幸せになれるという話があるけれど、と桃子は思う。
    (「無理矢理着せても迷惑なだけだよね」)
     困った都市伝説には消えてもらわないとねと気合を入れた桃子は、仲間と頷き合い、ブティックへと進入した。

    ●特殊空間の主
    「あっ、このドレス素敵です!」
     真っ先に目に飛び込んできたのは、可愛らしい婚礼衣装。ブレンダは我を忘れてそれを手に取り、鏡の前で合わせてみた。
    「……って、こんなことしてる場合じゃないですね」
     煌びやかな衣装にときめくブレンダは、名残惜しい感情を切り捨て真剣な表情になって、薄闇に包まれた店内へ目を向けた。
     中央付近に白い肌のマネキンが見える。そして――。
    『ああ、私が見立てたドレス綺麗。あっオキャクさま寝てはダメ。起きてぇっ!』
    「うう…気持ち悪い…もう、許して……」
     纏わりつくネットリした声と、苦しそうな呻き声。目を凝らしてよく見れば、椅子に座らされたウエディングドレス姿の女性を、動くマネキンがじっとり見つめているという異様な光景。あれが都市伝説と、被害者の薫に違いない。
    「……」
     初めてウエディングドレスを着て少し緊張していた雨は、敵を確認すると同時に凛と背筋を伸ばした。
    『あら、またオキャクさま?』
     嘗め回すように薫を鑑賞していた都市伝説が侵入者――いや『客』に気づき、振り返る。
    『いらっしゃいま…ギョェッ! なななな、何なの!?』
     灼滅者達を視界に捉えた途端、都市伝説は頓狂な声をあげてずさっと後退し――そして、いきなりキレた!
    『キーッ、着飾ってくるなんてフザけた客! アンタ達に着せるドレスなんてないわ。サッサと帰って。いいえ死んで!』
     びゅん! 風を切る音が聞こえた瞬間、前衛を担う灼滅者達の皮膚が深々と裂けた。マネキンの巻尺鞭が猛威を振るったのだ。
    「いくわよ、みんな。花嫁衣装、お色直しよ」
     問答無用の戦闘開始。灼滅者達も動きやすい姿にサッと早変わりをする。
    「そこのマネキン。正直に言わせて貰うけど、あなたの選ぶ衣装は時代遅れもいいとこよ!」
     予言者の瞳を発動させながら放たれたヴィントミューレの容赦ないダメ出しに、都市伝説が「なっ!?」と逆上する。
    「菊、お願いね」
     霊犬の菊之助に指示を出した叡が、被害者達を救助するため都市伝説の背後へと突進した。
    『あっ! 何を勝手に』
    「あなたの相手は、この私よ!」
     敵の気を引くため突き出された依子の槍が、マネキンの躰を貫く。タンッと跳躍した菊之助が、主から注意を逸らすように銜えた刀で敵の足元を切り裂いた。
    『ぎゃあっ!』
    「なあ、今着ているこのワンショルダーのドレスより、わたしに似合いそうなドレスはないのか?」
     そう尋ねながらオメガが翼の如く帯を放出し、マネキンを絡め取った。間髪入れずに射出された雨のダイダロスベルトが、狙い違わず敵を攻め立てる。
    『アンタ達さては強盗ね、助けて警備員―ッ!』
    「いないでしょそんなの」
     冷たく言い捨てる雨。
    「あなた、人に無理矢理ドレスを着せるそうだね。わたしは、自分が着たいドレスは、自分で選ぶ。あなたに選んでもらわなくても、大丈夫」
    「みんなには指一本触れさせないからね」
     シールドを広げて前衛陣の守りを固めた桃子が、暴れ出した迷惑客に怯える店員みたいなふざけた反応をする都市伝説をキリッと睨みつける。
    「そのフリル見事ですねぇ、どこのお店で買いました? ここじゃないですよね」
    「この戦いが終わったら教えてあげる。でも、アナタのドレスも充分素敵じゃない」
     敵を挑発し引きつけるためというブレンダの真意を汲み取ったメアリーが、褒め言葉に相槌を打ちながらヴェールのような帯を繰り出して攻撃を仕掛ける。
    『キイッ! 勝手に店に入ってきて暴れるなんて、ゆ・る・せ・な・いーッ!』
     完全にブチ切れた都市伝説が、手近のオメガを巻尺でぐるぐる巻きにして執拗に痛めつけた。
    「いたたたた!」
    「センスで敵わないからって客に暴力? 呆れるわね。今年の流行を教えてあげるから、私達を見習いなさい!」
    『やかましいわクソガキがあっ!』
     キャラも言葉遣いも崩壊してきた都市伝説とヴィントミューレの壮絶な舌戦が繰り広げられる背後の薄闇では、自力で動けずぐったりした薫を抱えた叡が、若干の躊躇いをみせていた。
    (「灼滅者は特殊空間を脱出できるって言っていたわね。一般人と一緒に出るとどうなるのかしら。できれば空間の外に避難させたいけど……脱出時に彼女の身に何か起きたら取り返しがつかないわ」)
     試してみないとどうなるか判らないが、流石に試してみるわけにもいかない。
    「……ここから離れなきゃ…うぅぅ」
     薫がうなされているのは、ブレンダが雑霊をざわめかせて人払いをした影響か。
    「ごめん、ちょっとここに隠れていて」
     そう言って叡は、薫を試着室の中へ押し込んだ。店の奥に倒れている被害者達も、意識はないものの何とか生きている。彼らに関しては、今の位置に寝かせておいても問題あるまい。
    「早く倒しちゃうから、あと少し我慢してね」

    ●封じられた言葉
    「がるるるっ!」
     菊之助の繰り出した古銭が都市伝説を貫通する。巻尺の呪縛から投げ出されたオメガを庇うように前へ出た依子が、即座に祭霊光を施した。
    「しっかり!」
    「花嫁に手をかけるなんて、ドレス売ってる店員の風上にも置けないぞ!」
     オメガ渾身のマジックミサイルを食らったマネキンが、次々に襲い来るスレイヤーズエレガントアタックを、ぐぎぎぎと歯ぎしりしながら耐えきった。
    「ん」
     そういえば、と雨は思う。まだ暗黒セールストーク攻撃とやらが発動していないような。
    「あなたのやっていることはただの自己満足だよ。ウエディングドレスは女の子の最高の夢なんだよ? それをあなたの身勝手な思いで潰さないでほしいな」
     正論の嵐を投げかけ、雷を帯びた拳を浴びせかけていた桃子も、雨と同様のことを感じた。
    (「なんだか思っていたよりも静か? 似合わない服を勧められても迷惑なだけだし、変なセールストークをしないでくれるに越したことはないけれど……」)
     仲間のドレスを褒め続けていたブレンダも、そして仲間達も気づく。どうやら都市伝説、しっかりばっちり完璧に着飾ってきたドレス集団に気圧されて、ショックでセールストーク自体を封じられてしまったようだ、と。
     よくよく見れば、マネキンの目の窪み部分から血涙のようなものが流れている。よほど悔しかったのだろうと思うと面白くなってしまって、メアリーはたまらず吹き出した。
    『ギリギリ』
     どこにあるんだかわからない歯を鳴らしながら巻尺鞭を振り上げたマネキンが――今度は後衛陣を狙ってきた。
    「くっ!」
     ヴィントミューレが魔法光線を発射してすかさず反撃する。
     菊之助と、薫の避難を終えて戦闘に加わった叡が、傷ついた仲間を癒してまわった。和柄のドレスが風を孕んで幻想的に輝く。
    「女の子傷物にしちゃ駄目よー。あら、アンタも随分と痛々しい姿になっちゃったわね」
    『花嫁』達の猛攻撃を全身に受け続け、外皮が崩れ始めたにもかかわらず、マネキンは未だに倒れない。どれだけ体力があるのだと、灼滅者もうんざり顔。
    『ギリギリ、キイーッ! ギリギリ……キイイーッ!』
     歯ぎしりとヒステリーを繰り返し、最早まともな言葉すら発しなくなった都市伝説が、狂ったように巻尺鞭を振り回した。
    「させないわ」
     ビシイッ! 再び攻撃を食らいそうになったヴィントミューレを躊躇いなく庇った依子は、凛とした表情で言い放つ。
    「貴方の手では、彼女達を輝かせたりは出来ない」
    「あなたの花嫁衣装に対する思いが本物かどうか、今こそ裁いてあげる。受けなさい、これがあなたに対する洗礼の光よっ」
     仲間を傷つけられた怒りを力に変え、ヴィントミューレが裁きの光条を撃ち出した。
    『ギャアアア!』
     畳みかけるなら今だ、と縛霊撃を繰り出す依子。床を蹴って飛び出したオメガの蹴撃が都市伝説の腹部を打ち、その躰を炎で包み込んだ。
    「消えなさい」
     淡々と言って、雨が『Diva della notte』を振りかざす。横殴りにされ、魔力を流し込まれたマネキンは爆破の衝撃で床に叩き付けられた。
    「そのまま燃え尽きていただきますよ!」
     ブレンダの放った炎のキックが、のたうち回る敵に容赦のない追い打ちをかける。
    『ヒイイイッ……!』
    「これで最後だよっ!」
     ぐっと握りしめた超硬度の拳を、桃子は力の限り叩き付ける。刹那――マネキンは粉々に砕け、塵となって四散した。
     塵の中に素早く駆け込んだメアリーが、都市伝説を吸収してゆく。
     ヴィントミューレの手から薔薇の花束が投げ落とされた。
    「裁く以前の問題だったかもしれないわね」
     かくして、傍迷惑な都市伝説は、美しく着飾った若者達の手によって、この世から駆逐されたのである。

    ●また会う日まで
    「大丈夫か? これをあげるから飲むといいぞ!」
     店の奥に駆けつけたオメガが、胸元から栄養ドリンクを取り出しつつ、倒れている被害者達に元気よく声をかけた。
     しかし彼らの大半はひどく衰弱していて、意識を取り戻す気配もない。
    「しっかりして下さい。こんな場所で死んではいけませんよ」
     ブレンダが全員に声をかけてゆく。ウエディングドレスを着せられた被害者のほとんどが若い女性だったが、中には綺麗な顔立ちの男性も混ざっていた。戦闘による怪我がないことを確認し、叡が安堵の息をつく。
     一方、試着室の中から救出された薫は、麻痺が解けてある程度動けるようになった。他の被害者よりも囚われていた期間が短かったぶん、消耗が少なかったのだろう。
     彼女は都市伝説という異形の存在から自分を救ってくれた若者達のことを、畏怖と感謝が入り交った複雑な瞳で見つめている。
    「ほら、水。ゆっくり飲むといい」
    「これもあげるぞ!」
    「……ありがと」
     雨の差し出したペットボトルに口をつけた薫は、純真なオメガから栄養ドリンクを渡されて弱々しく微笑んだ。正体不明だが彼らは自分を助けてくれた『正義の味方』。薫は灼滅者達のことを信用できると判断したようだった。
    「公衆電話から救急車を呼んできたわ」
     外部へ出て戻ってきたメアリーの言葉に、叡がほっとした表情を浮かべる。
    (「とはいえ、問題は山積みだけどね」)
     この後、ドレスを着て廃墟で衰弱している人々を発見した救急隊員が頭を悩ますことになるが――それはそれ。なんとか折り合いをつけて貰えるよう、彼はそっと祈った。
     フロアの片隅で自分の姿を見下ろした依子は、汚れてしまった清楚なエンパイアドレスを慈しむように撫でる。
    「こんな機会で着ることになるなんて……」
     好きな人の隣で何時か――彼女は、瞼の裏に想うただ一人の名を心の中で囁く。
     見せたい。
    (「けれど、こんな汚れた姿じゃ恥ずかしい、か」)
    「みんな、本当に綺麗だったね!」
     桃子が心からの称賛を仲間たちに贈る。
    「でも……今度着るなら、ちゃんと相手がいる時がいいわ」
     メアリーの言葉に、皆がうんと頷いた。
     美しかったドレスは戦いのさなかに破れ、汚れてしまったけれど、着ている者が輝きを失うことはない。
     花嫁衣装が並ぶ空間。
     大人になったらまたそんな店に行こう――そう呟いて、ブレンダはにっこりと笑顔を浮かべた。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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