イフリート――炎を纏いし幻獣種。
理性――皆無。
衝動――全て。
彼は求めている。
完全なる破壊、圧倒的なまでの力、渇望を満たすモノ、レゾンデートルとも言うべき唯一の行為――。
それは殺戮と呼ばれていた。
「っと、集まってくれてありがとう」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は道路地図を広げながら皆を出迎える。まだ建設途中であるらしく、印をつけられた地図の一部には欠けた陸橋らしきものが確認できた。
「行ってもらいたいのはね、その陸橋なの。イフリートが居座っているおかげで工事が中断したままなんだ」
話は単純なもので、工事中の陸橋に棲みついたイフリートの討伐を頼みたいということだった。
「けど、相手は眷属を連れたダークネス。それなりに強いよ。皆なら大丈夫だと思うけど準備は万端にしていってね。イフリートは置き去りにされた重機が気に入ったらしくて、根城にしてる。開発区域で人気がないから思いっきり戦えるよ」
重機――パワーショベルの類であるそれは、陸橋の端にぽつんと置かれたままだ。
近づけば気配を察したイフリートの方から出迎えるだろう。引き連れている眷属の数は六。炎を纏った鳥型の眷属は陸橋の手すりに舞い降りて、左右からこちらを迎撃する。
「右に3体、左にやっぱり3体。遠距離の単体攻撃……炎の玉を吐き出す感じかな。文字通り炎のエフェクトを与えるから注意して。イフリートは正面から飛びかかって来るよ!」
イフリートとは、大きな獣の姿をした非人型のダークネスである。
炎を纏い、理性は既にない。
だから、ひたすらに戦い打ち倒すだけ。血には血を、咆哮には咆哮を。戦いこそが彼らの求める全て。殺戮――そう、戦闘ですらないのだ。
「敵は近接攻撃に特化してる。近づくものを炎の爪で薙ぎ払い、牙で食らう。特に牙での単体攻撃は強力だから気をつけてね。油断すると一気にもってかれちゃうよ」
まりんは神妙な面持ちで言い結んだ。
そして、「頑張ってね」と強い眼差しで灼熱者を見送る――。
イフリートが求めるのは、忘我の殺戮。
「…………」
重機のシートの上で丸くなったイフリートはまるで夢を見ているかのようにまどろんでみせる。ときおり尻尾が揺れて微かな炎を燻らせた。
夜明けを迎えた街は、うっすらと白んだ空を写してなお灰色に彩られている。
参加者 | |
---|---|
福沢・チユキ(黄金の旋律・d00303) |
山内・呼太郎(元気の押し売り野郎・d00509) |
坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979) |
殺雨・音音(Love Beat!・d02611) |
神凪・火乃(高校生ファイアブラッド・d02674) |
日野森・沙希(劫火の巫女・d03306) |
星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321) |
皇樹・零桜奈(呪われし黒衣の天使・d08424) |
●炎嵐の生まれる処
ひとつ、皆を護ること。
そしてもうひとつ……宿敵たる獣を倒すこと。
皇樹・零桜奈(呪われし黒衣の天使・d08424)は今、その二つの目的を抱いて夜明けの陸橋に佇んでいる。
「朽チ尽キテハ、ソノ死ノ為ニ。対象ノ破壊ヲ是トスル……!!」
「――やる気まんまんね」
――緊張してる子がいれば、札束で頬をはたいて気合いをいれてやろう――そう考えていた福沢・チユキ(黄金の旋律・d00303)は札束で口元を覆った。
「頼もしい限りだわ。と、いうわけで――私たちの宿敵イフリート。万札よりも美しく燃えてくれるのかしら?」
視線を差し向ける先にたたずむ無人の重機。
時は暁。重機の中をのぞきこもうとした山内・呼太郎(元気の押し売り野郎・d00509)は「わっ!」と悲鳴をあげて後ずさった。
「暁に熾きろ」
重機の中からまるで焔のように燃え立つイフリートが姿を現すとともに坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979)が呟く。カードから放たれた炎が左手に集束――自己暗示のための二節が唇からこぼれた。
「宵に輝け、疾く逆巻きて―闇を薙げ」
顕現されるは、朱金に輝く籠手と黒塗りの鞘に納められた小太刀だ。
その切っ先を差し向けられたイフリートは獰猛な唸り声をあげた。まるでその不吉な声に誘われたかのように羽音が舞い降りて、灼熱者の左右を囲った。
「さすが、手強そうな相手。でもネオンたちは負けないよ~!」
ピンッと弓の弦を弾いて殺雨・音音(Love Beat!・d02611)は秘められた力を解放する。神凪・火乃(高校生ファイアブラッド・d02674)の瞳が眼鏡越しに鋭く細められ、憎しみと怒りがないまぜになった光を宿した。
(「イフリート、私から両親を奪った仇敵……」)
猛る吼え声とともにイフリートが突っ込んで来る。
その牙を、ディフェンダーである珠緒と日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)が受け止めた。
「あなたは『あのコ』じゃないけど……止めるよ。悲しみを生み出す破壊の権化として―焼き祓う!」
珠緒は叫んでから、沙希を振り仰いだ。
「頑張ろうね、沙希ちゃん」
「もちろんです!」
伸ばした沙希の手にサイキックソードが現れる。
「我が言霊よ戦神の刃とならん。――ほら、こっち! 私たちでイフリートを抑えますから皆さんは眷属をお願いします!」
「無理はするなよ」
星野・優輝(銃で戦う喫茶店マスター・d04321)はざっと当たりを見回して戦場を確認してから、左右を挟む眷属に標的を絞った。
「工事が中断されるのはよくない……俺達の団結力で、お前を解き放ってみせる!」
人差し指と中指で挟んだカードを翻して、高らかに告げる。
「ミッション・スタート!」
●夜明けの攻防
白々と明けゆく東の空。
帯のような暁光が灰色のコンクリートを照らして、夜の幕を拭い去ろうとしている。未だ顔を出さぬ太陽の代わりのようにイフリートの纏う炎が眩しくかがやいた。
「くっ……!」
居合斬りから紅蓮剣に切り替えつつ、珠緒は激しい爪撃に顔をしかめる。
「抜かせない。誰よりも強い楯になるって、決めたから……!」
沙希は力強く頷いて清めの風を起こした。シャウトも用いてはみたが微弱な効果でしかない。二人がイフリートを引き付けている間に、同じくディフェンダーを担う零桜奈が宙を舞うように炎玉の乱打を避け、身の内から炎を迸らせた。細身に纏うロングコートの裾が翻り、振り下ろした刀が眷属の羽を散らせる光景を空から覆い隠す。
「手応エアリ……!!」
「あるのはいいけど、熱い~、熱い~! 氷魔法でサクサクっと火を消しちゃえれば楽なのに~!」
ジャッジメントレイで消耗の激しい珠緒と沙希を援護しながら、音音は焦ったようにわめいた。
「ただでさえ今年は残暑が厳しいんだから~!」
「暑苦しくてすみません、もう少しだけ我慢をお願いします」
「う~我慢するったって……」
音音は言い返そうとしたが、やけに身軽な火乃のスカート周りを怪訝に思って口を閉ざした。その間にもこちらを挟み撃ちにした眷属たちは次々と火玉を放つ――やれやれ、とチユキは肩を竦めてその前列にレーヴァテインを叩き込んだ。
「一文無しに用はないの――退場していただけるかしら?」
言葉通り、炎に塗れた眷属は恨めし気な鳴き声とともに燃え尽きる。
「よっし、んじゃとにかく倒すのみ!」
ライドキャリバーを中衛に出して、呼太郎はその後ろから森羅万象断を狙った。
「これで決めるぜ!」
小気味のよい宣告は現実となって眷属の数を半分にまで減らす。
「そっちはどうだ!?」
「まだ、大丈夫……がんばるよ!」
沙希は頬をつたう血をぬぐい、サイキックフラッシュを放った。
「もう、お姉ちゃんを悲しませることはしないと誓ったの!」
対峙するイフリートはゆっくりと尾をふるって態勢を立て直す。これは殺し甲斐のある獲物だとその目が言っているような気さえする――。
ちっ、と優輝は舌をうった。
「さすがに獣か。かっちり行動パターンが決まってるわけじゃなさそうだ」
「殺戮の化身ですものね。なら、こっちもその流儀に則って燃やし尽くすだけよ」
チユキと呼太郎の森羅万象断が相次いで眷属を斬り伏せる。
だが、こちらの消耗も蓄積が激しい。
「危なくなったら言えよ、ちゃんと回復するからなー」
と呼太郎が促せば、零桜奈がすかさず回復を要請した。回復の苦手な彼女では清めの風はキュア用としてしか使えない。無論、呼太郎のフェニックスドライブも回復量は微々たるものである――火乃は雲耀剣を振るうのとは反対側の手で、ひび割れて使い物にならなくなった眼鏡を投げ捨てた。
「このままじゃ押し切られる」
「なら、任せとけ」
保険のようにキャスターへ入っていた優輝はジャッジメントレイではなくヒーリングライトを発動、音音もまた声を張り上げて仲間を鼓舞した。
「皆、ネオンが支えるからっ! ガンバって~!」
「今だ、いけぇ!」
呼太郎の指示に従ったライドキャリバーの援護射撃を受けて、零桜奈は残る後列の眷属を斬艦刀で一気に蹴散らす。
「前衛、そろそろ危険です」
火乃の援護を受けて身を躍らせたのはチユキだった。
「これはツケにしてあげるわ。倒れたらトイチにするわよ?」
彼女の背に守られた珠緒と沙希は音音の回復を受けて態勢を立て直す――が、降り積もった殺戮ダメージはあと少しで限界だ。
「おい、ちょっと無理すんなよ?」
彼女達の身を心配しつつも、呼太郎は獰猛なイフリートの姿に惹かれる気持ちをおさえきれない。豊かな毛並みは炎を纏っているとはいえ、柔らかそうで思わず触ってみたくなるほどだ。
「イフリートじゃなきゃ連れて帰りたい感じ」
「けど残念、あれイフリートなのよね」
戦神の気を纏ったチユキがため息をつく。
そして、まだ余力を残した獣に向けて次のように言い放った。
「燃えなさい――あなたの炎には、一銭の価値も感じない」
人生で一番大切なものはお金、というのがチユキの持論である。それは自分が自分らしくあるため、好きなように生きる為の自由切符であると彼女は考えている。
襲い来る炎の獣、その爪に服を破られながらも引かずに戦神を再び降ろす。溜まった炎をシャウトで振り払った呼太郎は戦艦斬りの手応えに頷いた。
バニシングフレアの方に効き目を感じてはいたが、使い続ければやはり命中率の低下は侮れない。
「これで決めるぜ!」
深々と斬り下ろされた刃が獣の炎を両断。
怒り狂ったイフリートの牙を受け止めたのはディフェンダーである零桜奈だった。大切なのは自分ではなく仲間――その思いが食い込む牙の痛みを凌駕する。迸るフェニックスドライブは、だが傷を癒しきるには足らない。
「うううっ、逃げられるならそうしたい……けどここで逃げたらネオン、カッコ悪すぎ」
歯を食いしばり、音音は最も治癒力の高い癒しの矢を惜しみなくそそいだ。逃げる訳にはいかないのだ、胸を張って「勝ったんだよ」と言いたい相手がいる。
「イフリート……破壊と殺戮を司る炎の化身――」
これだけの人数でたたみかけてなお、獰猛な瞳で牙を剥く獣を珠緒は目に焼き付ける。
(「そして……」)
脳裏を過ぎる記憶を無理やりに振り払って、優輝を狙った爪をその身に受けた。
「すまない」
「ううん、大丈夫」
怯むことなく、居合斬りで斬り込む。
反対側からは滑空した零桜奈の神薙刃が迫っていた。ほんの一瞬に二刃が閃き、イフリートの炎を散らした。
咆哮。
だが、それはどこか悲鳴のような響きに似ている。
「あと少しだ!」
優輝のヒーリングライトが柔らかい輝きで沙希を包み込んだ。
「んあー。痛ってえ! ……げっ」
連続で狙われた呼太郎はせまりくる炎爪に目をつむるが、沙希が間に滑り込む方が早い。肩口を服ごと引き裂いてゆく熱さに息を飲んだ――だが、まだだ。まだ戦える。
(「この呪われた力を皆の為に役に立てるのが私の意思」)
小さな体には不釣り合いなサイキックソードを振りかざして今、終わりを与える――!
「貴方達の力、浄化して返す!」
光が炎を押しきり、炎獄にとらわれた獣はその炎が燃え尽きると同時に消滅した。文字通りの終わりだ。呼太郎は息をきらせてその場に尻もちをついた。
「安らかに眠って……殺戮の夢じゃない癒しの夢で」
手向けの言葉は生まれ来る朝の陽射しに溶けて、眩しい光に満ちあふれていた。
「ふー。一仕事終わった終わった」
呼太郎は汗をぬぐい、現場の光景を写真に収めた。何やらメモをしている彼の手元を火乃が覗き込む。どうやら事件をメモに書き留めているらしい。
「そんなことよりも、せっかくだからご飯でも一緒しない? 奢るわよ」
チユキの提案に音音が目を輝かせた。
「やった、ご褒美~!」
「いいのかな……」
自分の方が年上なのに、と二の足を踏む優輝に「いいのよ」とチユキは言い切った。
「そうだ、珠緒に聞きたいことが……」
「? なに?」
零桜奈は珠緒に弟子の件で何かを聞いた後、陸橋の橋桁に登って空高く手を伸ばした。太陽に透かした掌が真っ赤に燃えるようだ。
空は限りなく晴れ渡っている。
主を無くした重機がどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。今、陸橋は元通りの静けさを取り戻していた。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 13
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