静かな湖畔のアサリ狩り

    作者:三ノ木咲紀

     静岡県にある浜名湖に、突然城が現れた。
     威風堂々、小ぶりながらも純和風な城の中央には、舌を出したアサリが描かれた大きな旗。
     海風にたなびく旗に、小舟の上の潮干狩り怪人は感無量と言わんばかりに体を震わせた。
    「こ……この城を、私にくれるというのか!」
    「勿論です。安土城怪人様は、この城こそあなたに相応しいとご下賜くださったのです。そしてほら」
     安土城怪人は振り返ると、三体のペナント怪人を指し示した。
    「これらのペナント怪人を、配下としてお使いください。必ずあなたの力になることでしょう」
    「なんと! 配下までか! それに……」
     潮干狩り怪人は感動したように、三体のペナントを見た。
     それぞれにアサリの絵が描かれ、片隅には酒蒸しと味噌汁とボンゴレがあしらわれている。
     気配りと心配りが行き届いた待遇に、潮干狩り怪人は歓喜に打ち震えた。
    「なんということだ! 私は、私は猛烈に感動した! この城と手下さえあれば、世界征服の第一歩として申し分ない!」
     潮干狩り怪人は拳を振り上げると、高らかに宣言した。
    「この恩に報いるため、有事の際には安土城怪人様のもとに馳せ参じよう! そしてこの城と手下で、世界征服を成し遂げてみせよう!」
    「「「はっ!」」」
     潮干狩り怪人の高笑いが、夜も明けない満潮の浜名湖に響き渡った。


    「小牧長久手の戦いで勝利した安土城怪人が、東海地方と近畿地方の制圧に乗り出したみたいや」
     くるみは教室に集まった灼滅者達を見渡すと、改めて概要を語った。
     安土城怪人は東海地方と近畿地方に城を作って、その地のご当地怪人を城主にして傘下に加えた。
     城という拠点と手下を得たご当地怪人は、今まで以上に活発に世界征服に乗り出してくるのは間違いない。
    「そうなる前に、ご当地怪人を灼滅したってんか。完全に拠点化されたら厄介や」
    「くるみさんは、どこのご当地怪人を予知されたんですか?」
     葵の問いに、くるみは頷いた。
    「うちが予知したんは、浜名湖の浅瀬に城を貰った潮干狩り怪人や。場所はここ。干潮の時には潮干狩りが楽しめるスポットや。ここに行くには渡し船が必要やね」
     城の中心には潮干狩り怪人の旗が立っており、この旗の力で潮干狩り怪人はパワーアップをしている。
     やっかいな能力だが、この旗を下ろすと、潮干狩り怪人のパワーアップはなくなる。
    「皆の力やったら真正面から行っても勝てる、思います。けど、旗を下ろせばもっと有利に戦えるで。どうするかは、皆で話し合うて決めてや」
    「いつ決行ですか?」
     葵の問いに、くるみは潮汐表を見ながら唸った。
    「潮干狩り怪人に干渉できるんは、午前三時頃。丁度満潮の時間や。この時から十時間やったら、バベルの鎖にひっかからんと仕掛けられます。この日の干潮は午前十時や。次の満潮が午後四時半やけど、ここまで来るとアカンわ。リミットは午後一時やさかいな」
    「では、干潮の時が足場も良くて戦いやすいですかね」
    「それがなぁ。丁度潮干狩りシーズンやさかい、観光客がようさん来るねん。干潮の前後二時間が潮干狩りできる時間帯やさかい、この時間帯に仕掛けるんやったら一般人の避難誘導が必要やね。この日潮干狩り怪人は、十一時に観光客を襲うために準備をしてます。見張りはおるで」
    「満潮の時には?」
    「怪人は油断しとるさかい、静かに近づけば不意打ちは可能や。うまーくすれば、戦闘なしで旗を下ろすこともできます。せやけど、ここには船でしか行かれへんねん。近づく時下手して怪人に見つかったら、狙い撃ちされるかもしれへんわ。夜やったら、灯りも必要や」
     潮干狩り怪人のポジションはジャマー。契約の指輪のサイキックを使う。
     ペナント怪人(ボンゴレ)はディフェンダー。WOKシールドのサイキックを使う。
     ペナント怪人(酒蒸しと味噌汁)はクラッシャー。護符揃えのサイキックを使う。
     くるみの説明に、葵は頷いた。
    「では、僕は観光客の避難をしましょう。もし満潮時に仕掛けるのであれば、足場や灯りの確保、陽動などを。どうするかは、城を攻略する皆さんにお任せします」
    「頼んだで、葵はん!」
     葵に頷き返したくるみは、改め灼滅者達を見渡した。
    「立派な城に手下までもらえたら、そら安土城怪人に感謝するわ。今後安土城怪人の戦力拡大を防ぐためにも、皆の力を貸したってや!」
     くるみはにかっと笑うと、親指を立てた。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)
    月夜野・噤(夜空暗唱数え歌・d27644)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    吉武・智秋(秋霖の先に陽光を望む・d32156)

    ■リプレイ


     深夜三時過ぎの浜名湖は、静かな眠りについていた。
     浜名湖に浮かぶように建つ純和風の城。そこに向かって進むのは三艘の舟。
     船体を黒く塗り、暗幕を被った音の出ない手漕ぎ舟から出たオールが静かに漕がれる。
     きしみ音が出る個所には布が挟まれ、連絡を取り合うために常にオンになっている携帯電話本体は消音設定で胸ポケットの中。
     ランプや灯りは消して、布を被せてある。
     篠村・希沙(暁降・d03465)は、隠密行動で湖上を進むというシチュエーションに、少しだけおかしそうに微笑んだ。
     乗っている灼滅者達は皆黒服で、まるで城へ潜入する忍者のよう。
    『お城攻めってこんな感じやったんやろか』
     悠長なことを言っている場合ではないが、実際仲間にはアメリカンニンジャもいる。
     戦国気分を味わいながら、希沙はそっと腕時計に触れた。
    『頑張るね』
     大切な人からの贈り物に心の中で告げた希沙は、静かにオールを漕いだ。
     アメリカン忍者ことハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)はむしろ淡々と城を見上げた。
     ハリーは、先日も城攻めに参加したばかりだった。
     そこにも、このような城があった。そこかしこで城を建てる安土城怪人の勢力拡大は、阻止しなければならない。
    『夜襲と城での隠密なら、お手の物でござる。拙者、ニンジャでござるからなニンニン!』
     静かに、そして速やかに。城へと向かう船は、まるで波と一体化したかのように、確実に城へと向かっていった。
     暗幕の隙間から、アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)はそっと外を伺った。
     灼滅者達の乗った舟から離れた場所には、一隻の舟。 
     あの船には、陽動役の榎木・葵(高校生シャドウハンター・dn0215)が乗っている。
     彼は陽動後は速やかに戦場を離脱する手はずになっていた。
     迫る城の気配に、吉武・智秋(秋霖の先に陽光を望む・d32156)は城を見上げた。
     上陸まで、あと一分といったところか。
     小ぶりながらも、立派な石垣に天守閣。浜名湖の景色と相まって、独特の美しさを持って佇んでいた。
    『夜の湖上に、お城……ね。……ダークネスのじゃ、なかったら……ロマンチック、なのに』
     心の中で呟いた智秋は、視界の端に飛行する箒を捉えた。
     雲一つない、障害物のない浜名湖上空に飛ぶ、一本の二人乗り箒。
     月は沈んでいるが、夜空は周囲の灯りでわずかばかり明るい。
     黒い服やマントを纏っているが、湖上からは意外とよく目立った。
     城の様子を伺うように旋回した時、城からサイキックが放たれた。


     時は少しだけ遡る。
     浜名湖の夜空に、一本の箒が舞い上がった。
     黒いマントを着て暗視スコープを装備した船勝宮・亜綾(天然おとぼけミサイル娘・d19718)は、城の真ん中の旗を取るべく、慎重に箒を進めた。
    「……一分半後に上陸ですねぇ。分かりましたぁ」
     小声で船上班と連絡を取った亜綾は、改めて城を見た。
     浜名湖に建つ城には、大きな旗がはためいている。見張りがいるとのことだったが、姿は見えなかった。
     油断しているのかは分からないが、見つからないように近づくためには好機といえた。
     箒の後ろに乗る、後輩の月夜野・噤(夜空暗唱数え歌・d27644)が、眼下に広がる景色に小さく感動の声を上げた。
    「高いです……!」
     眼下に広がるのは、日本で十番目に広い浜名湖。暗い湖面は見ていると吸い込まれそうで、噤は亜綾をぎゅっと抱きしめた。
     噤は双眼鏡で、旗の位置を確認した。
     潮干狩り怪人の能力を高めているという旗は、城のてっぺんに立てられていた。
     あの旗を取るのが、噤と亜綾の目標だ。作戦を成功させるためにも、絶対に旗は取りたかった。
    「頑張りましょうです」
    「作戦、成功させましょうねぇ」
     にっこりと微笑み合った噤と亜綾は、そのまま旗までの間合いを測った。
     味方の上陸まで、あと少し。
     その時、突然見張りと目が合った。
     城の反対側へ向かっていたペナント怪人(酒蒸し)が、何を思ったのか突然振り返ったのだ。
     見つからないよう警戒はしていたが、特に敵の気を引くことはしていない。しかも、身を隠す場所が何一つない湖上のこと。
     夜空を見上げた酒蒸しは一瞬驚いたように目を見開いたが、箒に乗った人間という非日常に、導眠ペナントを放ってきた。
     酒蒸しの攻撃を庇った霊犬の烈光さんが、宙返りするように飛んだ。
    「烈光さん!」
     亜綾の声に、烈光さんはフラフラと応える。消滅した訳ではない烈光さんに安心した亜綾は、そのまま大きく箒の軌道を逸らした。
    「敵襲ー! 敵襲ー!!」
     大きく叫んだ酒蒸しは、大きくジャンプすると屋根の上によじ登った。
     味方が上陸を完了させるまで、あと少し。ざわつき始めた城内からは、宴会中の潮干狩り怪人達が続々と集まってくる気配がする。
     今味方を攻撃されるとまずいが、こちらに集中攻撃されるのもまずい。
     亜綾が一瞬迷った直後、大音量の音楽と、サーチライトの強い光が旗に向けて放たれた。
     酒蒸しも驚いて、そちらに目をやる。その瞬間、亜綾は箒を操ると、酒蒸しを射程内に捉えた。
     同時に放たれるフリージングデス。スナイパー故の命中率に、酒蒸しが氷の彫像のように凍り付き、一瞬動きを止める。
     その隙を逃さず、亜綾の後ろに乗った噤が、妖の杖を酒蒸しへ向けた。
    「削っていきます……です!」
     氷のつららが、酒蒸しを串刺しにする。大きなダメージを受けた酒蒸しは、苛立ったように吠えた。
    「降りてくるがいい、蚊トンボめ!」
    「嫌ですよぅ」
    「何としても旗は、取ります……です!」
     階下では、戦闘が始まった気配がする。
     戦闘が始まる前の旗取は失敗してしまったが、まだチャンスは残されている。彼女たちは彼女たちの役割を果たすだけだった。
     湖上を旋回しながら、二人と霊犬は注意深く酒蒸しを引きつけていた。

     突然放たれたサイキックに異変を悟った葵は、舟に乗せたスピーカーとサーチライトを起動した。
     鳴り響く大音量に耳を塞ぎながら、葵は湖へ飛び込んだ。
     そのまま、急いで舟から離れる。葵が舟から離れた直後、二連続のサイキックが舟に突き刺さった。
     役目を終えた陽動用の舟は、静かに浜名湖へ沈んでいった。
     黒いライフジャケットに黒い着物を着て、白い毛先の髪は羽織に隠したおかげか、何とか攻撃は当たらなかった。
    「後は、お願いしますね皆さん」
     葵は防水仕様の携帯電話を内懐深くしまい込むと、城へ向かってもがき始めた。


     大音量の音楽とサーチライトが敵を引きつける中、灼滅者達を乗せた三隻の船は無事に城へと上陸した。
     上陸直後に駆け出し、最上階へと躍り出る。
     陽動の舟を沈めた潮干狩り怪人達が屋根の上へと向かおうとする背中に、若桜・和弥(山桜花・d31076)は挑発するような声を投げかけた。
    「お楽しみのところ申し訳ございません、城攻めに参りました」
    「何奴!」
     振り返る怪人達は、続々と現れる灼滅者達の姿に、屋根へと向かう足を止めた。
     怪人達の視線を受けながら、和弥は両拳を眼前で撃ち合わせた。
     人々を守るためとはいえ、和弥はこれから戦闘を行う。
     暴力に頼るという、教えに反する時に行う、痛みを忘れぬ為の儀式だ。
    「おのれ曲者! ここが潮干狩り怪人様の……」
    「お、美味そーな敵だな。んじゃイタダキマスっと」
     指を突きつけて口上を述べる敵前衛に、影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は問答無用で攻撃を仕掛けた。
     ガトリングガンが火を噴き、無数の弾丸と銃声が、口上を述べようとしていたペナント怪人(ボンゴレと味噌汁)のペナントに穴をあけた。
    「こ、口上の途中で攻撃など、無礼ではないか!」
    「ぁ? うるせーよ、てめーらタダの灼滅される飯だろが」
     腹立たしげに指を突きつけるボンゴレを、惡人はガトリングガンを肩に担いでニヤリと見下した。
     とっさに防御姿勢を取ったボンゴレに、ビームが突き刺さった。
    「食らうでござる! ニンジャケンポー・イガ忍者ビーム!」
     ハリーが放ったイガ忍者ビームに、ボンゴレは腹を抱えてうずくまる。
    「しっかりせよ、ボンゴレよ!」
     大きく体力を削られたボンゴレに、潮干狩り怪人は潮干狩りの契約を放った。
     旗によって大きく強化された潮干狩り怪人のダークネスの力が、ボンゴレを包み込む。
     瀕死にまで追い込まれていたボンゴレの傷が、一気に癒える。
     ボンゴレはキッとハリーを睨むと、盾を構えて突進した。
    「アサリ殻の盾の威力、とくと見よ!」
     ボンゴレはアサリ殻の盾を構えると、ハリーに向かって突進を仕掛けた。
     大きなアサリ殻がハリーを捉え、弾き飛ばす。壁に叩き付けられたハリーは、よろりと体を起こした。
     突出したボンゴレに、アイナーのガンナイフが閃いた。
    「そこだ!」
    「なに?」
     目を見開いたボンゴレの体が、宙に浮いた。
     カウンターの要領で入った攻撃がボンゴレの盾を破り、ナイフが腹に突き刺さる。
     潮干狩りで賑わい、交通の要衝が近いこの地を制圧され、ダークネスの領域にすることは絶対に許せなかった。
    「安土城怪人の勢力拡大は防がないと、な……」
    「恨みは無いけど理由はあってね。覚悟して貰えると有難いな」
     和弥は一気に詰め寄ると、ボンゴレに拳を繰り出した。
     アイナーが放った零距離格闘に続いて、無数の拳がボンゴレに叩き込まれた。
     無数の拳が、ボンゴレを吹き飛ばす。ボンゴレは再び瀕死になりながらも、戦列へと戻っていった。
    「おのれ、賊め! 我らが野望を阻むのは許さん!」
     ペナント怪人(味噌汁)は両手を高々と上げると、無数のペナントを生み出した。
     ペナントは寄り集まってお椀の形を作り、心なしか丁寧に取られた出汁と味噌のいい香りが漂ってきた。
    「アツアツのアサリ味噌汁に溺れるがいい!」
     ダメージの大きいハリーに、味噌汁椀が迫る。ペナント製の味噌汁がぶちまけられる寸前、希沙が躍り出た。
     暹花槌を構えた希沙に、ペナントが降り注ぐ。ある程度は暹花槌でカバーしたものの、まとわりつくようないい香りに、希沙は思わずくらくらとする。
    「さあ、アサリ汁の虜になるがいい!」
    「そういう訳には、いかんのや……!」
     味噌汁の香りから何とか逃れようとする希沙に、智秋が交通標識を構えた。
    「希沙さん、ハリーさん! 今、回復しますね!」
     智秋は「アサリ注意」と書かれた交通標識を構えると、イエローサインを解き放った。
     ダメージを受けた二人の傷が癒え、出汁の香りが掻き消える。香りの呪縛から逃れた希沙は、智秋を振り返って微笑んだ。
    「おおきにな」
    「自分にも、出来る事があるなら……。回復は、私に任せて、ね」
     智秋の申し出に、希沙は微笑んで頷いた。


     侵入者達の存在に、潮干狩り怪人は肩をわなわなと震わせた。
    「この、不届き者どもめ! 我らは今宵この城へ入ったばかり! 三日天下ですらないわ!」
    「天下って……。大体、浜名湖って言ったら鰻でしょ?」
     呆れたように肩をすくめる和弥に、潮干狩り怪人は顔を真っ赤にした。
    「鰻のことは言うな! ええい、もう許さぬ!」
     潮干狩り怪人は熊手を振り上げると、和弥に向けて呪いを放った。
    「我が恨み、思い知れ!」
     アサリ型の呪いの雲が、和弥に向かって伸びる。大きく口を開けたアサリが和弥を飲み込もうとした寸前、希沙が和弥を突き飛ばした。
     床に倒れた和弥は、希沙の姿に目を見開いた。
     アサリカースをまともに受けた希沙は、体の一部が石に……いや、アサリの殻に変わってしまっている。
     旗の強化を受けた潮干狩り怪人の攻撃は重い。呪いの効果も強化されているようで、KOこそ免れたものの、相当苦しそうだった。
    「希沙さん!」
    「だい……じょうぶですか? 和弥さん」
    「私は大丈夫! 希沙さんこそ!」
    「貰ったぁ!」
     掛け声と共に躍り出た味噌汁が、再び出汁の香る味噌汁を作りだした。
     味噌汁が希沙に迫る。普段ならば避けられる攻撃だったが、今は避けることはできない。
     ダメージを覚悟して目を閉じた希沙はしかし、痛みを感じることはなかった。
     先ほど庇ってくれた礼とばかりに、ハリーが希沙を庇い、味噌汁を全身で受け止めた。
    「イガ忍法、身代わりの術でござる!」
     ハリーは本当は攻撃を主体とするはずだった。だが、ここで希沙を庇わないという選択肢はなかった。
     それこそ、ニンジャが廃るというものだ。
    「ま、パパッとな!」
     惡人は魔力を手中で増幅させると、一気に解き放った。
     息も絶え絶えなボンゴレを中心に巻き起こった冷気の嵐は、味噌汁も巻き込んで吹き荒れる。
    「アサリ万歳!」
     一声叫んだボンゴレは、細かい布切れとなって消えていった。
     フラフラになった味噌汁に、和弥の拳が雷を帯びた。
    「例え教えに反しても、お前は倒す……!」
     和弥の拳が、味噌汁に炸裂する。
     味噌汁との間合いを、アイナーは一気に詰めた。
     内懐に入り込み、ガンナイフが味噌汁を切り裂く。
    「味噌汁は、攻撃するものじゃ、ない!」
     ペナントをズタズタに破られた味噌汁は意味不明な声を上げると、小さな布きれとなって消えた。
    「大丈夫ですか!」
     智秋は希沙に駆け寄ると、ダイダロスベルトを解き放った。
     希沙を守るように広がったベルトが包み込み、傷を癒す。
     動けなかった希沙は、糸が切れたようにしゃがみ込んだ。
     手下たちを全て倒されたが、潮干狩り怪人は無傷で残っている。
     あの攻撃力や治癒力は侮れない。ここで体力勝負に出られたら危ない。
     癒えきらない傷に同じことを思ったのか、智秋は屋根を見上げた。


    「ええい、ちょこまかと!」
     夜風が旗をはためかせる中、酒蒸しは導眠ペナントを放った。
     噤の肩に命中した導眠ペナントに、亜綾は慌てて声を掛けた。
    「大丈夫ですか? ごめんなさいですぅ!」
    「大丈夫……です! このまま行きましょうです!」
     噤の声に、亜綾は頷いた。そのまま屋根に着地すると、烈光さんを呼び寄せた。
     諦め顔の烈光さんをむんずと掴んだ亜綾は、すかさず投球モーションを取った。
    「いきますよぉ、烈光さん!」
     亜綾は勢いよく烈光さんを酒蒸しへと投げつけた。
     勢いよく飛んでくる烈光さんを片手で避けた酒蒸しは、目の前に迫ったバベルブレイカーに目を見開いた。
    「必殺ぅ! 烈光さんミサイル、グラヴィティインパクトっ」
     炸裂する蹂躙のバベルインパクトに、酒蒸しは声もなく千切れて消えた。
    「ハートブレイク、エンド、ですぅ」
     亜綾と烈光さんに小さく拍手をした噤は、急いで旗へと駆け寄った。
     大きなアサリ柄の旗を引きずりおろす。これで、潮干狩り怪人の力が大きく削がれたことだろう。
    「悪い企みは、うまくいかせないです」
    「やりましたねぇ、噤さん!」
     嬉しそうにしっぽをパタパタさせる噤に、亜綾はハイタッチで健闘を称えた。


     手下を全て倒された潮干狩り怪人は、むしろ静かに宣言した。
    「我には安土城怪人様より賜った……」
    「だからうるせぇっての!」
     潮干狩り怪人の口上を最後まで聞かず、惡人はホーミングバレットを放った。
     自動追尾する弾丸が、潮干狩り怪人を貫く。一度ならず二度までも口上を邪魔された潮干狩り怪人は、心底苛立ったように惡人に指を突きつけた。
    「だから! せめて最後まで言わせようという気持ちはないのか!」
    「ねぇよ。勝ちゃなんでもいんだよ」
    「ならば容赦はせぬ!」
     冷淡に言い放つ惡人に、潮干狩り怪人は干潟の弾丸を放った。
     無数のアサリが、惡人に突き刺さる。大ダメージを覚悟した惡人だったが、思ったよりも威力が弱い。
     確かに攻撃力はなかなかのものだが、アサリカースと比べると威力がかなり弱まっていた。
    「旗、取りが……、うまく、いったんですね……!」
     感激したように手を叩いた智秋に、全員の目つきが変わった。
    「よし、畳みかけよう!」
     アイナーの声に、全員が殲術道具を構えた。
     潮干狩り怪人が砂浜の砂に変わるのに、さしたる時間は掛からなかった。


     戦闘が終わり、周囲に静寂が戻った。
     希沙はほっと息を吐くと、皆にぺこりと頭を下げた。
    「皆様、お疲れ様でした」
     その一言で、緊張が一気にほぐれる。
     惡人は大きく伸びをすると、肩をコキコキと鳴らした。
    「さてと。旬は過ぎてるが、折角だしアサリ蒸しか汁でも食って帰るか……。いや飯食わなきゃな」
     片付けも何も完全拒否した惡人は、鼻歌まじりにアサリの歌を歌いながら立ち去った。
     惡人の背中を見送った和弥は、思わず大きなあくびをした。
    「ねーむい。良い子は寝てる時間だって言うのに。お肌に悪いわ」
     時刻は午前三時を大きく回っている。確かに普段ならば眠っている時間だが、智秋にはやりたいことがあった。
    「このお城にも、定礎ってあるのかな?」
     智秋の問いかけに、誰も答えられない。智秋は静かな城の柱にそっと触れた。
    「ちょっと、調べてみたいなって思う、の」
     智秋の提案で、全員で城を調べてみたが、定礎は見つからなかった。
     帰り際、亜綾は持ってきた花火を打ち上げた。
     季節外れの花火が、うっすらと白み始めた浜名湖の夜空に花を咲かせる。
     花火を見上げた灼滅者達は、船着き場で力尽きていた葵を回収すると、学園へと帰っていった。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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